遊戯王ARC-V LDS総合コースの竜姫   作:紅緋

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(無言の復活)

2015/12/30 謎改行・ルビ振りミス・台詞修正


9話:《スリーカード》(3は恐怖の数字)

「お前もLDSか?」

 

 聞き慣れない男の声が響く。最初に反応したのは素良だ。声が聞こえた瞬間、振り返るような真似はせず一瞬で体を半歩分飛び退かせた。そんな素良の突飛な行動に呆気に取られた龍姫は反応が遅れ、右肩辺りに衝撃が走る。完全に気が緩んでいたこともあり、そのまま尻もちをつくような形で倒れ込む。

 次いで背後から柚子の小さな悲鳴が聞こえ、ドサリと倒れ込む音とカードが無造作に散らばる音が龍姫の耳に入る。一体何が起こったのかと顔を背後へと向けた。

 するとそこには青色のコートに身を包み、赤いスカーフとサングラスで顔を隠した青年の姿が視界に入る。異様な雰囲気を纏い、ゆっくりと真澄の方へと歩み寄って行く。

 その姿をしっかりと目に焼き付けた龍姫の印象はただ1つ――

 

(――ふ、不審者だっ…!)

 

 ――決闘者ではなく不審者。

 龍姫自身、不審者というよりも奇妙な恰好をした人間なら『あぁ、この人もデュエリストなんだな』という印象で済んだだろう。コートを羽織るくらいならば青眼を愛する彼や地獄の帝王、元キングにナンバーズハンターという前例がある分理解できる。サングラスならスピード☆アクセルデッキのあの人や謎のD・ホイーラー、スカーフなら某西部劇が舞台の時によく見ていた。

 だがそれら全てを兼ねるとここまで露骨に怪しい人物になるのかと体が強張る。極論ではるが、非現実的に怪しい恰好の人間であればデュエリスト、普通の恰好でもデュエリストだと龍姫は認識していた。しかし目の前のこの青年はどうだろうか? 自分と柚子の女子中学生2人を突き飛ばし、さらに真澄の方へとゆっくりと歩み寄って行く、不審さに現実味を帯びた怪しい人間――不審者でしかない。

 

 不審者と真澄が僅かに会話をしているが、今の龍姫にはそれを聞き取るほどの正常ではない。先ずは警察だろうか、それとも大声で助けを求める? いや、もしかしたらこの不審者に仲間が居て複数人の不審者に連れて行かれ薄いブックス!な展開になる可能性もある。一応男手(素良)も居るとはいえ、世の中にはそれ(ショタ)を良しとする人間も居ると聞いた。このままではこの場に居る4人全員が被害に遭ってしまうだろう。一体どうすれば良いのかとデュエル以外で使わない頭を回転させている間に上から少年の声が響いた。

 

「やめろ隼!」

 

 相手を制止するような台詞が龍姫の耳に入る。エレメンタルなのかデステニーなのかイービルなのかヴィジョンなのかは分からないが、間違いなくHERO的な人物が来たと龍姫は安堵した。一体誰が、と期待に満ちた眼差しを声の主に向けると――

 

「これ以上無茶なことをするな!」

「ユート!」

 

 ――不審者が増えた。なぜ? なんで? どうして? と龍姫の思考は初見でインフェルニティを回されている時のように混乱し始めた。不審者が不審者を制しているという状況はまるで意味がわからない。これはアレだろうか、こっちの獲物は俺のものだ的な仲間割れかと龍姫は推測する。

 不審者2人が口論している間に真澄は冷静に北斗らに連絡を取っていたが、龍姫はそれすら視界に入らないほど困惑していた。頭の中が真っ白とでも言うべきなのか――自分としてはどのような状況でも『いつものこと』と割り切れる自信があったが、いざ(デュエル以外で)このような状況に陥ると、ここまで頭が回らないのかと己の無力さに憤る。

 

「待って、彼が犯人かどうかはまだ――」

「――っ、瑠璃っ!?」

 

 そして不審者が狙いを真澄から柚子の方へと変えた。おそらく通報した真澄よりもこっちの方が良いと不審者は判断したのだろう。いつの間にかスカーフやサングラスを外し、柚子の方へと近づく。

 

「何故瑠璃がここに……逃げたのか? 自力で脱出を?」

「えっ…」

 

 不審者が何を言っているかは理解できないが、その時ふと龍姫は柚子のことを思い出した。学校では普段から遊矢と一緒に夫婦漫才を繰り広げては場を和ませ、大会等では健気に頑張っている。勝気なところもあるが、優しく気の利く女の子。つい先日も、遊勝塾でのデュエル後は名前呼びになるまで親しくなった。そんな子が不審者(と思われる男)の毒牙にかかろうとしている。

 

 不審者は柚子にジワジワと近寄り、彼女はすっかり怯えている。気づいた時、龍姫の体は自然と動いていた。『ドロー、スタンバイ、メイン入ります』ぐらいに流れるような動きで左方から不審者に急速に接近する。そしてドラゴン使いのデュエル以外での技を不審者へと向けた。

 

「瑠璃っ! ――がぁっ…!?」

 

 瞬間、重低音が2回響いた。やった本人も不思議に思い、ふと放った技へと目を向ける。自分の左手はしっかりと手刀の形を作り、不審者の左脇腹に深く突き刺さっていた。以前北斗に直撃させたものよりも本気で、かつデュエリストの鍛え上げた筋力による全力の手刀だ。重低音が響くのも無理はない。

だが何故それが2回も聞こえたのかと疑問に思うが、それは少し視点を動かして解消した。先程のもう1人の不審者の右拳が鳩尾(みぞおち)に深く沈んでいる。なるほど、満足パンチかと龍姫が納得した時に先の不審者が小さなうめき声をあげた。

 

「――っ、瑠璃…」

「…彼女は瑠璃ではない……」

 

 後から来たそう不審者が告げると、先の不審者は完全に意識を手放す。そのまま前へと倒れ込もうとするが、それを鳩尾に拳を沈めた少年がしっかりと介抱。さらには肩へ担ぎ始めた。

 

「……あっ――」

 

 その時、龍姫が(やっと)後から来た不審者の顔を見て、小さく声をあげる。それに反応した少年――ユートは声の主の方へ顔を向けると、僅かに眉が動いた。

 しかし顔を一瞥しただけに留まり、まるで最初から何もなかったかのように歩を進めようとする。が、ふとユートは足元に散らばった柚子のデッキのカードを視界に収めると、とあるカードに着目した。そしてそのカードを拾い上げ、真剣そうな――それでいてどこか悲しげな眼差しを柚子へと向ける。

 

「…君にこのカードは似合わない」

「えっ」

「それは心外だなぁ――僕からのプレゼントを他人にとやかく言われたくないんだけど。なんだったらそのカードがどんなに素晴らしいか教えてあげても良いんだけどね」

 

 今まで静観を守っていた素良の口が開く。その表情は普段の小悪魔っぽさは欠片も感じない。自分が誇るカードを嫌悪するようなユートの言い草が癪に障ったというのもあるだろう。

だが、それ以上に目の前の人間が自分とはある意味で縁のある人種ではないのかと勘繰る。無論、それはこの少年に限った話ではなく、その隣に居る龍姫についても同様だ。ユートが現れてから、普段の無表情で無鉄砲で無愛想な物言いが全くの0。その顔は見て分かるほどに困惑や教学の色が混じっている。この2人には何か関係があるのではないかと素良は疑念を抱く。

 

「ちょっとやめてよ素良! 彼は――」

「真澄ぃっー!」

 

 挑発する素良を柚子が宥めようとした時、倉庫街の奥からどこかで聞き覚えのある少年の声が響いた。この場に居る全員がその方向へと目を向けると、そこには3人の少年がこちらに走って向かって来る。その姿の中に北斗と刃が居たことに真澄は安堵の表情を浮かべ、遊矢が居たことに柚子も同じ表情に。だが――

 

「えっ?」

「むっ――」

 

 ――突如、柚子の右手のブレスレットが薄紅色の光を放ち始める。この場に居る全員がその光源へと目を移すと、視界が眩い光に染まった。あまりの光量にほぼ全員が目を瞑る、もしくは手で遮るなどで光から逃れようとする。

 一瞬。それも瞬きをする程度の間を置いてから視界が鮮明になる。すると先程までそこに居たはずの不審者2人が忽然と姿を消し、そこにはユートが握っていた《融合》のカードがゆっくりと地面に落とされた。

 

「真澄! 龍姫!」

「襲撃犯は!?」

 

 それと同じくして全速力で走り、肩で息をしている北斗と刃が真澄の傍へ寄る。一見、外傷等はないように見えるため一先ずの安堵を覚えた。一方で当の真澄は呆然としており、今起きた出来事がまるで理解できない――ただ、事実のみを言葉で吐き出す。

 

「……消えた…」

「えぇっ!?」

「消えたって――マジかよ?」

 

そんな異世界や精霊のようなファンタジーじゃあるまいし、とでも言いたげな顔で刃は真澄に、次いで龍姫へと目を移した。だがそんなおとぎ話のような話を否定しないとばかり龍姫は無言の肯定。その反応を見て、北斗と刃は息を飲む。

 

(何なのこれ……)

 

突然不審者が現れ、続けてもう1人不審者が現れ、不審者同士の争いに何故か物理攻撃((無言の手刀))を直撃させてしまい、助けが来たと思えば柚子のブレスレットが光り輝き不審者が居なくなり――一体、何がどうなっているのか理解できない龍姫。むしろこれで情報を把握しろという方が到底無理な話だろう。整理しきれない出来事に自然と恐怖と不安が混じり、自然と顔が下を向く。

 

「来たぞ、LDS」

「――っ、すみません! 犯人は今までそこに…」

 

 倉庫街の端にLDS所有の車を北斗が見つけると、それに促された真澄が駆け走る。いつの間にか遊勝塾の面々がここからいなくなっており、面倒事に巻き込まれる前に逃げたのだろうと2人は察した。駆けていく真澄を静かに見送り、続けて刃は龍姫の顔を伺う。何故龍姫がここに居るのかはわからないが多分公式戦を終えて合流でも考えていたのだろうと判断。同時に龍姫の表情が見てわかるほどに落ち込んでおり、襲撃犯に何かされたのではと不安を覚える。

 

「なぁ龍姫、何でお前がここに居るのかはわからねぇけどよ、何があったのか教えてくれよ。俺と北斗は今来たばっかでわからねぇし」

「あぁ、真澄の説明だとここに襲撃犯が現れて消えたということしか聞いてないからね……まぁ、言い辛いことなら無理に話さなくても構わないけど」

 

 無論、不安を感じたのは刃だけではなく北斗も同じ。心配そうな顔で龍姫に語りかける。

 声をかけられた龍姫は、ゆっくりと2人に顔を合わせた後に少しだけ考え、口を開く――

 

「……とりあえず手刀で攻撃した…」

「……お、おう…」

「あー……うん、手刀ね、手刀…」

 

