鈴の声がアスカに聞こえてきた私は難聴。
それは俺が学園に帰還してまもない深夜のことだった。窓の外は篠突く雨と激しい風に見舞われる悪天候。雨足が強く、屋根を襲う雨の雨音が室内にもよく聞こえる。外の視界状態も悪く数メートル先が見渡せない程になっている。激しい風雨だけでなく、時折雲の影から見える光が窓ガラス付近に立つ俺を照らし、数秒遅れてから雷鳴が轟く。
学園の消灯時間はとっくに過ぎており、この場に立っているのは一部の生徒と教職員を除けば俺だけである。
重々しい空気が漂う中、オリムラが教員を代表としてスクリーンの前に立つ。
学園内の会議室を利用しての緊急を要する会議であり、集まった人数分の資料が各々の手元に配布されている。程なくしてスクリーンに写し出された映像に写真つきの資料を手に取りながら全員が釘付けになる。
学園の関係者でもない俺までもが召集された理由が、この映像と写真にある。
俺は今どんな顔をしているのだろうか。目を見開いて驚愕しているのか? それとも別段驚く素振りも見せない淡々とした無表情をしているのか? はたまたは、やはりかと納得しているか?
..........自分のことなのに自分では判断できない。どうやら俺は自分自身のことを客観的に分析する能力に欠けているようだ。
横目で近くにいる女達の顔を伺うと全員が表情を強張らせている。本来なら俺もあのような表情をするべきなのだろう。
「以上が今回の軍事基地襲撃の全容だ」
数分にも満たない映像で、撮影者がどれだけ切羽詰まった状況の中で必死に撮影していたのかが伝わってきた。ぶれぶれの映像に恐怖に怯える声と戦闘の爆音。映像は最後に天地が逆さまになって終了していたことから、撮影者は死んだのかもしれない。
「映像と手元の資料に目を通せばわかっただろうが、襲撃犯は未知の巨大ロボットを使用していた」
ACを兵器ではなくロボットと表現するか。初めて目にする人間にはロボットとして映るのだろう。
撮影された映像に映り込み、撮影された写真のは紛れもなくAC。俺が召集された理由がこれだ。それに只のACではない。あのエンブレムにあのカラーリングは『ゾディアック』しかない。俺と似たような境遇で此方にやって来たのか? だが、連中は壊滅し死んだはず。
「そこで今回この場に専門家に来てもらっている。レイヴン、簡単な質問形式で問うぞ。あの映像のロボットが『AC』なのか?」
一同が一斉に俺の方を向いてくる。専門家ってほど大層な身分になった覚えはない。ただ連中のことは同じ世界の人間として.....命の奪い合いをした間柄というだけのこと。だから俺は連中の存在と実力は知ってはいるが、目的や正確な規模などは知らない。
散り際にメンバーの洩らしていた言葉や、タワーに侵入した時の『過去』の実験の記録や存在などは目にしたが、それがゾディアックに関係あるのかは不明。
振り向いた連中の目は真剣そのもの。茶化そうとする輩は一人もいない。
俺が別世界の人間と言う情報は、学園の教職員を含めた関係者に共有化されている。当初こそは、半数以上が俺のことを半信半疑で妄想癖のある人間だとして見ていた。当然俺の伝えたACのことも絵空事だど鼻で笑っていたが、時間が経つに連れてISを扱える男が未だに発見されないことと、今回の事件を前にして全て事実だとようやく認識したのだろう。
「ふむ、無言は肯定だと受け取らせてもらうぞ。次に連中の詳細を教えてくれ」
詳細も何も知らないことは教えようがない。
ダラダラと質問を問われても面倒なだけだから、聞かれる前に此方から知っていることや、これから聞かれるであろう質問を予測し、答えを予め記しておこう。
早速行動に移し、座椅子から立ち上がり直ぐ後ろにあったホワイトボードにびっしりと事細かに且つ端的に書いていく。作業中誰も口出しをせずに俺が書き記す内容を順番に追っている。
「やはり、あれがAC。連中はゾディアックと言いレイヴンでも詳細は不明なのか。それにISでACに対抗出来るのかどうかも不明ときたか。益々対処に困るな.....さてどうしたものか」
悩ましそうに頭を抱えるオリムラと女共。
「ちょっといいでしょうか?」
その中で一人が挙手をし席から立ち上がった。薄暗くとも目立つなんともファンキーな水色の髪をした女だ。服装は教師連中のようなスーツではなく、学園指定の制服。一部の例外な生徒がこの女ということだ。
「先ずは初めましてですねMr.レイヴン。IS学園生徒会長の更識楯無です。以後お見知りおきを」
太字で大きく『自己紹介』と書かれた扇子を広げ、タテナシが微笑む。
挨拶や自己紹介といったコミュニケーションをこの場でするつもりはないため、無反応の姿勢でいる。無言のままの俺に対して、返事を待っていたのかタテナシも無言でいたのだが、いつまで経っても返ってこない返事に室内にちょっとした間が空き、一瞬だけ空気が凍り付いた。
瞬きだけする俺と頬を徐々にひきつらせるタテナシに、体制を崩す教師達。
重々しい濃厚な空気に支配されていたことによる緊張の糸が張り巡らされていたが、その糸が切れた反作用なのか?
