舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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0羽 立つ鳥跡を濁さず

 

「どうして俺達が戦わなければいけないのですか?!」

 

「過ちを繰り返そうとしているのはお前ではないのか?」

 

「『全ては理想のため......復活のため......』」

 

 黒を基調とした単一カラーの黒いAC。傭兵の乗機であり、過去幾度なく死線を共に潜り抜けてきた相棒でもある。

 しかしながら、形あるものはいつかは朽ちる。どれだけ精巧に造られた精密機械であれ、強力な兵器であれ。時間と共に風化し、また誰の手からも施されなければ劣化していく。

 ACとて例外ではない。先のゾディアック達がそうであったように、傭兵のACもまた限界を迎えようとしていた。

 軋む骨格と間接。機体を支える為の内部パーツの幾つかは既に既存のACのモノではなく、ISの代用品が用いられていた。だが、ACとISは何から何まで根本的に違う。AC用のパーツでないため、AC本来の性能には及ばずAC本来の動きをしようとすればパーツの方がもたなくなる。

 傭兵は自身の経験からACを巧みに操縦している。パーツが代用品であるにも関わらず、AC本来の性能に劣るにも関わらず本家と遜色のない動きを再現している。

 とは言いつつも、代用品がAC本来の動きに耐えれる訳ではない。一時的な応急措置。カンフル注射による無駄な延命。直にボロが出る。

 何も朽ちていくのは人工物だけではない。生命そのものもやがて朽ちていく。寿命や病、個人差はあれど永遠の命が存在しない生命体『人間』であれば誰しもが迎える結末。傭兵とてその運命からは逃れられない。

 イレギュラーと言えど人間。傷病には負けてしまう。強ければ強いほど苦しむ時間が延びるだけである。

 

 ACのコックピット内に撒き散らされる赤い鮮血。ヘルメットの隙間から露出されている口や鼻からは傭兵の血液が滴っている。滴る血液は喉から腹部、腕部へと伝っている。

 操縦捍を握る傭兵の手に付けられている黒い手袋に血液が染み込んでいる。ぬめぬめとした肌触りの血液が徐々に乾燥し凝固していくのを肌で感じとってもいる。

 腹部へ伝った血液は下半身まで下り、傭兵を固定するシートの金具から垂れる血液が血溜まりを形成。大量の血液が蒸発し気体となり、血液特有の臭いがコックピットに充満。むせ返るような臭いを放っている。

 大量の血を流し続ける傭兵の視界が白くぼやけてくる。鉄分も不足し貧血にも見舞われる。喉から沸き上がる血液によって呼吸もしづらい。

 それでも傭兵は操縦捍を握る手を緩めない。ぼやけてくる視界の限られた視野の中で必死に目を凝らす。貧血で思考が儘ならないのを無理矢理戦闘に集中させる。

 それが傭兵に出来る唯一のこと。この場に来てくれた者達に対する感謝の表れ。傭兵にとってこれが最後の戦い。だからこそ途中で倒れるわけにいかない。

 

 傭兵は決めていた。倒れるのは戦いの中でのみ。死ぬのは戦いの中でのみ。肉体が限界だろうが何であろうが関係は無かった。

 

「『............俺が生きた証を......"レイヴン"として生きた証を最後に示させてくれ』」

 

 黒いACの右腕に装備されている武器の一つの、『規格外の砲』から高速で発射された核弾頭が衛星砲内部の隔壁に巨大な穴を開ける。

 穴から漏れる酸素と衛星砲内部の部品。その中には衛星砲の機能を停止させる装置もあった。宇宙に排出された機能停止のための装置が宇宙空間を漂う。

 織斑一夏、千冬の両名は穴から宇宙に排出されないようにISで堪え、排気に逆らう。

 

「核弾頭だと......? 無茶苦茶なことを......」

 

 発射された小型核弾頭に動じる織斑千冬。巨大な衛星砲内部とはいえ、地上とは隔絶された室内における限られた空間。狭くはないが、広大な地上と宇宙空間ではない施設の一室に過ぎない。室内で小型核弾頭を使用する傭兵の神経を疑いたくもなるだろう。

 

 

 衛星砲内部には衛星砲を整備するための専用の搬入口が存在する。その搬入口から小型無人機が次々と姿を見せていく。空いていた穴が小型無人機によって塞がれていくいき、穴の閉鎖を終えるとまた元来た搬入口から去っていった。

 戦闘中の三人は無人機達を一瞥すらしていない。目を見据え目の前の相手にだけ全神経を注いでいるからである。

 穴が閉鎖されたことで内部の空気と破片の漏れが収まる。

 

「 こんな戦いに何の意味があるのですか」

 

 傭兵と織斑一夏、千冬の求めているモノは違う。すれ違いが生じるのは当然のこと。それは今まで通りのこと。

 擦れ違いこそ生じているが、最後の最後に傭兵が求めているモノは戦うことだけではなかった。それは傭兵自身の口から語られることはないだろう。

 

