荘厳な講堂に多くの魔法使いが集まり、今進行している魔法使いの儀式を見守っている。一人一人の生徒の名前が呼ばれて校長から卒業親書を手渡されていく。大きくなった自分の子供の晴れ姿に親の中には涙を流す者もちらほらいる。
校長に呼ばれた生徒の中にはネギとユギ、つまり黒の名前もあった。飛び級によって本来より遥かに早く卒業する事となった為に。
本来ならネギと黒はまだこの魔法学校で授業を受けるべき年代だ。どれだけ優秀であっても魔法の秘匿などの意識を持たせるために飛び級をさせないはずなのだ。当り前だが数えで九歳。しかも魔法を常に使うような環境で育った幼い魔法使いがいきなり外の世界に出て魔法を使わないで暮らせる訳が無い。だからこそ本来どんな理由が有ろうとも飛び級は認められていない。少なくともウェールズの魔法学校ではマギが校長になってからはそうだ。
しかし、二人は違う。魔法学校の上、つまりは魔法世界のメガロメセンブリアからの要望で飛び級を無理やりさせられたのだ。メガロメセンブリアは自分たちの手元にネギと黒を抑えて都合の良い人形に育てたかった。その為に幼い内からメガロでの修行を付けさせるために圧力をかけてきた。しかしその実態は修行とは名ばかりの洗脳であり、道具作りなのはすぐにわかったマギはそれに抵抗するために数年前に手を打っていた。
「そうじゃ。頼むぞ」
学校長室でマギがイスに座りながら念話で話している相手は近衛近右衛門という。麻帆良学園の学園長であり、関東魔法協会の理事長でもある。近右衛門にマギはある協力を頼んだ。近衛門に頼んだ理由としてはメガロに二人を任すよりかはこの狸の方がまだましだと。その為にネギたちの進路先へとなるように裏で交渉をしし続けていた。今日、お互いの間で何とか妥協案を付ける事が出来た。
マギにとってはメガロの手から確実に守れる政治手腕を持った近右衛門に預けることで二人を守れる。近衛門には英雄の子供を育てるという栄誉を手にする事が出来る。二人にとって利点は存在し、デメリットもあるが目を瞑らなければならない。メリットと比べれば妥協しても十分なのだから。
「これで良い。これでメガロは早々二人に手を出す事が出来なくなる」
そのままマギはイスを立ち上がり、卒業式に配られる卒業賞与へととある魔法をかける。その魔法の効果は発動するはずの魔法効果をある程度自由にコントロールできるという高等魔法の一つだ。発動するはずの魔法を全く違う形で発動させるという魔法の効果で卒業証書の修行先についての内容を改ざんするために。
「狂え、精霊よ。
神は悪魔となり悪魔は人へ。
人は神へと成りあがる。
セフィロトの樹は崩れ去り、新たな理を築き上げよ!」
掛けられた魔法は正しく作用して卒業証書の精霊を狂わせる。狂い、混乱しているうちに術者であるマギの望んだ形に精霊たちの性質を変えていく。これほどの魔法を行使できる魔法使いは旧世界では片手の指で数えて足りるほど。魔法世界ですら両手の指で十分なほどだ。魔法に絶対に必要な精霊の性質を変えるなどトップクラスの術者ですら行使できない方が多い。この魔法に限っていってしまえば英雄であり、ありとあらゆる魔法をあんちょこを使っていたとはいえ行使できていたナギですら使えない。同じようにエヴァンジェリンでも使えない。之だけでこの魔法がどれだけ難しい魔法かは分かるだろう。その魔法を使ってマギは卒業証書の修行先を捏造した。
「親のしがらみを子供に残すしか儂らにはできんのか? 儂はあの子たちに何をしてやれただろうか?」
余りにもちっぽけな自分の力に情けなく思いながらマギは苦悶を続ける。自分の孫を助ける事が出来たのだろうかと。
イギリス、ウェールズから遠く離れた埼玉県の麻帆良学園都市では近右衛門が自分の城である学園長室にて今の念話の内容を何度もシミュレートしていた。
英雄の息子。自身の娘の婿である詠春がかつて所属していた組織紅き翼。その実質的リーダーの息子。その子供をうまく育てられる事が出来れば近右衛門に、関東魔法協会にとってこれ以上ない栄誉となる事が出来る。しかし、逆に失敗する可能性もある。特にこの地にはかつてナギによって封印されたエヴァンジェリンがいる。彼女が彼らに危害を加えようとしないという保証はない。だがそれはなんとでもなる。学園結界を使えばエヴァンジェリンは完全に抑える事が出来るのだから問題にはならないだろう。
「タカミチ君、君はどう思う? あの二人を実際に見た君はどう感じたかの?」
近右衛門は自身の座っている席の近くに立っていた高畑・T・タカミチにそう話しかけた。
「そうですね。ネギ君は良い子ですよ。立派な魔法使いを目指して頑張っています」
「そうかの。ではユギ君の方は?」
一瞬、タカミチの口がそこで止まる。言葉を探し、何かを探すように目を揺らしてしまう。
「……何か問題でも?」
「いえ、そういう訳ではありません。只、僕が彼を苦手としているだけです。
……そうですね、ユギ君は何と言ったら良いのか分かりませんが見通してくるような子です」
「見通す?」
「はい。ネギ君は気にしなかったことですがユギ君は母親の情報を知りたがっていました。どんな方法でも知ることはできないはずですがあの時僕に向けた瞳は軽蔑でした。まるで心の中で浮かんだ光景を見られてしまったかのように」
