舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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その2羽

 小鳥の囀ずりで目を覚まし、体を起こした時に窓から差す太陽の光を両手を大きく広げながら浴びる穏やかな朝......ではなかった。

 

「やべぇっ! このままじゃ遅刻だ!」

 

 現実はそんなロマンチックにいかない。ロマンチストでいようとすれば全て空回りしてしまう。

 俺の朝は小うるさい目覚まし時計を乱暴に止めるところから始まった。この時点で生活習慣の悪さが露見してしまっている。しかも目覚まし時計が示している時刻は出勤時間にギリギリ間に合うか瀬戸際の時間だった。

 重い瞼も一気につり上がり、血の気が引いていく。目覚めとしてはこの上ない最悪な目覚めを迎えた。

 

「くそぉ、今日は大事な日だってのに......これじゃあ学生時代と何も変わらない!」

 

 急いでベットから飛び上がり、タンクトップとトランクス姿の上から急いでアイロンのかかった整備された綺麗なYシャツを着る。ネクタイと寝癖を鏡を確認しながら直していく。出勤用のスーツを脇に挟み準備を整えていく。

 諸々の準備をしていく間に朝食の準備も同時進行でこなしていく。流石に朝食を採らずに出勤するわけにもいかない。何かしらの軽い物だけでも喉に通さないと仕事が儘ならない。

 トースターから焼き上がった食パンが出てきた。すぐに食パンを取りだしバターを塗って、牛乳と一緒に喉に流し込んでいく。

 

 ここから分かるように俺は一人暮らしをしている。必死に勉強し、学園を卒業した後は就職に就き給料を貰いマンションを借りる社会人となった。

 3LDKの一人暮らしには少し広く感じるが、『アメリカ』なら普通なのかな? まだ住み始めて一年も経っていない。

 とうの昔に学生は終えたのに今日みたいにたまに学生気分で目が覚めてしまうことがある。社会人として相応しくないことだと自覚しながら中々抜けない。

 俺が日本を離れアメリカに住んでいるのは俺の就職に関係している。

 

「歯磨き、寝癖、着こなし良し!」

 

 車を飛ばせばなんとか間に合う時間に準備を終えることができた。戸締まりを確認し、部屋を出ようとした俺の目に写真立てに納められていた一枚の写真が目に入った。

 ふと、写真立てを手に取り写真を見る。いつ見てもいつ撮ったか思い出せない写真。皆と一緒に写っている写真だが、写っている皆に聞いても覚えてないとしか返ってこない。何よりも、俺の隣に掛かっている白い靄。人の形をしている靄であることから誰かが俺の隣に写っていたのかもしれないが誰なのか思い出せない。

 気味が悪くて処分も考えたが結局処分せずに今日まで残っている。

 

「こんなことしてる場合じゃなかった」

 

 写真立てを倒し部屋を出て車に乗り込み、そのまま真っ直ぐに職場である『NASA航空宇宙局』ではなく『ケネディ宇宙センター』へ向かう。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 俺はケネディ宇宙センターがあるケープ・カナベルのハイウェイで車を走らせながら昔のことを思い出していた。

 

 バカばかりやっていた学生生活。若さゆえなのか、あの頃は血の気も多くて何でもやってやろうと躍起にがむしゃらになっていた。

 バカばかりやっては千冬姉に怒られて、束さんや亡国の色んな企み事件に巻き込まれ、皆と一緒に苦労しながらも楽しい学園生活を送っていた。

 学年が上がり卒業が近くなるとバカばかりやっていられなくなり、皆真面目に自分の進路について悩んでいた。俺はISに対して当時はそこまで思い入れがあるわけじゃなかったから進路についても真面目に考えていなかった。

 ある時俺は引き寄せられるように宇宙に魅了さていた。そこから宇宙飛行士になるために必死に努力した。宇宙飛行士には一握りの人しかなれない狭き門。遅すぎる努力では叶わないと心の何処かで思ったが諦めなかった。

 そして奇跡的に俺は晴れて宇宙飛行士になることが出来た。と、言っても俺の努力のお陰だけではない。俺が世界初の男性操縦者だったことも加味されていたのだ。結果的に宇宙飛行士になることが出来たから俺は気にしなかったけど、真面目に宇宙飛行士を目指している人には、特典待遇で合格したことを申し訳なく思っている。

 元々ISは宇宙開発の為に束さんが発明したもの。それが迂曲曲折あって兵器として発展した。だけどある時にISを本格的に宇宙開発に導入する試みが起きていた。

 俺が合格出来たのも丁度タイミングが良かったからだと言える。

 皆の進路が決まり卒業前になると皆が別れを惜しんだ。永遠に会えなくなるわけじゃないけど、会うことが難しくなってくる。皆が揃う機会も恐らくほとんどない。

 だから最後は湿っぽく終わるのではなく、始めの頃のようにバカ騒ぎじゃないけど笑顔で最後の時まで過ごすことにした。

 卒業の少し前には卒業旅行を企画してて皆で旅行にも出た。その時も例なく災難に見舞われたけど、こんな災難も最後になるのだと思っていたら気にはならなかった。

 卒業後は皆それぞれの進路に歩むため、母国に帰っていた。

 

