遊戯王ARC-V LDS総合コースの竜姫   作:紅緋

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聖刻サフィラを作るためにGAOVとDUEAを10パックずつ購入。何かパーツぐらい当たるだろうと軽い気持ちで開封。結果スーレア以上だとフォトバウ、オッP(レリーフ)、サンサーラ、ロンゴミアントが当たりました。サフィラ当たってくれよぉ…!(よく行くショップでシングル売りしてなかった絶望)

(小ネタ)
龍姫「………」
北斗「……龍姫、さっきから何でショーケースに入ってるそのエクシーズモンスターを見てるんだ?」
龍姫「ドラゴン族だから使いたい。けど、私のデッキで出すには厳しい」
北斗「そのエクシーズモンスターは君のデッキと相性最悪じゃないか…」
龍姫「でも出したい」
北斗「相変わらず君はドラゴンのことになると暴走するな…」
龍姫「暴走…?――っ、そうだ…その手があった…!」
北斗「えっ…」
龍姫「北斗、アドバイスありがとう」

2014/11/12追記
コメントであるモンスターの効果について指摘を頂きデュエル構成を変更しました。デュエル構成で少しおかしい箇所があると思いますが、目を瞑って頂けると有り難いです。



5話:《ドラゴンを呼ぶ笛》(龍は惹かれ合う)

(――どういう……ことだ…?)

 

 舞網市内の人気のない高架下。そこには1人の少年と1人の少女の姿があった。

 片やここ最近LDS襲撃犯としてLDS塾生、トップエリート達にその身を追われている少年、ユート。

 片やLDS総合コースの首席にしてペンデュラムを除く全ての召喚方法を駆使する少女、橘田龍姫。

 その2人が一定の距離を保ち、お互いを牽制するように神妙な面持ちで睨み合う。

 

 龍姫は既にデュエルディスクを装着し、いつでもデュエルができる態勢。対してユートはデュエルディスクを手に持ったまま目の前の少女を訝しげに見つめるだけ。

 彼女が纏う雰囲気は強者が持つ重圧。絶対零度の如き冷酷な眼差し。そしてその眼光とは対照的に猛火の如く燃え猛る闘志を感じる。この立ち振る舞いは以前ユートが戦った相手(沢渡)とは違い、その雰囲気から本物の実力者であるとこの空気が物語っていた。

 まるで《ゴブリンのやりくり上手》を3枚同時発動に対し《非常食》のチェーン発動。相手が先攻3ターン目に手札を11枚まで増やし、そこからどう攻めようかと長考しているかのような緊張感に等しい。

 

彼女は何者なのか。何故デュエルディスクを構え自分と相対しているのか。何故このような状況になってしまったのか――

 

「さぁ……デュエルをしよう――遊矢(・ ・)

(この女は俺を誰と勘違いしているんだ…!)

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ――それは時が(さかのぼ)ること、数十分前。

 ユートは先日出会った少女――柚子のことを探るべくここ最近は彼女の近辺を調査していた。何故彼女が友人の妹と瓜二つの顔なのか、何故自分達の敵である融合を覚えようとしているのか――彼女は自分達の敵なのか。

 

 それを調べるためにユートが今日も市内に向かおうとした瞬間に突然の豪雨。デュエリストとは言え、バケツがひっくり返ったようなどしゃ降りの中を傘も差さずに歩いていては己の体に関わる。体の頑丈さにはある程度自信のあるユートだが、流石に生存本能によって風邪をひいても免疫細胞が活性化するほどの体質は持ち合わせていない。

 気紛れな天気にぶつけようのない憤りを胸に秘めながら、普段羽織っていた黒いマントを雨合羽代わりに自分の体に被せ、一先ず雨宿りとして近くの高架下まで駆けた。濡れたマントとマスクをいつまでも着用する訳にはいかず、それらをすぐに近くのフェンスへとかける。このような豪雨の中で濡れた衣類がそう簡単に乾くとは思わないが、それでも直接雨に当たるより幾分かマシだ。

ふぅと一息つき、ユートはフェンスに背を預ける。まさか休日の朝からこのような目に遭うとは――と、今の境遇を嘆く。今日は徹底的に調査しようと意気込んでいただけにその憂いは計り知れず、深いため息を吐いた。

 

 そして顔を上げると、こちらに向かって小走りで駆けて来る少女の姿を視界に捉えた。その少女は傘を所持しておらず、自分と同じく雨宿り目的でこの高架下でこの雨をやり過ごすのだろうと考える。他の高架下のスペースは駐車場となっており、空き地になっているこの場所は雨を防ぐには最適。特に気にする必要もないが、ユートは何気なくその少女の方へ視線を移した。

