舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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24羽 真相と企み

 頭を激しくぶつけた衝撃による平衡感覚の乱れ。視界は大きく揺れ、口らか吐き出された吐瀉物が床にぶちまけられる。吐瀉物の悪臭が更なる吐き気を催すが、ぐっと飲み込み必死に吐き気を抑える。吐瀉物を抑え込む際の胃酸の味が不快感を募らす。

 何が起きたのか......自らの身に降りかかった出来事を理解するのに、把握するのに数分の時間を有した。

 女神に神に愛されているのか......はたまたは、たちの悪い悪戯かそれとも気まぐれなのか、傭兵は無傷であった。

 ISによる過剰な集中砲火は屋敷を瓦礫の山に早変わりさせていた。屋敷の面影が残っているのは屋敷を支えていた大きな数本の柱のみ。

 死んでいてもおかしくない状況で傭兵は生き残った。周りが瓦礫と死体の山の中で自分だけが生き残った。

 死んでいった者達の日頃の行いが悪いわけではない。傭兵が生き残ったのも襲撃を予知し避難をしていたわけでもない。ただの偶然。確率上極僅かな数字を呼び寄せた奇跡に等しき事象だが、奇跡も言うところでは偶然でしかない。

 傭兵が本当に神に愛されているのならば、偶然の後に再度偶然を呼び寄せ、難なくやり過ごすことも可能なのかもしれない。

 だが、現実は無情である。偶然に偶然は重ならない。無慈悲とも言える弾丸が傭兵の肩を掠める。

 狙われる謂れなど理不尽など数えきれない程ある。今更心当たりなどを考える必要もない。ただ逃げなければならない。逃げることに全神経を集中させなければならない。

 

 残骸の中で蠢く人影を確認したDEVGRUは、事前情報である顔写真と蠢く人物が整合するのを確認した否や発砲。このことから彼等が傭兵の確保ではなく抹殺を目的としていることがはっきりと判明。

 弾が掠めた箇所の出血は浅い。だが安心している暇を与えてくれるほど彼らも生易しくない。

 傭兵が生命活動を止めるまで発砲は止まない。途切れることなく立て続けに行われる銃撃に反抗する手立てはない。そもそも傭兵は護身用に拳銃は所持しているが、小銃等の自分よりも数も火力も高い相手を相手にする武器を所持していない。

 拳銃で応射するが、相手もプロ集団。致命傷を受けぬよう距離を詰めながらも常に身を隠しながら行動をしている。おまけに相手はこの手の作戦や任務遂行のための訓練を平時からこなしている。それに引き換え傭兵にはそんな訓練経験もなければ、技術もない。天性の勘で応戦は出来るが勝てるほどのものではないのだ。

 屋敷の残骸から森に駆け込み死に物狂いで夜の森を駆ける。何度か焦燥感と疲労感から足が縺れその場に転んでは立ち上がるを繰り返している。立ち止まれば蜂の巣になってしまう。

 現地民でない傭兵に地の利はない。闇と熱くなっている頭では冷静な思考もできない。何処に向かって逃げているのかもわからない。道中、細い枝や蔓で露出している肌を傷つけるが、アドレナリンが分泌されることで痛みを感じていない。この頃には疲れも感じない程感覚が麻痺しているだろう。

 だがそれも通常の痛みに対しての痛覚麻痺。尋常ではない気が気でいられない激痛に対しては無意味だろう。

 

 傷付きながらも林道を駆ける傭兵がその場で倒れる。だが、疲労で倒れているわけではない。傭兵自身も何故倒れたのか見当がつかなかった。

 しかし、その理由を早々に知ることとなる。自身の左大腿部からの膨大な出血量を目の当たりにすることで。

 自分の身に何が起きたのかを認識した直後に激痛が傭兵に襲い掛かった。まるで熱を帯びた鉄の棒で体内をかき乱されるがの如き。余りの激痛に声を張り上げたくなるが、歯を食い縛り声を挙げぬよう我慢強く耐える。それでも体は痛みに対して正直であり、わなわな震えている。

