東方魔法録   作:koth3

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えー、さっそく一話を書き上げました。二話目からは時間がかかります。
またよろしくお願いします。


妖怪として
移ろう境界


 イギリスのウェールズ。ここには多くの魔法使いが隠れ住んでいる。かつて、魔法世界を救った英雄、ナギ・スプリングフィールドを慕った魔法使いたちが集まり、隠れ里ができた。

 そんな魔法使い以外が住んでいないこの地で、二人の特別な子供がいた。双子の三歳位の子で、兄の名前をネギ・スプリングフィールド、弟の名前をユギ・スプリングフィールドという子供だ。この子たちは魔法使いの英雄、ナギ・スプリングフィールドの実の子供なのだ。

 兄であるネギは、ナギ譲りの赤い髪に莫大な魔力を秘めている。しかし、一方のユギは朝日のようなまばゆい金髪で、魔力が一切なかったのだ。

 生物であれば必ず持っているはずであり、父親は計り知れないほどの魔力を持っているというのに。そのことが原因でこの子供はナギの子供ではないのかという話すら出たほどだ。しかし、DNA鑑定や魔法で調べた結果、間違いなくナギの子供だと判断された。

 そんな騒動もあったが子供たちは関係なく健やかに成長した。

 ただ、見た目だけではなく中身も違うのか、二人はあまりにも似ていなかったが。ネギは外で遊ぶこととナギの実績を聞くのを楽しみ、ユギは家の中で本を読み、知識を蓄えることに興味を持っていた。

 そんな二人は元々は仲が良かったのだが、ある時から溝が生まれ始めた。ナギの事を聞いたネギは、危険な目に遭えばナギが助けてくれると思い、危険なことをし始めた時からだ。犬に追われる、木から落ちる、そして湖に落ちて溺れた。その理由が父と会いたいから。ユギだって父と会いたい。しかし、危険な目に遭って村のみんなを心配させてまで会いたいとは思わなかった。その考えのすれ違いが原因となり、二人には溝ができ始めていた。

 

 「ユギ、外に行かないのか?」

 「スタンお爺ちゃん。僕はいかないよ。兄さんがしろって言うような危険なことをして、ネカネ姉さんを悲しませたくはないから」

 「……そうか」

 

 雪の降る寒い日の事、ユギはスタンと呼ばれる翁の家に遊びに行っていた。

 このころからネギは、ユギに父と会うために危険なことを一緒にしようと誘い始めていた。それをいつも拒否しては言い争いになっており、二人の仲はだんだんと冷え切り始めていた。

 スタンもそれをわかっていたために、それ以上は聞かなかった。村でも二人の仲をどうするべきかという話は出てきているのだ。どうするべきか、スタンも頭を抱えていた。

 そんなことを知らないユギは、スタンが持っている魔法書を一生懸命読み、分からないことをスタンに聞いたり、スタンが知る知識を聞かせるように頼み込むのである。そんなユギを暗くなる前にスタンが家に見送って帰らせる。それがここ最近のユギとスタンの生活だった。

 

 「やれやれ、ユギもネギ程とは言わんが少しは本以外のことに興味を持ってくれんか。あれでは本の虫というより、知識を得る事に固執しているようにしか見えん」

 

 ユギを家に帰らせてから、自身の家に帰る途中でぽつりと無意識のうちにつぶやいた言葉にスタンは戦慄する。

 ユギはまだ、子供だ。やっと文字を覚えた子供。そんな子がふつう魔法書など読むことができるか? あり得ない。自身の経験からでも十五になってようやく理解できる。魔法書を読むということはそれくらいの知能が発達している必要がある。中には十歳でも読めるほどの聡明な者もいるだろう。しかし、三歳の子が読むことができるか? 

