東方魔法録   作:koth3

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リメイク前と比べて、千雨の詳細はぼかしています。


境界という幻想と生まれ変わった幻想

 目玉が浮かぶという、現実の理が存在できない空間で対峙する二人。その二人は余りにも対照的だ。

 さらさらと絹のように流れる金髪に、西洋人形のように整った顔立ちの黒は、余裕を持っており、笑みすら浮かべている。しかし、もう片方の伊達メガネをかけている千雨は過呼吸になりながら、青ざめた顔色で空間に立ち尽くしている。

 

「さて、ここならば、誰にも話を聞かれずにすむ」

「な、何を話すんだよ! 私はお前に対して何も話す事なんてないぞ!」

 

 怯えて、つい叫んだ千雨に対して、黒は何処までも落ち着き払い、話を進める。

 

「そう怯えなくても大丈夫。私は貴方に特にこれと言って、何かしようという気もないからね」

 

 そう告げて笑っているが、その笑みこそがどこまでも恐ろしい。その顔を見るだけで、自分の中にある何かが崩れそうな、そんな感情が千雨の中から湧き上がってくる。それは一度認識すると止まらなくなっていき、目の前が暗く、陽炎のように揺らめいていく。

 

「あ、れ?」

 

 千雨は目の前の顔が暗い陽炎に包まれていくように見えた。暗い炎が黒の顔をぼかして、顔を見せなくさせていく。それだけで恐ろしい。恐ろしいのだ。じゃあ、

 

「じゃあ、何でそれが間違いだと最初に(・・・)思うんだ」

 

 ぽつりと、自分でも理解せず、無意識に千雨は呟いていた。それこそが、黒の狙いという事を知らずに。一度、認識してしまえば、急速に変化は起きていく。目の前の陽炎は消え去り、視界が広がっていく。比喩ではなく、本当に周りの空間が見えるのだ。スキマに隠された本当の空間を。

 イスが一つ倒れた面談室。それが千雨の目には見えている。今いる場所は、不気味な目が漂う訳の分からない場所だというのに。

 

「な、何だよこれ!? 何で、違う世界が見えている!?」

 

 訳が分からず、千雨は叫ばずにはいられなかった。十数年という短い時間しか千雨は生きていない。だが、それでも今、千雨に起きている現象は、理の外れた力だという事が分かってしまう。分かるからこそ、怖くなっていく。

 

「わ、私に、私の体! 何が、起きているの?」

 

 怖くて、怖くて肩を掻き抱き、震えていく体。カチカチと歯が噛まれ、呼吸は浅く、速くなっていく。顔は先ほどよりも青くなり、見ているだけで救急車を呼んだ方が良いと判断されるくらいに、悪くなっている。

 

「それこそが、貴方の力。貴方の血統がなせる能力」

「血統? 能力?」

 

 もう、何が何だか分からない。千雨は逃げ出したくなっていた。だけど、今逃げる場所はない。それに、何となく分かるのだ。ああ(・・)到達してしまった(・・・・・・・・)、と。

 もう、起きていることから逃げられない。混乱している頭でも、それだけは分かり、無理やりにでも、落ち着かせていく。暴れまわる心臓は、ゆっくりと、だが確実に普段のペースになっていく。呼吸はそれに伴って、落ち着いていく。

 

「さて、何から話すべきか。少々私としても、貴方の状態を話すのは色々と考えが有るのでね。何処まで話すべきか、或いはどこまでを話さないべきか」

「それは変わらない事だろう」

「全然違うさ。話すことは自分のため。話さないのは相手のため。ほら、全然違う」

 

 よっこいせ。そう面倒くさそうに呟きながら、黒はスキマを開き、そこに腰を下ろす。

 

「ああ、貴方も座ったら如何?」

 

 自分だけ座っていることに気が付いた黒は、何処からか、一組のイスと机を取り出す。どちらも、学生の千雨では、見たこともないような高級品だ。

 

「これって」

「地球で云う、マホガニー製のイスと机ですよ。そうですね。最高級の材木を、職人が一つ一つ、時間をかけて作った貴重品だそうで」

 

 笑ながら言うが、座るように言われた千雨はたまったものではない。一体どれだけの値段がするのか。そもそも、そんな貴重なものに本当に座って良いのか。違う意味で、頭が混乱していく。

