東方魔法録   作:koth3

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教師としての問題点

 麻帆良学園の職員室の中で、黒は与えられた席に座り紅茶を楽しんでいる。いや、厳密に言うと楽しんでいるというより、息抜きというべきか。黒の前には処理した書類に、採点した宿題などが置かれていて、それらを片付け終わり一息ついているというところだろう。

 黒がティーカップをソーサーに置いた瞬間、空間に亀裂が奔る。空中に現れた一本の線の両端に黒いワイヤーが結ばれており、その亀裂の線が広がっていく。その異常な光景の中現れたのは、一人の女性だ。

 

 「少し苛立っているようだが?」

 「蒼、いきなりあらわれて第一声がそれ? 私は十分に落ち着いているのだけど」

 

 蒼と呼ばれた女性は、かつて黒を利用しようとした神。事代八重だ。式神となった時点で、本来の名前を使う訳が行かなくなったので、新しく蒼という名まえを黒はつけた。

 名前というのは強力な呪となる。名前一つで古代の神官は全てを支配した。ピラミッドを作った方法の一つに、言霊を使って神官が石を積み上げたという説だってある。

 日本においては言霊と呼ばれるそれだが、蒼の本来の名前は呪ではなく、祝福になる。それも主の力すら簡単に超える可能性すらある祝福に。だから違う名まえにする事によって、力を抑えさせているのだ。

 

 「私にはいら立っているように見えるのだが」

 「……」

 

 ティーカップの角度をずらして、中にある紅茶を飲みほして、黒は嗤う。

 

 「ネギはダメですね。まあ、今までの行いは仕方がない。むしろ、アレにしては良くやっていた」

 

 そう言って黒はティーカップの中を見る。先ほどまで紅茶が(・・・・・・・・)なみなみと入っていた場所を(・・・・・・・・・・・・・)。そこには水が入っており、ネギが生徒たちに英語を教えている風景が映っている。

 

 「それは如何いう意味だ? 如何考えても失敗ばかりだったような気がするのだが。」

 

 蒼の目から見れば、全てが失敗しているように見えた。まあ普通はそうだが、ネギという存在を詳しく知っている人間からすれば、まだマシだったのだ。有る一つの事をしていないまでは。まあ、それは元々期待できなかった事であるが。

 

 「簡単な事さ。多少拙い単語も出たが、ごまかしはできていた。その他もまあまあ対処はできていた。唯、一つ言うのなら、ネギは教師としてこの時点で失格だ」

 「それは遊ばれているという点で?」

 「いや、違う。そんなもの後で如何にでもなる。しかし、これは知らない限り直らない」

 

 評価というものは、後からいくらでも取り返せる。そして取り返せる力がある者こそ、真に他者に信頼される。

 だが今回黒が言っている事は違う。それはすでに終わってしまった事で、それこそ時間を巻き戻さない限り、取り返せない。

 

 「蒼、貴方学習指導案って知っていますか?」

 「何だそれは?」

 

 学習指導案とは、言ってしまえば生徒たちに何を教えるかを記したものだ。当然ながら、教師は基本的にそれに従って授業を進める。だが、ネギはその存在をそもそも知らない。だから、それに沿った教えをする事が出来ない。

 学習指導案が存在するのは、画一的になるが最低限の知識を学ばせるためだ。それなのに、それを考慮していない授業など、殆ど意味が無い。最低限の基礎を学べなくなるという事なのだから。つまり、ネギがしていることは単純に言うと、ただ教科書を読ませているだけという事になってしまう。厳密に言えば授業をしているから、大なり小なり身につくことはあるが、指導案に沿った教え方でない限り、現代日本ではその授業内容は簡単には認められない。これが、教師が熟考して、学校側からの許可を得て、指導案から離れるなら別なのだが、ネギは違う。唯、教科書の英文を訳すだけ。確かにネイティブの発音は役に立つだろう。イギリスでは。日本の英語はアメリカ式であり、ネギの使うイギリス式英語は使われることが余りない。

 そう言った意味でも、ネギの行動は余りにも空回りしすぎている。

 

 「つまり、お前の苛立ちの原因はあの少年と、魔法関係者に対してか」

 「そうだよ。そもそもこれは学園側で対処しなければならない事なんだけどね。恐らくは、魔法に関しての時間を取れなくなるという推測の元に、教えられていないのだろう」

 