 年齢は彼女(柚子)と同じくらい、長い青髪を後ろに流すツインテールでまとめ、顔は良い意味で年不相応に大人び、氷のような印象。背は女子にしてはそれなりに高く、女性らしいメリハリのある体型ではなく全体的にスラリとしたスレンダーなライン。白いノースリーブブラウスの上に淡いデニムのノースリーブシャツを羽織り、同じ淡いデニム生地のホットパンツ姿。

 一見、クールな印象の少女にそのアクティブな服装はミスマッチだと思わざるを得ないが、その少女の白く細い太ももに青いレッグバンドで括られているデッキケースとデュエルディスクホルダーが見えたことでユートは納得した。女子とはいえデュエリストなら動きやすい格好を重視する。以前、倉庫で出会った彼女(柚子)もミニスカートだったのでデュエリストならば動きやすい格好になることは当然のことであろう。また彼女の膝上数十cmという大変けしからんミニスカートに比べれば、この少女はピッチリとしたホットパンツを着用しており、比較的目のやり場には困らない。

 そんなことを思いながら少女の方を見ていると、少女は雨に濡れた上着を脱ぎその場で大きく振るって雨に濡れた水気を飛ばす。それをユートと同じようにフェンスへと掛け、続けて少女はデュエルディスクを取り出した。ディスプレイを軽く操作し、そのままデュエルディスクを耳へと当てる。

 

「――今―――高架下――雨―――それじゃあ――お願い―――」

 

 雨音が激しいためユートには会話の内容が聞き取れないが、それでも少女の表情と声色で何となく察することはできる。おそらく仲間と合流する予定だったが、突然の雨で待ち合わせに遅れてしまう旨の連絡だろう。互いにとんだ不運に見舞われたものだと、内心で同情の念を送りつつユートは視線を少女から外す。

 外は依然として機関銃のような雨。これが今日1日降り続けるのかと考えるだけでため息が出る。そこでふと、自分の仲間()のことがユートの脳裏を(よぎ)った。最近は彼の行動がやや行き過ぎていると非難こそしたものの、彼は自分のかけがえのない仲間。こんな雨の中ではいくら隼とは言え体に関わるだろうと、彼に連絡を取ろうとデュエルディスクを取り出した――

 

「……デュエルディスク、変えたの?」

「――えっ?」

 

 ――その瞬間、いつの間にか先の少女がユートのすぐ傍まで歩み寄り声をかける。ほんの一瞬だけ目を離した僅かな間。いくら油断していたとはいえ、まさかこれほど呆気なく少女の接近を許すとは思わなかった。だが現に少女はユートの目の前におり、デュエルディスクを片手にこちらに語りかけて来る。

 そもそも何故この少女は自分にこんなにも気軽に話しかけてくるのだとユートは疑念を抱いた。この街で自分のことを知っている人間は仲間である隼のみ。顔が知られている範囲では彼女(柚子)と、彼女と一緒に居た子供(素良)、それと後から来た(真澄)しかいない。目の前の少女は明らかに初対面のハズだ。

 それで何故自分に話しかける、君とはただ高架下で共に雨宿りする程度の関係でしかないとユートが反論しようとした時、少女の口が先に開く。

 

「そうだ、ただ雨が過ぎるのを待っていても仕方ない。折角だから私とデュエルしよう」

「……は?」

 

 一体君は何を言っている、どういうことだとユートが声をあげるより早く少女は手に持っていたデュエルディスクを腕に装着。太ももに付けたレッグバンドのデッキケースからデッキを取り出し、それをデュエルディスクへ差し込んでデッキがオートシャッフルされる。続けてデュエルディスクのプレート部分が展開し、少女はデュエルの準備を終えた。

そして少女はユートからゆっくりと離れ、デュエルに適正な距離を取る。デュエルディスクをしっかりと構え――静かに、それでいて力強く言い放つ。

 

「さぁ……デュエルをしよう――遊矢(・ ・)

 

 自分とは違う名で呼ばれたことで、ユートは事態を一瞬で把握した。それと同時に目の前の少女に対して声に出せない思いを心の内で叫ぶ。

 

(この女は俺を誰と勘違いしているんだ…!)

 

 

 

――――――――

 

 

 

 うわぁ~、遅れる遅れる遅れる! 昨日、夜遅くまでデッキ調整していたら寝坊するなんて! しかも慌てて家を出たら突然のどしゃぶり――いや、エキサイティング! これは私に与えられた試練! 待っててね真澄・北斗・刃! 例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あの子(柚子)のスカートの中――って、違う! そんなとこに行ったらハリセン攻撃(ダイレクトアタック)受けて社会的にライフが0になる! ――って、これもちがぁう! まるで関係ない話は私の脳内から除外!

 むぅ……今日も襲撃犯捜しに行こうと張り切って外に出た5分後には大雨ってどういうこと!? 昨日の天気予報だと雨は夜からって言ってたじゃないですかー! まるで意味がわからんぞ! ハッ! まさか天気予報が書き換えられた…? 許さねぇ、ドンサウザンドォ!

