東方魔法録   作:koth3

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現れる敵

 ホテルの入り口で、ネギを利用して結界をすり抜けた女は眼鏡を取り出してかけた。すると先ほどまで人のよさそうな従業員の様だった彼女は、一瞬で冷たく鋭い瞳に変わり、雰囲気が急変する。人気があまりないのを一度だけ確認した彼女は、台車を早歩きで押しながらどんどんと進んでいく。ある一室を目指して。

 その一室の前に女はたどり着くとまたもや、今度は念入りに廊下に誰もいない事を確認し、気配を探ってから、前もって用意しておいた呪符を使い、式神の一種を召喚して着込む。その式神はサルの着ぐるみを着た馬鹿馬鹿しい恰好にはなってしまうというデメリットはあるが、身体強化を自動的にかけてくれるなど、なかなか高性能な式神だ。それを着込んだ彼女は、ひっそりと音を鳴らさないように扉を開けて、素早く部屋の中の人間に違和感を覚られないようにトイレの個室へ隠れた。

 ひっそりとただただ彼女は待った。扉の向こう側から足音がし、誰かが近づいてくる。膨大な魔力を感じ、女は口を弧に歪め笑う。

 光のない真っ暗闇に一筋の明かりが入り込む。その光を合図に女は動き出した。

 

「入っとりますで」 

「へ?」

 

 開け放たれた扉の前には、寝間着として浴衣を着た木乃香が立ち尽くしていた。誰もいないと思っていたトイレの中から聞こえた、聞いたこともない声が返ってきたのに驚いて、少女は動くこともできずにいた。そんな少女に女は襲い掛かった。 

 木乃香が悲鳴を上げるよりも早く動き、口を押えて呪符で眠らせ部屋から連れ出す。その際に自分たちの身代わりとなるよう、一枚の呪符を便器に張っておいて。

 

 

 

 三日月を背に木乃香を抱きかかえた呪符使いの女は、幾度も跳躍してホテルからどんどん離れていく。彼女が使った呪符はそう長く敵を騙す事が出来ない事を、彼女自身よく理解していたからだ。しかし僅かな時間でも稼げるのなら僥倖。そのための術だ。

 ――今頃気が付かれているか。

 そう考えていた時だった。女の目の前には、結界を潜り抜けるとき利用した西洋魔法使いが、着地点に居たのだ。携帯電話を使って誰かと話していた魔法使いは、彼女の登場に驚くばかりで何もしない。

 

「あら。さっきはおーきにな。可愛らしい魔法使いさん」

 

 行き成りの事態に困惑してしまい動けないネギを見下した口調で、呪符使いは礼を言い去ろうとする。去ろうとした女の腕に、木乃香が抱えられていることに気が付いたネギは、携帯用の杖を取り出して呪文を唱え始める。木乃香を取り戻そうとしたのだ。普段のネギからすれば、良い判断だった。しかし、式を出し終えている呪符使いを相手にするには、あまりにネギは接近し過ぎていた。一旦距離を取るか、仲間を待つべきだった。

 呪文を唱えるどころか始動キーの最中に、温泉の時に現れた子ザルの式によって妨害され、魔法を放つ事が出来ない。しかも体全体にしがみつかれて、歩く事すらままならない状態になってしまう。カモも必死になってサルを追い払おうとするが、それには彼では力不足だ。

 

「ネギ!!」

 

 動けなくなってしまったネギに、先ほどまで携帯で連絡を取っていた明日菜が気づいて近寄り、子ザルを追い払う。

 子ザルから解放され、ようやく動けるようになったネギは、刹那と明日菜と一緒に木乃香を攫った敵を捕まえるため走り出す。必死に足を動かすが、なかなか追いつく事が出来ず、焦りばかりが三人の中に広がっていく。ようやくサルの女に追いついたのは、駅の前だった。

 木乃香がさらわれたという事と、夜遅いとはいえ客どころか駅務員すらいない駅に、やはり計画的な犯行と刹那は確信した。確信すると同時に、腹の底で蠢く黒い泥を押さえつけなければならなかった。今にもそれは体を内側から破り、全てを切り裂くまで止まらなくなる勢いで震えていた。ただ木乃香の安全のために、最後の弁は壊れていないだけ。今にも溢れだしそうなそれを、刹那は何とか押しとどめているに過ぎない。

 駅を発車寸前の電車に女を追いかけて滑り込みで入った三人は、いまだ逃げている呪符使いを前の車両に追い詰めていく。だが敵もそう簡単には追い詰められない。一枚のお札を取り出して、術を発動した。

