遊戯王ARC-V LDS総合コースの竜姫   作:紅緋

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大分更新の間が空いてしまい、申し訳ありません。
しかも今回はデュエルなし……ちょっとデュエル構成の都合で、これは長くなりそうだと思い、2・3話以来の分割方式で先に出来上がった話を投稿させて頂きます。次話は最低年内に投稿できるよう、尽力します!

あとジェムナイト作りました。ダイヤでパーズの効果をコピって、決闘融合使って1killするの楽しいです。そしたら2戦目でピン挿しのGFをバーサークで除外されて泣きました。


6話:《山》(デュエリストに登山は必須)

「そういえば橘田。お前このままじゃジュニアユース選手権に出られないんだってな」

 

 追い駆けっこ(真澄との鬼ごっこ)が終わり北斗と刃が座っていたラウンジのテーブル席に龍姫・真澄・沢渡が着いた途端、沢渡の意地悪そうな一言で場の空気が凍る。北斗と刃は何となく察しがついたような顔になり、真澄はキッと龍姫の方を強く睨む。当の龍姫は表面上涼しい顔をしているが、内心では『待って!これは事故だ!』と大家に言い訳をするシティに君臨していた元王のように慌てふためいていた。

 

「龍姫――貴女、ジュニアユース選手権の参加規定を満たしていないのね?」

「……大会までまだ10日近くあるから問題ない…」

「いや、逆に言えばあと10日ぐらいしかねぇんだからもっと焦るべきだろ」

「刃の言う通りだ。全く、君ほどの実力があれば勝率6割も6連勝も簡単だろうに……一体、今年の君の戦績はどうなっているんだ?」

 

 そう疑問を抱きながら北斗は自身のデュエルディスクを操作し、公式データベースに登録されている舞網市のデュエリスト情報を確認する。LDSジュニアユース部門のトップという龍姫の実力であれば、年内公式戦50戦勝率6割も公式戦6連勝も容易。だが、龍姫本人が今年になってから積極的に公式戦に出ようとしなかったことは今年の付き合いから知っていた。試合数はある程度仕方ないにしても、6連勝できないことを不思議に思いながら北斗は龍姫のデュエリスト情報に目を移し――

 

橘田龍姫:48戦40勝8敗(勝率8割3分3厘)※6連勝規定未満

 

 ――絶句する。試合数、勝率のことは別に問題ないと北斗は感じた。だが、この戦績で6連勝ができていないとはどういうことだと、真澄と同じように龍姫を強く睨む。隣に居た刃が何事かと北斗のデュエルディスクのディスプレイに視線を移し、その画面の内容を把握するとすぐに真澄・北斗と同様の目付きで龍姫を見る。

 当の龍姫は相も変わらず涼しい顔だが、その内心では某ナンバーズハンターの高い実力に恐怖している高次元存在のように酷く怯えていた。そんな中で北斗はコホンと軽く咳払いし、口を開く。

 

「龍姫、試合数・勝率のことは置いておく……だが、40勝しておきながら6連勝ができていないとはどういうことだ?」

「……5連勝した後に1回負けた。それを8回繰り返しただけ」

「何でそんなことを器用にできんだよ!」

「……私にもわからない…」

「’’わからない’’じゃないでしょ…!」

「いひゃい。ほっへらろひっはららいれはしゅみ」

 

 両頬を真澄にぐにぃーっと引っ張られる龍姫。普段のクールな表情が(物理的に)崩壊している様は珍しいものだと思いつつ、沢渡は制服の内ポケットから封筒を取り出し、それを龍姫のテーブルの上に放る。封筒はそのまま滑らかにすべり、丁度龍姫の所で止まった。カード手裏剣の練習だろうかと、龍姫は(未だ真澄に頬を引っ張られながら)沢渡の方へ視線を移す。その沢渡はカッコ良く封筒を渡せたと内心ほくそ笑みながらしたり顔を浮かべていた。

 

「ひゃわはり、ほれは?」

「なぁに、今日は社長が直々にこの俺と会う機会があってな。その時、龍姫と同じ学校のよしみで頼まれごとを任されたって訳だ。何でもお前がジュニアユース選手権に出場できるように社長が公式戦の相手をセッティングしてくれたらしいぜ?」

 

 ところどころを強調しつつ、沢渡は『まぁ詳しくは封筒の中身を見ろよ』と言う。社長直々に公式戦をセッティングしてくれたことに感謝と警戒を感じつつ、龍姫は手早く市販パックを開封するように封筒を開けた。中には三つ折りにされた紙が2枚入っており、それぞれが公式戦を行う相手がいるデュエル塾、及び日時・場所等が指定されたもの。

 先ず1枚目の紙に目を通すが、相手のデュエル塾の名前を見た途端に龍姫の目が見開く。普段から滅多に表情を変えない龍姫がこのような顔になるのは珍しいと隣に座っていた真澄が思いつつ、紙に記載されているデュエル塾の名前を見て『あぁ…』と納得した表情を浮かべた。

 

「社長も意地が悪いわね。龍姫の残り2戦にこの相手を選ぶなんて」

「どういうことだよ真澄?」

「これを見ればわかるわよ」

 

 そう言って真澄はやや乱雑に龍姫から用紙を奪い、カード手裏剣よろしく疑問の言葉をあげた刃にそれを放る。投げ渡された用紙を刃は難なく掴み、紙面に記されたデュエル塾とその相手の名前を見るなり、刃(と両隣でその内容を見た北斗と沢渡)は眉間に皺を寄せた。

 

「あの塾かよ…」

「悪評高い1kill推奨塾じゃないか」

「しかもその塾のエース様とデュエル……橘田、お前相手に選ばれて過ぎだな」

「……別に相手が誰であろうと関係ない。私は私のデュエルを貫き通す、ただそれだけ」

「流石は総合コースのトップ様、言うことが違うねぇ」

 

 ヒュー、と口笛を吹きながら沢渡はそう囃(はや)したてる。そんな沢渡の煽りに対し龍姫は特に気にすることもなく、淡々とデッキのカードをテーブルに広げた。先ほどの鬼ごっこで中断したが、ここに居る目的はあくまでもデッキ調整とアドバイスをもらうため。増してや急に公式戦を行うとなれば、早急に調整する必要があると感じ神妙な面持ちで沢渡を除いた3人へ龍姫は視線を移した。

