舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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23羽 孤独

 かつてこれほどまでの敵と彼等は出会ったことが、遭遇したことがあろうか。否、目の前の"彼"を除けば皆無だろう。期待させてくれそうな"敵"と出会ったことはあれど、満足する程の結果には至らない。

 『戦争だ。我々にはそれが必要だ』。かつてメンバーの一人がそう言っていた。戦争なくして、戦いなくして彼等の存在理由はない。彼等の価値は戦いの中でしか発揮されない。戦いが彼等を呼び、また彼等を生み出す。人間の闘争本能を具現化した存在と言っても過言ではない。

 

 駆動系は既に機能していない。機体各所からは損傷による電流が走り、装甲は剥げ剥き出しになった骨組みが露になっている。かろうじて装甲が残っている部分も損傷の色濃く、オーバーヒートした電子回路を冷却させるラジエーターが追い付いていないこもから火災による黒煙が立ち込めている。『そう長くないはない』。パイロットもここからの逆転劇や奇跡の生還など期待していない。『単純な敗北』。その事実だけをで十分である。

 補給並びに整備が望めない状態での戦闘。敵との戦闘前から既に機体は満身創痍。だが、例えそうであっても彼等は戦闘を止めない。機体の程度など関係ない。そんなことは只の過程に過ぎないからである。彼等の目には『勝利』か『敗北』の二文字の結果しか写っていない。

 

 乾いた砂漠の大地に染み込むACの機械オイル。日差し紫外線が強く、水源もない。生命体が生存を続けるには過酷な環境のこの地に訪れる者などいない。旅人を迷わせ、命を枯らせる砂漠は墓場そのもの。誰の目にもつかないカタコンベ。死肉は小動物に貪られ、骨は砂漠の砂の中に埋もれることだろう。

 

 二度の敗北を喫することとなったメンバーの一人。ただ勝つことを......敵と戦うことだけを目指してきた。本来ならば、一度の敗北で自らの存在の全てを否定され、二度目の敗北で否定すべきモノも何もない。何も残らないはずだった。

 不思議な感覚に陥り、不思議な感情が芽生えていた。理解はできない。しかし、どこか懐かしさを覚える。"何処か遠い過去に持っていたモノ。忘れてしまったモノ"のように思えて仕方がなかった。

 

「誇ってくれ......それが手向けだ」

 

 何故この言葉が出てきたのかもわかっていない。無意識のうちに発せられた言葉は"ゾディアック"としてではなく、"個人"として発していたのかもしれない。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 傭兵の扱いは手厚い。都市から離れた辺境の地だが屋敷が用意され、使用人が日々傭兵の世話に従事している。

 傭兵が一人でいる空間が用意されているのは就寝時と入浴時のみである。それ以外はボディーガードと使用人が付きっきり。当人が何もしなくても全て用意されるこの生活に憧れを抱き羨む者もいるかもしれない。

 だが、見方を変えれば一人でいることのできない生活は軟禁そのもの。常に付きっきりなボディーガードや使用人は監視の為であると言わざる得ない。

 手厚い待遇には裏がある。委員会が傭兵にどのような目で見ているかはこの生活ではっきりと表現されている。

 傭兵が外に出る機会も限られたものしかない。散歩も屋敷の敷地内でしか許されていない。その敷地内も塀が敢えて高い造りとなっている。敷地内から外の風景を見ることは叶わず、また外からも敷地内の様子を伺うこともできない。よじ登れない高さではないが、隙間なく張られた有刺鉄線には高圧電流が流れる仕組みになっている。敷地の外には赤外線センサーが設置されており、不審者や万が一傭兵が外に出てしまった際には直ぐ様警備員が駆けつけ確保される。

 そもそもこの家に侵入するには、屋敷まで続く一本道を進まなければならず、道を外れれば深い森に入り込みむ。地図を持たなければ迷う上に森の中にも警備の人間がいる。一本道に入る前にゲートがあるのだが、このゲートを通るには豪邸内のセキュリティルームによる登録車両の整合並びに透視など様々なチェックをクリアしなければならない。当然出ることも然り。

 過剰とも言える防犯設備。貴重な人材である傭兵の身を守るためだと謳っているが、実際は傭兵が逃げ出さないようにするためである。

 傭兵を常に側に置き、常に自らの切り札としておきたい。外と隔離するのも傭兵が余分な知恵を付けない為である。

 余分な知恵を付けて反逆するのを恐れているからである。

 既にIS学園で幾つかの知恵を着けていたが、許容の範囲内。委員会の言う余分な知恵とは政治的観点の知恵。思想的観点の知恵。哲学的観点の知恵である。傭兵が傭兵の枠で収まりきらない巨大な存在になることの危惧。

