東方魔法録   作:koth3

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幻想郷縁起

 世界をその輝きで埋め尽くした弾幕が終息する。

 光から闇へと切り替わるその中心から、黒が姿を現す。左腕をかばい、肩で息をしている。

 近衛の名は伊達ではなかった。木乃香が放った真なる魔法は、黒に確かなダメージを与えた。大凡の魔法使いがどれだけ束になっても、かすり傷一つ追わせることのできない大妖怪相手に。しかもその魔法が、魔界神の残した魔導書に記された魔法だ。今、間違いなく近衛木乃香の名前は、魔法史に永遠に残る偉業をなし遂げた。

 一方の黒は、それだけの底力を見せた木乃香を倒すためとはいえ、かなりの妖力を使ってしまった。計画にはない疲弊に、余裕がそぎ落とされていく。しかしそれでもなお、黒は計画を中断することはない。

 とはいえ、もはや計画に不確定要素を混ぜるわけに行かない。

 ごっこ遊びではなく、妖怪同士の戦いに使う弾幕を生み出す。角度によって様々な色合いに変化する光球は、ネギへと殺到した。

 

「往生際の悪い」

 

 放たれた弾幕は、確かにネギを打ち抜いた。それでもなおネギは、意識を失うことなく、黒へと手を伸ばしている。

 親譲りの魔力が、黒の妖力から身を守ったのだろう。

 その悪運の強さにほとほとあきれ果て、ため息をつく。とはいえ、もう邪魔することはできまい。どれほど強力な回復魔法を行使した所で、ネギの身体は戦える状態に戻るには半日はかかる。

 黒は大仰な動作で腕を満天めがけて振り上げた。

 

「この勝負、我々妖怪たちの勝利だ!」

 

 麻帆良中のモニターに黒が映っている。麻帆良の人々は、一般人も魔法使いも関係なく、モニターの画面に釘付けだ。そこに黒の勝利宣言が映された。

 とたん、麻帆良の至る所から、人あらざるものの歓声が鳴り響く。

 黒がその手を閉じると、それらの声は全てかき消えた。

 同時、世界樹の輝きが最高潮に達した。すでに時刻は丑三つ時を過ぎているが、その輝きだけで、あたりは真昼のようだ。

 その光に照らされた黒は、その光を歓迎するように、諸手を挙げたまま迎えた。

 

「時は来たれり」

「何を、する気だ……」

 

 後ろからかけられた声を、黒は気にもとめなかった。

 世界樹の前に立つ。とんっと軽い音が響く。足踏み。ただそれだけの動作で、世界樹を覆うほど巨大な魔方陣が展開された。それはネギがこれまで見たこともないほど高度な儀式が内包されたものだ。

 同時、スキマが開く。そこから誰かが出てきた。

 

「ああ、来たのか」

「お待たせし、申し訳ありません」

「いや、構わない。これからだ」

 

 やって来たのは、紅白の巫女服に身を包んだ女性だ。よほど激しく戦ったのか、熱帯夜だというのに未だ服の裾が凍り付いている。しかし女性自体には傷一つなく、それどころか、汗一つかいていない。

 気負った様子もない女性が大幣を取り出し、舞いを始めた。同時、麻帆良にある広場から五つの光柱が解き放たれた。それらは赤、黒、黄、青、白の色合いだ。それらの光が上空で混じり合い、一つの大きな光球となる。まるで太陽のようなその光球が、一瞬で麻帆良を覆うほど巨大な陰陽太極図となり、麻帆良を囲んだ。

 

「なに、これ?」

 

 ネギの疑問に、答える声があった。それは、3-Aにて、聞こえた声の一つだ。

 

「麻帆良の歪みはここに正された」

 

 千雨だ。何時の間にかいた千雨は、感情を灯さない瞳で、黒たちの様子を眺めている。千雨が見続ける中、儀式が始まった。

 黒がスキマから取り出した式神たちが、雅楽を鳴らす。音に合わせ、巫女が舞う。黒は能力を全力で発揮し、世界樹へ干渉を始める。世界樹の輝きが不規則に強くなったり弱くなったりする。黒の額からふつふつ汗が涌いてくる。

 しかし突如黒が目を見開いた瞬間、世界樹の光がすべて上空に解き放たれた。そして夜空を切り裂き、西へ飛んでいく。

 その光を見送った黒が、身体を前後に揺らしながら、唄うように宣う。

 

「掛巻も畏き大国主大神の大前に恐み恐みも白さく。大神高き尊き御惠の蔭に隠ろひ平けく安けく有経る事を嬉しみ忝なみ。日に異に拝み奉る事の状を。美らに広らに聞食相諾ひ給ひて。今も往先も弥益に御霊幸はひ給ひて。天下国といふ国。人といふ人の悉。有と有る物皆安く穏に立栄しめ給ひ。何某が家には内より起る災害無く。外より入来る禍事無く。親族家族等賦与け給へる魂は穢さじ。依さし給へる職業は怠らじと身を修め心を励まし。人と有る可き理の任に。恪しみ勤めしめ給ひ。為と為す事等をば。幸く真幸く令在給ひて。病しき事なく煩はしき事なく。子孫の弥継々に家門高く広く弥栄に立栄しめ給へと乞祈奉らくを大御心も和柔に奉恐み恐みも白す」

 

 しゃん、しゃん、しゃん――。

 世界に音が満ち満ち、舞いが彩る。そして神に申した言霊が、力ある存在を招き寄せる。

 

「あぐっ、この力は!?」

 

 西から凄まじい力が近づいてきている。それは京都に封印されていた両面宿儺の力を遙かに上回る。まるで自然そのものが意志を持って動いているかのよう。黒ですら恐怖を抱くほどの力。

 その力が麻帆良に降臨した。

 それは神々しかった。尊く、美しく、神々しい。敵であるはずのネギですら、涙を流しその存在を拝んでいるほどだ。

 

「おおっ、父上、父上」

 

 青、否、事代主がその神に近づく。

 そう、その神こそが、中つ国を治めし国津神の頂点、大国主命。

 大国主命が黒へ仰せられる。言葉一つ一つにすら、信じられないほどの力が溢れている。

 

「一人一種の妖怪よ。汝は吾との約束を守った。故に吾も守ろう。汝が造りし国を、吾が守護ろう」

 

 黒は臣下の礼をとる。たとえ契約を果たしたとしても、彼の存在の不興を買うわけに行かない。

 

「はっ。ありがたきお言葉。妖怪よ、聞け! 我らが理想郷、幻想郷はここになった! 我に続きて来たるが良い!」

 

 麻帆良上空に、麻帆良学園全てを覆うほどのスキマが開く。同時に、至る所から、人あらざるものが姿を表した。今までどこにいたのかというほどの数だ。

 彼らは皆、そのスキマへと吸い込まれるように一心に向かっていく。そんな彼らの影で、空は埋め尽くされた。まるで蝗害のようだ。

 黒もまた、彼らのように空へ赴こうとする。そんな背に、声がかけられた。

 

「待って、ユギ……」

 

 後目に見れば、ネギは手を伸ばしている。

 

「私は、八雲黒。幻想郷の創始者にして、妖怪の賢者」

 

 それだけを告げ、黒は振り向くことなく上空のスキマから消えていった。

 残されたネギは、それを見届けた後、意識を失った。


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