東方魔法録   作:koth3

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魔法のもたらす輝き

 色とりどりの光が、戦場を支える火砲のように間断なく放たれる。それらの光を放つ弾丸は、黒とネギの敵意を内包しており、止め処なく溢れ出す。魔力光を纏い二人の顔を照らし合う弾丸は、片や鉄砲の如く質実に、こなた舞踊の如く優雅に夜闇を踊り切り裂く。

 端から見れば、それは一種の芸術だったかもしれない。暗闇を背景に、様々な色合いの光が常に移ろい、世界を創り上げていく。

 しかしそんな美しさとは裏腹に、その芸術を創り上げているネギは、少しの気を緩めることすら出来なかった。黒の光弾は、ただ優美なだけではなく、計り知れない猛威を秘めており、一度それが解放されようものならば、ネギの魔法の矢をあっさりと呑み込んでしまう。かといって魔法の矢の精度や強度を高めようと、一矢ずつ魔力を込めようとするものなら、一度に放てる魔法の矢は自ずと少なくなり、黒の光弾の数に圧倒される。光弾を破壊できる矢のレベルを見極め、一切の無駄がないよう的確にコントロールした魔力を注ぎ込みつつ、一度に全く同じ矢を数十と作らなければならない。針の穴を通すような絶技。少なくとも、優秀な魔法使いが多い麻帆良の魔法使いですら、そんな真似を出来るものはそういないだろう。しかしネギはそんな離れ業をこなし続け、そしてこれからもこなさなければならない。

 汗が全身から滲み出る。気疲れにより、魔力のコントロールを手放してしまいそうだ。そうすれば楽になると、心の底から発せられる声を振り払う。すぐに弱気が顔を覗かせるが、それでもそのたびにネギは己に活を入れ、一時たりとも休むことなく繊細なコントロールを保ち魔法の矢を放つ。

 

「そうら、次はnormalだ」

 

 そんなネギをよそに、黒が笑みをこぼすと、力を溜めてから扇を扇ぐ。するとその軌跡に沿って光弾が生まれる。先の弾幕と桁が違う。その光弾の量は、先程のが止め処なく降り続ける火砲のそれだというならば、今度のは何丁ものショットガンが横並びに並んで一斉に放たれたそれだ。視界を埋め尽くすように、光弾が所狭しと並んでいる。光弾は人の頭ほどもあり、その色合いを常に変え、色が変わるたびに光弾の形状も、球体からくさび形、立方体、円錐といった具合に変化する。時には近くの光弾と交わり体積を増やしたと思えば、二つに分裂したりもしている。

 せわしないほどに変化し続ける増量された光弾に、ネギは限界を踏み越える。器の底が抜けたように減っていく魔力を惜しげもなく絞り出し、凄まじい圧力で己の身体を攻め抜く魔力を最速で加工してみせる。一つ魔法の矢を造りあげるたびに、身体の奥底で何かが壊れる音が無情にも響く。

 それでもネギは魔法の矢を撃つのを止めない。数百の魔法の矢が、ネギの号令を受けて放たれる。黒もまた、一歩も退かずに撃ち合う。

 炸裂した二人の弾幕が夜空を彩る。魔力残滓により視界が悪化する中、何かが霧状になった魔力を切り裂いて飛び出してきた。それは撃ち落とし損ねた光弾だった。針状の形態で、空気抵抗がないかのような速度で迫ってくる。

 咄嗟にネギは大きく身を捻る。

 

「くっ!」

 

 しかし完全に躱しきることは出来ず、光弾はネギの頬を掠めて後方へ消えていった。僅かに血が吹き出し、光弾の後をおった。

 ひるむことなくネギが反撃に打つ。黒の弾幕のように広く厚く放つのではなく、一点に集中し矢を放ち続けることで、狭く分厚い弾幕を構築し、削岩機の如く穴を穿たんと魔法の矢に吠えさせる。絶え間なく放たれる魔法の矢は、黒の弾幕に穴を穿ち、そして射手の命に従い黒へと果敢に襲いかかる。

 ネギの魔法の矢が黒に直撃する。しかし黒の周囲に展開されている幾層もの結界を前に、何らダメージを与えることなく魔力へと霧散してしまう。ネギの口元が僅かに歪む。

 その様を見届けた黒は、一枚のカードを取り出す。カードの表面には、一筆書きの五芒星が描かれており、線一本につき一つの色が割り当てられていた。

 それが黒の力を受けて、光り輝いている。

 

「そろそろ、準備運動はおしまいとしましょうか。『境界 世界の循環』」

 

 黒の放つ光弾が変わる。傍目には何ら変わりがないが、光弾を向けられているネギにはしかと分かった。それが先程と全く別物だと言うことが。感じられる力の量は変わらないが、ネギが感じる力の質は大きく変わった。今までは、様々な色の紙粘土を中途半端に混ぜ合わせたようなものだったが、今ネギにむけられている光弾は、一色になるまで混ぜ合わされ洗練されたような印象を抱く代物だ。

