東方魔法録   作:koth3

35 / 110
早いものですね。もうこの小説を投稿してから一年だそうです。そうなると、リメイク前の物も含めてどれくらい前から書いているんでしょう。
今回は置いてかれたさよの一日です。


幽霊少女の一日

 麻帆良学園には様々な施設がある。学校や図書館等の公共性の高い施設があると思えば、すぐ近くの通りに映画館やショッピング街などの娯楽施設が所狭しと並んでいる。特にショッピング街では、お金をできるだけ使いたくはないが恰好を付けたい男子と、欲しいものをできるだけ彼氏に買わせようとする女子の仁義なき決戦が休日にはよく見られる。

 血塗られたとまでは言わないが、男の涙がしみ込んだショッピング街を、一人の少女が歩いていた。古い麻帆良の制服を着ている少女は、ウィンドウに飾られている可愛らしい洋服を見ると、一瞬動きを止めて食い入るように見つめる。暫く何かに集中するかのように目を瞑った少女の服は、みるみるうちに色合いや素材が変わっていき、ウィンドウに飾られているものと全く同じものに変わる。魔法を使ったわけでもなく、超能力でもない。他のなんらかの法則で、服の複製がなされていた。

 それがどれだけの異常かも理解せず、少女は頬を膨らませながらショッピング街を練り歩く。

 

「むう。せっかく着替えても、ユギ先生くらいしか私を見れる人はいなかったのを忘れてました」

 

 そこにはかつて地縛霊に近い存在として、麻帆良に縛られていた少女はもういない。黒に鍛えられた結果、霊としての存在が強くなったからか、悪く言えば時代遅れな少女だったさよは、カジュアルな現代風なコーディネートを楽しみ、様々な場所に出歩く事すらできるようになっていた。

 ずっと同じような行動をとり続けるしかなかった反動なのか、先ほどからコロコロと服を変え、ウィンドウを鏡にして映る自分の姿を見ては楽しんでいる。時にはどう見ても、服に着られているのが丸わかりな服もあったが。抑圧されていた欲求は留まる事を知らず、あふれ出すばかりで中々止まらない。そもそもさよは止めるつもりもないのだろう。いまも頬をだらしなくゆるめながら、フリルだらけのロリータファッションに手を出そうとしている。

 

「これも可愛いけど、こっちも可愛い。あれなんか知的でかっこいい!! あっ。嘘! これなんて、かなり質の良い着物! こんな着物お姉ちゃんの嫁入り道具位でしか見た事ないなぁ」

 

 その顔は本当に楽しそうで、自然な笑みが浮かんでいた。もし彼女が生きていたのなら、恐らくは今頃ナンパの嵐だっただろう。それほど今の彼女は生への輝きで光り、魅惑的だった。

 

「ああ、早く仙人になってもう一度人生をやり直したいです!」

 

 

 

 冷め止めぬ興奮はあるが、しかしショッピング街の全ての店を踏破してしまったさよは、ふわふわと浮かんだまま、気の向くままに麻帆良中を回る事にした。暇で暇で仕方がないという理由で。体が有れば食事をするなどの暇つぶしはできるのだろうが、霊体である彼女はそう簡単に物質に干渉することはできない。今の彼女なら、日常生活程度ならば干渉することくらいできるだろうが、それでも世間を騒がせてしまうということくらい分かる。まあ、この麻帆良でどこまで騒ぎになるかは分からないが。

 それでも様々なところに出没しながら、さよは楽しもうとしていた。ゲームセンターでは、クレーンで一喜一憂する子供たちを見ては羨ましがり、対戦格闘ゲームで友達と騒ぐガラの悪い不良には、少し怯えながらも後ろで応援をしたり。公園では幼い子供たちが走り回るのを微笑ましそうに見て、体が誰にも悟られない事を良い事に、公園のブランコに相乗りして童心を思い出す。日がしずむまで遊びほうけたさよだが、鴉が鳴きながら巣に帰っていくのを見て、少しだけその後ろ姿を見続けていた。昔の自分は家に帰れなかったなと思いながら。もうすでに死んでいるであろう父母を思い出し、もうすっかり記憶から失われてしまった遥か彼方の友達を憂いその瞳に涙がたまる。

 