 今まではやっと読めるようになった本を、意味を理解せず読むことを楽しんでいたと思っていた。しかし、よくよく思い出すと今日も昨日もその前も分からないことを聞いてきた(・・・・・・・・・・・・・)。つまりは、分かる部分と分からない部分を判断できる程度には理解しているということだ。

 

 「バカな……。わしの考えがあっていたらそれはもはや天才なんてものではない。鬼才じゃ。普通の人間がかかる時間より、五倍以上も早く物事を理解できるなど普通はありえん。

 これでもし魔力があれば問題はないが、あの子は魔力がない。これほどの頭脳はナギの馬鹿もんのように戦闘にしか使えない力よりもはるかに貴重だ。その頭脳を欲して元老院の老害どもがあの子を狙うやもしれん。そんな時あの子はどうやって身を守る?」

 

 一刻も早く対策をしなければならない。そう判断したスタンは町中の魔法使いに集会をかけてこのことを話し、協力を仰いだ。

 

 「ユギが? ネギもあの年でなかなか聡明だったが、ユギはそれに輪をかけて優秀だったか」

 「そんなことを言っている場合ではないぞ! もしユギの能力がわしの思い違いではなく事実ならば」

 「遠くない未来、ユギが汚い大人たちに利用されるかもしれない。そういうことだな、スタン」

 「そうじゃ」

 

 村の中にあるパブで大人たちの魔法使いは集まり、スタンからもたらされた話を聞き、驚愕する。自身たちもスタンが言うことの異常性を理解できたからだ。

 

 「ネギの方はそこまでの頭脳は?」

 「それはないじゃろうな。あいつはナギの馬鹿もんにそっくりじゃ。頭より、体を動かすことの方が優れているじゃろう」

 「そうだな。だが、これがもし本当だとしてもそこまで危機感を持つ必要もないのでは?」

 「お主! わしの話を聞いておらんかったのか!!」

 「落ち着けって、スタン爺さん。俺だってそう思うよ。けどそれはあくまで身を守るためのすべがない時だろう? ネギはユギと仲直りしたいって今日俺に言ったんだ。あの子たちの仲が良くなればネギがユギを守り、ユギがネギの参謀となるかもしれない。そうなれば問題はないだろう? 二人は安全だし、ナギを越える立派な魔法使いになれるかもしれないしな」

 

 彼にとって、やはり二人は英雄の子供としか見れないのだ。そのためにこんな案が出てしまう。それはつまり、彼らが英雄の跡を継ぐことしか許されないということだ。

 スタンはこれを聞いた瞬間に悟ってしまった。この町も変わってしまったと。昔のようにナギの行動に共感したものじゃなく、あこがれてきた者たちが多くなってしまったと。

 そんなスタンの肩にこのパブのオーナーが軽く手を置く。

 

 「スタン」

 「お前か。……ここもユギにとって危険な場所の一つだったようじゃ」

 

 そう言って二人は目の前で喜び始めた若者たちを見つめる。英雄になることができる素質を持つ人間、いや、道具(・・)ができたと喜ぶ彼らを。彼らにはそんな考えはないだろうが、実際にはそうなってしまっている。

 

 「もう良い。今日の話し合いはここまでじゃ。皆集まってもらいすまなかったの」

 

 そうスタンが集会の締めくくりを宣言し、いの一番にパブから出ていく。悔しかった。苦しかった。何より、自身の無力さが情けなかった。

 

 「ナギ。わしにはお前の子供を救ってやることもできなさそうじゃ」

 

 見上げる星空に輝く星と打って変わってスタンの心は曇天に覆われて、重苦しくなっていった。

 

 

 

 「のう、ユギ。お前は本当にこの本を理解できておるのか?」

 

 あくる日、スタンは自宅にやってきたユギに聞く。どうか外れていてくれと念じながら。しかし、希望的観測とはえてして外れるものだ。

 

 「うん? うん。この本はもう全部わかったよ。だから今日はもっと難しい本を読みたいんだ」

 

 屈託のない笑顔だが、その言葉と笑顔にスタンは絶望を感じてしまう。

 ああ、この子は。そう思い、とっさに

 

 「スタンお爺ちゃん?」

 