 ――ハァハァ……よし、八つ当たり終了。うーん、それにしても今日はツイてないなぁ……寝坊するし、雨に濡れるし――うわ、上着もブラウスもずぶ濡れだぁ。しかも淡い色だから透けちゃう。でもブラを付けるほど私の胸は大きくないし、別に恥ずかしくないからいっか。大きいとデュエルの邪魔だし。大きいとデュエルの邪魔だし!そ、それになくはないし…(73)程度はあるもん!

 

 そんなくだらないことを考えながら走っていると、視界の端に高架下という雨宿りスポットを発見。『高架の下に隠れるのよ!』と、逃げ込む勢いでさらにダッシュ! 思った通りここなら大丈夫! やったね龍姫(たっちゃん)、雨に当たらないよ!

 ただ無事に雨を凌げられるけど、やっぱり服はびしょびしょ……あ、でも丁度良いところに金網フェンスが。どうぞご自由に服をお掛け下さいと言わんばかりの存在感――ありがたく使わせてもらうね。とりあえず上着だけ、ブラウスの下はキャミソールだからこれ以上脱げないし。

 ふぅ……あっ、一息ついたところで真澄に連絡入れておかなきゃ。デュエルディスクの通話機能をオンにして、連絡先を真澄にしてっと。

 

『龍姫?』

「ごめん真澄、(寝坊と雨で)少し遅れる。今、高架下で雨を凌いでいる」

『貴女、傘を持ってないの? 北斗か刃を迎えに行かせる?』

「ありがとう、それじゃあ刃でお願い」

『わかったわ。全く世話が焼けるわね……刃、ちょっと龍姫の迎えに――』

 

 よし、これでオッケー。ごめんね真澄、刃。まさか外に出てすぐに雨が降るとは思わなかったの……おのれベクター。

 でも刃が来るまで結構暇だなぁ。こんな時、デュエリスト()が居てくれたら――と、白き盾さんのようにボソっと呟いて近くを見たら遊矢を発見。心なしかいつもより髪や服が暗色系な気がするけど、雨が降っているからそう見えるだけだと思うし。あっ、それにいつも羽織っている白い制服じゃなくて、私服は黒い上着なんだ。今はフェンスに掛けているけど。ここで遊矢に会ったのも何かの縁、ちょっと話しかけてみよう。

 

「……デュエルディスク、変えたの?」

「――えっ?」

 

 そ、そんなに警戒心剥き出しで返さなくても……ま、まだ私のこと嫌っているの? 学校で会った時はお互いに名前呼びでも良いって言っていたじゃないですかー! ……ま、まぁこの間は下着を見られて(無言のスタンピング・クラッシュ)しちゃったけど……あの時の私は悪くない。

 あのことは水に流すから――それより遊矢デュエルディスクを変えたんだね。一般的なデュエルディスクのレッドカラーから、ディスプレイが丸みを帯びたブラックカラーのものに。何あれカッコ良い。良いなぁ…欲しいなぁ――って、この場でデュエルディスクを取り出しているなんてヤル気満々じゃないですかー! きっと遊矢も私と同じように雨宿りのために高架下へ来た人に対して『おい、デュエルしろよ』と、勝負を申し込むつもりでずっとスタンバイしていたに違いない。よし、ここは私が相手をしよう!

 

「そうだ、ただ雨が過ぎるのを待っていても仕方ない。折角だから私とデュエルしよう」

「……は?」

 

 『は?』って――大丈夫、私はわかっているよ遊矢! 嫌よ嫌よも好きの内ってね! 露骨に嫌そうな顔をしていても、内心ではデュエルがしたくてたまらないハズ! それにタツヤから聞いているよ、何でもジュニアユース選手権に出場するためにここ最近公式戦を張り切っているって! ならその新デュエルディスクに不具合がないか確認するために、ここは一戦デュエルをするしかない。公式戦の最中に支障が出たらいけないしね!

 デュエルディスクを腕に装着して――デッキをセット!よし、準備完了!

 

「さぁ……デュエルをしよう――遊矢」

 

 

 

――――――――

 

 

 

(俺はどうすれば良いんだ…)

 

 龍姫からのデュエルの申し出にユートはデュエルを受けるか否か、返答に困っていた。ここ最近の調査でこの街は自分が争うべき場でないことは把握している。それならば無用なデュエルは避けるべきだが、1人のデュエリストとして強者とデュエルをしてみたいという気持ちはデュエリストとしての性だろう。だが自分がデュエルをすれば周囲に危害が及ぶ可能性もある――以前の倉庫で小物(沢渡)とデュエルをした際も、倉庫内を無茶苦茶にしてしまうほどの被害が出た。それを人気のない高架下とはいえ、安易にデュエルをしても良いのだろうか。この平和な街にそんなことをして良いのかと、葛藤する。一体どうすればと、ユートの視線が泳ぐ。