そして恐らく全員がこう思っているだろう.....
"何か喋れよ"! とな。
生憎のところ必要以上に喋るつもりはない.....寧ろ会話などするつもりもない。
「え、えぇと気を取り直して.....記入されている事についての質問があるのですけれども、『対抗出来るのかどうか不明』としていますが、ACとISの双方を知り得る貴方ならば不明ではなく明確に優劣を決め、対策案を立案出来ると思うのですが?」
尤もな意見をどうもだな。確かにACとISの双方を操縦してみて両者の違い、優れている点劣っている点は見受けられる。だが、根本的にISとACでは使われている技術も違えば開発経緯も変わってくる。一概にスペックや技術だけでは何とも言えない。
具体的にはISはACに比べ飛行能力・操縦の自由度・取り回しと持ち運び・速度などが優れている。ACはISのような能力は持たないが、ほぼ無限の動力・火力・耐久力・整備性・汎用性が優れている。
両者を比べることは出来ても、戦闘となると話が違ってくる。強いて対策を上げるのならば、ISの運用に見あった作戦を立案するしかない。ISとACの戦闘データーが不足している今、ISの武装がACに通用するかどうかも定かではない。
映像を見た連中は通常兵器が通用していないと錯覚しているかもしれないが、ダメージは必ず受けている。ただ耐久力が高いだけで通用していないように見えるだけ。故にISの武器が通用しないわけでもないのだ。
口でゴタゴタと高説を垂らすのは些かしんどい上にそこまでする義理もない。だからこそ敢えて不明としていたのだが、疑問に思う奴もやはり出てきたか。さて、どう説明するべきか.....素直に全てを伝えるのは癪だし、簡潔にまとめた文章で説明するか。
「つまり、ISでも対抗は可能なわけですね?」
平たく言えばそうなるな。
「ありがとうございます。それだけ分かれば此方でも対策案は考えようがあります」
どうやら納得してくれたみたいだ。席に座るタテナシにISでも対抗可能と知って安堵の息を漏らす女共。
ゾディアックがこの学園にわざわざ襲撃してくる可能性は低いが、世界中で軍事施設が襲撃されたのを受けて危機感を抱きこうして緊急会議を開いたのだろう。
襲撃されれば俺も出撃せざる終えなくなってくるが、果たして今の俺で連中とどこまで戦えるのか.....せめてACがあればいいのだが.....
「他にレイヴンに聞きたいことがある者は? 今日は余り長く時間を取るつもりもない。ACの技術面に関する質問は避けてくれ」
静まり返る会議室内。質問が無いのは願ってもないことだ。これ以上余分に時間を掛けたくはなかったからな。
「では、第一回の会議を終了する。次回は二日後だ。そのときに具体的な教職員並びに更識による襲撃時の作戦展開の概要を議題とする。それでは解散だ」
ぞろぞろと会議室から去っていく女共。会議は終ったが全員浮かない顔をしている。対抗は可能になったのだが、ACの脅威に萎縮しているといったところか。恐怖するのは勝手だが、いざというときに動けなければ邪魔なだけ。偉そうなことを思ってはいるが、俺自身も"アレサ"に恐怖したはがりだったな..........そうだ、敵はゾディアックだけではなかった。アレサ.....奴も敵。
脅威はゾディアックとアレサの二重だった。アレサもまた目的は不明。再び俺の前に現れることを危惧し、アレサに対する対抗策を考えなければならないな。『ネクスト』を相手にするとしてISは何機必要になってくるのか.....