 

「高々数百程度。気にせず座れば良いのに」

「座れるか!!?」

 

 結局、千雨は座らず、立つことにした。

 その状態で、黒はこれまた何処からか出してきたティーセットでお茶を入れ、口を潤してから、千雨へ説明を始めていく。

 

「まず、貴方に理解してもらわないといけない事は一つ」

「何だよ」

「それは、私たち(・・・)は幻想で有るという事」

 

 私ではなく、私たち。その言葉が意味することは千雨にも分かった。だからとっさに、怒りを込めて罵倒しようとした。でも、間違いなく今の自分は人間ではない。化け物が空間に何かしたのに、それを化け物曰く、千雨自身の力で破ったと言うのだ。それが本当なら、確かに目の前の化け物が言う言葉の通り。認めたくはないが、それでも認めなければならない現実が目の前にあった。

 千雨は、現実を否定したくても、一度でも否定しきったことはなかった。何故ならそれは、現実を否定するという事は、真実を拒絶する事。真実というものに、幻想を抱くほど幼くはないが、それでも千雨は真実ほど尊いものはないと思っている。特に、幼少のころからのトラウマの所為でより強く。

 

「幻想である私たちは、この地を統べる魔法使いと比べて、余りにも力が強すぎる。ここで、間違えてほしくないのは、肉体面ではなく、精神面という事で強すぎるという事。私たちは精神によって、支えられている。だから、普通の人間より精神が成長しやすい」

「それが本当だとしても、何か私に関係あるのかよ」

「もちろん」

 

 千雨の質問は即答されて、逆に質問した千雨の方が、面を喰らったくらいだ。

 

「麻帆良学園には全体を覆う結界があり、その結界は精神に作用して、都合の良い人間を作り出す。それこそが、魔法使いの狙いであり、ここまで隠れる事に成功してきた理由。だけど、それは人間程度にしか効かず、人間以外には簡単に防がれてしまう程お粗末なもの。それどころか、人間でも簡単に防げ、最悪素人が無意識に無効化できるほどに、効力が低い。まあ、それでも人間でここまでの規模の結界を張れるのは、珍しいけれども」

「……つまり、私は化け物だから、その結界の作用を受けない。そう言いたいのか」

「言いたいのかではなく、それが事実。さて、貴方は幼いころ、麻帆良に来て、こう思ったはずです。この世界は間違っている。正しくしなければならないと。その思いに押されて、貴方は周りにそのことを伝えていった。だが、結界の影響を受けている人間たちは、貴方の言葉を受け入れなかった」

「……」

「貴方はね、人とは違う世界が見える。聞こえる。理解してしまう。……人とは一緒に居られない存在なんですよ」

 

 黒の言葉は、静かに辺りに消えていく。

 

「で、だ。お前は私に何を伝えたい?」

「おや」

「お前は今の今まで、話をしているようで、関係のない話をしてごまかしている。お前がしたい話は、こんな話じゃない。私が幻想であるかは確かに重要だが、本題ではない。私にごまかしや嘘は通じない(・・・・・・・・・・・)

「そこまで能力が覚醒しているのか」

「ああ、そうみたいだな。そして、私が何かも見えた(・・・・・・・・)

「そう。ならば、後は分かるでしょうに」

「確かに分かるさ。でも、これだけは言わせてもらうぞ。後で全てが終わったら、お前は殴ってやる。一発殴らないと気がすまない」

「ご自由に。ですが、貴方に殴れるとでも?」

「殴れるさ。お前と私なら、私は一方的に有利な状態でいれる」

「でしょうね」

 

 クスクスと笑いながら、黒はスキマから立ち上がり、空間を縦に一撫でする。その指の動きにつられるように、スキマは開かれていき、面談室への道が出来ていく。

 

「くだらない世界へ帰りましょうか」

「それを言うなら、虚構にまみれた、じゃないのか?」

「ああ、確かにそちらでも通じそうですね」

 

 二人だけしかわからない会話を終え、スキマという幻想の中から、現実へと帰っていく。

 

「じゃあな。境界の狭間にいる、真理の怪物」

「それではまた。人の過去を裁く、正義の怪物」

 

 軽口を叩きあいながら、千雨は面談室から出る。その顔は、ずっと有った険が取れ、自然な笑顔だった。


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