東方魔法録   作:koth3

36 / 110
春眠ではないが暁を覚えず

 早朝まだ生徒たちが目を覚ますよりも早く、教師たちは一室に集まり今日の生徒たちの行動について話し合っていた。何せ昨日は酷い悪戯をしかけられ、生徒たちが飲酒してしまうなどという事態が起こってしまったのだ。警戒しないはずがない。多くの教師たちは昨日の怒りを引きずっているらしく、険しい顔つきをしている人や、少しイラついている人もいた。

 そんなピリピリとしている教師たちの中で、一人だけ異様な様子をさらしている人物がいる。黒だった。首は前後に動き、瞼はもはや開いているのかすらわからず、膝は時折崩れかける。もはや完全に眠る寸前の様相で、最初こんな状態で会議の部屋に来たときは周りを唖然とさせた。

 

「ユギ先生、大丈夫ですか?」

 

 あんまりな黒の様子に、思わずと言った風に新田教師は話しかけた。もっとも、幼いころからこの黒の様子に慣れているネギはともかく、他の人たちは普段見せない黒の状態にどうするべきか結局わからず、放置するしかなかった。それでも黒が話をきちんと聞いているか分からないと困る事も出てくる。もし分かっていないのなら、もう一度きちんと説明しなければならない。幾ら黒が学園長の命で今日一日京都から離れるとしてもだ。

 その事自体、実は今日の会議で問題視された。緊急事態と思える今、学園長の命など拒否して、黒も生徒たちを見まわるべきだという意見が出て、会議を長引かせた。それを提案した教師は当然の言葉として話し、おおむねほとんどの教師はその言葉に納得し、頷いていた。慌てていたのはネギ位だ。

 最終的には結局学園長の命令に納得はいかなくとも、その命令の内容が出雲大社への挨拶と知らされており、その重大性を知っている新田教諭によって取り持たれ、最初の予定通りに行われることになったが。

 

「眠いですが、何とか」

「ほ、本当でしょうな? 一応、信頼しますが」

 

 それにコクリと首が動くのだが、眠気なのか肯定なのか正直周りの人間には分からず、いつ地面に倒れるかとはらはらしている。しかし信用のある黒の言葉だ。不安は覚えても、もう一度聞き返すことはなかった。

 

「ま、まあでは皆さん、今日はよろしくお願いします」

「「「はい!!」」」

「……はい」

 

 一つだけ締まらない声が遅れて挙がった。それに苦笑を浮かべた教師たちが解散していく中、ネギは黒を支えるように歩かせる。もはや黒は完全に歩く気もないのか、ネギに引きずられているばかりで、活力のかの字も見当たらない。

 

「ああ、もうこのまま連れて行ってくれません? 出雲まで。眠くて眠くて」

「いや、もうちょっとしっかりしてよ、ユギ!」

 

 倒れかかる黒を支えたまま、ネギはとにかく黒を朝食の場まで運ぶ。そこには既に生徒たちが行儀よくとは言えないが並んでおり、二人を待っていた。ネギが入ってきたのを見て、生徒たちの瞳が輝き始める。

 

「あ、ネギ君! 早く早く!」

「ネギ先生、こちら開いていますわ」

 

 まき絵やあやかがネギを自分の隣まで案内しようとするのだが、ネギは黒を抱えている為そちらに行くことなく教職員用の席に座った。朝に弱いという言葉すら生ぬるい黒を誰かが世話しなければならないからだ。

 二人の誘いを断ったネギを、残念そうに見つめる生徒は、その二人以外にも結構いた。食事が始まっても、何人かはまだ不穏げな光を瞳から発し、隙を伺っている。その様はなぜかハイエナを思わせる。ネギはブルリと体を震わせ、草食動物を思わせるような動きで辺りを見回した。

 ただそんな中で、ネギではなく黒にも注目する生徒が数人いた。

 

