眼に映るモノと、映らないモノ。どちらが真実なのだろうか。
そんなことをいつも、自分に問いかけていた。それは生きている内には確実に解くことが出来ないというのは、分かっていたけれど。でもソレは、考えることを止める理由にはならないから。だって、ソレを理由にしてしまったら、生きていくことがバカらしくなってしまうし。つまらない人生になってしまうと思ったから。
ーーだから、精一杯拘ってきた。
無理だと言われることも。細かいことも。くだらないことも。自分には関係ないことも。全部、力を尽くしてやってきた。
勿論、失敗だってした。自分が定めた基準に到達出来なくて、悔やんだことはたくさんあった。頑張っても確実に報われるわけではないのだし、それは当たり前のこと。それが当然だ。
だから、だから今回もそれは変わらない。自分の全ての力を尽くして、頑張ろう。頑張るって言葉を逃げの言葉にはしない。自分からも他者からも「頑張った」と言われるぐらいには、足掻いてやろう。いや、「頑張りすぎだ」っと言われるまで、やりきろう。
力の足りない俺は、そこまでやってようやく、救えるのだろう?そこまでやってようやくーー救われるのだろう?
それでは、重労働の始まりである。
自分が本当に生きるために、仕事を始めよう。
◆
レミリア・スカーレットは、目の前の男が理解できなかった。
最初自分が投げた紅の槍を、男はいとも簡単にただの「木の棒」で切り捨てた。そこからレミリアは男が自分と同等、もしくはそれ以上の実力を持っていると判断したのだ。したのだが、
「チッ!速く、死ねッッ!!!」
「ちょ、おま」
現状では、男はレミリアが放つ妖力の弾やヒットアンドアウェイに近い近接攻撃に対して『回避』という手段しか行ってこない。その行動から、レミリアは最初に定めた男の実力を疑い始めた。
(ーー本当にコイツは強いのか?)
レミリアは攻撃を続けながらも目の前の男について考える。
(最初に私が投げた槍を切り捨てた、これは偶然では確実に出来ない。普通ならそれに見合った実力があるはずだ。しかし、現状を見ると……コイツは私の攻撃に翻弄されている)
「消えろッッ!!」
「あぶっ!?」
(それにコイツからは妖力が殆ど感じられないーーとなると)
コイツは、何かしらの能力に特化したタイプの妖怪かーーとレミリアは男の実力を定め直した。そしてその男が持つ能力は、今自分が行っている攻撃に対して全く効果を示さない。だから男は必死に回避し続けている、という答えを導きだした。ならば今自分がすべき最適なことはーー
(全ての攻撃を速くして、なぶり殺す)
それが最もより良い殺し方だとレミリアは判断した。それが最も安全な殺り方なのだと。だが、
(それだけで、済ますものか…!!)
頭で理解できても、レミリアの体がそれを実行に移すことは出来なかった。
それは目の前の男が、彼女の侵してはいけない領域に存在するモノを壊してしまったからだろう。だからきっと彼女は、自分を押さえることができず男に攻撃し続けているのだ。
「……お前は、何も見ていなかったじゃないか」
そんな中、そう男が小さく呟いた。それはとても弱々しく男の口から発せられたモノだった。レミリアはその言葉の意味が理解できなかったが、その男の力無く言う態度に苛つき、怒鳴り返答する。そして、気づいた。
今まで回避することに必死になっていた男が、自分を強く睨み付け始めていることを。
レミリアはほんの一瞬だが、その男の目を見て思考が停止した。別に彼女は、男の目に恐怖したから思考が停止したのではない。それは目の前でこちらを睨む男の視線から、自分に対して何かを訴えていることが理解できてしまったからだ。
「お前はッ!妹のこれからを、全く見ていなかったじゃないかッ!!」
そして次に男から発せられた言葉で、その抗議の内容を完全に理解した。そして理解できてしまったからこそ、
「お前に…お前に何がわかるッ!!!」
