東方魔法録   作:koth3

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前作とかなり変わりました。主人公が妖怪と変わる過程です。


生まれ降りた妖怪

 ネギとユギが入学したことで、この魔法学校でも大騒ぎになった。当り前の事だが、英雄の子が二人も一斉に入学したのだ。騒ぎになることは当然。

 ネギはその膨大な魔力と適性があった魔法使いの基本となる魔法学(簡単に言うと魔法の射手など、一般的な魔法を習う科目だ)に並々ならぬ成績を残していた。

 逆にユギは、魔力がないために魔法学はとらず、魔法薬学や魔法歴などの授業を習っていた。この分野でユギは、学園史上もっとも成績が高い。スタンが推測したとおり、ユギの知能指数は異常なほど高いため、覚えることと決まった動作をするだけなら簡単にこなしてしまう。

 そんなネギとユギだが、学園内では孤立し始めていた。

 ネギは勉強に一身に打ち込んでいたために友達ができず、ユギは魔力がないということでバカにされ友達ができなかった。

 このことはネカネとマギもなんとかしたいのだが。子供の友好関係に大人が口をはさむわけにはいかず、どうにもできないのだ。

 そしてなにより、心配なのはユギだ。

 ユギは、二か月も立つと体調を崩し休むことが多くなっていた。授業中も突然倒れたり、休日はほとんど一日中寝ている。そんな様子に保護者である二人は、慌ててユギの体を調べたが何も異常が分からなかった。

 ネギもそんな様子を心配して、話しかけるが相手にされないことも多くなっていた。

 

 

 「ユギ。本当に大丈夫なの? 顔色が悪いし、目の下にはクマができているよ」

 「大丈夫。大丈夫だから。少し一人にしてくれない?」

 

 人通りの絶えた廊下でネギとユギは話をしていた。ネギはユギがこの頃体調を崩しがちなのと様子がおかしいために、心配して話をしかけているのだ。

 

 「でも、ユギ」

 「うるさい!! 少し静かにしてくれ!!」

 「っ!」

 「……ごめん、兄さん。けど、一人にさせてくれ」

 

 そう言い、ユギはネギを置いたまま自室へこもり、しっかりと誰も入れないように鍵を施錠する。

 扉を背に荒い息を整える。

 

 「っぐ!」

 

 思わず声が漏れたが我慢して部屋の奥にあるベッドに倒れこむ。 

 そのベッドの周りを見れば、そこは異界としか言いようがなかった。

 本来の部屋は寮らしく清潔感あふれる部屋なのだが、今この部屋はいたるところに空間の亀裂が走り、広がり、多くの眼がユギを見つめ続けている。それもすべてはユギが自身の力である能力を制御できなくなっているからだ。

 

 「僕ももうそろそろ限界なんだろうな」

 

 こんな状態になってしまったころから、だんだんと人らしさを失い始めてきた。ネギが授業で失敗し、けがをしたと聞いたときも心が動かなく、何の感慨も浮かばなくなってきていた。

 そんなユギには、人らしさを失い始めてから聞こえる声がある。本能が理性にささやき続けるのだ。それを行わねばならないと。しかし、ユギはその甘い言葉に従おうとしなかった。甘い言葉が脳裏に響くたびに、

 

 「ぐぅ、ぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 手負いの獣のようにユギは吠える。いや、まさしく手負いの獣だ。

 何かをこらえるように、ユギは自身の腕から血が出るほど(・・・・・・・・・・・・)強くかみついていた(・・・・・・・・・)

 それも、少量の血ではない。大量の血を流し続けている。歯が皮膚を切り裂き、骨を砕き、肉に食い込み、痛みを持って本能の訴えをごまかす。しかし、そうすると必ず声が聞こえる。ユギを幻想へと導こうとする声が。

 

 ―無駄よ。貴方がどれだけ我慢しても、それ(・・)は必ずしなければならないことよ。それ(・・)を行うことは負けじゃない。貴方の存在にとって正しい事よ。

 

 そんな声が脳裏に響くのだ。しかし、ユギはそれ(・・)を認めるわけにはいかないのだ。それ(・・)を認めてしまえば、本当の意味で人間ではなくなってしまうとわかっているからだ。

 それが最初の頃のユギの反応だった。しかし今では、

 

 「黙れ、僕に話しかけるな! もう、僕を惑わせないでくれ!!」

 ―たとえ、どれだけ強い意志があってもこの世の理からは逃げられない。そう、食事をしなくては誰も生きられないように。貴方はどれだけ耐えようとしても、必ず、それ(・・)をする。してしまう

