東方魔法録   作:koth3

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真実を視てしまう人間

 ネギが着たその日、その放課後、黒は頭を手で押さえて唸っていた。

 先ほど行われたネギの歓迎パーティーにて、タカミチに読心術を使い、更にはその内容をアスナに押していたのを見て、黒は何が起きたのか大体把握していたからだ。

 

 「いくらなんでも早すぎるでしょう」

 

 魔法使いの修行は唯魔法を覚えるだけではない。魔法の秘匿も修行の一つだ。学園上層部の思惑が有れども、いくらなんでも秘密が漏れるのは早すぎる。こればかりは黒にも想定できず、驚いていたくらいだ。

 

 「とはいえ、それは私もというべきか(・・・・・・・・)

 

 黒は今、面接室にいる。その顔に不審を張り付けた長谷川千雨と共に。

 先ほど、ネギの歓迎パーティーが終わった後、千雨は近寄ってきた明日菜より早く黒を捕まえ、相談したい事が有るとここまで無理矢理連れてきたのだ。

 机を挟んで対面したまま、黒の奇行を見ながら、しかしそれは努めて無視して、千雨は口火を切る。

 

 「先生、答えてもらうぞ。アンタは一体何者だ?」

 

 そう言う千雨は、ポケットに携帯を隠し持っており、いざとなればすぐに通報する用意が出来ている。

 千雨の瞳には確かな核心が込められていて、それと同時に警戒も込められている。だからこそ、このようないざという時の対処法を持って今この場所に来ている。

 

 「なあ、先生。一応言っておくが、私に危害を加えようとするのなら、警察へ連絡が行くようにしている。だから、変なことを考えるはやめてくれ。私は私の安全さえ図れれば良い。危害を加えなければ、私はアンタの事を無視すれば良いんだから」

 

 もしこれが、2-Aの中で彼女以外の人間なら、黒に対してこのような対処を行わないだろう。

 そしてもし、黒の秘密を知ったのが朝倉や明日菜だったら、警戒せず興味本位で安易に近づいて、場合によっては黒の手で消されていただろう(・・・・・・・・・)

 逆に、龍宮や長瀬なら、カマをかけて情報を探ろうとするだろう。情報とは集めなければ危険だからだ。

 しかしそれは土台無理な話だ。黒の頭脳は単純に考えれば、スパコンを軽く凌駕する。スキマを変えるという行為にはそれだけの計算が常に必要となる。その計算能力は、カマを簡単に見抜き、真偽も区別できない完璧な情報操作を実行し自覚しない操り人形にしていくだろう。

 だが、彼女は違った。無鉄砲に黒を糾弾するのではなく、カマにかけるのでもなく、自身の安全をはかり、それでなお情報を求めた。

 その姿勢はまさしく、強欲な人そのものだ。情報という利だけではなく、己の安全をも図ろうとする人の欲望を持って。

 そして、黒はそれらを評価する。

 

 「さて、何だと思います?」

 

 しかしだからこそ、黒は彼女をさらに試さなければならなかった。黒は既に彼女に対して、ある確信を持っていた。それは能力の恩恵でもあり、自身の推測で確信を掴んだ。

 

 「……知らねぇよ。知っていたら、こうして聞いていたりしてはいないだろう」

 「まあそうですね。では少し質問を変えましょう。貴方には私が何に見えました(・・・・・・・)?」

 

 だからこそこの質問は唯の質問ではない。回答によっては、これから千雨が辿る先の未来が大きく変わらざるをえない質問だ。

 

 「……私から見たら、お前は唯の化け物だよ。お前の周りに正常なものなんて一切ないんだから」

 

 千雨から見て、黒とはそういう存在だった。黒の周りの光は歪み、空気の流れが変わり、全てが変質することを強要されていた(・・・・・・・)。そんな中心にいた黒を人間とは到底思えない。

 

 「ふ、ふふ」

 

 その回答に満足、いやそれ以上の感情を覚えて、黒は笑みを浮かべる。その笑みは余りにも禍々しすぎた。浮かんだ笑みは大きく弧を描き、見ている相手に不安感を植え付けるほどには。

 

 「ふふふふ」

 「お、おい?」

 

 その笑みに不穏な何かを感じ取り、千雨は話しかけようとした。しかし、それは叶わなかった。声をかけることはできても、その後に続いた現象を把握することに一杯になってしまったからだ。

 

 「な、何だよ、ここ!?」

 

 先ほどまでの面接室とは違う、訳の分からない空間。いきなりそんなところに立っていた自分が信じられず、千雨は混乱して辺りを見回してしまう。そんな事に意味などないというのに。

 

 「ここは私の世界。ありとあらゆる境界が変わる瞬間を切り取った世界」

 

 いくつもの目がぎょろぎょろと見渡す中、声の主である黒は千雨から見えないところで一方的に話し始める。

 