 

「ただ、あの子(・ ・ ・)が相手となると生半可なデッキでは瞬殺される……ので、何か良い対策はない? 真澄、刃、北斗」

「おい橘田、ナチュラルに俺をハブるなよ」

「そんなの簡単さ。《システム・ダウン》を3積みすれば――」

「却下。露骨なメタは私のデュエルスタイルに反する」

 

 沢渡の発言を無視しつつ、龍姫は北斗のアドバイスを即拒否する。今回はいくら相手のことがわかっているとはいえ、露骨に対策カードを積むことを龍姫は良しとしない。デュエル業界からは悪評が広まってしまっている相手ではあるが、龍姫自身はその相手について嫌っている訳ではなく、むしろ好んでさえいる。そのためメタで相手の戦術を潰すよりも、自分と相手が真っ向から挑む方が性に合っており、自分も相手もそれを望む。

 

「貴女は変なとこで頑固よねぇ……それじゃあ、前みたいに《オネスト》積んでおけば良いんじゃないかしら? 攻撃力には攻撃力で勝負よ」

「……ドラゴン族以外入れたくない…」

「ちょっと前まで天使族の《オネスト》と《マンジュ・ゴッド》をガン積みしておいて、どの口がそれを言いやがる」

「あの時はまだデッキが馴染んでいなかったから……でも、真澄の言う通り攻撃力の勝負は良いかもしれない。抜かそうと思っていた《光子化(フォトナイズ)》と《反 射 光 子 流(フォトン・ライジング・ストリーム)》を入れたままにしておく」

「……デュエルで攻撃力が1万近くになりそうだな…」

 

 想像するだけでもおぞましいと、顔に出しながら沢渡は頬を手で付きながらそう呟いた。ただ龍姫は今日のユートとのデュエルで《竜姫神サフィラ》の攻撃力が11225まで上がったので、攻撃力1万程度であればそこまで驚くことでもないのではと心の内で思う。攻撃力(脳筋)勝負したばかりであるが故、多少感覚が麻痺している。そのため沢渡の発言を気に留めることもなく無言でデッキ調整を続けた。

 

「――ん? 龍姫、封筒にまだ何か入ってるぞ」

「あら本当ね。これは……シンクロモンスターのカード?」

「おっ、何だ何だぁ? 公式戦のために社長からの餞別か?」

 

 そんな時、封筒に入っていた用紙を戻そうとしていた北斗がまだ中に何かが入っていたことに気付く。封筒の上下を逆さにして中に入っていたものをテーブルの上に出し、それが白枠のカードであることから真澄はシンクロモンスターであると察する。刃は自身の所属コースのカードということで興味を持ち、身を乗り出してそのカードを我先にと手に取った。

 どんなシンクロモンスターかと刃がそのカードイラストに目を向けるが、笑みを浮かべていた表情が一瞬にして驚愕のそれに変わる。何かの冗談かと目を疑いカードイラストとカード名に視線を交互に移すものの、そのカードに嘘偽りはなくそれの正体を把握するとカードを持つ手がワナワナと震えていた。

 

「こ、このカードは伝説の…!」

「伝説って?」

「ああ! こいつはあの伝説のあのカードだ!ちょっと違ぇけど」

「……見せて…」

 

 龍姫は未だ興奮気味の刃から半ば強引にそのカードを奪い取り、ゆっくりとそれに目を向ける。シンクロモンスターかつ、ドラゴン族。イラストには白銀の竜が描かれており、その姿は嘗て’’伝説’’と称されたカードにかなり類似したもの。

 

「……(ふつく)しい…」

 

 そのカードの全容を把握した龍姫の顔はどこか蕩けているように見え、ポツリと呟いた言葉で龍姫が改めてカードの美麗さに感嘆していることがわかる。そんな龍姫の様子を目にした一同は期待を裏切らない反応を示した龍姫に対し、渇いた笑みを浮かべるのみ。

 

「――っ!そうだ、このカードがあればあのコンボも実戦で使える…!ちょっとカードを買い足してくる…!」

 

 龍姫を除く面々がそんな表情をしている中、龍姫は思い立ったように席を立つ。そしてテーブルの上に広げたカードを素早く回収し風のように駆ける。

 

「あ、ちょ――龍姫!?」

「10分後にプラクティスデュエルフィールド…!」

 

 走り去る龍姫に声を荒げようとするも時既に遅し。背中越しに龍姫は用件だけを告げるとそのままラウンジを跡にし、目的のカードをLDS内のショップで購入するために颯爽と姿を消した。

 

「相変わらずドラゴン関係のことになると暴走する…」

「ま、それが龍姫だしな」

「仕方ないわね――あ、沢渡。アンタが龍姫の練習に付き合ってあげなさいよ」

「ハァ? 何で俺がやらなきゃいけないんだよ?」

「同じ総合コースなんだから別に良いだろ? 俺らじゃデッキが尖ってるしよ」

「そうそう。僕じゃバウンスするし、刃だとハンデス。真澄は下手したら1killしかねない。だから龍姫の相手は沢渡にしかできないし、君が一番適任なんだ」

「……なるほどな。この’’俺’’にしかできないと――ふっ、それなら仕方ないな。この’’俺’’がやってやろうじゃねぇか」

(((チョロい)))

 

 各々で物言いしつつ、その足をLDS内のプラクティスデュエルフィールドに向ける4人。思うことは色々あれど沢渡を除いた各コースのトップは、龍姫が思い付いたというコンボを身に受けるのではなく、先ずは観戦したいという気持ちと’’ある’’憂いがあり、そのことで3人の考えは一致していた。

 

『昔みたいに《地獄の暴走召喚》で《ヴェルズ・ザッハーク》を展開したコンボを食らったら嫌だし、とりあえず沢渡を当て馬にしよう』

 

 そんな各コーストップ3人の(邪まな)考えを欠片すら知らない沢渡は、プラクティスデュエルフィールドに向けて上機嫌に鼻歌交じりにスキップ。その後ろを3人が下卑な笑みを浮かべながら付いて行った。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「ごめん、少し遅れた」