 DEVGRUから発砲される弾丸の一発が傭兵の左大腿部を貫通していたのだ。動脈から逸れていたのが不幸中の幸い。が、早急に処置をしなければ出血多量による出血死に繋がる。

 傭兵の命を狙うDEVGRUが傭兵の傷の手当てをしてくれるわけがない。まだ追い付かれていないが、このまま立ち止まっていればやがて追い付かれて止めを刺されるだろう。しかしながら、大腿部を撃ち抜かれている傭兵がこの先走って逃げることは不可能である。万が一立てたとしても支えが必要となり、自分の足だけで歩くのは困難。見つからないようにその場で隠れてやり過ごすことは相手を考えるとまず不可能。万が一成功しても、その場から動けず助けがこなければ餓死による衰弱が待っている。

 どんな方法でも傭兵は逃げなければならないのだ。安全を確保しつつ人手が借りれる場所に。

 両手と残った右足を使い地面を這って進もうとするが痛みで思うように進めない。アドレナリンの分泌が止まり効果が切れたことでそれまでの疲労と負ってきた傷の痛みがまとめて押し寄せてきているのも、思うように進めない理由である。

 生身でのこのような重症は傭兵にとっては初のこと。ACでの戦闘でも負傷はするが全てが戦闘時に発生するコックピットへの衝撃による裂傷。今回のような人体への直接攻撃による負傷は本来ならばまず体験することはない。

 地面を這いながら何度も顔に土が付着し、口内に土や石が入り込むこともある。冷えた土の温度が口に広がり少量を飲みこむ。じゃらじゃらと土に混じる小石を噛み砕き、土の苦味を噛み締めながら這いずり回る。

 

『傭兵、聞こえているかね? 聞こえているのならば君の強すぎる力の不幸を呪うがいい』

 

 インカムを通して聞こえてくる枯れた男性の声。まるで狙いすましたかのように、傭兵の置かれている状況を予め知っていたかのように通信を繋げてきている。

 その通信に対して傭兵は目を大きく見開き、驚愕に満ちた顔をしながら男性の声に耳を傾ける。

 

『君は我々にしても今後の世界のためにしても大いに役に立ってくれた。だが君はその力の有り様を素直に示しすぎた。人は流れに乗ればいい......乗っていればいいのだ。君のように流れを変えてしまう者、又は流れを塞き止めてしまう者は居てはならないのだよ』

 

 傭兵の脳裏によぎる記憶の断片。幾多の人物たちが受けてきた『イレギュラー』としての災い。それを再び傭兵は身をもって体験することとなった。元の世界でも同じように『今この瞬間からあなたは我々の敵。この世界から消えるべき敵です』と、とある人物から告げられ執拗に狙われてきた経験がある。

 傭兵は『ただやることをこなしていた』だけ。特別何かを望んでいたわけでも、自ら墓穴を掘るようなことをしたわけでもない。

 

『恨むなら恨んでくれても構わない。だが、我々はやり遂げねばならないことがあるのだよ。この世界の為に。君は考えたことがないのかもしれないな』

 

 傭兵は世界の行く末や人類の未来など考えたことがない。スケールが大きすぎるのもそうだが、傭兵にはそれだけのことを考える余裕がないのだ。企業のように利益や領土に目を配ることなどもできない。

 興味がないと言えば無いのだが、傭兵は『今日を生きる』ことで精一杯。傭兵は『完璧超人ではない』。難しいことなど考えられない。一を聞いて十を得ることなど出来ない。自分の行動がどのような影響を及ぼすか、またはその先のことを思い描くことができない。

 傭兵は生まれたての赤ん坊のようなもの。真っ白な白紙の紙。何色にでも染まってしまう。

 

『この世界は平和に見えるかね? 我々の命で戦ってきて君はこの世界がどんな風に見えたかね? 我々には終末の一歩手前として映っているよ』

 

 何かを悟りだしたのかはたまたはこれから死にに行く者に対しての冥土の土産として聞かせているとでもいうのか。

 

