東方魔法録   作:koth3

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今回余り長くはありません。


初顔合わせ

 学園長室には静寂が訪れていた。その原因は黒が持ち込んだ一通の封書。その封書にはメガロメセンブリアの最高意思決定機関である元老院の政治家、クルト・ゲーデルの名前が書かれている。其れこそが問題。関東魔法協会としては容易に許容できる内容ではない。

 

 「こ、これは?」

 「クルトさんとは知人でして」

 

 学園長の疑問に黒は短く返す。

 

 「ある時知り合いましてそれから良くしてもらっている良い人です」

 「な、彼は――」

 「高畑さん、私の知人に何か問題でも?」

 

 それは明確な拒絶として高畑に帰ってきた。当り前だ。誰も知人の事で口出しするべきではない。そう言った形で黒は警告したのだ。これで無理やり黒を学園の都合の良い形にしようとしたらクルトというルートを通じて圧力がかかる。その為に学園長は手を出すわけにはいかない。手を出せない。

 

 「それではこれで失礼しても?」

 「あ、ああ、構わんよ。しばらくは補佐として他の先生にも協力してもらいなさい」

 「はい、分かりました」

 

 失礼します。そう言い残して黒は学園長室から退出した。

 あとに残された二人は現状の拙さを認識するしかなかった。学園長としては余計な事をしすぎて不信感を持たれればすぐさまクルトを通じて元老院が動き出す。高畑としてはクルトのような考えを下手すれば持つかも知れないという可能性に危機感を覚えている。

 

 「学園長」

 「分かっておる。しかし、正当なのはあちらじゃ。今から何を言ったところでそれは難癖じゃし、如何にもならん」

 

 高畑は顔を俯かせて悔しさの余り奥歯をかみしめる。

 何故、ネギ君ばかり見ていた? あの子の事だってきちんと見ていたらクルトに騙されなかったかも知れないのに。そう脳裏で悔やみながら。

 

 

 

 

 学園長室を出た黒はしずなと一緒にある教室へ向かう。そこは2年A組と書かれている表札が掲げられており中からはざわめきが聞こえている。

 

 「此処がこれから貴方が教える生徒たちですよ」

 「そうですか。案内ありがとうございます、しずな教諭」

 「いえいえ。では少し待っていてください。今から彼女たちに話をしていきますので」

 

 そう言ってしずなは教室の中に入っていった。てもちぶたさな黒はしずなから渡されたクラス名簿を覗きながらしばらく教室の外で待つことにし、生徒の顔と名前を憶えていく。

 

 「それでは、ユギ先生」

 

 丁度、黒が生徒の顔と名前を覚えた時にしずなは教室の扉を開けて黒を中に招く。

 

 「失礼します」

 「え!? 子供?」

 「しずな先生、本当にこの子が先生なんですか?」

 「かわいい~~~~~♪」

 「西洋人形みたい!」

 

 黒が入って最初に感じたのは敵意。しかしそれもすぐに消え去り今度は多数の人間による興味が黒を襲う。突然の新しく入る先生に元々好奇心旺盛な彼女たちにさらに子供が入ったことによってさらにその好奇心が刺激された結果通常ではありえないほどの興奮状態にまでなってしまう。それこそすぐにでも黒に飛びかかりそうなくらいには。

 

 「落ち着いてください、皆さん。このままでは挨拶ができないので」

 

 黒がそう年齢に合わない落ち着きを見せながらそう注意すると彼女たちも少々騒ぎすぎたと気付いたのかほんの少しだけ声のトーンを落とし、落ち着きを見せる。

 

 「本日から三学期という短い時間に限りますが副担任という形で指導させていただくユギ・スプリングフィールドと申します。多くのご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします。またもう少ししたら私の兄にあたるネギも来ますので重ね重ね宜しくお願いします」

 

 黒のスプリングフィールドという家名に反応したのは4名。その4名の彼女らは裏の関係者だというあたりを付けて黒はさらに続ける。

 

 「幸い、この時間はLHRとお聞きしています。しずな先生さえ宜しければ私は皆様との距離を縮めるために質問タイムとしたいと思います」

 「ハイハイ! しずな先生、良いですよね!!」

 「ええ、まあ今日はこれと言って特に大事なことはありませんから良いですよ」

 「「「「「ハイハイ! 質問質問!!」」」」」

 

