舞い降りた一羽の黒い鳥   作:オールドタイプ

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ようやくこの二人の登場。


ここから若干足早になります。


17羽 理解されない黒い鳥

 よし......初日の一番大事なこの日のこの場面を怪しまれることなく乗り越えれた。大丈夫。バレてないバレてない。

 

 シャルロット・デュノア。フランスにあるデュノア社というISメーカーの会社の社長を父にもつ。従来の親子関係と比べれば少々歪な家庭環境である。シャルロット・デュノアは一般人の母とデュノア社長との間の子だが、デュノア社長は既に家庭を築いており、母と父は所謂愛人関係であった。その二人の間の子であるシャルロット・デュノアは当然のように正妻であるデュノア婦人からは疎ましく思われており、母子共に日の光を浴びない日陰の中で暮らしてきた。当然シャルロット・デュノアに遺産相続権や家督相続も婦人から許されていない。デュノアの名を名乗ることすら眉をひそめている。

 そんな環境の元で16年間暮らしていたシャルロット・デュノアだが、2年前に母親が死去。その後は正式にデュノア家に引き取られる。妾の子と本妻の関係は変わらずシャルロット・デュノアに居場所はなかった。そして、たまたまIS適正が高いためにことあるごとに『道具』として扱われていた。

 ある日父であるデュノア社長から直々に連絡が入ってきた。上記の環境のため、父親との接点は皆無に等しく母の腕の中で一度だけ会ったことがあるが、その記憶も朧気になっており本人も微かに浮かぶ父の顔を思い出すのに必死であった。

 それでもシャルロット・デュノアは父親に会えることを喜んでいた。16年間まともに顔を合わせたことのなかったデュノアにとって父親に会うことは念願であり、これ以上なく喜ばしいことになっていたのだ。

 期待に胸を膨らませ、父の待つ社長室まで足を運んだデュノア。父の職場の会社に足を踏み入れることは道具ではないシャルロット・デュノアとしては初めてである。そんなデュノアにとって個人として父の職場は新鮮であった。

 社内でもシャルロット・デュノアのことは衆知に晒されており、婦人同様に良いように思っていないものも多く、煙たがられていた。

 周囲がそのような対応をしてもデュノアは気にしなかった。思春期ではそんな周囲に嫌気が差していたが、段々と慣れていき今では全く気にしないところまで成長していた。

 複雑な環境に置いても素直に育ったデュノアの不屈の精神力は正しく本物であり、些細なことでは動じないであろう。

 社長室に入り感動の対面をしたデュノアだが、その時間は非常に短かった。入ってまもなくデュノア社長から『あること』を命じられたシャルロット・デュノア。感動の再会を嬉しく思っていたのは自分だけであり、父自身はそんなことを思っていなかったとこのときのシャルロット・デュノアは感じてしまった。

 期待が大きかった分失望も大きく、失墜にうちひしがれるデュノアだったが、父親が自分を頼ってくれている。自分にしか出来ないこと。父を失望させてはならないとデュノアはそう自分に言い聞かせていた。

 そして諸々の手続きを済ませデュノアはまんまとIS学園へと潜入を果たし今に至った。

 

 世界最高峰のセキリュティを誇るIS学園だから書類選考の時点で気付かれると思っていたけど、意外と穴が多くて助かった。学園の関係者がもっと僕の身辺調査をし、身上を把握していたら潜入なんて出来っこなかったけど。

 

 シャルロット・デュノアは思惑通り目標である織斑一夏が所属するクラスへと転校。ここまでは順調であった。

 

 もう一人の転入生......たしかラウラ・ボーデヴィッヒっていったっけ? まるで鋭利な刃物のような近寄りがたいオーラーを全面的に押し出しているね。心なしか不機嫌さも感じられる。それも視線の先の織斑一夏に対して。彼と彼女に何かあったのかな? ドイツ人である彼女と織斑一夏に関係性なんて見えてこないけど。

 