 巨大な穴を開けた砲を畳み込み、グラインドブレードを展開するAC。

 

「先程の武器といい、奴が装備している武器はまさか全てオーバードウェポンなのか?」

 

 グラインドブレードの他にも二人が見たことのない装備を背負っているAC。先程の小型核弾頭発射機もオーバードウェポンの一種。右肩部に取り付けられており、左背部にはグラインドブレード。そして右腕には『柱のようなモノ』を装備している。

 コンパクトに装備されているように見えるが、実際は明らかに重量オーバーである。本来ならば歩くことも儘ならない重量を背負っているが傭兵の操縦技術でそれを補っていた。

 だが、整備がされていないACがオーバードウェポンの余波に耐えることはほぼ不可能。これが整備の行き届いている状態ならば可能性があったかもしれない。

 

「ACから黒煙が......やはり機体が耐えきれていないのか」

 

「止めてください! いくらあなたとはいえ、それ以上は危険です!」

 

 機体の限界が目に見える顕著なものとなってきた。ゾディアックの時のように傭兵のACもまた各所から黒煙を上げ、オーバードウェポンの余波の衝撃でコアの装甲の一部が吹き飛ぶ。

 

「『......これでいい』」

 

 止まらないACと傭兵。柱のような武器を振りかざし二人に迫るがAC本来の機動性は死んでおり、避けることは容易となっていた。

 

「もうACは動ける状態ではない......止めろレイヴン。見ていて痛ましいだけだ。そんなお前を私達は見ていたくない」

 

「『俺はレイヴンだ。それ以上でもそれ以下でもない』」

 脚部が破損し始めたことでつまづき、バランスを崩しその場で左膝と右手をつく。その場で立ち上がるが、右腕が肘の辺りで折れてしまう。ACは立ち上がれたが右腕を失った。それと同時に柱のような武器も失った。残すは右肩の砲とグラインドブレードのみ。

 

「バカ野郎......」

 

「どうしてそこまで......」

 

 傭兵の執念とも呼べる戦闘への拘りには羨望すら覚える織斑一夏と織斑千冬。

 

「『メインブースターがイカれたか......』」

 

 ブースター、FCS破損。

 

「『戦いこそが人間の可能性......』」

 

 脚部損壊。

 

「『小さな存在だな......俺も......お前たちも』」

 

 右肩部損傷。武器使用不能。

 

「『俺はただひたすらに強くあろうとした』」

 

 頭部カメラ破損。スキャン不能。

 

 一歩......また一歩と歩く度にACのパーツは破損していく。また一つ......また一つと羽がもがれていく黒い鳥。凛々しかったACの姿は何処にもない。有るのは崩れ落ちるのを待つだけの死に体。

 そんな健気とも思える傭兵の行動に心打たれた織斑一夏と織斑千冬は、動きを止め傭兵を迎い入れるがの如く待ち構える。織斑一夏の両目には涙が溜まり、涙が零れ落ちている。

 

「『そこに俺の生きる意味があると信じていたからだ』」

 

《エネルギーがありません》

 

 展開したグラインドブレードを構えながら、ゆっくりと一歩一歩を噛み締めるように織斑一夏と織斑千冬の元まで歩き寄っていたが、とうとうその時が訪れた。

 

《各部機能停止。メインシステム、メインエンジン停止》

 

 膝から崩れ落ちるAC。傭兵のACには最早何も残ってはいなかった。ACを操縦する者にとってACは商売道具でもあり棺桶でもある。傭兵はもう棺桶に両足を突っ込んでいる。

 片膝立ちをするACの頭が力なく項垂れる。余りにも弱々しいその姿を拝める機会はまず訪れない。その前に消し飛ぶからである。

 今の傭兵のACのように消しとんでもおかしくない状態に陥っても機体を保っていられることは稀なのだ。

 

「『だが......それだけではなかった』」

 

 脱出機構など設けられていないのもACが棺桶と呼ばれる由縁でもある。乗れば最後、生きて帰らなければ降りることも出来ない。死んで降りるか生きて降りるかの二つに一つ。傭兵が今どちらの立場なのかは敢えて公言することもないだろう。

 

「『やっと追い求めていたものに手が届いた気がする』」

 

 織斑一夏、織斑千冬の両名は沈黙を貫く。傭兵の結末を悟っているからである。最早手遅れ。傭兵を救う手立てはない。

 命が救えずとも救えるモノは他にもある。傭兵は呪われた宿命から解放される。魂を留める肉体は失うが失われないモノもある。

 口あわせをせずとも二人は共に傭兵の言葉を黙して聞くことにしたのである。それが傭兵に対して二人が唯一出来る最後の気遣い。

 傭兵が何を言おうが反論しない。傭兵が自分達や世界に怨み言を言おうが怒りを感じたりそれに対して持論を持って議論をしたりもない。傭兵の言葉を一言一句を心に刻みこもうとしている。

 