 

「――っ!」

 

 その瞬間、視界の端にある1人の男の姿が映った。紺色のロングコートに顔の下半分を赤いスカーフで覆い、目元をサングラスで隠している仲間――黒咲隼。何故彼がここに居るのかとユートは疑問を抱く中、雨の中で隼がサングラスを外して猛禽類の如く鋭い眼差しでユートと、その近くに居る龍姫を睨む。激しい憎悪と敵意に満ちた眼光――それだけでユートは隼の目的を理解した。

おそらくはLDSの人間への襲撃――だが、ユートの目の前の少女はLDSのバッジを身に着けておらず、ユートは龍姫がLDSの人間ではないと思っている。幸か不幸か龍姫はLDSのバッジを上着に着けており、その上着は今フェンスに掛けられているのでユートは龍姫をLDSの人間だと思っていない。

 それを人違いで隼に襲われる訳にはいかないと、ユートは竜の如き威圧を感じさせる眼差しで隼を睨む。『やめろ隼、彼女はLDSではない』とその目が語る。

その真っ直ぐな瞳を見て隼はほんの数秒沈黙すると、そのまま静かに頷く。そして踵を翻し、雨が降る舞網市内の方へと歩を進めた。

 

(……わかってくれたか、隼…)

 

 ホッと胸を撫で下ろし、ユートは安堵した。隼とて無関係な人間を襲うほどの畜生ではない。いくら彼が最愛の妹の行方を案じるあまり過激な行動をしようとも、その芯に人の心が残っていたことにユートは感謝する――

 

(……わかっているぞ、ユート。『こいつは俺の獲物だ。お前は手を出すな』と言いたいんだろう? お前の目を見ればわかる――叩き潰してやれ…!)

 

 ――しかし、その感謝とは裏腹にユートの想いは隼に伝わっていなかったのだ。まさか自らが隼への牽制のために睨んだ眼差しの意図を読み間違われるとは考えもしなかった。それだけ最近の彼が荒んでおり、無言でこの場から離れたことで意図が伝わったと勘違いを生んだ。

 

「……デュエル…」

 

 ポツリ、と龍姫がせがむようなトーンで言う。そこでユートはハッと思い出したように龍姫の方へと目を向ける。龍姫は既にデュエルディスクを構え、臨戦態勢。一見、クールそうな顔は心なしか木枯らしのような寂しさを曝け出しており、その様子はひどく孤独に見えた。

 ユートはハァと小さくため息をつき、手に持ったままのデュエルディスクを腕に装着し、そのまま起動させる。その様子を見た龍姫は冷静な表情のまま目を見開く。相変わらず表情の変化がわかり辛いが、何となくその顔が満開の花のように喜びを感じさせる気がしないでもない。

 

「良いだろう――受けて立つ。そしてすぐに終わらせる」

 

「……?」

 

 キョトンと龍姫が無表情のまま小首を傾げる中、ユートはデッキから素早く5枚のカードを引く。それに合わせて龍姫もやや慌て気味にデッキからカードを引き、互いに準備を進める。

 だが龍姫は自分に負け越しているハズの遊矢が何故自分を相手にして自身あり気な態度なのか疑問を抱いた。実際は目の前の相手が全くの別人であるために態度が違うことも当然なのだが、デュエルができるからどうでもいいかと、その思考を《激流葬》で流す勢いで水に流す。

 

 龍姫とユートは共にデュエルディスクを構え、互いをしっかりと見据える。ソリッドビジョンに2人のライフ4000ポイントが表示され、デュエルの準備が完了した。

 

「デュエル!」

「デュエル」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「俺の先攻で始めさせてもらう。魔法カード《手札抹殺》を発動。お互いに手札を全て捨て、その枚数分デッキからカードをドローする」

「…………」

「続けて永続魔法《強欲なカケラ》を発動。このカードは俺がドローフェイズで通常ドローをする度にカウンターを1つ乗せ、カウンターが2つ乗ったこのカードを墓地に送ることでデッキからカードを2枚ドローできる。そしてカードを3枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 汎用手札交換カードを遊矢(と龍姫が思っている人物)が使用したことに龍姫は珍しいと思いつつ、これでやや事故り気味だった手札を墓地に送れた上、今引いたカードを気兼ねなく使えると内心頬が緩む。

 だがモンスターの召喚すらせずにターンを終えた遊矢(ユート)のプレイングには疑問を抱く。相手の場には永続魔法《強欲なカケラ》と3枚の伏せカード、手札は0枚(満 足)。単純な手札事故の結果か、それとも何か新しい戦術なのか――まぁドローしてから考えれば良いか、とそのまま龍姫はデッキトップに指をかける。

 

