舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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ちょっとめちゃくちゃになっています。


呪縛
20羽 運命或いは呪い


『旅に出る』

 

 その書き置きだけを残してレイヴンはIS学園を後にし、IS学園と本土を繋ぐ唯一のモノレールへと乗り込んでいた。モノレールに乗り『外』に出るのは織斑千冬と山田真耶の三人で飲みに行ったとき以来である。

 モノレールの車窓から外を眺めると、遥か彼方まで続く水平線と遠ざかっていく人工島が目に入ってくる。水面からは水鳥が空高く舞い上がる姿がある。

 レイヴンの手荷物は背中に背負われているリュックサックが一つだけ。その中に着替えといった衣類が詰められているだけで他は何も所持していない。服装は以前に二人にコーディネートしてもらった最近のトレンドのカジュアルなデニムとTシャツ。所持金はブラックカード以外に持ち合わせてはいない。

 

 レイヴンが旅に出た目的は特にない。ただ彼は『逃げたかった』だけである。ACからも自分からも学園と生徒達からも逃げたかったのだ。

 

 元来AC乗りとして自分を売り込み、雇用主を問わず傭兵として歩んできた。そんなレイヴンも人間であることは変わらず、人と同じように恐怖もすれば感情に身を委ねたくなるときもある。これは人間ならば極自然なことであり例外であっても例外ではないのだ。

 ただ、彼の取り巻く環境からそういった姿や様子を他者に見せてこなかっただけのこと。ACに乗り戦わなければ生き残れない。必死に生き残る術を模索してきた結果AC乗りとして、傭兵としての生き方にたどり着いた。他者の為ではなく自分自身の為だけ。

 しかしながらこの世界はレイヴンの過ごしてきた世界とは大きくかけ離れた世界。崩壊した世界でもなければ、企業間での争いや思惑に翻弄されることもない世界。安寧による平和そうな世界。

 今までの生活が嘘であるかのような夢のような生活を送っていたレイヴンに、変化が訪れても何ら不思議ではない。特に人間関係に顕著な変化が訪れた。自分を一人の人間として見てくれている者達。自分に恐怖こそするものもいるが、多くのことを教えてくれる者達。それまでの傭兵としての自分では到底得れなかったモノを得ることが出来ていた。結果、レイヴンの心にゆとりが生まれた。それが彼にそれまで他者に見せることなどなかった弱い自分をさらけ出すことや、傭兵以外の生き方を考えさせることとなった。

 

 モノレールを降りたレイヴンはまずレゾナンスを抜け、その先の市街地を宛もなく歩いていく。日中ということもあり、町行く人だかりはサラリーマンを中心とした社会人ばかりで、一部でふらついている若者がいるだけだ。

 交差点で信号待ちをするレイヴンを日光が照らす。季節が夏に近いため蒸し暑さと日差しの強さから着ているTシャツに汗が染み出してきている。

 交差点を渡ったレイヴンはキョロキョロと町中を見渡す。一人で外に来るのは初めてであり、レゾナンスから先にも来たことがない。つまりここにはレイヴンがまだ見ぬ世界が広がっている。

 

 道中を歩きながらレイヴンは何も言わずに学園を飛び出したことに対して、織斑千冬やチームに申し訳なく感じている。織斑一夏に対しても同様のことが言える。

 それでもレイヴンは戻ろうとは考えていなかった。思いきって飛び出した手前すんなりと戻るわけにもいかないからだ。

 

 ぐぅ~

 

 特に準備も何もせずに飛び出してきたため、朝食も摂ってはいない。一先ず腹ごしらえをするのが先決。特に行き先なども決まっていないため、焦らずとも時間はあるからだ。

 

 しかしここで問題が発生。

 

 まともな食事など学園以外でしたことのないレイヴンは、外での飲食をどのようにすればいいのか知らなかった。飲食店はそこら中にあるのだが、入ることに抵抗がある。

 見ず知らずの大勢の人間の中に飛び込む勇気がなかった。学園の人間達とは徐々に接してきたことにより次第に慣れることが出来たが、外の人間達は全員が全くの初対面。学園の人間達と違い慣れてもいないし、コミュニケーションを取ることも出来ない。学園内ではコミュニケーションを取らずともなんとかやってこれたが、外ではそうはいかないのだ。

