二度目の人生は艦娘でした   作:白黒狼

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 「艦これ」のアニメと、劇場版「蒼き鋼のアルペジオ」の放映開始を記念して、現在執筆中の「二度目の人生は艦娘でした」の構想段階で迷った末に没になった「主人公がアルペジオのコンゴウになって艦これの世界に行った」という設定の話を載せてみました。
 現在の本編には関係のない完全にIFのお話ですので、ご注意ください。
 また、この話のコンゴウの中の人は本編のプロローグと同じ内容で艦これ世界にやってきています。見た目や能力はコンゴウですが、中身は元人間です。コンゴウ本人ではないのでご注意ください。あと、原作とアニメの設定が混同していますので、少しおかしな表現があるかもしれません。



特別話・もしも主人公が艦娘ではなく霧の大戦艦になっていたら

 麗らかな朝日が窓から部屋に差し込んでくる。

 カーテンの隙間から入り込んだその光は椅子に座ったままの女性の顔を照らし出した。眩しさからか、女性は小さく身動ぎすると綺麗に目線とほぼ同じ高さに切り揃えられた前髪の隙間から部屋を見渡す。

 窓の外が明るいのを確認し、手元へと視線を落とせば読みかけの本が栞も挟まずに閉じられていた。小さく溜息をつくと、ぱらぱらと本を捲り目的のページに栞を挟む。

 今の彼女には栞を挟まずともどこまで読んでいたかなどすぐに分かってしまうのだが、どうにも人間であった頃の感性は簡単には無くならないらしい。

 

「また眠ってしまっていた。……霧島に知られれば文句を言われそうだ」

 

 ベッドで寝てください、と怒る霧島を思い出しながら椅子から立ち上がって少し背伸びをする。そうすれば座ったまま固まっていた体が伸びて心地よい倦怠感がやってきた。そのまま同時に自分の体をスキャンする。紫色の紋様が体に現れ、粒子が周囲を回る。コンピューターが稼動する様な〝チ、チ、チ〟という音が数回したかと思うとスキャンは既に完了していた。

 結果は本体並びにメンタルモデルに問題なし。絶好調であった。

 

「ふむ、霧島が執務室を出てこちらに接近中か……ならば準備をしなくてはな」

 

 呟くと同時に左足を軽く持ち上げ、スイッチを押すかのように床を踏みつける。

 すると、一瞬のうちに光が彼女を包み込み、次の瞬間には消えていた。だが、その間に彼女の姿は寝衣から紫のドレスへと変化し、薄い金髪はピッグテールへと変わる。

 再び椅子に腰掛けると、何時の間に準備したのか妖精さんがティーポットとカップを持ってきて紅茶を注いでくれていた。

 

「……ああ、ありがとう」

 

 無表情だった顔がふわりと微笑む。紅い瞳は変わらず鋭いままだったが不思議と見惚れてしまうような優しい笑顔だった。

 妖精達も一瞬だけ見惚れた後、顔を赤くしながらキッチンへと飛んで行ってしまう。それを見て苦笑いしながらも彼女は紅茶を飲む。それと扉がノックされたのはほぼ同時だった。

 

「……鍵は開いている」

 

「あ、本当ですね。おはようございます、コンゴウ姉様!!」

 

 扉からひょっこり顔を覗かせたのは金剛型戦艦の四番艦、霧島だった。肩上までで切り揃えられた黒髪とライトグリーンの眼鏡が良く似合う。満面の笑顔で部屋に入ってくる霧島にコンゴウは何とも言えない複雑な表情になった。

 

「……霧島、何度も言うが私はお前の姉ではない。私は艦娘ではなく霧の大戦艦・コンゴウ。確かに船体は戦艦金剛と同じ形状だが、全く別の存在だ。私を姉と呼ぶのは間違いである、と説明済みだと記憶している」

 