 セシリアは無事に家を建て直し、また誇り高い貴族の一人としてイギリスの代表まで上り詰めモンドグロッソ世界大会にも出場。惜しくも二回戦で敗れてしまった。俺はテレビでその勇姿を見ていた。

 その後は代表の座を後輩に譲り、本人はイギリスで始めた営業コンサルタントとしてバリバリのキャリアウーマンとなっている。聞いた話だとセシリアは鉄道から何から何までの事業のコンサルタントをしているらしい。料理は相変わらずのこととも聞いている。

 

 鈴は中国に戻った後は代表を辞退し、甲龍を政府に返納。普通の生活に戻る道を選んだ。戻った後はおばさんの店を手伝うことにし、離婚したおじさんとおばさんが寄を戻したこともあって、家族三人で中華料理店を続けている。

 

 シャルロットは親父さんと本社の元に自分から戻っていくことを選んだ。縁を切ったことと本妻の人とのいざこざもあるけど操縦者の一人として会社に貢献し、親父さんと会社を支えている。

 

 ラウラは軍を除隊した。所属していた部隊の長はクラリッサさんが務めている。除隊後ラウラは千冬姉に影響されたのかIS学園の教師になった。学園では人気の教師になっているらしい。たまにクラリッサさんが押し掛けてきてるとかないとか。

 

 簪は倉持技研の技術者として働く整備士の道を選んだ。日本の代表や自衛隊、企業のISの整備を任させる程の日本を代表する整備士となっている。

 

 刀奈さんは今現在国連大使として世界中を飛び回っている。日本に立ち寄った際はエネルギーチャージとして簪に抱きつくのが当たり前。どうやらシスコン度が上昇している。元々裏方のことをこなしていたらしく、国連大使となって外交に励む傍らで亡国機業のことも調査している。

 

 亡国機業は世界を又にかけて暗躍を続けている。その秘密に包まれたベールは未だに明かされてはいない。

 

 山田先生は教師から校長に就任。若すぎる校長と天然な性格もあって内外から人気上昇中。

 

 千冬姉は前理事長から直々に理事長就任を頼まれこれを承諾。真の支配者として学園に君臨。......えっ? 言い過ぎ? 平気平気。

 

 そして箒は日本の代表。紅椿は封印し、新型の日本標準機の打鉄参式を纏いモンドグロッソでは、セシリアや他の代表を抑え優勝した。日本の代表としての顔もあるが、篠ノ之道場の継承者として門下生と鍛練に励んでいる。箒の大和撫子な見た目とモンドグロッソの活躍に感化された門下生が男女問わずに増えているとのこと。邪な考えをもつ門下生の性根を叩き直そうとするが、それが逆効果。更に魅了されて苦労しているとのこと。

 

 お騒がせ者の束さんはというと、またもや世界を騒がせていた。国連がPKOや災害派遣で運用されるEOSと呼ばれるパーワードスーツがある。ISと比べればその性能には雲泥の差があるEOS。エネルギー消耗が激しく、パワーアシストも大して得られない。機動性も低く重量もとてつもない。役に立たない。それがEOSへの世間の認識であった。

 しかし、束さんは何を思ったのかEOSを独自に改良しISにも劣らない性能まで進化させ、それを発表した。

 ISと違いコアを必要とせず、複雑な機構と技術もいらない。PICなどが搭載されていないため空中能力はないが、機動性とパワーアシストはISと同等。飛べないISといったところ。

 しかもEOSは性別を問わない。これが意味するのは女尊男婢で追いやられていた男性にもう一度活躍の場が訪れたのだ。勿論IS主義者達が黙ってはいない。女尊男婢が薄れることに猛反発していてる。今世論は二手に別れている。元に戻るか女尊男婢のままか。

 EOSが進化したことで懲りずに兵器としての転用がまた検討されている。今後世界がどう転ぶのかは予想がつかない。ありとあらゆる意味でこの世界は変革を迎えようとしている。それを作ったのもまた一人の人物。

 

 その中で他の皆も苦労しながら頑張っている。

 

 定期的に連絡は取ることがあるが会うことはほとんどない。皆離れ離れになって簡単に会える距離ではないからだ。

 それでも俺と皆が仲間だったことにかわりはない。どれだけ離れていても何処かで繋がっている。

 

 そんなことを考えている内に目的地に到着した。ゲートで身分証を提示しゲートの奥へと進む。身分証のNASAのマークをかざすときは未だに心が震えて浮き足だっているのは内緒だ。

 

「おはよう織斑」

 

「おはようございます」

 

 車を駐車し施設内を歩いていると気軽に挨拶をされる。本部に来た当初は特典持ちのラッキー野郎と白い目で見られていないか不安だったけど、そんな人は誰もおらず一人の仲間として向かい入れてくれた。