今度は彼女は、先程の怒りとは別のモノから生じた怒りを、彼にぶつけた。それはきっと、目の前の彼のことがさらに気に入らなくなったからだろう。余計なお世話だと強く感じたから、彼女は怒っているのだ。それは伝蔵にはよくわかった。やっぱりそうだよねぇ、なんて心の中では共感していたりした。そして彼もだからこそ、
「ーー分からねぇ。姉妹だからって同じ事聞いてくるなよ」
そう、言葉を返すのだ。
「お前ら姉妹のことは正直今でも同情してる。辛かっただろうな、と思っていたりもする。そしてなによりも、お前がそうは思ってほしくないことが、何となく理解できる」
伝蔵はそう言いながら、自分の身体の周りに留めていた自らの妖力を一つの部位に集めだした。それは箒の棒を持つ左手とは反対の右拳に、彼のありったけの力を圧縮させ留めていったのだ。
「だから、俺は慰めない。お前を責め続けよう。……物理的に拳で。精神的に、言葉で」
彼は箒の先端を彼女に向けていた。レミリアはその動作から彼が、今までとは違うと宣言しているのだと感じた。そこまでの気迫が、今の彼から発せられていたのだ。
「そんで、お前がまいって動けなくなったらーー無理やり動かさせてやる。後で文句は無しな。」
「ーー勝手に言ってろ」
レミリアはそう冷淡に呟き、今自分が持つ紅の槍を投げた。しかしそれが描く軌道は、最初に伝蔵に投げた時と同じではない。彼女はーーレミリアはその槍を、伝蔵から見て左から迫っていくように設定して放ったのだ。
そして、投げたと同時にレミリアの姿は消え去った。そう、彼女はそう言えるほどのスピードで、自らが先程投げた槍より少し速い、ちょうど槍と同時に伝蔵の元へ到達するように動いたのだ。
左から迫る紅の槍。右から迫る吸血鬼の爪。
伝蔵に迫る脅威は、どちらとも刹那の間に始まり、終わるものであった。だから彼がその間に行えたのは、一つの行動のみだった。彼は、
ーー左手に持つ木の棒を、大きく振るった。
(何を、している……?)
レミリアには、伝蔵のその行動が理解できなかった。それもそうだろう。何故なら彼のその一振りは、何も、無かったのだ。
正確に言うのなら、彼のその一振りは左から迫る槍にも、右から迫る吸血鬼に対しても振られてはいなかった。それは彼の左から右へ、槍が到達する前に、レミリアが到達する前に、振られたのだ。
レミリアはそれを彼の諦めからでた行動だと判断した。彼が木の棒で相手に出来たのは、この一瞬ではどちらか一方だけだったのだ。左を斬ってから、右を斬るのは間に合わない。右を斬ってから、左を斬るのは時間が足りない。どちらか一方に木の棒を当てると、その分遅れが生じる。それを知ってしまったからこそ、やけくそぎみに木の棒を振るったのだろう。
レミリアは落胆した。さっきまで偉そうに自分に声をかけてきた男が、こうも簡単に死ぬのかと、呆れたのだ。
ーー槍が伝蔵に到達する。吸血鬼の爪が彼の首を刈り取る。
それで終了。それが彼と彼女の戦闘の終わり。それをレミリアは確信し、あとは結果を待つだけだった。そのはずだった。
だが、その結果は、
「な、に?」
何故か、訪れなかった。
目を見開き、疑問の声をレミリアは呟く。彼女は困惑していた。何故、コイツ(伝蔵)が生きているのか。それがレミリアには分からなかったのだ。
槍は確かに、左から伝蔵の胸を貫くように進んでいた。レミリアは確かに、首を刈るため伝蔵に右手を伸ばしていた。そこまでは理解できていた。それから導き出されるのは伝蔵の死だけのはずだ。だが結果として彼は生き、今もこちらを睨みつけている。
そう、その後が問題だったのだ。確かに槍は胸を貫くように進んでいた。確かにレミリアの右手は首を刈るように伸ばされていた。だがそれらは何故かーーー伝蔵を避けるように、動きが変化したのだ。
「ーーくらえ」
伝蔵がそう呟く。それを聞き、レミリアはようやく自分の置かれている現状に気がついた。
