「さて、ネギ君。これが妖怪の真実です。身勝手な人間により生み出され、殺されかけ、それでも彼らは皆、人と共に生きるために、八雲黒の手を取った」
誰もが静まりかえっていた。それほどアルビレオの語ったことが衝撃だった。彼の言が真実ならば、これまで魔法使いが悪と断じて倒してきたものたちは全く意味が変わってくる。
彼らは、式神や使い魔は、人間の都合で悪にされただけに過ぎない。そして、幻想たちは成り代わられた立ち位置を取り戻したに過ぎない。誰が悪いと言えば、ただ人間が悪かった。人間の都合で使い魔を、幻想を貶めてきた。
あれは幻想からの逆襲だったのだ。
「だとしても、僕はユギを諦めたくはありません」
真実を知ってなお、ネギの答えは変わらなかった。睨むかのようにアルビレオへ目線をやる。
「それで良いと思いますよ」
アルビレオはうっすらと微笑んだ。
「結局のところ世界とはエゴイズムのぶつかり合いです。私たち赤き翼もそうでした。そして敵になってしまった彼らもまた。譲れない一線を守るために、ぶつかり合ったのです。ならば、貴方たちもぶつかり合って良いのでは? 八雲黒が君を捨てて妖怪に至った。それは彼のエゴ。なら君も彼を家族として取り戻す。そんなエゴを主張しても良いのでは? 艱難辛苦を耐えられるのであれば、八雲黒を家族と呼ぶのも自由なのですから」
虚空を見つめるアルビレオは何を思っているのだろうか。それはネギには分からない。
ただ、それはきっと誰も勝手に触れて良いものではないのだろう。
「良いんですか?」
「もちろんです。……英雄は人々に称えられこそすれ、自らの幸せだけはつかめない、不幸を押しつけられた存在です。君がそんなものに墜ちる必要はありません。君たちは、幸せになって良いのですから」
フードの隙間から覗くアルビレオの瞳には、溢れんばかりの慈愛が込められている。それはこれまでネギが見てきた期待に満ちた瞳とは対極的であった。
初めて受けるその視線に、ネギは安らぎを覚えた。
アルビレオがにっこりと笑う。それは常の胡散臭い微笑みとは全くの別物だ。
「僕は、ユギを助けたいんです」
「ええ、それで良いと思いますよ」
本当の意味で、アルビレオはネギの初めての味方だった。
これまでネギの周囲にいたのは、ナギに憧れた人物や、ネギをナギの後継者としか見てこなかったものたちだ。唯一の例外は、スタンと祖父だけだ。その二人とて、こうも温かく見守ってはくれないだろう。何かしら言葉なり行動なりで道を変えるよう促すだろう。
いつの間にか流れていた涙を拭い、ネギは毅然とした態度で頭をさげた。
「学園長、ごめんなさい。僕は僕の好きなようにします。たとえそれが僕にとって不利益なことになっても」
ネギをねめつけていた学園長だが、ふとため息をこぼすと、椅子にどっかと座り込む。
「仕方がない、か。良いじゃろう、ネギ君。君はユギ君を探しに行きなさい。後のことはわしらに任せなさい」
ひげをなでつけ、ホッホと愉快げに笑う。
学園長の言葉に周囲は驚き、声を荒げる。
「落ち着くんじゃ。儂らが何を言おうとも、ネギ君の考えは変わらんじゃろう。ならば、儂らにできることはもう後押しくらいじゃ」
落ち着き払った学園長の言葉に、ざわめきが落ち着きだす。
学園長がネギを手招きした。
袖机から取り出した紙に署名をし、近づいてきたネギへと渡す。
その書面には、解雇通知と書かれていた。
「生徒たちには儂から説明をしておこう。何、今の学園の状況を鑑みて、ネギ君のためにならないと判断したと言えば、彼女たちのことだ。きっと分かってくれるじゃろう」
じゃが、と学園長は続けた。
「君が仮契約した子たちには、君から説明をしなさい。それが筋というものじゃ」
「はい」
ネギは一度頷くと、踵を返した。
「ああ、そうそうネギ君。話が終わったらここに来てください。ユギ君を追いかけるのであれば、普通の手段では到底たどり着けないでしょうから」
渡された紙を受け取り、懐にしまうと、入り口で頭を深く下げた。
「今までありがとうございました。そして、最後のわがままを許してくださりありがとうございます」
そうしてネギは学園長室を後にした。
なんだかプロットからだんだんずれていく……。