 シャルロット・デュノアの直ぐ隣には同じく転入してきたラウラ・ボーデヴィッヒが威圧感丸出しで立っていた。新学期が始まってから二月ばかししか経っていないこの時期に同時に二人も転入してくるのは奇妙なことであり、生徒達も不思議そうに思っていたが、特に問題があるわけがないと判断していた。

 

 僕の障害にはなりそうにないよね? なるべく無駄なことに時間を費やしたくはない。目標と早期に親密になり、怪しまれる前に僕のことがバレる前に目的を果たさないと。目的さえ果たせば後はどうでもいいからね。

 

 クラスには馴染みさえするが、あくまでもデュノアの目的は別にある。デュノアの目当ては『織斑一夏』とその乗機の『白式』のみ。

 

 自己紹介を終えた二名は担任に席を促され、そこに向かう。

 

 人受けが良いようにシャルロット・デュノアは明るく簡潔に自己紹介を済ませていた。どのようにすれば良い印象が持たれるか、集団に馴染むにはどうすれば良いのかと、諸々の心得は転入前にそのほとんどを会得しておりシャルロット・デュノアはクラスメート全員に好印象を与えることに成功した。それも単にデュノアの努力の賜物でもあるが、彼女の容姿にも関係があった。

 潜入と接近に際してシャルロット・デュノアは『男装』をしていた。それも全ては織斑一夏に接近するためであり他意はない。女でしか扱えないISを男で扱ったただ一人の男織斑一夏。デュノア社は彼の生態データーを白式と織斑一夏本人から採取を図っていた。

 デュノア社はISメーカー3位の実績を誇るが、近年は業績が悪化。世界中でライセンス生産がされている『ラファール・リヴァイブ』を開発し一時は鰻登りの如く業績が上がっていたがそれも一時に過ぎず、世界が第三世代の開発に着手し始めていた時もラファールに拘っていたこともあり、第三世代開発の波に乗り遅れた。そして不幸にも世界はこぞって第三世代開発を本格化し、欧州ではソレに向けた『イグニッションプラン』が始動。ラファールに拘り、第三世代開発に遅れていたデュノア社に追い討ちをかけるかのように経営が悪化し始め、イグニッションプランからは外され、フランス政府からも支援がとこどおりだした。

 世界3位の成績も既に形骸化し、その実態は倒産寸前に追い込まれている。その状況を打開すべく目をつけたのが織斑一夏と白式である。彼のデーターを入手し彼と同様の存在を産み出せば会社を建て直せると考えたデュノア社がシャルロット・デュノアを送り込んだのである。

 

 そんなシャルロット・デュノアとは別に、もう一人の転入生であるラウラ・ボーデヴィッヒもまた一つの使命を宿しIS学園に転入してきたのである。

 

 ドイツ軍特務部隊通称『黒兎部隊』所属のラウラ・ボーデヴィッヒの階級は少佐。年齢にそぐわぬ階級に上り詰めている彼女はドイツの代表候補生としての顔も持ち合わせている。

 

 そんな彼女の出生と経歴もシャルロット・デュノアのソレとはまた違い複雑である。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ......その正体はドイツが極秘裏に研究開発していた遺伝子操作による優れた兵士の開発計画である遺伝子強化試験体と呼ばれる人工生命体である。

 

 当計画はIS誕生以前から始動しており、戦場における利用価値の高い優れた兵士の生成・育成が主であり、戦闘機のパイロットや歩兵はたまたは戦車乗りと、その有効性は非常に高いと軍内部でも期待されていた。

 ISが誕生した後も計画は続行しており、ISの操縦者開発も計画に含まれることとなり、その折にラウラ・ボーデヴィッヒは誕生した。彼女の他にも何体かの個体が生成され、同じ釜の飯を食い、同じように育成を受けてきていた。どの分野に置いてもラウラ・ボーデヴィッヒは優れた個体であることを証明し、他の個体を圧倒していた。

 

 しかし、その後の彼女に転機ともなる極めて重大な事態が発生してしまった。

 