 

 それだけ言うと声はなくなる。しかし、ユギの疲労はたまり続けている。そのせいもあるのだろう。本能の訴えがだんだんと強くなってきている。心はボロボロとなり、ぽつりとベッドの上で

 

 「誰か……助けて」

 

 気も狂わんばかりの訴えに、本能にさらわれてしまいそうな理性にしがみつき、今まで耐えてきたユギだが、もう限界は近い。

 運命の針は止まってくれない。永遠に同じ速度で回り続けてすべてを狂わす。英雄の人生が狂ったように。その息子の運命が針によって狂わされる。

 

 

 

 「ユギ、アンタそんな顔をして大丈夫なの?」

 「大丈夫だよ。アーニャ」

 

 嘘だ。今では常に気を貼っておかねば空間に亀裂が走りかけるし、意識を失うことも多々ある。噛みついてできた傷はすぐに癒えるが、精神はもう限界だ。あと少しでも水が入れば決壊するダムのような状態であり、もはやまともな思考すらできていない。

 え。■え。喰え! ■を食え!! 

 今もなお、アーニャと話しながらもユギの中では叫び声が響き続ける。あれから部屋を出たユギだが、数日前に会った時と比べて、あまりにも変わっていた姿にアーニャが心配して駆け寄ったのだ。

 しかし、今アーニャを近くに来させるわけにはいかないのだ。今近くに人間がいるとまずいのだ。

 

 「大丈夫だから。ちょっとそこを通らせて」

 

 ユギの言葉に心配になりながらもアーニャは道を譲る。その道を辛そうに歩くユギの後ろ姿を見送りながら、心の奥底で暗雲が広がり続けていた。しかし、どうすればいいかわからないアーニャは、そのことを信頼できる大人に話すしかなかった。もはや遅すぎたことを知らずに。

 

 

 

 「おい待てよ!!」

 

 学園の中でも人目につかない裏道にユギはいた。自身でも気づかずにここまで歩いていたのだが、そのユギの姿を見たひとりの子供がユギの肩をつかんだ。ユギよりも大きいその子はすでに十歳で、体もユギと比べれば比べ物にならないほど大きく、力も魔法の腕も強い。

 この子供はバーグス・ユビルといい、弱いもの見つけては陰でこそこそといじめるといったことを繰り返している、性根の悪い人間だった。

 もともと魔力のないユギもターゲットにして何度もいじめていたが、今日はたまたま見かけたのと、ユギが人目につかない裏道に入ったのを見て、いじめようとして追いかけてきたのだ。

 その声に幽鬼のように振り返るユギだったが、その様子を気にも留めずに、振り向いたユギの腹に拳を叩き込む。

 これがバーグスのやり方だった。暴力で恐怖を覚えこませて、ほかの人間に知らせないようにしていた。さらに大人にばれないように、腹や背など分かりづらいところを狙って暴行を加えていた。

 

 「無視するなんていい度胸だな!」

 

 ユギは無視していたわけではない。余裕がない中聞こえてきた声に、振り向いただけだ。それを無視したと言われ、いきなり殴られ、息をつまらせる。弱り切ったユギの体にはこの程度でも危険なのだ。

 ただでさえ弱り切っていた体と精神に、過負荷を与えられてユギの意識は限界を迎え、朦朧としてくる。

 

 ―喰らえ、喰らえ

 「何故?」

 ―それが幻想。お前という妖怪がするべき事。人に恐怖されてこそ、お前は生きることができる

 「いやだ」

 ―何故だ? 人はお前を傷つけるのにか? 今お前の目の前の人間を見ろ。お前という存在を傷付けているではないか。お前にとってそれは価値があるのか?

 「価値」

 

 甘い言葉。どうしようもなくその言葉にひきつけられていく。まるで誘蛾灯に集まる蛾のように。

 

 ―お前は勘違いをしている。お前はすでに人ではない。人の掟に縛られる必要もない。

 「そう……なの?」

 

 もはや心も限界を迎えた。もう戻ることはできない。かつてのように人としては戻れない。

 

 ―お前にとってそれは価値のない人間なのだ。なら、糧にしてやれ。それが自然の理。お前は捕食者なのだ。人を食う妖怪という捕食者なのだ

 「妖……怪」

 ―人の恐怖が幻想を確固とした存在にする。お前は生まれて間もない。今、恐怖を得なければ、消えるほどに。強く確固とした幻想になったお前なら人を食う必要もない。しかし、今のお前は人を食う必要があるのだ。これから先に生きて守るべきものを守るなら、それを喰らって生きろ