 それは古くからある山姥の話などで登場するお札だ。逃げる存在に協力し、追いかける魔を打ち払う術。その原型はとうの昔に無くなっているが、それでもなお現代でも高い効力を発揮する。

 

「お札さんお札さん。ウチを逃がしておくれやす」

 

 紡がれたキーワードに反応し、お札から大量の水が飛び出す。それは後方の車両全てを埋め尽くすほどの水を、たった一枚の札で出した。それでも本来の効力からすれば少なすぎる水は、しかし鉄の箱という密閉空間で最大の効力を発揮する。追跡者である三人を窒息という形で殺すという形で。本来の使い方ではないが、それも一つの呪符の使い方。正しく女は呪符使いであった。

 

「ほな、さいなら」

 

 何の感慨もなく女はネギたちを殺そうとする。只追いかけてきた相手を妨害するのではなく、処分するという事を理解したうえで。呪符使いの女は裏の世界で生きながらえてきた猛者だ。その程度覚悟はとうの昔に出来ている。惜しむらくは、彼女の詰めが甘かったという事だけだ。

 水に溺れていた刹那は、激流に身を取られて動く事が出来ずにいた。力の抜けていく体を理由に、木乃香を救う事を諦めようとしていた。その心は崩れ、折れて、溶けようとしていた。それでもたった一人を救いたい。近衛木乃香を助けたい。その感情が彼女の心を支え、後押しする。

 感情は理性を廃棄し、わずかな未来を作り出す。それは今の刹那には決してできない境地。だが、そんなものは関係ない。彼女はできると信じたのだ。ならば刹那が変わるのではなく、世界が変わるべきなのだ。

 体にまとわりつき動きを阻害しようとする水を、刹那は意に介さず刀を振るう。それは今まで刹那が振るってきた斬撃の中で、最も速かった。それはまさしく幻想。斬撃は水を切り裂き、鋼鉄の扉を押しのける。水の中に衝撃を通したのではなく、言葉通り水を切り裂いたのだ。

 それは神鳴流剣士でもできる事ではない。他の刹那より上位の剣士ですら、水を吹き飛ばすことはできても、切り裂くことなどはできないだろう。だが、今の刹那は違う。断水。水を断ち切れる。そう思い、切り裂いた。

 刹那の斬撃は、扉を破壊した。物理法則に縛られる今の呪符では、密閉された空間から解放されようとする水を押しとどめる力はない。術を放った女は、自らの呪符の力で押し流されてしまう。

 

「なあ!?」

 

 水に飲まれ、電車内にいた全ての人間は苦しみながらも、次の駅で解放された。扉が開き、中の水全てが扉から排出された。その水の流れに押し流されて、全員ホームに投げ出される。

 

「なかなか、いやかなりやりますな。正直、おたくをなめっておったんが、アンタだけは警戒しなきゃいけないようどすな」

 

 サルを纏った女はせき込みながらも、今までの刹那たちを見下していた態度を改めた。未だに西洋魔法使いであるネギとそのパートナーである明日菜は心の底から見下している。だが刹那だけは違う。彼女の中で、刹那だけは油断ならない強敵として映った。

 土壇場で自分の力量以上の事が出来る。それができる人間は強い。経験から女はその事を知っている。そして、そんな相手とは必要以上に付き合うべきではないという事も。

 

「ですが木乃香お嬢様は逃しまへんよ」

 

 女は木乃香を抱え、走り出す。木乃香に危害を加える。それが関西呪術協会に対する裏切りであり、死罪に相当する事も知っておきながら、

 彼女は既に行動してしまったのだから。すべては関西呪術協会を守るために。今抱えている少女の父親と祖父が破壊しようとしている、父母が愛したかつての呪術協会を取り戻すため。

 

「あんたが強うなるいうんなら、ウチは不退転の決意でそれを打ち砕くだけや」

 

 戦いの中で急激に強くなるものは大概、譲れない何かを持っている。ならば自分自身も強くなればいい。譲れないものを持っているのは自分もそうなのだから。呪符使いの女は逃げながらそう覚悟した。

 

 

 

 ネギたちはようやく女に追いつく事が出来た。駅から出た長い階段の途中に、彼女は待ち構えていた。刹那たちを見下ろすように、そしてかなりの距離を取って。逃げるのを諦めていた。刹那の速さと彼女の速さでは、刹那の方が速い。その判断から、ここで決定的な差をつける必要性を感じていた。

