東方魔法録   作:koth3

32 / 110
湯船で繰り広げられるドタバタ騒ぎ

 急遽決めたパトロールを行う前に、ネギは自分の体から漂う汗臭さに気が付いた。とはいえ数えで十歳という若さの為か、それほど強いにおいがしないというのが救いだが。

 今日は様々なことが起きたのだ。特に3-Aの生徒を、ネギは子供の身で運んだりもした。魔力で身体能力を向上しているとはいえ、それはネギにとって結構な運動になり、本人も気が付かないうちに結構な量の汗をかいてしまっていたのだ。

 普段ならば風呂ギライという事もあって、ネギは湯船につかろうなどとは思わなかっただろう。しかし、せっかくの旅行と温泉という日本文化にひかれて、ネギは温泉に浸かってからパトロールを行う事にした。

 ネギが温泉に浸かりながら、リラックスしていると引き戸の音が鳴り誰かが入ってきた。男子教師が入ってきたのかと思い、ネギがそちらを振り向くとそこでは桜咲刹那が温泉のふちでお湯を救い、体にかけていた。

 刹那の幼いながらも美しい白い肌、大人の魅力はないがスレンダーで締まっている艶やかな肢体を見てしまったネギは、顔を赤くしながら見惚れてしまう。

 

「おい、兄貴! 見惚れてないで逃げないと!」

「う、うん」

 

 カモに諭されてふと今の状態に気が付いたネギは、湯煙や温泉にある岩に隠れて逃げ出そうとした。

 西のスパイと疑っている相手。しかも剣士である相手に、ここまで接近されてしまっている。どうにかして離れないと、逃げるにしても戦うにしてもやりようがない。

 

 「ふう。困ったな。ユギ先生は頼りになるけど魔法が使えない。ネギ先生は魔法は使えるけど、頼りにならない。どうするべきか」

 

 そそくさと逃げるネギだったが、刹那の発した言葉に力がこもってしまう。

 本人としては唯の愚痴だったのだろう。しかし、その発言は裏の世界に住んでいる人間しか言えない内容であり、ネギたちの中に巣食っていた疑惑を確信にまで近づけてしまった。

 魔法発動体を握りしめた事により、一瞬ネギの気配が強くなってしまい、刹那に気づかれてしまう。

 刹那はどこかに隠していたのか、長大な太刀を取出し、逃げようとする気配目掛けて居合の要領で抜き放ちながら奥義を繰り出す。

 

「神鳴流奥義 斬岩剣」

 

 刹那の一撃はネギの髪の毛をも巻き込みながら、湯船の中にあった巨大な岩を名前の通り切り裂く。

 岩陰に隠れていたネギは刹那の技後硬直を狙い、振り向きざま武装解除呪文を発動させて獲物である刀を吹き飛ばす。

 その事に安堵したネギと、獲物が無くともある程度戦える神鳴流の刹那。さらに接近戦には大きな実力差もある。一瞬でネギの首とある一部を握りしめて、強い口調で宣告刹那は宣告する。

 

「何者か答えねば、……潰すぞ?」

 

 淡々とした、それでいて一切の慈悲無く告げられた言葉と握られた部分、その所為でネギは体を固くして動けなくなってしまう。

 硬直して上手く口もまわらなくなってしまったネギは、このままあそこ(・・・)を潰されてしまうのかと恐怖していた。しかし刹那が自分が握りしめているモノ(・・)の主が、自身の担任であることに気がつき慌てた様子で手を放す。

 

「す、すいませんネギ先生!!」

 

 慌てふためく二人だったが、そこにカモが怒りを込めながら刹那を糾弾した。

 

「やいやい桜咲刹那!! テメエ、関西呪術教会のスパイだったんだな!!? 兄貴に何かしやがったんなら、ただじゃおかないぞ!!」

「ち、違います!! 私は敵ではありません! 一応、先生の味方です」

 

 敵意を無い事を示すためか、刹那は夕凪と名を打たれた剣を鞘に収める。

 その態度にネギとカモは呆けた表情を晒して、口を開いてぽかんとしている。

 

