東方魔法録   作:koth3

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月の下にて二つの御前試合

 ホテルについた麻帆良の教師たちは、ひとまず事情をホテル側に説明して大部屋を借り、協力して3-Aの生徒たちを並べた後に点呼を取ったり彼女たちの健康状態を確認した。

 高々酒を飲んだ程度とバカにしてはならない。この年頃の飲酒は脳に悪影響を強く与えるし、アルコールに慣れていない体に大量の酒を摂取してしまえば、急性アルコール中毒になる可能性もある。特に今回は水で薄められていたとはいえ、我先にと競争するように、そして浴びるように生徒たちは酒を飲んでいた。下手をすれば彼女たち全員が急性アルコール中毒になる可能性もあり、教師たちはそれを心配していたのだ。

 養護の教師が軽く見た限りであるが、幸い生徒たちは酔っている程度で済んだ。その事を知らされた教師たちは、漸く肩をなでおろす。倒れた3-Aの生徒たちをそれぞれの部屋に寝かしつけた頃、警察に事情を説明しに行っていた新田教諭が帰ってきた。

 修学旅行に付添の教師で、今日起きた様々な事件の対処の為急遽職員会議を行う事になり、借りている一室に全員が集まった。彼らは例外なく険しい顔つきをしている。今まで起きたハプニングや事件が生徒を危険に晒したこともあり、彼らは怒っているのだ。実際、教師たちの口調はかなり厳しく、固いものだった。

 会議では、明日また何か起きた時の連絡の方法や対処方法など、様々な事が決められ、警戒を強くする事が話し合われた。

 

「では、明日回る予定の場所には連絡はついているんですね?」

「ええ。警察の方が連絡してくださったようです。ですが、警戒しなければなりません。愉快犯というのは必ず規模を大きくしていきます。今回の件だって笑い話ではないんですから。各自気を付けて、生徒たちに危害が及ばないようしてください」

 

 会議の最後には新田教師がそう締めくくり、麻帆良学園の教師たちは解散していく。

 各々受け持ったクラスの生徒たちが不安がっていないか様子を見に行ったが、ネギと黒はその生徒の大多数が倒れていて何もできない。

 ネギはせめて自分にできることをしようと考え、ハプニングや事件を起こしているのが裏の住人であることからも、魔法使いである自分が生徒を守らなければならないと、パトロールに向かった。

 しかし黒はネギと違い、ホテルの一室で静かに月を眺めて休む事にした。スーツは脱ぎ捨てられて、何時の間に道教の服を模した物を着ていて、その瞳はまっすぐと月に向いている。

 暫く窓の縁に座りながら静かにぼんやりと月を眺めていた黒は、しかし月光を遮った影に気が付く。月から目を外し、窓から先ほど見えた影の主を探し始めた。

 すぐに窓から見える場所に、木乃香を抱えたサルの着ぐるみを模した式を着た女性と、女性を追うネギたちを見つけた。

 恐らくは彼女が関西呪術協会の中で、関東魔法協会との友好を望まない勢力なのだろうと当たりを付けた黒は、しばらくその追いかけっこを楽しげに窓から見下ろしていた。しかしネギたちが駅に入り、電車を使って移動してしまうと窓から眺めていた黒には様子が分からなくなってしまう。

 

「夜の散歩というのも、なかなか風情があるものだ。それに、面倒だけど私を邪魔するかもしれない術者の力量くらいは知っておいた方が良いか」

 

 特使はあくまでもネギであるが、黒も関東魔法協会である麻帆良から来た者だ。関西からしてみればネギと変わらない。ついでとばかりに襲われる可能性もある。別に今の(・・)陰陽師を恐ろしいとは思わないが、それでも黒としては万全を期しておきたい。彼らを追いかけることにした黒は、スキマを開いて移動した。

 

 

 

 

 ネギたちがいる場所を見下ろせる高層ビルの屋上に黒はいた。ビル風に吹かれ、黒の髪の毛は横になびく。それを少し鬱陶しそうにしながらも、彼は面白そうに嗤いながらネギたちの戦いを見ている。

 

「呪符使い、ね」

 

