舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

30 / 34
お久しぶりですオールドタイプです。今一度この作品の補足として数羽投稿をすることを決定しました。

内容としましては敢えて語らなかった日常の場面等の番外編となります。

一人称と下手クソな三人称が混ざっていて読みにくいかもしれません。


IF物語
夢の時間


 ......暑い。兎に角暑い。蒸し暑いなんて生易しいものじゃない。6月下旬の暑さではない。完全に夏並の気温だ。

 そんな俺の気を知らないで燦々と光輝く太陽。季節外れな気温を肌で感じながら俺は織斑達と山道を歩いていた。右脇には折り畳み式のテーブル。左手には食材が詰まったクーラーボックス。服装はパーカーやらインナーやらキャップやらスニーカーやら、よくわからん服装をさせれれている。女共や織斑一夏が言うにはこれが今から行うキャンプとやらには丁度いい服装らしい。仕事着のスーツで行こうとしたら全力で止められ、また服の買い出しに引っ張り回されることになってしまったけどな。

 

 何故キャンプとやらに行くことになったかと言うと、織斑千冬が織斑一夏とその取り巻きとの親睦を深める為に企画したからだ。

 織斑一夏は意気揚々、女共も何故か乗り気だった。俺は特に何も感じてはいなかった。誘われはしたがその場では直ぐに返事は返さず、保留にしていたところ図書館の女が「暇なら行ってくれば? まぁ、私の方から行くと伝えておいたから」と勝手に話を進められていた。

 

 

「どうした? 元気が無さそうだな。目的地はまだ先だぞ。これぐらいでへばってだらしがないな。鍛練不足なんじゃないか? どうだ、私とトレーニングでも積むか? それならば少しはましになるだろ」

 

 逆に聞きたい。何故そんなに元気そうなのだ。この暑さの中で。俺はこの暑さに中々順応出来ない。あっちでは砂漠化していた地域であっても暑くなることはまずなかった。それも、汚染された壌土が大気中に巻き上がっており大気中を慢性的に蔓延していた。それが太陽や、星空、月などを閉ざしていた。どれぐらいの高さまで汚染された大気が覆っていたのか、どれだけの濃度の汚染などかは不明だったが、それらのものから地上を閉ざしてしまう辺り、随分と酷いものだったことだけがこっちに来て解った。

 その理由からあっちは暑さや寒さといった気温の変化がなかった。気温だけではなく、此方では四季と呼ばれている季節の変化もなかった。常に一定の気温。常に一定の天候。汚染された世界に変化はなかった。人間も同じように。

 

「大変だったら俺がレイヴンさんの分の荷物持ちますよ」

 

 そう言いながら前を歩く織斑一夏が俺まで詰め寄り、俺の手の荷物を持とうと催促をしてくる。織斑一夏だけではない。俺の前をメンバー全員が歩いている。俺が列の最後尾でグループから少し溢れるような離れた所を歩いていた。どう考えても俺が足を引っ張っていた。この暑さに山道の傾斜にも関わらず俺を除く全員が平然としていた。IS操縦者として身体の鍛練を積んでいる者とそうでないものの差。

 女共は大荷物等は持っておらず、必要最小限の手荷物だけなのも俺との疲労の差になっているかもしれない。しかし、女相手にそれを言い訳にするのは癪に障る。また、自分よりも年下の相手に情けをかけられるのもプライドに触れる。こうみえても人並みのプライドはある。

 織斑一夏の申し出を振り払い俺は山道をダッシュし列の先頭に出る。無謀な動きをしたせいで疲労困憊になってしまったのは言うまでもない。汗をダラダラと流しながら残りの道中も先頭で進んでいく。

 

「無理しているのがバレバレですわね」

 

「見栄を張りすぎよ」

 

「辛いのなら正直に人を頼れば良いのに......」

 

「気持ちも分からないでもないが」

 

「無理して途中で倒れられた時の方が迷惑だ」

 

 少女五人達は傭兵の突っ走った行動にほとほとに呆れていた。この五人に限らず織斑一夏や織斑千冬、そして同行者でもあり織斑千冬のストッパーを務める山田真耶は傭兵のこれまでの経緯は知っている。傭兵がどんな環境で暮らし、どんな人生を歩んできたのかは承知済み。