 

 

 「喰らう」

 

 「あ? 何言ってんだ?」

 

 その瞬間倒れこんでいたユギの体が起き上がり、ユギに蹴りを叩き込んでいたバーグスは驚く。

 

 「てっめ、何もせずサンドバッグにでもなっていろ」

 

 そう言って拳を振り上げた瞬間、景色が変わった。

 

 「え? な、なんだよここ……」

 

 黒くどこまでも広がる闇の中、数多の目玉がぎょろぎょろと動き、そして自分を見つめる姿におびえたバーグスは、後ろにたたずんでいたユギに気付かなかった。

 

 「ここは()の空間だよ」

 「!?」

 

 慌てて後ろを振り向くと、今まで前にいたはずのユギがいてバーグスは驚愕した。しかし、

 

 「て、てめえの仕業か! さっさと元に戻しやがれ! じゃないと」

 

 今までのように力で脅してこの空間から出ようとした。

 

 「じゃないと? じゃないと何をするんだ? 圧倒的な弱者であるお前に」

 

 だが、ユギはそれを拒絶した。今までいじめてきたユギに上から見下され、バーグスは怒り狂う。その怒りとこんな訳の分からない空間に閉じ込められた不安が、バーグスを過激な行動に駆り立てる。

 

 「アンディ・ドューディ・アンディティ 魔法の射手連弾・火の3矢!」

 

 魔法によって生み出され、飛来する炎の矢をユギは一閃、ただ手を横に動かすだけで消す。いや、消したのではく、スキマから外に出して無効化する。

 

 「な!?」

 

 驚いている隙を、ユギは見逃さず首に手をかける。ギリギリと首を絞められ、初めて感じる恐怖にバーグスの顔がゆがむ。

 

 「かっ、が、ゆ、ゆるじで」

 「許す? 何か勘違いしているようだけど、私は別にお前に対して怒りを覚えているわけではない」

 

 その言葉に解放してくれるのかとバーグスは感じたが、次の言葉で恐怖がさらに襲う。

 

 「ただ、お前を食うだけだよ」

 「ひぃ!」

 

 ああ、恐怖が集まる。力が湧いてくる。失い続け弱り果てた力が。首を絞めている手も力加減に失敗すると、すぐにこれの首を折ってしまうほど力が湧く。

 楽しいとも思わない。しかし、一つの幻想がこの世界に根付いたというのはうれしい。

 

 「ああ、お礼をしないと。この感覚に気付かせてくれた」

 「お、おれ、い?」

 「ええ。ゆっくりと喰らってあげる」

 

 何かを咀嚼する音が絶え間なく空間に広がっていく。そしてその音がなくなると同時に、暗い空間のどこからユギが現れた。

 

 「いるのは分かっているよ。出てきたらどう?」

 「ふふ、言った通りでしょう? 貴方はそれに従うと。食べるという原始の本能に逆らえるものはいないわ」

 

 その声が空間に響き終わると同時に黒い空間に亀裂が走り、亀裂の両端にリボンがまかれたスキマ(・・・)が現れる。そこから出てきたのは頭に特徴的な帽子をかぶり、西洋のドレスに道教(タオ)に使われるような太陰陰極図がかかれた、紫色の前掛けをたらした美しい女性だった。

 

 「こうして会うのは初めてね。私のことは知っているでしょうけど、今一度挨拶するわ。幻想郷の妖怪の賢者、スキマ妖怪八雲紫よ」

 「そう、私はユギ・スプ……」

 「あら、どうしたの?」

 「この名前は使えない。この名前はすでに死んでいる。ユギ・スプリングフィールドが、人でなくなった瞬間からこの名前は死んだ。だから今の私は名前がない」

 「そう。それは不便ね。……じゃあ、私がつけてあげましょう」

 「なんで? なんで貴方が私の名前を付ける?」

 「別にいいでしょう。そうね、私と同じスキマ妖怪だから八雲。名前はすべてが重なり合うことでできる黒かしら。貴方が気に入らなければあなたがつけてもいいわよ」

 「黒。八雲黒。うん、気に入った。私の名前は八雲黒だ。

 自己紹介を続けさせてもらうけど私は八雲黒だよ。種族はスキマ妖怪」

 

 これで二人は本当の意味でであい、一人は自身の目標を見つける。これから先にはユギ・スプリングフィールドという人間は出ない。ここから先には八雲黒という妖怪がいるだけなのだから。




どうでしょうか? これが作者の限界です。これからも東方魔法録をよろしくお願いします。

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