ネギと黒が最終課題を達成できたことにより、正式に採用されることが決定された。しかし、だからと言って問題がないわけではない。ネギの勤務態度から、採用を拒否する嘆願書が一般の先生から出された。とはいえ、それを上層部が受け入れる訳が無い。ネギは鶴の一声で採用されて、次第に周りの教師からは避けられるようになっていく。それでも気が付かない辺り、ネギの対人スキルは壊滅しているのだろう。
だがまあ、それはネギに知らされていない。上層部としてはそんな些細な事を気にされたくないし、他の教師たちは近寄りたくもないという状態で、話しかける事すら少なくなっている。魔法先生以外には、まったく相手をされなくなってきた。
それでも、ネギはその変わっていく空気に気が付かず、毎日を過ごしていた。黒はそれらには気が付いていたが、あえて何も言わないでいた。そんな流れていく日常という名の日々に、一つの異変が起きた。
「それじゃあ、皆さん。自習していてください」
そう言うのは、教壇でうつろな瞳を虚空に向ける黒だった。普段の授業でも厳しい先生なので騒げないのだが、今の状態では違う意味で騒げない。これで頬がこけていたら、間違いなく栄養失調の患者だ。そんな黒相手に騒ぐ勇気は、さすがの2-Aでも持っていない。
ざわざわと困惑の波は広がるが、それでもどうすれば良いのか全くわからない。そんな中、二人の人物が誰にも気が付かれないようにひそひそと話を始めていた。
周りに気が付かれないように、教科書で口元を隠したうえでだ。
「おい、さよ。何があったんだ。あれ?」
――そ、それが
一人は千雨。もう一人はさよと呼ばれる幽霊。お互い、少し前までは何の接点もなかったのだが、黒という接点によって関係性を持った。それに、クラスの中で唯一さよを見続けられる存在でもあるため、黒の近くにさよがいないときは大概千雨の周りにさよはいる。今は黒の余りの様子に、逃げてきたのだ。
――朝からあんな感じで。職員室では燃え尽き症候群じゃないかと噂されていましたが
「燃え尽き症候群? いや、ありえないだろう。つーか、何でそんな事に?」
――試験で頑張りすぎたんじゃないかって
期末試験で、黒はネギの分もすべてこなした。その為に、その負担は凄まじく、周りの先生はその努力が終わったために燃え尽きたのではないかと思われているようだ。
「絶対にねえな、それ。あいつの処理能力、スパコンを軽く上回っているんだぞ。試験程度で燃え尽きるたまじゃないしな」
――そうですよね。私もそう思って、恐々尋ねてみたんですが
「それで?」
少し言いづらそうにしたさよは、しかし決心がついたのか口を開く。
――実は、食事制限をされてしまったらしく
「はっ?」
千雨は目を丸くして、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。すぐに口を押えたから周りには聞こえなかったようだが。だとしても、千雨が驚くのは当然だ。高々食事であそこまで疲弊するのか? そう疑問に思わざるを得ないほどに、黒は疲弊している。ふらふらと体を揺らして、何時ものような覇気がない。
「というか、食事制限て何だよ。妖怪が食事制限されるなんて聞いたことないぞ?」
――一応、普段の食事を聞いたんですけど。
「どんな食生活していたんだ?」
――朝は食パンに
何だ、普通じゃないか。そう考えていた千雨は次の言葉に顔を歪めた。
――たっぷりの蜂蜜とチョコをかけた状態に、ココアを飲むそうです。
「い、いや、まあ朝は甘いものが欲しくなるもんな」
――そして、昼は昼でキングサイズのパフェを一つ平らげるそうですけど、その際にデザートとしてあんみつをさらに平らげ、そこに甘味が引き立つように塩を入れて……
「もういい。最後まで言わないでくれ。絶対想像だけど、というより、想像だけで気持ち悪くなってきたから」
――私はもうなっています。というよりも、これ人間だったら一か月以内に糖尿病になるほどですよ
頭を使うと甘いものが欲しくなると言うが、幾らなんでも黒は食べすぎた。それを見かねた蒼により、甘味禁止令がとうとう出てしまったのだ。黒の周りにある甘味という甘味が捨てられ、さらには蒼の能力すら使い、甘味を口にする事が出来なくなってしまった。その結果が、今の黒だ。
「何というべきか。自業自得なのか、それとも……」
――多分、自業自得で会っているとは思うんですけどね。ユギ先生は甘いもの摂りすぎでしたから。誰かが止めないと、そのうち体が砂糖で出来ている何て事になりかねませんでしたから
そんな話をされているとはつゆ知らず、黒は教壇に額を押し付けながら、未練がましく呟いていた。
「甘いもの~、甘いもの~」
仰々しいタイトルの割に、起きていることはくだらない事です。
因みに、黒の毎日の食事から摂取される糖分は、角砂糖五十個くらいです。