東方魔法録   作:koth3

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この作品内で、教師について言及していますが、あくまでも作者個人の考え方です。他の方に強要するつもりはありません。


ネギと2-A

 学園長室に幾人かの人間が集まっていた。

 ジャージに着替えた明日菜と、着替えに付き添っていた木乃香。それにネギと学園長だ。

 

 「学園長先生、一体どういう事ですか!? 私は納得いきません!」

 

 その集団の中で、明日菜は学園長に掴みかからんとしている。先ほどのネギとの出会いから、明日菜のネギに対する第一印象は最悪だ。だからこそ必死になって、彼が先生となる事を否定させようとしているのだ。

 しかしそれはかなわない。

 

 「そうは言われても、決まっている事じゃしのう」

 「ユギ先生ならまだ納得します。けど、あんな礼儀も何も知らないような子供が先生なんて!」

 「まあまあ」

 

 落ち着くようにと近右衛門が明日菜をとりなし、何とか話ができるようにまで落ち着かせてから、近右衛門はネギに話しかける(・・・・・・・・)。不満を持っている明日菜を無視して。

 

 「ネギ君、修行は大変じゃ。失敗すれば国に帰らないといかん。それでもするか?」

 「はい、もちろんです!」

 「うむ。良い返事じゃ!」

 

 二人だけが盛り上がる中、木乃香とアスナは二人の話している内容を理解できず不審がっているが、それらを無視して近右衛門は続ける。

 

 「うむ。ではおぬしの面倒を見る指導教員の先生を紹介しよう。困った事が有ったら、彼女に聞くと良い」

 「宜しくね」

 「あ、はい。よろしくおねがいします」

 

 入ってきたのは胸の大きな女性で、ネギはその胸に頭を突っ込んでしまう。ふつうそんな事が起これば、セクハラになるが、今回は子供という事で彼女は許したらしい。

 

 「あ、後木乃香に明日菜ちゃん。おぬしたちの部屋にネギ君を止めてやってくれぬか?」

 「ええ! 何でですか!」

 「それがの、ネギ君はまだ泊まるところが決まっていなくてのう」

 「それだったらユギ先生の所に行けば!」

 「それが断られてしまってのう。ユギ先生との賃貸契約をした家主が、ユギ先生以外は入居させるつもりはない。そう強く断られてしまっての」

 「う、うう」

 

 さすがに家主が拒否した状態で無理を言うつもりはなく、明日菜は下がったが事実は違う。そもそも近右衛門は、ユギにそんな話を一切していない。例え話をされたところで断られただろうが。

 近右衛門としては、木乃香に上手く魔法をばらしてもらえればそれで良いのだ。木乃香の魔力量なら、近衛家でも歴代有数の術師になる。そう予測して幼いころから魔法を教えようとしていた。

 しかし、それは実の娘によって邪魔され、今までも西の長となった詠春の命令で来た少女によって、邪魔をされている。もし、この状態で近右衛門が魔法についてばらしてしまうと、重大な政治的問題に発展する。

 今のところ木乃香の親である詠春は、木乃香に魔法を覚えさせるつもりはないのだから。それなのに、関東魔法協会の地位に就く近右衛門が魔法をばらしたら、関西呪術協会は速攻で木乃香の返還を詠春を含めて全ての人間が望むだろう。そしてその場合、近右衛門にはもう二度と木乃香に手を出せなくなる。それだけは避ける必要がある。その為に、ネギを利用しようとしているのだ。

 木乃香の父親である詠春と、ネギの父親は古い知り合いであり、戦友だ。だからこそ、ネギからばれた場合、詠春は何も言わないだろうと近右衛門は推測している。確かに、詠春は何も言わないだろう。詠春は。

 下がどう思うか。それを考えていない時点で、この案は破たんしているといっても過言ではない。だが、その考えは近右衛門にとって、絶対的な成功事案としてすでに組み込まれている。下など押し付けて従わせれば良い。そう判断して。