 強く体を抱きしめる。こんなか弱い子供を、魔法という陰謀渦巻く世界の犠牲にしてなるものかと。

 そのためにも、しばらくはこの子をありとあらゆる知識から離さなければならない。まだ、この子には早すぎる。

 

 「ユギ。今日はわしも用があるのでな。本を読ませるわけにはいかんのじゃよ。明日にしてくれんか?」

 「えー、今日は読めないの? ……分かった、明日またくるね」

 

 そう、返事を返してユギは外に出る。それは雪が降る寒い日の事だった。

 

 

 燃える。燃え盛る焔によって、里が燃え尽きていく。

 

 「クソ! なんでこれほど高位の悪魔たちが!!」

 「言っている場合か!! 魔法の射手連弾 ・火の32矢」

 

 そこかしこにいる異形の怪物、悪魔をこの里の大人たちは繰り出す魔法で撃退していく。しかし、物量で押され、さらには、

 

 「くっ! 爵位級か!」

 

 悪魔の中でもかなりの力を誇る爵位級と呼ばれる悪魔までも出現してきた。

 そのうちの一体の口が開き、光線のように魔法が放たれる。

 

 「うっわあああああああああ……」

 「石に!! 体が……」

 

 あちらこちらで地獄の光景が繰り広げられている。そんな中、里を走り続ける小さい影があった。

 

 「ハァハァ、怖いよ。お父さん。助けて!!」

 

 それはユギだった。周りが危険な中、里の入り口まで何とか逃げ切れたのだ。だが、その幸運もここまで、ユギの目の前には一体の爵位級の悪魔がいた。

 

 「逃げ出したターゲットか。悪いが死んでもらうよ。私としては子供を殺すのは後々の楽しみがなくなるのであまりしたくはないのだが、今回はそういう依頼でね」

 

 ゆっくりとユギに近づく悪魔の手。しかし、それを遮る様に強力な魔法が放たれた。

 

 「その子に近寄るな!!」

 

 それはスタンだった。だが、今のスタンにはそれほど強力な魔法は使えないはずなのだ。

 魔力は精神力だ。しかし、生命力もなければならない。老いたスタンではそれほど魔力を使うことができない。

 それなのにスタンの身を駆け巡る魔力はすさまじかった。スタンの若いころ、全盛期に勝るとも劣らないほどに。スタンの魔力を底上げしているのは怒りだ。こんな事態を引き起こしてしまった事、ユギを危険にさらしてしまった事。それらの怒りが精神力を底上げして衰えた生命力に関係なく凄まじいまでの魔力を練りだしている。

 

 「ほう!! これほどの魔力を放てる存在がまだいたとは! おもしろい。子供を葬るより先にお前を葬ろう!」

 「なめるなよ! 老いた身なれど貴様くらいは道連れにしてくれるわ!!」

 

 死をも覚悟した一人の人間。その体から放たれる魔力に、悪魔は子供であり、なんの力も持たないユギよりもスタンと戦うことを優先したのだ。

 

 「ユギ! 逃げるのじゃ!! この里から放れて、どこまでも」

 「ヒック、怖いよ。いやだよ!」

 「頼む、逃げておくれ。これは老い先短い爺の唯一の願いなんじゃ」

 

 スタンの瞳を真正面から見たユギは怯えていた表情を変え、首を縦に振り一目散に里から出て逃げ出した。

 

 「あの少年もあのような顔をできるのか。将来が楽しみだな」

 「悪いがその未来はこんよ。貴様はわしが倒すからな」

 「くっくっく。はたしてその未来に出来るかな? では殺し合いを始めよう!!」

 

 悪魔と老いた魔法使いの戦いが始まった。燃え盛る街並みすら踏み越えて。片方は守るために。もう片方は依頼と自己の愉悦のために。

 

 

 

 「ここまでくれば」

 

 そういったユギは後ろを振り返る。後ろにはずいぶんと小さくなった燃え盛る街があった。

 

 「悪いね、少年」

 「!?」

 