「別に構わねぇよ」

「……沢渡が相手をしてくれるの?」

「あぁ、この俺にしかできないからな。感謝しろよ?」

「……ありがとう…」

 

15分後、予定より5分ほど遅れながらも龍姫がプラクティスデュエルフィールドに到着した。先に待っていた沢渡は既にデュエルディスクを装着し準備は万端。真澄・北斗・刃の3人も近くのベンチに座り、観戦する用意を整えていた。

 

「今回はどんなコンボを仕込んで来たのかしらね」

「あのシンクロモンスターは展開補助系だからな。また何か大量展開するんじゃねぇか?」

「龍姫のことだ。きっと今まで以上にえげつないコンボを用意して来たに違いない」

 

 龍姫の普段の展開力すらえげつないと評している3人は、期待と不安が混じったような表情で龍姫に視線を向ける。いつものように冷淡な表情ではあるがほんの僅かに口角が吊りあがっており、まるで冷酷な微笑を浮かべているように3人は感じた。同時に『これは沢渡終わったかな?』と思い、心の中で静かに合掌する。

 

「先攻・後攻はどうする?」

「……私は後攻が好きだから後攻で」

「オーケー。それじゃあ俺の先攻から行かせてもらう」

 

 そんな3人の龍姫と沢渡は互いにデッキからカードを5枚引く。龍姫は相変わらずの仏頂面のため手札の良し悪しは観戦側の3人からは判断が付かないが、対照的に沢渡の表情は手に取るようにわかる。鼻の下は伸び、頬が緩んでいる沢渡の表情を見ればかなりの良手札なのだろうと3人は容易に想像できた。

 

(俺の手札は相手モンスターの攻撃宣言時に攻撃表示モンスターを全て破壊する罠《聖なるバリア ‐ミラー・フォース‐》。2枚以上フィールドのカードを破壊する効果を無効にするカウンター罠《大革命返し》。そしてモンスターを破壊する効果を無効にする速攻魔法《我が身を盾に》。極めつけに攻撃対象を自身に制限する2体の《切り込み隊長》――先攻で『切り込みロック』と完璧な守りを敷けるじゃねぇか!やっぱり俺、カードに選ばれ過ぎぃ!)

 

 そしてその想像通り、沢渡は浮かれ上がっている。現在の沢渡のデッキはとある(・・・)事情により最善のデッキではないが、それでも総合コースの名に恥じない極めてスタンダードなデッキ。現在の沢渡の手札のカードは汎用性の高いカードばかりであり、なおかつ龍姫の大量展開を一掃できる《聖なるバリア ‐ミラー・フォース‐》、龍姫が愛用している《巨竜の羽ばたき》を無効にできる《大革命返し》、《聖刻龍-ネフテドラゴン》の単体除去を無効にできる《我が身を盾に》は最善のカードと言える。これだけの手札なら負ける気がしないと、沢渡の表情は勝利への自信に満ちていた。

 

「さぁ行くぜ橘田!」

「……よろしく…」

「デュエル!」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「――バトルフェイズ。2体のモンスターでダイレクトアタック」

「うわぁあああああああぁっ!!」

 

 後攻1ターン、言わばデュエル開始から2ターン目で沢渡の情けない叫び声がデュエルフィールドに響いた。’’完璧な守り’’と称していたカードはフィールドのどこにもその姿はなく、それらのカードは全て余すことなく沢渡のデュエルディスクの墓地にある。龍姫用にしっかりと破壊効果を持ったカード対策をしていたにも関わらず、それらのカードは皮肉にも全て’’破壊’’効果を持ったカードで一掃されてしまい、沢渡のフィールドは焼け野原のようにまっさら。壁となるモンスターも、自身や自分モンスターを守る魔法・罠カードも、手札や墓地から発動できるカードの全てがない今、沢渡に2体のドラゴンの攻撃を防ぐ手は1つもない。攻撃力2000を超える2体のドラゴンの直接攻撃をその身に受け、ソリッドビジョンのウィンドウで沢渡のライフポイントが0を表示する。デュエリストにとっては聞き慣れたブザー音が鳴り、デュエルの終了を告げた。

 ふぅ、と龍姫は小さく息を溢し冷淡な表情にどこか満足気な顔を覗かせる。ほぼ完璧な形で自分が想定した状況でのコンボが成功し、その内心はサテライト制覇に精力していたとあるチームのリーダーのように満足感が溢れていた。が――

 

「――って、おい龍姫! お前、社長からもらったカード使ってないじゃねぇか!」

「…………っ!…」

「いや、そんな『そういえばそうだった!』みたいな顔をしても…」

「何のための練習だったのよ…」

「さ、沢渡っ、すぐに2戦目を始めよう…!」

 

 ――友人3人の言葉でその満足感は一瞬にして消える。本来の目的を思い出し、龍姫は慌てながらも再びデュエルディスクを装着。さぁ今度はお前が先攻・後攻を選べと言おうとした途端――

 

『――施設の使用時間はあと5分です。これからデュエルを始めないよう、ご協力をお願いします。塾生の皆さんは気を付けて帰宅して下さい――』

 

 もの悲しげなBGMと共に館内放送が塾内に響き渡る。その機械的で無機質な音声を聞いた龍姫の表情は聖刻デッキでごく稀に見かける初手バニラ5枚(《ガード・オブ・フレムベル》、《ギャラクシーサーペント》、《アレキサンドライドラゴン》、《ラブラドライドラゴン》、《神龍の聖刻印》)の時のように絶望に染まった。

 

「残念だが時間だ龍姫。明日僕達は付き合えないが、精々LDSのエリートの名を汚さない程度のデュエルをしたまえ」

「まぁ俺の『禁じ手』(先攻ハンデス)並にえげつないことをやったから大丈夫だろ」

「アレがあれば大丈夫でしょ。それじゃあ龍姫、明日の公式戦が終わったら私達の方に顔出しなさいよ?」

 

 そんな龍姫の絶望の表情とは裏腹に、北斗達はそれぞれ気楽に龍姫へ声を掛け出口へ向かう。『明日はどこを捜そうか?』、『マスク着けた男に片っ端からデュエル挑もうぜ』などと、龍姫の公式戦の心配など微塵も感じられない会話をしながら帰路へ。

3人の背を見ながら沢渡はゆっくりと龍姫の方に近付いて行き――

 