「私のターン、ドロー。魔法カード《儀式の準備》を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加え、その後墓地にある儀式魔法1枚を手札に加える。私はデッキからレベル6の儀式モンスター《竜姫神サフィラ》を手札に加え、前のターン《手札抹殺》で墓地に送られた儀式魔法《祝祷の聖歌》を手札に」

 

 初ターンの手札交換が仇になったことに、ユートは僅かに眉を顰める。しかしこれもユート自身の戦術のためにも仕方のないこと。ある程度の仕込みは済ませ念のためにドローカードである《強欲なカケラ》も発動したが、次ターンのドローカードによっては充分に仕留めることも可能となる。この戦術の前には如何なるモンスターを出そうが無意味――そう、ユートは考えていた。

 

「儀式魔法《祝祷の聖歌》を発動。手札のレベル6《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリース――これで《竜姫神サフィラ》の儀式召喚を執り行うことが可能となる。祝福の祈りを奏で、聖なる歌で光を導け! 儀式召喚! 光臨せよ、《竜姫神サフィラ》!」

 

 《聖刻龍-トフェニドラゴン》が光の粒子となって天へ昇り、そこから6本の光が六角形の角に立つ柱のように龍姫のフィールドに現れる。そして中心部が黄金色の光を放ち、その中から《竜姫神サフィラ》がその身を顕現させた。

 

「リリースされた《聖刻龍-トフェニドラゴン》のモンスター効果発動。このカードがリリースされた時、手札・デッキ・墓地からドラゴン族の通常モンスター1体を攻守0にして特殊召喚する。私はデッキからレベル4・ドラゴン族・通常モンスターの《アレキサンドライドラゴン》を特殊召喚。さらに手札からレベル5の《聖刻龍-アセトドラゴン》を召喚。このカードは自身の攻撃力を1000にすることでリリースなしで召喚できる」

 

 《竜姫神サフィラ》の隣に《アレキサンドライドラゴン》、その隣に《聖刻龍-アセトドラゴン》が並ぶ。これでモンスターは3体――しかしモンスター3体の総攻撃力は3500。現状ではユートのライフを削り切るには至らない。ここからさらにもう一手何か来るだろうとユートは身構える。

 

「《聖刻龍-アセトドラゴン》のモンスター効果発動。私の場のドラゴン族・通常モンスター1体を対象にすることで発動でき、私の場の全ての『聖刻』モンスターは対象にしたモンスターと同じレベルになる。《アレキサンドライドラゴン》のレベルは4――よって《聖刻龍-アセトドラゴン》のレベルも4となる」

「レベル4のモンスターが2体……」

 

 ポツリ、とユートは静かに呟いた。同じレベルの非チューナーのモンスターが2体並ぶ――それもそれらのモンスターのステータスが低いのであれば、そこから導き出される答えは自ずと限られる。

 

「私はレベル4の《アレキサンドライドラゴン》と《聖刻龍-アセトドラゴン》でオーバーレイ。2体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築――竜弦を響かせ、その音色で闇より竜を誘え! エクシーズ召喚! 降臨せよ、ランク4! 《竜魔人 クィーンドラグーン》!」

 

 ユートの予想通り、エクシーズモンスターが龍姫の場に姿を現す。これで合計攻撃力は4700――壁モンスターがいないユートのライフを削り切れるラインまでモンスターを展開したことになった。尤もこの程度はユートの対処範囲内だ。如何にモンスターを展開しようが、次ターンで自分のエースを召喚すれば問題はないだろうと考える。

 

「《竜魔人 クィーンドラグーン》のモンスター効果発動。1ターンに1度、オーバーレイ・ユニットを1つ取り除くことで墓地からレベル5以上のドラゴン族1体を特殊召喚する。私はこの効果で墓地よりレベル6の《聖刻龍-トフェニドラゴン》を復活。さらに《聖刻龍-トフェニドラゴン》をリリースすることで、手札から《聖刻龍-ネフテドラゴン》を特殊召喚する。このカードは自分の場の『聖刻』モンスター1体をリリースすることで、手札から特殊召喚が可能。そしてリリースされた《聖刻龍-トフェニドラゴン》のモンスター効果を発動する。デッキからレベル6・ドラゴン族・通常チューナーの《ラブラドライドラゴン》を特殊召喚」

 

 モンスターを大量展開するそのプレイングにユートは感心した。以前の自分とデュエルした小物(沢渡)と違い、各々のモンスターの役割を正確に理解して運用している。彼もその点だけで言えばプレイング自体は正しかったが、そこに相手を確実に仕留める’’意思’’は微塵も感じられなかった。

 では目の前の少女はどうか。相手を’’倒す’’という殺気は感じられない――しかし、自身の力を相手に誇示するようなプレッシャーは感じられる。ただ闘争本能に身を任せるのではないその威圧感は殺気と同等かそれ以上。そして場にはレベル5のモンスターとレベル6のチューナー――おそらくこのターンで何か大型モンスターが来るとユートは察した。

