麻帆良入り
麻帆良学園にはあまりにも広大なスペースの移動のために電車などの交通機関が発達している。黒はその一つの路線を使い麻帆良学園まで移動していた。
時間帯は昼ごろ。黒は麻帆良学園に存在する一つの駅に降り立っていた。麻帆良学園中央駅。そこから見える風景は日本にして西洋風の建物が広がっておりまるで異国にいるかのような光景だ。そんな街並みの中、朝日のように輝く金髪に異国情緒あふれる服装を着た黒はまるで絵のように似合っていた。
「少し早く着すぎたかな?」
時計を見れば11時十分前を指しおり、約束の時間は11時。余裕を持って黒は待ち合わせの麻帆良学園中央駅に来たのだがどうやら待ち人はまだ来ておらず黒は駅の前で暇を持て余している。しかし、五分もしない内に関東魔法協会の関係者と思われる女性が黒の方へ歩み寄ってくる。
「大変お待たせしました。関東魔法協会の源しずなです」
そう言って挨拶をしたのはロングにウェーブのかかった髪の眼鏡をかけた大人の女性と言われるような女性だった。
「いえ、こちらも来たばかりですのでお気になさらず。
私はウェールズ魔法学院今期卒業生のユギ・スプリングフィールドです」
挨拶を交わし手から黒はしずなに尋ねる。
「それで学園長は? 挨拶をしたいのですが」
「はい、今から案内させていただきます」
黒の言葉にしずなはうなずいてから麻帆良女子中学校への道筋を案内する。
「醜悪なまでの歪み。まあ、スキマ妖怪としてはこういった光景の方が好ましいのだけれども」
「何かおっしゃられましたか?」
「いえ、何も」
「そうですか」
道案内されながら黒は麻帆良学園の光景を眺め続けていた。普通の人間、或いは魔法使いにとってただの風景として見えるこの光景だがスキマ妖怪である黒から見ればありとあらゆる境界が狂わされている。常識と非常識の境界が混じり合い非常識を普通の常識と思えるように。都合の悪い事は忘れやすくなるように、都合の悪いところに目を向けられないように意識と無意識を操ろうとする魔法の境界。そう言った光景が黒の瞳には映っていた。
しばらく学園内を歩いた後に黒としずなは女子中学校の前に到着した。
「……まさかとは思いますけど此処に理事長で有られる近衛近右衛門殿がいらっしゃるなどはあり得ませんよね?」
「いいえ、此処に普段近右衛門はいます」
余りの事に黒は一瞬愕然としてしまう。何故こんな所に最高責任者がいるのだと。
当たり前の話だが関東魔法協会は日本での心象は最悪だ。明治時代高圧的な魔法使いによって聖地ともいえる土地を奪い去り傲慢にも一般人を学校という隠れ蓑を利用して盾にし、他の勢力が攻めてこないようにしている。それが各地の呪術、神道、道教、修験道等の神秘を利用する結社や組織の印象だ。そんなところにさらに近衛という苗字を持つ近右衛門が理事となって運営している。近衛の祖は阿部清明だ。日本屈指の陰陽師の血をひきながら西洋魔術師に協力している近右衛門を憎む術者は多い。むしろ日本において憎んでいない術者は皆無といっても良い。そんな存在が一般人の近くにいつもいるというのは余りにも無警戒すぎる。
「それが如何しましたか?」
「……いいえ、何でもありませんよ」
普通こういった場合一般市民には有事の際に被害が及ばないように離れる、もしくは近づけないようにして一般人の安全を図るべきなのだ。大規模な呪いをかけられたら? 一般人ごと大規模な攻撃を仕掛けられたら? そんな事態が起きても一般人を巻き込まないようにトップは最低でも考慮しなければならない。確かにこれほどの規模を持つ魔法協会なら敵対するものは早々いない。だがそれでも起きるときは起きる。敵対した術者が一般人も巻き込むつもりでテロを起こす可能性だってある。それなのにむしろ一般人という名の盾に囲まれている近右衛門は一般人を盾にしたとしても何も思わない下種か、その程度の事すら考えられない愚図のどちらかだ。そして関東魔法協会理事長まで上り詰めた近右衛門が愚図なはずがない。つまり近右衛門は一般人を盾にしても構わないという思想の持ち主だ。
そう黒は判断してわずかばかりの嫌悪感を持つ。黒は妖怪である。人の事をとやかく言うつもりはない。言う資格はない。しかしそれでも他者をむさぼってまで醜悪に生き続けようとする思想を嫌悪する感情はある。
「そうですか」
しずなに案内されながらも黒は近右衛門を油断してはならない寄生虫だと判断する。隙を見せればメリットの身をむさぼりデメリットはこちらに対処させようとする。そして自身の糧を手にしてきたような人種だと。そうして近右衛門という人間に対するある程度のプロファイリングをしながら黒としずなは学園長室に入る。
色々な調度品や応接室代わりに使われるのか上等なソファーなどがそこには用意されていた。
