東方魔法録   作:koth3

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お久しぶりです!


芽生える不信

 慌てて走り去ってしまった刹那に木乃香は手を伸ばすが、何もつかめずその手は虚空をかいてしまう。

 

「あっ」

 

 さびしげな声が木乃香の形の良い口から漏れる。手は小刻みに去ってしまった刹那の後を追うように、縋るように伸びては胸元に返る事を繰り返す。木乃香の様子は、ネギと明日菜にとって信じられるものではなかった。いつも明るく、面倒見の良い彼女らしくない。その姿が、二人を不安にさせる。

 ただ黙って立ち尽くしている木乃香に、ネギは大きな声で、本人はその気がなかったのだろうが強く刹那について問い詰めてしまう。幼いネギには、未だ人の機微というものが分からない。昔よりはましになってきたとはいえ。しかし友人としてずっと一緒にいた明日菜は、木乃香の心情を慮り、優しくそして聞きづらそうに刹那の事を尋ねた。

 明日菜のおどおどした頼りない声を聞いた木乃香は、辛そうに顔を歪めて胸の中に押し込めていた思いを吐露していく。最初はぽつりぽつりと呟かれていた言葉は、だんだんと勢いを強めていきとめどなく流れる。それは木乃香がため込んでいた思いの濁流となって二人に伝えられた。

 

 まだ木乃香が幼いころ、彼女はとても大きな屋敷に住んでいた。その屋敷は武家屋敷というよりも、平安時代の貴族が住むような屋敷で、独特の歴史の重さと同時に、美しさと神聖さを合わせ持つ屋敷だった。とても広く立派なその屋敷は、大人たちにとっては好ましいものであったのだが、木乃香にとってはこれといってうれしくもなく、家というよりも檻のような存在であり続けた。山奥にひっそりと建てられている屋敷に住む彼女には、一人も遊べる友達がいなかったのだ。民家は周りになく、ずっと一人で毬をついて遊ぶだけしかできない一人ぼっちの寂しさ。遊んでいても楽しくない日々。それが彼女の日常だった。

 そんなつまらない日常は、刹那と出会い変わった。

 ある日屋敷を訪れた神鳴流の師範の裾をつまんで、刹那は何かに怯えるように隠れながら木乃香と出会った。最初は木乃香から挨拶をし、「一緒に遊ぼう」と誘ったのだ。その事がきっかけとなり、二人はそれから常に一緒に過ごすようになる。ようやく一人でなくなった木乃香に、ある事情を抱えるが故に、何時も一人だった刹那。お互い友達が欲しかったのだろう。すぐに仲良くなっていく。それを見る大人たちの目も、どこか温かみのある、微笑ましいものを見守る目であった。

 しかしそんな幸せな日々は長く続かなかった。

 ある日のことだ。木乃香が覚えている限りでは、その日は屋敷にいる大人たちと花見をしていたはずだ。大人たちは木乃香たちの住む山に流れる川の近くに咲く、見事な桜の木の下で各々酒と桜吹雪に舌鼓を打ちつつ、春を楽しんでいた。

 大人たちはそれで良いかもしれない。だが子供である刹那と木乃香は花を見るだけでは退屈してしまう。確かに綺麗な花は美しく、最初こそ見とれてはいた。それでもずっと見続けていたら飽きるというもの。暇を持て余した二人は、花見に夢中になっている大人たちを放って、勝手に遊びに行ってしまう。

 そして悲劇が起きた。二人が川の近くで遊んでいた時、木乃香が濡れている足場に足を取られて、川へ落ちてしまった。

 溺れて流されていく木乃香の近くにいた刹那は、パニック状態となってしまい我武者羅に木乃香を助けようとする。しかし、子供の体では、どうあがいても溺れている子を助けることなど不可能。結局刹那も木乃香と一緒に溺れてしまう。

 幸いすぐに大人たちは二人が溺れていることに気が付き、二人は救出されたが、刹那は助け出された後ずっと泣き続けた。

 木乃香を、大切な友達を助けられなかった悔しさから。何もできない無力さが嫌になったのだ。

 それ以来二人は疎遠になってしまう。刹那は大切な友達を守る事の出来る力を求めて剣に打ちこみ、木乃香は大人たちの事情に付き合う羽目になり、麻帆良へと引っ越してしまい会えなくなってしまう。