宿舎まで続く道中にて、雨に打たれながら一人悩み更けている。舗装されているアスファルトの上に溜まった水溜まりの水が靴に浸水してくる。
今の俺の心情は天気と同様に晴れていないのだろうな。
見えるはずのない月がありそうな方向を見上げる。
晴れていたら今日は満月だったのだがな.....残念だ。
・ー・ー・ー・ー・ー・ーー・ー・ー
「織斑先生.....織斑先生の中にはACへの対策法は出来上がっていますか?」
解散した後山田君と二人で深夜の学園の廊下を歩いている。天候のせいか、湿気が高くじめじめとし服が蒸れてきて不快感が露になりつつある。天候によるものだけだけではなく、多くの不特定多数のことについてだ。
物に当たれればどれだけ楽なことか。しかしそのような子供染みたことをしてしまえば、私の教師としての大人としての威厳が損なわれてしまう。それだけではなく、山田君を含め複数人の教師達が不安に際悩まされている。現に私に質問しているときの山田君の唇が震えていた。大勢の人名を蹂躙したACの恐怖から来るものだろう。
現状私は山田君に頼られている。怯えてすがってくる人間に追い討ちをかけるようなことはしたくはない。例え嘘であってもこれ以上に不安を煽るぐらいならば、嘘の一つや二つぐらいつきたいところではあるが、下手に嘘を付いて後に嘘だと発覚したときのダメージの方がデカイ。かといって言葉を濁してうやむやに中途半端にしてしまえば逆効果になるだろう。
つくづく物事は悪い方へと運びのは簡単だが、良い方に運びづらいな。
「.....済まない。私もACという未知の脅威が相手となるとすんなりとはいかない」
「.....そうですか」
泣き言を言っている暇はないな。いつ連中がここを襲ってくるかわかったものではない。もしかすれば明日にでも襲撃されるやもしれぬ。悠長に熟考している場合ではない。いざとなれば即応体制で成すべきことを成さねばならない。
それに気掛かりなことはもうひとつある。委員会の老人達のことだ。老人共め.....一体何を考えている。事件のことなど真っ先に耳にし、その脅威にいち早く触れているであろうに。にもかかわらず、何故『リーグマッチを中止するな』と釘を刺してきた。学園としては中止にするか時期を見計らうべきところを通常通り実施しろとは何事だ。無用な混乱を避けるべく生徒達には極秘事項にしているだけでも間違っているというのに。願わくば何事もなければいいのだがな。
苛々を募らせている時に何と無く外を見てみるとレイヴンが空を見上げていた。こんな天候の中でずぶ濡れになりながら空を注視し続けるレイヴンの背中はとても遠く感じる。距離からくる遠さではない。もっとこう.....なんというか形容し難い遠さだ。
「レイヴン.....お前は何を考えている?」
無口な男だとは思っていたが、今日の会議で更に拍車が掛かった。人嫌いなわけでもないのに頑なに会話を.....自分からコミュニケーションをとろうとしない。必要性が出てきた時のみ必要最小限のコミュニケーションをとってくる。
何を考えているのか私にも皆目見当がつかない。独自の思想に基づいて行動しているのか? いや、そもそもレイヴンに思想などあるのか? 思想があることすらも疑わしい。
私の知り合いに一人レイヴンのような人との関わりを避ける人物がいる。そいつは人嫌いからくるものだがな。そう言えばアイツも今回のことは何処かしらから情報を掴んでいるはず.....何かしら行動を起こすかもしれないな。
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「何度見ても素晴らしいものだな」
IS学園の会議室でも流されていた映像と同じものを見つめる不特定多数の人物達。全員が首から下の姿しか確認できず、顔の部分が意図的に隠されているため容姿は不明。判別できるのは枯れた声と性別が判断できるだけの体だけである。映像を見ている場所も不明。周囲に窓ガラスはなく、通風口のみであることから何処かの地下である可能性がある。室内は広く、一定の間隔毎にサングラスと黒スーツに身を包んだボディーガードが直立不動で立ち並んでもいる。
「IS学園には通達したのかね?」
「案の定学園側から抗議の連絡が何度も入っている」
「無視しておけ」
「言われなくともな」
IS学園がACの脅威に危惧しているのとは別に、老人達は自らの思惑通りに事が運ぶように根回しを始めていた。
「あの男の言っていたことは興味深かったが、よもや実際にこの目で確かめれるとはな」
長机の上に叩きつけられた一枚の紙。紙にはレイヴンに関する諸々の事項が記入されていた。
「何としてでも手に入れたいモノだなACとやらを」