 クラス内の多くの生徒たちが手をあげて黒に質問をしようとしている。その一人一人を見ながら黒は適当な人物の名前を挙げる。

 

 「それでは出席番号16佐々木まき絵さん」

 「え? 先生私たちの名前もう覚えたの?」

 「ええ、先ほど廊下で待っている間に軽くクラス名簿を見て覚えました」

 「「「凄い!! え、天才なの?」」」

 

 髪の左側に髪留めを付けた女生徒の一人、まき絵を指名するとその記憶力に多くの生徒が驚いた。当り前だが三十名の名前など簡単に覚えきれるものではない。しばらく時間が掛かってしまう。しかし黒はそれを余りにも短期間に覚え切ってしまったのだから生徒たちの驚きも決して大げさではない。

 

 「それでまき絵さん。質問は?」

 「あ、はい。えっと、年齢はいくつですか?」

 「年齢ですか。数えで十歳なので今は九つですね」

 「えっ、ウソ!」

 「本当ですよ」

 

 更に黒がもらした情報に多くの生徒が驚きをさらしてしまう。自分たちも十四位とはいえいくらなんでも九歳の先生なんているのかと。ただそれはすぐさま結界の作用で心の底からきれいさっぱりなくなってしまう。それを知覚できる黒だからこそほんのわずかに顔を歪める。しかしそれは本当に僅かに動いただけ。誰にも気づかれる頃なく消えていった。

 

 「では次は」

 「ハイハイ、私! 私! 麻帆良のパパラッチ事朝倉和美に!」

 「そこまで自己主張できるのならその積極性に免じて朝倉さんにしましょうか」

 「やった! 話が分かるぅ!」

 

 そうして黒はこの日の最後の授業の時間を使い、生徒たちの輪に入ることに成功した。無邪気で無知な彼女たちはそれが学園の思惑だとは知らない。そしてその思惑を知りながら黒がその思惑を利用したことも。それは後々に分かる事。それでも彼女たちの一部しかそのことは知らず、多くの生徒は黒の事をただの先生としかとらえられない。そうなるように黒が誘導するからだ。

 

 

 

 あの質問攻めと学校が終わり、黒はクルトに用意させておいた使うつもりもない家にて待ち続けていた。ならば何故家を用意したかというとそこで情報のやり取りをする為と学園側からの余計な手出しを防ぐためだ。

 

 「すみませんね、遅れてしまって」

 

 ソファーに座っていた黒の目の前に何時の間にかつむじ風を発生させて崇徳白峰がその場に立っていた。今日この家で黒が待っていたのは目の前の人物と情報の交換をする必要があったからだ。預けている件についての新着状況を知るために。

 

 「別にかまいませんよ。時間はまだ十分ありますからね」

 「そうですか。では頼まれていた件ですが、もう少し時間が欲しいですね。大分形にはなってきていますがまだまだな部分も。とにかくやる気を出させないとそう簡単には進まないでしょうね。できれば貴方に来てもらって励ましてもらえればすぐに準備は終わりますよ」

 「……私にあそこに行けと?」

 

 苦々しい表情で黒は白峰を睨みつける。今の彼には崇徳が言った場所にはとてもではないが行けない。それを知っていながらの皮肉にいつもの余裕を見せずに黒は睨みつける。それは黒を知っている者なら驚くことだ。あの冷静沈着な黒がこうして感情を表に出すことは少ない。全くないわけではないのだがそれでも表に出すことはそうそうない。

 

 「とはいえ将来的には確認しなければならないのも事実。それまでは貴方達天狗に任せる。貴方達にはぴったりの仕事でしょう」

 「確かにまあ、そうですが。あと少しの期間だけですがしっかりと預からせてもらいます」

 

 瞳で余計なことはするなよと釘を刺して黒はスキマに消えていく。そうして白峰もまたこの家から静かに闇夜に飛び去って行った。

 

 

 

 これから先黒は誰にも知られない歴史の裏で暗躍する。妖怪らしく暗闇に紛れて誰にも気が付かれず、裏で策略をし、全てを支配する。それは光あふれる英雄の道とは真逆。決して人からは賞賛されず誰にも理解されない道。けれどそれこそが黒の望む道。人間ではなく妖怪として生きる黒が進む道なのだ。




顔合わせと裏での暗躍で終わりです。

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