 そのため、それらに抵触しないモノならばせめての情けとして娯楽が認められていた。

 唯一外出が可能なのは委員会が命じた戦闘のみ。戦闘の詳細も酷く大雑把。"敵を倒せ"その一言だけ。

 車で連れ出されるのだが、屋敷の所在地や現在地を知られないために傭兵は目隠しをさせられ視覚を奪われ、ヘッドフォンを装着され聴覚を奪われる。

 車でACの元まで連れ出されるのも、ACによる反逆逃亡を未然に防ぐため。

 

 始めはこの生活に戸惑っていたが次第に慣れてきていた。特に不自由に感じることもないからである。禁止されていることを除けば、要求すればどのようなモノでも用意されるからである。

 

 傭兵の楽しみ......日課は餞別として受け取った本を隠れて読む事だった。就寝時の一人になった時だけの読書。

 その姿は監視カメラを通してセキュリティルームに筒抜となっている。ランタンの灯りに照される机で集中して読書を続ける傭兵。監視されていることを忘れるほど読書に没頭。

 

 "人生" "家族" "友人" "アイデンティティー" "価値観" "道徳心" "愛"について書かれている。

 

 あるページにおいては人生とは何かを哲学的に残した名言"人生とは自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることである"を始めとしたものが多く綴られている。

 哲学的観点の知恵を得ることを禁止しているため、この本は禁止事項に抵触していることとなる。

 所持品検査の段階で本の内容に目を通すべきであったが、手間隙がかかることから特に調べもせず"問題なし"と報告を上げてしまった警備員の落ち度である。

 そうは言っても警備員も人間。穴や抜け目が必ず存在する。完璧な人間など存在しないのだから。

 人間ほど完璧に最も近く、不完全な生き物などいないだろう。傭兵も例には漏れず、どちらかと言えば傭兵は不完全よりであろう。

 ACの操縦に置いて右に出る者はいない無類の強さを誇る傭兵。しかしながらACから離れればなんともか弱い一人の人間でしかない。

 ACがなかれば何も出来ない無力な存在であると痛感させられた事件を契機に再び元の"黒い鳥"と呼ばれた破壊者に戻ろうとしていた。

 だが完全に元には戻れなかった。この世界で得てきたモノを簡単に切り捨てられていないからである。それは未だに傭兵の中で"フランシス"や"RD"や"ロザリィ"や"レオン"のことを忘れられないのと同様である。

 未練がましい。過去を引きずる。切り替えが出来ない。悪く表現する方法は幾らでもあるが、良い表現をする方法は少ない。

 

 傭兵は本の内容を理解していない。文章では言葉では説明文を読み解くことは出来ても実物が何なのか知らないからだ......と、つい最近までならそうだっただろう。

 距離を置いてから、離れてみてから初めて気付けたこと。それまで深く意識していなかったことをようやく意識することが可能となった。

 学園での生活に限らず、それはかつて行動を共にした者達にも当てはまる。

 けれども、"愛"だけはこの世界で得てきたモノを総動員させても得体が知れないでいる。

 これについては解らないのが当然である。答えなどないのだから。世に氾濫する一種のウィルスのようなもの。愛の受け取り方、愛の形など千差万別。決まったが存在しない。固定概念から生み出されるモノでもない。当人が愛と答えればそれが万人受けするかは別として、一つの愛となってしまう。では愛とは何なのか。

 恋愛と愛は似ているようで違う。ほとんどの人間が理解しているようで理解できていないこと。形に表せても言葉には表せない。

 

 『愛しているんだ、君たちを! ハッハッハ!』

 

 傭兵は思い出した。かつて傭兵と激戦を繰り広げた一人の人物が傭兵に投げ掛けた言葉を。いや、傭兵だけではなく全ての人類に対しての言葉だったのかもしれない。

 その人物の言葉の真意は結局解らずじまい。幾度なく傭兵の前に現れては意味深な言葉を残し去っていった。その内の一つがこの言葉。

 深く考えれば考えるほどどつぼにはまっていく。傭兵の頭の中は混乱しており、頭をかきむしりながら背もたれへと寄りかかる。

 木で出来た椅子の軋む音を感じながら右手を掲げる。黒い手袋に包まれている右手。その手は酷く汚れている。手袋が汚れているわけではない。人の血で汚れているのだ。当然ACに乗っている傭兵が直接返り血を浴びることはない。それでも傭兵が命を刈り取っていることに変わりはない。手段として生身であるかそうでないかの違い。