 

「頑張れよ織斑。一大プロジェクトだ期待してるぜ」

 

「緊張が止まりませんよ」

 

 ロッカーでISスーツに着替えた俺は準備を始める。緊張が止まらない。こらから宇宙に上がる興奮と不安からくる緊張。

 今日午後からIS操縦者と数名の宇宙飛行士を乗せたシャトルが打ち上げられる。打ち上げられたクルーは宇宙に3ヶ月間滞在する。比較的短い部類だが、今回の打ち上げには今後の人類の宇宙開発のためな基盤となり得るかもしれない一大プロジェクトだ。それに俺が操縦者として選ばれたのだ。

 宇宙での有人飛行は何度も行われている。しかし、今回は宇宙空間でのISを用いた活動。これが成功すれば宇宙開発は飛躍的に前進し、宇宙探査も進むかもしれないのだ。

 プロジェクトに選ばれたとき何度も聞き返しては眠れない日が続いた。そして今日運命の日を迎えた。

 

『ご覧ください。あのシャトルが今プロジェクトのクルーを運ぶシャトルです。そして今そのプロジェクトに選ばれしクルーが姿を現しました。その中にはあの男性操縦者の織斑一夏の姿があります』

 

 フェンスの外には大勢のマスコミが押しかけてきている。世界中でも今回のプロジェクトは注目されている。

 

『打ち上げ5秒前』

 

「ガチガチだな織斑。安心しろ俺達が無事にお前を運んでやるからよ」

 

『4秒前』

 

「リラックス、リラックス。それじゃあ打ち上げと同時に気絶しちまうぜ」

 

『3秒前』

 

「慣れないかもしれないが体を楽にして身をシャトルに預けろ」

 

『2秒前』

 

「大きな一歩だぜ」

 

『1秒前』

 

「歴史に名を刻もう」

 

『Go』

 

 噴射されるロケットエンジン。爆音がシャトル内にもこだまし、大きな揺れとGを全身で体感。訓練は何度も受けてきたけど実物と訓練では比べ物にならない。訓練でも実物と想定して臨んでいるが、今のこの感覚は実際にならなければ到底想像がつかない。

 遠く離れていく地上。成層圏、大気圏を突破しものの数分で宇宙に飛び出したシャトル。窓から見える地球と初めて見る宇宙の景色に興奮が止まらなかった。

 

「織斑、早速任務開始だ」

 

「り、了解」

 

 専用IS『白式MkⅡ』を展開。ハッチの前まで移動する。

 

 MkⅡなんて付いているが基本的に白式と大差はない。敢えて言うならば、白式の欠点でもあった燃費の悪さを改善したことと、『武装の撤廃』だな。

 この白式には武器が搭載されていない。それは白式を完全に宇宙開発の為のISにシフトチェンジしたからだ。零落白夜も雪羅も何もない。武器がオミットされたことで動きやすくはなっている。

 あとは増設された二枚のウイングスラスター。まるで鳥の羽のようなスラスターは二次形態になった白式のスラスターを再設計したもの。飛ぶときは鳥が羽ばたくような動きをし、エネルギーの余波で白い羽のようなものが落下するちょっとした遊び心もある。

 

「白式行きます」

 

 勢いよく飛び出した白式の羽を羽ばたかせ、その場で安定姿勢をとる。ISのPICを介さなくても漂うことのできる宇宙空間に少し身を委ねてみる。なんとも不思議に満ちた感覚だ。

 そして、何処か懐かしさがある。初めての宇宙空間なのに、以前にも宇宙での活動をしたことのあるような気がする。

 

『織斑、シャトルに何かが接近してきている。デブリかもしれないが一応確認してきてくれ』

 

 仲間から連絡が入り直ぐ様ハイパーセンサーでシャトル周辺を探知する。すると、シャトルの前方数百メートルから確かに何かが近づいてきているのを確認した。ハイパーセンサーで注意深く見ても良かったが、何故か考えるよりも先に体が動いた。

 ハイパーセンサーを通して確認した物体。何かは解らないけど、いても立ってもいられなかった。『頭のようなモノと胴体だけの謎のロボットのようなモノ』をこの目で確認せずにはいられなかった。

 

 初めてのはずなのに体が宇宙空間でのISの操縦の仕方を知っている。流れるように謎の物体に接近を果たした俺は両手で胴体と頭部だけでISサイズのモノを受け止めた。

 

 謎の物体に取り付けられている『黒い鳥』をモチーフにしたようなエンブレム。ボロボロの機体の胸は開かれており、中はコックピットのようであった。だけど中には誰もいない。誰かがいた痕跡があるけど。

 

「お帰りなさい」

 

 無意識の内に俺はそう呟いていた。

 

 

 

                  ~Fin~




ここまで本当にありがとうございました。

この作品の捕捉などは気が向いたら次話として投稿します。

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