 ある時、ISの操縦者適応力を高めるために個体にISのハイパーセンサーの模造品である『越界の瞳』と呼ばれるモノが埋め込まれることとなった。これに適合すれば生身であってもハイパーセンサーに近い能力を得ることができ、戦闘力が向上するのだが、ラウラ・ボーデヴィッヒだけが適合出来なかった。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは左目に越界の瞳を埋め込まれていた。このため適合できなかった左目は腐り落ちることとなったのだが目が腐り落ちただけではなく、それまで優秀な成績を修めていた彼女の能力までもが低下しだし、他の個体と大きく差を開くこととなってしまったのだ。

 研究員達は原因の究明とラウラ・ボーデヴィッヒの調整に励んだ。だが、とうとう原因も判明せず成績不振が続いたラウラ・ボーデヴィッヒは『失敗作』の烙印を貼られ見棄てられた。

 そんなラウラ・ボーデヴィッヒを救ったのが、当時ドイツ軍教官として来訪していた織斑千冬である。彼女との出会いがラウラ・ボーデヴィッヒの運命を変え、遂には所属する部隊に置いて大尉の階級まで返り咲いた。

 『失敗作』『落ちこぼれ』等の評価を覆す切っ掛けとなった織斑千冬に感謝し、敬愛の意を覚えたラウラ・ボーデヴィッヒは織斑千冬に憧れていた。

 IS学園にやって来たのも織斑千冬に会うためでもある。が、もう一つの理由がラウラ・ボーデヴィッヒにはあった。

 

 それは『ACの確保』及び不可能であるのならば『破壊』せよとのことである。

 

 方や父と会社の社運の為に道化を演じることとなった少女シャルロット・デュノア。方や憧れる人間を追う傍らでドイツ軍人としての責務を背負う少女ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 二人のIS学園での生活が始まったのであった。

 

   ◆ ◆ ◆

 

「『シャルル』飯行こうぜ」

「うん。いいよ」

 

 予定通り織斑一夏に取り入れたシャルロット・デュノアは織斑一夏と昼食を共にするために廊下を歩いていた。

 男として入学したシャルロット・デュノアは『シャルル・デュノア』と名乗っている。

 転入初日からISの操縦訓練があったのだが、苦難の連続である。休み時間となればクラスメートから質問攻め。他クラスからもやってくる始末。授業前は終始追い掛けられ危うく授業に遅刻しそうになっていた。一番の山場は次にあった。訓練のためスーツに着替えなければならないのだが、女であるデュノアは今は男という立場にあるため、自然と同じ部屋で着替えなければならないのであった。流石に年相応の恥じらいがあるデュノアもこの場面には緊張していた。上手くやり過ごさなければバレてしまうからである。そのシュチュエーションは予想通りであったことから着替え事態は問題なかったのだが、唯一予想外だったのが織斑一夏が想像以上に同姓に対して積極的であったことだ。そのお陰もあって予定以上に接近を果たせていたのは皮肉なことである。

 

「それより一夏顔冷やした方が良いんじゃないの?」

 

 見れば織斑一夏の顔の右頬は赤く腫れ上がっていた。

 

「ヒリヒリするが大丈夫だぜ」

 

 腫れた部分を押さえながらそう答える織斑一夏。シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの二名の転入の際ラウラ・ボーデヴィッヒが織斑一夏を殴り付けた時に出来た腫れである。何故ラウラ・ボーデヴィッヒが殴ってきたのかは織斑一夏にはさっきも今もわからなかった。

 

「無理はしちゃだめだよ」

 

 心配そうに顔を見つめるが、何処かよそよそしく恥ずかしそうにし若干目も反らし気味で顔も少し赤い。

 

「どうして顔が赤くなってるんだ?」

 

 こういったときの織斑一夏は目ざとく、シャルロット・デュノアの表情の異変を見逃さなかった。

 

「あ、暑いんだよ。少し蒸し暑いから熱を帯びたんだよ」

 

 織斑一夏の生着替えのシーンが頭から離れないため、シャルロット・デュノアは恥ずかしがっている。精神面や心得は磨いていても、異性関係はまだまだ初なのである。

 

「そんなに暑いか? 熱でもあるんじゃねぇのか?」

 

 何の前触れもなくシャルロット・デュノアの額に自分の額を当てる織斑一夏。

 

 ひゃぁぁぁぁぁ! か、かかかか顔が近すぎる! いきなりすぎるよ! こんなの反則!

