東方魔法録   作:koth3

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会議は踊り、公儀は隠される

 冬の凍てつくような空気が、だんだんと柔らかく温かくなってきた頃に、ネギと黒に最終試験という内容の書状が届いた。そこには、学園長の文字で2-Aを最下位から脱出させる事が出来たら、正式な教員として採用しても良い。そんな事が書かれていた。その書状を呼んだ二人はそれぞれ全く違う行動をとった。ネギは大喜びをして、2-Aに駆けていく。しかし黒はそれをつまらなさそうに見た後、すぐにゴミ箱へ無造作に投げ入れた。黒にとって、その書状に書かれていることは意味の無い事であると同時に、あまりにも浅はかすぎて、失笑すら出なかった。

 学園長の書状にはこう書かれているが、何らかの処置をとって2-Aを最下位から脱出させるだろう。ネギをこの学園から手放す訳が無い。それが分かるからこそ黒は内容を読んですぐに捨てた。余りにも人を莫迦にしすぎているし、くだらない浅知恵に付き合う気もしない。

 だがそれでも教師として麻帆良にいる限りは、黒個人として生徒の面倒を見るという義務は生まれている。何せ、生徒は魔法とは何の関係もない一般人。そんな存在を巻き込む必要はない。黒は冷酷であるが、外道ではない。関係のない人間を巻き込んで良しとはしない。

 

「さて、クラス底辺に燻っている数名の成績を向上させれば、十分最下位から脱出できるでしょう」

 

 独り言をつぶやきながら、黒は廊下を歩いていく。まさか、その数名の生徒と幾らかの生徒が愚かな行為をするとは考えもせずに。

 

 

 

 

 黒とネギが書状を貰った次の日、職員室での職員会議はかなり混乱していた。何故なら、ネギと数名の生徒が行方不明となってしまっているからだ。しかも行方不明となった場所は、図書館島。危険な罠などが幾つも存在しており、教師陣から幾度も学園長に陳情がされていた場所だ。安全に利用できない施設に等意味が無い。だが、その施設と呼べない施設は存在していて、現に生徒たちはそこで危険な目にあっている。教師たちの精神に計り知れない恐怖が忍び込んでくる。もし、生徒たちが怪我をしていたら? はたまた罠にかかってすでに……。

 考えれば考えるほど、教師陣の空気は重苦しくなっていく。すぐに捜索隊を用意したのだが、学園長の鶴の一声によって必要ないと言われてしまった。しかも一切の詳しい説明もなく。数名の教師は、こんな事態にもかかわらず捜索隊を出さなかった学園長に、隠しきれない不審を持ち始めている。一般人の教師であるがゆえに、何も教えられない教師だ。似たような事例は何年も続いており、特に年若い教師陣は、高畑教諭に詰めかかっている。

 普段、高畑教諭と学園長は学園長室にて何か密談することが多く、今回も学園長室に数名の教師と集まっていたのを彼らは知っているのだ。だからこそ、彼らの怒りはそちらに向けられる。

 

「また貴方達のくだらない何かですか!!」

「お、落ち着いてください。さきほど学園長が説明したとおり――」

「説明!? アレの何が説明か! 只一方的に捜索を中止させただけだろう! 私たちを莫迦にするのもいい加減にしろ!」

 

 こうなってしまうのは当然だ。詰めかかっている教師たちは、それぞれが生徒を心配しているからこそ焦っている。だが、高畑は違う。高畑にとって、今回の件はすでに決着が見えており、後はイレギュラーを排して決められたレールを通過させるようにすれば良いだけ。言ってしまえば、彼ら教師は生徒を思い、高畑はネギを思っている。その違いがお互いの溝を生み出す原因となっている。

 さらに、こういった事態が起きた時、一部の教師、つまりは魔法先生は学園長から詳しい説明を受けており、幾らかの安心を覚えている。その安心は余裕につながり、態度にわずかに出てしまう。そしてその態度こそ、一般人の教師をイラつかせる原因となるのだ。生徒が行方不明となったのに、悠長にしている。しかも上層部は捜索しようとせず、一部の人間にだけ説明されて自分たちにはその説明が降りてこない。それに不信感を覚えない教師はいない。抗議していない教師は、既に麻帆良学園の悪習として、諦めきってしまっているのだ。