 教師という仕事は大変だ。実際、教師は余りの仕事量に体調を崩す人も多い。そんな仕事をネギに与えてしまうと、ネギの魔法の習得に対して悪影響が来るかもしれないと考えた学園の上層部は、指導案についてネギに話していない。少しでも教師としての仕事を無くすために。そして、ウェールズの片田舎で学生だったネギに、日本の学習方針など知る由もない。

 

 「私は既に多くの人の未来を奪っている。そして今もなお、未来を奪っている。これからも奪うだろうね。だからこそ、私と関係ない生徒たちの未来の道まで、奪うわけにはいかない。私は分からない(・・・・・)妖怪の一種であって、奪う妖怪ではないのだから」

 「だからか」

 「だからだよ」

 

 黒の机の所には、前任の科学の教諭の指導計画が置かれている。麻帆良に来た日に教諭から譲り受け、何度も読んで一言一句間違わぬよう暗記した物だ。実際黒は、今まで生徒たちに授業をしたが、それらはきちんと学習指導案に沿い、新田先生に確認を取ってから行っている。

 教師という職業は聖職の一つだ。人を育てるというだけではなく、その職の厳しさは並大抵のものではない。だからこそ黒はネギを認めない。他の魔法先生の事は、黒は認めているのに。

 彼らは魔法使いとしてだけではなく、教師として毎日を過ごしている。少ない睡眠時間を削り、授業内容を考えたり、疲れているのに異様なまでに力がありふれている麻帆良の生徒を相手にしている。それは黒とて認めている。認めて、尊敬している。

 

 「まあ、そんな事を私が言うなという話だけどね」

 

 自嘲しながら、黒は遠見の術を解除する。これ以上その光景を見ていても意味はなく、無駄なことに力を使い続けるのは黒の主義ではない。

 

 「そういうものか」

 「そういうものだよ」

 

 その言葉に満足したとは言えないのだろうが、ある程度の納得をしたのか、蒼はスキマを開く。用件は終わったのだ。ならばあとは帰るだけ。蒼の時間はほぼ無限にあるが、今は急がないといけない時だ。こうしている時間も本来は少なくしなければならないというのに。

 とはいえ、黒としては蒼が心配してきていることくらい理解している。だからこそ、何も言わない。心配をかけてしまったのは黒なのだから。その代わり違う事を頼む。時間を有効活用するために。

 

 「ああ、少し頼みごとが」

 「頼みごと?」

 「アレの完成を確かめてもらいたいんだよ」

 「アレか。だが、アレはお主が確かめたほうが良いのではないか?」

 「それが出来たら頼みはしないさ」

 「仕方がない、見に行くとしよう。全く式というのも面倒なものだな」

 

 主から与えられた新しい仕事に蒼は愚痴をこぼしてから、スキマへと消えていく。

 その様子を眺めながら、黒は新しく紅茶をカップに入れようとして手を止める。

 

 「ネギの授業は終わった、か。次は私の授業の番か」

 

 校内に流れるチャイムの音が鳴りやむのと同時に、境界を変えていく。

 認識の境界を元に戻して黒を認識できるように。周りにいる人間は今起きた現象を把握できない。何が起きたか。いやそもそも黒がいたことも、唐突に意識に入ってきたことも理解できず、もとから黒がそこに居たという認識を縫い付けられて。

 そんな中、認識できるようになった黒に気が付き、新田先生が話しかける。

 

 「おや、ユギ先生。いらっしゃったのですか。そう言えば今日はお兄さんが初めての授業でしたね」

 「ええ、そうです。新田先生」

 「そうですか。ネギ先生にユギ先生。お二人がこのまま立派な教師になられることを期待していますよ」

 「頑張らせていただきます」

 「ええ、ぜひ頑張ってください。何かあったら私も手伝いましょう」

 

 黒とネギに期待している新田先生との話を終えて、2-Aに向かう途中の人ひとりいない廊下で黒は、先ほど返せなかった言葉を呟いた。

 

 「そんな事は何が起きようともあり得ませんよ。絶対に、絶対に……」




学習指導要領は作者の曖昧な知識の中から出したので、何処か違う可能性があります。
追記 さっそく一つ。指導要領ではなく、正しくは指導案だそうです。早速修正させていただきました。

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