 よくミサイルや地雷などといった兵器は、人の手によって直接死をもたらさないためしばしば非人道的な兵器と言われてきた。地雷は既に条約上国際的に使用が禁止にされている。ミサイルは未だに現役で、そのミサイルを搭載した無人爆撃機などもこの世界では着実に配備されていた。

 クーラーの効いた涼しい部屋でコーヒーを飲みながらボタン一つで多くの人命を奪う兵器が主流となっていた。戦争の在り方が変わっていった時代に置いてISは原点回帰とも呼べる人の手によって成される戦争の兵器。

 開発者はそんなことを願ってはいなかったのだが、現実問題としてISはそうなってしまっている。傭兵自身もISのことを都合の良い兵器としか捉えていない。開発者の願いが何であれ、兵器として成り立ってしまっている以上、それ以外のモノには見えていないからである。

 そんなISすらも寄せ付けないAC。この世界にはあるはずのない存在。オーバーテクノロジーによるオーバーキル。それは先住民が槍で迫ってくるのに対して、有無を言わせない空爆で焼き払うがごとき所業。

 だからこそ傭兵は悩んでいた。"本当にそれでよいのか"と。

 "アイデンティティー"または"自己同一性"とも言うこの概念に触れたことで傭兵の中で再び変革が訪れていた。

 学園で積み重ねていたことを切り離せずにいた傭兵にとって、"自分が何者であり何をすべきか"といった考え方に影響を受けるのは不自然なことではない。

 自分の名を知らない。親も知らない。戦うことしか知らない。それが自分であり、自分のなすべきとこだった。

 間違ってはいない。しかし狭い視野でしか生きてこなかったのは事実。世界規模のカルチャーショックを受けた傭兵は自分の知っている世界とアイデンティティーが崩壊していた。そして新たなアイデンティティーが生まれようとしていた。

 なすべきことは見つからなかった。しかし、それを見つける方法や場所はあった。自分が何者なのか。"レイヴン"と名乗っていたがそれは通り名であって自分が何者なのかを表現するものではなかった。"黒い鳥"も然り。

 名前は無くとも自分自身を示すことが出来る環境がそこにはあった。

 しかし、それも既に過去のモノとなっていた。自らの選択に後悔はしていない傭兵。だが、或いは別の道があったのではと空想に吹けている。

 戦闘を行わなかった日も、戦闘を行った日も傭兵は毎日このようなことを考えて一人の時間を過ごしている。

 長考が終われば後は寝るだけ。今日も変わらない睡眠が訪れる。そんなはずだった。しかし、今日は何かが違った......そう、何かが。

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

『配置に着いた』

 

 深夜3時。夜は大抵の生き物が活動を停止し寝静まりかえる。

 森を蠢くのは夜行性の夜鳥と昆虫そして一部の人間だけ。一部の人間、それこそがいつものと違う何かの正体。

 通常の陸軍に支給される迷彩の型とは少し違う緑地迷彩AOR2に身を包んだ複数の大柄な男達。迷彩の上にはソフトアーマーと弾装が詰めれるチェストリグを纏い、頭部を守るヘルメットには両眼タイプのナイトビジョンスコープとIRストロボマーカーが取り付けられている。

 レッグポーチにはドイツのH&K社製、USP拳銃P12が納められている。小銃は一人一人バラバラ。M4A1を装備している者もいれば、HK416やMK17MOD0などなど各個人の好み。

 重装備に身を固めた一団は、行動開始前の装備点検でACOGサイト類の光学機器の作動確認と弾装の装填及び手持ち弾薬を素早く確認していく。

 

「......よし、始めろ」

 

 合図と共にぬらりと衛兵の背後に立つ二人の兵士。衛兵は背後を取られていることに気づいていない。

 二人の兵士は衛兵の口を塞ぎ、衛兵の心臓を抉るようにナイフを突き立てていく。

 

「クリア」

 

 脅威を排除した兵士が合図を送る。

 

「前進」

 