理由は分からないが、攻撃を回避されたこと。そして避けられるはずがないと思ってしまっていたが故に、何があってもすぐに行動に移せる態勢を整えていなかったこと。何より彼からしたら、今の自分はダメージを与えるのには最適な状態のことを。
レミリアは目の前から消えたと思うほどの速さで移動していた。それに対し、伝蔵は自らの右拳に妖力を集中させていた。それだけだった。それ以外のアクションを、彼は行わなかったのだーーつまり、彼は最初から待ちの姿勢だったのだ。速さという相手の武器に対して、それをも利用して攻撃をする、という算段だったのだ。
「ーーくらえ、
それが、相手の勢いをも利用するカウンター。それが彼がレミリアに行った攻撃であった。
彼の青に輝く右拳が、容赦なく彼女の顔面に吸い込まれる。それを受け、レミリアは盛大に吹っ飛び、この部屋の壁にぶち当たった。壁が崩れ落ち大きな音が溢れだすこの空間の中で、伝蔵はレミリアの方を見て言う。
「こんなもんじゃないだろう。まだまだお前は動けるはずだ。……動けなくなってから動かすから、文句は言わないように。大事なことだから二回言ったぞ」
◆
「……どうしたの?紫」
伝蔵とレミリアの戦闘を見ていた八雲 紫は、隣にいる博麗 霊夢の声に答えることが出来なかった。紫は今目に映った現実に、それほどの衝撃を受けていたのだ。
そう、先程の伝蔵の一振りは、空間を斬ったとかその程度の次元の話ではない。
おそらく彼はーーこの世界の境界に、刃を通したのだ。
(斬れぬものなど全くない、ね)
紫は伝蔵が言っていた言葉を思い出した。その言葉を嘘偽り、誇張なしと考えるならば、これほど厄介なモノはない。全ての弱点に成りうる特性、それが伝蔵の剣の本質なのではないかと紫は推測した。あくまでも推測であったのは、それを証明できる材料がまだ揃っていないからだ。そして、紫は今回のことで確信したのだ。伝蔵はやはり、
◆
長い紅の廊下を走り続けていた彼女は、ようやく足を止めることが出来た。彼女は、ついにたどり着いたのだ。この物語の終着点に。その、鍵となる人物の元に。
「……お前が、紅 美鈴か?」
「え、はいそうですけど。……門で会ったとき名前教えましたっけ?」
そう言い、こちらに優しい笑顔を向ける美鈴を、彼女は睨み付けていた。
一体この笑顔の裏には、どんな残酷なことを考えているのだろうと、彼女ーー霧雨 魔理沙は思っていたのだ。
伝蔵は言っていた。自分は力を尽くしたのだと。でも、どうにもならなかったのだと悔しさを顔に浮かべ魔理沙に語ったのだ。奴はあまりにも冷酷で、卑怯な手を使い伝蔵に攻撃をしてきたらしい。その事から伝蔵は彼女のことを
「お前、私が言いたいことが分かるよな?」
「……いや、なんのことですか?」
いけしゃあしゃあとしやがって、と魔理沙は怒りから自らの唇を噛んだ。そうしないと、自分を抑えきることが出来なかったのだ。
「私の箒と言えば、わかるか?」
「箒……はて?それが私と何の関係が」
魔理沙は、理解した。
紅 美鈴は、最後までとぼけるつもりだと言うことを。純粋そうな性格を装い、自分を欺くつもりだと言うことが手に取るようにわかったのだ。
「ーーいいぜ」
魔理沙は寛大であった。もし、美鈴が素直に謝ってきたとしたら、許してやろうとも少しは思っていた。本当に少しだが。
ーーだが、結果はこの通りだ。現実はそう甘くない。全ての生物が皆正直に生きている筈がないのだ。魔理沙はその事をここに来て強く痛感していた。社会の闇を見た、という表現が今の彼女の気持ちに近いだろうか。
「お前が私の箒を壊したことを誤魔化そうってんなら」
魔理沙は右手にある自らのマジックアイテム、八卦炉を握りしめる。
「まずは」
目の前の美鈴を睨む。そして八卦炉を彼女に向けた。魔理沙は目で彼女に語っていた。「覚悟は出来たのか?」と。「言い残す言葉はあるか?」と。それが、戦闘開始の合図であった。そして、彼女は怒りに身をまかせ言葉を紡いだのだ。
「 そ の ふ ざ け た お 前 を ぶ ち 壊 す」