東方魔法録   作:koth3

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彼女という幻想は?

 「ユギ先生、どこか行かない?」

 

 そう言ったのは明石裕奈だ。黒は見た目は可愛らしい西洋人形のような子供だ。生徒たちからはその容姿も相まって人気が高い。その為、こういったお誘いはよくある。

 

 「申し訳ありませんが、今日はする仕事がありますので」

 

 そう断る黒に、裕奈は幾分がっかりしたがすぐに気を取り直して別れの挨拶をして下校していく。

 そんな彼女を見送った後、黒は自分で用意した仕事を片付けていく。仕事で他の人より遅くなっても可笑しくはないような量の仕事を。 

 

 

 

 かちこちと時計の針が進み、既に七時を過ぎている。周りの教師はほとんど帰宅しており、残っているのは黒が魔法関係者と知っている教師だけだ。その教師も黒が帰ればすぐに帰るだろう。教師は学園長の指示で黒を監視しながら、護衛も兼ねている。だからこそ、こうして黒が帰るまでこうやって残り続けている。

 

 「瀬流彦教諭」

 「ん? 何だい?」

 「少々教室に忘れ物をしたので、取りに行ってもよろしいでしょうか?」

 「何だ、そんなことかい。大丈夫だよ。唯、できるだけ早く来てね。君が帰ってからじゃないと大人の僕も安心して帰ることはできないから」

 

 瀬流彦は魔法先生でもありながら、その感性はあまり一般人と変わらない。だからこそ、こうして子供である黒が帰るまでの面倒を見ることを許容している。それに瀬流彦としてもこの年齢から生徒の為に行動している黒には好感を持てる。

 

 「ありがとうございます。唯、探すのに時間が掛かってしまうので三十分くらいかかってしまいますが」

 「……少し長いね? 僕も探すのを手伝おうか?」

 「いえいえ、大丈夫です。忘れたのは万年筆でして。祖父から送られたものなので取りに行くだけです。唯小さいので探すのに時間が掛かるだけですから」

 「そうかい? もし見つからなかったら、僕にも言ってくれよ。探すのを手伝ってあげるから」

 「そうですか。見つからなかったらお願いしますね」

 

 黒は職員室にある教室の鍵を手に取り、真っ直ぐと進む。その顔に笑みを張り付けて。

 

 

 

 黒が探していたものはすぐに見つかった。なぜならそれは何時も同じ場所にいるのだから。時には違う場所に行くが今日は此処に居た。いや、此処に居るように昼間、誘導しておいた。

 

 「こうして話するのは初めてですね、さよさん」

 「え?」

 

 あたりは薄闇になった世界に、そうやって忘れられた幽霊と、忘れられていく妖怪が対面した。

 

 「えっと、ユギ先生? 私が見えるんですか?」

 「ええ、視えますよ。私には貴方の境界がはっきりと視えます」

 

 さよは黒の言い回しに違和感を感じたが、それよりも今の状態の方がよっぽど重大な事として感じた。だからこそ一瞬でその違和感を忘れてしまった。

 

 「本当ですか! う、うう! ようやく私を見てくれる人が!」

 

 長い間誰にも気が付かれないでいたさよにとって、黒が見つけてくれたという事実は非常に重い。何十年という孤独。誰にも気が付かれないで過ごしてきた年月の重みがさよを縛り付けていた。そしてそれを解放したのが黒だ。

 

 「大丈夫。私はずっと貴方を視れますよ。普通の魔法使いなどの中途半端な存在とは違ってね」

 「魔法……使い? それに普通?」

 「ええ。此処、麻帆良学園は魔法使いにとって都合の良い街です。そうなるように作られた。だから貴方も自我を失わないで亡霊に近い形で幻想として存在し続けていた。

 とはいえ、幻想として存在するあまり、幻想を認識できない普通の魔法使いでは貴方はそうそう見つけられないでしょうがね」

 

 くすくすと愉快そうに笑う黒。しかし、彼はさよの疑問に一切答えていない。

 

 「あ、あの普通の魔法使いって?」

 「半人前の魔法使いですよ。これで幻想を知っているのなら、そこから魔法使いにも至れるかも知れないのですが。とはいえ、それは彼らに期待する方が酷というもの。

 幻想というものは共有できない。それなのに大衆化させるためにありとあらゆる物を吸収し、はては科学を混ぜ切った時点で彼らの魔法は幻想にとって余りにもかけ離れてしまいましたが」

 「は、はぁ」

 

 言われた言葉がさっぱり分からなかったさよは生返事で返す。その返答を聞きながらさらに黒は嗤う。

 

 「ねえ、さよさん? 貴方は幽霊(幻想)から違う存在(幻想)になりたいですか?」

 「え! そ、それってどういう意味ですか!!?」

 

 今にも黒に掴みがからん勢いで、さよはその話に喰らいついた。

 

 「それって私が生き返られるっていう事ですか!」

 

 生への執着。それに死してなお、人間という魂は縛られる。

 蘇る。それが可能だとしたらどれだけさよは救われただろうか。しかし、いくら規格外の力を誇る黒でも勝手に人間を生き返らせるだけの権限はない。肉体が有り、死んだばかりならまだ是非曲直庁に悟られていない間に生と死の境界を変えられるが、さよは余りにも遅すぎるし、肉体自体が無い。

 