 ――が、予想以上に変な回答で北斗と刃はどう反応したものかと、顔を見合わせた。デュエリストならデュエルで解決するのではないのかと思っているものの、相手はLDS襲撃犯。物理的な手段で自衛を行っても問題はないだろう、多分。(一応)龍姫は女子だし。そう思いながら北斗は軽く咳払いし、顔を真澄が向かった方向へと向ける。

 

「まぁ無事で何より。詳しいことはLDSに戻ってから報告すれば良いさ」

「そりゃそうだな。それに龍姫の手刀を食らったんだ、ある意味で一矢報いたようなもんだぜ」

「あの手刀はかーなーり痛いからね。先週食らった僕がよく知っている」

 

 半ば冗長的に。それでいて励ますように龍姫の背を押しながら2人は龍姫と共にLDSの車の方へと向かう。龍姫は不自然な苦笑を浮かべつつ、ほんの少しは軽くなった気持ちになる。やや歪な笑みだが、龍姫の気が多少は楽になったのだからまぁ良いだろうと、北斗と刃は安堵した――

 

 

 

――――――――

 

 

 

 事情聴取を終え、刃に権現坂の件を頼み、いつものメンバーと別れて龍姫は1人帰路を歩く。不審者の情報が出回ったのか、閑静な住宅街には人が見当たらず、龍姫1人で道を独占しているようにさえ思えた。トボトボとやや力なく龍姫は歩を進める――

 

「………っ、!」

 

 ――が、突然龍姫は自分の左拳を電柱へと叩きつける。その表情は辛酸を舐めさせられたように険しく、電柱へと叩きつけた左手の痛みなど知覚すらしていない。

 

(馬鹿だ私は――いざ襲撃犯を目にしたら怖くなって動けなかった。超展開に慣れていると自覚していた結果がただの手刀……これじゃデュエリストじゃなくてリアリストだよ…)

 

 自分の自信が過信であったと思い知り、そんな己の無力さに吐き気を覚える。同時に何故あの状況で堂々と『おい、デュエルしろよ』とデュエリストらしい行動ができなかったのかと、自分自身に怒りを覚えた。一応は精神的に成人までは成長していたつもりだった――だが、所詮はその程度。いざ突飛な事態に巻き込まれてみれば自分は身も心も子供のままだったと自覚する。

LDSに所属している以上、あの襲撃犯に再度遭う可能性は十分に考えられる。ならば今度は物理的な手段ではなく、正々堂々デュエリストらしくデュエルで立ち向かうべきだと頭では理解していた。

 

「……っ…」

 

 しかし理解はしていても、心がそれを受け付けない。真澄達が居た時まではなるべく気丈に振舞おうと気を張っていたが、1人になった途端に体が震えていた。無論、武者震いなどの綺麗な震えではない。

 恐れからくる震えだ。この世界で生を受けてからデュエルで命の危機に関することもあるだろうと、心のどこかでは思っていた。だがそれがこんな――それも唐突に来ることは予想できない。超展開には慣れているとは思っていても、あくまでもそれは第3者の視点。こうして主観的な立場に回ってみて初めて、歴代のデュエリスト達が超常的な場面に遭遇しても決して折れなかった心の強さを思い知る。

 

「……強く…」

 

 どうすれば彼らのように強くなれるだろうか。カードへの思いは誰にも負ける気はしない。ここ一番でのドローの強さもそれなりに自信はある。真澄達LDSの仲間達とも強固な絆で繋がっているだろう。どんな時でも勝負を諦めるようなこともない――なら自分に足りないものは一体何だろう?

 

「……負けたくない…」

 

 その答えは今の自分では答えられない。だが、それでも強くならねばならない。この世界では負ければ『死』――ということは確認できていないが、そういった事態に巻き込まれることは十分に考えられる。ならばそのために――例えどんな手を使ってでも強くなりたい。

 

「……明日の公式戦…アレを入れよう……」

 

 自分のデッキ、そして家にある多くのカードを思い浮かべながら、最近まで使用を控えていたカードを思い出す。初めて見た時は何と出しにくいカードだろうと思っていたが、いざ使ってみればその凶悪さに誰もが忌み嫌うようになった。以前使っていたデッキでは活躍していたが、デッキを『聖刻サフィラ』にしてからは枠の関係やイメージの都合でデッキから外している。だが、今の手持ちのカードでなら十分に採用圏内だろう。とりあえずはデッキのバランスを考えつつ、家に帰ったらまたデッキを調整しようと決意する。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 LDSのセンターコート。そのコート端に設置されている選手用ベンチに座り、龍姫は昨夜調整したデッキを再度確認していた。普段ならば40数枚で収まっていたデッキ枚数が何故か50枚を超えている。通常であれば限りなく40枚丁度にデッキの枚数を収めることは常識だろう。デッキの枚数が多ければ多いほどデッキのキーカードを引く確率は下がり、多種多様なカードを入れることでデッキの事故率も跳ね上がる。

 しかし、それでも龍姫はデッキの枚数を抑える気はなかった。確かにキーカードを引く確率は下がるかもしれないが、自分のドロー力には自信がある。初手全部バニラなどの大惨事もここ数か月は起きていない。また、デッキの枚数が多ければ『デッキ破壊』を相手にした時にもちょっとした対策にはなるだろうという判断だ。それに魔法・罠カードの種類を多くすることで、相手の自分への対策を講じさせにくくすることもできると思っている。

 極端な話だが、真澄の公式戦を見学した際に相手が対策として用意した《封魔の呪印》で《ジェムナイト・フュージョン》を使用不可能にさせた時が良い例だ。あの一戦で真澄は防戦一方だったものの、最終的には罠融合による逆転1ターンキルで勝ったから良かったが。

 そういった友人の前例があったため、例えデッキ枚数が多くなったとしても万能性に富んだデッキにしなければならない。デッキコンセプトである大量展開はそのままに、通常のビートダウンとは異なる相手――バーンやデッキ破壊対策に少々カードを足す。あとはこのデッキが今回の公式戦でしっかりと回るかどうかを確認すれば良い。そう思いながら龍姫はデッキを眺める。

 

 そんな龍姫の様子を観客席から見守る影が4つ。昨日、サイバー流道場で龍姫の公式戦を見学した沢渡とその取り巻き3人だ。彼らは特に心配そうな表情ではなく、すっかり安心しきっている表情で龍姫を眺めていた。

 

「いやぁ~、昨日はやべぇと思ったけど結局は橘田さんが勝ったな」

「まぁ総合コースのトップなんだから当然だろ? それにジュニアユースの勝率も8割超えているし、公式戦もあとは規定試合数をこなせば良いだけだしな」

「今日の相手は塾生じゃなくて無所属の相手だっていうし、負けはないだろ」

 

 頬杖をつきながら、取り巻き達の会話を右から左に聞き流す沢渡。確かに昨日の試合は途中で危ない場面こそ幾つかはあったが、最終的には龍姫の勝利で終わった。今日ぐらいは安心して見ていたいものだと内心で愚痴のように零す。

 今回の試合は相手が無所属の相手ということで全く情報がないが、フリーのデュエリストでも大会の入賞経験等があればある程度の噂は耳にする。しかしそういった公式の目立った記録がなく、ジュニアユースの出場資格も6連勝のみと少なすぎてやや不気味だ。前回・今回の龍姫の対戦相手は全て赤馬零児の選出。前回のサイバー流の件があるためまた何か特異なデュエリストなのではないのかと邪推してしまう。

 

「お待たせ!」

 

 沢渡がそう思っていた時、龍姫の対戦相手がデュエルコートに小走りで姿を現す。沢渡や龍姫の通う第二中の制服ではなく、第一中の制服を着た少女。セミロングの黒髪ストレートで、背は平均的な女子よりも大分小さい。快活そうな顔は明るい性格をイメージさせ、昨日対戦した変に厳格な藤島恭子と比べれば普通の女子だと判断しただろう――その立派な双丘を目にするまでは。

 龍姫は相手の姿を見て何でもないように振舞い、軽く一礼をする程度で済ませる。だが目だけは対戦相手の巨峰に向かい、どこか殺気を孕んだようなそれに感じられた。取り巻き達も昨日藤島と会った時と寸分違わぬ反応で、ただ『でかい』とだけ呟く。

 二日連続で見事な山の持ち主を龍姫の相手にするなど、赤馬零児は龍姫に嫌がらせでもしたいのではないかと沢渡は思った。これはきっと龍姫を煽るための人選で、本人は今頃モニタールームでささやかなサービスとでも思いながら龍姫の反応を見て楽しんでいるのではないかとさえ錯覚する。

 そんな赤馬零児の思惑(だと思われるもの)には屈しないと言わんばかりに龍姫は真剣な表情になり、軽い咳払いを交えながら瞬時にデュエルディスクを構えた。

 

「……時間が惜しい。早く始めよう」

「えぇー、折角久しぶりに会ったんだから、ちょっとだけ雑談に付き合ってくれても良いじゃん。たっきー」

 

 『たっきー』って誰だ? と沢渡は取り巻き達に目を配る。沢渡の問うような視線に取り巻き達も理解できず、といった形で少女の方に目を向けるが、ふと柿本が「あっ」と声をあげた。

 

「たっきーって、橘田さんのことじゃないッスか? ほら、橘田さんって名前が龍姫(たつき)ッスよね? それを愛称みたいにすればたっきーに」

「あぁっ! 橘田さんのことか! てかそんな愛称橘田さんに付けるとか恐れ多いだろ!」

「一体誰なんだよあいつ――隣の中学の奴みたいだけど…」

「……どこかで見たことはあるんだけどな…」

 

 沢渡は自身の記憶から龍姫を『たっきー』という愛称で呼ぶ少女を必死に探し出す。隣の中学だから馴染みはないが、交友関係が狭く深い龍姫のことだ。先の『久しぶりに会った』という発言から過去に大会か何かでデュエルした仲だとは考えられるものの、沢渡の記憶で龍姫と対戦した相手であんなにも気軽に話しかける人物はほとんどいない。大抵は大型ドラゴンの大量召喚に恐怖し、龍姫とは口も利きたくないというのが大半のハズだ。それがなく、ましてや龍姫と話したいなど並の人間ではない。

 

「去年の大会以来だしさ。あっ、そういえばその去年の大会の優勝賞品のカードはそのデッキに入って――」

「…………」

「――あ、はい、ごめんなさい。すぐに準備するね」

 

 龍姫の無言の威圧に耐え切れなくなったのか、あっさりと少女は折れていそいそとデュエルディスクを構える。むしろ龍姫相手によくコミュニケーションを取ろうとしたな、と沢渡は少なからず少女に尊敬の念を抱いた。

 

 両者の準備が完了した瞬間、センターコートのソリッドビジョンシステムが作動する。虹色の光が幾重にも重なりながら、段々とアクションフィールドを形成していく。今回は龍姫の得意なフィールドか、相手の得意なフィールドか、はたまた全く関係ないフィールドが現れるのかと沢渡はデュエルフィールドをじっと見つめる。

 デュエルフィールドは黒く――ただ、黒い色に染め上げられていった。ファンタジーに出てくるような中世の城をバックに、荒廃した城下町。家屋は崩れ、道は荒れ、廃墟のような印象さえ覚える。満月の夜に映えるその光景はまるで至る限りの暴力が尽くされた後のような街並みだ。