 そんな彼女はサルの式神を脱ぎ、三枚目の札を使い全てをお仕舞いにしようとする。

 

「お札さんお札さん――」

「!! させるか!」

 

 呪文が女の口から発せられた瞬間、刹那は最後まで言わせないために飛び出す。その速さはかなりのものだ。だが、階段を昇らなければならないという事と、距離があったために刹那はついに詠唱を妨害することはできなかった。

 

「ウチを逃がしておくれやす」

 

 炎からは莫大な炎があふれ出し、大の字に広がって刹那の進行方向を埋め尽くす。

 

「京都大文字焼き。並みの術者では、その炎は越えられまへん。まあ、もうアンタらには関係ないどすが」

 

 確かにその符は並みの術者では越えられない。そして女から見て三人の中でそれだけの力量を越える者はいなかった。しかし、力量ではなく才覚でならばそれができる者がいた。

 ネギ・スプリングフィールド。英雄であるナギ・スプリングフィールドの血筋を引いた彼の魔力量は、異常と言ってよいほど多く、目の前の炎を術式の力ではなく、馬鹿魔力を利用した力技で吹き飛ばした。

 

「なんつー、馬鹿魔力や!! だけど、恐ろしいのはそれだけやな」

 

 呪符使いは確かに一瞬驚いた。だけどそれだけだった。西洋魔法を知らない彼女でも、今の魔法がただの魔力頼りで、その技術はかなり低いという事を今の魔法から読み取った。確かに魔力は恐ろしいまでの力ではあったが、それだけならば別に怖くない。

 その為すぐに戦意を持ち直し、彼女は新しい呪符を使って式を召喚する。それはファンシーなサルのぬいぐるみ二体で、やはり見ている側からすれば気勢をそがれそうになってしまうが、その実力を知っている刹那は明日菜に警告する。

 

「気を付けてください。あれが呪符使いの善鬼護鬼です!!」

 

 こくりと頷いた明日菜とネギはそれに対抗するように、カードを通じて魔力供給をし、身体能力を向上させる。それと同時にパクティオーカードの力を使い、武器を取り出してアスナに渡す。

 明日菜のカードに描かれていたのは大剣だった。しかし実際に現れたのはただのハリセン。その違いに明日菜は焼けになりながら、その『ハマノツルギ』と名付けられているハリセンを大上段に、召喚された式神に切りかかった。

 スパンという小気味良い音が響く。明日菜の一撃だけで、式神は返されてしまう。それは神鳴流剣士でも有り得ない事態だ。腕はダメ、腰も入っていない、剣術の評価で言えば論外であるその一撃は、しかし最大の効果を出す。その一撃に先ほどの余裕を失った呪符使いは、驚愕で思わず叫ばずにはいられなかった。

 

「何やと!!?」

 

 自身の実力に自信があったからこそ、女は明日菜の一撃を信じられずにいた。だがそんな彼女をおいて時は進んでいく。驚愕による思考の停止。その隙を狙い、刹那は女目掛けて疾走していた。

 

「それは悪いですけど、止めさせてもらいます~」

 

 間延びした声が響き、刹那はとっさに後ろに跳躍してその一振りを避ける。そのまま進んでいた場所には、鈍く輝く刃がその存在を示していた。

 一つは打刀。日本刀と言われるもの中でも一番多い形。そしてもう一つは小太刀。あまりにも間合いが小さく、使うのなら無手と同じくらいの距離でないと当たらないという超接近戦用の刀。

 その二つを構え、ロリータ服に身を包んだ少女がそこに立っていた。くねくねとした動きは媚を売っているようで、刹那からしてみれば不快だった。服装も態度も刹那には信じがたいものではあったが、確かに刀の太刀筋は間違いなく自身と同じ神鳴流と気づき刹那は顔色を悪くする。

 神鳴流の力は、何よりも神鳴流剣士である刹那が一番よく知っている。ふざけていながらも、目の前に立つ少女が、あまりに危険だという事も。

 妖怪退治の為に、神鳴流は普通野太刀を使う。長大な刀から生み出される一撃こそが、肉体の強度の優れている妖怪に効くからだ。だが相手を妖怪と限定しないのであれば、むしろロリータ服の少女のように、普通の刀を使った方が強い。

 つまり刹那の前に立ちはだかる少女は、妖怪を相手にしない神鳴流。妖怪を相手にしないのなら後は一つだけ。

 

「人斬りか!!」

 