「時間なら仕方ないな。俺達も帰ろうぜ橘田――ひっ!?」

 

 ――初めて相対する攻撃力3000級のモンスターをソリッドビジョンで目にした時のように、沢渡は龍姫の様子に肩を震わせた。残された龍姫はわなわなと体を震えさせながら、キッと猛禽類のような鋭い眼光で沢渡の方へ視線を向ける。

 

「沢渡、デュエルしよう」

「はぁ?何言ってんだお前? さっきの放送が聞こえなかったのか?今日はもうおしまい、デュエルは明日の公式戦まで取っておけよ?」

「すぐに終わらせるから。少しだけ、ほんの少し。先っちょ(先攻)だけ…!」

「だからやらねぇよ!? てか肩掴む力強いなお前!痛い痛い痛い!」

「お願い、何でもするから…!」

 

 ぐぐぐっと沢渡の肩を掴む手に自然と力が入る龍姫。本来であれば男女の立場が逆の絵になるはずだが、いかんせんデュエルの世界では体を鍛えなければやっていけないことは自明の理。故に少年・少女程度ならば男女の力強さにあまり差はなく、それどころか日々鍛えている龍姫の方が沢渡よりも力が強いのだ。

 傍から見ればまるで沢渡が暴漢――ならぬ暴女に迫られているようにも見える。あまりにも必死になっているためか龍姫の沢渡の肩を掴む手は段々と押し倒すような形になり、その力に耐えられない沢渡の背中は自ずと傾いていく。その様はさながらボクサーが上体を反らして相手の攻撃を回避するスウェーのそれに似ているが、今のこの状態にはボクサーの流麗な動作も、力強さの欠片すら感じられない。このままではトラックに轢かれたカエルのように目の前の女に潰されると沢渡が察した時――

 

「――何をしているんだ、君達は…」

 

 ――救世主(中島)現る。

 

「な、中島さぁん!」

「――っ、中島さん…!?」

 

 突然の来訪者の存在に沢渡は心から安堵し、逆に龍姫は心から焦り始める。

沢渡は中島について遊矢のペンデュラムカードの件や、父親の関係でそれなりによくしてもらっているので彼に対して良好な関係であると自負していた。

逆に龍姫は中島について自身のエクストラデッキのカード交換の件や、以前LDS襲撃犯を誘き出すためにその過程で北斗がトラックの中に閉じ込められ、出荷されかけたことで彼に大変な迷惑を被らせてしまったため、彼に対してかなりの苦手意識がある。

 先の聖刻デッキでごく稀に見かける初手に初手ドローが《エレキテルドラゴン》だった時並に龍姫の心は絶望に染まり、(元からさほど良くない)顔色がさらに青くなった。

 

「…橘田君、とりあえず沢渡君を離しなさい」

「……はい…」

 

 苦手意識があると、どうにも逆らえないのが人間の性。龍姫はおずおずと沢渡をガッチリとホールドしていた肩から手を離し、沢渡を解放する。ふぅ、と拘束から逃れた沢渡は安心し、中島の目の前とはいえまた掴まれたら敵わないと龍姫から少し距離を取った。

 

「――で、もう施設の使用時間が終わるが、君達は何故まだ残っているんだ?」

「いやぁ、橘田が時間を過ぎてもまだデュエルをしたいと俺に迫って来て」

「……1ターンで突破される沢渡が悪い…」

「どう考えても新規カードを出さなかったお前が悪いだろ」

「次のターンには出せてた。つまり耐えられなかった沢渡が悪い」

「あれだけ容赦のないコンボを出しながらその言い方はねぇだろ! てか、あんなの手札誘発カードがなきゃ防ぎようがねぇよ!」

「じゃあ手札誘発を握っていなかった沢渡が悪い」

「何で俺が悪いこと前提なんだよ!」

「いい加減にしなさい!」

 

 あーだこーだと責任をなすり付け合う2人に中島が一喝。突然の怒声に2人はビクっと体を震わせ、恐る恐る彼の方に視線を向けた。サングラスで目元はよく見えないが、それでも中島の雰囲気から怒りを発していることが分かる。

 

「とにかく施設の使用時間は過ぎたんだ、あとは大人しく帰りなさい」

「……でも…」

「橘田君、ごねても無駄だ。それに君は明日公式戦を控えている。明日に備え今日は家に帰り、充分な休息を取るように」

「…………」

 

 納得がいかない、とでも言いたげに龍姫は目を細めながら中島を無言で睨む。しかし、いくら睨んだところで中島は大人、龍姫は中学生。傍から見ても駄々をこねた子供が恨めしそうに親を睨んでいるようにしか見えない。

そんな龍姫の姿を見た沢渡は鼻を鳴らし、内心で滑稽ものだなと笑う。

 

「残念だったなぁ橘田。まぁこれも塾の規則だ。精々明日は頑張るんだな」

「あぁ、そういえば沢渡君。先ほど社長から君に伝え忘れていたことがあったと、言伝を取り次いでいる。何でも、明日の橘田君の公式戦に見学に行くようにとのことだ」

「……えっ?」

 

 瞬間、沢渡の表情から余裕の笑みが消える。公式戦? 見学? 何で自分が龍姫のデュエルをと混乱する中、続けるように中島の口が開く。

 

「何でも同じ総合コースの塾生なら、身内のデュエルを見て勉強するようにとのことだ。社長曰く『君のプレイングには慢心がある』らしい」

「はぁ!?」

「おそらくは以前センターコートで榊遊矢とデュエルした時、ペンデュラム召喚に浮かれて手札にあった罠カードを伏せなかった件についてのことだろう。そこで常に本気のデュエルを心掛けている橘田君のデュエルを見学し、その姿勢を学ぶべきだと社長は仰っていた」

「いやいやいや中島さん! 俺はこいつと何度もやってるから今更そんなの必要ないですって! それに橘田が明日行く場所って、あの山の上の――」

「なお、見学しなかった場合は例のカード(・ ・ ・ ・ ・)は君に渡せないとも仰っていた」

「――ぐっ…!」

 