 「さて、先ほどの回答、お見事としか言いようがないね」

 「どういう――」

 「簡単な事。私の世界は本来だれにもわからない世界。共有することも、理解することも絶対にありえない世界。そして私の世界は見る事すらもかなわない。……普通、いえどれだけの力を持っていても本来は、ね」

 「っ!」

 「貴方も本当は分かっているのでしょう? 唯、周りから拒絶されたくないがゆえに、その能力を隠して拒絶している。全てはこの学園に張られている、虚言の結界の所為」

 「な、何で! 何でそれを!」

 

 黒が話した内容は間違いなく千雨にとってのトラウマだ。

 幼いころ、周りの異常(・・)を見る事が出来、認識できた彼女は、それを周りに言った。幼いがゆえに、嘘を吐くという事を知らなかったのだ。その為、周りから迫害された。

 嘘を言う子だ。可笑しい子供と呼ばれて。真実は周りが可笑しいというのに。

 

 「ぅあ、あ」

 

 だから、それを見破られて、突き崩されて一気に脆くなる。

 

 「だけど、それは貴方の境界を視れば一目瞭然。貴方が可笑しいのではなく、貴方の能力が正しすぎる」

 「た、だしすぎる?」

 「ええ。貴方はありとあらゆる嘘を拒絶できる。貴方()真実であり、それ以上にもそれ如何にもなる事は許されない存在」

 「お、お前は何なんだよ!!?」

 

 それは最初に黒に言った言葉。だけど、意味が違う。中に籠められた畏怖が違う。

 空間を割くように叫んだ千雨の声が、余韻すら残さない頃に、漸く黒はそれを告げる。

 

 「私が何か? 私は唯の、妖怪ですよ(・・・・・)

 

 

 

 

 黒が麻帆良にて千雨と対面している時、白峰は目の前の光景をただ見つめていた。

 

 「崇徳様?」

 「ああ、貴方か。何か用?」

 

 白峰に話しかけたのは、白狼天狗と呼ばれる天狗の最下級の妖怪。木端天狗とも呼ばれる存在だ。

 白い毛並みを持ったその天狗は、恐る恐るというように、目の前の光景について尋ねる。

 

 「何ですか、……この破壊の嵐は」

 

 目の前にはかつて美しい自然が有った。沢山の木々が生え、穏やかに渓流が流れていた山々の頂上。だが今は、目の前には何もない。いや正しくは、削り取られている。何らかの力によって。

 

 「これ? 一寸一匹の大天狗が暴走してね」

 「は、はぁ。大天狗様が破壊したのですか。それなら納得がいきますが」

 「はぁ? アンタ、何言っているの?」

 「え?」

 

 その天狗は勘違いしていた。目の前の破壊は大天狗によって行われたものだと。

 

 「これはアレの成果よ」

 「……え?」

 

 白峰の言った言葉をその若い天狗は信じられなかった。目の前の破壊がアレによって行われたという事が。

 だってそれは妖怪でもなんでもないのだから。それ(・・)は器に阻まれるもの。幻想のように肉体の影響を受けづらい存在とは違う。器以上の力など発揮できない。だが、目の前の光景は違う。

 

 「くくく! あははははは! それにしてもあの若造、何処で見つけたのやら。これなら若造が作り出すと言っていた世界、退屈しなくて済むようだ」

 

 本来の、天狗独特の見下した言葉で白峰は笑っていた。心の底からその時が楽しみだと。かつてのように、日ノ本を統一しようという意気込みはとうに無くしたが、白峰には妖怪としてのアイデンティティがある。

 

 「どれだけの変化が訪れるのやら」

 

 崇徳白峰は傍観者だ。できるだけ関わりを少なく、変化を見届け続ける。それこそが彼女の願いにして、存在意義。

 かつて自身の家族へかけた呪いの成就を見届けたように、ありとあらゆる世界の変化を見届けたいという妖怪としての欲。それが今の白峰のアイデンティティとなって支えている。

 実際、彼女が新聞を作っているのは、その欲を発散させるためでもある。ありとあらゆる場所で、変わっていく世界を写し取っていく。それこそが新聞の醍醐味だ。そう考える程度に。

 

 「ああ、楽しみだ。そうは思いません? ねぇ?」

 「は、はぁ。私にはさっぱり分かりませんが」

 「ダメですねぇ。風情を理解しろとは言いませんが、これ位の愉悦は理解してもらいたいものです。妖怪ならこれくらいは理解しておかないと、退屈に身を滅ぼされますからね」

 

 それだけ告げ、白峰は空に飛び立つ。人間から天狗になったせいで、他の天狗よりひときわ小さい翼を翻して。

 

 「さあ、まずは何処に何を見に行くか。どうせ、もう二度と見に来れなくなるのだ。最後の最後に生まれ故郷を眺めに行くのもまた良しか?」

 

 楽しそうに、楽しそうに一匹の天狗は空を跳ぶ。変化していく世界という風に乗り。 

 

 

 




次回はまるっきり千雨回の予定です。

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