 カップを置きながらそう言うコンゴウに霧島は少し考えるように瞼を閉じ、数秒してから目を開く。その顔はやはり笑顔だった。

 

「……わかっています。でも、私の中の何かが言ってるんです。貴女は本当の金剛姉様ではないけれど、全く違うわけでもない。……不思議な感覚ですが、私の分析ではきっと貴女と本当の金剛姉様は繋がっているんだと思っています」

 

「……」

 

「だから、私にとって貴女も姉様なんですよ」

 

「……好きにしろ」

 

 微笑む霧島に一瞬見惚れていたコンゴウは急に恥ずかしくなって手元のカップへと視線を逸らした。すると、ティーカップを持つ左手の薬指に輝く指輪に目がとまる。

 それは確かに自らの身をもってして自分を助けてくれた金剛との繋がり。自然と顔が微笑むのを感じながらコンゴウは立ち上がり、霧島の横を通り抜けて廊下に出る。少し恥ずかしいから、できるだけ顔は見せないように。

 

「……行こう、霧島」

 

「はい、コンゴウ姉様!!」

 

 今朝はいつもより嬉しい朝を迎えられた。コンゴウは胸の内が暖かくなる感覚を心地良く思いながら、足取りも軽く霧島と共に食堂へと歩き出すのだった。

 

「あ、今朝は野菜サラダがありますよ」

 

「……ピーマンは入っていないだろうな?」

 

「うーん……どうでしょう。大丈夫だとは思いますけど……」

 

「……」

 

 少しだけ、足取りが重くなるコンゴウだった。

 

 

 

 食堂に到着すると、そこには丁度この鎮守府に所属している霧島以外の艦娘が全員朝食を食べていたところであった。

 扉を開けた音で全員の視線がコンゴウへと向けられる。全員の視線を受けてもコンゴウは全く気にせずに無表情なまま歩きつづけ、間宮の前に立つ。

 

「おはようございます、コンゴウさん!!」

 

「ああ、おはよう間宮」

 

 笑顔でトレイに乗った朝食を差し出す間宮とそれを無表情で受け取るコンゴウ。周りから見たら無愛想で失礼に見られがちだが、コンゴウはこの鎮守府に来てから一度も艦娘達を蔑ろにしたことはない。彼女の内面と言動には大きな差が発生しているのだ。

 コンゴウの内面は艦娘を大切に思う元提督だった人間だ。轟沈した艦娘が絶対に帰ってこないのを知っているし、ここがゲームではなく現実だという事を理解している。しかし、いざ口を開けば出てくる言葉は冷たい言動ばかり。まるで自分の言葉を勝手に翻訳されて喋らされる感覚に最初は酷く戸惑った。

 それがはったりや中身のない言葉ならよかった。だが、コンゴウの思いは本物であり、冷たく呟かれる内容は正論ばかり。すれ違いばかりが重なり、彼女の印象は悪くなるばかりだった。

 

◇◇◇

 

 それが一転したのは何度目かの出撃の時だった。

 コンゴウは艦娘ではなく霧の大戦艦。戦闘の方法も艦娘達とは違い、本体である船体を使った攻撃を行う。しかし、その火力は明らかにオーバースペックであり、近くの味方を巻き込み兼ねないほどであった。

 だから彼女は出撃時は後方待機で緊急時以外はクラインフィールドで防御の援護をするだけで戦闘に参加しない。確かに彼女が動けば楽に戦いは終わるだろう。だが、それは他の仲間達の練度を高めるのを妨げることになってしまう。それでは駄目だと、彼女は常に一歩引いた場所から皆を見守ってた。本来いない筈のイレギュラーが出しゃばるのはいけないと。

 しかし、そんな彼女の気持ちを知らない艦娘達は機嫌を更に悪くした。

 

〝口先だけで戦わない臆病者〟

 