 確かアクションフィールド名は《デモンズ・タウン》――悪魔の街。これは龍姫にも相手の少女にも全く関係ないフィールドだろうと、沢渡は決めつけた。

 龍姫は自他共に認めるドラゴン使い。悪魔との関係性は全くなく、精々闇属性が多少居る程度。

 相手の少女はあの性格で悪魔族を使うとは到底思えない。悪魔族とは赤馬零児が使う『DD』のような不気味で暴力的なもの。それをあんな少女が使うハズはない。

 ここでは単純に互いの実力のみの勝負になるだろう――そう沢渡が目を瞑って頷いている間、龍姫は僅かに目を細め、少女は満面の笑みを浮かべていた。

 

「さてそれじゃあ――戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「…モンスターと共に地を蹴り宙を舞い、フィールド内を駆け巡る」

「見よ! これぞデュエルの最強進化形! アクショーン――」

「「デュエルっ!」」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「私の先攻っ! モンスターを裏側守備表示でセットし、カードを3枚セットしてターンエンド!」

(裏守備ねぇ…)

 

 珍しい。そう思いつつ、沢渡は少女のフィールドを見る。基本的にアクションデュエルでは召喚したモンスターと共にフィールド内を駆け、アクションカードを探す、もしくは相手のアクションカード入手を妨害することが基本だ。そのため、裏側守備表示で出すとなるとセットモンスター共通のソリッドビジョンでしか現れず、前述の行動ができない。通常のスタンディングデュエルであれば慎重な立ち上がりだと評価できたが、このプレイングは正直間違っているのではないかと沢渡は考える。セットカードが3枚もあれば相手の動きを牽制するという意味で先攻は間違っていないだろう。しかし、やはり先攻を取ったのだから先に目立つべきではないかと(遊矢に影響された)エンターテイナーとしての血がそう告げている。

 

「……私のターン、ドロー。魔法カード《召集の聖刻印》を発動。デッキから『聖刻』モンスター1体を手札に加える。私はデッキから《聖刻龍-トフェニドラゴン》を手札に。そして《トフェニドラゴン》を特殊召喚。このカードは相手の場にモンスターが存在し、自分の場にモンスターが存在しない時に手札から特殊召喚できる。さらに手札から《聖刻龍-アセトドラゴン》をリリースなしで召喚。《アセトドラゴン》は攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚できる」

「おっ、一気に上級モンスター2体」

 

 龍姫の場にお馴染みの『聖刻』上級モンスターが2体姿を現す。だが沢渡は少しだけ首を傾げた。特殊召喚効果を持つ《トフェニドラゴン》をリリースして《アセトドラゴン》をアドバンス召喚すれば、いつものようにドラゴン族通常モンスターを特殊召喚。そこから《アセトドラゴン》のレベル変更効果を使用することですぐにエクシーズ召喚に繋げられるハズだ。それを使わないとなると、何か別の手段があるのかと龍姫の場に注目する。

 

「私は《トフェニドラゴン》と《アセトドラゴン》をリリースし、手札から魔法カード《ドラゴニック・タクティクス》を発動。場のドラゴン2体をリリースし、デッキからレベル8のドラゴン1体を特殊召喚する。デッキからレベル8の《ダークストーム・ドラゴン》を特殊召喚。さらにリリースされた《トフェニドラゴン》と《アセトドラゴン》のモンスター効果発動。自身がリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族・通常モンスターを攻守0にして特殊召喚する。デッキから《神竜ラグナロク》と《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚」

「一気に場にドラゴンが3体も…!」

「しかもそれを後攻2ターン目で――やっぱり橘田さんはすげぇや!」

 

 上級モンスター2体が場から姿を消し、次いで現れたのは最上級ドラゴンと2体の下級ドラゴン。カード消費だけで言えば一切のディスアドバンテージなしに展開しているのだから、中々にえげつないと沢渡は感じる。さらにレベル4のモンスターが2体揃い、墓地には上級ドラゴン。そして龍姫の手札が未だに3枚もある。ならばそこから導き出される答えは自ずと限られるものだ。

 

「レベル4の《ラグナロク》と《アレキサンドライドラゴン》でオーバーレイ。竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え! エクシーズ召喚! 降臨せよ、ランク4! 《竜魔人 クィーンドラグーン》! オーバーレイ・ユニットを1つ使い、《クィーンドラグーン》のモンスター効果を発動。1ターンに1度、墓地よりレベル5以上のドラゴンを効果を無効にし、このターンの攻撃を封じて特殊召喚する。甦れ、《トフェニドラゴン》」

「出た! 橘田さんの大量展開(ソリティア)だ!」

「ここからガンガン出てくるぜ!」

 

 わいのわいのと騒ぎ立てる取り巻き達を横目に、沢渡は視線を龍姫ではなく相手の少女へと向けた。この後の龍姫のプレイングは何十、何百回と相手をした自分には手に取るように分かる。見慣れた光景よりは相手の反応を見た方が良いと判断した。何せ赤馬零児が龍姫の相手に指名した人物、それ相応の実力があるだろうし、相手の一挙一動に注意することもデュエルでは大事だ。

 並のデュエリストであれば龍姫のこの展開に恐怖するか警戒するかの2択。まだドラゴンが出てくるのかという恐怖と、どのドラゴンを出されるのかという警戒。この女子はどんな反応を示すのだろうと、沢渡は少女の顔を見るが――

 

(…何だ、あいつ? 笑っていやがる……)

 

 ――その表情は笑顔のまま。むしろ目を星のように輝かせ、次の手を待っているようにも見える。あの3枚のセットカードはブラフかとさえ思うほどに発動する気配もない。何もしないまま龍姫の好きなようにやらせるのかと、沢渡は少女に何か底知れぬ恐怖のようなものを感じた。

 

「手札から儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。レベルの合計が6以上になるように手札・場からモンスターをリリースし、《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行う。場の《トフェニドラゴン》をリリース――祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、レベル6! 《竜姫神サフィラ》!」

「「「来た! 橘田さんのエースモンスター!」」」

「…リリースされた《トフェニドラゴン》のモンスター効果発動。デッキからレベル1・ドラゴン族・通常チューナーモンスターの《ガード・オブ・フレムベル》を攻守0にして特殊召喚する」

 

 そんな沢渡の不安を知る由もない龍姫は淡々とプレイングを続ける。エクシーズ、儀式と続けて今度は場にチューナーと非チューナーモンスター。場のレベルやモンスターの条件から考えて、出てくるシンクロモンスターは昨日のあのドラゴンだろうと沢渡と取り巻き達は瞬時に察した。

 

「《ダークストーム》は場・墓地では通常モンスターとして扱う――私はレベル8通常モンスターの《ダークストーム》にレベル1の《ガード・オブ・フレムベル》をチューニング。蒼銀の光輝かせ、全ての災厄を打ち払え! シンクロ召喚! 光臨せよ、レベル9! 《蒼眼の銀龍》!」

 

 儀式・エクシーズ・シンクロと立て続けに異なる召喚法で場にドラゴンを出す龍姫。今回は比較的緩いソリティアだったため、龍姫のプレイングは見ていてわかりやすい。変にデッキ・手札・場・墓地を往復させなかったので前回と違い沢渡は安心して龍姫のデュエルを見ることができ、一息つく。

 

「《蒼眼の銀龍》のモンスター効果発動。このカードが特殊召喚に成功した時、私の場のドラゴンは次の相手ターンまで相手カード効果の対象にならず効果で破壊されない。さらに《クィーンドラグーン》が場に居る限り、このカード以外の私のドラゴンは戦闘で破壊されない」

「おっけー」

「軽いなオイ」

 

 対象効果・効果破壊・戦闘破壊と3重の耐性になったにもかかわらず、相手の少女は動じるどころか笑顔で返す。まるで龍姫がこのプレイングをすることが当然のように。そんな少女の薄気味悪さと不自然なほどに自然な笑みに再び沢渡は恐ろしさを覚えた。

 相対している龍姫の方は表情にこそ出さないが、それでもどこか目の前の少女に警戒しているようにも見える。そのことにこの場にいる全員が気づいていないが、龍姫は僅かに目を険しくさせながら手を前にかざす。

 

「……バトル。《クィーンドラグーン》で裏守備モンスターに攻撃」

「そのタイミングでアクション魔法《幻影》を発動! 私の場のモンスター1体を選択し、そのモンスターはこのターン戦闘では破壊されない! 対象はもちろん私の裏守備モンスター!」

「な――っ!?」

 

 『いつの間にアクションカードを!?』という取り巻き達の声があがる前に裏守備モンスターを取り囲うように黒い霧が纏わりつく。《クィーンドラグーン》が放った攻撃はその闇の中に吸い込まれ、破壊された時のエフェクトも発生しない。そこにはただ攻撃に失敗したという事実のみが残った。

 

「さらに攻撃された裏守備モンスター《暗黒のミミックLV1》のリバース効果発動! 私はデッキからカードを1枚ドローする!」

「リバースと――」

「――LV?」

「それに悪魔族?」

 

 あまり聞くことのない単語に取り巻き達は顔を見合わせる。リバース効果は裏側表示のモンスターが表側になった時に発動する効果、LVモンスターは特定の条件を満たすことで上位態に進化するモンスターだ。どちらも総合コースの講義で習ったことはあるが、どれも癖が強く扱い辛いのでLDSでは滅多に使うデュエリストはいない。しかもそのモンスターが悪魔族。あの太陽の如く明るい笑みの少女が使うデッキとしては、かなり場違いではないかと取り巻き達の印象は一致する。

 

「……バトル終了。カードを1枚セットし、エンドフェイズに《サフィラ》のモンスター効果発動。この子が儀式召喚に成功したターン、または手札・デッキから光属性が墓地に送られたターンのエンドフェイズに3つの効果から1つを選択し適用する。私はデッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択――これでターンエンド」

 

 今回は《超再生能力》による大量ドローはないのか、と珍しく思う沢渡。このターンで龍姫は《トフェニドラゴン》を2回、《アセトドラゴン》を1回リリースしたのだから、もしも《超再生能力》があれば最低3枚ドロー、《サフィラ》の効果で捨てたカードがドラゴンなら4枚もドローできていただけに、少し勿体ないとさえ感じる。

 尤も、今の龍姫の場には攻撃力2500の《サフィラ》と《蒼眼の銀龍》、攻撃力2200の《クィーンドラグーン》の3体が居るため場は圧倒しているだろう。何せ対象効果・効果破壊・戦闘破壊と3重の耐性を得ているのだ、早々突破される布陣ではない。セットカードは1枚のみだが、現状の布陣から考えて《復活の聖刻印》等の《サフィラ》の補助カードだと推測した。手札は1枚だが、《サフィラ》・《蒼眼の銀龍》・《クィーンドラグーン》の効果があればカード・アドバンテージはすぐに巻き返せる。次のターンから再度龍姫は攻め直せるだろうと沢渡は予想した。

