『メインシステム戦闘モード起動します』
戦う者は自らが志すモノを内に秘めている。自らの理想のため。野望のため。欲望のため。有限なれど無限に等しい。武器を握る人間の数だけ、戦いに身を投じる者の数だけ。
その枠組みから意図的に外れた者。また意図せずに外れた者。強すぎる者。思い通りにいかない者。人は『イレギュラー』と呼んだ。
そもそもイレギュラーとは何なのか?
イレギュラーの定義そのものは曖昧である。先の例などほんの一端に過ぎない。言葉では言い表すのは困難。だからこそ人はイレギュラーというカテゴリーを生み出しにその者達を一種の概念として収めた。
イレギュラーと言えど、所詮人は人。人の中からしか生まれない存在。イレギュラーは常に人でなくてはならない。人から生まれもの。人が生み出しもの。人の手によって支配出来ぬ筈がない。それがイレギュラーに対する人の当初の見方。突き詰めるところ『強力な個人』でしかないとの共通認識。
しかし、それだけで留まらなかった。いつしかイレギュラーと呼ばれる者達は人が定めしモノからかけも離れていった。人の柵及び支配から解放されし者。或いは安寧、平穏、秩序を破壊する者。脱却する者。
人は恐れた。人の手から離れていった『イレギュラー』を。
『強力な権力機関、秩序、企業を破壊したイレギュラー』
『巨大な計画を阻止したイレギュラー』
『英雄的活動をもって反逆者の野望を打ち砕いたイレギュラー』
『秩序存続のために目をつけられたイレギュラー』
『人類の代表となりて試されたイレギュラー』
『壊滅的打撃を与える要因を作ってしまったイレギュラー』
『驚異的な戦闘能力を有するドミナントと認定されしイレギュラー』
『伝説の傭兵として激戦を生き抜いたイレギュラーリンクス』
『その後の人類史に多大な影響を与えたイレギュラーリンクス』
イレギュラーと呼ばれし者は一貫して『例外』であるが、彼らの中に『例外はいない』。共通点が非常に多く、似通った筋道を歩む。世界にとってのイレギュラーであっても、『個人単位』ではちっぽけな存在。
『手助け』がなければ戦い抜けなかった。『必要』としてくれる存在がなければ自己の価値を見出だせなかった。『敵』がいなければ彼等が戦うこともなかった。
誰のためでもない。自らのために戦い続けた者達。多くは望まなかった。ただ居場所を作るために。自分の存在を証明するために。彼等なりに必死になって生きてきた結界。言われるがまま。流れに沿って生きてきただけ。降りかかる火の粉を払い除けてきただけのはずだった。
一体なぜこうなってしまったのか。誰が何が悪かったのか。世界が? 彼等が? 時代が? 答えはない。見つかることはない。もしかすれば彼等はそのために戦い続けていたのかもしれない。
結局のところ、全て彼等の意思を無視している。彼等という個人を認めようとせず、また認めることもない。彼等も一人の個人であるにも関わらず、『人』として誰も取り合おうとしない。勝手な解釈で『不要』と判断。
彼等は人より不器用。自己主張を苦手とし、コミュニケーション能力に難がある。他に生き方を知らない稚児のようなもの。一種の無知。誰かが.....ほんの少し『優しければ』結果はまた少し変わってきたのかもしれない。しかし時は既にそのような機会を待ってくれるほど寛大ではなく、生易しくもない。
最早止める術はない。終局に向かって突き進むのみ。途中で立ち止まることはない。もし立ち止まるとすれば、それは彼の『死』を意味する。しかしながら進む先も『終わり』でしかない。
ここで舞台を一つの表現として挙げよう。
舞台は公演が始まれば幕が開ける。だが、幕を開けた舞台には必ず幕が閉じる。永遠に続く舞台など存在しない。長いようで短い舞台で演じる役者にはその舞台でしか出番はない。舞台が終幕すれば、役者の役目は終わる。次の舞台の幕開けまで演じる役は回ってこない。そして、役者は演じる役を選べない。用意された台本の通り演じ続けるしかない。そのような者達を哀れと蔑むのも良かろう。なぜならそれが彼等の役目なのだから。
フィナーレのが必ずしも壮大で盛大であるとは限らない。盛り上げに欠ける展開となるやも知れぬ。はたまたは、落ちのない単調な終わりやも知れぬ。