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
ムカつくね.....実に腹立たしいよ。この私の関係してないところで、ちーちゃんやいっくんや箒ちゃん以外がどうなろうがしったことではないけど、何か癪に障るね。
「束様どうなさったのですか?」
「よくぞ聞いてくれたクーちゃん! 束さんは今ひじょぉぉぉにムカついちゃっているのですよ!」
「例の映像の件ですか?」
流石はクーちゃん! 察しが良いね。世界中の基地が襲撃されたのは衛星カメラを通して確認したし、撮影された映像のデータが
「映像に食い入るように見ていましたのに何がそこまで束様を腹立たせているのですか?」
「正直アレには興味があるけど、所詮はその程度の存在だよ。道端に落ちている百円玉と同じさ。拾ったらラッキー程度。ムカついている理由は至極単純だよ。この束様を差し置いてあんなものが存在しているのが腹立たしいのだよ」
世界がどうなろうがどーでもいいけど、あんなものが存在していること事態が気に入らない。私の開発したISが脅かされる心配はないけど、この世にそんなものは二つも要らないんだよね。まぁ、バカな凡人共が全部そっちに流れてくれれば有難いんだけど、それはそれで素直に喜べない。
「ではどうにかなさるのですか?」
「したいところだけど、現状私の邪魔さえしなければノータッチかな?」
邪魔さえしなければ気に入らないけど、のさばらせといてあげるよ。その代わり邪魔したら全力で関係者全員抹消しちゃうかも。
「あっ、そうだムカつくといえばもうひとつあった! 前に話したよねもう一人男でいっくん以外にISを動かした塵野郎のこと」
「織斑様が見つかって以来世界中で躍起になって適合者を探している中で突然現れた方」
どれだけ探そうがいっくん以外に見付かりっこないって思っていたのに見事にそれを打ち破ってくれちゃった野郎。ISを動かせる男のイレギュラーはいっくんだけで十分なのに。こいつこそ二つも要らない存在だよ。
「しかも平気で私の作ったISで人殺ししちゃっている糞野郎だよ! ムカつくからコイツから消してやりたいね」
「あの方は現在IS学園に身をおいておられます。手出しすると織斑様から折檻が入られそうですが」
「うっ.....ちーちゃんのアイアンクローは痛いからねぇ.....この束様に唯一通用する体術だよ」
ちーちゃんの機嫌を損ねたくないから殺るとしたら例の時に事故に見せ掛けるしかないね。アイツもIS持っているけどいざとなったら動けないようにするだけだし。因みにちーちゃんやいっくんや箒ちゃんとクーちゃん以外は人間でも虫を捻り潰すような感覚で殺れちゃうから。
それにしてもISといえば、あの糞野郎の使っているラファール.....あれって本当にISなのかな?
・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
自室に戻った俺は一先ず冷えた体を暖めるためシャワーを浴びることにした。シャワーの熱湯が冷えた体全体に浸透する。
浴室からバスローブ姿で出た俺はチラッと洗面台の鏡に映る自分を見てみた。
普段から見慣れている俺自身の顔。目元も鼻も口も何一つ変わってないのだが、あの一件で目を覚まして以来自分が別人のように見える。まるで知らない人間をみているようだ。
異変といえば、あれ以来幻聴や幻覚をみなくなったが少し変わった衝動に駆られ、奇妙な行動を取ってしまっている。
その証拠がこの部屋一面に張られた紙だ。殴り書きに近い形で張られている紙には文字が自筆で書かれている。どれも俺には身に覚えのない直に体験したわけでも直面したわけでもないことなのに、記憶として知っていることだ。
例で挙げるのならば"カラード"や"フライトナーズ"や"バーテックス"のような存在。この他にも複数の物事が記憶の中に刻み込まれている。何故今更なのかは不明で何故紙に書き残しているのかも不明。こんなところを他人に見られるわけにはいかないため部屋には誰もいれないようにしてある。折角手に入れたいテレビやパソコンが埋まってしまっているのは困っているがな。
リーグマッチとやらが開催されるのは一週間後か.....見に行ってみるか。
前まで模擬戦やら試合などをバカにしていたが、記憶として"アリーナ"や"フォーミュラフロント"といったものがACにも存在していたことで考えを改めた。
この世界に来てからおかしなことばかり起きている。俺は一体..........
ACのコックピットってどうなってるのやら.....チラッとなにかでVだかのは見たことありますけど、他作品がどうなってるのか。ネクストはエヴァみたいな感じなのだろうけど、他は3のような三点モニターなのかな?