今回の話はタイトル通りしーたんがもしも無限月読に囚われていたらどんな夢を見たのか? って話です。
なので今回の話には全面的にしーたんの深層心理や願望が反映されています。その辺踏まえてそれではどうぞ。
泣きたくなるほど幸せなのに、何故か満たされない。
ゆらゆら揺れる意識と寂寞の心。
その理由等、彼には知る由も無かった。
――――無限月読世界にて。
……なんだか長い夢を見ていたような気がする。
そんなぼんやりとした頭のまま、男……うちはシスイは布団より身を起こした。
そこは懐かしい木の葉隠れうちはの集落にある我が家で……。
(懐かしい?)
……馬鹿な、と思った。
懐かしいも何も、昨日もこの家で寝起きしたばかりではないか。
そう考え、邪念を払おうとするかのように、頭を横に振り払った。途端チクリと残った違和感は霧散し、一体何に違和感を覚えたのかすら思考からは綺麗サッパリ消えていた。
嗚呼、そんなことより今日も良い天気だ。空は清々しい青に満ちており、暖かな日差しがこの身を包む。
今日は休みだ。昨日の晩ご飯の残りもので朝餉を軽く済ますと、そのまま身軽な格好で朝の散歩へと洒落込む。
そうやって歩いていると木の葉も随分と変わったなとそう思う。
かつての諍いなど嘘だったように、うちは一族も里のものも仲良さそうに穏やかに談笑している。
なんて平和で愛おしい日常なのだろう。
(? 諍い?)
いや、そんなものはなかったはずだ。それなのにそんなことを思うなんて己は寝ぼけているのではないだろうか?
そう思って癖毛の黒髪が印象的な男は苦笑する。
まあそれにしても、木の葉も近代化したものだ。
自分が子供の時は子供達はアカデミーを出たらすぐに就職したものだけれど、今は高校・大学まで作られて、忍び以外にも色んな職業に子供達の道は開いている。
ほら、耳を澄ませば子供達の笑い声。
公園でおままごと遊びに興じる女の子達や、やんちゃな悪戯をしたり野山を駆け巡ったりしてはしゃぐ男の子達。子供達が元気で活気に満ちているのは良い事だ。思わずこっちも生きる活力を貰える。
長く続く平和が故に忍びの職業も随分と血なまぐささから遠のいた。今の忍びの職業内容は失せ者探しや悪人の捕縛とまるで万屋のような有様で、それをつまらないと嘆くものもいるかもしれないけれど、シスイはそんな今の忍界が好きだ。必要以上に誰も傷つけず、誰かの役に立って給金が貰えるというのならそれに越したことはないだろう。この技術が誰も泣かせずにあるというのなら、それに越したことはない、
今や里からは血の臭いはしない。
誰も、其の手を血で汚さない。この平和に犠牲を強いられるものは誰もいないのだ。
それがとても嬉しく心地良い。
子供の笑い声が絶えない木の葉の里。木々の香りとひなたの匂い。穏やかで落ち着ける場所。まるでこの世全てのものに祝福されているみたいだ、とシスイと呼ばれている男は思った。
なんて事を考えていると、前方から覚えがあるチャクラの匂いが近づいてきて、ふと男は足を止めてそちらへと見やった。
「ゲッ」
と嫌そうな声を漏らしながら己を見てくるのは、赤ん坊の頃からよく知っている少年の姿だ。
「なんで朝からアンタがこんな所にいるんだよ」
「よぉ、サスケちゃん。ひさしぶりー」
そういって忌々しそうに柄悪く自分を睨み付けてくるのは、学ランに身を包んだ同じうちは一族の美少年の姿だ。
名はうちはサスケ。時期里長……火影の最有力候補と名高いうちはイタチの弟に当たる存在だ。
うちはイタチはシスイにとっては幼馴染みであり、一時期は婚約者でもあった少女で妹分のようなものだ。その弟であるサスケともまさに家族同然の付き合いで小さな頃からよく知っているわけだが、このサスケ少年、お姉ちゃんが大好きな所謂シスコンという奴で、それ故かイタチと親しい己に対し幼い頃から嫉妬混じりの敵意をよく向けてきたわけだが、そんな小さな少年の嫉妬と一生懸命な敵愾心がなんだか見てて微笑ましくて可愛くて、からかったら面白いのもあり、サスケには嫌われているんだろうなーとは思いつつも、シスイ自身はサスケのことを大層気に入っていた。
なので今も嫌がられるのは承知の上で人懐っこく笑顔を浮かべつつ、ヒラヒラと手を振って挨拶の言葉をかける。