 相手の少女の場には《暗黒のミミックLV1》とセットカードが3枚。手札は先のドロー効果で2枚に増えており、カード・アドバンテージで言えば龍姫とほぼ互角だろう。次のターンで手札は3枚に増えるが、リバース効果モンスターやLVモンスターは展開力には乏しい。龍姫の場のドラゴンを1ターンで返すことは至難の技だ。

 

(けど何か引っ掛かりやがる……)

 

 しかし、それでも沢渡の不安は拭い切れない。リバース効果とLVモンスターという特定のカテゴリを使う腕の立つデュエリストならば有名になっているハズだ。だが相手の少女の顔を見た記憶はないし、そんな噂も聞いたことがない。情報が少ない故、ここは一旦様子見に徹するべきかと沢渡は相手の少女に集中する。

 

「私のターンっ、ドロー! スタンバイフェイズに《暗黒のミミックLV1》の効果発動! スタンバイフェイズ時に表側表示のこのカードを墓地に送ることで、《暗黒のミミックLV3》にレベルアップできる! 出ておいで、《暗黒のミミックLV3》!」

 

 相手の少女の宝箱の姿をしたモンスター《暗黒のミミックLV1》がその姿を進化させ、一回り大きい宝箱の《暗黒のミミックLV3》へと姿を変える。今度は被戦闘破壊時にデッキから1枚ドローする効果、しかも正規手順で進化させたことでその効果は2枚ドローへと優秀な効果になっていた。

 効果自体は悪くない。だがあまりにも受動的だ。今の状況で戦闘破壊され2枚ドローできれば手札の枚数は5枚と大きく増やせるが、それはあくまでもバトル後の話。バトル後に手札を増やしたところで龍姫のドラゴンを倒せなければ次のターンで総攻撃を受けて終わりだ。

 

「まだスタンバイフェイズを続けるよ。永続罠《リミット・リバース》を発動! 墓地の攻撃力1000以下のモンスターを攻撃表示で特殊召喚する! 私は墓地の攻撃力100の《暗黒のミミックLV1》を特殊召喚し――このタイミングで手札から速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動!」

「げぇっ!」

「あのカードは――っ!」

 

 再度場に現れた《暗黒のミミックLV1》。それに続くように発動した速攻魔法《地獄の暴走召喚》に取り巻き達は声を荒げる。あのカードは昨日の公式戦でも見たカード。その効果は相手場に表側表示のモンスターが存在し、自分が攻撃力1500以下のモンスターが特殊召喚に成功した時に発動。特殊召喚した自分モンスターと同名カードを可能な限り手札・デッキ・墓地から攻撃表示で特殊召喚し、相手も場のモンスターと同名モンスターを可能な限り特殊召喚する。だが今の龍姫の場には儀式・シンクロ・エクシーズと召喚制限があるモンスターのみ。昨日と同じように相手の少女だけが好きなだけ展開する形となった。

 

「たっきーの場で特殊召喚できるモンスターはいないから、私だけデッキから《暗黒のミミックLV1》を2体攻撃表示で特殊召喚! さらにっまだスタンバイフェイズだから《暗黒のミミックLV1》の効果を発動できる! 呼び出した2体の《暗黒のミミックLV1》を《LV3》に進化!」

 

 一瞬にして少女の場にモンスターが4体揃う。しかもその内3体は正規手順で進化したレベルアップモンスター――自身の効果で戦闘破壊されれば合計で6枚ドローと、驚異的なアドバンテージのカードへと変貌する。

 だが沢渡はそれよりも、この相手が使用した《地獄の暴走召喚》が気にかかった。昨日の藤島恭子はサイバー流故に同名カードを扱うので投入されていてもまだ理解できる。しかしこの少女の悪魔族デッキにあのカードが入るだろうか? しかも龍姫が場をドラゴンで埋め、かつ召喚制限があるこの状況下では最大限にその効果を発揮する。普段ならば敬遠されるようなカードを、公式戦で――それも龍姫を相手にというのがどうしても引っ掛かる。

 ここでふと、沢渡はあの腹黒い社長の顔が頭を過った。前回・今回の対戦相手のチョイスは全てあの男のもの。彼の性格を考えれば、龍姫に高額カードをねだられた腹いせに龍姫の情報を吹聴しつつ対戦相手を選んだと考えられなくもない。むしろそうでなければ説明がつかない。何て性格の悪い男だ、と沢渡は(勝手に)眼鏡マフラーノーソックス社長に対して毒づく。

 

「メインフェイズ! 私は残った《暗黒のミミックLV1》をリリースし、《タン・ツイスター》をアドバンス召喚! ここで永続罠《シェイプシスター》を発動! このカードは発動後、悪魔族・地属性・レベル2・攻守0・チューナーのモンスターカードとして場に特殊召喚される!」

「…発動時にリバースカード、速攻魔法《魔力の泉》を発動。相手の場の表側表示の魔法・罠カードの数だけ私はデッキからカードをドローし、その後自分の場の表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる。貴方の表側表示の魔法・罠カードは《リミット・リバース》と《シェイプシスター》の2枚。よって私はデッキから2枚ドローし、表側表示の《魔力の泉》の1枚分手札を捨てる。またこの効果の適用後、相手の表側表示の魔法・罠カードは破壊されず、効果も無効化されない」

 

 新たに発動されたカードに龍姫は僅かに目を細めながら、唯一のリバースカードで手札を増やす。相手の魔法・罠に耐性を持たせるデメリットもあるが、簡易《天使の施し》として考えれば十分優秀なカードだ。尤も永続系を多く使う相手だと知って(・・・)いたから今回は入れていたに過ぎない。少し欲を言えばあと1枚くらいは表側表示であって欲しかったと内心でため息をこぼす。

 

「んー、今は耐性とかいらないんだけどなぁ……まっ、いいや。私はレベル6の《タン・ツイスター》にレベル2の《シェイプシスター》をチューニング! 闇より出でし奇術師よ、呪いの血を相手に与えよ! シンクロ召喚! 降臨せよ、レベル8! 《ブラッド・メフィスト》!」

「「「し、シンクロ召喚っ!?」」」

 

 奇術師の風貌の悪魔《ブラッド・メフィスト》が場に現れたと同時に取り巻き達の声が荒ぶる。LDS以外でシンクロ召喚を教えている塾は極少数だ。その中でもジュニアユースに出場でいるデュエリストはさらに限られる。無論、そういった実力者に関して沢渡はもちろん取り巻き達は噂や公式の選手登録で確認しているため、シンクロ召喚を使うデュエリストはすぐにわかるハズだ。

 だが、龍姫の相手をしている少女のことは全くわからない。一体どこの誰なのか。これほどのデュエリストが塾生ではなく本当に無所属のデュエリストなのかと疑ってしまう。

 

「ここで墓地に送られた《タン・ツイスター》のモンスター効果を発動! アドバンス召喚したこのカードが墓地に送られた時デッキから2枚ドローし、その後自身を除外する! おっ、良いね良いねぇ、続けて永続罠の《リミット・リバース》を墓地に送り、魔法カード《マジック・プランター》を発動! 私の場の永続罠を墓地に送ることで、デッキから2枚ドローする!」

 

 そんな取り巻き達の反応を横目に、少女は流れるように手札を増やしていく。《タン・ツイスター》召喚時には1枚しかなかった手札が、いつの間にか4枚。さらに場には3体の《暗黒のミミックLV3》も居るのだから、まだまだ手札増強が終わることはない。

 ふと、ここで沢渡は今までバラバラだった情報を繋ぎ合わせる。相手はリバースやLV、シンクロ、使用カードは悪魔族。使用した《マジック・プランター》の存在から永続罠を多く積んでいるデッキ構築。そして無所属のデュエリスト――記憶の中で、1人のデュエリストの情報が出て来る。

 その名前を思い出すや否や、すぐにデュエルディスクを取り出し名前を検索。相手の少女の顔を公式デュエリスト名鑑に登録されている顔写真を見比べ、沢渡は確信した。

 

「そうか……あいつが…」

「さ、沢渡さん?」

「ほら、これが橘田の相手だ」

 

 自分のデュエルディスクをそのまま取り巻き達に放る沢渡。それをやや驚きながらも大伴がキャッチし、デュエルディスクに表示された少女の顔と名前を見た。

 

月宮(つきみや)美夜(みや):無所属

過去在籍していたデュエル塾

○月野リバース塾

○エターナル・フォース・トラップ・スクール

○ステップアップ・レベルアップ塾

○ボルガー・シンクロ・スクール

 

「なんだこいつ……デュエル塾を転々としていやがる」

「あれ、でも聞いたことがあるような――」

「――あぁっ! そういえばちょっと前にデュエル塾に転々としている悪魔族使いがいるって聞いたことが! 何でも、その塾の特徴を会得したら辞めてを繰り返している奴がいるって……」

 

 全てに合点がいった、とばかりに取り巻き達は声を荒げてデュエルディスクに表示されている情報とデュエルフィールドに居る少女――月宮美夜に視線を交互させる。リバース、LV、シンクロと多くの戦術を使い、基本的に永続罠を多用しているそのスタイルは美夜の情報と一致していた。

 また詳細な情報を見るとジュニアユースの出場条件は数か月前に6連勝でとっくにクリアーしている。なら何故龍姫と今更公式戦のデュエルを? と取り巻き達は首を傾げる。

 

「お前らは知らないかもしれねぇが、あの女と龍姫は非公式の大会で何度か当ってるんだよ」

「えっ、そうなんスか?」

「まぁ俺も橘田から話を聞いた形だけどな……あいつが大会で優勝した時に限ってあの月宮は橘田と当っていつも準優勝以下の成績なんだよ。その時龍姫は決まって『決勝で悪魔族使いと当った』、『準決勝でまたあの悪魔族使いと当った』とか言ってたしな。今回はおそらくそのリベンジだろうな……ジュニアユース選手権で当たるかどうかもわからねぇし」

「なるほど……でも沢渡さん――」

 

 沢渡の説明に納得する取り巻き達。確かに大会で何度も当たり、優勝を阻まれた相手に雪辱を果たしたいという気持ちはわからなくもない。自身のジュニアユース選手権に支障がなく、かつ相手側から申し出があったのなら断る理由もないだろう。ならば今回は絶好の機会、加えて先の《地獄の暴走召喚》の件と言い、ある程度龍姫のデッキを理解していることも頷ける。しかし――

 

「さぁここからいくよたっきー!」

「…………」

「――あの子、普通に満面の笑みでデュエルしてて、リベンジとかそういう雰囲気じゃないッスよ?」

 

 ――美夜本人からリベンジに燃える、といった感情が読み取れない。むしろ龍姫の方が先程から美夜に『たっきー』と連呼されて顔を歪めている。

 山部からそう言われ、沢渡は一瞬固まった。何と返そうか、そうあれは笑顔の裏に憎悪を隠しているに過ぎない。きっと内心ではハラワタが煮えくっているに違いないのだ。そう取り巻き達に言おうと冷や汗を流しながら指を美夜に向ける。

 

