舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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時系列的には追い詰められた後。束に回収された時です。




駕籠の中の鳥

「ふーん、生き返ったんだ」

 

 一人のウサミミを着けた女性が傭兵の顔を上からじっと覗いている。無表情に近い顔で傭兵を見つめているが、そんな女性の傭兵を見る目はというと、まるで実験動物を見るかのような感情の籠っていない非常に冷ややかな目である。傭兵が目を覚ましたのを確認すると女性は傭兵の顔から視線を反らし、室外へと歩き去っていってしまった。

 体が鉛のように動かない傭兵。かろうじて動くのは手の指と首だけ。首を左右静かにゆっくり振り、所在把握と状況把握に努めている。

 自分の身に何が起きたのかわからない。覚えているのは委員会の手先の魔の手が自分の命まで迫っていたところであった。そしてISを纏った女が自分の前に降り立たった。この時既に大量出血により意識が朦朧としていたため、気絶したのかどうかはわからないが傭兵は意識を失っていた。よって、その後のことは記憶にない。何故こんなところにいるのかもわからない。そもそも自分は何故助かったのか。目の前のウサミミを着けた女性が全てを知っているのかもしれない。

 傭兵は手術室などによくある執刀台のような物に寝かせられている。傭兵を中心にして周囲には訳のわからない機器が乱雑に放置されている。部屋の広さは乱雑に放置されている機器のせいで正確には掴めないがそれなりの広さはあるようだ。

 傭兵は女性が出ていった扉の方向を見つめる。何とかして体を動かし部屋の外へ出ようとするが、一向に体が動く様子がない。どれだけ動けと念じても動かず、自分の体であって自分の体ではないような錯覚に陥る。

 

「無理をして動かないでください」

 

 女性が出ていった扉から先程の女性とは別の女性......少女が入れ替わりで入ってきた。少女の手には銀色のトレイ。その上には一つの白い器が乗せられている。器から湯気が立っていることから何か暖かい食べ物であるようだ。

 

「お粥です。安心してください毒など入っていません」

 

 特に疑ったつもりは無いのだが、少女には傭兵が何かを怪しんでいるように感じたようだ。

 少女の両目は閉じられている。視覚によって情報を認識するのではなく、感覚的に情報を認識しているようだ。

 傭兵の頭元まで近づいた少女は椅子に座り、れんげでお粥をよそうと傭兵の口元までれんげを運ぶ。

 

「どうぞ食べてください。何も食べなければ体が回復しません」

 

 口を開きお粥を喉に流し込む。お粥は特に噛み砕かなくともすんなりと飲み込める。体に力の入らない傭兵は物を噛む力も残されていない。丁度いい具合に腹も空かせていた。腹は膨れないかもしれないがお粥のように手軽に食べれる病食は有り難かった。

 

「あなたは3日間昏睡状態でした。正直なところあなたが意識を戻したのはほぼ奇跡です。普通ならば死んでいてもおかしくない状態だったのですから」

 

 傭兵の全身には包帯が巻かれているが、特別何か処置をされた様子はない。

 

「治療をしたいのは山々なのですが、束様はあなたを処置はしないと仰っていたので私もそれに従わなければなりません。どうか許してください」

 

 許すも何も、助けて貰っただけでも御の字。傭兵が少女のことを咎めるつもりは毛頭ない。

 ここで疑問なのが、何故あの女性が傭兵の命を助けたのか。女性は傭兵に対して良い印象を持ってはいなさそうであった。そんな人物が傭兵のことをただで助けるとは到底思えない。つまり、何かを女性は企んでいる。恩を売って見返りを要求するのかもしれない。

 

「辛いめに合ってきたというのにあなたの心からは憎しみが見られませんね。不思議な方です」

 

 こき使われ、裏切られ、見捨てられ、罵言雑言を浴びせられ、命を狙われてきた。それも一度や二度ではない。常人ならば歪んでもおかしくはないが、傭兵の心は壊れなかった。特にメンタルが強いわけではない。でも歪んだりはしない。少女の言う通り不思議と謎である。傭兵自身もその事はよく解っていない。

 

「あなたには幾つもの可能性が感じられます。抽象的でぼんやりとした感じ何なのかは解りませんが」

 

 人を感じる力に長けている少女であっても傭兵の心は見透かせない。だが、傭兵の中にあるものは感じ録れているようだ。

 

「そういえば自己紹介がまだでしたね。クロエ・クロニクルと申します傭兵様」

 

 傭兵は名前ではなく職業なのだが、『レイヴン』という名を失った名前のない傭兵なのだから傭兵と呼ばれても仕方がないだろう。元々も傭兵のことを皆傭兵としか読んでいなかった。

 

「はいはい。団欒タイムは終わりだよくーちゃん。その男には余り近づかない方がいいよ」

 

 クロエと傭兵の間に割り込むように入ってきた先程の女性。一体いつ部屋に入ってきたのか。扉を開けた気配も音もしなかった。

 二人の間に入り込んだ女性はクロエを傭兵から引き下げる。女性がクロエと接するときの目は生き生きとした明るい感じだが、傭兵に向き直した時の目は去る前と同様の冷たい目だった。