 足音をたてない洗練された素早い動きで敷地内の森へ展開していく武装集団。

 突入前から既に武装集団は屋敷のセキリュティを掌握済み。今武装集団の姿は監視カメラに映り込んでいない。

 草木をかき分けながら小走りで森を駆ける。その際草木が擦れる音が僅かに響き、通りすぎた後の草木は微かに揺れている。一見小動物が通りすぎたような痕跡であるため森を警護している者達はそれが侵入者のものであるとは気づかない。

 気づいたときには既に遅かった。ある一人の警備員が不意に音のする方向に近づいた時、警備員の脳髄が吹き飛んだ。

 それを合図に各地から発砲音とそれに付随するマズルフラッシュの光が闇夜を照らす。サプレッサーが付いていることである程度発砲音は抑えられているが、視覚が遮られる深夜では聴覚を頼る。幾らサプレッサーにより発射音とマズルフラッシュが押さえられているとは言え、目立つことに変わりはない。

 

 武装集団......もとい"SEALS Team6"、通称DEVGRUは瞬く間に敷地内を警護していた警備員を排除制圧。屋敷は完全に包囲された。

 

「流石は対テロ対策部隊。その名にそぐわない手際の良さだ」

 

 上空100m付近の大気が歪み、そこから一機のISが姿を現す。

 大気を機体に投影させるステルス機能を有する特殊仕様IS"ファング・クエイク。操縦者は米軍特殊部隊"名も無き兵たち"通称アンネイムド所属の"隊長"と呼ばれる人物。

 DEVGRUとは違い歴史も新しく、輝かしい実績も上げていないアンネイムド。

 米軍の新たな試みとして、特殊仕様のISと特殊訓練を受けた兵士を合同させることを目的としている。正規の特殊部隊というよりは、非正規の謂わば検証段階の実験部隊としての意味合いが強い。

 

「お前たちは屋敷の背後に回れ。万が一逃亡されてもそこで仕留めろ」

 

 隊長のISの他にもステルス迷彩を有する特殊なスーツを着たアンネイムドメンバーが、DEVGRUメンバーの後方からステルス迷彩を解除して姿を見せる。

 

 DEVGRU一個小隊を指揮する指揮官は自身が。過酷な訓練を積み重ね、実戦においてもそのノウハウを活かし任務を遂行してきたからである。

 かつてのテロリストグループの指導者を抹殺したのもこの部隊である。

 敷地の見取り図からセキリュティまでの事前の情報収集は完璧だった。

 委員会の情報秘匿が疎かだったわけではない。ただ単に米国側の経験と実績が勝っていただけのこと。

 自信はあれど指揮官は決して自惚れてなどいない。常に不測の事態を想定し、隊の死傷者を出さずに任務を遂行しなければならないからだ。

 どんな任務であれ、実戦には変わりない。実戦には常に死が隣り合わせ。一瞬の気の緩みが失敗に繋がり、隊の全滅を招く危険性があるからである。

 

「......まどろっこしい」

 

 屋敷に対してファング・クエイクによる過剰攻撃が開始された。生身では不可能な火器を装備するISはまさに飛ぶ火薬庫である。

 弾切れになれば次の武器。また次と、ガトリング、ミサイル、ロケットランチャー、バズーカーと出し惜しみなく搭載されている火器を撃ち尽くしていく。

 どのような建築物であっても、ここまで集中砲火を浴びれば一瞬で瓦礫と化してしまう。

 壁は崩れ落ち、屋敷の内外部は火に包まれる。無差別攻撃は邪魔者の排除の一環。

 

「貴様......やりすぎだ」

 

 特殊部隊の任務は痕跡を残さず素早く目標を仕留めることである。アンネイムドの行っていることは特殊部隊の任務行動から完全に逸脱していると言える。

 アンネイムドの独断行動に指揮官は怒りを感じずにはいられなかった。

 

「貴様らとて警備員を皆殺しではないか。どのみち邪魔者は排除するのだろ?」

 

 屋敷には当然普通の使用人も働いている。邪魔者は確かに脅威となる前に排除するのが彼らだが、非戦闘員ましてや一般人まで攻撃するほど落ちぶれてはいない。

 

「クズが......」

「何を今更。CIAやNSAの指示で今でどれ程のことをしてきたと思っている?」

 

 表沙汰に出来ない裏工作は数えきれない程。その作戦上標的となり家族を失った一般人も確かに存在する。関係のない一般人からすれば、突如標的にされた家族を失うことそれは巻き込まれたに等しいとも言えるかもしれない。

 

 そしてその標的となった傭兵。これが誰の指示によるものなのかは不明である。

 


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