「珍しいですね。ユギ先生があんなにだらしない姿をさらすとは」

 

 そう言うのはストローで牛乳をちゅうちゅう吸っていた夕映だった。普段ネギと違い冷静で、生徒たちの悪ふざけを鎮圧する傾向の強い黒が滅多に見せないだらしない姿に、瞳を丸くしていた。

 

「そうだねぇ。意外と言っちゃ意外かな。でも、そう可笑しくはないかもね、ユギ先生なら」

 

 夕映の呟きに、彼女の親友の一人であるハルナは話に入り込んできた。彼女は面白そうなものを見つけたと、持ち前の好奇心から顔を突っ込もうとしていたのだ。上手くすれば何かに生かせないかなとでも考えているのだろう。頭の触角がレーダーのように動いている。

 

「それはどういう意味です?」

「う~ん? 何だ気が付いてなかったの、ゆえっち。ユギ先生、授業中はうるさいけど、休み時間は基本的羽目を外しすぎない限り、怒りはしないよ? 今はユギ先生から見ても、“休み”なんでしょ。だからああして、眠そうにしていると思うんだけどね」

「なるほど」

 

 それもそうかと納得した夕映の目の前では、頭から茶碗にダイブしそうになって、ネギに慌てて受け止められている黒の姿があった。頬をネギにぺちぺち叩かれても反応が鈍く、やはりほとんど眠っているように見える。

 あの可愛らしい顔立ちであるが、怖いと思える教師(・・)に随分と子供らしい所があるものだと、ハルナは思わず笑いを浮かべていた。

 結局朝食を食べ終わる頃まで、黒はまともに動けず、隣にいたネギに付きっきりの世話を受けて何とか朝食を摂り終えた。

 黒が出雲へ行くために、他の人よりも早く出ようとロビーについたころようやく目が覚めてきたらしく、眠たげに閉じられていた瞼は、普段通りになっていた。それを見てネギはようやくか、と胸をなでおろす。

 

「大丈夫、ユギ? そろそろ起きた?」

「ええ、大丈夫です。ようやく目が覚めてきました」

 

 返事の最中に黒は生あくびをしたが。それに対して思わず苦笑をネギは漏らす。

 

「それじゃ、ネギ先生。副担任の私は学園長からの命令で、今日一日は離れますが、生徒をよろしくお願いします」

「う、うん。大丈夫! ユギ、先生も頑張ってね」

 

 いまだ先生と付けるのが慣れないのか、たどたどしい部分はあるがそれでも頑張ってけじめをつけようと悪戦苦闘しているネギに、黒は笑いそうになるのを耐えて告げた。

 

「ただ親書を届けるだけなんですけどね」

 

 ――ただ届けるだけならば、ここまで内心は荒れないのだけど。

 そう心の奥底でつぶやき、黒は一人だけ早くホテルを出発し、駅へと向かう。スキマを開いて移動することはできるが、それだと相手方を刺激してしまうかもしれない。そう考えると、たとえ時間が掛かってもこちらの方が心象は良くなるだろうと判断した。

 

 

 

 

 黒が駅へ向かうのを見送ったネギは、ホテルへ入ってそうそうあやか達の争奪戦に巻き込まれた。どこの班と一緒に回るか決めてくれと。本来ならネギも教師であり、一班だけを見るという事は許されないのだが、今回は子供であり外国から来たネギに、日本の文化を知ってもらおうと考えた新田教諭の手で、どこかの班と一緒に回りないさいと言い渡されていた。その為ネギは少し迷いながらも、様々な要因から五班と一緒に回る事にした。

 ネギを誘ったのどかがどんな気持ちで誘ったのかを知らずに。そのせいで起きてしまう騒動を防げず。まあ、これに関しては珍しくネギは悪くないのだが。




次の話は少し飛んで、ドキドキキッス大作戦の所まで進みます。出雲での話はまたどこかですると思いますが。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。