斬れぬものなど全くない   作:きんつば

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閑話 操ること(後編)

 

 

 

 

 

 

ーーーこれからが、あるから辛いんだろ

 

 

 

小さな声で、とてもとても小さな声で、彼はそう言った。

それを聞いていたのは、金色の髪に青の瞳をした女性。その女性は声を鋭くし、彼に言う。

 

「……なんですって?」

 

彼女の声に込もった感情は怒り。今、彼女の目の前で俯き、「泣きながら」その言葉を語った彼に向けてのもの。しかし、それを向けられた彼は臆せず言葉を復唱する。さっきよりも声を大きくして、言う。

 

「これからがあるから、辛いって言ったんだ……!」

 

彼の言葉に込められた感情も怒り。だが、それはその言葉を聞いている彼女に向けられたものではない。それはこの世界にか、この現状にか、いや、それは自身の存在自体に向けられたものだったのかもしれない。そして、それを聞いた彼女は、それらを全て理解したうえで、

 

 

 

「ーーっ逃げるな…!」

 

彼に、さらに怒りを込めて言葉を続けた。

 

「逃げるんじゃないわよ!自分から!!だって、もしそこで逃げてしまったら、貴方はっ、未来に向かってもう進めないでしょ!」

 

「……いいんだよ。未来とか、そんなの。……だって、ただ、虚しくなるだけじゃないか…」

 

強く言葉を言う彼女に対して、彼は弱々しく、そう言った。その彼の姿には何もなかった。本来、生物にはあるであろう希望とか、夢とか、生きる意味とか、絶望とか、恐怖とか、こだわりとか、とにかく全てが無くて、空っぽだった。

そんな彼の様子を見て彼女は、本当に少しの間だけ、自身の唇を噛んだ。なぜそうしたのかはわからない。だが、確かに彼女はそうしていた。それは目の前の彼に対する苛つきからか、それとも自身の後悔からか。それは、わからない。

 

「……だったら、一つだけ聞くわ」

 

彼女は怒りを沈め、静かに彼を見つめる。

言葉を紡ごうとする彼女の青の瞳が、彼の黒の瞳を射抜く。彼にはその視線が、どんな刀よりも鋭利に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー貴方は救いたかったの?それとも、救われたかったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

彼にはその問いが、これまでの自身の全てを語ってくれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大勢の人が行き交う人里。そこには一軒の団子屋がある。

その店は名の通り団子しか売っていない。みたらし、あんこ、三色団子など、種類は様々だが、その他の料理は頼むことができない。団子一筋で経営しているのだ。そのおかげかは知らないが、その店の団子の味はどんな甘味物よりも美味しいと人里で評判だ。今日も、団子屋は大勢の人で賑わっている。

 

そんな団子屋に、人達から変わった目で見られている二人がいた。

一人はこの人里では名の通った女性、アリス・マーガトロイド。そしてもう一人は人里で知ってる人は知っている男性、伝蔵。二人は人里にいることを認められている妖怪だ。だから別に、人に不自然な者に認定されているわけではない。では何故、今この団子屋で二人が変わっていると見られているのか。それは彼女らの現状に理由があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無表情で団子を食べているアリスの足元で、伝蔵が腹を抑え呻き声をあげていたからである。その呻き声は、とても重く響いていた。

 

そしてそんな彼は苦しそうだが、何故か無理やり表情を笑みの形にし、なぜか勝ち誇ったような声で、言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こ、これは何本か…アバラがイッたな(ドヤァ)……」

 

 

 

 

 

 

 

それを言った後、彼は抑えている箇所をアリスに蹴られた。

 

けっこう強めに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分前の出来事を話そう。

そう、数分前のことだ。

俺とアリスは人形劇が終わった後に人里を一緒に歩いていた。オーケー、ここまでは何も問題ない。

その次に一緒に団子屋に入った。うん。何も問題はないよね?

そして、団子屋で注文するときにアリスに何を食べるのか聞いた。→アリスから腹に右フックをぶちこまれた。(大問題発生)

 

……えっと、つまり、何がどうなったら僕はグーをもらうのでしょう?

だって俺何も悪くないじゃん。ただアリスに「ハッハッハ。たくさん食べていいぞ、アリス。……いや、お前は言われなくてもいっぱい食べるか。ははっ!」って言っただけじゃん。なのに、何故貴女様は無表情で「ムカつく」ってボソッと言った後右拳を繰り出してくるの?何なの?俺が悪いの?何故ぇ!?

 

「貴方……本当にデリカシーというモノが欠片すら見当たらないわね……」

 

冷たい目を俺に向けるアリス。まるでその目は、俺自身を全否定するかのような、まるで、俺を生物とみなしていないかのような、そんな、冷たい青の目だった。

 

……え?そんな目を向けられるほど悪いことしたんすか?いやいやいやいや、そんな筈はない。ただ俺は、アリスちゃんは何食べる?遠慮せずにたくさん食べていいのよ?って気づかって言葉を伝えただけじゃないか。かなり気をつかったよ、俺なりに。それなのに何故拳を腹にねじ込むの?不機嫌なの?あの日なの?