そんなシスイに対しサスケはチッと舌打ちしつつ「サスケ『ちゃん』はやめろ」と吐き捨てた。
「はははっ、すまん、つい。そうだなサスケももう中学生だもんなー。やっぱ流石にちゃんづけは嫌か」
「たりまえだろ」
とギンッと鋭い目つきで凄まれても、シスイにとっては猫に睨まれたようなものである。
なのでこういうとこがからかい甲斐があって可愛いんだよなーとか思うだけであった。
「うんうん、あんなにちっさかったのに大きくなったよなあ」
「人の頭撫でんじゃねえ、このウスラトンカチの木偶の棒が!」
ははははと笑いながらまだ己より頭1個分ほど小さなサスケの頭を高速で撫で撫ですると、それがサスケは気に触ったらしい。ベシッとまさに猫が気に入らない人物を爪でひっかくような剣幕と仕草で自分より一回り年上の男の手を振り払った。
「まあまあ落ち着けって、カルシウムが足りていないんじゃないのか。偏食は良くないぞー、大きくなれなくなる」
「テメエだってその歳でも未だに納豆嫌いじゃねえかっ! 人の事言えんのかっ!」
「良いの良いの、大豆自体はよく取ってるし、オレは既に成長とまってるから。因みに今日はただの散歩だ」
「よぉ、サスケおはよー……ってシスイの兄ちゃん?」
なんてサスケとそんなやりとりを繰り広げていると、後ろから聞き覚えのある明るい少年の声と気配がして、シスイはにこやかな笑みと共に、片手をピッと上げて挨拶の言葉を投げた。
「よっ、ナルト。おはよう。今日も元気そうだな」
「ウスラトンカチ!」
男の言葉と同時に黒髪の少年も鋭い声でそんなかけ声を現れた金髪の少年にかける。
金髪の短髪に、スカイブルーの瞳、頬には特徴的な三本線が入ったサスケより幾分か背の低い男の子。
この少年こそが現里長、4代目火影波風ミナトと九尾の人柱力うずまきクシナの1人息子であるうずまきナルトだ。女の子にはモテても男友達とは縁が薄いうちはサスケにとって、数少ない男友達の1人でもある。
(まあ、友達というか半分喧嘩友達みたいなものなんだろーけど)
だけど毎日一緒に学校に行ったりなんだかんだでよくつるんでたり、口ではぎゃんぎゃん互いに言ってるがなんだかんだでいつも一緒にいる2人である。おそらくは今日もサスケとは暗黙の了解でまちあわせていたのだろう。
「シスイの兄ちゃんも久しぶりだなー。ところでサスケと何してんの?」
「うーん、散歩がてら出会ったんで、ちょっとからかったら猫宜しくひっかかれました。相変わらずサスケはつれないです」
「つれてたまるかっ! あとオレは猫じゃねえ!!」
「相変わらずシスイの兄ちゃんってばチャレンジャーだなー」
「そうなんだよー。いつになったら懐いてくれるのやら。まあこのままでも別に悪い気はしないんだけど」
「趣味悪ィなー、兄ちゃん」
なんて会話をあははとほのぼのとナルトとシスイは繰り広げる。
これもいつものことである。
「もういい、行くぞウスラトンカチ!」
そういってズンズンと進み始めるサスケを見て、「あ、待てってサスケェ! シスイの兄ちゃんまたな!」そういってナルトもまた青年と別れようとするが、しかしそのタイミングでシスイがナルトに対して放った言葉に、ナルトは意表を突かれた。
「おう、またなナルト。学校でもサスケちゃんのことよろしくなー」
その言葉に進もうとしていたサスケ少年もピタリと歩を止めた。
「ぶっ!!」
笑いのツボに入ったのか、金髪の少年は思わず吹き出し、酷く顔を歪めて、苦しそうにお腹をバンバン叩いてウケていた。
「ぶっは……! サ、サスケェ、お、オマエ未だにシスイの兄ちゃんにちゃんづけで呼ばれてたのかよっ!ダ、ダッセエ……!!」
そういって、ゲラゲラと大声で笑い転げるナルトを前にドンドンとサスケは顔を真っ赤に染めていき、ズンズンと怒りを纏いながら今来た道を帰ってくる。
「笑ってんじゃねえ、このドベッ!」
と、ガーッとサスケに怒鳴られるが、ナルトは気にならないのだろう。
「まあ、そう怒るなってばよ、サスケちゃん? ぷくくくく」
と、シスイの真似をするかのような物言いでそうサスケの肩にぽんと手を置きながら、ヒーヒーと笑いの発作に陥っていた。