タカミチの人生は綺麗なものではない。むしろ大人の汚さに翻弄されてきた人生でもある。その最大の悲劇の一つがネギとユギの母親であるアリカ王女の件だ。もし、あの時心に浮かんだ光景をユギが見たとしたら軽蔑されるのも当然と思えてしまう。
「なるほど。あい分かった」
それを聞いた近右衛門は自身の脳内で考えていた道に修正を加えていく。如何すれば一番よく魔法使いという世界を動かせるか。如何すればもっとも効率よく英雄を作れるかを。
老人はかつて魑魅魍魎集う政治の世界で数多くの敵を蹴散らし、自身を守ってきた人間だ。その頭脳から考えだされるものは彼にとって一番うまみが強く、そして世界にとっても一番の方法だ。だが、この時彼は一つ大きな勘違いをしていた。彼にとってネギも黒も立派な魔法使いを目指していると思っていた。しかし黒はそもそも『魔法使い』ではない。例え魔法使いだったとしてもそんな事に自身の魔法を使うはずはないがそれでも近右衛門の勘違いは余りにも大きすぎた。どうあがいても好転する可能性が今この瞬間閉じきってしまった。近右衛門とマギの選択で黒は後々その本性を見せる事となる。
卒業式の数日後の太平洋上空。とある格安旅客機のエコノミークラスの席の片方に彼、黒は座りながら麻帆良学園の資料を読んでいた。普通は黒のような幼子が一人で外国へ出かけるのなら異常であり、出国許可が下されるはずはないが魔法使いの力を持ってその常識破りは行われた。
「それにしてもこれが飛行機というものか。此処から釣糸をたらせば何が釣れるかの?」
「何も釣れないよ。こんな高速で飛んでいる物から垂らされた釣糸なんて魚からみたら何が何だかわからないし喰いつく時間が無いよ」
そもそも高度数キロメートルの上空でそんな事をしようなんて考える方が可笑しい。まあ、彼女にとってその程度の物理現象なら影響されないのだが。
呆れた声とともに今まで読んでいた麻帆良学園のパンフレットを閉じながら黒は顔をあげて隣を見る。先ほどまで誰も座っていなかったはずの席には一人の女性が座っていた。彼女の名は事代 八重。国津神の一柱であり、神託を司る神だ。少し前に黒と殺し合いをして最終的に彼女の願いをかなえる代わりに式となる契約を結んでいる。
「それにしても何故お主は胡散臭い卒業証書の内容に従うのだ? 占いなら私が行っても良いのに」
彼女の言う通り、そもそも精霊が選択した修行というのは実は適当だ。上手くいけば確かに大きな修行となるがあまり効果が出ない事が多い。修行の成果はむしろ人と人との触れ合いで精神的な面が鍛えられるだけだ。その面も別に精霊の力を借りずとも良い。だが魔法使いにとって精霊の選択した修行とは絶対的なイメージを持っている。だからこそ今までこの修行先の決定の方法について一度も変えられたことはない。
その点、事代が行えばそれこそ言葉通り百発百中の占いすら可能だ。
「そんなのは簡単。そもそも修行なんて興味はないしする気もない。ただ単純に日本という国がこれから行う行為の下地に相応しいから。あの地は普通では有り得ないほどに幻想を
妖怪は実在しない。その身は幻想であるがゆえに肉体的な縛りはほとんどない。しかしその代り精神に依存する。その結果、人に忘れられてしまえば妖怪は消滅してしまう。忘れられたという事に妖怪は絶望を感じてしまうからだ。存在意義を失った妖怪はたとえどれほど強大な妖怪でもそう長くはもたない。今の日本は妖怪やそれに準ずる幻想にとって最悪な土地だ。だからこそその地はもっとも危機感に襲われている。その危機感から救済案を出したのは黒だ。上手く世論や情勢を操作すれば幻想郷へ参入する妖怪も多くなる。
「だからこそ日本へ行く。元々日本は最初に訪れる予定だったから渡りに船だっただけ。それ以外だったら態々魔法使いの卒業試験なんて受けるはずがない」
簡潔な内容だが事実、黒は絶対に魔法使いの修行などはしない。唯でさえ短い時間を無駄遣いしてしまう。
「さて、蒼、貴方の疑問には答えた。そろそろ寝かせてもらうよ」
自身の式神であり事代の式神としての名前を言いながらいそいそと黒はアイマスクをかけて毛布をスチュワーデスに頼み込み持ってきてもらう。
「まあ、それにあえて言うのなら、あの地には大妖怪、いや神の一柱分の力がある。それを使えば計画がある程度楽にはなる」
それだけ言い残して黒は眠りにつく。黒が眠ってしまったことを確認した事代はため息をつきながらその場から消えた。あとには只眠りつく黒と今まで起きていた全ての異常に気がつけなくされていた乗客だけ。人が現れて消える。話声を一切小さくしていないというのに周りの乗客には理解できなかった。そしてそれに疑問を突くことすら許されなかった。
飛んでいる飛行機の隣で飛行しながら事代は黒の妖術で意識をずらされている乗客と黒を見ながらぽつりと漏らす。
「会う度に妖力が増えているか。このままでは本当に人間性を失ってしまうぞ?」
サーバーの変更などでしばらくは書く事が出来ないので次回の投稿は今回かそれ以上かかってしまうかもしれません。