「長い旅路お疲れ様じゃ、ユギ君」
異常に長い後頭部やまつげに目を隠しながらフォフォフォと長いひげをさすり快活に笑う老人、近衛近右衛門と、
「久しぶりだね。ユギ君」
学園長の隣に立っていたスーツを着て無精ひげを生やした壮年の男性、高畑・T・タカミチが黒を出迎えた。
「初めまして近右衛門殿。私、ユギ・スプリングフィールドこの度は大変お世話になります。そしてお久しぶりです。高畑教諭」
淡々と黒は学園長とタカミチに挨拶を交わしていく。
「フォ、気にする事はない。君たちのような若輩を導くのも儂らの務めじゃ。
ネギ君は確か」
「はい、ネギはまだ日本語の習得の最中で遅れます。私は一応まほネットで日本向けの魔法薬を売っていたため、日本語は喋る事が出来ます。ですので早めに日本を訪れて日本に慣れようと思い、ネギより早く先に来させていただきました」
まほネットでの魔法薬販売。本来は業者などが行うが苦学生などが小遣い稼ぎに魔法薬を売ることなどがある。もちろんその魔法薬がきちんと使えるかなどのチェックは受けており、ユギも魔法薬を売る際にきちんとチェックを受けている。また、魔法薬を注文されるなど日本語やその他の言語を使う機会がユギには多く多種多様な言語をこの年で使いこなすこともできる。
「確かにまほネットでの魔法薬販売について君のお爺さんから聞かされておる。優秀な薬師だという事ものう」
「お褒めに預かり光栄です」
「そう謙遜することはないよ。僕の知り合いも君が調合した魔法薬を使っている人物がいてね。以前使っていた物より魔力のノリが良くなったって喜んでいたよ」
タカミチの世辞も黒にとっては如何でも良い事。しかし今はそれに合わせるしかない。合わせることで魔法使いにとって都合の良い存在のイメージを形作っていく。
「そうですか。それは良かったです。私が作った魔法薬で誰かが助かるのならうれしい限りです」
「ハハハ、彼女も喜んでいたからね。これからも直接的ではないにしても間接的に多くの人間を救える可能性の高い君の魔法薬は僕たちも期待しているからね」
朗らかに笑うタカミチに軽く相槌を打つ黒に学園長はこれからの学園での予定を話し始める。
「ふむ。ではこれから少し大切なことを話すとしよう。
これから君には麻帆良学園女子中等部の理科の教師となって貰う」
「はい」
「ではこれから君が住む場所は―」
「その点に関してはお気になさらず」
「む?」
今から黒の住む場所を指示しようとした瞬間に黒が発した言葉に疑問の声を上げて止まる。
「住む場所は既に決めておりますので」
「いや、そういう訳ではなく子供である君一人が―」
「魔法使いにとって卒業したら成人したようなもの。自分の暮らす家も自分で用意するべきでしょう」
「あー、確かにそうじゃが」
近右衛門にとってこれは不味い。できるだけ恩を売っておけば後々黒から利益を貰える可能性が高い。人の情というものは意外と強いものだ。それが特に感謝という気持ちなら操りやすい。だからこそ近衛門は居住地という用意しやすいものである程度の恩を与えたかったのだ。しかしこのままではそれも上手くいかない。
一方黒のいう事は魔法使いとしては当然だ。黒とネギの同期の卒業生、或いは過去の卒業生の多くは自分で仮の居住地を用意したり下宿先を決める。そこからすでに修行。そうして一般人に不信がられないような行動を覚えていく。そのため今回の話は黒の方に理がある。
「しかし、そうもいかん」
それでもなお近右衛門としては折れるわけにいかない。単純に恩を売るだけではなく住む家の場所などはこちらの用意した場所に置くことで都合の良い状態へ持って行けるからだ。
「それに日本には保証人も必要じゃろう。知り合いの大人の射ない状態の君が借りれる訳が無い。幾ら決めたとしても実際には借りれん」
近右衛門のいう事も当然だ。子供が借りるという摩訶不思議な状態は魔法薬で大人に化けたりほかにもさまざまな方法でクリアすることはできるが保証人という問題がある。
「だから儂らが用意した場所を使うと良い」
フォフォと笑いながらそう最後を締めくくった近右衛門に黒は懐から一通の封書を見せて近右衛門に渡す。
「む? 何じゃ?」
その封書を開けてそこに書かれている名前を読んだ瞬間近右衛門は驚愕に動きを止めてしまい、それを不審がったタカミチが封書を覗き見てしまう。
「なっ!!?」
そこに書かれていたのはとある一軒家の持ち主の名前。そしてその人物との賃貸契約の証。借主の欄にはユギ・スプリングフィールド。保証人にはマギ・スプリングフィールド。そして何より持ち主の名前はタカミチにはなじみ深い名前だった。かつての仲間にして袂を分かってしまった男。持ち主の大家の欄にはクルト・ゲーデルと達筆な筆記体で書かれていた。
次回生徒たちとの顔合わせです。