その後、「喧嘩売ってんのか上等だー!」と叫んだサスケの声を皮切りに、ナルトとサスケの忍術混じりの喧嘩が勃発したが、まあいつものことだ。火遁だの螺旋丸だの色々聞こえているが、この2人のことだ、酷いことにはならないだろう。
と、思ったので「遅刻しないようにほどほどにしとけよー」と声をかけてシスイはその場を去る事にしたのであった。
* * *
「へえ、そんなことがあったのか?」
「そうなんだよ。全くいくつになっても変わらない可愛い奴らだよ」
なんて今朝合った出来事を聞かせながら、思わず思いだしてクスクスと小さく笑いながらシスイは声をかける。
それに対し、黒髪ストレートの大人びた美女……幼馴染みであり、元婚約者にあたる女性、うちはイタチもまた控えめで穏やかな笑みを浮かべながら、優雅な仕草でコーヒーを啜り、シスイが話す言葉に耳を傾けていた。
……今日もまた穏やかな1日だった。
朝の散歩ではナルトとサスケと会い、仕事に出向いたら元教え子の武闘派くノ一っ子ら3人組に遭遇して絡まれ、そのあとは猿飛アスマをはじめ、他2人と協力して4代目火影の指令の下任務をこなして、夕方ばったり出会ったイタチと久しぶりに共に食事を取り、ついでだからお茶でも飲みに来いよと誘って、家でこうしてまったりくつろぎながら今朝あった出来事を話している。
楽しくて愛おしくて泣きたいくらい穏やかな日常。
イタチも今日は久しぶりに休みだったらしくて、私服でゆったり優雅にくつろいでいる。
こんな風にただソファでくつろいでいるだけなのに、どうしてこうも1つ1つの仕草に品があって絵になるのか。細く綺麗な指の動きも優美で滑らかで、その仕草だけでも少し色っぽくて指フェチの自覚がある男としては、そんなつもりで家に誘ったわけでなくても少しだけドキドキする。
(いや、妹みたいなもんだし)
とは思って、邪念を振り払うが、大人になったイタチは綺麗になったとそう思う。
元々綺麗で大人びていた子ではあるが、より一層大人の女としての色香というものが加わったというべきか。子供の頃のイタチは正直、男である有り得たかもしれない世界のイタチと外見的には差異を感じられなかったため、いくら美少女でも頭からちゃんと女の子であると認識出来ていたかは妖しいものだったが、やはり性差というのは成長期になると顕著に表れるものだ。
NARUTO世界の男であるうちはイタチも細身で中性的な美形でスラリとした体型であったが、やはり男のスラリとした細身体型と女のスラリとした細身体型では色々と違う。
男より女のほうが体付きからしてよりほっそりとしているし、ふくらんだ胸部に男のものより肉付きの良い臀部、男より一回り小さな手足に、何より匂いというかフェロモンが違う。やっぱり女の身体からは男を惹きつけるそういう成分か何かが出ているのだろう。
性格だってNARUTOの男であるイタチと根底は同じでよく似通ってはいるが、やっぱり男と女では決定的に何かが違うのだ。それが男か女かというアイデンティティの違いなのだろう。
実際このイタチは華美な衣装こそ身につけることはないが、それでも酷く女性らしい面がいくつもある。この世界では生まれたときから女なので当たり前だが、自分は女であると自負して自然に自分は女であるとして行動している。そうとも、女性、なのだ。
「そういえばさ……」
子供の頃はそれでも、子供は恋愛対象外なのもあって完全に妹を見るような目でしか見れなかったのに、今はちょいちょいと女として見てしまう視線が混じってしまうのを、複雑に感じつつ、シスイは自分の中のそんな動きを誤魔化すようにイタチに言葉をかける。
「オマエってたまにはオシャレしないの?」
そういってチラリと横に座るイタチに目をやる。
そこにいるのはいつも通り、シンプルな黒の上下の私服を身につけたうちはイタチの姿だ。落ち着いた玲瓏たる美貌を誇るイタチは、素材が良いからか化粧っ気などなくても充分に美しかったし、黒髪黒目のその品のある美貌にはシンプルな黒が大層よく似合ってはいたが、それでも年頃の娘とはもう少しオシャレすることを楽しんだり、気を遣ったりするもんなんじゃないだろうか? という思いもなくもないのだ。
せめてスカートを身につけるとか、紅を引くとか。
今日は休日なのだし、若い娘なのだからそういうことを楽しんでもいいんじゃないのか?