リハーサルもなしにここまで演じることが出来たのは正に称賛に値するものである。世界という舞台で役を演じる役者。観客はいない。舞台を見るものがいない中でも役者は道化を演じる。自覚のないまま演じるその様は操り人形そのもの。
ではこの舞台の脚本を描くもの誰か? 残念ながら特定の脚本家などいない。自動更新され続ける。期限は不明。いつ切れるかわからない期限。それが切れたときこの舞台は幕を閉じる。
一枚。また一枚と紙に浮かび上がる脚本。徐々にその紙に浮かび上がる文字のインクは薄くなってきている。辛うじて読むことができるが、やがてインクが切れれば文字は浮かび上がってこない。それすなわちこの物語の終わりを意味する。そしてインクが薄くなってきているということは終わりが近いのである。
◆ ◆ ◆
『メインシステム戦闘モード起動します』
コックピット内に映し出される景色には全周を覆う濃くて深く、AC自体をすっぽりと包み隠し込んでしまう程の原生林。一本一本の木々は高く聳え立っている。それもあって太陽の光が地表まで届かない。原生林の奥は先が見通せないぐらい非常に暗くなっている。それに付け加え、今現在激しいスコールが原生林に降り注いでいる。霧も発生しておりそれが更に視界の悪さを促進させた。
有視界戦を余儀なくされているACに視界の悪さは脅威である。レーダーが存在しない傭兵のACは微かな周囲の動きを頼りにしている。全神経を集中させて周囲を警戒しなかればならなく、注意が散漫になれば命取りもなる。
かの世界ではこのような視界の悪さは汚染区域で発生する砂嵐ぐらいしかなかった。今回のような霧やスコール及び原生林のような自然環境に視界制限がされる経験は本人にはない。『記憶』の中にはたしかにあらゆる状況がインプットされているが、経験に裏打ちされるAC戦に記憶程度では気休め程度でしかない。
傭兵のACはリコンを2,3発射出している。放物線を描きながら障害物や地表に接着するタイプのリコンである。付近の敵の反応をコックピットに表示する。これと自身の視界を頼りにAC戦は繰り広げられる。
だが、リコンの数は限られている。技術再現が不能なこの世界ではリコンですら無闇矢鱈に使うことは出来ない。
リコンに反応があった。
傭兵のACは反応箇所に向け肩部に取り付けられているグレネードを一発発射。短い砲身から発射された砲弾の熱が砲身から排出され、蒸気が吹き出している。スコールと霧が立ち込める中でも目立つ蒸気。砲身に触れたスコールが蒸発する音と共に一瞬で蒸発する。
発射されたグレネードの弾頭は音速のスピードで反応のあった地点に迫る。地表に弾着すると轟音を上げ、爆風と火薬の爆発で地面を抉る。爆発の影響で周辺の原生林に飛び火し、パキパキと木々が焼ける。
だが、弾着点に敵の姿はない。そのすぐ近くの原生林を薙ぎ倒す音がする。姿はまだ視認できないが薙ぎ倒す音からかなり高速で動いていることがわかる。
傭兵は進行方向を予知し、両手で保持しているプラズマライフルの銃口を横になぞりながら連続で5発掃射。一発一発の密度の大きいプラズマ弾が弾着と同時に拡散。小さなクレーターを形成。
その内の一発に手応えを感じた傭兵。木々を薙ぎ倒す音が途中でカットされている。敵の動きをプラズマ弾の衝撃で止めたのだ。
ACのブースターを全稼働。HBによる高速移動で敵に接近。
接近する傭兵のACの正面からミサイルが3発向かってくる。ミサイルに対し機体を捻らせることで回避。ただでさえ障害物の多いこの場においてミサイルを防ぐことはそう難しくはない。
速度を緩めずに接近を続けるACの真横から敵のACの顔が浮かび上がる。そして見えていない左腕のあると思われる部分から青色に発光する刃が迫り来る。どうやらミサイルは牽制であり、意識を一瞬だけ反らすためのモノだったようだ。そしてその隙に真横に移動しレーザーブレードで攻撃。移動時の音も牽制のミサイルが外れた時の爆発音でかきけしていた。
咄嗟にブレーキングを効かせ、直撃は免れた。しかしレーザーブレードの刃は左肩のグレネードに命中。砲口を切り裂かれてしまった。AC本体にダメージはないが武器を一つ失ってしまった。
『パージします』
即座に使えなくなったグレネードをパージ。デッドウェイトとなったグレネードをパージすることで機動性が上がる。
