東方魔法録   作:koth3

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さよの認識の変化

 黒が放課後に職員室で一服をしようとしている時、慌てた様子でさよが黒に突撃をかますように高速で黒に接近してきた。慌てているさよとは対照的に、黒は冷静に自身に迫ってきているさよを近くに置いていたティーポットで殴り飛ばし、

 

「ふべぇ!?」

 

 そのまま流れるように、そして何も見なかったように紅茶を飲み始めた。黒の座っている職員室のイスの近くには、真っ赤になった頬を抑えているさよがうずくまっている。

 

「って、何で私をぶつんですか!?」

「当り前でしょうに。私にぶつかりそうな邪魔な存在を殴り飛ばすのは。それに、貴方には少しづつ教えているはずですよ。魔法を使うのなら、常に落ち着いて行動しなさいと」

「うう」

 

 納得いかない顔をしながらも、さよはパンパンと制服をはたきながら立ち上がる。いや、そもそも足もなく宙を浮かんでいるので、転ぶはずがないのだが。しかし幽霊であるはずの彼女は、何故か生前の出来事に強く引き寄せられているようで、転ぶ事を始めありとあらゆる人間的な行為をしてしまう。それこそが普通の幽霊とは違う点なのでもあるのだが。

 

「で。随分と慌てているようですが、何の用でしょうか?」

「あ、それがですね。今、皆さんが可笑しくなっちゃって。それで如何したら良いか、相談しに来たんです」

「変に?」

 

 さよの言った言葉に何か気になる点があったのか、黒はすぐさま手元のコップの中の液体を通じて、遠見の妖術を使う。うっすらと浮かび上がった光景を見た瞬間、黒の顔はとてつもなく嫌そうなものを見た顔をしていた――黒い悪魔、Gと呼ばれるものを見つけた時のような顔に。

 

「……放っておきましょう。あれに関してはもう私は諦めています」

「いやいやダメですよ! 先生と生徒の恋愛なんて!」

 

 黒が遠見の妖術で見た光景は、余りにも莫迦らしく、そして何度も経験してきた事件の焼き増しだった。何らかの魔法薬の影響で、生徒たちがネギを追いかけている。だが、そんな事黒にとっては良くある事。何せ、ネギは似たような事件を八回繰り返している。膨大な魔力を保有しているネギは、魔法薬は不必要という子供じみた考えを持っている。その為か、魔法薬の授業については他の教科ほど熱心ではなく、結果魔法薬の失敗を良くしていた。

 それだけなら失敗話で済むのだが、ネギは適切な処分をしない事が多かった。その為に周りの生徒たちが魔法薬の成分を知らず知らずに摂取していた、という事件が多数あった。本来なら処分物のこの事件、多くの教師によって握りつぶされて隠蔽されていた。そんな経歴を持つネギが、まともな魔法薬を作れるはずがない。できるとしたら本当に簡単な魔法薬か、力任せの効力がランダムになっている魔法薬位だ。分かり易い例でいえば、正しく作れば魔法の矢十本分の魔力が凝縮している魔法薬が有る。これをネギが作ったとしたら、魔法の矢は一本出るか出ないかもあれば、五十本出る場合もあるといった具合に、余りにも性能が安定しない。

 

「ですからね、私はもうこの件については関与しません。何度ウェールズで治療薬を作る羽目になった事か」

「あ、あの、ユギ先生?」

 

 黒くて禍々しい何かを放出し始めた黒に引きながらも、さよはそれでも何とかするべきではないかと訴えかける。話はできず認識してもらえないが、それでもクラスメイト。さよにとっては大切な者達だ。だから、彼女たちにかかっている魔法薬の効力は許せない。女性にとって、何よりこの年代の少女にとって大切な恋をもてあそぶかのような魔法薬が。そして、それを作って服用したネギに対しても嫌悪感を持って。だから、必死になって止めてくれと黒に訴えかけているのだ。クラスメイトを守るため、そしてネギの横暴を許せないため。

 さよがここまで嫌悪するのにも、訳がある。さよは魔法使いになり始めている(・・・・・・・・・・・・)。その為、ネギの作った魔法薬の正しい効力と使用方法を黒によって教えられていた。クラスメイト全てにほとんど見境なく効く魔法薬など、禁制品位のものだ。そんなものを作って服用したネギを許せないのは常識的に考えて当然だ。