 だからこそ彼女達は傭兵を歓迎会と称して今回のキャンプに誘った。学園からそう離れていない本島の山に入るまでの途中に流れる川の下流付近は良くBBQやキャンプのスポットとして利用されている。そこに流れる川は深いところと浅いところもあり、川幅も広く泳ぐことが可能。BBQポイントは市電を降りた田舎町の直ぐ側にあり、そこから徒歩三十分で着く場所である。因みに市電の車窓から見える田舎の風景に傭兵は釘付けにされていた。

 BBQの趣旨は歓迎会たが、本来の目的は戦いしか知らない傭兵に多くの楽しみ方を教える為でもあった。図書館の女性はそのことを予め聞いており、勝手に話を進めていたのもそのためであった。無論傭兵はその事を知らない。

 苦言こそ吐いているが、傭兵以外の全員がこれを機にもっと多くの人生の楽しみ方を傭兵に知ってもらいたいと願っている。その中でもっと人を頼り、人に心を開いて貰いたいことも願っていた。

 学園での傭兵の生活態度から散見されるのは、傭兵は人を頼ろうとせず、全て自分一人で抱え込もうとする傾向があること。どんなことでも自分の考えや気持ちを他人に伝えようとしない。抱え込むことには慣れていて、自分を保っていられることは少女達は素直に称賛している。しかしながらそれだけではダメだというのが全員の共通した認識でもあった。

 

    ◆ ◆ ◆

 

 目的地まで付く頃には傭兵の疲労はピークに達しようとしていた。ここまでの道中では舗装されたアスファルトの道から一転して、途中からは砂利や硬い土で出来自然の道に早変わり。山道に慣れていない傭兵は歩き慣れない道に更に体力が奪われていた。

 ACに乗ること以外余り体を使わない傭兵の体力は一般的な成人男性よりも低かったのだ。傭兵の世界では 運動やスポーツなども存在していないため仕方ないといえば仕方がなかった。

 

 

 まさかここまで自分に体力が無いとは。情けないな。織斑一夏や女共は余りへばっていないのに。これは少し体を鍛える必要があるのかもしれないな。

 俺は目的地に付くと荷物をその場に下ろし両手を後ろに付き座り込む。日光に晒された岩が相当な熱を帯びていてとても熱い。着ている服の至るところが汗により染みが出来ていた。

 長い山道を進んだ先は開けた土地になっており、木々が揺らめく場所からは山鳥の囀ずりが聞こえ、広がる土地には大中小の岩が転がっている。その前方には幅の広い穏やかな流れの川がある。

 今すぐあそこに飛び込みたい衝動に駆られるが、このままの格好で飛び込むと代わりの服がないため今は抑える。後から川で遊ぶことも出来るらしいからそのときに水着とやらに着替えてから飛び込むとしよう。

 

 目的地に着いた傭兵一行は先ずは道具を一ヶ所に集積し、テントの組み立てやBBQに必要な道具の準備を始める。織斑一夏と傭兵の二人が協力して女性陣の寝泊まり用の女性用の大テントを組み立て、その後に男二人用の小テントを組み立てる。その間に女性陣達が昼食のBBQの下準備を進めている。

 時刻は昼の1時前後。昼食するには丁度良い時間帯である。BBQで焼くものは一般的な牛肉、玉ねぎ、カボチャ、人参、ウィンナー、キャベツ等々人数が人数なだけに少し多めの2kgの食材を用意している。直焼きもあれば串に刺して焼くなど食べ方は色々。鉄板も持参しているため焼きそばも焼ける。

 女性陣が火を立て食材を焼く匂いがテントを組み立てる男二人の食欲をそそっていた。テントの組み立ては正直な話織斑一夏がほとんど全て行っていた。どうやらテントの組み立てもお手のものであり、作業をしながら織斑一夏は丁寧に傭兵にテントの組み立て方や索の結び方をレクチャーしている。

 

 美味そうな匂いがする。これがBBQとやらの匂いなのか。嗅いだことのない食べ物の香りだ。あと織斑一夏は意外にも何でも器用にこなすのだな。この組み立て作業もほとんど全て一人でこなしている。作業の一つ一つにも斑がない。俺よりもよっぽど優秀ではないか。

 

 傭兵は織斑一夏の意外な一面に舌を巻いていた。疲れている状態で余り頭も働いていなかったが、傭兵は一つ一つの作業動作をじっと見つめていた。

 

「一夏、レイヴンそろそろ焼けるわよ」

 

「おう、こっちも組み立てが終わったところだ」

 