 ‘’例のカード’’という単語を出され、沢渡は反論しようと開いた口を閉じる。確かに先日の遊矢とのデュエルではペンデュラム召喚に浮かれ、手札にあった《ブレイクスルー・スキル》を伏せなかったという愚かな真似をしたことは沢渡自身自覚していた。あの罠を伏せておけばデュエルの流れはもちろんのこと、結果も変わり自身が勝利していた可能性は十二分にあっただろう。その点を’’慢心’’と言われてしまえば返す言葉もない。

 

「君は総合コースでも優秀な塾生だが、まだ上には上がいる――君の隣の橘田君のような」

「……恐縮です…」

「謙遜することはない。社長は君のことを高く評価している。だから沢渡君も彼女のような、もしくは彼女を超えるようなデュエリストとなるために、勉強の一環として橘田君のデュエルを見学するように」

「…わかりましたよ……」

「納得してくれて結構。ではもう子供は帰る時間なのだから、気を付けて帰宅しなさい。それと襲撃犯にも気を付けるように」

 

 渋い表情の沢渡とやや不満そうな顔の龍姫を横目に中島は踵を返し、プラクティスデュエルフィールドを後にする。残された2人はハァ、と小さくため息を吐いた。

 

「……明日、半端なデュエルだけはするんじゃねぇぞ」

「当然。常に全力を出すのが私のデュエル。明日は期待してもらって構わない」

「ふん、精々俺を驚かせるようなプレイングぐらいは魅せてくれよ――あぁ、そういえばさっき俺とデュエルしたコンボは中々良かったじゃねぇか。そうだな、名付けて『聖刻・インフィニティ・ジャッジメント』ってところか」

「やめて」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「さ、沢渡さぁん!この山登りキツ過ぎッスよ!」

「何で橘田さんのデュエルを見学するのにこんなことしなきゃいけないんスか!?」

「うわぁっ! 虫が居るぅ!」

「うるさいぞお前ら! 黙って登れ!」

 

 翌日、龍姫と沢渡、そしていつも沢渡を慕い付き添っているいつもの3人――山部、大伴、柿本らは舞網市の端にある山を登っていた。山を登ると言っても、山道を歩くなどの緩やかでのんびりしたものではなく、断崖に近い壁を登山家ばりに登っているのだ。

 何故このようなことをしているか。答えは単純にして明快――この山の頂上に目的のデュエル塾があるからだ。件のデュエル塾は世間的には悪評こそあるが、一部のデュエリストからはその評価は非常に高い。曰く、『山も登れないような貧弱なデュエリストは、学ぶ資格なし』とのこと。デュエリストにとって高い身体能力を求められることは昨今では常識であり、入塾資格として自身の力で塾まで辿り着くことが最低条件。故にこの塾のデュエリストは総じて身体能力が一般的なデュエリストよりも高く、日々塾に通うための登山で肉体と精神を鍛え上げられているのだ。常日頃このようなことをしているデュエリストが強くないハズがなく、舞網市で開催される大会はもちろん、他所での大会でも常にこの塾生が上位に名を連ねている。

 そんなデュエル塾の塾生――それもエースとデュエルができる状況はそう見られるものではなく、学校帰りに沢渡が龍姫と共にそのデュエル塾に行こうとしたところを、沢渡の取り巻き3人も見学をしたいと申し出たため、今こうして登山に勤しんでいるのだ。

 

「……先に行く…」

 

 沢渡を含む4人よりも遥か上を登っている龍姫が上からそう声をかける。件の塾生ほどではないにしろ、そこそこの身体能力を誇る龍姫にとってこの程度の登山ならば容易い。内心で『ロッククライミングだ私!』と浮かれてはいるが。

 

「くっ、ほらお前ら! 男が女に山登りで負けてどうする! 俺達も続くぞ!」

「ちょ、待って下さいよ沢渡さーん!」

「橘田さんがスカートの下にスパッツ穿いてなきゃもっと張り切って後を追えるんだけどなぁ…」

「だよなぁ…」

 

 一部思春期の中学生らしい思考のものの、沢渡の激で文句を言いつつ再度登り始める。一体あとどれだけ登れば辿り着くのかと、未だ見えない頂上に不安を抱きながら3人は手と足を動かし始めた。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 ロッククライミングだ私ー!――って、キツイよこの登山!いくらデュエリストと言えど、流石に登山をさせるのはどうかと……でもあの道場ならこれぐらいやっても不思議に思わないかな? 実際はそこまでガチな登山をさせる訳じゃないし、良心的だね。多分。

 それにしてもまたあの子(・ ・ ・)とデュエルできるのは何だかんだで結構楽しみかも。前に大会でデュエルした時は1killで終わったし。私が負ける形で。でも今回は前回のようには負けない!高攻撃力対策もしたし、新しいコンボも仕込んだ。これなら前回みたいにそう簡単には負けな――

 

「まだ俺には何かが足りんのだー!」

 

 ――ひゅい!? え、今何か声が聞こえたんだけど。ここら辺は山の麓と頂上の真ん中辺りだったハズ……確か水場が近くにあるんだっけ? よし、ちょっと確かめてみよう。私は登山フェイズを中断し、捜索フェイズに移行するぜ!

 とりあえず声が聞こえた方に直行。わぁお、何か木々がデュエルアカデミアの森並に生い茂ってる。えっと、こっちの方から声が聞こえたハズなんだけど――あっ、何か滝が見えた。あそこに誰か居るのかな? 滝――ハッ! まさか滝の中に手を突っ込んだドロー修行!? み、見たい…! LDSの近代的なトレーニングも良いけど、バーニングでナックラーなカウンターの人や、熊を一頭伏せてターンエンドするハンドな人みたいな修行をするデュエリストをこの目で見てみたい! 昂る気持ちを抑えきれないんで、ちょっと見学させてもらいますね!

誰がドロー修行しているのかなー、と私は堂々と草木を分けながら開けた場所に到着。さぁどんなドロー特訓をしているんだと内心でワクワクしながら滝の方を見ると――

 

「…………」

「…………」

 

 ――そこには筋肉隆々で(ほぼ)全裸の姿を晒しながら滝に打たれている同級生、権現坂 昇(ごんげんざか のぼる)の姿が。え、あの、その……どうして滝でドローの特訓をしないで打たれてるの!? 貴様それでもデュエリストか! という叫びたい気持ちを抑え、無言で権現坂の肉体を凝視。す、すごい……なんて逞しいデュエルマッスル…!