 

「…私はレベル5の《聖刻龍-ネフテドラゴン》にレベル6の《ラブラドライドラゴン》をチューニング。集いし星が新たな煌めきを呼び起こす! 天駆ける輝きを照らせ! シンクロ召喚! 光誕せよ、レベル11! 《星態龍》!」

 

 《ラブラドライドラゴン》が6の緑色のリングとなり、その中心部に《聖刻龍-ネフテドラゴン》がその身を投じる。《聖刻龍-ネフテドラゴン》は白い5つの星へと姿を変え、それらが一直線に並んだ瞬間リングに一筋の光が走った。

 刹那――光の中から星と見間違うほどの巨大な体躯を持った深紅の竜《星態龍》がその姿を現す。その規格外な存在に威圧され、ユートは無意識下で僅かに後退りしてしまう。

 

「攻撃力3200…」

「…? 前に1度見せたけど、一応説明しておく。《星態龍》が攻撃する場合、このカードはダメージステップ終了時まで魔法・罠・効果モンスターの効果を受け付けない」

 

 遊矢(ユート)の様子に龍姫はやや不審に思いながら改めて《星態龍》の効果を説明する。前回説明不足による不意打ちをしたとはいえ、2度目ならばしっかりと説明した方が良いだろうと思った故だ。

 だが《星態龍》の効果を聞いた途端にユートの顔が歪む。攻撃時に効果を受けないということは自身が伏せたカードは無意味と化す。まさか目の前の少女は自分の伏せカードの効果を見越してあのモンスターを召喚したのかと、龍姫のデュエルタクティクスの高さを改めて危険視した。尤も龍姫本人は『あとでラブラドライ引いたら困るからさっさと見える範囲に置いておこうっと』という軽い考えだったのだが。

 

「…バトル。《星態龍》でダイレクトアタック……コズミック・ブレス!」

「くぅ…!」

 

 《星態龍》は大きく首を後ろに逸らし勢いをつけてユートの方へその顔を向け、その巨大な口から流星の如き光を放つ。ユートは右腕をかざして衝撃に耐えようとするが攻撃力3200の直接攻撃は尋常なものではなく、斜め上から襲って来る光に足腰が耐え切れず、背中を地面へと打ちつけてしまう。その様子を見て龍姫は『スタンディングデュエルなのに、きちんとリアクションを取る辺り流石は遊勝塾』と表情には出さず感心した。本来であれば質量を持たないソリッドビジョンであるスタンディングデュエルならばこういった衝撃は受けないのだが、そこは遊矢(ユート)がエンターテイナーだからこういった反応なのだろうと龍姫は楽観的に考える。

 《星態龍》の直接攻撃を受けて初期ライフの5分の4を失い、ユートの残りライフポイントは僅か800。あとは《竜姫神サフィラ》か《竜魔人 クィーンドラグーン》のどちらかの直接攻撃さえ通ればデュエルは終了する。呆気なく終わってしまうか、それとも《星態龍》の攻撃時には使えなかったカードを使用して耐えてくれるか。できればもう少しデュエルを続けたいと思いつつ、龍姫は次の攻撃令を冷たく言い放つ。

 

「……《竜魔人 クィーンドラグーン》で直接攻撃。ドラゴニック・ノクターン…!」

「その直接攻撃宣言時に俺は墓地から罠カード《幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シャドーベイル》を3枚発動!相手の直接攻撃時に墓地のこのカードを守備表示で特殊召喚できる!さらに罠カード《重力解除》をチェーン発動!フィールドの表側モンスターの表示形式を全て入れ替える!」

「――っ、墓地から罠…!」

 

 墓地からの罠に龍姫が驚きの声を呟く中、フィールドのモンスター全てが攻守の体勢を入れ替える。そして龍姫の《竜姫神サフィラ》、《竜魔人 クィーンドラグーン》、《星態龍》の3体は守備表示へと変わり、ユートのガラ空きだったモンスターゾーンに青い炎を灯した漆黒の騎馬に乗った騎士《幻影騎士団シャドーベイル》が3体現れた。

 

「自身の効果で特殊召喚した《幻影騎士団シャドーベイル》がフィールドから離れる場合、ゲームから除外される――だが今のお前のモンスターは全て守備表示。攻撃可能なモンスターはいない」

「…メイン2。私はカードを2枚伏せる。そしてエンドフェ――」

「この瞬間、俺は場の《幻影騎士団シャドーベイル》1体をリリースし、罠カード《闇霊術-「欲」》を発動。このカードは自分の闇属性モンスター1体をリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローできる。貴様が手札の魔法カードを公開すればこの効果を無効にできるが、今の貴様の手札は0。よって無効にされずこのままドローさせてもらう」