 実際にそんな事をトップが考えるようになったら、組織はおしまいだ。そんな事を考えるトップに、下はついていかない。だが、当の昔にそれを忘れ去ってしまった老害は、呑気にもさらに新たな策を得る。近衛の名にさらなる名声を与えるために。

 

 「ではの、頼んだぞ」

 「そんな! 学園長先生!」

 

 だからこそ、彼女達の事を考えずに近右衛門はネギを任せた。それが本来ならどれだけの負担になるかも考えずに。

 十歳の子供を、いきなり中学生に任せて生活できるだろうか? 答えはノーだ。少し考えればわかるだろう。預かるという事は責任を持たなければならない。ネギは関東魔法協会(・・・・・・)が預かることになっている。それが中学生に預けて問題が起きたら? そんな事が起きてしまえば、話にすらならないだろう。しかしそんな簡単な事すら、近右衛門は考えていない。

 それにネギだけではない。中学生というのは多感な時期だ。それを幾ら子供だからといって、男の子を預けさせるだろうか? それは二人の情操教育上良くない。だが、そんな事は近右衛門にとっては如何でも良いのだ。

 

 「良い!? 私はアンタなんて認めないからね!」

 

 だからこそ、明日菜はネギを認めなかった。もし、この時近右衛門が誠意をもって話し合えば、明日菜だって真剣にネギの事を考えただろう。だけど、近右衛門は実際にはしなかった。

 その結果、明日菜にとってネギは訳の分からない餓鬼であり、礼儀のない失礼な餓鬼でしかない。話し合えば、礼儀のなさは世間を知らないことによる無知だとわかっただろうし、訳の分からない餓鬼という印象も、少しは薄められたかもしれないのに。

 

 「え! ええ~~!?」

 

 しかし、それはネギには理解できない。世間知らずで、ある種甘やかされて育ったネギは、人の機微を図るのは不得意なのだ。いや、むしろ今の段階ではほとんど理解できてない。だからこそ、このようなことを漏らしてしまう。

 

 「むう! 何なんですか! あの人は!」

 

 そうは言うが、多くの一般的な日本人はこういう言うだろう。お前が言うなっ! と。大きな杖を持ち、初対面の相手に失礼なことを言いたい放題。しかも、自分がしたことを考えない。まあ、これは幼いネギに求めるのは少々酷かもしれないが。しかし、黒に怒られたことくらいは理解しなければならないというのに。

 

 「大丈夫よ、ネギ先生。あの子は元気だからああいったけど、優しい子だから。すぐに打ち解けるわ。実際、苦手としているユギ先生とだってある程度上手くいっているんだから」

 

 この時、しずなは間違えた。とはいえ、これは彼女に責が有ったわけじゃない。むしろ、そんな状態を許してきた、ネギの周りの大人たちにあるだろう。

 今回、しずなはアスナのフォローをした(・・・・・・・・・・・)。しかし、それは間違いだ。今回しなければならなかったのは、ネギに対してのフォローだ(・・・・・・・・・・・・)。何もフォローは手助けだけではない。時には説教をすることで、説教をされた人間に成長を促すこともできる。ネギの言葉ははたから見れば、子供のいう事なのかもしれない。しかし、彼の成長をしている人から見れば、それは歪みとして映っただろう。何せ、彼の周りの人間は、全てに対して肯定した。だから、自分が悪いという点を理解できなかったのだ。

 しずなとしては、ネギが自分の悪い点を理解していると思っていた。何せ弟である黒が、あれ程優れた知能を示したのだ。だからネギもまたすでに自分の悪い点を理解していて、それでも明日菜の態度に怒っているのかと思っていたのだ。

 それは黒から先ほど起きた事を聞いていたので、余計そう思い込んでしまっていたのだ。黒がネギに少々説教したことを知っていたため。しかしネギは自分がすべて正しいと思っていた。怒られたことが無いから、『自分が悪い』という事が理解できないのだ。

 

 「はい、これがクラス名簿よ。授業の方は大丈夫かしら?」

 「ちょ、ちょっと緊張してきましたが大丈夫です」

 

