短いですがここから最終章になります。
ばたばたしているうちにこんなに時間が経ってしまいました。申し訳ありません。最新話、そっと置いておきます。
|ω・`) チラッ
|ω・`)ノ三(最新話)ソッ
|三3 ビュン
動き出す時間
鎮守府の端にある会議室。
普段は使われないその部屋に一人の女性が入ってきた。電気のスイッチを入れると部屋が一気に明るくなる。
現在は深夜0時00分。深夜の哨戒警備をしている艦娘以外は全員が自分の部屋に戻っている時間である。
中央にある机に腰掛けると足元にある機材の電源を入れる。微かな起動音と共に卓上のコンピュータの画面がたちあがり、1分程でデスクトップの画面が現れた。パスワードの入力を行い通信機材との接続を行う。
「………ふぅ」
小さな溜息と共にその女性……鈴音七海は背もたれに深く体を預けた。
機材が起動するまでの間に深く息を吸って深呼吸をする。
これから始まるのは秘書艦にも秘密の提督同士の極秘集会だ。モニター越しの集会にはなるがこんな時間に緊急の集会となればただ事ではないのは間違いないだろう。
集会を行うと連絡があったのが夕方頃。秘書艦は連れず、部屋の中の音が漏れ出さない様に厳重に注意する事が全員に通達されているらしい。
せっかく北方海域へと出撃を行おうと計画していた矢先にこの招集だ。嫌な予感がする。
やがて端末の起動が完了すると見慣れた各地の提督達の姿が浮かび上がる。
まだ全員ではないが、緊張した面持ちで一言も話さずにいる。目線だけで私が現れたのを確認すると、視線を戻してしまう。
次第に残りの空席にも残りの提督達が浮かび上がった。
引退した呉鎮守府の佐々木提督以外のメンバーだ。呉鎮守府の後任はまだ決定していないので空席となっている。
「お待たせ致しました。全ての提督の出席を確認しました。これから緊急の集会を行います。」
横須賀の鎮守府にだけ艦娘の姿が映っており、書類を持った大淀が全ての提督を見渡した。
提督達が頷くのを確認してから手元の資料を捲り、内容に目を通す。
「まず、最近北方海域で発見された謎の敵影についてです。手元の資料をご覧ください」
七海も手元に準備した資料に目を落とす。題名には〝謎の敵影発見による緊急集会〟とあった。
「これまで確認されたどの個体とも違う新種の深海棲艦が発見されたとの情報がありました。見た目や特徴が発見される毎にバラバラなので進化途中の可能性が高いです」
緊迫した空気の中で告げられた事実に提督達の顔にも緊張感が浮かんだ。
進化の途中ということはどのような形、能力になるかが不明だということになる。
艦隊を運用するうえで敵の艦種、編成を確認できないということは的確な艦娘の編成や運用も行えないということだ。
それは艦娘達の轟沈の危険性を高めることに繋がるため不用意な出撃は大変危険になる。
「そのため、今後の出撃には十分に注意をしてください。特に北方海域への出撃は十分な情報が集まるまでは一時的に禁止とします」
「ーーーっ!?」
七海の書類を握る手に力が入る。
北方海域への出撃が禁止となってしまえばコンゴウを救う鍵を握っている北方棲姫がいる海域へ出撃できなくなってしまう。それはコンゴウの少ない命のカウントダウンを更に縮めてしまうことになる。
しかし、全提督が集まる緊急集会の場で告げられた決定に逆らうことはできない。そんなことをしたら即反逆罪だ。
更に七海の鎮守府には安全に海域を偵察できる空母が少ない。そのためこの場で情報収集担当を願い出ることもできなかった。
七海はただ奥歯を強く噛み締めながら集会が終わるのを待つしかなかった。
◇◇◇◇◇
次の日、七海は鎮守府全体に緊急集会を行う旨を連絡して昨晩の内容を共有した。
当然艦娘達は出撃ができないことに憤慨した。大切な仲間の命がかかっているのだから仕方ないかもしれない。しかし、大本営からの決定に逆らってしまえば出撃どころか鎮守府自体が運営停止により解散となってしまう可能性が高い。
「私は偵察に向かう鎮守府の提督からできるだけ情報を集めてみる。皆は出撃が許可された時のためにいつでも出撃できるように装備の確認や点検をしておいて」
「……ちっ、本当は今すぐにも出撃してぇのによ」
「天龍の言う通りですね……しかし、今はどうしようもありません。偵察部隊の方々が敵の正体をいち早く特定するのを待つしかないでしょう」
天龍の呟きに霧島が頷く。
声には出さなくても他の皆が同じ心境であることは間違いなかった。
刻一刻と減っていく時間との戦いは長引けば長引く程に七海達を追い込んでいく。精神的な疲労はやがて重大なミスを引き起こす原因ともなりえるだろう。