 ネギたちと式を纏った女性との戦いは、女性がかなり優位に立っていた。彼女が使う呪符は、呪文を唱える必要はあるが、それでも西洋魔法よりも短い。さらに、彼女は間合いを広く取り、剣士である桜咲刹那を近寄らせようとしない。ネギの西洋魔法より即効性に優れ、遠距離からの攻撃は今のネギたちではそう簡単には崩せないだろう。何より実力もそうだが、経験が違いすぎる。

 今の所ネギたちの勝ち目は薄い。しかし、黒は別の見方をしていた。確かに女性はネギたちを押している。だが、その優位性は彼女から緊張感を奪い取り、油断を招き始めていた。絶対的な実力差ならばまだしも、彼女とネギたちの実力差は実はそれほど広くない。ドジを踏むかぼろを出して負けると彼は予想していた。

 これ以上見る必要はないと考え、黒はスキマを開こうとした。しかし腕を前に出した構えで止まり、虚空に話しかける。

 

「成程。あの女が実力以上の策を練れたのはお前が原因か」

 

 先ほどまで誰もいなかったはずの場所に、一人の少年が唐突に姿を見せた。感情が見られない無機質な瞳に、真っ白な髪の毛が特徴的な少年は、転移魔法を使って黒の背後に現れたのだ。

 完全に不意を突いたはずだった。転移魔法では背後を取り、存在を覚られる前に終わらす。それが少年の任務だ。だが、気配で気づかれたのならまだしも、転移魔法の兆候を察知されるとは思っていなかったのだろう。少年が驚いて一瞬動きが強張ったところを、黒が開きかけていたスキマを開き、そこから引きずり出した鉄扇で横凪に殴られて吹き飛ばされる。

 鉄扇は少年の頬を歪め、確かな衝撃を彼に伝えた。しかし、それは起きるはずのない現象だ。少年は身を守るために特殊な防御魔法を幾つも張って、一種の結界を自身の周りに構築している。だというのに黒の鉄扇は、何もないかのように結界をすり抜けて少年を殴りぬいたのだ。

 黒は冷めた瞳で、吹き飛ばされた少年の方向を眺めている。そもそも、少年がしたすべての行動は黒にとって何の意味をなさないものだ。意味をなさない行為を連続でされた黒が呆れてしまうのも仕方がない。

 転移魔法は空間を行き来する魔法だ。存在自体が空間の狭間にいる黒相手に、空間と空間の間を移動する行為が隠し通せる訳が無い。防御魔法を重ね掛けして創りだした結界は、結界自体を変化させることのできる黒相手には盾とすることはできないのだ。

 

「やれやれ。まあ記憶を覗かせてもらったら、消えてもらおうか」

 

 黒の物騒な要求に対する少年の回答は反撃だった。

 少年が吹き飛ばされた先から、莫大な質量を持った岩の塊が飛んでくる。しかも、先が鋭くとがった槍状のものが。それが高速で飛来してきている。もし当たれば人間の肉体程度なら簡単に貫くだろう。

 だが黒は迫る脅威に対して、一歩も動かない。岩の塊は黒に当たる寸前、空中で衝突音を響かせて粉々に砕け散った。

 

「?」

 

 岩の塊は石の槍と呼ばれる魔法で、その付与効果に結界破壊の力があった。だというのに、少年の放った一撃は黒が普段自身の周りに張り巡らせている結界を撃ちぬく事が出来ず、敗れた。それは少年にとって余りにも不可解で、追撃をする事が出来ない。

 

「驚いたよ。まさか本気ではないといえ一枚目を破られ、二枚目にまで到達されるとは。なるほど、人間ではないと思っていたが、それも違うのか。さっきの一撃を見る限り、普通の魔法ではないみたいだし」

 

 黒は常に自身の周囲に結界を張っている。それも少年が防御魔法を何重にも張って作り出す結界と違い、結界そのものを幾つも作り続けて身を守る規格外な性能なものを。

 だからこそ黒は、一人ぶつぶつと敵対している少年を無視して呟いていた。目の前に自分の命を脅かそうとしている敵がいたとしても、彼にとって脅威ではないのだから。

 