 

 心の中で悲鳴を上げる。更に顔が赤くなっているが熱はなく不思議そうに顔を遠ざけ首を傾げる織斑一夏。

 

「は、早く行こうよ!」

 

 逃げるようにして先を急ぎ始める。

 

「あっ、そっちじゃねぇぞ。こっちだぜ」

 

 シャルロット・デュノアを引き留め、外を指差す織斑一夏。何故外なのか聞かずにはいれなかった。

 

「食堂はあっちだよ? どうして外に行くの?」

「実はここにはもう一人男の人がいるんだ。同じ男仲間としてシャルルにも紹介しておきたくてな」

 

 この解答にシャルロット・デュノアは驚きを隠せなかった。

 

 ちょっと待って! そんな話聞いていないよ! この学園に男は織斑一夏だけで他に『例外』なんて存在しないはずだよ!

 

 慌てはしたものの冷静になって考えてみたらこれは千載一遇のチャンスではないかと察した。

 

 そうだよ......もう一人男がいるなんて幸運なこと。織斑一夏だけじゃなくてそのもう一人の男からもデーターを採取できれば願ったりだ。

 

「そうなんだ。それはあってみたいね。どんな人なの?」

「......なんていうか......口で説明するには簡単なんだけど、実際そんなに簡単じゃないんだ」

 

 随分とまどろっこしいね。まぁ、直接会ってみればわかる話。一先ず会ってから考えよう。そのあとで織斑一夏のように取り入ればいいだけのこと。

 

「なんか楽しみだな。僕達以外にもう一人いるなんて」

 

 決して本心は覚られまいと取り繕う。完璧に近いシャルロット・デュノアの擬装に織斑一夏は彼女の内心に気付かない。

 

「ねぇ、一夏! なんか凄いものがあるんだけど!?」

 

 道中を織斑一夏の後についていくシャルロット・デュノアがある一点を横目で見てみると、体育館の影から大きな巨像が顔を覗かせていた。

 柄にもなく大きな声を上げるシャルロット・デュノア。心の底からの叫び声に足を止めシャルロット・デュノアの視線と同じ方向に顔を向ける織斑一夏。シャルロット・デュノアが手を降りながらあわてふためいているのに対して織斑一夏は落ち着いていた。

 

「落ち着けよシャルル」

「何なのあれ!? ISじゃないよね! 何時からこの学園はあんなアミューズメントパークにあるような物を置くようになったの!」

「あれは『AC』と言ってな。これから会いに行く人の所有物さ」

「所有物!? あれ個人の物なの!? 何者なのその人!」

 

 信じられないよ......あんなものを個人で所有するなんて。まさか僕が今から会いに行く人ってとんでもない人なの? そもそもACって何さ! 全く説明になってないよ!

 

「その人の説明はついてからするさ。行こうぜ」

 

 ど、どうなってるの......転入前に聞いた話と全然違うんだけど......

 

 呆気にとられながらも織斑一夏についていく。

 

「海岸に向かっているけど、その人何やってるの?」

「その人は生徒じゃないんだ。この時間だと多分釣りをしていて昼食のおかずを調達していると思う」

「あれ? おかずって調達するもの? おかしいよね? 普通釣りをしてその場で調達することなんて教育機関じゃあり得ないよね」

「まぁ、その人学生じゃないからある程度自由が効くんだ」

 

 自由すぎるよ。

 

「おっ、話していたらほら。あそこにいる人がそうさ」

 

 指先には防波堤に座り込んで竿から釣糸を垂らし掛かるのを待っている人影がある。その側には一匹のカラスが何故か一緒に座り込んでいる。何でカラス?

 

「レイヴンさん調子はどうです?」

 

 レイヴン......それがあの男の人の名前なのかな? たしかに生徒ではなさそうだ。歳も僕達よりも幾つか上の年上みたいだし。

 

「えっ? これが釣ったやつですか?」

 

 返事の変わりに真横を指差すレイヴンという男性。対人恐怖症なのかな? 返事をせずに黙って指を指してるけど。それよりなんで一夏はコミュニケーションがちゃんと取れているの?