「あ、あのそれって――」

 

 ネギが疑問を聞こうと尋ねようとしたとき、近くから絹を裂くような甲高い悲鳴が響いた。

 その悲鳴に浴場にいた三人は音のした方向へ振り向く。刹那に至っては鯉口を切りながらすでに疾走していた。あまりの勢いに、ネギは出だしが遅れて後から刹那を追いかける形で、走り始めた。

 引き戸を開け放って中の様子を伺おうとした三人は、見えた光景に何も言えなかった。ネギに至っては走った勢いの所為もあり、こけてしまったほどだ。

 脱衣所では可愛らしくデフォルメされたサルが、木乃香と明日菜の下着を剥ぎ取ろうと二人の体にまとわりついている。

 抵抗していた木乃香だったが、二人が駆け込んできたのに安心してしまったのか、力が抜けてしまいとうとう下着を脱がされてしまう。

 

「見んといて~~~~! ネギ君にせっちゃん!!」

 

 羞恥心に顔を赤くした木乃香は、肢体を隠そうとしながら懇願する。

 木乃香の現状を見てしまった刹那は、体を震わし刀を抜き放つ。その額には怒筋がくっきり浮かんでいた。

 

「木乃香お嬢様に何をする!!!?」

 

 突如抜き放たれた白刃を見たネギと明日菜は、サルを斬ったら可哀そうだと思い必死に止めようとする。そのサルは低級の式神であり、斬らなければならないという事を知らずに。

 

「邪魔です! ネギ先生! こいつ等は式で切ったところで紙に戻るだけです」

 

 しかし既に遅かった。先ほどまでお湯につかっていた足は滑りやすく、ネギが羽交い絞めしてきた所為もあり、刹那はバランスを崩してしまいこけてしまう。

 その際に体を覆っていたタオルが剥がれ落ちる。身を隠していたタオルがなくなってしまい、刹那の裸体はネギに見られてしまう。

 

「なっ!!?」

 

 赤面した刹那は、叫んだ。

 

「何でさっきから邪魔をするんです! 私は敵ではないと申したでしょう!」

 

 刹那としては当然の話だった。先ほどからネギは協力するどころか、刹那の足を引っ張り続けている。

 そんなネギを責めずにはいられない。幾ら裏の世界に浸っている刹那とて、まだ中学生くらいしか生きていない。

 ネギ一人を責めても何も変わらないというのを理解していても、とっさに苛立ちをぶつけてしまう。人生経験が少なすぎるのだ。

 だが、そんな事をしている余裕が果たしてあったのだろうか。

 

「二人とも、そんな事を言っている場合じゃないわ! 木乃香がさらわれているわよ!!」

 

 先ほどまで木乃香と明日菜にしがみついていたサルは、木乃香を抱え上げるとそのまま浴場へと駆けて行き、木乃香を連れ去ろうとしている。明日菜の叫び声で木乃香の危機を知った刹那は、ネギの相手をしている場合ではないと判断し、飛び出しながら刀を構える。

 

「神鳴流奥義 百烈桜華斬」

 

 お湯ごと式神を切り裂きながら、奥義は放たれた。まさしく名前の通り、舞い落ちる桜の花びらを斬るかのごとく幾度も放たれる斬撃は、全てのサルを切り裂く。

 サルから木乃香を奪還した刹那は、木乃香を傍らに抱える。それは大切なものを守ろうとする騎士の様であった。

 刹那は急にこの場から離れて行く気配を感じ、敵を逃がしたことを悟る。思わず舌打ちをついた刹那だったが、傍らに抱えている木乃香に話しかけられてしまい、慌てた様子で逃げ出してしまう。

 

「あれ?」

「いったい、何だったの?」

 

 事態の急変についていけないネギと明日菜とカモは、ただ茫然と逃げて行った刹那と哀しそうに手を伸ばす木乃香を見る事しかできなかった。

   

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。