それを理解している七海は場の空気を切り替える様にぱんぱんと手を叩いた。
「とにかく、今は私達にはどうすることもできないわ。皆も一度自分の部屋に戻って気持ちの整理をしておいて」
「たしかに、今の気持ちのままでは何も手につかなくなりそうだよ」
「こんな時こそ那珂ちゃんが歌で皆を励ましてあげちゃうよ!!」
「無理しない方がいいっぽい。顔色が悪いっぽい」
「……っ、そ、そんなことないよ!!」
小さなため息と共に響の呟きが聞こえた瞬間、那珂が無理やりな笑顔で皆の気分を盛り上げようとしている。
しかし、夕立の指摘の通り那珂の顔色も良くはなかった。普段から明るいイメージのある彼女でも流石にショックだったらしい。
那珂は普段の天真爛漫な態度の裏で常に仲間の様子を観察している。暗い雰囲気の仲間にはすぐに声をかけて持ち前の明るさで笑顔にしていく。アイドルのスキルとして当然だと本人は言うだろうが誰よりも周りの様子に目を向けているのは間違いなく彼女だろう。
その那珂でさえ最近は駆逐艦の艦娘達から心配されている有様だ。
本格的に鎮守府自体の士気が低下している何よりの証明だろう。
「これは……まずいわね」
絞り出す様に七海は呟いた。
鎮守府全体の士気が下がるということは艦娘達の不安や不満が溜まっている何よりの証拠だ。下手をすれば指示を無視して勝手に出撃してしまう可能性も存在する。
それが起きていないのはこの鎮守府の全員が大切な仲間を救うという共通の目的に向かっているからに他ならない。命令無視などして謹慎処分などになった日には何もできなくなってしまうからだ。
だからといって安心はできない。血の気の多い天龍を筆頭に意外と好戦的な響や神通も工廠で黙々と艤装の手入れや改良を行なっている。
他のメンバーも思い思いに出撃の準備を着実に進めているので、いつかこの不満は爆発する。
「せめて、常に情報を提供してくれる協力者がいれば……」
出撃を許可されている鎮守府に情報を逐一報告してくれる様な人物がいればそれを共有することでこちらの士気回復と作戦を練る為の時間も作れる。
自分達の戦力強化に重点を置いていた新人の七海にはまだ提督同士の繋がりが浅い。呉鎮守府の前提督であった佐々木提督とは良好な関係を築けていたが、あれは佐々木提督が新人である七海に声をかけてきたのであって歳上故の親切心があったのだろう。実際、2人の関係は孫と祖父の様な関係であった。
その佐々木提督は既に退役していて呉鎮守府にはいない。
どうすればよいか頭を悩ませながら七海はコンゴウの眠る部屋へと向かうのだった。
◇◇◇◇◇
コンコン、とノックをしても返事がない。
コンゴウの部屋には常に誰かがいるはずなのだが、中からは沈黙のみが返ってきた。
七海が不思議に思ってドアを開けるとコンゴウのベッドに寄りかかる様にして寝ている暁の姿があった。どうやら疲れて眠ってしまったらしい。
暁はコンゴウに憧れていたこともあってショックも大きかった。コンゴウの看病に来た時は必ず涙を流している程に。
「きっと泣き疲れちゃったのね……」
暁を起こさない様にそっとドアを閉めた七海はコンゴウ達がいつも紅茶を飲んでいたテーブルに向かい椅子に腰掛ける。
コンゴウへと目を向ければ目を覚まさなくなってから全く同じ姿のまま眠り続ける彼女の顔が見えた。ほんの少し前まで隣で笑っていた彼女の姿を思い出して思わず手に力が入る。
「私は……何もできない。……何も……してあげられない」
悔しくて、情けなくて、痛い程に握った手に視線を落として七海は呟くしかなかった。
ふと、気がつけば時計の短針が一つ時を進めていた。
いい加減執務室に戻らなければと七海が立ち上がった時、ちらりと視界に入った棚のコンゴウの荷物の中から赤い光が漏れていることに気がついた。
(あれは……通信機?)
荷物の中にあった通信機から受信を知らせる赤い光が漏れていた。
コンゴウがよくこれを使って誰かと通信しているのは七海も知っていた。相手は別の鎮守府の友達だと言っていたのも覚えている。
明石が開発した最新型の通信機は軽くて丈夫な素材からできていて持ち運びが楽になったとコンゴウも喜んでいた。
七海は不思議とその通信機を手に取ってスイッチを押していた。通信機特有のノイズの後、少女の声が聞こえてきた。
それが、七海にとってこの事態を好転させる〝幸運の女神〟になった。
『あ、繋がった!金剛さん、お久しぶりです!呉鎮守府の雪風です!』
止まっていた時が、動き始めた。