「なるほど、確かに彼よりも君の方が驚異だ」

「私を襲撃させた奴は私の事を知っているのか。悪いけど、少しだけさっきの発言を訂正させてもらうよ。お前を消した後、この襲撃を命じた主犯も一緒に消えてもらおう」

「悪いね。僕も簡単に殺されてしまうわけにはいかないし、彼も今失っては僕たちが困る」

 

 吹き飛ばされた先でボロボロになりながらも、少年は痛みを感じさせない動きで立ち上がる。彼は黒の言葉を拒絶し、その姿をかき消した。

 少年は次の瞬間に、黒の懐に飛び込んでいた。

 瞬動。クイックムーブともいわれる技法のひとつを使ったのだ。足裏に気か魔力を集めて瞬時に解放することで、一直線だけだが高速での移動を可能とする技法だ。

 瞬動を使って、少年は黒の懐に潜り込んだ。彼は手の平を黒に向けて、魔法を発動させる。彼は瞬動で黒に近づく前に、あらかじめ呪文を唱え、魔法をストックしていた。それを、今解放したのだ。

 少年の手の平から濃い霧が噴出される。魔法自体は黒の結界に阻まれたが、視界を潰されてしまい、さすがの黒も動く事は出来なかった。その機会を見逃さず、少年は転移魔法を使い、どこかに逃走してしまう。

 

「……まさか目くらましで逃げるなんて。……まあ、いいか」

 

 少年を追いかけることはできる。しかし、むやみにちょっかいを掛けて余計なものを敵に回すわけにはいかない黒は、追跡を諦めた。

 少年には何らかの後ろ盾がある事が、少年の言葉でわかっている。下手に手を出せば、その後ろ盾とも戦わないといけなくなる可能性が高く、些か面倒すぎる事態になってしまう。それならば、今回の事は目を瞑った方がマシだ。確かに容認できない事はあったが、それでも今から何かされたところで黒の邪魔にはならないのだから。

 

「帰るか」

 

 ビルの手すりから後ろ向きに飛び降りた黒は、落下中に広げたスキマにのまれホテルの自室に帰っていった。

 

 

 

 

「どないしたんですか、フェイトはん? そないボロボロになって」

 

 京都市から少し離れた山のあばら屋に、ゴシックロリータを着て腰に二刀の脇差をさした可愛らしい少女が囲炉裏の前に座り、料理を作っていた。囲炉裏で踊る炎を火箸で操りながら、鉄鍋の中でぐつぐつと煮えるイノシシ肉を美味しそうに見つめていた少女は、扉を開けて入ってきた人物の様子に少し驚いて、素っ頓狂な声を上げた。

 

「ああ、君か」

 

 フェイトと呼ばれた少年は、先ほど黒から逃げた少年だ。

 彼はあれから何度も転移魔法を重ねて、かなりの距離を連続で飛び続けた。短時間に何回も転移魔法を使用したことで、かなりの魔力を消費した事と、黒から受けたダメージによって今の彼の姿は酷い。

 目の下には魔力不足の疲労の所為かクマが浮かび、体中は吹き飛ばされた時のすり傷や切り傷が幾つもある。彼が着ている服は、既にボロボロになってしまっている。

 

「そんな辛気臭い顔をせんといてください。ウチまで辛気臭くなるんで」

「意外と君は毒舌だね」

「そうですか?」

 

 火鉢を置いて先が皿になっているしゃもじで、イノシシ肉を使った味噌汁を掬っておわんに入れ、フェイトに渡す。にこやかに笑いながら味噌汁を差し出しされ、彼は彼なりに感謝しながら彼女に歩み寄って受け取り、直接床に座り込む。

 

「ありがとう」

「ところで、どないしてそんなに傷を負ってるんです? フェイトはんの力量なら、早々遅れを取らんでしょうに」

「まあ、そうだね。相手が普通なら」

「じゃあ、普通じゃなかったんですか?」

 

 首をこてりと傾けて、少女はフェイトに尋ねた。しかしフェイトはすぐには答えず、受け取った味噌汁を啜ってから漸く答えた。

 

「悪いけど、君には詳しく教えられないよ。君は誰よりも危ないからね」

 

 

  

 

 

 




黒が強すぎると思う人が多いかもしれませんが、単純にこれは相性が良いので一方的でした。
基本的にこの作品での力関係は魔法使いと妖怪では、相性的に妖怪>魔法使いという形になります。

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