というシスイの思考が読めたのか、イタチはクスリ、どことなく挑発的なからかうような笑顔でこう言った。
「着て欲しいのか?」
それが酷く優雅なのに、蠱惑的な笑みでシスイは思わずドギマギしながら頭をポリポリ掻きつつこう答えた。
「いや、まあ見たくないっていったら嘘かも知れないけど、オマエはオシャレとか楽しんだりしないのかなって……その」
スルリ。
「……オマエが望むのならば、着てやろうか?」
長く優美で形の良い女の指がシスイの頬にかかる。ドキリ、と心臓がなった気がした。美しい形の良い白魚のような指がスルリと顎のラインを辿る。形の良い桜色の唇。囁くような擦れた低音で、女がそんな言葉を秘め事のように洩らす。ゴクリと、知らず喉が鳴った気がした。
「なぁ……シスイ。オマエは私にどのような服を着て欲しいとそう望んでいる?」
「その……オ、オレは…………」
長い睫を湛えた切れ長の目が色を乗せながら細まる。妖しく、誘うような動きで首元に這わされる白い手と、半開きで赤い下の覗く唇は扇情的で、喉が渇いて仕方がない。
まるで奥底に封じた欲望を見透かされたかのようだった。
酷く緊張する。
まるで彼女の部屋に始めて上がった高校生のガキのようだ。
このまま、この時間がずっと続くように思われた。……が。
「……なんて、冗談だ」
なんて言葉となんでもなかったかのような笑みでもってアッサリ、その空気からシスイは解放された。
「……って、オマエな」
ガックリと安堵と緊張がとけたことから肩を落とすシスイに対し、イタチはクツクツと含み笑いを洩らしながら、「先に変な質問をしてきたのはオマエのほうだろう? だからシスイ、オマエが悪い」なんて楽しそうに返した。
それに、あーあオレ遊ばれてんなーと思いつつ、複雑な男心を宥めつつなんだか釈然としないなーといわんばかりの口調で言葉を零す。
「ったく、楽しそうにしやがって。第1、そんなに変な質問だったか?」
「不服か?」
「……オマエが余裕なのが納得いかねーだけだよ」
それにイタチは穏やかな表情でこう答えた。
「そうか。まあ私は別に着飾る必然性を感じてないからな。普通に生活するのであれば、こういう格好で充分だろ。それに……」
そうしてニッコリ、白梅の如き微笑みで、こう女は答えた。
「……そういう格好は特別な時に特別な場所で、見せるのもオマエ1人でいいのだろう?」
「…………やっぱオマエ、オレの事からかってんだろ」
と、答えつつ頬が熱くなるのはどうにも出来なかった。
……日が暮れる。
夕暮れの時間は終わりを告げ、夜の闇が世界を支配する。
そんな中太陽の代わりに自分達を照らすのは青白い月の光。
それがどこかもの悲しくて、つい懐かしく遠い過去に置き去りにした曲が口をつき出る。
「……~~~♪」
静かな旋律。遠い過去。どこかもの悲しく郷愁を呼ぶメロディ。
「オマエは昔もよくその曲を唄っていたな」
「なんだ、まだ帰ってなかったのか」
そう返して苦笑する。
いつもは1つで後ろにくくっている髪を卸しているイタチの姿は、それだけでかなり新鮮だし、どちらにせよ美しい。
(本当、綺麗になったよな)
と何度目かわからない感想を思い浮かべる。
でも綺麗になったという言い方は何か違うのかも知れない。何故なら昔からイタチは綺麗な子だった。その見目も心も在り方も。
だから、正確には綺麗になったと言うより……
その憂いを帯びた横顔も、いつかの子供ではなく、色香を帯びたもう一端の大人の女のソレだ。
それでも、婚約を解除したことを後悔はしていないけれど。
「なぁ……シスイ。オマエは今幸せか」
女は問う。
「…………」
男は一旦黙る。
けれど、そんなの答えるまでもない。
(だってこれは望んでいた世界)
「当たり前だろ」
(こうであってほしいと作り出した願望、夢)
「オレは幸せだよ。幸せで幸せすぎて
愛しくて苦しくて息も出来ない。
幸せ過ぎて窒息しそうなんだ、と男は洩らした。
そんな男を、ゆるゆると慈しむように女は指をクセのある彼の前髪に絡ませ、幼子を労るような仕草で撫で、梳いていく。
「全く、オマエは昔から本当に涙脆いな」
そういって囁く声も表情も温度もまるで慈母のようだった。
優しくて愛惜しくて、悩ましくて、刹那消えてしまいそうで、言の葉は上手く形にならずただ墜ちていくだけ。
否、言葉でいくら重ねてもこの心を本当に表せるものなど何もないのだろう。
空に消え、大気に融けて全部届けばいいのに。
「ずっと明日がこなければいい」
それが、本来の男であれば言うはずがなかったその台詞が、誰かの悪意と善意の上で出来たものだと結局男は気付ける日は来ないのだ。
何故ならこの世界では、この出来事こそが現実だから。
そうやってゆるやかに、幸福な夢を見ながら、男は死んでいくのだろう。
ジワジワ、ジワジワと。
融けて融けて、無限月読に飲み込まれながら。
幸福な夢に、死す。
了