 人間相手の殺戮をするもの。

 人間を相手する事が慣れている敵。さらには刹那の持つ野太刀では小回りが利かない。あまりにも刹那に不利な状況だ。

 動揺で動きを鈍らせてしまった刹那の懐には、すでに少女が迫っており小太刀を鳩尾目掛けて突き出していた。

 

「っつ!?」

 

 速い。それが刹那の最初の感想。野太刀という重い武器を捨てたことで、ここまで神鳴流は速くなるのか。場違いながら、刹那はそう思わざるを得なかった。

 そして繰り広げられる斬撃の舞。刹那が力による一撃だとしたら、少女は華麗に繰り広げる切れ味と技による連撃。

 そして実際の勝負において、刹那の攻撃は当たらない。一撃がどうしても刀の形状上大降りになってしまう刹那と、二刀の間合いの違う刀を自由自在に操り、刹那の一撃に二振りで対応できる少女。どちらが優位になるかは火を見るより明らかだ。

 

「どうしたんです? その程度の実力ですか~? 先輩、そんな温い太刀筋だとなにもできへんよ~」

 

 ほんわかした口調で、少女は刹那を殺そうとする。

 

「ふふふ。このままだと、お嬢様は私たちのものになりますよ~」

 

 その言葉が刹那に火をつけた。

 先ほどまで押されていた刹那が、上段の小太刀に野太刀で鍔迫り合いへ持ち込み、持てるすべての力で弾き飛ばした。

 間合いが開いた今、今度は刹那が攻勢に出た。先ほどと違い、月読が刹那に押されだす。小回りが利く獲物を選んだ月読だが、逆を言えば刹那ほど間合いが広くはない。刹那に一太刀浴びせるためには、嵐のような荒々しさと、暴風の勢いを保った刹那の連撃の中を潜り込まなければならない。

 さすがの月読もそれはお断りだった。危険という意味ではなく、単純に面倒だという意味で。今の刹那に彼女はそこまでの価値を見出していない。可能性はあるかもしれないと思いながら。

 

「仕方あらへんか」

 

 呪符使いの女は、眼下で繰り広げられている戦いに決着がつかない事を悟った。式神を返せる少女は小型の、無数の式神で無力化できるが、それ以上はできない。

 一方の神鳴流剣士は月読との戦いで動くことはできないが、決着がどうなるかまでは剣に疎い彼女には分からない。なら、最初の予定を進めるだけと彼女は割り切った。

 式はいつでも術式を破壊することはできる。月読はそもそも雇った傭兵。自分のことくらい自分でどうにかするだろうと、そう判断して女は木乃香を抱えたまま撤退を選んだ。

 だが、そうはいかない。女が忘れていた人物が一人いた。あまりに弱いとなめられたゆえに忘れられていた人物が。

 

「魔法の射手・戒めの風矢!!」

「しもうた!?」

 

 四方八方から迫る魔法の矢。どれだけの魔法であるかは、女にはわからない。だが今ここでわざわざ使った魔法だ。喰らってしまえば、今の情勢を逆転される可能性がある。喰らってはならない。

 だが彼女がネギを意識していなかったのは、意識する必要がなかったからだ。

 

「――とでも言うと思うたか?」

 

 一枚の札が落ち、大きなサルのぬいぐるみを模した式神がもう一体現れる。その式神は、ネギの放った魔法の矢に絡め取られ、召喚早々意味を無くしてしまうが、身代わりとなる事で女にまでネギの魔法は届かなかった。

 

「そ、そんな!?」

「ぬるいな。西洋魔法使い」

 

 式神を拘束するその呪文を見て、女は嘲笑った。

 

「お嬢様を殺すくらいの一撃も放てんか」

 

 女の物言いに、ネギは怒りを覚えた。よりによって、女はネギに生徒を殺せといったのだから。

 

「そん――「だからぬるいんや。あんた、本当にわかっておるんか? 連れ去られた人間がこの世界でどうなるか?」

「え?」

「なんや、やっぱり知らんかったんか。教えてやる。薬物や術で意識を奪われるのはまだいい方。人体実験の材料、或いは奴隷商に売られる。これだって、まだまだ良い方や。一番最悪は、木乃香お嬢様は女やからな。……あとは言わんでもわかるやろ? 敵にさらわれるっつ事は、一生の傷もんですめばもうかったくらいの最悪や。そないな目にあわすくらいなら、さらわれる前に殺る優しさもあるんやで?」

 

 冷たい瞳。黒い瞳がネギには恐ろしかった。その目は今彼女が言った事を事実として知っている目だったのだから。

 