 

「――こ、この男権現坂の修行を盗み見るとはけしからん!」

「……っ、申し訳ない…」

 

 ひゃあっごめんなさい! 私は慌てて謝りつつ、手で目を覆い指の隙間からこっそりと権現坂の姿を改めて確認。権現坂は(ふんどし)一丁で滝に打たれ、いかにも修行らしい修行の真っ最中に見える。おかしい、デュエリストなら滝でドロー特訓じゃないの? とか、半裸であることに恥じらいとかはないの? などの色々疑問に思うことがあるけど、本人はあくまでも裸体を見られることよりも修行を見られることの方が恥ずかしいっぽい反応――まるで意味がわからんぞ! 男女の意識の差かな?

 

「ぬぅ、女子の前でこの格好では無礼だな。しばし待たれよ、すぐに着替える」

「……どうぞごゆっくり…」

「それと指の隙間から見るでない。はしたないわ」

 

 あぅ、バレてた。いやでも、そんなにも立派なデュエルマッスルを見たら女の子はこういう反応になりますって。すごく逞しいから見惚れちゃうよ! ほら、どこぞの雲魔物(クラウディアン)やヴォルカニック、宝玉や化石の人らだってかなりのデュエルマッスルだったし! 私筋肉フェチじゃないけど、あぁいう男の人らしさを感じさせるものを見るとドキっとしちゃうもん!

 そんな下らないことを考えて数分ほど経つと、権現坂がちゃんと服を着て再度私の前に。権現坂を再度召喚! あ、別にデュアルモンスターじゃなかったね。

 

「確か同じクラスの橘田だったか……何故ここに居る?」

「……ジュニアユース選手権へ参加するために、ここの道場で公式戦を行う。道場に向かう途中で声が聞こえたから立ち寄っただけ」

「ほう、ジュニアユース選手権のための公式戦か。その相手にここの道場を選ぶとは……中々に肝が据わっている」

 

 褒められた。ありがとうございます! 素直に嬉しいです! あぁ、でも権現坂の言う通り公式戦の相手にここを選ぶ人は中々居ないと思う。先ず辿り着くまでが大変だしね。それに個人的には公式戦じゃなくて大会本戦で戦いたかったから、ここの道場は遠慮したかったんだけど……社長の言葉に逆らえなかった非力な私を許してくれ。

 

「褒め言葉として受け取る。権現坂は何故ここに? 権現坂自身はここの道場と全く関係ないと思うんだけど」

「修行で山籠りをしていたのだ。この山を保有する道場とは俺が幼い時から世話になっている。俺の道場も山の上にはあるが、滝がないからここの滝を借りていたのだ」

「……なるほど…」

 

 あ、そういえばここの道場の人と使っているカードの種族は同じだったね。デュエルスタイルは真逆だけど。道場と名の付くデュエル塾は機械族の使い手なのかなぁ? あれ、でも市内の『サイコデュエルスクール』は普通にカタカナだし――どういう…ことだ…? ま、いっか。そんなことよりもさっきの叫び声ですよ叫び声!

 

「……そういえば、さっき何か叫んでいたような気がしたけど、あれは?」

「ぬぅ、聞かれていたか……級友に話すべきことではないが、聞かれてしまった以上この男権現坂、包み隠さず話そう。俺は先日、とある事情でデュエルをした」

「……遊勝塾で刃とのデュエル?」

「――っ、刀堂刃殿を知っているのか橘田!?」

 

 知っているというか、友達です。それにそのデュエルは何だかんだで刃達やタツヤから聞いているし、大体のことは聞いているよ!

 

「……私はLDSに所属しているし、刃とは仲が良いから話もよく聞く」

「貴様、LDSだったか……だが、知っているなら話は早い。俺はそのデュエルで友である遊矢、そして世話になっている遊勝塾のために絶対に負けられなかった。しかし、結果は引き分け――負けこそはしなかったが、遊矢のために白星をもぎ取ることができなかった……その時、俺は己の弱さを痛感したのだ」

 

 正直、初見でX-セイバー相手に引き分けるってかなりすごいことだと感じるんだけど。しかもフルモンデッキ、なおかつアクション魔法も抜きで引き分けたことはウィジャ盤を揃えるくらい難しいと思うし。

 

「そこで俺は自分を鍛え直すために修行をしていた。だが、いくら修行を重ねても俺には何かが足りん。強くなるためには新しい何かが必要だと感じたのだが――今の俺にはその何かが分からんのだ…」

 

 真澄の言葉を借りるなら『貴方の目、くすんでるわ』状態なんだね権現坂。うーん……私ならモンスター・魔法・罠を少し入れ替えて、何度かテストプレイを重ねれば解決するんだけど。権現坂はフルモンだから魔法・罠は入れられないだろうし、モンスターも吟味しなきゃ下手に入れても回転率を下げかねないし……これは難しい問題。でもこういう時は――

 

「――それじゃあデュエルしかない」

「……なぬ?」

「デュエルはいつだってデュエリストを導いてくれる。何か悩みがあればデュエルを通して解消し、何か問題があればデュエルを通し解決すれば良い。深く考える必要はない……ただデュエルで何かを見出だし、そのきっかけぐらいなら見つかる可能性だってある」

 

 ――デュエルしかない。細かいことは考えないで、デュエルすれば良いんだよ。1回で足りなかったら2回。それでも足りなきゃ3回、4回、10回、100回――とにかく答えが見つかるまで何度も繰り返しデュエルして、満足すれば良いんじゃないかな!

 

「確かに一理あるな。何かを見つけるためにはデュエルが一番適していよう」

「じゃあ私とデュエルを――」

「だが、貴様はこれからここの道場で公式試合をするのではないか?」

 

 あっ……あぁあああああっ! そういえばそうだよ! 私、公式戦のためにここに来たんだ! 叫び声が気になってちょっと寄り道しちゃったけど、このままじゃ遅れる! は、早く道場に向かわないと…!