「『生きるがいい......お前たちにはその権利と義務がある』」

 

 託される思い。死に逝く者にはない未来。未来があるのは生きている者のみ。『生者でありながら死者』でもあった傭兵。最後に生者となりて未来を望んだのであった。

 

「『これで在るべき正しき姿へと戻る......人は......世界は......』」

 

 傭兵の望んだ未来。それは破滅ではない。消えることのない争いの火種でもない。

 破壊することしか知らなかった傭兵は破壊することを止めた。最期に破壊すべきモノを破壊して破壊の象徴の『黒い鳥』はその羽で飛ぶことを止めた。

 

「『......礼を言う』」

 

 直後に爆発と共に崩壊を始める衛星砲。どういった原理かは不明だが、傭兵のACの機能が停止したのと連動して崩壊を始めたとでも言うのだろうか。

 崩落する天井。割ける床。ひび割れる隔壁。天井の瓦礫が動けなくなった傭兵のACの周辺に落下していき、その姿を織斑一夏、織斑千冬の視界から遮っていく。

 割れる床が二人と傭兵の間をも割いた。割れた床のすぐ下から底の見えない宇宙空間が顔を覗かせている。

 直ぐに脱出しなければ二人も崩壊に巻き込まれ衛星砲と運命を共にしてしまうだろう。

 涙が止まらない織斑一夏。これが傭兵との永遠の別れとなってしまう。

 織斑一夏にとって傭兵は背中を追う憧れの人物。単純な強さだけではなく、人間として傭兵に惹かれていっていた。

 もっと自分は何かしてやれたのでは? と後悔が先に立つ。だが、過去をどれほど悔やんでも取り戻せない。後戻りは出来ない。前に進むしかない。

 傭兵との別れが織斑一夏にどのような成長を与えるのかはこれからの彼の人生が物語るだろう。

 

「『ここまでが俺の役割。あとは......お前たちの役割......』」

 

 それが傭兵の最後の言葉だった。

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 衛星砲から脱出した俺と千冬姉は宇宙空間で衛星砲の崩壊を見届ける。どういった原理で衛星砲が自壊しだしたかは解らないが、あの中にはあの人がいる。

 もう俺は泣いていない。ずっと泣いていたかったけど、いつまでも泣いていたらあの人に笑われそうだっからだ。

 

「......衛星砲が破壊していたのは、ACの痕跡があった場所だけだったようだ。進化したISやゾディアック達の墓石に緑色の粒子で汚染された地域。束め......今頃になって......」

 

「あの人は始めから......」

 

「......さぁな。釈然としない結末だがそれを語る相手はもう......帰るぞ一夏。迎えもきたことだ」

 

 衛星砲の爆発はまだ収まっていない。完全崩壊までまだ時間が掛かるようだ。

 

「一夏!」

 

「無事だったか......」

 

「衛星砲が突然崩壊を始めたから肝を冷やしたぞ」

 

「無事で良かったよ......」

 

「後は帰るだけですわね」

 

 地球帰還用のシャトルから皆が笑顔で出迎えてくれる。俺と千冬姉が無事だったことに作戦に参加した人が換気の声を挙げているのが通信を介してよく聞こえる。衛星砲が崩壊したのも俺達の手柄だと思っているらしい。

 だけど皆はあの人が衛星砲内にいたことを知らない。皆は知らなくても良いいのかもしれない。俺と千冬姉だけの秘密にするつもりではないが、あの人の意思を尊重してこの事は言うべきではない。特に不特定多数の大衆には。

 

「さようなら」

 

 あの人に別れを告げ、皆が待つ帰還用のシャトルに俺と千冬姉は帰っていった。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 崩壊する衛星砲の残骸に埋もれていくAC。操縦捍を握る手の力を弱め、操縦捍から両手を離しぐったりと全身を脱力さ、コックピットのシートにもたれかかる。

 

 負けた。最後の戦いで負けた。戦いの中で死ねるのだから本望だ。

 

 呼吸が徐々に浅く弱くなってくるのを感じる。目にも力が入らず、瞼が重く、何よりも眠い。目を開かずそのまま今までのことを振り替えってみる。

 

 多くのことがあった。多くの人間と触れ合った。その中で学ぶこともあれば、悲しみと愚かさにも触れてきた。

 もう充分だ。充分すぎるほど生きた。もう思い残すことも何もない。

 

 "もういいのか?"

 

 "あぁ......後は彼らに任せるさ"

 

 "彼らなら上手くやれますよ"

 

 もし、神とやらが実在するのならば最後に願おう。これが正真正銘の最後の願いだ。

 

 ーーーーーー。

 

 こうして、この世界に舞い降りた一羽の黒い鳥の物語は終わりを告げたのであった。

 

 黒い鳥。何もかも破壊し、焼き尽くすことからその名が残され語られることとなったが、最期の最期では何も破壊せず、また焼き尽くすこともしなかった。

 




最終羽なのに短くて申し訳ありません。

次回はエピローグとなります。


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