 

「へぇ、凄いですねサメがおかずですか」

 

 待って今さらっと凄い単語が聞こえたんだけど......サメって釣るものなの? 食べるものなの?

 

「一匹じゃな足らないから他のを釣っているんですね」

 

 本当にサメを食べる気なの? まるまる一匹食べてまだ足らないの?

 

「す、凄い人なんだねレイヴンさんって......」

「あぁ、聞いて驚くなよ。実はレイヴンさんこの世界の人じゃないんだぜ」

 

 織斑一夏は少々危ない人間であることがわかった。何さこの世界の人じゃないって。子供でももう少しまともなことを言うよ。高校生にもなってそれはないよ流石に。

 

「その目は信じてないな」

 

 信じられるわけないじゃん。

 

「レイヴンさんから直接聞いてみればいいよね。ねぇ、レイヴンさん。あなたのこと教えてくれませんか?」

 

 ..........................................無視っ!?

 

 まさかの無反応。返事をしないどころかひたすらに竿を握って座り込んでいるだけ。コミュニケーションのコの字もとろうとしない。色んな意味で凄いよ!

 

「レイヴンさんはこういう人なんだ。ほとんど喋らないんだ」

 

 それ人としてどうなの?

 

「会話できないじゃん!」

「会話だけじゃねぇぜ。意志疎通もできないんだぜ」

「威張ることじゃないよそれ!?」

 

 こ、困ったぞ......もう一人の男がこんな人じゃ取り入るのに相当な時間が掛かる。僕に時間を掛けている余裕なんかないのに......これは織斑一夏一人に絞った方が良さそうだね。

 

 そのあとレイヴンとかいう人は信じられないくらいの魚を釣り上げて僕達と食事を始めた。釣った魚に串を刺して丸焼きで食べていたけど、本当にサメもまるまる食べてた......

 食事中も一夏はレイヴンって人のことを紹介してくれたけど、どれもこれも現実味のない話ばかりで信憑性に欠けている。それよりも気になるのはレイヴンその人本人だ。コミュニケーション能力がないのはわかったけど僕にはそれ以上レイヴンさんという人を理解できなかった。自分で言うのもあれなんだけど、複雑な環境で育った僕は多くの人を見てきた。義母さんのような人や遺産目当てで近づく人や、いつもよく挨拶をしてくれる優しいおばあさんや運動に勤しむお兄さんや仕事に追われる近所のおじさん。一人一人皆違うけどどんな人なのかは何となくくだけど掴める。だけどこの人は違う。今まであったどの人とも当てはまらない。

 

 『この人はわからない』

 

   ◆ ◆ ◆

 

 これがACか。実物で見てみると大きい物なのだな。まさかこれほどの兵器がIS以外に存在するとは。

 

 昼休み。周りが何気ない会話や食事で団欒をする中で私は目当ての物の前に立っている。これだけの大きさだ探すのはそう苦労しなかった。他の連中の反応を見る限りコイツは不自然な代物ではないらしく、自然と学園の一部になっている。だから生徒である私がここまで近づいても何らおかしくはない。

 

「さて、どうやってコイツを手に入れるか......とても運べるようなサイズではないな。かといって援軍を呼ぶわけにもいかない」

 

 運搬に仲間を呼んで騒ぎにするわけにもいかない。コイツを動かして運ぶにしても目立ち過ぎる。やはり回収は不可能か......ならば破壊するしかないな。

 

「良からぬことを企むのは止めろボーデヴィッヒ」

「教官......」

 

 気配を感じさせずに私の背後を取ったのは、私の憧れる人物。私の目標でもある織斑千冬教官だ。流石は教官だ。こんなところで教師をしていても全く衰えていない。やはり教官はこんなところにいるべき人ではない。

 

「教官はよせ。織斑先生だ。敬礼も止めろ」

「失礼しました」

 

 敬礼していた手を下ろし、教官の目を見る。この目......この他者を圧倒するような威圧感を放つこの目。素晴らしいです。

 