 

 早くも難問にぶつかるレイヴン。辺りを見渡しても助けてくれる人間は誰もいない。

 

 道の真ん中で立ち往生しているレイヴンを煩わしく思いながら通りすがる通行人たち。居づらくなったレイヴンは取り敢えず目にはいったレストランへと入っていった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店内に入ると女性従業員が営業スマイル全開でお決まりの台詞を言い放つ。眩しいほどのスマイルと突然の声かけに戸惑うレイヴン。学園内ではまず体験することの出来ない事象からどう対処すればよいのかわからずにいる。

 

「お一人様でしょうか?」

 

 日本語をある程度学習していたこともあり店員の言葉は理解できる。コクコクと頷きレイヴンは店員に席まで案内される。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのボタンを押してお呼びください」

 

 メニュー表を開きそれだけを言い残し自分の仕事に戻る店員。

 

 開かれたメニュー表には誰もが知っているメニューや、季節限定のメニュー が載せられているがレイヴンはそれらが何なのか知らない。学園では主にパンしか食べたことがないからだ。

 

 写真と料理の説明を読みながらどんな料理なのか必死に理解しようとするが、一つも理解できなかった。仕方なく何となく目についた料理を注文することにした。

 店員に言われた通りにボタンを押すと瞬時に店員がやってくる。あまりの早さに驚きながらもレイヴンは決めた料理の写真を指差す。

 

「オムライスが一つですね。以上でよろしいでしょうか?」

 

 見た目が外人であることから店員も予め英語のメニュー表を用意し、コミュニケーションが取れないことも予測済みであることから店員に苛立ちはない。

 注文が決まると店員はメニュー表を下げ厨房へと消えていった。待っている間にお冷やの水を飲みながら店内にいる者達を観察する。家族連れや昼休み中のサラリーマンが主体である。

 レゾナンスの時もそうであったが、ここまで人間が一ヶ所に集まり賑わっているのはレイヴンにとってはあり得ない光景。以前ならばこの中に自分がいることはあってはならないこと。だと思い込んでいたが、今はこの中にいてもいい。いや、『この中にいたい』とかんじるようになっていた。

 

 これも一重に織斑一夏を始めとした、多くの人間と接することで得ることの出来た『人間らしさ』である。元の世界では『傭兵としての自分』。こちらでは『一人の人間としての自分』。この世に生を受けて20年余りにしてようやく人並みの人間らしさを得ることが出来たレイヴン。彼は今非常に満足をしていることだろう。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「織斑先生! ダメです何処にもいません!」

「あのバカ者め! 何処をほっつき歩いているんだ!」

 

 『旅に出る』その書き置きを見つけたのはとある用があって、レイヴンの部屋にやって来た時だった。いつもならいるはずの図書館にもおらず、誰も見ていないということから立ち入ることのなかったレイヴンの部屋にやって来たわけだ。

 鍵は寮官の私のマスターキーで開けた。室内に入ってまず目を疑ったのは部屋一面に張られたメモだ。びっしりと部屋中に張り巡らされたメモには理解不能な単語や出来事が綴られていた。そんな中で部屋の中心の机の上に置かれた書き置きを見つけた。内容を見た私は部屋を飛び出し、山田君に声をかけ学園内を捜索することにした。

 

「レイヴンさん、誰にも悩みを言えないから精神を病んでしまって飛び出してしまったのではないでしょうか?」

「信じられないな。あの男がそんなたまであるはずがない。何を考えている?」

 

 私の知るあの男は強かで何事にも屈しない強い男のはず。確かにあの部屋を見れば精神を病んでいるのかと思うが私はあの男の強さを知っている。精神を病むなど考えられない。

 

    ◆ ◆ ◆

 

「お待たせしました!」

 

 待つこと10分。頼んでいたオムライスがレイヴンの前まで運ばれてきた。かつて学園に現れたレイヴンが初めて口にした別世界の料理。思い入れがあるわけではないのだが、この世界に来たときと今の自分では食べたときの感想が違うのではないかと思い頼んでいた。

 

 匂いを嗅ぎ、この世界に来たときのことを思い伏せる。あのときは自分の身に起きたことが信じられず、現実味を感じていなかった。この世界のあり方に浮いた自分は決して交わることない存在だとも思い込んでいたレイヴン。今のレイヴンはこの世界に来たことを後悔してはない。寧ろ感謝しているようである。