 織斑一夏も腹を空かせているようで、食材が焼けたと聞き直ぐにテントから5m程離れた場所に設置された折り畳み式テーブルに座った。傭兵は織斑一夏の後をとぼとぼと付け、同じように隣に座った。

 座った二人の前に焼けた牛肉と野菜が紙皿に乗せられ運ばれてくる。割り箸が手渡され紙コップに注がれたジュースも受けとる。

 

「美味そうに焼けているな」

 

 同じように傭兵の前にもジュースと食べ物が置かれる。食べ物を目にした傭兵は疲れが吹っ飛んでいた。そのまま傭兵は割り箸を割り皿に盛られた肉に手を付けようとする。

 

「ちょい待ち! 皆が揃ってから食べなさい」

 

 ところが凰鈴音によって食べることを静止させられた。一通り人数分が焼けて全員がテーブルに揃ったところで食べれるようである。

 

 くそ、まだなのか。こっちは腹が減って死にそうなんだ。早くしてくれ。

 

 傭兵は我慢出来ずその場でそわそわと指と足を動かす。

 

「貧乏揺すりは行儀が悪い」

 

 そんな傭兵の動きをを篠ノ之箒が指摘する。苦手意識がある篠ノ之箒も行儀の悪い傭兵の動作には我慢出来なかったようだ。

 納得がいかずに不貞腐れる傭兵はテーブルに顎を乗せまだかまだかと待ち続ける。

 

「はい、これで全員分が焼けたよ」

 

 シャルロット・デュノアが最後の一人分の食材を焼き終えそれを机まで運ぶ。まってましたと云わんばかりに傭兵は素早く体を起こして割り箸を握った。

 

「まだ最後にやることがあるので少々お待ちください」

 

 これで静止させられたのは二度目。二度目となると恨めしそうに静止した張本人のセシリア・オルコトットをジト目で見つめる。

 

「そんなに慌てなくても食べ物は逃げたりも取られたりもしない。少しは落ち着け」

 

 傭兵とは真逆の落ち着いた態度で傭兵の正面に座るラウラ・ボーデヴィッヒが傭兵を宥める。

 

「遅くなってしまったが、レイヴン。お前の歓迎会を始めようとしよう。今回はお前が主役だ。存分に楽しめ。私たちはお前を歓迎しよう盛大にな。全員コップを持て乾杯!」

 

 良くわからないがこうすればいいのだな。

 

 乾杯の音頭を上げた織斑千冬に続きコップを持った少女達が「乾杯!」と言いながらコップを次々に当てていいきコップの中のジュースを飲み始める。傭兵にはその行動が何を意味しているのか理解できなかったが、見よう見まねでその中に混じる。

 

「もう食べてもいいわよ」

 

 その言葉を待っていた傭兵はジュースを一気に飲み干し、皿に盛られた肉と野菜を口を大きく開け、一口で頬張る。モグモグと数回噛んだだけで傭兵は食べ物を喉に流し込んだ。

 

 ............お代わり。

 

 全然足らないという視線を飛ばす傭兵。

 

「はやっ!」

 

 これには隣に座る織斑一夏もビックリ。昼休みの限られた時間内で食べきらなければならないわけでもないBBQをそんなに急いで食べる必要など何処にもないからだ。

 

「そ、そんなに急がなくても時間は沢山ありますし、食べ物もまだまだ沢山ありますから」

 

 苦笑しながら山田真耶が追加の肉と野菜を焼き始める。その横を皿を持った傭兵が立つ。

 

「もっとゆっくりと食べなさいよ?!」

 

 傭兵には食べ物をゆっくりと食べるような習慣が無い。悠長に食べる隙が無かったのもあるが、うかうかしていたら食料を狙った略奪者に食料を奪われる危険に何度も見舞われていたからだ。だからこそ食べ物は食べれる時に急いで食べるようになってしまったのであった。

 

「何度も言うがここはお前のいた世界とは違う。誰もお前の食べ物を取ったりしない」

 

 未だに抜けきれない自分の世界での癖。傭兵の世界ではそれが常識だったのかもしれないが、この世界ではそれが非常識になることも多々ある。今回は非常識とまではいかないが、事情を知らない人間からすれば年齢に見合わない落ち着きのない人間だと捉えられてしまう。

 学園にいる間はまだ良い。しかし、一度外に出て外で暮らしていくとなればそれが傭兵という人物だと勝手な人物像を立てられてしまい傭兵が苦労してしまう。こうして出会った縁から傭兵のそういったところを矯正しようとしている。