「あ、あれは――」

「《暗黒のミミックLV3》3体で《蒼眼の銀龍》に攻撃! そしてこの瞬間手札を1枚捨て、罠カード《レインボーライフ》を発動! このターン、私が受けるダメージは全て回復に変換される! 受けるハズだった4500のダメージが回復に変わり、さらに戦闘破壊で墓地に送られた3体の《暗黒のミミックLV3》の効果で6枚ドロー! 続けて《ブラッド・メフィスト》で《クィーンドラグーン》に攻撃!」

 

 沢渡の台詞を遮るように美夜は攻撃宣言を下す。自爆特攻で受けるダメージをカード効果で回避し、ドロー効果で手札を9枚にまで増やす美夜。そして先ずは戦闘破壊耐性を付与させている《クィーンドラグーン》に狙いをつけ、《ブラッド・メフィスト》の攻撃で《クィーンドラグーン》の姿がフィールドから消える。600のダメージを受け、龍姫のLPは残り3400。対して大きく回復した美夜のLPは8500。倍以上のライフ差がつき、龍姫は僅かに目を細める。

 

「――っ、《クィーンドラグーン》が破壊され墓地に送られた時、墓地から《霊廟の守護者》のモンスター効果を発動…! 1ターンに1度、場の《霊廟の守護者》以外のドラゴンが戦闘破壊、もしくはカード効果で墓地に送られた場合、墓地からこのカードを特殊召喚する…!」

「ありゃ、これは藪蛇ならぬ藪竜だったかな?」

 

 戦闘耐性付与持ちのモンスターこそは破壊したが、代わりに墓地から老齢の龍人が姿を現す。結果的にモンスターの総数こそ変化はないが、厄介な効果を持った《クィーンドラグーン》を葬っただけでも良しとしようと、美夜は切り替える。次いで十分に潤った自分の手札へと視線を移した。

 

「メイン2、魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札の闇属性1体を除外する! 2枚ドローして――手札の《闇の侯爵ベリアル》を除外! そして手札を1枚捨て、装備魔法《D・D・R》を発動! 除外されたモンスター1体を選択し、そのモンスターを特殊召喚してこのカードに装備! このカードが破壊されたら装備モンスターは破壊されるけどね。私は今除外した《ベリアル》を帰還させるよ! あとはカードを3枚セットしてターンエンドっと!」

「待って。私は《魔力の泉》の効果で手札から光属性の《神竜の聖刻印》を捨てた。よってエンドフェイズに《サフィラ》の効果が発動。再度デッキから2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択する」

 

 そんな龍姫の眼差しなど意にも介さず、美夜は潤った9枚の手札で残りのプレイングを続けた。手札の入れ替え、最上級モンスターの特殊召喚、防御の準備――これだけ行っても手札は未だ4枚もある。場には攻撃力2800の《ベリアル》、シンクロモンスターの《ブラッド・メフィスト》。セットカード3枚にLP8500というまるで悪魔族版龍姫のフィールドだ。

 一応龍姫の方も《魔力の泉》や《サフィラ》の効果で手札の入れ替えこそはできたが、それでも手札2枚に場には《サフィラ》と《蒼眼の銀龍》、《霊廟の守護者》の3体。LPは残り3400。

 まさかアドバンテージの面で龍姫を上回るとは、やはりこの月宮は只者ではないと沢渡は直感した。こんな奴まで次のジュニアユースに出てくるのかと、沢渡は新たな強敵を前に畏怖すると同時に、高揚する。ジュニアユースという大舞台で榊遊矢はもちろん、龍姫やLDS各コースのトップ。それに昨日の藤島や今日の月宮などの強者と戦えるのかと思うと心が躍るというものだ。さて、どんな手でここから逆転するのかと沢渡は視線を美夜から龍姫に変える。

 

「…私のターン、ドロー――」

「スタンバイフェイズに《ブラッド・メフィスト》のモンスター効果発動! 相手スタンバイフェイズ時に相手の場のカードの数×300のダメージを与える! たっきーの場には《サフィラ》、《蒼眼の銀龍》、《霊廟の守護者》の3枚のカード! 合計900のダメージを受けてもらうよ!」

 

 《ブラッド・メフィスト》が持つ杖から血のように赤い光が龍姫を襲う。4分の1近いダメージが龍姫に与えられ、残りLPは2500。さらにLP差が開き取り巻き達は小さくため息をこぼすが、龍姫は気にする様子は見せない。最終的に勝てば良い、そのためならばこの程度のダメージは必要経費だ。

 

「――スタンバイフェイズ時に《蒼眼の銀龍》のもう1つの効果を発動。墓地から通常モンスター1体を特殊召喚する。私は墓地の《ダークストーム》を特殊召喚」

「ありゃ、これは《ブラッド・メフィスト》の効果を先走りしちゃったかな?」

 

 失敗失敗、と呟きながら美夜はコツンと自分の頭に拳を当てた。そんな仕草に取り巻き達は一瞬だけ胸が鳴る。無理もない、彼らが今まで会った女子は目の前のドラゴン厨か、勝気な宝石商の娘、ストロング、天然真面目系サイバー流だ。そんな中で如何にも女の子らしい反応を見せられれば思春期の男子は反応するだろう。ただ、使っているデッキがもっと可愛げがあれば、と悔やむ。

 

「場の《ダークストーム》をリリースし、魔法カード《アドバンスドロー》を発動。自分の場のレベル8以上のモンスターをリリースしてデッキから2枚ドローする――続けて手札から攻撃力1000のドラゴン族チューナー《ギャラクシーサーペント》を捨てて《調和の宝札》を発動。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを捨て、デッキから2枚ドローする」

 

 そんな取り巻き達の反応を横目に、龍姫は手札を増やす。流石に美夜ほどの爆発的なドローはないが、それでも3枚だった手札は4枚に増えた。それにこの手札であれば次のターンで厄介な《ブラッド・メフィスト》を倒せるだろう。先ずはあっちの悪魔からだ、と龍姫は《ベリアル》を睨みながら手札に指をかける。

 

「《霊廟の守護者》はドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、1体で2体分のリリースに使える――《霊廟の守護者》をリリースし、手札から《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》をアドバンス召喚」

 

 《霊廟の守護者》が光の粒子となり、その粒子が別のドラゴンの形と成って場に姿を現す。かの有名なドラゴン――《真紅眼の黒竜》の進化形態であるドラゴン《レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴン》が龍姫のフィールドに降臨した。

 別に通常召喚権を残したまま自身のルール効果で場のドラゴンを除外して特殊召喚しても良かったが、《霊廟の守護者》は可能な限り墓地に置いておきたい。《サフィラ》と《蒼眼の銀龍》は場に居るだけでアドバンテージを稼いでくれるので、序盤で除外することはナンセンス。ならば次ターン以降で攻勢に出られるよう、さらに地固めすべきだと龍姫は判断した。

 

「《ダークネスメタル》のモンスター効果発動。1ターンに1度、手札・墓地からドラゴン1体を特殊召喚する。私は墓地の《クィーンドラグーン》を復活させ――」

「それは困るかな――永続罠《デモンズ・チェーン》を発動! 相手の効果モンスターの効果と攻撃を封じる!」

 

 《ダークネスメタル》が効果を発動しようとした瞬間、突如地面から無数の鎖が《ダークネスメタル》の四肢と翼を拘束する。その姿を見て龍姫は内心で舌打ちと、緊縛されたドラゴンという中々見られない姿に若干の興奮を覚えながら手を止めた。

 《クィーンドラグーン》を蘇生させ、再度戦闘破壊耐性を付与させてから同じ攻撃力の《ダークネスメタル》で《ベリアル》を一方的に破壊するつもりだった。流石に3枚もセットカードがある内は無理か、と残った2枚のリバースカードを警戒しつつ、残った3枚の手札の内2枚に指をかける。

 

「私は《蒼眼の銀龍》を守備表示に変更。さらにカードを2枚セットし――」

「この瞬間、《ブラッド・メフィスト》のもう1つの効果発動! 相手が魔法・罠カードをセットした時、300ポイントのダメージを与える!」

「あぁっ…」

 

 再度、《ブラッド・メフィスト》の持つ杖から血色の光が龍姫を襲う。2枚まとめてセットしたとしても、ルール上はカードを1枚ずつ2回セットしたことになる。計600ポイントが龍姫のLPから失われ、残りLPは1900と半分を切ったところで取り巻き達から不安の声があがった。

 逆転どころか4倍以上のLP差を広げられ、取り巻き達は心配そうに龍姫を見る。龍姫が好きな後攻で2回もダメージを与えられないことは珍しい。ましてや自分ターンにまでLPを減らされる姿は初めて見た。冗談抜きにあの月宮美夜というデュエリストは強い――そう確信せざるを得ない。

 

「……エンドフェイズ。このターン、私は《調和の宝札》のコストで光属性の《ギャラクシーサーペント》を墓地に捨てた。光属性が手札から墓地に送られたことで《サフィラ》の効果を発動。もう1度、デッキから2枚ドローし、1枚捨てる効果を選択――これでターンエンド」

 

 結局、龍姫はこのターン劣勢を覆すことができないままターンを明け渡した。手札は2枚、場には《デモンズ・チェーン》によって効果と攻撃を封じられた《ダークネスメタル》と《サフィラ》に守備表示の《蒼眼の銀龍》。セットカードは2枚で、LPは1900。

 対して美夜の方は手札4枚で場には《ベリアル》、《ブラッド・メフィスト》のステータスが高い最上級悪魔。魔法・罠も表側の《デモンズ・チェーン》を除いてまだ2枚も温存、LPに至っては8500の大台だ。

 次の龍姫のターンで再度攻めるのだろうが、それでもカード・アドバンテージ、ライフ・アドバンテージの両方で美夜に差をつけられてしまっている。このまま押し切られる可能性も十分にあり得る――取り巻き達は心配そうな眼差しを龍姫に向け、次いで不安の表情で美夜に視線を移す。

 

「私のターン、ドロー! それじゃ、《蒼眼の銀龍》の耐性があったから前のターンで使えなかったこのカードを使おっかな――」

 

 小悪魔のような悪戯っぽい笑みで美夜は手札をヒラヒラと扇ぎ、フィールドを見渡す。場には《サフィラ》、《ダークネスメタル》、《蒼眼の銀龍》、《ベリアル》、《ブラッド・メフィスト》の計5体のモンスター。その内、手札で出番を待つこのカードの効果範囲は4体。1体だけ効果範囲外だが、それでも今の美夜には関係ない。

 空いている手札にはいつの間にかアクションカードが握られて――いや、握らされて(・ ・ ・ ・ ・)いた。アクションフィールド《デモンズ・タウン》は美夜のホームグラウンドとも言うべき場所。その効果は通常のアクションフィールドと違い、ある隠された特色があった。それは闇属性モンスターをコントロールしているプレイヤーにアクションカードが自然とプレイヤーの手元に来るという特徴。無論、アクションカードは完全にランダムなので基本的に最善のカードが来るとも限らない。しかし美夜は天運とも言うべきか、このフィールドで外れカードを引いた経験がなかった。きっと自分は悪魔族使いだからこのフィールドに愛されている、そんな根拠のない自信と盲信に口角が妖しくつり上る。そんな妖艶な笑みを浮かべつつ、対龍姫用に新たに手に入れたカードをデュエルディスクにセットした。