 

 スプーンを手に取り、軽くオムライスの表面に触れてみる。弾むような卵の弾力を堪能し、中を割ってみると熱々な米の湯気と共にケチャップとチキンの香ばしい匂いがレイヴンの食欲をそそる。非常にシンプルなオムライスだが、それがかえって馴染まれることとなっている。

 

 一口を運ぶとレイヴンの食欲が一気に爆発した。二口三口と休むまもなくオムライスにがっつく。時折熱さからお冷やを口に流し込んでいる。そして気がつけばオムライスは無くなっている。物足りないのか、レイヴンは更に追加でオムライスを注文。オムライスだけで5品も注文している。

 

 レイヴンの食べっぷりには周囲の客も自分の食事の手を止め見入っている。その豪快な食べ方が注目を浴びる要因となっているのだろう。オムライスの皿を持ち上げまるで流し込むように食べていく。

 

 満足いくまでオムライスを食べ尽くすと、食後の余韻に浸ることなく席から立ち上がりレジまで進む。同じ品を何皿も食べ、食べ方も常識からかけ離れていることから店員も若干顔をひきつらせ気味である。それでも店員は営業スマイルを崩さない。

 

 現金を持ち歩いていないレイヴンはお馴染みのブラックカードで支払いを済ませようとする。ブラックカードを見た店員は数秒間硬直。硬直が解けた後は、まるでゼンマイ仕掛けのオモチャのようにカクカクと擬音が聞こえてくるかのような動きをする。支払いが済みレストランから出るレイヴンの背中をまじまじと店員が見つめる。どうやらレイヴンがブラックカードで支払いを済ませたことが相当だったようだ。無理もない。ブラックカードを持つ人間がこんな庶民的やレストランに訪れることなどまず無いからだ。

 

 腹がふくれたレイヴンは再び宛のない移動を開始。目的地など存在しない旅。ただ遠くに行き自分探しをするだけの旅。

 

 レイヴンは今必死に逃れようとしている。自分自身からも、自分を縛り続ける物からも。

 

    ◆ ◆  ◆

 

 レイヴンさんが学園を飛び出してから既に2日が経とうとしていた。必要最低限の物だけを持ち出し、書き置きだけを残して忽然と姿を消したレイヴンさん。ACも置き去りだ。

 

「あの社会不適合者、一体何処に行ったのよ」

 

 いつもの輪の中にいるべきはずの人がいない。にもかかわらず俺達は余り違和感を感じていない。限られた時間の中だけで過ごしてきてはいたが、俺はレイヴンさんとの関係は良好なものであると自負していた。けどこうして違和感も何も感じていないとなると俺はレイヴンさんのこと本当に認識していなかったのだと思わざるえない。

 

「よくよく考えてみれば彼がこの学園に留まる必要なんて無かったからね」

「最初に戻っただけだな」

 

 冷たい反応を示すのはシャルと箒。冷たいというのは二人に失礼だな。二人ともレイヴンさんとはそこまで友好な関係を築いてはいなかっただけ。

 

「それでも一言ぐらい言ってから去るのが礼儀でしょ!」

「何も言わないのは流石に失礼かと思います」

 

 セシリアと鈴は比較的レイヴンさんとコミュニケーションを取ろうとはしていた。だけど、それに応えてくれないレイヴンさんに苛立ちをつのされていたのだ。

 

「ACまで残していくのが気掛かりだ」

 

 難しい顔をして考え伏せるのは新しくグループに加わったラウラだ。前回の暴走を切っ掛けに俺達の友人となったラウラ。セシリアと鈴とも一悶着あったが、今はなんとか仲直り? をしてくれたことからこうして一緒にいられる。

 

「奴の商売道具。奴の分身といっても過言ではない、奴の存在を表現する物を手放す理由がわからん」

 

 ラウラは初めからレイヴンさんのことを良く思っていない。俺に対しても『奴には気を付けろ』と警告をしてくる程だ。

 

 皆それぞれレイヴンさんに対する考え方は違うが、同じ物がある。

 