 

「まぁ、いいじゃないか。男ならそれぐらいが丁度良いだろう」

 

 ここで早くも裏切り者が出現。それは缶ビールを片手に普段の姿からでは想像できないようなだらしのない姿を取っている織斑千冬であった。折り畳み式テーブルのプラスチックの椅子に片足を上げた状態で缶ビールを飲み干していく織斑千冬に凛々しさなど何処にもなかった。

 

「ちょっと、織斑先生だらしなさすぎますよ! 女の人がそんな格好で況してや外で」

 

「うるさいぞデュノア。私だって羽目を外したい時があるんだ」

 

 いつぞや見たあの時の織斑千冬がまた出てくるのか。これはめんどくさいことになりそうだ。

 

 織斑千冬の意外な一面と豹変ぶりに戸惑う一同。織斑一夏が「やっぱりこうなったか」と肩を落とす傍らで、以前に酒飲みに連れ回され絡まれた時の厄介さを思い出していた傭兵。今回は山田真耶は豹変していないのが責めての救いだった。

 

「お前はやりたいようにやればいいさ。もっと自分をさらけ出せばな」

 

 昼間というのにも関わらず酒を飲む織斑千冬の言葉に説得力を微塵も感じていない少女達だが、傭兵だけは酔った勢いで言っているわけではなく、真剣に「心を開け」と聞こえていた。

 

 もしかしたら何時かはコイツらにも心を開く時が来るのかもしれないな。

 

 食材が焼けるのを待つ傍らで傭兵はそう思い馳せていた。まだ、少女達に心を開くことに抵抗がある傭兵。もし、今後も少女達と友好を深めれば傭兵は何かしらのアクションを自分から取るかもしれない。

 

 だけど今はまだ無理だな。

 

「ごめんなさいデュノアさん。私が織斑先生の相手をしますから代わりに焼いておいて下さい」

 

 こうなることを予見してストッパー役を買って出ていた山田真耶はいち早く織斑千冬の酒飲みに付き合うことにした。

 

「一夏、織斑先生って実はこっちが素なの?」

 

「正直に言うとな」

 

「一夏さんも苦労してますのね」

 

 こんなのと四六時中一緒に暮らしていた織斑一夏の苦労は計りかねない。ロザリィやフラン達とはまた違った厄介さだからな。

 

 また少し昔を思い出し、かつての仲間達と今の状況を照らし合わせる傭兵。立場も視点も全く別になってしまったが、集まるのはいつも一癖も二癖もあるような者達ばかりの傭兵。そして面倒ごとに必ずといって良いほど巻き込まれる。

 

「あっ、焼けましたよ......って、お肉ばかりとってはダメですよ。もっとバランスよく野菜も取らないと」

 

 そんなことを考えていた傭兵も焼けた食材を目にした途端頭を切り替え食べることだけを考え出した。そして野菜ではなく肉を大量に取っていたところを注意されることになった。

 

「人参や椎茸やカボチャもピーマンも取らないと」

 

 肉を戻され代わりに野菜を入れられていく。野菜が嫌いなわけではなかったが、やはり肉の方が好みの傭兵。

 

「口の周りにもタレがついていますわよ」

 

 タレを大量に付け形振り構わず食べているせいで傭兵の口の周りは汚れていた。それこそ幼い稚児が口の周りを汚すように。

 

「紳士なのですからもっとそういった面にも気を配ってくださいまし」

 

 いちいちそんなことに気を配らないといけないのか。めんどうだな。

 

 あからさまにめんどくさそうに顔をしかめる傭兵。

 

「人前でそんなあからさまな表情を出してはダメですわよ」

 

「顔に出やすいのも直さないとな。ポーカーフェイスを意識しろ意識」

 

 思ったことを口に出さない代わりに表情に出る傭兵。そのお陰で傭兵がどういった感情を抱いているのかも受け手は理解できる。現状ではそうして傭兵は周囲とコミュニケーションを取っているのであった。

 次々と焼かれる食材を休む間もなく口に運んでいく傭兵。その度に何かしらの注意を受ける傭兵。最早お約束と化していた。しかし、その中で確実に変わっていくのまた事実であった。

 

    ◆ ◆ ◆

 

「まさか、ほとんど一人で食べきるなんて......」

 