 

「何勝手にくーちゃんと話をしてんの? だれがそんな許可与えたの? え? 拾われた分際で」

 

 酷い罵声の浴びせようだが全く堪えていない傭兵。ただ、興味深そうに女性の変わりように対して目をぱちくりさせている。

 

「なにその態度ふざけてんの? 誰を前にしていると思っているの?」

 

 傭兵がよくよく目を凝らしてみると、女性の顔は何処かで見覚えがある顔だった。目をつむり記憶の糸を辿っていく。そして何かを思い出したように目を急に開ける。

 

「一目で気づけ。つーか、ここまで無反応だとこっちの調子が狂うんだけど? これじゃあ私が一人芝居をしているみたいじゃん」

 

 クロエもそうだが全く喋らない傭兵にひたすら話しかけるのは一人で会話をしている可哀想な人に見えてくる。別にこの二人だけに当てはまることではない。傭兵と接してきた全ての人間にも同じことが言える。

 

「あー、めんどくさいなぁ。めんどくさいからさっさと本題に移るか」

 

 諦めたように溜め息をつく女性。もとい篠ノ之束。

 

「本題だけど、助けてやったんだから私に手を貸せや」

 

 酷い恩の押し売りを垣間見た傭兵。短い人生の中でここまで酷い恩返しの要求は経験したことがない。依頼であってももう少しオブラートに包むもの。だが、逆にここまでストレートだと清々しさを覚える。

 学園からも追放され、委員会からも裏切られた傭兵に行き場はない。傭兵という人種上誰かに必要とされなければならない。だから傭兵は酷い恩返しの要求であっても受けるつもりだ。

 首を縦に振り、篠ノ之束の要求に対してyesの返事を返す。

 

「あんたバカじゃないの? 学習能力がないの? 何も考えずすんなり返事するんじゃないよ」

 

 普通の神経の持ち主ならばここで篠ノ之束と一悶着あるところだが、人とは違う傭兵の場合それは起こり得ない。元来喋ることのない傭兵では不特定多数の誰かと言い争うこともない。意見の不一致、見解の相違からの対立など有り得ない。

 篠ノ之束も流石に傭兵の対応にはその神経を疑っている。通常ならば利害や腹の探りあいから自分が常に有利に進むようにするのだが、傭兵にはそれがない。

 自分で仕事は選んでいるとはいえ、傭兵はまるでブラック企業の社畜のようである。

 

「ここまで愚かだと哀れに映るよ。だからそんな体になってもしまうんだよ」

 

 篠ノ之束が指差すのは傭兵の肉体。包帯が巻かれた箇所からは血が滲み出している。包帯の下はそれまでの戦闘での傷があるのだろう。一番最近出来た傷は3日前の襲撃時のものだろう。

 が、篠ノ之束が指差すのは体の表面上の外傷ではなく、内部のことを指している。

 

「お前まさか気づいていないの? だとしたら救いようがないバカだよ。お前の体の内蔵の至るところは既にボロボロなんだよ。何でか解る? わからないだろうねお前のことだから。ACだよ。お前の商売道具のAC。お前の体の内部はAC操縦時の負荷で傷ついてんだよ」

 

 篠ノ之束に指摘されたことで少し思い当たる節がある傭兵。

 AC操縦時に偉く体に負担が大きく疲れが溜まり易かった。何よりもたまに頭痛がしたり、肺などに痛みを感じていたのだ。

 

「対Gスーツを着ていても全てのGを緩和しきれるわけないじゃん。ISのように操縦者保護システムの無いACなんだからあんな動きし続けたらパイロットの方がおしゃかになるよ」

 

 ある程度ACの整備はしたことがあっても、自分の体のケアはしたことがないのだ。

 

「ACの操縦者は間違いなく短命だね。パイロットなんて付属パーツのように見ているに違いない。その証拠がお前だよ」

 

 と言われても今さらどうするのだと首を傾げる傭兵。どうやら自分の体のことにはあまり関心がないようだ。銃弾を受けたときに苦痛に悶えていた姿から痛みに対して耐性があるわけでも、平気なわけでもないことが解るが、それとこれとに対する傭兵の態度の違いが解らない。ただ、依頼を受けれれば戦えれればそれでいい。そうした考えなのだろう。

 

「ぶっちゃけあんたの体は手遅れ。私でも治せないから。元より治すつもりなんかはないけどね。だからお前は近いうちに死ぬよ確実に」

 

 死を宣告されたというのに傭兵は落ち着いていた。いつかは死ぬ限りある命。生にしがみついているが回避できない死については踏ん切りがついているのかもしれない。

 

「まぁ、傭兵なんてやっている時点で命なんか欲しくないんだろうから然して問題はないだろうね。それに......」

 

 篠ノ之束の口が三日月状に吊り上がり、整った顔である分余計に歪んで見える。

 

「お前はまだ戦える。それはお前自身が一番よくわかっている。そして私はお前が戦えるように治しはしないが、『調整』はしてやる。喜べ名もなき傭兵。お前を戦場に帰してやる」

 

 戦場こそ傭兵の居場所。心休まる場所。

 


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