「………エンドフェイズ、このタイミングで《竜姫神サフィラ》のモンスター効果を発動。この子が儀式召喚に成功したターン、もしくは手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに3つの効果から1つを選択して発動できる……私はその中の’’デッキからカードを2枚ドローし、1枚捨てる’’効果を選択。デッキからカードを2枚ドローし――1枚捨てる。これで私のターンは終了」

 

 互いに手札の補充としてハンドレス(満足)状態から片や2枚、片や1枚に手札を増やす。共に表情にこそ出ないが目的のカードを手札に引き込むことができ、頬が緩む。

 これで龍姫の場のモンスターは《竜姫神サフィラ》、《竜魔人 クィーンドラグーン》、《星態龍》の3体にセットカードが2枚。手札は1枚。

 対してユートの場には2体の《幻影騎士団シャドーベイル》、永続魔法《強欲なカケラ》、セットカードが1枚。手札は2枚。

 だがライフ差は圧倒的であり龍姫のライフポイントは(後攻という理由もあるが)無傷の4000、ユートのライフは僅か800ポイント。

 5倍ものライフ差があるものの、ユートは伏せカードと手札の魔法カードさえ使えれば問題はないと思っている。懸念材料として龍姫の2枚の伏せカードがあるが、あれだけモンスターの大量展開を主軸としたデッキならば、おそらく展開をサポートする伏せカードだろうと推測した。戦闘時に気にかける必要はない――そう考えながら、指先をデッキトップにかける。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 《強欲なカケラ》にカウンターが乗り、ユートは引いたカードを見た途端内心で口角を吊り上げた。この状況ではさして必須という訳ではないが、これで仮にこのターンで仕留め切れずとも次ターンの相手の出方によっては充分にリカバリーができるカードだ。尤も、手札の魔法カードと伏せてある罠カードのコンボがあればこのターン確実に仕留めることができる。また先の考えからあれらのカードに警戒することもない――このデュエルは自分が制したと確信した。

 

「……俺はレベル4の《幻影騎士団シャドーベイル》2体でオーバーレイ・ネットワークを構築!」

「――っ!?」

 

 2体の《幻影騎士団シャドーベイル》が黒紫色の光となり、渦を巻きながら1つの光になる。交わった光が一度強い輝きを放つと、その光の中から1体の竜が姿を現す。

 漆黒の体躯に、宝玉のような球体が付いた角錐を吊り下げたような翼。細身ながらも、刺々しい姿は圧倒的な存在感で龍姫にプレッシャーを放つ。

 

「漆黒の闇より愚鈍なる力に抗う反逆の牙! 今、降臨せよ! エクシーズ召喚! ランク4! 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!」

 

 黒竜――《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を前にして、言葉を失う龍姫。彼女にとっては既知の仲であるハズの遊矢が、今まで使用したことのない戦術(エクシーズ召喚)を披露することは全くの予想外。普段は『EM(エンタメイト)』モンスターによるサーカスの如き愉快さが混じったデュエルを演出するだけに、目の前のドラゴンはそれとは正反対の深い闇のような印象を与える。何故、遊矢(ユート)がこのようなカードを――そう考えている最中、龍姫はユートに聞こえない声量でボソっと呟く。

 

「……カッコ良い…!」

 

 この時既に龍姫の頭の中は《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で埋め尽くされた。自分の知らないランク4・闇属性・ドラゴン族のモンスターが存在していたのかと、その存在に興奮を覚える。また召喚の際に属性や種族といった特定のモンスターを指定していない辺り、召喚条件には何の縛りもないのだろうとその汎用性の高さに舌を巻く。さらに元々の攻撃力が2500もあり、自分のエクストラデッキに入っている《カチコチドラゴン》よりも単体の戦闘力は高い。これで一体どんな効果を持っているのかと、期待に満ちた目(警戒しつつ)でユートに視線を移す。

 

「……っ、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》のモンスター効果を発動!オーバーレイ・ユニットを2つ取り除き、相手モンスター1体の攻撃力を半分にし、その攻撃力を自身に加える!俺は貴様の《星態龍》の攻撃力3200を半分の1600にし、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力を1600ポイントアップする!トリーズン・ディスチャージ!」

「――っ!《フォース》を内蔵したモンスター…!」

 

 一瞬ユートは龍姫の冷徹な(期待の)眼差しにたじろいだが、鋼の意思でその視線に耐え抜く。

 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の周囲を漂っていた紫色の光球が両腕の刃の如き突起の宝玉に吸い込まれ、そこから紫電が《星態龍》に放たれる。その紫電が巨躯の《星態龍》を雁字搦めにするように纏わり付くと、3200もあった攻撃力が瞬く間に半分の1600へと下がり、逆に《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力が4100まで上昇。一瞬にして4000ラインに達したことに龍姫は目を見開き、同時に『《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》…いいなぁ、あのドラゴン欲しいなぁ』と、どこぞの紋章一家の父の声をしたデュエルアカデミア小等部の少年のような台詞を内心で呟く。