 その時の艦娘達からの印象は大半がこれ。コンゴウもそれを知りながら何も反論せず、ただ無表情に受け流していた。

 そんないつもと変わらない出撃。今回も何もしないまま帰還するだろうと思っていた矢先にコンゴウのレーダーが新たな深海棲艦の反応を捉えた。

 コンゴウはすぐに艦娘全員に情報を伝達。いつでも援護ができるようにクラインフィールドの演算処理を開始する。

 その時の編成は霧島を旗艦に天龍、那珂、暁、電、そしてコンゴウであった。霧島と天龍が前線に立ち、那珂が相手の隙をついた砲撃、暁と電が後方からの支援砲撃と雷撃を行う形になった。もちろん、コンゴウは後方待機だ。

 

 だが、敵の反応が近付くにつれてコンゴウの表情は険しくなる。レーダーの反応がおかしいのだ。一つだけ回り込むように接近している反応があり、明らかに目視できる範囲だというのに姿が見えない。レーダーを対潜用ソナーに切り替えれば水中に微かな反応があった。

 

「(……これは、潜水艦か?)」

 

 すぐさま船底から魚雷を発射する準備をするが、コンゴウよりも先に敵の魚雷が射出されたのを探知した。その狙いは電だ。

 

「電、回避しろ!! 魚雷だ!!」

 

「……え?」

 

 コンゴウが叫び、電が自分に向かってくる魚雷の影に気づくが一歩遅かった。クラインフィールドで防ごうにも咄嗟の演算では完璧な防御は間に合わず、電の至近距離で魚雷は起爆した。受け流せなかった爆風を受け、電は悲鳴をあげることすらできずに吹き飛ばされた。

 

「電ぁ!!」

 

「そんな、私のソナーには何も反応がないのに!?」

 

 天龍が叫び暁は敵の姿を補足できずに焦る。

 その中でコンゴウは装備を高性能なアクティブソナーへと変化させ、すぐさま目標を発見する。その敵達は潜水カ級フラグシップ。高度な進化を遂げたフラグシップ級の潜水艦型深海棲艦は従来のソナーの目を掻い潜る手段を得ていたのだろう。実際、コンゴウも警戒していなければ気づかなかったかもしれない。

 吹き飛ばされた電はコンゴウのおかげで何とか防御が間に合ったのだろう。大破はしているものの轟沈までには至らなかったようで、ふらつきながらも立ち上がった。

 

「電、至急私の甲板上へ避難しろ。そのままでは戦えないだろう」

 

「……ッ、まだ、戦えるのです!!」

 

 クラインフィールドを利用して海面に立ったコンゴウが電を支え、そう進言した。電はコンゴウを見上げながらまだ戦えると叫ぶが、コンゴウは気にせず電を抱え上げると自らの甲板にジャンプする。ダメージが大きく立つのもやっとだった電は甲板に着地した衝撃で膝をついた。

 

「……ぅ」

 

「無理はするな。立つのもやっとな状態で戦線に復帰したところで貴艦は足手纏いだ」

 

「……そんなことッ!!」

 

「ない、とそう言い切れるのか?」

 

「でも、それでも電は……」

 

「……はぁ、面倒くさい」

 

 自分を睨んでくる電にコンゴウは仕方ないとばかりに機関部を稼動させる。重力子が唸りを上げ、船体全体が吼えるように震えた。突然の振動に電が驚愕し、コンゴウが一歩前に踏み出すのと同時に砲台全てがその砲塔を展開させる。艦娘の艤装にはない光学兵器を放てるその砲台全てが深海棲艦へと向けられた。

 

「そこまで言うなら代わりに私が敵を排除してやる。電、前方に展開している味方全てに戦線を離脱するよう伝達しろ」

 

「え、それってどういう……」

 

「……いいから早くしろ。直接私が出ると言ったのだ。……今、私は少々不機嫌だ。味方を巻き込むなどといった愚行は犯さないつもりだが、万が一という事もある」

 

「……コンゴウさん」

 