 正面から聞こえた声に反応してすぐさま首を戻すと、そこにはスタンが相手をしていた悪魔の姿があった。

 それはつまり、スタンは悪魔に敗れたことと同義だ。

 

 「あっ、ああ」

 

 後ろに下がるユギだったがその程度では逃げられず首をつかまれ、

 

 「さようならだ」

 

 ボキリと枯れ木を折ったような音が響く。ユギの首が折れたのだ。

 ぶらりと力なくたれ下がる首を見た悪魔はユギの体を放り投げ、還る準備をする。

 

 「ふう、残念だ。結局ほかの悪魔が乱入したせいであの翁とは決着がつかなかった」

 

 悪魔がつぶやいているそばで放り投げられたユギの体には異変が起きていた。

 折れ曲がっていた首は、しっかりと骨が正しくくっつく。瞳には光がさしており、そこには感情が見えた。憎しみという感情が。

 ゆらりと立ち上がるユギの気配に気づいた悪魔は慌てて後ろを振り向くが、

 

 「四天王奥義、三歩必殺!!」

 

 繰り出された一撃のあまりの威力に悪魔の体は耐えきれず霧散する。

 

 

 痛い、痛い。僕は死ぬの? 

 ユギの体は死を覚っていた。このまま自身は死ぬのだろうと。スタンお爺ちゃんの仇も取れずにと。

 だが、不思議と心は違った。その心には、

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

 肉体を殺す。心を殺す。魂を殺す。闇で殺す。咀嚼するように殺す。冷気で殺す。叩き潰して殺す。魔法で殺す。運命で殺す。破壊して殺す。斬って殺す。死を以て殺す。式を以て殺す。虫で殺す。歴史を殺す。狂わせて殺す。薬で殺す。永遠に殺す。炎で殺す。踏みつぶして殺す。風で殺す。毒で殺す。暴力で殺す。鎌で殺す。罪を持って殺す。厄で殺す。水で殺す。奇跡で殺す。乾で殺す。坤で殺す。道具で殺す。動物で殺す。空気で殺す。気質で殺す。鬼火で殺す。疫病で殺す。妬みで殺す。怪力で殺す。心を読んで殺す。死体も殺す。溶かしつくして殺す。無意識に殺す。水難で殺す。財宝で殺す。音で殺す。喰って殺す。雷で殺す。風水で殺す。化けて殺す。そして境界で殺す(・・・・・)

 その強い感情が魂の奥底でかけられていた鍵を外す。

 

 『識る程度の能力』『境界を変える程度の能力』

 

 二つの能力が脳裏に浮かぶ。

 幻想を識る。これによってありとあらゆる幻想を認識してその正体も力も能力も過去すらも識る。

 識った存在に合わせるように境界を変えていく。変わっていく境界によって、違う能力の行使すら可能になる。

 『老いることも死ぬ事もない程度の能力』

 この能力によってユギは一瞬で傷を治す。そして、目の前にいる憎い存在に対して最大の一撃を放つための準備をする。

 『怪力乱神を持つ程度の能力』

 これで準備は整った。

 体を起こす。その動きで悪魔はユギに気付いたけど気にする必要もない。

 一歩目で妖力を体になじませて、能力に耐えさせる。

 二歩目で能力を使い、最大級の力を発揮する。

 三歩目でその悪魔を打ちぬく。

 

 「四天王奥義、三歩必殺!!」

 

 その一撃で悪魔は肉片も残さず霧散していった。

 ここまでが限界。妖力という人間にない力を急に体になじませ、体の限界を超える一撃を放ったことで限界をむかえ、ユギは倒れる。

 そんな倒れ行くユギの体を支える人間がいた。

 

 「え?」

 

 残った力を振り絞り、上を見ると赤毛の男性がユギを支えていた。

 

 「大丈夫か!! しっかりしろ! すぐに父さんが助けてやる!!」

 

 ああ、この人が僕のお父さんか。良かった。僕のことを心配してくれるんだ。

 ユギはそこまで考え、意識を失った。




次回は救助された後のユギの生活です。
感想を書いていただけると嬉しいです。

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