 中学生になった頃久方ぶりに再開した時には、刹那は木乃香の知っている刹那ではなくなってしまっていた。何を話しても淡々とした口調で返し、すぐに話を終わらせ、まるで木乃香を遠ざけようとするように。

 それが木乃香には悲しい。昔のように、笑いあうことはできないのだろうかと。

 

 浴場から出て、休憩所まで移動しながら木乃香は昔の事を語り続けた。休憩所にたどり着いたころには、話はだいぶ終わりに近づいていた。

 湯上りの客が休めるよう設置されている椅子に座りながら、話し終えた木乃香は目尻にたまった涙をぬぐう。小粒な涙は、それでもあとからあとから出てきて、袖を濡らす。

 

「何でやろうね。ウチ、せっちゃんに何かしたんかな。だから話してくれへんようなってしまったんかな」

「木乃香……」

 

 初めて見た弱弱しい木乃香の様子に、明日菜もネギもただ黙り込むことしかできない。励ますために何かしたくとも、何をすれば良いかわからない。結局何もできないという現実に、歯がゆさばかりが二人に募る。

 泣いている木乃香を部屋まで送り、二人は今日会った様々なことを相談しながら廊下を歩く。そんな二人に、カモが刹那にも事情を聞こうぜと提案した。

 ネギの為にも、刹那が敵か味方をはっきりさせるためだ。しかしカモとしてはそれだけでこんな提案をしたわけではない。普段は変態な行動ばかりが目立つカモだが、彼は情に厚いところがある。でなければ、わざわざネギの元まで来やしない。

 木乃香の話を聞いてカモは周りに悟られないように、心の中でむせび泣いていた。何とか二人の仲を取り持ちたいとも思った。それに、今は二人とも落ち込んでいる。少しでも何か行動することで、気がまぎれるのではないかと考えたのだ。

 そんな事は知らないが、それでもカモの言葉の裏に隠された(あつ)さが伝わったのか、ネギと明日菜も賛同し、刹那を探すことにした。とはいえネギにも仕事がある。刹那を探しながら就寝時刻を過ぎていても起きている生徒たちを注意しながら進んでいく。

 幸い刹那はすぐに見つける事が出来た。ホテルの入り口に真言で書かれた札を、脚立に乗りながら背を必死に伸ばして、ペタペタと貼っていた。その様子がつい気になってしまい、ネギは刹那に声をかけてしまう。

 いきなり声をかけられた事と、仕事の邪魔をされた事。さらには背後から聞こえた声に敵襲かと考えてしまった刹那は少し不機嫌になり、ただでさえ固い口調をさらに固くしてネギに返事する。

 

「式神返しの結界です」

 

 言葉を口にすると同時に符を貼り終えて結界の準備を終えたのか、刹那はフロントに誰もいない事を確認したうえでソファーに座る。ネギと明日菜も刹那につられて座った。

 

「刹那さんは日本式の魔法も使えるんですか」

「一応そう思われても問題はないです。厳密に言えば陰陽術ですが」

 

 刹那は返事を返す前に一度明日菜をちらりと一瞥し戸惑ったが、この場所にいる事から魔法の関係者と判断してネギに問い質すことはしなかった。

 刹那は出来るだけ分かり易いよう説明を重ねていく。西洋魔術との違い。陰陽術では準備さえすれば速攻で、強力な術を使える事。また、善鬼や護鬼が術者を守り、そのコンビネーションを崩すという事が難しい事。さらには木乃香が立たされている微妙な立場までも。

 色々な事を教わったネギと明日菜だったが、まだ頭の中で上手く噛み砕けていなかった。あやふやなイメージのまま、刹那の話を聞いていたのだ。木乃香の話だけは理解できたのは、幸いだったのだろう。

 話疲れたのか一度ため息をつき、刹那は今度は全く違う話をし始める。

 

「敵の妨害がエスカレートしてきています。このままでは、お嬢様にも危害が及んでしまいます。対策を講じなくては」 

 