機体を向け直しブーストチャージを駆使し敵ACのレーザーブレードが握られている腕部マニュピレーターを蹴り上げる。ブーストチャージがモロに直撃。破片を飛び散らせながら敵ACの左腕が吹き飛ぶ。
敵ACゾディアック『No.1』。ゾディアックもまた度重なる戦闘で消耗していた。支援が得れているとは言ってもそれは弾薬面。装甲の整備や修復等は傭兵のACと同様に不可能。よって劣化していたのだ。
いくらACといっても攻撃を受け続ければいつかは破損する。ゾディアックは傭兵以外にISや通常兵器を相手にしていたことにより破損が顕著であった。しかしそんな状態であってもお構いなしに戦闘を続けるゾディアック。
左腕を失った。元より近接型武器しか積んでいない『No.1』は武器を一つ失うだけで戦闘力は大幅に低くなる。
連続ブーストチャージで更に戦闘力を削ごうとする傭兵のACの左足の甲の部分がNo.1のヒートパイルに貫かれ、動きを封じられる。出力を最大にし傭兵のACは力ずくで無理やりブーストチャージを続行。危険を察知した『No.1』はヒートパイルをパージ。ハンドガンを撃ちながら距離を離す。
ヒートパイルが刺さった左足からヒートパイルを抜き傭兵のACは後を追う。No.1に残されている武器はハンドガンとミサイルのみ。ここで撤退されれば今の状態よりも劣化した状態で戦わなければならなくなる。ゾディアックはまだいるため逃がすわけにはいかないのである。
世界による全面管理されることとなった傭兵もゾディアックと同様の支援が受けられることになった。しかしそれはゾディアックと戦う為だけの支援。しかもゾディアックと違うのは傭兵は一人だけである。援軍はない。
小刻みに移動しながら『No.1』は吹き飛ばされた左腕からレーザーブレードを引き剥がし右腕に装備。
やがて二機は広い川に出た。二機の太股部分までの深さの川。水中では耐久力が減少する。だが二機は動こうとしない。この場で決着を着けるつもりなのだろう。
レーザーブレードにエネルギーが充填され刃が青色に発光。傭兵のACも両手で保持しているプラズマライフルを川に投げ捨て背部のOW『グラインドブレード』を展開。
左腕はパージされコックピット内にノイズが走り各計器のメーターが異常に触れ警告音が響く。耐久力も徐々に減少。グラインドブレードチャージングのために録に動くとがままならない。
先に動くこととなった『No.1』はHBにて真っ正面から接近。右腕のレーザーブレードでACのコックピット貫こうとする。傭兵のACは僅かな動きだで軌道をコックピットから反す。レーザーブレードが命中する直前での一瞬の動きであるため、『No1.』軌道修正が間に合わず、コックピットから左にそれた脇の部分の空を切ることとなった。空を切った『No.1』の右腕を脇でがっちり挟み込む。当然『No.1』逃れるためにブーストチャージをする。直撃したことでコックピット内が大きく振動。シートに固定されているが傭兵の体が大きく前後した。
挟み込みから逃れた『No.1』だが、がっちり挟み込こまれていたため右腕が前腕部から千切れることとなった。既に『No.1』の機体は限界を迎えていたのだ。
それでもゾディアック。撤退命令が出なければ戦い続ける。どれだけ損傷しても闘志が消えることがない。が、もう『No.1』に戦う術は残されていない。
『敗北』
『No.1』の脳内にその二文字が刻まれる。これ以上は無駄であると察したのか『No.1』は抵抗を止め潔く敗北を受け入れる。
力なく膝を着くAC。傭兵はそんなゾディアックの意を汲み取りチャージングが完了したグラインドブレードを構える。
断末魔の悲鳴にも聞こえる駆動音が『No.1』に死を届ける。
数メートル吹き飛ばされたところで太い木の幹に激突した『No.1』のAC。頭部カメラの光は失われたことでシステムが停止したことが告げていた。機体の至るところから黒煙が上がる。程なくしてACは爆散。破片が傭兵のACに当たっている。両者共に終始一言も発することなく淡々と戦闘行動を停止。
起動停止したグラインドブレードが畳み込まれ、背部に取り付けられていた元の状態に戻る。
『No.1ロスト。No.2戦闘用意』
ロストしたNo.1の代わりに連れてこられた『No.2』。なんとか勝利した傭兵に休む暇を与えることなくゾディアックと連戦。万全でない状態でのゾディアックとの連戦は酷であるが傭兵に選ぶ権限はない。