 コンゴウの船体から紫色の粒子が溢れ、巨大なリング状のサークルが形成される。コンゴウのメンタルモデルの体にも紋様が現れ、〝チ、チ、チ〟と演算処理の音が響く。

 その様子に只ならぬ気配を感じたのか、電が気圧されたように一歩下がり、残りの艦隊メンバー全員も急いで戦線を離脱し、後方に下がった。

 深海棲艦達も危険を察知したのか一斉にコンゴウへと攻撃を開始するが、その全てがクラインフィールドで防がれ彼女に届かない。

 電はコンゴウが少々どころではなく本気で激怒しているのがわかった。電の視点からでは彼女の背中しか見ることができないが、確かに彼女が怒りに顔を歪ませているのが感じられる。

 

「……よくも電に……仲間に、これだけの傷を付けてくれたな。その報いは貴様らの命で償ってもらうぞ」

 

「……え?」

 

 小さくだが確かに聞こえた呟き。コンゴウの怒りの原因が自分を傷付けられたからだと知った電が目を見開く。電はコンゴウのことを冷酷でまるで機械の様だと感じていた。しかし、彼女にはしっかりと感情があり、散々馬鹿にして避けていた自分達の為に怒ってくれている。あの冷たい表情の奥に暖かい心を持っているのだと電は気が付いた。

 

「……コンゴウ、さん」

 

 彼女の気持ちに気付けなかった自分に怒りを覚え、同時に情けなく思う。視界が滲み、慌てて俯いて顔を隠した。こんな情けない自分は見せたくないと、溢れそうになる嗚咽を必死に堪える。直後に響いた爆音や閃光さえ気にせず、ただ目を背けた。

 

「……ぅ、ぐすっ……くっ……」

 

「……どうした電。傷が痛むのか?」

 

「……ッ!?」

 

 不意に声を掛けられ、頬に手が触れたので思わず顔を上げてしまった。

 そこにいたのは今も攻撃の手を休めないにも関わらず目線を俯く自分に合わせるようにしゃがみ込んだコンゴウの姿。砲塔から放たれるレーザーの光に照らされた彼女は相変わらずの無表情。だが手つきは柔らかく、優しい。やはり彼女は自分を心配してくれていたのだと改めて感じられた。だから、電は笑顔でお礼を言った。

 

「コンゴウさん、ありがとう」

 

「……ああ」

 

 コンゴウは少しだけ目を見開き、そしてすぐに電が初めて見る笑みを浮かべた。常に無表情になってしまう彼女の表情も、この時だけは自由に動いてくれた。

 

 コンゴウの侵食兵器まで使った一方的な蹂躙は僅か数秒で終わり、先程までそこにいたはずの深海棲艦達は塵も残さず消滅していた。

 

◇◇◇

 

 それから幾つかの戦場を駆け抜け、すっかり鎮守府の人気者になったコンゴウは主に霧島を中心に開かれるお茶会への誘いが後を絶たない。最近になってやっと思うように動くようになった表情で微笑みながら優しく丁寧な仕草で駆逐艦達の面倒を見る姿は妹達の相手をする姉の様だ。

 

「コンゴウさん、夕立達と一緒におやつ食べるっぽい!!」

 

「ちょっと夕立。今日は私がコンゴウさんと一緒にお茶する約束だったのよ!?」

 

「えー、別にいいじゃん。みんなで楽しくすればさぁ」

 

「雷だけ抜け駆けは許さないんだから!!」

 

「私の目が黒いうちは姉様と二人きりなんて許しませんよ!!」

 

「霧島は同じ部屋なんだからこういう時くらいいいじゃないか」

 

 

 

「……やれやれ、本当に……面倒臭い」

 

 わいわいと自分を巡って争う艦娘達を眺めながら、コンゴウはそう呟き、静かに紅茶を飲む。だが、やはり仲間とはこうでなくてはならない。そう思いながら、彼女は小さく笑みを浮かべるのだった。

 

 


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