 先ほどの説明口調とは違い、明らかに呆れた声音で刹那はネギへ伝えた。

 

「ネギ先生は優秀な西洋魔術師と聞いていましたが、対応が余りに不甲斐なくて、敵も調子に乗ってしまったようです。実際、ユギ先生が対応した滝の一件以外、何の対処もできませんでしたからね」

 

 生徒に自身の失態を告げられ、ネギは恥ずかしさの余りに項垂れてしまう。

 

「あぅ。すみません、まだ未熟者で(・・・・・・)

 

 その言葉を聞いて、刹那の眉が動いた。ネギの発した言葉が信じられなかったのだ。刹那はいまだ中学生という幼さ為れど、裏の世界で戦ってきた。その様々な戦いの中で多くの経験を経た。裏の世界は甘くない。弱いと死ぬ。それがまかり通る世界だ。言い訳など許されない。必ず成果を出さねばならない。それが裏に関わる人間の務め。それなのに言い訳をするものなど、裏をなめているとしか思えない。

 ――本当にこの少年は戦えるのか。

 刹那がネギに対する――もともと少ない、信頼が揺さぶられてしまったのも当然だ。

 本当にネギを頼りにして良いのかと訝しむ刹那だったが、それでも麻帆良の実力者である近右衛門の言葉を信じ、刹那はネギに頭を下げた。自分で見たものではなく、評判を刹那はとった。

 

「せ、刹那さん!?」

「お願いです、ネギ先生。私はお嬢様を守りたいのです。お力を貸してください」

 

 その様子に、刹那がどれだけ本気で木乃香を守りたいかが二人にはわかった。明日菜もネギも、刹那が木乃香に対して悪感情を持っておらず、それどころか心配している事を知れて、先ほどの落ち込みぶりを感じられないほど元気になっていった。

 椅子から力強く立ち上がった明日菜は、刹那の肩を叩く。

 

「一緒に木乃香を守りましょう!!」

 

 その言葉に、刹那は胸をなでおろした。しかし、次の言葉にまた眉を寄せる羽目になった。

 

「じゃあ決まりですね。3-A防衛隊結成ですよ!!」

 

 何故、木乃香を守るというのに、3-Aが出てくるのか。刹那には不思議でならなかった。敵の狙いは木乃香ただ一人。敵とて裏の世界に住む者。一般人に手を出しはしない。言い換えれば、木乃香さえ守りきれればクラスには被害が及ばない。それなのに、なぜ3-Aを守らなければならないのか(・・・・・・・・・・・・)。刹那はわからなかった。

 しかしそれを問い質す前に、ネギは3-Aを守るために、と言ってパトロールへ駆けてしまう。余りの行動の速さに、ネギを止めようとしたが、間に合わなかった。

 運よく刹那の追及をかわしたネギは、カモと一緒にホテルを飛び出そうと走っている。しかし前をよく見ていなかったせいか、ネギは入り口で台車を轢いていた女性に衝突してしまう。幾つかのタオルが宙を舞い、地面に落ちてしまった。ネギは相手に謝りながらタオルを取って女性に渡す。クシャクシャに歪んだままのタオルを女性は受け取り、そしてまた台車に置き直した。

 

「いえいえ、良いんですよ」

「あ、ありがとうございます。それと、本当にごめんなさい」

 

 頭を下げた後にまた走っていくネギを、メガネをはずした女性はじっと見つめていた。ネギの背中が見えなくなる寸前、女性は刹那の張った結界の内側から(・・・・・・・)、歪んだ笑みを浮かべる。

 

「わざわざ結界へ招き入れてくれたんやから」




原作でネギが言った3-A防衛隊。まあ、そこまでは何とか納得はできるんです。だけど、あれ結局はその後の内心見る限り、刹那と明日菜に頼ろうとしましたよね? あれが何かすごく納得いかないですよね。まあ、それは置いといて、次回かませ犬役だったあの女性が大活躍します。だって、裏の世界であれでも何年も生きているんですよ? 間違いなく刹那よりかは強いでしょう。普通に考えれば。

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