『かつての冷戦が終わったときのように、近い将来やがて世界各地で争いが絶え間なく起きるだろう。領地や資源欲しさではない。食料や水を巡って争う。平和そうに見えるこの世界も裏では憎しみや憎悪を募らせている。表に出てこないのは押さえ込んでいるからである。しかし、それも永遠に続きはしない。押さえ込み切れなくなる、若しくは押さえることに疲れその力を失う。それまで押さえていたものが火山の噴火のように舞い上がり世界を覆ってしまう。そうなれば世界規模での争いは免れない。この世界には無数の時限式の爆弾のようなものが埋め込まれているのだよ。それがいつ爆発するかわからない代物なだけだ。たった一つ爆発しただけでも容易く世界は壊れてしまう。それほどまでにも世界は人は脆い。それに限らずほんの些細な出来事でそれまで築き上げてきたもの脆く崩れ去る。我々はそれを嫌と言うほど見てきた』

 

 這いずり回りながらも傭兵は委員会の声から耳を離さない。ただの老人の世迷い言、戯言でしかないのかもしれない。それでも傭兵は彼等の言葉を偏見で判断したりはしない。自分の命に危険が迫っていると言うにも関わらず最後まで聞こうとしている。

 何故自分が狙われることになったのか。多くは語りかけもせず、勝手な都合で狙ってきていた。ところが、委員会は違った。一から全てを語ってくれている。それが傭兵が彼等の言葉を聞く上での最大の理由だろう。

 

『この世界には戦争が必要だ。それも誰かの手でコントロールされた戦争が。戦争は人間同士が行うもの。ならば人の手によって支配できないはずがない。戦争という名のガス抜きを行うことで募る憎しみや憎悪をそれ以上に増加させない。また増加してもコントロールされた戦争で精算させる。同じことの繰り返しのいたちごっこになるのかもしれないが、それしか方法はない。放っておけば世界は人間は自らの手で滅ぼしてしまう。人類の繁栄の為には誰かがやらねばならないのだよ。そしてそれを実施する上で君が最大の障害となる可能性が出てきた。君の力は我々の思いと世界の両方を壊してしまう危険性を孕ませている。だから最後の手段をとったのだ。せめてもの情けだ。無駄に足掻かず安らかに眠ってくれ』

 

 そこで通信は途絶えた。傭兵の意思は全くの無視だが、傭兵としては理由を聞けただけで満足していた。だからといって死ぬつもりはないのだが。

 全ての言葉を聞いてある程度は納得がいっていた。それも自分の世界が彼等の言っていた通りの結末を迎えてしまった世界だったからである。

 傭兵の世界で過去に何が起きたのかは不明。ただ一つ言えることは世界が崩壊する争いが何度も起きてしまっていたことである。それでと人類は僅かに生き残っていた。しかし、その世界に希望は限りなく少ない。

 老人たちはそれを危惧し、回避するために手段を選ばないつもりである。それが正しいのか間違っているのかはこの場では判断が出来ない。個人だけだ判断するべきではない。ただ、最悪の結果を傭兵は知っている。

 逃げながら傭兵なりに深く考え込む。しかし答えは出てこない。

 気がつけば森から脱出し、森の外れの崖に辿り着いていた。下は断崖絶壁で大海原が広がっている。崖から海面までの高さは正確にはわからないが、少なくとも五メートルはあるだろう。

 逃げるにはここから飛び降りるしかない。今の傭兵の怪我で海に飛び込めたとしても生存する確率は一桁台だろう。だが、ここで飛び込まなければ確実な死が待っている。どちらを選ぶかは明確である。

 意を決して飛び込もうとする。と、そこへ一機のISが上空から傭兵の正面に降り立った。あの屋敷を攻撃したISである。

 

「ふっ、脆いものなのだな。ACがなければ。こんなところで朽ち果てる己の身を呪うがいい」

 

 後方には追っての集団。正面にはIS。傭兵の武器は拳銃のみ。ACもISもない。委員会が傭兵にISを所持させなかったのも恐らくこうなることを見越していたからであろう。

 

 大量出血により意識が朦朧とし始めている。このままでは長くは持たないだろう。

 

 


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