「ウチの知り合いは、敵にさらわれたことがある。助け出すことにこそ成功したけど、最初の一声は殺してくれやったよ。坊や、悪い事は言わん。お前たち西洋魔法使いは裏に住むには温すぎる。魔法を捨てて、一般人として暮らせ。それがよっぽどアンタの為や」

 

 女はネギを蔑視した視線を送りながら、つまらない事を言ったと呟く。

 

「退きぃ。アンタがどんな気持ちで来たかは知らんが、温いわ。ウチはとっくの当に覚悟を終えてるんや。お前みたいな中途半端なやつが出てくるな」

 

 気圧されたネギは何も言えない。彼には何もないのだから。その胸にあるのは立派な魔法使いになるという一種の呪い。父と一緒にならなければならないという。だからこそ、ネギの言葉は軽い。自分で考えて動くことのできない彼の言葉に、一体どれだけの価値があるというのか。

 

「う、うぅ!」

 

 薄っぺらなネギは口を金魚のように開閉し、そこからうめき声を漏らす。世界が異様に重苦しく、自分がペラペラの紙のようにネギは感じた。動きの止まったネギの様子を見た女は、もう興味を無くし、背中を向けた。

 

「ふ、ざけんじゃないわよ!!!!?」

 

 だからこそ突然響いたその声に、呪符使いの女は驚いた。

 

「アンタの屁理屈なんて知らないわ! 私はね、友達の木乃香を助けに来たのよ! ネギ、アンタも言ってやりなさい! こんな時にアンタの馬鹿みたいに賢い頭を使わないでどうするのよ。覚悟? そんなもん知るか! アンタもアンタよ! 一々覚悟しなきゃ何もできないんなら、どこかへ行って隠れて何もするな!」

 

 拘束されながらも明日菜は吠えた。

 納得いかない。そんな事ないと。

 その叫びは、重かった。友達を助けるんだという強い意志。それが言葉に重く入り込んでいた。

 

「ふうん。成程、ね。お嬢ちゃん、アンタのいう事も一理あるんやろうな。だけどな、そんなもん、ウチは知らんわ。ウチは木乃香お嬢様を利用する。アンタらはそれを阻止しようとしている。ただそれだけの話や。薬や呪符を使い、自由意思を奪って人形にする。ただそれだけ」

 

 最後の一言に、明日菜と刹那は堪忍袋の緒が切れた。特に刹那はこれまで貯めていた怒りがすべて爆発した。

 一太刀。横薙ぎに振るった一太刀だけで、月読を吹き飛ばす。込められた力に耐えきれず、彼女の足元はへこみ砕け散る。刀を振るって流れた体勢のまま、刹那は全てを投げ出し前へ進む。

 

「甘っちょろいわ!」

 

 しかし呪符使いの女も負けていない。さらに一枚のお札を取出し、刹那の進行上に投げ飛ばす。力を込められた呪符は淡い輝きを発しながら、その力を発揮しようとする。

 

「させるか!!」

 

 だがその呪符に籠められた力を完全に無効化できる人間がここにはいた。

 明日菜が必死に伸ばしたアーティファクトのハリセンで、呪符を叩き落した。それだけで呪符は効力を失い、術式は崩れ去っていく。

 

「しもうた!」

 

 守りはなくなった。女の懐を深く侵した刹那は刀を振るう。この距離は剣士である刹那の距離。女は何をする事も出来ず、その一太刀を浴びるしかできない。

 

「秘剣 百花繚乱」

 

 その一太刀をもろに受けてしまった女は吹き飛ばされ、建物の壁に激突してようやくその動きを止めた。

 

「っつ!」

 

 呪符によって作られた防壁の上からとはいえ、秘剣の威力と壁に激突したダメージは、女の体から力を奪った。

 よろめきながら立つ女は、冷静に今の状況を見極める。木乃香は先の一撃の際に刹那に奪われ、手元にいない。今更このダメージで戦う事もできない。もう一度攫うことなど不可能。

 ならばここは引くしかない。一瞬で判断した女は月読を呼び戻し、式神を召喚して戦線離脱を図った。

 それを防ごうとしたのは刹那だけだったが、その刹那は傍らに抱えていた木乃香の重みに、動く事が出来なかった。

 だが桜咲刹那の手元には、彼女が大切にしている近衛木乃香がいる。

 彼女を守れただけ良しと刹那は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 




原作ではかませ犬も良いところの彼女ですが、現実的に考えたらこのくらいの事はできるだろうと思うんです。何せ鬼神を木乃香の魔力だよりとはいえ制御できたんですから。

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