…ヤバイなぁ。殴られた理由が見つからない。でもね、きっとこれは俺が悪いんだ。いや悪いらしいのだ。

前にもこの団子屋にアリスと一緒に来たとき「よし、アリスちゃんどれを食べてもいいよー。アリスちゃんたくさん食べそうだけど、お兄さんはしっかりお金を持ってるからね!」と言ったら腹にパンチがジャストミートされました。その時に理由を聞くと、ただ俺が悪いと断言されたのである。いや、でりかしーとか言われてもわからんから。それどんなかしー?ってなるから。

そんなこんなで、今でも何故俺が悪いのかはわからないが、アリスの言うことで間違っていることは全くないはずなのだ。ほら、俺より頭良い雰囲気が充満してるからね。そんな彼女がそう言うんですもの。大人しく僕は謝った方が良いのでしょう。よし、とりあえず謝る。それが相手と接することで大切なことだからね。

 

 

「なんていうか…すみませんでした」

 

「本当にわからないのね……貴方は本物よ……」

 

そう、俺に哀れみの表現で語りかけるアリスさん。

…え?何?何が本物なの?もしかしてモノホンのバカって言いたいの?……しゃあこら、ケンカなら買っちゃうよ。女の子でも容赦しないよ。女の子には優しく紳士的にがモットーの俺でも、優しく丁寧に悪魔に魂売っちゃうよ?……何か自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。ま、今からここはお団子を食べる微笑ましい空間に移り変わるからね。ボディブローの件は置いていきましょう。

 

「おばさん。僕にもみたらし団子を5本ください」

 

「あい、わかったよ!」

 

俺の注文を聞き、元気良く返事を返してくれるお婆さん。やっぱり元気いっぱいで対応されると心が暖かくなる。なんていうか、こう、生きることに喜びを感じてるのがわかるからかなぁ。うーん。言葉じゃ、上手く表せないな。

 

「…貴方、変わったわね」

 

今は隣に座っているアリスが、無表情でそう言う。

 

「なんだよ、藪から棒に」

 

「昔は甘いものなんて、全く食べなかったでしょう?」

 

「……まぁ、そうかなぁ」

 

昔は昔、今は今。誰だって変わるものだ。だから別に、これといった深い意味は……あるのかなぁ。

 

 

 

 

「昔の俺はどんな感じだった?」

 

そんなことを、彼女に聞いてみる。返ってくる返事はなんとなく理解出来てるが、直接、彼女の口から聞いてみようと思った。

昔の俺と、今の俺。どちらも姿形は変わらない。ーーだが、きっと、眼に映ったのは全くのベツモノだっただろう。……それが俺という個を、今でも形成しているものだから間違いだったとは思わない。でも、ただ一言で、昔の自分を振り返って語るとしたら…「ただの子供だった」と、俺は言う。

 

「そうね…」

 

団子と一緒にだされたお茶を一口飲む彼女。その顔に浮かぶモノは何もなく、相変わらずの人形のような美しい姿で彼女は佇んでいた。そして静かに、だがはっきりと俺の質問に答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー今よりかっこよかったわ」

 

 

 

 

 

……え、なにそれ。予想してた答えと大分違うし、心が木っ端微塵で砂と化したんだけど。

これは酷くね?何なのでしょう、今の僕に対する評価の低さは。

いや、わかってるよ。俺があまり女性に好かれていないのは。だって紫先輩だって、もし俺のことを好意的に思ってたらさ、突然スキマの中に俺を落として「団子買ってこいよ。答えは聞いてない」なんて言わないし。もう少し俺に気を使ってくれるに決まってる。大体世の中の知り合いの女性はきっと俺のこと「伝蔵?ああ、あの冴えない男ね(笑)」なんて言ってんだよチクショー。

 

でも、僕は信じていたのです。結構前から知り合いのアリスさんなら、そげなことは言わんと。

ですが本人を前にしての、見えない拳によるアッパーカット。これはもう、泣いていいよね?泣かなきゃやってられないよね?やってらんねぇよバカヤロー……

 

「すみませんおばさん、団子30本追加で!!!」

 

「おお、今日はよく食べるねぇ」

 

もうやけ食いである。 ん?幽々子さんへのお土産?……草でも食ってろ!

 

「それじゃあ私は行くわね。ご馳走様」

 

「ははっ。……どうぞお帰りになってください」

アリスは立ち上がりこの場を後にしようとする。そんな彼女に対して、俺は乾いた笑いと悲しみに満たされた心で対応する。

……涙は見せません。男ですもの…

 

 

「ああ、でも」

 

アリスは団子屋から数歩歩いた後、振り返って俺に何かを言おうとする。

ですが、聞きませぬ!絶対聞きませぬ!!どうせ追い討ちをかけられるから。俺の全細胞がそう語りかけてくるから。あーはやく団子こないかなー。待ち遠しいなー。みたらし団子はね、全ての者に平等に微笑むんだ。これはこの世のルールだから、しっかり覚えておくように。

 

 

 

そんな今にも崩れそうな自我を必死に保とうとしている俺に対して、彼女はいつも通りの、だが、少しいつもとは変わって見える『無表情』で、言葉を続けたーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ーー私は、今の貴方の方が好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい!お待たせ!注文通り団子35本!」

 

「おお!ありがとうございます!」

 

有り金全部使い果たしてやりますよ。ええ。…こんなんじゃ足りないのでござる。俺の心の傷は癒せないのでござる!悲しみの渦に巻き込まれた拙者は救われないのでごさる!!

すみませーん!もう30本追加でー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーその後、白玉楼にてーー

 

 

 

 

 

「……伝蔵様。お団子は?」

 

「……代わりに草でも食べてください(汗)」

 

「うがぁぁぁあああ!!!!!」

 

「 幽々子様!お気を確かに! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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