 

「――儀式魔法《破滅の儀式》を発動! 自分の場・手札から合計レベルが7以上になるようにモンスターをリリースすることで、《破滅の魔王ガーランドルフ》の儀式召喚を行う!」

「――っ、シンクロの次は儀式かよ…!」

 

 本当に悪魔族版の龍姫だな、と沢渡は顔を歪める。しかし儀式召喚はシンクロ召喚やエクシーズ召喚よりもカード消費が多い。また、融合召喚のようにエクストラデッキからモンスターを特殊召喚する訳ではないので下手をすれば融合召喚よりもカード消費が多くなる。

 今の美夜の手札は儀式魔法発動時点で4枚。場の最上級悪魔族をリリースしてまで召喚するとは考えにくく、最低でもリリース用にモンスター1体を手札から使うハズだ。そうすれば儀式モンスターとコストとなるモンスターの計2枚の手札が失われ、次のターンで防御は薄くなる。このターンを凌ぐことができれば龍姫にも十分に勝機はあるだろう――そう、沢渡は考えていた。

 

「私は墓地のレベル3《儀式魔人デモリッシャー》とレベル4《儀式魔人プレサイダー》の効果を使う! 『儀式魔人』は墓地に居る時、儀式召喚に必要なレベル分のモンスター1体として、自分の墓地のこのカードをゲームから除外できる! 《デモリッシャー》と《プレサイダー》を除外!」

「『儀式魔人』だと…!?」

 

 しかしそんな沢渡の予想は覆される。総合コースでも儀式の講義はある程度受けていたので、『儀式魔人』の存在は知っていた。儀式召喚のリリース、墓地から儀式の素材にできることで2回分のコストを賄える上、儀式モンスターに効果を付与させることも知っている。だがいつの間にあれらのカードを墓地に、と考えたがすぐに自力で思い出す。

 3ターン目で《暗黒のミミックLV3》の自爆特攻時に使用した罠カード《レインボーライフ》の手札コスト。同ターンで《闇の誘惑》で除外された《ベリアル》を帰還させるために使用した装備魔法《D・D・R》の手札コストの計2枚。ちゃっかりと使えるカードを墓地に捨てている辺り、本当に龍姫によく似たプレイングをする女だ、と沢渡は美夜の強かさに目を細める。

 

「破壊と滅亡のもたらす魔王よ、悪魔の贄を貪り全てを壊滅させよ! 儀式召喚! レベル7、《破滅の魔王ガーランドルフ》!」

 

 それと同時に美夜の場へ新たな悪魔――いや、魔王がその姿を現す。強靭な肉体、四肢には魔を具現化したような禍々しさ。その双眼は持ち主と同じ血のように赤く、ただ眼前の敵を見据えている。一拍置き、暴力的な咆哮がフィールドに響いた。

 その威圧感に龍姫は身構え、相対していない取り巻き達は体を震わせる。そんな中、沢渡は真剣な眼差しをフィールドに向けていた。

 

「《ガーランドルフ》のモンスター効果発動! このカードが儀式召喚に成功した時、このカードの攻撃力以下の守備力を持つモンスターを全て破壊し、破壊したモンスター1体につき攻撃力を100ポイントアップさせる!」

「げぇー! 対象を取らない破壊効果だぁ!」

「ま、待て! このターンは凌げる! 少なくとも守備力3000の《蒼眼の銀龍》は破壊されないし、《祝祷の聖歌》で《サフィラ》は破壊を免れる! 強化されても攻撃力は2800止まりだ!」

 

 まさに魔王。弱者は全て奈落に落ちろと言わんばかりの効果に柿本は声を荒げる。だがその隣に居た山部がほんの少し冷静になり場のカードから結果を予測。守備力2400の《ダークネスメタル》、《ベリアル》と守備力1300の《ブラッド・メフィスト》の3体は破壊されるだろう。だが《サフィラ》の破壊は身代わりにできる《祝祷の聖歌》で回避でき、守備力が3000もある《蒼眼の銀龍》は効果の適用範囲外だ。これはプレイングミス、と冷や汗を垂らしながら取り巻き達は思った。

 しかし、沢渡だけは未だに真剣な目つきで美夜の方を観る(・ ・)。たかだか攻撃力2800になるモンスターを召喚するだけで終わるハズがない。そこまでして自分モンスター2体を犠牲にするプレイングは龍姫なら絶対にしないだろう。ならばここでさらにもう1つ何かを仕掛けてくるに違いない。伏せカードかはたまたあの吸い寄せられた(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)アクションカードか。沢渡は美夜から視線を外さない。

 

「このタイミングでアクション魔法《カラミティ・パワー》を発動! 場のモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズまで1000ポイントアップさせるよ! 対象は当然《ガーランドルフ》! さらに永続罠《ディメンション・ゲート》を発動! 自分モンスター1体を選択してゲームから除外する! 私は《ベリアル》を除外!」

(これが狙いか…!)

 

 瞬間、沢渡の目が一層険しくなる。攻撃力上昇系のアクション魔法に、攻撃力を参照にする破壊効果。相性が良いどころの話ではない、このコンボは龍姫が稀に使う《ダークストーム》と《スーペルヴィス》からの《サンダーエンド・ドラゴン》に匹敵する凶悪さだ。しかも自分のモンスター1体を《ディメンション・ゲート》で避難させている。自分の被害を最小限に抑えつつ、相手に最大限の被害を。なるほど、この所業は悪魔族使いに相応しい、と沢渡は1人納得した。

 

「先ずは《ベリアル》が除外され、《カラミティ・パワー》の効果で《ガーランドルフ》攻撃力が3500となった《ガーランドルフ》の効果で守備力3500以下のモンスターを全て破壊する! デストロイ・ディザスター!」

「――墓地から儀式魔法《祝祷の聖歌》のさらなる効果を発動。場の《サフィラ》が破壊される場合、墓地のこのカードを除外して《サフィラ》の破壊の身代わりとする……さらにドラゴンが効果で墓地に送られたことで《霊廟の守護者》を自身の効果により守備表示で特殊召喚」

「あぁ、そういえばそんなモンスターが居たね。でも《ガーランドルフ》が自身の効果でモンスターを3体破壊したことで攻撃力は3800にまで上がるよ!」

 

 《ガーランドルフ》の咆哮がより強大になる。その破壊の雄叫びがフィールド全体に波紋のように広がり、自軍の《ブラッド・メフィスト》、龍姫の《ダークネスメタル》、《蒼眼の銀龍》がフィールドから姿を消す。これで美夜は龍姫の場から厄介なモンスターを消すことに成功――だが、沢渡は美夜がこの程度で終わらせるハズはないとどこか確信していた。まるで龍姫がここからさらに展開させるが如く、何かをする。そう自身のデュエリストとしての直感が告げていた。

 

「《ディメンション・ゲート》を墓地に送り、魔法カード《マジック・プランター》を発動! デッキからカードを2枚ドローする! ここで墓地に送られた《ディメンション・ゲート》のさらなる効果発動! このカードが墓地に送られた場合、このカードの効果で除外したモンスターを特殊召喚する! 《ベリアル》をフィールドに呼び戻す! そして魔法カード《冥界流傀儡術》を発動! 自分の墓地の悪魔族モンスター1体を選択し、そのモンスターと同じレベルの自分モンスターを除外! その後、選択した悪魔族を特殊召喚する! 私は場の《ベリアル》を再度除外し、墓地から《ブラッド・メフィスト》を特殊召喚! さらに永続罠《闇次元の解放》を発動! 除外されている私の闇属性モンスター1体を特殊召喚する! 私は再度《ベリアル》を帰還!」

 

 チッ、と沢渡は自分の嫌な予感が当たったことに舌打ちする。これで美夜の場には先のレベル8・攻撃力2800の悪魔が2体。それに加えて、今回は攻撃力3800もの魔王が中央に居る。残りLP1900の龍姫ではこの総攻撃を受けきることができるのかと不安に感じた――

 

「さぁこのターンでフィニッシュ! 先ずは《ガーランドルフ》で《サフィラ》に攻撃! デモリッション・ブレイク!」

「――終わらせない…! リバースカード、ダブルオープン! 罠カード《ダメージ・ダイエット》! 永続罠《竜魂の城》!」

 

 ――が、龍姫の伏せられていたリバースカード2枚が表側になった途端、安堵の息を吐く。元々総合コースでもカードパワーさえ同じなら龍姫とほぼ同等の実力を持つ沢渡にとって、たった今龍姫が発動させたカード効果によるダメージの計算は朝飯前。何とか敗北だけは免れたことに額の汗を拭う。

 

「《ダメージ・ダイエット》の効果でこのターン受けるダメージは全て半減し、《竜魂の城》は墓地のドラゴンを除外することで場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップさせる――墓地の《トフェニドラゴン》をゲームから除外し、《サフィラ》の攻撃力を3200にまで上げる…!」

「それでも《ガーランドルフ》には届かない!」

 

 《ガーランドルフ》の右腕が赤黒く膨張し、そのまま力任せに《サフィラ》の腹部に拳を叩きつける。そのまま《サフィラ》は無残に破壊され、龍姫のLPが1900から1600まで減少。ほんの僅かに顔を歪め、龍姫は射殺すような視線で魔王を睨む。

 

「ここで《プレサイダー》を素材として効果を付与された《ガーランドルフ》の効果発動! このカードが相手モンスターを戦闘破壊した時、デッキから1枚ドローする! 続けて《ブラッド・メフィスト》でそこの壁モンスターを! そして《ベリアル》で直接攻撃!」

 

 ドローしたカードを横目に攻撃命令を下す美夜。《霊廟の守護者》は文字通り龍姫の壁となって守るが、自身を守るドラゴンがフィールドからいなくなる。次いで《ベリアル》が大剣を振るい、その刃から放たれた衝撃が龍姫を襲う。刃の《XX-セイバー ガトムズ》の攻撃に比べれば痛くないと自分に言い聞かせながら、龍姫はその攻撃を一身に受ける。直接攻撃とは言え、《ダメージ・ダイエット》でダメージは半分の1400に抑えた。これで残りLPは200――まだだ、まだ終わらないと龍姫は闘志と、執念を猛らせる。

 

「んー、ギリ残っちゃったか。まぁそのLPなら《ブラッド・メフィスト》さえ維持していれば大丈夫かな? メイン2で私はカードを2枚セットしてターンエンドっ。ここで《ガーランドルフ》の攻撃力は2800まで下がるよ」

「……私のターン、ドロー…!」

「この瞬間《ブラッド・メフィスト》の効果発動! 相手スタンバイフェイズに相手の場のカード1枚につき300ポイントのダメージを与える! たっきーの場には《竜魂の城》の1枚! よって300ポイントのダメージを――」

「墓地の《ダメージ・ダイエット》のさらなる効果を発動…! 自身を除外し、このターン受ける効果ダメージを半減させる…! ダメージを150に…!」

「んもぅ、しぶといなぁたっきー」

 

 プクーっと擬音が付きそうな音で頬を膨らませる美夜。しかし、そんな愛らしい姿を見ても既に取り巻き達は可愛いとは思えなくなっていた。いや、それに現を抜かすほどの状況ではない。