 女性陣は胃袋が男性陣よりも小さく、初めから食材のほとんどを食べきるつもりもなく、織斑一夏と傭兵の二人に任せる気であった。大人の二人は酒で潰れてしまうから必然的にその二人になってしまうのだ。

 それでもあの量の食材を食べればそれなりに胃に堪えるはずだった。実際に織斑一夏は少し辛そうである。ところが傭兵はけろっとしていて少しも堪えていない。

 

「よくよく考えたらセシリアの料理も食べれる鉄の胃袋だった」

 

 再度傭兵の胃袋の強さを再認識した一同。

 

「物凄く失礼に聞こえたのですが......」

 

 自分の料理を侮辱されたような感覚のセシリアを無視して一同は片付けの準備を始める。

 

「ちゃっちゃと片付けないと川で遊べないからな」

 

 何気に川で遊ぶことを楽しみにしているラウラ・ボーデヴィッヒ。傭兵同様にラウラ・ボーデヴィッヒも川を越える訓練は積んでいるが、川で遊んだことはなかったために楽しみであるのだ。

 

「片付けは俺がしておくから箒達は先に着替えてこいよ」

 

「そうか、ならお言葉に甘えさせてもらおう」

 

「一夏......覗いちゃダメだよ」

 

「覗くわけねぇじゃん」

 

 即答で返す織斑一夏に少しガッカリする少女達。覗かれたいわけではないが、そこまで即答で返されることに少しショックを受けていたのだ。そこはもう少し戸惑ったり意識したりして欲しかったのかもしれない。

 だが、織斑一夏にそんな様子はない。直ぐ近くの目と鼻の先で女性が着替えるという行為の意味を理解していないのだ。それは傭兵も同様であった。織斑一夏と同じように微塵も興味を抱いていないようだ。

 

「男性として教育する必要がお二人にはあるようですわね」

 

「鈍感と無知......手強いわね」

 

「嫁ならばもっと積極的にならなければならないのにな」

 

「それが良いところでもあるんだけどね」

 

「治る気がしないけどな」

 

 不思議そうに顔をキョトンとする二人。自覚のない天然のジゴロの織斑一夏は罪深い。傭兵はそういったことに少しも興味を抱いていない時点で問題あり。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「着替えてきたわよ」

 

 出てきた女性陣はそれぞれの新調した水着を二人に披露した。右から順番にセシリアオルコットは深い青色のビキニ。凰鈴音は淡いピンク色のワンピースの水着。篠ノ之箒は純白のビキニ。シャルロット・デュノアは黄色のレースビキニ。ラウラ・ボーデヴィッヒは何故か学園指定のスクール水着。

 学園指定以外のプライバシーの水着姿を初めて見た織斑一夏は少しその姿に見とれていたが、直ぐに我に返り、全員に「似合ってるな」と一言だけ言った。一言だけだったのに少し不満があった少女達は「それだけ!?」と織斑一夏に詰め寄った。そしてその矛先はいつの間にか傭兵にも向いていた。

 

「あんたもあんたよ何か言いなさいよ」

 

「女性の水着姿に何も言及しないのは頂けませんわ」

 

「男としてあるまじき行為だぞ」

 

「女の子に失礼なんだよ」

 

「無知もここまでいくと新鮮だな」

 

 何を言っているんだコイツらは? わからん......コイツらが何を伝えたいのか分からん。所詮は只の水着なのに。

 

 まだまだ傭兵には理解しがたいジャンルである。

 

「これで一つまた覚えたわね。尤も喋らないとこから矯正しないと先に進まないけど」

 

「取り敢えず今度は俺達が着替えてくるよ」

 

 着替えの為にテントの中に入る二人。着替えといっても予め海パンはズボンの下から穿いていたため、脱ぐだけで着替えは完了するのであった。脱いだズボンを自分の鞄の中に詰め、二人は外に出る。外に出ると少女達は既に川の中にいた。

 

「先に入らせてもらったから」

 

「ズルいぞ。俺達も行きましょう」

 

 ゴーグルを付け川に向かってサンダルを履いたまま走っていく織斑一夏。時刻はまだ3時。日差しも多少は弱くなったが暑いことに変わりはなく、冷たい川に入るには丁度良い暑さとなっている。

 傭兵も人生初の川遊びに織斑一夏同様に川に向かって走っていったのだったが。

 

 冷たっ! なんだこれは! 幾らなんでも冷た過ぎだろ!