「ボーデヴィッヒ。妙な気は起こすな。コイツは此方にとっても切り札だ」

「お言葉ですが教官。私もコイツの力は知っています。何せコイツに襲撃された基地の中には我がドイツ軍も含まれていました。ものの30秒です。たった30秒で我が軍の基地は壊滅させられました。コイツは危険です」

「私もそんなことはわかっている。わかっているからこそ側に置いておきたいんだ」

 

 教官の言うことも尤もだ。脅威となり得るものを敢えて側に置いておくことで行動を監視し、あわよくば制限を掛けることもできる上に詳細を知り得ることもできる。

 

「それにこれの持ち主が黙ってはいないはずだ。コレの持ち主に会ってみろ。そうすれば私の言っていることも少しはわかる」

 

 教官から手渡された紙切れにはコイツの持ち主である人物の詳細が書かれていた。

 

「教官がそういうのでしたら」

 

 記されている通りの場所に向かうために移動を開始する。通りすぎざまに織斑一夏とフランスの候補生が視界に入った。織斑一夏の顔を見て再度怒りがこみ上げてきたが、ここは抑えて目的地まで急いだ。

 

「敬礼はいらないといったのに......馬鹿者が」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 よりによって不在だったとは。お陰で夜間の消灯前まで持ち越しになってしまった。昼休みは食事で不在。放課後も何処かへと行っていて不在。対応してくれた女の話では夜間の散歩でこのルートを通ることになっている。ならば前もって先回りをして通るのを待つだけ。

 春の寝間の闇の暖かさを感じながら叢で息を潜めながらじっと待ち続ける。しばらくして土を歩く足音が聞こえてきた。この足音から足音の持ち主は成人男子のものか。どうやら情報通りこの道を歩くようだ。

 

 叢で息を潜めながら目当ての人物が通りすぎたのを確認し、そっと後をつける。

 

 なんだ。この程度なのか。拍子抜けだな。警戒心も何もないただの素人ではないか。ACの所有者というからどんな奴かと思えば体格も普通でその筋に心得でもあるかとは思ったが、とんだ期待外れだ。

 

 僅かながらも私はあのような兵器を操る人間に興味があった。それを裏切られてしまったのだかさっさと要件を済ませるか。

 

 そっと後をつけていたのから一転。一気に距離を詰め、背中から拳銃を突きつける。体格差があるため変に関節を決めるよりかはこちらの方が効果が高い。

 

「動くな。お前がレイヴンだな。そうであるなら首を縦に触れ」

 

 ゆっくりと首を縦に振るレイヴンという男。こちらの言いなりか......抵抗する素振りも何も見せない。

 

「私の質問にだけ答えろ。それ以外の動きは見せるな」

 

 完全に私が主導権を握った。はずだった......

 

「なっ!? 聞こえなかったのか? 動くなと言っている!」

 

 今まで従順な言いなりだった癖に急に態度を翻し、私の制止を無視し此方に向き出した。此方を向いたレイヴンという男の顔が目に入ったが、無表情そのものだった。銃で脅されている人間ならば撃たれる危険性を少なからず頭に入れ、少しは動揺若しくは何らかの機会を伺うような素振りを見せる。だがこの男にはそれがない。

 

 『何も恐れていない』『何も感じていない』

 

 私には奴がそんな風にしか見えない。それに奴の目を見るが底が見えない深淵の闇を覗いているかのようだ。

 

 数秒間お互いに見つめ合いながら立ち尽くしたあと、レイヴンは再び振り返り元のルートを黙って歩き始めた。その背中を私は何故か黙って見届けることしか出来なかった。

 

「奴は何者なのだ?」

 

 教官に一報を入れなければ......奴は危険だ。私の第六感がそう告げる。奴を野放しにしておけばやがてこの学園にも危害が及ぶ。いや、『それ以上』かもしれない。

 

 

 




黒い鳥も他と変わりないのですが、どうやら理解されていない模様。

それと日常? はもう少し続きます。そうもう少し......

理解されないのも喋らないから。喋らないから各シリーズ主人公はイレギュラー認定とか色々されてしまう。

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