 今の龍姫は手札が3枚。場にモンスターは存在せず、魔法・罠ゾーンに《竜魂の城》が孤独にその存在を示している。そしてLPは――50。僅か2ケタ。

 対して美夜は手札を2枚温存。場には攻撃力2800の《ガーランドルフ》、《ベリアル》、《ブラッド・メフィスト》と最上級悪魔が3体も存在し、セットカードも2枚ある。何よりも絶望的なのは、2人のLP差だ。1度もダメージを与えられず、それどころか回復している美夜のLPは8500――残りLP50の龍姫の170倍にもなる。

 残りの手札3枚で最低でも《ブラッド・メフィスト》を撃破。そのためには美夜のセットカード2枚をくぐり抜けなければならない。いや、もしかしたら残った手札に2枚目の《冥界流傀儡術》が残っている可能性もある。それを考慮すると龍姫は最低でもこのターンで《ブラッド・メフィスト》と《ベリアル》の撃破、それに加えて《ブラッド・メフィスト》の特殊召喚阻止を行わなければならない。

 

「何なんだこれ……どうすんだよ…」

 

 正直、そんなことは不可能だと取り巻き達は半ば諦めていた。昨日の公式戦では相手の攻撃に対してカウンターを決めた形で勝利した分、勝敗が決する寸前まで希望はあった。しかし、今回はその真逆。いくら何でも厳し過ぎる。相手に鬼! 悪魔! 大魔王! と叫びたくもなる気持ちをぐっと抑えた。取り巻き達は虚ろ気な眼差しを龍姫から沢渡へと移す。

 そんな取り巻き達の様子を見て、美夜はこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべていた。相手(龍姫)の手札は3枚のみで、場には現在使えない永続罠のみ。対して自分の場には魔王とその側近とも言うべき悪魔が計3体。まるでRPGのボスのような状況に、どこか満足気な気持ちさえ汲み取れる。

 元々、美夜は悪魔族を使うことに抵抗はなかった。むしろ闇の力的(中二病)なものとかカッコいいとさえ思っている。自分は魔王、相手はそれを倒しに来た勇者。結果的に魔王が勝っても勇者は再戦フラグを立てられるし、勇者が勝てば王道展開になる。そんなロマン性をデュエルに求めており、今回はそれが上手くいっている。ならばこんなにも嬉しいことはないと、天使のような悪魔の笑みを浮かべていた。

 

「……ん?」

 

 ふと、沢渡は違和感を覚えた。普段であれば龍姫は窮地に陥った時でも、無表情ながらどこか楽しさを感じさせるような雰囲気で逆転の一手を狙う。無表情で楽しさ、と言っても真澄達各コースのトップや沢渡などの付き合いの長い人間にしか分からないもの。むしろ、だから沢渡は気づくことができた。いや、気づいてしまった。

 

「…手札から《ドラゴラド》を召喚。このカードが召喚に成功した時、墓地の攻撃力1000以下の通常モンスター1体を特殊召喚する。墓地の《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚」

 

 龍姫のカード捌きはいつもと同じ。しかし、どこかが決定的に異なる。その様はまるで自然体を抑え込み、1つの目的に執着しているような印象だ。一時期の――’’勝利’’にのみ飢えたような雰囲気。

 

「永続罠《竜魂の城》の効果発動。墓地の《ダークネスメタル》をゲームから除外し、《ドラゴラド》の攻撃力を700ポイントアップさせる」

 

 ただ勝って成績を上げるためだけにデュエルし、ドラゴン族のカードを多く手にするためになりふり構わず勝つだけ。相手の魔法・罠を封殺した『お触れホルス』を使用していた時に近い。

 

「――《霊廟の守護者》、《ダークストーム》、《クィーンドラグーン》」

 

 相手の希望を全て踏み潰し、ドラゴンの暴威を振るったプレイング。

 

「――私の墓地に3体の闇属性のモンスターのみの場合」

 

 相手と自分から笑顔を消し、勝利にのみ執着。

 

「――手札からこのカードを特殊召喚できる」

 

 願うことなら、2度と観たくなかった。

 

「現れよ――」

 

 そう、沢渡が思ったと同時に――

 

「――《ダーク・アームド・ドラゴン》…!」

 

 ――殲滅の闇竜がフィールドに姿を現す。

 瞬間、この場に居る人間の顔から笑みが消えた。

 眼前の悪魔達に勝るとも劣らない禍々しいオーラを纏う暴竜の姿は、観客性に居た取り巻き達はもちろん、圧倒的優位であるハズの美夜すらも言葉を失う。

 《ダーク・アームド・ドラゴン》の存在自体は知っている。一見すると厳しい召喚条件、実際はいたく容易なそれ。1度場に出れば一気に劣勢を覆せる。

 普段の取り巻き達なら、それをこの土壇場で出した龍姫に喝采を送っていたかもしれない。だが現実には誰もが言葉を発しようともしない――いや、発せないのだ。

この光景がまるで当然とでも言いたげな龍姫の表情を見て、得体の知れない恐怖が全身を襲う。そんな状況で誰が口を開けようか。

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》のモンスター効果発動。自分の墓地の闇属性1体を除外することで、場のカード1枚を破壊する。墓地の《クィーンドラグーン》を除外――先ずはそのセットカード。ダーク・ジェノサイド・カッター、1発目」

「――っ、」

 

 《ダーク・アームド・ドラゴン》から無数の凶刃が放たれ、それらは美夜のセットカードを文字通り八つ裂きにした。セットされた罠カード《ヘイト・バスター》が破壊される。自分悪魔族が相手モンスターに攻撃された時、攻撃対象になったモンスターと攻撃モンスターを破壊し、攻撃モンスターの攻撃力分のダメージを与えるカード。龍姫のことだから単純に攻撃力で勝負してくるだろうと踏み、エンドカードとして用意したものを呆気なく破壊され美夜の目が僅かに険しくなる。

 

「次。墓地の《ダークストーム》を除外し、2枚目のセットカードを破壊――ダーク・ジェノサイド・カッター、2発目」

 

 次いで破壊されたカードは永続罠《リビングデッドの呼び声》。《ブラッド・メフィスト》が破壊され墓地に送られた時、次ターンもしくは龍姫のバトルフェイズ終了時に復活させることで防御すら許さない状況を作ろうとした。だがこのカードも道端のアリを踏み潰すように容易に壊れる。

 

「……レベル4のドラゴン族《ドラゴラド》にレベル6のドラゴン族《ラブラドライドラゴン》をチューニング。この世の全てを焼き尽くす煉獄の炎よ、紅蓮の竜となり劫火を吹き荒べ! シンクロ召喚! 煌臨せよ、レベル10! 《トライデント・ドラギオン》!」

「うっ…」

 

 新たに攻撃力3000のシンクロモンスターを出され、美夜の表情が曇る。先の読み通り、単純に攻撃力で勝負してくると予想していただけに《ヘイト・バスター》を破壊されたことはかなりの痛手だ。また、シンクロ素材で墓地に送られた《ドラゴラド》と《ラブラドライドラゴン》は共に闇属性――《ダーク・アームド・ドラゴン》の弾丸(コスト)がさらに増えたことになる。

 

「《ドラギオン》のモンスター効果発動。このカードがシンクロ召喚に成功した時、自分の場のカードを2枚まで破壊する――私は永続罠《竜魂の城》、そして《ダーク・アームド・ドラゴン》を破壊」

「――えっ!?」

 

 理解が追い付かない、と美夜は声を荒げた。どんな効果を持っているのかは不明だが、攻撃力3000のモンスターを出しておいて貴重な除去能力を持つ《ダーク・アームド・ドラゴン》を破壊して何の意味があるのかと問いたくなる。

 

「《ドラギオン》はこのターン、自身の効果で破壊したカード1枚につき攻撃回数が増える。2枚のカードを破壊したので3回の攻撃を可能する。さらに破壊され墓地に送られた《竜魂の城》の効果発動。このカードが破壊され墓地に送られた時、除外されているドラゴンを特殊召喚できる。現れよ、《ダークネスメタル》。そして速攻魔法《聖蛇の息吹》を発動。場に融合・儀式・シンクロ・エクシーズモンスターの内2種以上存在する時、その種類に応じて効果を適用する。私は2種類以上の効果で墓地または除外されているモンスター1体を手札に加える効果を選択――戻すカードは当然、《ダーク・アームド・ドラゴン》。そして自身の召喚条件(ボチヤミサンタイ)により再び手札から特殊召喚」

 

 破壊した意味があった、と美夜は頭を抱えた。おかしい、自分のカードを2枚も破壊しておいて何故攻撃力2800のモンスターが2体も出てくる。

 この状況はいくら何でも危険過ぎると察し、美夜は自分に寄ってきたアクションカードを手に取る。そのカードを目にし、内心でほっと息をつく。手に入ったカードは《回避》。相手攻撃モンスターの攻撃を無効にするアクション魔法だ。とりあえずこのカードがあれば一応の保険にはなる。そう美夜が安心している中、龍姫が動く。

 

「《ダークネスメタル》のモンスター効果発動。1ターンに1度、手札・墓地からドラゴン1体を特殊召喚する――蒼銀の光で全ての災厄を無に帰せ、《蒼眼の銀龍》。そして効果発動。私のドラゴンに対象耐性と破壊耐性を与える」

 

 瞬間、美夜の顔が凍りついた。対象を取る効果の発動を禁じられては《回避》はもちろん、手札の《クリボール》も効果を発動できない。何か他の手は、と頭を回転させる。だが、この時点で美夜は致命的な勘違いを起こしていることに気付いていない。

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》の効果を発動。墓地の《ドラゴラド》を除外し、《ベリアル》を破壊――ダーク・ジェノサイド・カッター、3発目」

 

 セットカードと壁モンスターは《ダーク・アームド・ドラゴン》の効果、及び《ドラギオン》の戦闘で破壊されてしまう。これは正しい。

 

「《ダーク・アームド・ドラゴン》の効果を発動。墓地の《ラブラドライドラゴン》を除外し、《ブラッド・メフィスト》を破壊――ダーク・ジェノサイド・カッター、4発目」

 

 アクション魔法《回避》と手札誘発の《クリボール》は《蒼眼の銀龍》の効果で使用できない。さらにアクションカードはルール上1枚しか手札に加えられないため、新たにアクションカードを探しても無意味――そう、美夜の中では思っていた。

 過去に美夜が対象に取れない効果を持ったモンスターを相手にした時の癖で、『攻撃モンスター』というテキストは''対象を取る''効果だと記憶してしまっている。その時伏せていた《炸裂装甲》が使えなかったためそう思っていたが、実は《回避》と《クリボール》は''対象を取らない''効果。

 もしも美夜がLDSのようなデュエルの知識をきちんと指導する塾に居ればこのようなミスは起こらなかっただろう。しかし、本人が様々な塾の色々な戦術にのみ固執するばかり、基礎が疎かになってしまったが故のミス。

 最早打つ手はない、美夜は内心で半ば諦めていた。

 