 それは皆レイヴンさんのこと『屈強なACのパイロット』としか認識していない。俺も初めはそうだった。初めて見たとき自分とは違う世界の人なんだと思っていた。まぁ、文字通り違う世界の人だったんだけどな。その事実も踏まえて俺達には手の届かない人がなんだと思っていたし認識していた。そして憧れた。けどそれは違うことに最近気付きだした。

 

 レイヴンさんは手の届かないような違う世界の人間ではない。『俺達と同じ人間』なんだと。俺達と同じように物を食べ、睡眠し、同じ時間を過ごす。何一つ俺達と違わない。ただ人より『強いだけ』。たったそれだけだ。なのに皆それがレイヴンさんの全てだと思い込んでいる。

 

「一夏。あんたはどう思うの? あんたが一番アイツのことを見ていたでしょ?」

「俺は何とも思っていねぇよ。レイヴンさんの選んだことだ俺がとやかく言う資格はねぇよ」

 

 憧れを捨てたわけではない。今でもあの人の強さには憧れを寄せている。ただ、それだけであの人のことを見ないことにしただけだ。あの人も俺や皆と同じ人間。

 

「以外だな。てっきり一夏が一番ショックを受けていたと思っていたのだが。コミュニケーションを取ろうとしても頑なに拒まれていたし」

 

 その事なんだが、俺はレイヴンさんがコミュニケーションを取ろうとしていなかったのではなく、俺達自身がレイヴンさんとのコミュニケーションを避けていたのかもしれない。あの人の意見を待たずに俺達は勝手に話を進め、あの人のことを待ったりしなかった。常に俺達からの一方通行。それが間違っていたのかもしれない。そして案の定、何も言わないレイヴンさんのことをコミュニケーションが取れない人だと勝手に決めつけていた。問題はあの人にあったんじゃない。あの人と接する全ての人間に問題があったんだ。

 

 あの人が戻ってきたら今度からは接し方を変えてみよう。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 学園を飛び出して2日が経ったレイヴンはとある田舎の旅館に身を寄せていた。どれぐらいの距離を移動したのかはわからない。とりあえず学園から遠く離れた地にいることは明白。

 旅館の外には緑生い茂る山々が連なっているのが見える。ここが何処なのかはレイヴンは知らない。ヒッチハイクで流れ着いたのが現在地。

 

「うち外人さん見たの初めて」

 

 異国の人間を見るのが珍しいのか、旅館の一人娘がレイヴンにべったりである。

 

「行く宛が無いのでしたら気の済むままここでゆっくりしていってください。こんな場所ですから宿泊客も余りいなくて。娘もあなたのことを気に入っていることですし」

 

 和服を着こなしているレイヴン。勿論着方など知らない。旅館なども知らなかったレイヴンは女将や従業員に多大な迷惑を掛けたが人の良さから旅館側は気に止めていない。料理の食べっぷりや真剣に厨房の作業を見つめるレイヴンのことが気に入ったのか、旅館の板前もレイヴンに寛大に接している。

 

 特にレイヴンは何もしていない。ただ普段通りに過ごしていただけ。それだけでもこうしてレイヴンの周りには人が集まってきた。

 そしてレイヴンは自然と胸が温かくなるのを感じていた。得体の知れない初めての感覚に感情にレイヴンの心は大きく動きだそうとしている。

 

 『これがずっと続けば良い』

 

   ◆ ◆ ◆

 

『彼を見つけました。No.6、No.7。出撃準備を』

 

 太平洋日本領海を航行する一隻の大型貨物船。見た目は貨物船だが、それは偽装された仮の姿でしかない。

 

「たく、なんであたしらがこんな連中の足になってんだよ」

「文句を言わないのオータム。上からの命令よ」

 

 改造された第2デッキには恐怖の象徴である2機のACのが格納されていた。暗いデッキ内に妖しく光る頭部カメラ。機体各所から蒸気が吹き出し、まだかまだかと自分達を下した相手との再会を待ちわびている。

 

『敵には恐怖を。我らには勝利を』

 

 




ACキャラがこんなわけない!かと思いますが、まぁ、私の考えとして、あんな世紀末の世界で生きていた人間が真逆な楽園のような世界に来たらそれまでの自分に嫌気がさしたり、抑えていたものとか爆発するかと。

この作品の黒い鳥は万能ではない。

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