『仇ぐらい討ってやるよNo.1』
投下されたNo.2に機体を向ける傭兵。
この戦いに何の意味があるのか。何のために戦っているのか。傭兵は考えることを止めていた。
◆ ◆ ◆
「ゾディアックを二機も葬るとは......どうしてなかなかやるものだな」
「それが奴の本当の姿。そうでなくては困る」
「残りのゾディアックともぶつけさせるか?」
「ゾディアックを欲しがっている国は山ほどある。奴等には精々頑張ってもらうさ」
「そろそろいい具合に火種が燻ってきた。間もなくだな」
「人類の繁栄の為に」
◆ ◆ ◆
「博士! 来てください!」
ここはとある国のゾディアックと戦い破れたISのコアが保管されている場所。ACとの戦い破壊を免れたコアがACの戦闘データーを学習し成長を続けていた。
「今までみたことのない数値だ......この短期間で信じられん」
「こんなことあり得ません。ISがまるでACのように」
保管されているISのコアが連動してAC規模の性能データーを示している。成長が止まる様子はなく。徐々に数値が上昇を続ける。驚くことにコアを中心とした自己再生も確認されている。しかし元の形態とはかけ離れた異形なフォルムをしている。
「す、数値が止まりません......計測不可能です」
「コンピューターの容量が追い付きません」
ISにしてサイズが大きすぎる。しかしACでもない。
「なっ! コアが独りでに動き出しています!」
「停止信号を送れ」
「ダメです信号拒絶」
「操縦者も無しに勝手に動くだと!」
研究員達は動揺を静めれず慌てふためていている。自立行動を開始したISのコアは全部で3つ。3つともそれぞれ独特なフォルムを形とっている。どことなくACにも似ている。まるでISとACの両者が混ざったような姿である。
「制御不能!」
「暴れ始めました!」
「こ、こっちに向かってくる!」
「総員退避!」
この日とある国の研究機関が跡形もなく消し飛んだ。そこに保管されていた3つのISのコアは行方不明となる。
◆ ◆ ◆
「束様」
「うん。わかっているよ。不味いねこれは」
モニタリングをしていた篠ノ之束はバツが悪そうに顔を歪めてる。消滅した研究所のデーターに興味があった篠ノ之束が密かに監視をしていたのだが、ここで予想外だったのが保管されていたコアの暴走。篠ノ之束ですら驚愕する程の数値を叩き出したコアは何処かへと飛び去っている。
「これは......AC?」
見間違うのも無理はない。見た目はACに非常に酷似しているからだ。
「あれはACじゃないよ......ISでもないけど」
ACにしてサイズが小さすぎる。ISにしてはサイズが大きすぎる。両者の中間ぐらいのサイズである。
「どうやら私の期待は最悪の形になったのかも」
「つまり......」
「ISとAC両者の長点を併せ持ったモノ。恐らくISの自己進化はそのままだと思うよ」
「ISとACのハイブリット機......しかし何故?」
「開発者の私が舐めていた規模の進化をしてしまったのかもね。会わせてはならない二つを合わせてしまった結果があれだね」
ISとACのハイブリット機。IS並の空中能力と移動速度。並びに小型性。そしてAC規模の出力とエネルギー規模に汎用性に堅牢性。両者の長点を併せ持ったこの機体はシールドエネルギーも有しているだろう。更に篠ノ之束の発言通りならば自己進化機能も健在。戦う度に成長、進化をする兵器がACという兵器を基に進化した結果が3つのコア。
今は3つだけだが、ACと接触したISは複数。その全てがこの3つのような進化を遂げてしまう可能性もある。
「制御下から離れてしまいましたが、束様なら制御可能では?」
「さっきからずっとやってるけど、こっちの信号を受け付けないんだよね。暴走は止めれない」
開発者の手元から離れた3つのコアが暴走した理由も何処に向かっているのかも不明。
「もしもしに備えて紅椿の開発を急がないとね......」
何も知らないまま戦い続けている者。全てが思惑通りに動いていると錯覚している者。全てを知りながらも何もしない者。
この先にあるのは破滅か? 栄光か? それとも無か?
この先の結果はその時にならなければわからない。