「5発目は――《デモリッシャー》の効果で対象に取れないので使えない……」

 

 八方塞がりとはこの状況のことを言うんだ、と美夜は乾いた笑みを浮かべる。攻撃力3000の3回攻撃を可能としている《ドラギオン》に、攻撃力2800の《ダークネスメタル》と《ダーク・アームド・ドラゴン》、そして耐性を付与させる攻撃力2500の《蒼眼の銀龍》――今の状況ではどう足掻いても絶望しかない。

 

「バトル。《ドラギオン》で《ガーランドルフ》に攻撃。トライデント・フレア、第1打」

「――っ、戦闘ダメージを受けた時、手札の《トラゴエディア》のモンスター効果発動! 自身を守備表示で特殊召喚! このカードの攻守は手札の数×600ポイントになる!」

「……《蒼眼の銀龍》で《トラゴエディア》を攻撃」

 

 《ドラギオン》、《蒼眼の銀龍》の攻撃で壁となるモンスターを完全に葬り去る龍姫。今の200の戦闘ダメージを受け、美夜の残りLPは8300。対して龍姫には未だ《ドラギオン》の2回攻撃と《ダークネスメタル》、《ダーク・アームド・ドラゴン》の攻撃が残っている。焼石に水のようなものと龍姫はその足掻きが無駄だと感じた。昨日までなら最後まで諦めない良い心掛けだと称賛しただろう。だが、今の自分にそんな精神は要らない。必要なのは相手を確実に倒せる術と、非情なプレイングをしても動じない心。甘えを捨てろ、容赦はするな。そう自分に言い聞かせるように、龍姫は微かに震える声色で攻撃令を下す。

 

「……《ダークネスメタル》、《ドラギオン》、《ダーク・アームド・ドラゴン》の順でダイレクトアタック…!」

 

 3体のドラゴンの攻撃をその身に受け、美夜のLPが激流のように下がっていく。リアルソリッドビジョンが演出する攻撃で美夜が居る位置には巨大な噴煙が巻き上がり、立体ディスプレイには美夜のLPが0になったことを表示。次いでデュエル終了のブザー、そして勝者である龍姫の名前が寂しげに映し出された。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「イタタ……もう、今回のたっきーは容赦ないねぇ――あれ、どうしたの?」

 

 消えたソリッドビジョンの中から体を擦りつつ美夜が龍姫の方へと近づく。容赦がなかったと言いつつも、その表情に恨みや憎しみといった色は感じられない。たまにはこういうデュエルもあるだろう、その程度の認識だ。

 対して龍姫の方は勝ったというのにあまり顔色が優れない。顔をやや俯け、視線を美夜に合わせようとはせずに口を閉ざしている。勝ったんだからもう少し嬉しそうにしても良いのに、と不思議に思う美夜。

 

「んー……折角勝ったんだからもっと嬉しそうにしても良いのに。それとも私とのデュエル楽しくなかった?」

「……そういう訳じゃ…」

 

 龍姫は言葉に詰まる。美夜とのデュエルは楽しかった。以前のデュエルでは墓地と除外ゾーンを駆使して大型悪魔族を展開するデッキだったが、今日の再戦時にはシンクロと儀式も取り入れるほどに進化している。その内エクシーズも習得するのではないかと感じられるほどだ。

 だが今の自分にデュエルを楽しむことは許されない。再び遭遇するであろうあの不審者を前にそんな気持ちがあってはならないのだ。

 今回のデュエルを自分の中で実験のようなものにしてしまい、美夜と昨夜デッキに入れた《ダーク・アームド・ドラゴン》に罪悪感を覚える。出来ることなら自分も一心にデュエルを楽しみたい。それを非情に徹したいという理由で最後はあんな行動を取ってしまった。

《ダーク・アームド・ドラゴン》に罪はない。悪いのは道具の如く使い潰した自分のプレイングだ。もはやドラゴン使いでも何でもない、ただのリアリストだと龍姫は自分に吐き気を催す。

 そんな調子の悪そうな龍姫を心配してか、美夜は屈託のない笑みで俯いた龍姫の顔を覗き込む。

 

「今日は負けちゃったけど、ジュニアユースでは負けないよたっきー!」

「…ぇ…あぁ……うん…」

「今度はもっと新しい戦術で驚かせてあげるよ!」

 

 えへへ、と笑顔を見せる美夜に胸が痛む龍姫。これ以上美夜と居たらどこかすがってしまいそうで怖い。そう思いながら踵を返し、逃げるように歩き始める。

 

「それじゃあまたねたっきー!」

「……っ…」

 

 ギュっと唇を噛みしめ、足早にデュエルフィールドから去る龍姫。途中、観戦していた沢渡の取り巻き達から声をかけられたが、それに適当に返事を返す。沢渡がいないことが少しだけ気になったもののそのままどこかへと歩を進める。どこか1人でゆっくりと頭を冷やしたい。そう考えながら龍姫は舞網市内へとその身を投じた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 龍姫の公式戦が終わってから約1時間。沢渡はイラついた表情でレオ・コーポレーションの応接室でふんぞり返っていた。何故沢渡がここに居るか、理由はごく単純。龍姫のことで赤馬零児に聞きたいことがあったからだ。

 今思えば不自然だったと考えるべきだろう。あの赤馬零児がすんなりと公式戦のセッティングを行い、さらに相手を龍姫にとって不足のないデュエリスト。しかも試合前に強力なレアカードを渡すほどの優遇ぶりには裏があると踏むべきだった。

 また本来であれば公式戦にはジャッジや多くのギャラリーが付くハズ。それが昨日・今日の龍姫の公式戦では自分と取り巻き達以外の姿が見えない。サイバー流の時は単にあの塾の場所や塾生の都合でいないものだと思っていたが、今回はおかしい。LDSのセンターコートでのデュエル、しかも総合コースのトップのデュエルとなれば例え時間が短くても噂になり、それなりの見学者が来るハズだ。それがどうしてか今回は全く姿が見えない。

 ただの公式戦のセッティングにしては不可解な点が多く、いくら龍姫が赤馬零児に気に入られているとはいえこれを疑うなと言う方が無理である。

思ったら即行動派の沢渡は龍姫のデュエルが終わり次第、すぐに赤馬零児に問いただそうとここへ来た。すると秘書の中島に通され、ここで待たされる形に。アポ無しで来たから当然と言えば当然だが、それでももう1時間近くは待っている。いい加減、姿を見せやがれと毒づく。

 

「――くそが…!」

 

 沢渡は個人的に今日の龍姫のプレイスタイルは嫌いだった。勝利のために最善を尽くすと言えば聞こえは良いだろう。だが、あくまでもデュエリスト、それもプロを目指している者ならば観客を沸かせてこそだと考えている。いつもの龍姫であれば華麗に連続エクシーズやシンクロに儀式、たまに出てくる融合で楽しませたハズだ。事実、昨日の藤島恭子とのデュエルではいつも通りでいながらきちんと勝ち星を上げている。なら今日の試合だってもう少し工夫すれば同じように自分や取り巻き達を沸かすことができただろう。それがたった1日経過しただけで昔の冷酷非道リアリスト系ドラゴン厨に戻るとは思えない。昨日、自分達と別れてから何かがあったハズだ。そしてそれには赤馬零児が絡んでいるに違いない。そんな根拠のない自信を胸に、沢渡は今か今かと赤馬零児を待ち続ける。

 

 

 

 

 

 同時刻、レオ・コーポレーションのモニタールームにはあるデュエルが中継映像として流れていた。場所はどこかの路地裏のようで、夕日が沈みかかった今では人通りが少ない。故にあのような往来でデュエルしていても誰からも文句は出ないだろう。それを食い入るような目で見る赤馬零児と、それに付き従う秘書の中島。

 対戦しているデュエリストは先程までLDSのセンターコートで公式戦を行っていた龍姫。そしてその相手は青色のコートに身を包み、赤いスカーフを首に巻いた青年。デュエルはまだ先攻1ターン目――と言っても、既にデュエルが始まってから少々の時間は経過していた。

 龍姫のフィールドには彼女のエース、《竜姫神サフィラ》と下級モンスターが3体。手札は1枚のみ。

 そして相対する青年の手札は2枚(・ ・)。フィールドには何もカードが存在していない。当然だろう、彼は後攻だから手札誘発以外の一切の行動を許されていないのだ。

 

「――レベル4の《霊廟の守護者》とレベル3の《ハウンド・ドラゴン》にレベル2の《ギャラクシーサーペント》をチューニング。氷獄より解き放たれし禁龍よ、今その暴威を振るい全てを凍てつかせよ!」

 

 フィールドに居る龍姫の3体のドラゴンが素材となり、三つ首の巨龍が冷気を纏って場に4度目の降臨を果たす。その姿は先程のデュエルで見た業火を彷彿とさせる《トライデント・ドラギオン》とは対極。

 三つ首の巨龍の内、左右の頭から一筋の光のように走る吹雪が青年の2枚ある手札の1枚と、デュエルディスクの墓地に直撃する。それらのカードを青年は無言でゲームから除外、次いで退屈そうな表情で龍姫へ視線を向けた。

 

「――手札から速攻魔法《超再生能力》を発動。このターン、私が手札から捨てたまたはリリースしたドラゴン族の数だけ私はターンの終わりにデッキからドローする。このターン、私が手札から捨て、リリースしたドラゴンの合計は5回。よってターンの終わりにデッキから5枚ドローできる」

 

 ふざけたドロー枚数だ、と思いながら青年は視線を龍姫からフィールドのドラゴンへと移す。彼にとってまだあのドラゴンのみ効果を使用していない。最初で出した割にはただの置物かと推察しているところに龍姫が口を開く。

 

「エンドフェイズに《サフィラ》の効果を発動。この子が儀式召喚に成功したターン、または手札・デッキから光属性が墓地に送られたターンのエンドフェイズに効果を発動できる。3つの効果から1つを選択し、適用――私は相手の手札1枚をランダムに墓地へ捨てる効果を選択。最後の手札も捨ててもらう」

 

 なるほど、手札破壊か、と納得しながら青年は最後の手札を墓地へ送った。これで青年の手札は0枚。次のターン、ドローしたカード1枚からターンを始めることになる。

 

「ターン終了時に《超再生能力》の効果でデッキから5枚ドロー」

 

 対して龍姫の手札は5枚。場には《サフィラ》とレベル9・攻撃力2700のドラゴン族シンクロモンスター。魔法・罠こそないが、カード・アドバンテージ差は圧倒的だ。例え防御が薄くても、1ターンで――それも1枚の手札でこのフィールドを返すことは難しいだろう。

 だがそれでも青年の目に諦めの雰囲気は感じられない。例え絶体絶命の崖っぷちに立たされていたとしても、必ずそこから這い上がり、逆転するという想いがその真剣な眼差しが物語っていた。

 青年はデッキトップに指をかけ、龍姫を睨む。

 

「俺の――ターンっ!」

 

 




・ボチヤミサンタイ
・☆3+☆3+☆3(☆4+☆3+☆2、☆4+☆4+☆1)
・☆4×3→プトレノヴァインフィニティ(投獄中)

3は怖い(確信)

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