 

「むっ、その様子だとあまり時間はないようだな――よし、助言の礼だ。この男権現坂に付いて来い! この山のことは幼少より通い慣れているから近道は熟知しているぞ!」

「…ありがとう……」

「その言葉は道場に着いた時に受け取らせてもらう。さぁ、早く行くぞ!」

 

 権現坂の優しさに泣けてくる――普段はあんまり話さないけど、こんなに男らしい……いや、漢らしいデュエリストだったなんて…! これからは権現坂’’さん’’と(心の中で)呼ばせてもらいます! さぁロッククライミング再開だ私ー!

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 山の頂上付近。そこには厳かな雷文(らいもん)模様が彫られた門があり、その中にはおおよそ陸上トラック程度の広さを誇るデュエルフィールドがある。さらに奥には体育館程度の大きさの中華風道場が佇んでいた。

 そしてデュエルフィールドの門側に1人の女性――いや、少女が居る。平均的な女子よりも遥かに高い身長を持ち、可憐というよりは綺麗な顔立ち。腰まで届く白銀のストレートヘアーに、メリハリの付いた整った体型をピッチリと浮き彫りにさせる赤いチャイナドレスを纏う姿は良くも悪くもとても少女には見えない。その少女は、今日公式試合を行う相手をまだかまだかと待ちわびていた。

 昔、1度だけ戦ったことがある相手と再び相まみえる機会に心躍り、本殿ではなく門で出迎えようと思うほどに少女の心は浮かれている。

当時、大会で見かけた自分と同年代の少女のデュエルに心惹かれ、デュエルすることになったら共に全力をぶつけ合った最高のデュエルにしたいと意気込んだ結果が1ターンkill。当時こそは勝利に酔いしれたが、今思えば昂りを抑えきれず早急に決着が着いてしまったことに対し、少女は彼女の実力に少し失望していた。

だが今回は以前のように1ターンでの決着は着かないという確信が少女にはある。相手は以前デュエルした時よりも格段に実力を向上させ、さらに勝率だけで言えば自分と同等かそれ以上。数少ない知り合いから借りた彼女の公式試合の映像を見た時は、その圧倒的な実力に賛嘆したほどだ。

そんな彼女と再度デュエルする機会が巡ってきたとなれば心躍らない訳がない。予定の到着時刻より30分も前から門の内側に堂々と仁王立ちで待ち構えている。

 

(――来たか…)

 

 荘厳な門がゆっくりと関門開きの要領で左右に大きく開く。少女は目を閉じ、一拍置いてから開眼。自信に溢れた表情と声色で、来訪者()に歓迎の言葉を贈る――

 

「ようこそ、我がサイバー流道場へ。歓迎しよう、盛大に――んっ?」

 

 ――つもりだったのだが、つい素っ頓狂な声が末尾に出てしまった。それもそのはず、待ちわびていた少女の姿は一切なく、視界には沢渡とその取り巻き3人の計男4人の姿が映るのみ。はて、彼女は男に性転換手術でもしたのかと、とんでもないことを考えている中で沢渡が一歩前に出た。

 

「おい、橘田はまだここに着ていないのか?」

「いや、君達以外に今日ここに来た者は1人も居ないが」

 

 何だあの中にはいないのかと、自分の考えが外れたことに少女は失望と安心の念を覚える。それと同時に沢渡の後ろに居た3人が小さい声量でこそこそと話し始めた。

 

「え、橘田さん先に行ったよな?」

「何で俺達が先に着くんだよ」

「もしかして途中で落ちた!?」

「馬鹿、落ちたら登っている俺らでもわかるだろ」

「それに橘田さんは落ちるような人じゃねぇし。落ちたとしても無言で立ち上がる姿がイメージできる」

「あー、何かわかる」

「……………こんな感じ?」

「そうそう、そんな感じ――って、うわぁああああぁっ!?」

 

 3人の背後から自然に会話に混ざり、普段の無表情で無愛想で無言な顔をこれでもかと披露する龍姫。話の渦中だった人物の唐突な登場に加え、龍姫の背後に居た権現坂の放つ圧倒的な存在感に驚き、3人仲良く尻を地面に付ける。

 

「橘田! お前、俺らより先に行っていたクセに何で俺らより遅いんだよ!」

「ごめん。少し寄り道していたら遅くなった」

「済まぬ。あの時、俺が己の未熟さを嘆いていなければ予定通りに着いていたハズだったんだが……むっ? 貴様ら3人はあの時の――」

「あ、お前は――っ!」

 

 当初1人を出迎える予定だったハズがいつの間にか6人に増え、さらに自分を無視して話が進んでいる事態にサイバー流道場の少女は何がどうなっているのか理解が追い付かず、混乱し始めた。今日の公式戦の予定は龍姫1人だけが相手なのだが、何故5人も増えているのか。元より柔軟とは真逆の強硬な発想しかできない少女は口元に手を当て、自分の考えを口に出す。

 

「ふむ、昇と橘田以外は全員入塾希望者か」

「「「「俺達は入塾希望者じゃない!!」」」」

 

 この一声とその返しで一旦場はさらに収拾がつかなくなり、話し合いで解決するまでに10分の時間を要した。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「先ほどは失礼した。まさか見学者が居るとは思わなかったのでな――あぁ、そういえば自己紹介がまだだったか。私はこのサイバー流道場の後継者、藤島 恭子(ふじしま きょうこ)だ」

 

 紆余曲折を経て何とか7人は冷静になって話をまとめ終えた。結局は今日公式戦を行うのは龍姫1人であり、沢渡とその取り巻き3人は見学。権現坂はそのままの流れで彼らと同じく見学することに。

 そしてこのデュエル塾――’’サイバー流道場’’の後継者、藤島恭子が簡単に自己紹介を済ませた。この女があの1kill推奨と悪名高いサイバー流の塾生か、と沢渡とその取り巻き3人は怪訝な眼差しを恭子の顔に向ける――が、何故かその視線は顔から首、首から下へ段々と下がっていく。ピッタリと止まったその視線の先には豊かな女性の象徴。中学生としては明らかに規格外なソレを目にして、権現坂を除く男4人は静かに生唾を飲み小さく呟いた。

 

「……でかい…」

「ん?あぁ、確かに私の背は平均的な女子に比べれば大きいか。まぁ毎日牛乳を欠かさず飲んでいる賜物だな」

 