 ネギの警戒が強まる。今までの経験から、これから攻撃がより激しくなるだろう。ネギの魔力も黒に呼応するかのように研ぎ澄まされる。

 

「はたして普通の魔法使いに防げるかな?」

 

 扇で扇がれ、放たれる光弾。迎え撃つ魔法の矢。そして一方的に撃ち負ける魔法の矢。その信じがたい光景に、ネギの身体が強張る。

 今もなおネギの放つ魔法の矢は、黒の光弾に触れるとたちまちのうちにその色を失い、何一つ残すことなくかき消えていく。砕かれたわけでもなく、防がれたわけでもなく、ただ消えてしまう。今までネギが魔法を使ってきた中で、全く見聞きしてこなかった事態だ。

 動くことの出来ないネギの耳に、黒の言葉がそっと囁きかけた。

 

「ふふふ。そのスペルカードは、『境界を変える程度の能力』で五行を最大にまで高めたものでしてね。敵の攻撃に対し、常に相剋の属性をとるカード。スペルブレイクするには、逆相剋となるまで属性を高める必要があるんですよ」

 

 黒は大仰に腕を十字に広げ、「敵だけが疲れ果てていく、良いスペルカードだろう? さあ、撃てるか、魔法使い?」と、そしり笑う。

 ネギは歯がみしながら魔法の矢を撃つのを止め、黒の光弾を避けることに集中しだす。魔法の矢の威力では、光弾を打ち破れないだろう。おそらくは『雷の暴風』クラスの魔法ではないと、意味がないだろう。しかしだからといって雷の暴風を放つだけの余裕があるはずもない。どれほど悔しかろうが、今は避けることに専念するしか出来ない。

 呼び寄せた杖に脚をのせ、ネギは光弾の僅かな空白地点を縫い飛ぶ。光弾が肌を掠めるが、ひるむことなく飛び続ける。そして、ネギが欲し続けた僅かな隙を見いだした。

 なぜだか分からないが、黒の放つ光弾は扇で扇がなければ動き出すことがない。つまり、同列の光弾でもは始点の位置との光弾と終点の位置の光弾では、放たれるまでにタイムラグがある。そして、一度扇を扇げば、今度は扇ぎ返す必要がある。同じ方向に扇げる道理はない。つまり先に放たれた光弾の方さえ避けてしまえば、次の弾幕が放たれるまで一往復という十分な時間が生まれる。

 それでもその僅かな時間で詠唱を終えることなど出来まい。だからこそ、ネギはさらなる限界を飛翔し飛び越える。中級魔法を無詠唱で放つという、信じがたい暴挙へ。

 

「雷の暴風!!」

 

 かき集められるだけかき集めたネギの魔力が、絶対のものとされていた魔法理論を打ち壊し、常になく巨大な竜巻を生み出す。稲光と風圧でネギの目が利かなくなるほどだ。ネギの目が見えるようになったとき、黒の光弾は全て消えていた。

 

「スペルブレイク……お見事」

 

 ぱちぱちと黒の拍手が場違いに響く。ネギが頭上を仰げば、そこには傷一つない黒が俯せに宙を浮いており、こちらを眺めていた。

 ネギの脳裏に絶望がひたひたと這い寄ってくる。すでにネギの残存魔力は二割を切り、体力も使い果たした。気力だけで動いているが、その気力もいま尽きた。

 

「うっ……どうして、どうして届かない……」

 

 黒へ手を伸ばす。しかしその手は黒の肌に掠めることなどなく力なく垂れ下がる。

 ネギの心に諦念が緩やかに積もっていく。身体中の力が抜けていき、その膝が折れた。全てを出し切りそれでもなお届かなかった。ならばもう良いかな? ふと浮かんだ父の悲しそうな顔に対し、ネギは呟いた。

 

「ゴメンナサイ、約束……まもれなかったよ」

 

 遠のいていく。忌まわしい雪の日、悪魔に襲われ父に救われた記憶すら、もはやネギに立ち上がる燃料(気力)とはなりえない。ナギ(家族)ユギ(家族)に負けたのだ。

 瞳は閉じられ、暗闇がネギを暖かく迎えてくれる……。

 

「ネギ君、諦めたらあかん!」

 

 閉じられかけていた瞳が開かれる。最後の力を振り絞り声のした方へ顔を向けると、木乃香が息も絶え絶えに世界樹前広場へ繋がる階段のところに立っていた。その手に赤い装丁の本を握り締めて。

 

「それは……!」

 

 始めて黒の顔が歪む。今までと比べものにならないほどの圧力が放たれる。世界樹が葉をこすり合わせ、悲鳴を訴える。

 黒が腕を振るう。空にあの奇妙な穴が開き、そこへ腕を突っ込む。しかしそれよりも早く。

 

「今です、木乃香さん!」

「うん! お願いや、クウネルはん! 『Grimoire of Alice』」

 

 木乃香のスペル宣言(、、、、、)と共に、本から目映い光が放たれた。

 


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