 

 川の水が冷たいことは話で聞いていた傭兵だったが、実物を触れて話以上の冷たさを感じた傭兵は爪先が水に触れただけで飛び上がってしまった。慣れれば外気温に合った水温なのだが、初っぱなの滑り出しを転けてしまった傭兵。余りの冷たさに全身を浸けることに抵抗が生まれてしまった。

 

「何をしている。お前も早くいけ」

 

 たじろぐ傭兵を後ろから押す織斑千冬。予期せぬ押し出しで心の準備が出来ていない時に体の前面から川の中に沈めてしまった傭兵。

 

 寒っ! あの女ぁ......

 

 心の中で叫び声を上げ水中から顔を出した傭兵は織斑千冬を睨む。

 

「そう怖い顔をするな。私は後押しをしてやったまでだ」

 

 若干顔が赤い織斑千冬。ごみ袋の中には織斑千冬が飲み干したであろう缶ビールの空き缶が積み上げられていた。この短時間でぱっと見5缶以上の缶ビールを飲み干した織斑千冬。

 

「だ、だだ大丈夫ですかレイヴンさん」

 

 後ろからのそのそと駆け寄る山田真耶。山田真耶も水着に着替えており、自分の髪の色と同じ緑色のビキニ姿である。

 

「さて、私も酔い覚ましに一泳ぎするか」

 

 完全に酔っているのかいきなり服を脱ぎ始める織斑千冬。どうやら下着で泳ごうとしているようである。

 

「千冬姉流石にそれは不味い」

 

 川の中心までいた織斑一夏が猛スピードで川から上がり織斑千冬をテントまで連れていく。とんだ茶番劇を見せられた傭兵は途端に織斑千冬のことがどうでもよくなっていた。

 

「レイヴンさんもこっちに来たらどうですか?」

 

 少女達が傭兵に向かって手を振る。傭兵は手を振る少女達の方向に向かって歩き出した。

 

「千冬姉もっと周りの目を気にしてくれ」

 

「善処する」

 

 織斑千冬を水着に着替えさせた織斑一夏が共に川に戻ってくる。織斑千冬の水着は黒のビキニ。当然だが着替えの際織斑一夏は外で待機していた。中で着替えの手伝いはしていない。姉弟とはいえそこは切り分けている。一難去ってまた一難。川に戻ってきた織斑一夏の目には信じられない光景が映り込んでいた。

 

「レイヴンさんが水没している!?」

 

 ブクブクと気泡が水中から上がっており、潜っているのだと思っていた一同だったが、気泡が途絶え、一向に上がってくる気配がしない傭兵に全員が一斉に動き出し、陸地にいた織斑一夏と織斑千冬、山田真耶の三人は川に飛び込んだ。これには酔っていた織斑千冬も一瞬で血の気が引いていた。

 水中で目を開けながら沈んでいた傭兵を全員で陸地に引き上げる。引き上げられた傭兵は上半身を起こし。周囲を見回す。

 

「お前......泳げなかったのか」

 

 生まれてこの方泳いだことたなど一度も無かった傭兵が沈んでいくのは必須であった。本来なら溺れる人間はもがいて沈んでいくのだが、傭兵は綺麗に水没していっていた。入水自殺するように。

 よくよく考えてみれば傭兵の世界で泳げるような水辺などあるはずもなく、泳げなくて当然だったのだがそれを全員が見落としていたのだ。危うく溺死させるところであった。

 

「泳ぎ方も教えないといけませんね」

 

 それから傭兵は山田真耶や他の者達から交代で泳ぎ方の指南を受けることになった。一時間もしない内に何とか溺れないところまで泳げるようにはなった傭兵だが、長時間は泳げないため、念のために持ってきていた浮き輪を傭兵に渡し、範囲も足の付く範囲に絞った。

 その後は水を掛け合ったり織斑一夏が岩場から飛び降りたりと気のむくまま川で遊び尽くした一同。

 

「そうだ折角だから『記念写真』でも撮りましょう。こんなこともあろうかとカメラと三脚は持ってきていましたから」

 

 山田真耶の提案により水着から着替え終え、ある程度髪が乾いた段階で『記念写真』を撮ることになった一同。

 

「皆さん全体的に中央に寄ってください。そうです。はい、その位置でお願いします」

 

 カメラのタイマーをセットした山田真耶も輪の中に加わる。フラッシュが光ると同時にシャッターがきられ写真は無事に撮れた。撮れた写真は直ぐにカメラから排出され、ブレなども何もなかった。