 なるほど、牛乳でそんなに育ったのかと4人は心の中で納得した。続けて(失礼を承知で)比べるように龍姫の女性の象徴へと目を向けるが――平たい。驚きの平たさだ。これは驚異、もとい胸囲の格差社会である。同年代であるはずなのにどうしてここまで格差が生まれてしまうのだと、彼らは龍姫に同情の念を送った。

 

「…………」

「あだぁっ!? ちょ、橘田さん! なに無言で俺の脇腹突くんスか!?」

「それは橘田なりのコミュニケーションだろう。私も学校ではよく私以外の女子が男子にボディタッチしている様子をよく見かける」

 

 それ絶対に違うやつだと権現坂を除く男全員は思う中、無情にも柿本の脇腹を特に理由のない龍姫の無言の突きが襲う。

 

「まぁこれから始まる公式戦の緊張解しだろう――さて橘田。君の準備が良ければすぐにでも公式戦を始めたいのだが、あとどれくらい待てば――」

「今すぐ始めよう」

 

 ある程度柿本の脇腹を無言で突いたことに満足したのか、龍姫は即座にデュエルディスクを取り出した。相変わらずデュエル関係のことになると行動が早いなと沢渡が思う中、恭子は自信に満ちた笑みを見せつつチャイナドレスのスリット部分に手を入れ、内股から愛用している銀色のデュエルディスクを取り出す。

 

「ふふ、勇ましい限りだ――以前は私が圧勝させてもらったが、今回はどうかな?」

カオスドラゴン時代(あ の 時)とはデッキがほとんど変わっている……今度は私が1killしても良いぐらい」

「本当に勇ましいな……では、見学者の君達はこのデュエルフィールドの隅に設置してある観客席に向かってくれ」

「うむ、承知した。2人共全力を尽くすのだぞ」

「昨日はこの俺が特訓に付き合ってやったんだ、勝てよ橘田」

 

 勝負の前から激しく闘志を燃やす2人にこれ以上の言葉は不要だと察し、権現坂はすぐに東側の観客席へと向かう。そんな権現坂と同じように沢渡も西側の観客席へ。

 だがここで沢渡の取り巻きの1人である山部がこっそりと龍姫に耳打ちする。

 

「橘田さん、大丈夫ッスか? 相手のサイバー流って、やたら高い攻撃力で1killする悪評高い相手っスよね? ちゃんと対策とかは――」

「問題ない。けど山部、悪評は誤り。サイバー流はただ全力を尽くしてデュエルしているだけ――そのプレイングに良し悪しはないし、ルール的にも道徳的にも問題はない。相手のスタイルを否定することはデュエリストとしては恥ずべき行為」

「は、はぁ…」

「それに相手が高攻撃力で来るならこっちも高攻撃力で挑めば良い」

「あっ、それじゃあ橘田さんデッキにまた《オネスト》を」

「いや《オネスト》はいない」

「アンタ攻撃力で勝負する気あるんスか!?」

「おい何してんだよ山部。橘田さんの邪魔になるから行くぞ」

「ちょ、待ってくれ大伴! あの人馬鹿なこと言ってて――」

 

 これ以上付きまとっていては龍姫のデュエルの邪魔になると、取り巻きで一番大柄な大伴が山部の首根っこを掴みズルズルと沢渡の方へと足を運ぶ。その後ろには脇腹を抑えた柿本がへこへこと付いて行く。

 

「準備は良いな橘田。アクションフィールドはこちらで指定させてもらう――アクションフィールドオン!フィールド魔法《サイバネティック・ファクトリー》!」

 

 自分達以外がデュエルフィールドから完全に離れたことを恭子が確認すると、腕に装着したデュエルディスクを操作しアクションフィールドを発動させた。2人の足元が眩い光を放ち始め段々と光が形成していき、フィールドの明確な姿が現れる。

一言で言えば、フィールドは工場。しかし廃工場や世間一般的な工場のようなものではなく、目に映る全てが近未来的なものばかり。無駄に巨大なクレーンには訳のわからない機具が取り付けられ、長大なベルトコンベアーの上にはデュエルモンスターズの機械族モンスターが部品として流れている。他にも溶鉱炉のようなものや、レーザーカッター等を用いてパーツを成形するなど、一目で危険なフィールドだと龍姫は直感した。

 

「君相手に余裕で勝てるとは思っていないからな――アクションフィールドは私が最も得意とするフィールドにさせてもらった。まぁこれも敵地(アウェー)の洗礼だと思ってくれ」

「……望むところ。逆に相手の最も得意なフィールドで倒せないくらいじゃないと今の私には物足りない」

「ふっ、中々言うじゃないか。では始めよう――戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「モンスターと共に地を蹴り宙を舞い」

「フィールド内をかけ巡る!」

「見よ、これぞデュエルの最強進化系」

「アクション――」

 

 互いにデュエルディスクから手札を5枚引き、準備を済ませる。自身の腕や足などの体を目一杯使って半ば踊るように舞い、その体(と恭子は胸)を弾ませ口上を述べていく。そしてフィールド中央の上空に卵の殻のように固まっていた無数のアクションカードが、恭子の指鳴りと同時にフィールド内へと弾け飛んで行った。その様子を2人が目で追った直後に互いに一定の距離を取り、真剣な眼差しで互いを見る。

 

「「デュエル!!」」

 

 

 




オマケ①
前回のユートVS龍姫戦のレオ・コーポレーション管制室
オペ子「この召喚反応は――エクシーズです!」
オペ太「なにっ!?ではとうとう襲撃犯が――」
オペ子「あ、ちょっと待って下さい……同じ箇所に儀式の召喚反応が…」
オペ太「あー、それじゃあまた橘田さんか。全く、中島さんエクストラのカード変えたって言ってたのに」
オペ子「それじゃあこれは――」
オペ太「報告書に書かなくて良いよ。スルーで」
オペ子「あ、はい」
この後無茶苦茶怒られた。

オマケ②
藤島恭子の命名由来。
藤→丸「藤」亮
島→鮫「島」校長
恭→亮(りょう)、翔(しょう)、恭(きょう)と似た音で合わせたかった
子→女の子の方が可愛い(断言)

オマケ③
Q.何で山の上に道場?
A.サイバー流然り、ミザちゃん伝説然り、強いデュエリストは山に登らなければならない
(ぶっちゃけサイバー流登山をやらせたかっただけ)

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