 「いえ、それは不可能です。しかし、似たような方法があると言ったら?」

 「ほ、本当ですか! それは!」

 「簡単ですよ。貴方は肉体を失った。しかし、今の貴方に魂はある。亡霊になってしまうのも良し。但し、こちらはあまりお勧めできません。単純に弱点となる死体が何処にあるか分からないですからね。

 私がお勧めするのは、魂を純化させて縁の深い物品に付着させて仙人になる事ですね」

 「せ、仙人?」

 

 さよの頭の中では髭の長い老人が雲に乗ってフォフォと朗らかに笑っている姿が浮かんでいた。

 

 「まあ、正しくは尸解仙という仙人の種類ですがね」

 「そ、そしたら!?」

 「仙人にとって肉体なんていくらでも作れるでしょうね。魂が劣化しない限りはいくらでも生きることはできますし」

 

 仙人にとって重要なのは肉体ではない。その肉の器の中にある魂だ。

 

 「仙人になれば、私は食事ができますか?」

 「できますとも」

 「仙人になれば、私はお買い物ができますか?」

 「できます」

 「仙人になれば、私は、私は孤独から解放されますか?

 この永遠に一人っきりだと思っていた孤独の闇から。けして触れられなかった人の、現世の世界に」

 「解放されるでしょうね。人とだっていくらでも触れ合えます」

 「あ、ああ! 私は、私は!」

 

 それだけで十分だった。さよはあまり賢いとは言えないだろう。でも、黒が何かをたくらんでいるくらいは分かる。それでも、利用されているだけだとしても、彼女にとって孤独から解放されるのなら何でも良かった。

 

 「お願いします。私は何だってします。だから私に仙人になる方法を教えてください!」

 「良いですよ。それと私から望むのは唯一つ。私の事を誰にも知らせない事(・・・・・・・・・・・・・)。私の事を他の人物に話したらその時点で貴方は仙人になる事は不可能になり、再び永遠の孤独に飲み込まれるでしょう」

 「決して、決して誰にも言いません。ですから、私にその方法を教えてください」

 

 黒は笑いながら彼女を招待する。ありとあらゆる幻想を取り囲み、守護する結界の中へ。誰にも知られずに、誰にも悟られずに彼女という幻想を守るために。そして彼女は今、その為の片道切符を知らずに切ってしまった。

 

 「貴方にとって生前愛用していた道具を言ってください。そしたら私が用意しますから。用意したその道具に、あなたの魂を付着させて吸収させます。とはいえ、いきなり人間一人分の魂を物に吹き込んだら壊れてしまうので時間が掛かりますが」

 

 当たり前の話だが、仙人になった魂というものは非常に容量が大きい。そこらの道具を使ってはすぐに壊れてしまう。

 

 「で、でも私覚えていないんです。昔の事は」

 

 だからこそ、愛用していた道具など、仙人の魂に一番触れ合う機会の多い道具を使用するのだ。しかしその方法はさよには使えない。さよには生前の記憶が無い。だからこそ道具を用意することはできない。

 

 「そうですか。では貴方の魂を納められるだけの道具は私が用意しましょう。とはいえ、それまで待つのも酷というものですね。……それならば、体が用意できた時の為に自衛手段も覚えても良いかもしれませんね」

 「自衛?」

 「ええ。仙人というのは比較的狙われやすいのですよ。ですから身を守るためにその術を覚えませんか?」

 「身を守る? それは?」

 「何、ただ本当の魔法使いになって貰いたいのですよ」

 

 黒は何も話さない。それが如何いう意味を成すのか。そして、彼女はそれを知ることはできない。それでも彼女には従わないという選択肢は存在しない。

 

 「では、また後日。それと申し訳ありませんが私の情報は他人に話せないようにさせていただきました」

 「え?」

 「ああ、特に気にされなくても結構ですよ。日常では困ることはないでしょうから」

 

 その言葉を最後に、黒はさよと別れて職員室へ向かう。嘲笑を浮かべて。

 

 「まあ、貴方は仙人にも、魔法使いにもなれませんがね」

 

 くすくすと廊下に哂い声が響く。黒にとって必要なのは彼女の肉体ではない。彼女の魂だけ。それでも一応道具は用意しているが、それは使わないだろうと黒は予測している。

 

 「さて、貴方は如何して亡霊と間違えるほど、明確な意識を持っているのでしょうかね?」

 

 そしてそれこそ、彼女が仙人にも魔法使いにもなれない理由。

 

 「まあ、それを乗り越えたというのなら、それだけで貴方の魂は今の人間とは比べようがないほど優れている。そう時間もかからずに天人になるほどに。とはいえ、貴方の魂はそうならないでしょうがね」

 

 理由が分かるこそ、黒は哂ってしまう。哂い、そして。

 

 「ああ、くそったれ。あの老害が(・・・・・)!」

 

 怒り狂う。黒は本来そう怒る性質じゃない。それでも、怒りを覚えるほどの理由なのだ。

 

 「お前は一度知れ。お前が無いがしろにした者の怒りを。そして、その怒りを持ってこの美しく、穢れきった世界から住ね!」

 

 廊下を歩く黒の背中には確かに怒りが存在している。ふつふつとわき立ち、そしてそれらは全てが黒の内面に溜り淀んでいく。

 

 「おや、早かったね?」

 「ええ、早く見つける事が出来ました」

 

 しかし、それは誰にも気が付かせない。それが気が付かれる時は黒の目的が達成した時だけなのだから。 

 

  


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