 さらに、さよは何故ネギがこんなことをしでかしたのかを知らない。最初から見ていたわけではないので、明日菜の為に作ったという事を知らない。さよにとっては、ネギがモテたい為に禁制品の魔法薬を服用したくらいにしか映らない。

 

「まあ、あの莫迦も少しは懲りるという事を覚えるでしょう、これで。赴任一日目で魔法バレ。二日目には、禁制品の密造と服用。これ、本国で裁判したら間違いなく終身刑ですよ」

「それって! じゃあ、何でこの学園の魔法使いは動かないんですか!?」

「簡単なことですよ。上層部が、末端に情報を送っていないからです。脳が指令を出さなければ、末端が動けないのは当然。脊髄反射でもしてくれれば、まだ助かるのですが。それはそうならないように上層部で制御されているでしょうね」

「だから、だから何でですか?」

 

 涙目になりながら、さよは黒に尋ねるしかない。普通の(・・・)魔法使いというのは、誰かを救うためにあると黒は言っていたのに、救うどころか、心を操っている極悪人でしかないじゃないかと。その答えは決まっている。

 

「そうですよ。普通の魔法使いは、結局そんなもの。自分たちが何のために、正義という目的を掲げて動いているか。その理由すら考えず、只盲目的に動き続ける働きアリ。そんな存在が、真の意味で誰かを助けられる訳ないでしょうに。この学園にいる普通の魔法使いは、そんなものですよ。上から言われた通りの事をしていれば、正義である。そう言った考え方にさせられている」

「……させられている?」

「ええ、学園結界で。そもそも、学園結界は基本的に二つの作用を持っています。一つ目は、魔を縛る効果。だけど、こちらは肉体を持つ魔には効いても、精神に依存する存在に対しては効果が薄いですがね。中級の妖怪ならまだしも、大妖怪ならそもそも結界が感知できる容量を軽々と超えていますし、感知したとしても、力の一厘すらそぎ落とせないでしょう。残りの、二つ目の効果は、人の精神を操るという効果。魔法使いにとって都合の良い都市にするための効果。ですが、それが何故魔法使いにかかっていないと考える事が出来るのですか?」

 

 魔法使いであっても、学園結界の影響をしっかりと受けてしまっている。でなければ、いくらなんでも一般人の前で気を使ったり、魔法を使ったりはできない。魔法の効いていない相手には、魔法使いがしている異常を理解されてしまうのだ。それを理解してなければならない学園の魔法使いは、しかしそれを考えない。そんな事を意識したこともない。その結果が、安易なまでの魔法使用だ。と言うよりも、七不思議の一つになっている時点で、秘匿が失敗しているという明白な証拠が存在してしまっている。なのにそれを認識することはできていない。

 そもそも、学園結界の魔力源は世界樹。あのクラスの力なら、きちんと使えば大妖怪にも影響を与えられるほどの魔力がある。その一端は、僅かな量と言えども人間の浅知恵で操れるものではない。結界を張った人間たちにも、しっかりと効果を残していたのだ。

 

「つまり」

「ええ。学園の魔法使いの思考能力は、特に常識と非常識の認識能力は間違いなく低下しています。それこそ、長期的に外に出ると異常が露見するほどに。タカミチは基本的に短期の依頼をしているし、そもそもの依頼場所が本国だから問題はないですがね」

「……」

 

 血の気のなかった顔をさらに真っ青に染めたさよは、金魚のように口を只ぱくぱくと開け閉めするだけしかできなかった。

 

「本当に、人間は愚かですよね。因果応報、自業自得、自縄自縛。彼らを指す言葉はいくらでもある。この学園の人間は本当にくだらない。おや? 如何やら貴方が懸念していた件は片が付いた様ですよ。ネギは気絶させられて、生徒たちも魔法薬の効果はなくなっていますね。良かったですね。何もなくて」

 

 そう告げて、イスから立ち上がり去っていく黒を眺めながら、今初めて目の前の存在が自分の知らない、そして怖い存在だという事をさよははっきりと理解した。そしてそれと同時に、自分の知らない存在だからこそ離れることもできないのだと。せめて、目的である仙人になるまでは。 

 

 




あれ? ネギの失敗だけだったのになぜか話が広がっている。

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