 そんな話をしていた時、ネギたちは2-Aのクラスの前を通りかかった。

 

 「ここが貴方のクラスよ」

 「この人達が」

 

 恐る恐る覗き込んだネギの目には、多くの生徒たちが思い思いに過ごしていたところが見えた。30名近い生徒が元気に動いているのだ。彼女たちをきちんと導く事が出来るのだろうか、とネギは不安になり始める。

 

 「そ、そうだ、クラス名簿!」

 

 しゃがみ込み、ネギはクラス名簿を開く。そこには先ほどの生徒たちが映っていた。中には文が書き込まれており、前任の先生であるタカミチからの注意もあった。

 中にはどう考えても必要の無い事も書き込んであるが。

 

 「早く皆の顔と名前を覚えられると良いわね。頑張ってね、ネギ先生」

 「は、はい」

 

 (でもこんなに多くの、しかも年上の人がいるのか。大変そうだな)

 

 心配や不安で胸を膨らませながらも、ネギは一歩踏み出した。

 幸いなことに、トラップなどは仕掛けれていなかった。黒が先にネギのことを話していたために、ネギに対するトラップは仕掛けられていなかったのだ。

 緊張した顔持ちでネギは教卓まで歩いていき、挨拶を始める。

 

 「あっ、その、ボク、ボク、今日からまほ、英語を教えることになったネギ・スプリングフィールドです。三学期の間だけですが、宜しくお願いします」

 

 突っかかったり、拙い単語をもらしかけたが、それでもネギは挨拶を終える事が出来た。

 それを見て、聞いた2-Aには、一つの感情が生まれてしまった。それは子犬が、一生懸命餌を貰おうとして芸をするさまを彼女たちに想起させてしまったのだ。そうなれば、後は。

 

 「可愛い! えっ! 本当にユギ先生のお兄さん? 髪の色が全然違う!」

 「本当にこの子が担任なんですか?」

 「ええ、そうよ」

 

 一気に押し寄せた生徒たちは、わしゃわしゃともみくちゃにしながら、ネギで遊び始めた(・・・・・)

 それが意味することは、ネギは彼女たちにとって自分たちより下と思われたのだ。

 黒の場合はそうならなかった。彼女たちが黒を相手に抱き着こうとしたら、きっちりと叱られて上下関係を植え込まれた。その為黒は下として見る事が出来ず、その分も含めてネギは生徒たちより下として見られた。

 本来、生徒と教師というのは上下関係が無ければならない。教師が絶対的な上でなければならないのだ。相手を下として見ているのに、その相手に説教されたって誰も聞きはしない。だから教師は生徒より上に立たなければならない。厳しく当たる先生もいれば、生徒から尊敬されて上に立つ先生もいる。だが、ネギはそれを理解できなかった。

 ネギは、この時生徒たちを叱らなければならなかった。教師というのは、生徒に遊ばれているようでは務まらないからだ。だが、勉強はできても人間関係という点では不慣れなネギでは、この事を理解できなかった。あろうことか遊ばれていることを、歓迎されているとネギは思ってしまったのだ。

 

 「ホラ、皆様そろそろ席に。先生が困っていますよ?」

 

 そうやって遊ばれている中、一人の少女が2-Aの全員に落ち着くよう、呼びかける。そして、この瞬間にネギの立ち位置は決定的に決まってしまった。ネギの立ち位置は2-Aではペットと変わらない、最下層と変わらなくなってしまった。

 委員長と呼ばれる少女雪広あやかに、生徒たちは従った点から見れば分かるが、彼女はこのクラスのトップである。それは実力ではなく、カリスマという一点で。

 下をまとめる相手に、フォローされた。それは知らず知らず生徒たちの中で、自分たちのグループのリーダーに面倒を見てもらっている新参者という認識になってしまう。

 こうして最初から大きくつまずきながら、ネギの最初の授業は始まる。




実際、ネギって最初は遊ばれていますよね。教師としてではなく、子供として。

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