 

 そして日は傾いていき、長閑な田舎に夜が訪れてきた。日が傾き出したところで一同は川遊びを終え夕食の準備に取りかかっていた。

 昼はテントの作業をしていた傭兵も夜は夕食の準備に積極的参加している。

 

「そこはこうやってきるんだ。そうだ、その調子だ」

 

 包丁の使い方から野菜の切り方等を傭兵は作業をこなしながら順調に覚えていっていた。一泊二日の軽いキャンプの夕食はカレー。キャンプと言ったらカレー。昼に使った炭の残りを使って、材料は茄子やトマトやアスパラガスといった野菜をメインとした野菜カレー。織斑一夏と傭兵は今回は補助的な立ち位置で調理作業に加わっていた。これは女性陣からの要望で、調理は任せてほしいと言われていたからである。

 野菜を切るだけではなく、切った野菜を悼めたり、米を磨ぐのを手伝っとりとこの一日で傭兵は今まで経験のしたことのない経験を積むこととなった。

 

「お米は少しずつ水を切ってまた磨ぐんですよ」

 

「悼めるときは焦げないように鍋全体で野菜を悼めるのよ」

 

「水は慣れない内はちゃんと量りながら加えていくのです」

 

「テーブルのセットはこのように見映えよくするのですわ」

 

 知らないことだらけだ。こんなことがまだまだ沢山あるのか。

 

 確実に傭兵の中で何かが変わっていっていた。その変化はとても小さく微弱な変化なのかもしれないが、塵も積もれば山となるように、これらの小さな変化が傭兵の今後を左右をしていくことになる。しかしそれはまだ先の話。

 

「そろそろですわね」

 

 カレールーを加えて煮込むこと一時間。いい具合に鍋も沸騰し、鍋から沸き上がる湯気に混じったカレーのスパイスの効いた香りがその出来映えを物語っていた。

 鍋を開けると予想通り綺麗にカレーは出来上がっていた。水水しくドロドロとしてなく、具材も溶けていない綺麗に形を保った状態。ステンレスの皿に米をよそいお玉でカレー皿にかけていく。

 すっかりと夜も更け、月明かりと星空によって一定の明るさが保たれている。時期的にも少し早いキャンプであるため、傭兵達の他に誰もいない。雲一つない晴天時の月はくっきりと良く見え、田舎町での星空は学園で見る星空とは少し違ったように見える傭兵であった。更に河川を流れる水の音が聞こえる程の静寂な空間に傭兵は心安らいでいた。

 

 肌で感じ味覚で味わい、何者にも邪魔をされないこの緩やかに流れる時の流れを静寂な空間の中で堪能しつつ傭兵は瞼を閉じていく。そしたそのまま安らかな眠りについた。

 

「寝てしまいましたねレイヴンさん」

 

「初めてのことだらけで体も動かしたから疲れたんですわねきっと」

 

「まるで子供みたいだな」

 

「こんな寝顔をするのか」

 

「こんな寝顔を僕達に見せるってことは少しは僕達に心を開いている証拠かな?」

 

「そうだ。レイヴンは子供そのものだ。何も知らない子供のまま成長してしまった。成長せざる終えない環境の元で暮らしてきたんだ。こんな時ぐらいゆっくりさせてやるさ」

 

 食べ終わったカレーの皿を片付けながら机の上で静かに寝息を立てながら眠る傭兵の顔を覗く一同。ISもACも戦闘も傭兵としての傭兵も何もない安らかな時間。全てを忘れられ解放されたこの空間で眠る傭兵の顔はぶっきらぼうではなく穏やかな優しい顔になっている。

 

「俺テントまでレイヴンさんを運ぶよ」

 

 傭兵をおぶる織斑一夏は自身の背中の上で眠りにつく傭兵の体が本当に小さく思えていた。それこそ幼子を背負っているかのように。

 

「またいつか来ましょう」

 

 眠る傭兵に対してそう告げる織斑一夏。織斑一夏だけではなく、キャンプに来た全員がもう一度このメンバーでこの場所にキャンプに来ようと願掛けをしていることを傭兵は知らない。

 そして一同が座っていたテーブルの上には昼間に撮った記念写真が置かれていた。写真の中の『織斑一夏の隣立つ』のは、ぎこちない笑顔を振りかざす傭兵であった。




こんな感じのことが傭兵が学園を去る前にあったことです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。