東方魔法録   作:koth3

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妖怪たちの望んだ時節

 うすら寒い夜を、一人の少女が歩いている。少女はそこでとある噂を思い出した。『桜通りには吸血鬼が出る』。その噂を思い出したのか怖がりなのか、草木が風で揺れる音や、少しの動きでびくびくしている。そんな少女を黒いローブを羽織った人物が襲った。三角帽子と黒いローブからはおとぎ話のようなウィッチを思い浮かばせる。しかし、その少女の犬歯は鋭くとがり、ドラキュラ伯爵を思い浮かばせる。

 そんな魔女を見てしまった恐怖で少女、宮崎のどかは気を失ってしまった。そのままでいたのならば、彼女は噂の怪物に襲われたのだろう。だが、巷で流れていた噂から、自主的な見回りをしていたネギはそれに気が付き、その騒動に首を突っ込んだ事によってのどかは救われた。

 

「エ……エヴァンジェリンさん!?」

 

 ネギの放った捕縛の魔法の矢は防がれてしまう。その事から、ネギは相手が魔法使いという事に気が付いたが、そこに居たのはネギのクラスの生徒の一人、エヴァンジェリンだった。ネギをほめるような言葉を吐きながらも、エヴァンジェリンはネギに戦いを仕掛けた。

 

 

 

 

 「お前の血を吸えば、こんな馬鹿げた呪いは解けるんだよ」

 

 数分後、ネギはエヴァンジェリンによってとらえられていた。

 自身に掛けられた呪いの消滅。それこそが彼女の狙い。その為に、一人飛び出してきたネギは絶好の的だった。そうして繰り広げられる攻防。いや、一方的なお遊び。ネギは真剣に戦っていたが、エヴァンジェリンは本気ではない。本気を出せないというのもそうだが、今蓄えている魔力だと少々心もとないものがある。だから様子見をしていた。しかし、それも途中でやめた。様子見で終わるには、余りにもネギの力は弱すぎたのだ。エヴァンジェリンはこの程度の相手に苦戦する程度の実力ではない。例え、力を封じられていようが今のネギ位は完封できる。

 だから、エヴァンジェリンは途中で様子見を止めた。ネギが使った魔法を受けて、装備の一部がなくなったことからも、限が良いと判断したのだ。だから、パートナーを呼び出し、ネギを捕縛した。その血液を吸い、呪いを解こうとした。

それは当人たちにとって、予想外の事態が置きて終わりを告げた。

 ネギをパートナーによって封殺しきり、その状態で血を吸っていたエヴァンジェリンは、しかし明日菜の飛び蹴りを喰らい、吹き飛んだ。エヴァンジェリンが避けられなかったのは、その攻撃を喰らうはずがないと思っていたからだ。普段、彼女は魔力があるときは魔法で防壁を作っている。それは、一般人の一撃で砕けるはずがないのだ。しかし、その一撃は確かに通った。絶対に有り得ない一撃によって動転してしまい、有利な状況であることを忘れてエヴァンジェリンは去っていった。

 残されたネギと明日菜は、自覚していないが助かったのだ。

 

「あんたどうすんの? ユギ先生に協力を求める?」

「だ、駄目ですよ! ユギは魔法が使えないから、こんな危ない事に巻き込めません!」

 

 それを理解していない二人は、だからいまだに呑気に話をしている。すぐにでもその場から離れて、危険から身を隠すべきだというのに。

 

 

 

 

 一方、そんな二人とは違い、エヴァンジェリンとその従者である絡繰茶々丸は、自宅であるログハウスで気炎を上げていた。

 

「何だ、アレは! 私の魔法障壁を破るだと!?」

「落ち着いてください、マスター」

 

 あと一歩の所でネギを逃がしてしまった。そのことが原因で腹を立てているのだ。そんな主の様子見を見て、茶々丸は一つの疑問を提示する。

 

「マスター、何故ネギ先生を狙うのですか? ユギ先生なら100%の確率で成功すると思われますが」

「ふん。私は戦う力がないものを襲わん。それは私自身の誇りを傷つける。魔法が使える坊やなら、まだ戦いを行う事もできるだろう。だからこそ、私は自身の誇りの為にもう一人の坊やには手を出さん」

 

 そんな事を言いながら、茶々丸に頬を冷やされて、エヴァンジェリンはカリスマを演じていた。

 

 

 

 この事件は、エヴァンジェリンの独断で行われている。とはいえ、麻帆良上層部の中で、さらに最上級の理事である近右衛門はこの事を知っている。エヴァンジェリンは知らない事だが、エヴァンジェリンと結界はリンクしている。だからこそ、今エヴァンジェリンがどこで何をしているかを調べるなどは、簡単だ。だからこの事を知っているのは、エヴァンジェリンの勢力に学園上層部。そしてネギと明日菜くらいしかいない。そのはずなのだ。

 しかし、今その例外がいた。

 

「これが今回起きている事件、いやままごとか。まあ、その顛末みたいだね」

「ふうん。成程。しかし、何と言うべきか。あの幼子は本当に幼いな」

「まあ、そうだね。自分がいった事が矛盾していることに気が付いてない。本当に力ないものに手を出さないのなら、ネギには手をかけず独力で呪いを解くべきだ」

 

 普段の敬語を使わず、本来の口調で黒はくつろいぎながら返答した。何処から用意したのか、売店などに設置されている様なベンチを取り出して、そこに黒と蒼は二人並んで座っている。黒はスキマを閉じて、退屈そうに瞳を閉じた。しかし瞳とは正反対に、口元は厭らしい笑みを浮かべている。

 

「お前も人、いや妖怪が悪いな」

「妖怪だからね」

「ハァ。まあ良いだろうて。それで、これからはどうする?」

「決まっているでしょう。今回の事件、関係がないのなら無視するに限る」

「そうだな」

 

 納得したのか、首を縦に振る蒼に、黒はそのまま続ける。

 

「それに、今年こそが一番良いんだから。計画を実現するのには」

 

 どこか暗い笑みに表情を切り替えて、黒は言う。

 

「天照は天津甕星に負けた。つまり今年は妖怪の年。今年こそが、私たちにとって最大の機会なんだから」

 

 だからこそ、余計な時間は費やしたくはない。今年は黒の力も活発化する年。だからこそ、しなければならない事が沢山ある。そして、それは黒と蒼。さらには幾人かの協力者を持ってしても、時間が掛かり、不安定な結果を導けるかどうかというもの。ならば、高々その程度の些事に付き合う道理はない。むしろ、付き合う理由が無さすぎる。だから、黒は兄を見捨てた。

 閉じていた瞳を開く。黒と蒼の二人が見つめる先には、人が一人もいないのに、都市として機能し続けている街があった。

 

 




この作品の中では天照が負けて、妖怪たちの勢いが増長している状態です。

作中にある天照が天津甕星(あまつみかぼし)に負けたことで妖怪の勢いが増大したという話については、東方にてそういう話がありました。大晦日に儀式を行い、天照が天津甕星の光を消せばその年は普段と変わらず、しかしもし天津甕星の光を消せない場合は妖怪の年となるらしいです。
天津甕星について
古事記には登場しない神様です。日本書紀において日本最大軍神のうち、二柱を破った天照最大の敵でもあります。天照が葦原の中つ国(日本)を孫のニニギ孫に渡すようにさせた際に、反対した神です。星の神であり、一説によると金星の事ではないかと。東方では、金星の光として書かれて、ルシファーと同一視されていました。

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