 

「で、ですが」

「アンタは本当に教師か!? 生徒が行方不明で、しかもその生徒はアンタの教え子なんだぞ!! それを笑いながら、落ち着け!? 貴様の頭は狂っているんじゃないか!!」

「っ!」

「そこらへんにしておけ」

「に、新田先生! しかし!」

「そんな事より、もっと大切な事が有るだろう。ユギ先生を見ろ。ご家族であるネギ先生が行方不明になっているというのに、必死になって耐えている。私たちが焦って、バラバラになってしまっても意味が無いだろう」

 

 掴みかかっていた教師は、そう新田教諭に諭され、渋々、しかし立場など忘れて高畑を睨みつけてから手を放した。その後、顔を歪めながら新田教諭に頭を下げた。

 

「すみません、新田先生。そうですね、ユギ先生が一番辛いですよね。なのに、俺は自分の感情を優先してしまい」

「私に謝る必要はないだろう。それより、対策会議を進めよう。いつものように学園長は何か隠している。結局私たちが生徒を守るしかないんだ。それに、君の怒りは恥すべき事じゃない。生徒の為にそれだけ怒れるのは、教師として大切な資質だ」

 

 ぽんと肩に手を置き、新田教諭は落ち着かせていく。学年主任である彼には、長い教師生活で築き上げてきた経験則と、強い信念がある。今ここで折れるわけにはいかない。自分が折れてしまえば、周りの、特に若い先生が崩れてしまう。そう感じとり、本当は今すぐにでも生徒たちを探しに行きたいのを我慢して、会議に加わる。無事でいてくれ。そう願いながら。

 そんな会議の様子を眺めながら、黒は一人俯きながら、その顔を周りから隠し続けていた。その歪み切った嘲笑を隠すために。

 下らない、下らない。本当に下らない。そう思う。高々生徒数名、この学園ではもっと消える事件などいくらでもあっただろうに。だが、魔法使いも魔法使いだ。態々二足の草鞋を履いて、不和を招き入れているのだから。確かに、黒は魔法先生の一部は尊敬してはいた。しかしそれはあくまでも、教師としての仕事と、魔法使いとしての役割を両立しているからだ。主義の違い、立場の違い、守るべきものの違い。それらのかけ違いによって出来ていく修復不能な境界。境界に生きる黒だからこそわかる。わかるからこそ、嗤ってしまう

 すでに今回の一件で、麻帆良学園が張りぼてだという事が分かった。確かに外から見れば立派に見えるだろう。しかし、裏側を見れば、それは違うという事がすぐに理解できる。一般の先生は一般の先生と繋ぎ合い、一般人という派閥(・・)が出来てしまっている。それら全ての元凶は、魔法使いにとって、一般人は邪魔ものでしかないという認識だ。その認識の所為で、魔法使いたちは魔法使いで集まり、全てをこなそうとしていく。それが如何いう結果を作る事かも理解していないで。重宝されなくなった存在は、恨みを残す。その恨みは一人一人は小さくとも、麻帆良学園全体で考えれば、その呪は莫大な量となる。それはいつしか呪いとなるほどに。そして、それが分かってしまうからこそ、黒は余りのくだらなさと可笑しさに嘲笑を向けてしまう。

 自分たちが全能の神にでもなったかのように振る舞う普通の魔法使いたち。それなのに、その下で支える教師たちが何時しか、彼らの意志がその神輿を放棄するだろう。放棄してしまえば、決してもう魔法使いを担ごうとはしない。人間というものはそういうものだ。一度追い出した物を取り戻そうとすることは少ない。フランスが王政を排除した後のように。

 すでに、麻帆良学園はその体制を変えなければ、後々崩壊するほどに手遅れとなっている。それらに気が付かない魔法使いは、その権力をふるう事に夢中になれるだろうか。莫迦騒ぎを眺めながら、冷めた瞳と思考で黒はその様を観察し続けていた。




普通、大騒ぎになりますよね。生徒たちが行方不明になったのなら。
それなのに、原作で、担任であるタカミチは動きませんでした。ですので、一般人から見れば、タカミチは信頼されていない先生とこの作品では設定しました。

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