「おや、おやおや。貴方は確か、なるほどなるほど。さよさんですか?」

 

 そんなアンニュイな気分に浸っていたさよに突然声がかけられた。驚いて肩が跳ね上がり、涙は空に消えていく。

 

「ふぇ!? わ、私ですか?」

「他に誰がいるというのです」

 

 風が吹いたと思うと、一房だけ金色に輝く髪をした少女が、世界樹の頂上で黄昏ていたさよの目の前に突然現れて立っていた。突然少女が現れた事と、まさか自分を見れる相手がいるとは思わず、さらには恥ずかしげなところを見られたかも知れないと思ったさよは、ただ相手を前に黙り込むしかできなかった。

 

「ああ、そうですね。自己紹介をしないといけませんね。交友関係というものは自己紹介からですもの。私は崇徳白峰と申します。まあ、この羽を見れば分かると思いますが、天狗と言われる種族です」

 

 「ほら」と言いながらパタパタ上下する小さな翼。黒く夜空の墨で染めたような翼は、黒曜石などよりもはるかに美しかった。

 

「は、はあ。私はさよです。相坂さよです」

 

 白峰の勢いに押されっぱなしのさよは、自分の名前を滑らせてしまう。もうこうなったら、白峰は引くという言葉を忘れる。ギラリと瞳が光ったかと思うと、手帳と筆を持ち出して身を乗り出す。

 

「ええ、さよさんですね。私も貴方の事に関してはある程度知っております。こちらで働いている人物から伺っておりますからね。ですが、読者は貴方についてはわからない人が多いのです。私の読者はここに非常に興味を持つ者が多くて。ですから、貴方には取材に協力して頂きたい。もちろん謝礼は十分いたしましょう!! これもジャーナリズムの為です! お願いします」

 

 言葉の雪崩に巻き込まれたさよは、もはや沈むほかない。元々さよは活発とは到底言い難い性格だ。幽霊になってからある程度はっちゃける部分はできたが、それでも生来の大人しさはいまもある。押し押し状態の白峰に、勢いで勝てるはずがない。

 

「あ、はい。わかりました」

「おお、それは良かった。ではさっそく、貴方は何故クラスメイトから置いてきぼりにされているんですか?」

 

 ぐさりと何かがさよの心を貫いて引き裂いた。

 何か出てはならないおどろおどろしいものが背中から沸き立ち、酷い影を作り出す。その中心にいるさよは、先ほどの明るい表情と打って変わって、異様なほど暗く、瞳にはハイライトが無かった。

 

「あれ?」

「酷いんですよ。酷いんです。ねえ、聞いていますか? ユギ先生は私を仙人にして、また生きていた頃と同じような生活を送れるようにしてくれると言ってくれたのに、信じているのに、私は修学旅行に行ってはいけないんですって。何ででしょう。何ででしょう。良いじゃないですか。私だって、偶には知られなくても、友達と何かをしたいんです。幽霊の権利を侵害していますよ。どう思います? 白峰さん。白峰さんだって、酷いと思いますよね。本当、何であんなことするんだろう。ユギ先生……がもげちゃえばいいのに。しかも他にもいろいろと禁止事項があるんですよ。なんですか、寺社仏閣に近づくなってのは。私が除霊されるという事ですか? 私は悪い幽霊じゃないですよ。今まで人を傷つけたことはありませんよ。昔の事はあんまり覚えてはいませんですが、それでも人を傷つけたのなら覚えています」

 

 唯々諾々と雪崩どころか津波の勢いで放たれる愚痴は、さすがの白峰でもわずかに頬をひきつらせるだけの力はあったようで、苦笑いを浮かべて逃げようと後ずさる。

 

「ああ、さよさんも大変なんですね。それじゃ、私はこれくらいで」

「何言っているんですか。まだ話は終わっていませんよ」

 

 天狗の服の裾を掴み、さよは血走り始めた目で白峰を縫い付けさせた。その目は語っていた。あなたも私を置いていくの? と。それを見て、白峰は覚った。――ああ、やばい。

 白峰が解放されたのは、月が頭上に高々と上がった頃だった。 




さよは現在不安定な時期になっている所為で、情緒不安定になっています。ですので、生前しなかった行動を取ったり、生前の行動に立ち直ったりを繰り返しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。