 だがそんな龍姫の心情などお構いなしにユートは続けて手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「装備魔法《エクシーズ・ユニット》を《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》に装備する。このカードはエクシーズモンスターの攻撃力を、そのランク×200ポイントアップさせる――よって《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力は4900となる」

 

 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の全身を黄金色の光が包み込む。単純な単体強化の装備魔法ではあるがもう1つの効果が使われない辺り、他にオーバーレイ・ユニットを増やすカードがなかったのだろうと龍姫は察した。

 攻撃力4900の攻撃力は脅威だと感じる龍姫だが、幸いにも自分の場のモンスターはユートが使用した《重力解除》の効果で全て守備表示になっている。戦闘ダメージを受けることはないため、純粋にモンスターを強化するためだけに使用したのだろうと龍姫は考えた――

 

「このターンで終わり(・ ・ ・)だ――バトル!俺は《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で《竜魔人 クィーンドラグーン》を攻撃し――このタイミングで罠カード《ストライク・ショット》を発動!このカードは俺のモンスターの攻撃宣言時に発動でき、攻撃モンスターの攻撃力を700ポイントアップさせ、そのモンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ貴様に戦闘ダメージを与える!」

「――っ、その攻撃宣言に罠カード《ダメージ・ダイエット》を発動。このターン、私が受けるダメージを全て半分にする…!」

 

 ――が、ユートの罠カードが発動された瞬間、龍姫は険しい表情で伏せられていたカードを表にする。まさか1回の攻撃で1ショットkillを狙って来るとは思わず、内心龍姫は慌てふためいた。突然攻撃力が5600にまで上昇し、その上貫通効果まで付与させられては守備力が1200しかない《竜魔人 クィーンドラグーン》ではとても耐えられない。えげつないコンボを仕掛けるとはエンターテイナーとしてどうなのかと疑問さえ感じる。

 だがよくよく考えればデュエル序盤に’’すぐに終わらせる’’と発言しており、ストロング石島とのエキシビションマッチでは1ショットkillを狙っていたので、もしかしたら遊矢は1ショットkillが好きなだけなのではないかと結論付けた。

 

 そして表側になった龍姫の罠カードを見るなり、ユートの眉間に皺が寄る。何もなければこのまま1ショットkillが成立しており、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力を下げられた場合に対処するカードも用意していた。しかし、モンスターのステータスを変動させずにダメージのみを軽減させられてはこのターンで決着を着けることができない。

 また《ストライク・ショット》を発動してしまった以上、たかだか2200の戦闘ダメージでは相手にプレッシャーを与えるという意味では物足りない。ならばせめてダメージだけでも多く与えてやろうとユートは手札の速攻魔法に指をかける。

 

「ダメージステップに貴様の守備表示で存在する《星態龍》と俺の《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を選択し、速攻魔法《死角からの一撃》を発動!このカードは俺の攻撃表示モンスターの攻撃力をエンドフェイズまで貴様の守備表示モンスターの守備力分アップさせる!貴様の《星態龍》の守備力は2800――よって《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力は8400となる!」

「――っ!」

 

 瞬間、龍姫の頬に冷や汗が流れる。ここまでえげつないコンボのために必要なカードを次ターンで揃える辺り、今の遊矢(ユート)のドロー力には必滅の意思さえ感じた。明らかに今までの遊矢とは違う――その違和感に対し龍姫は目を細め、その眼差しで遊矢(ユート)の神妙な顔をじっと見る。

 

(……そっか、遊矢は公式戦で何としても勝たなきゃいけないから、これほどまでに鬼気迫る思いで――今はエンタメっている場合じゃないんだね…)

 

 そして1人勝手に内心でうんうんと納得した。だがそんな龍姫の心情を知らないユートとしては、彼女が草食獣を狙う肉食獣のような眼で自身を睨んで来たとさえ感じる。その眼差しにユートが戦慄を覚える中、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃が真っ直ぐに《竜魔人 クィーンドラグーン》へと向かう。

 

「行け!《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!反逆のライトニング・ディスオベイ!」

 

 矢が放たれた勢いで《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は飛翔し、その牙を《竜魔人 クィーンドラグーン》にすくうように突き上げる。守備力1200では攻撃力8400の前では遠く及ばず、《竜魔人 クィーンドラグーン》悲鳴をあげながらその身を光に変えた。

 そして戦闘ダメージ7200ポイントの半分である3600ポイントが龍姫のライフから引かれる。このターン《ダメージ・ダイエット》を使用していなければ一瞬でデュエルが終わっていた――その事実に背筋が凍ると同時に超過ダメージの衝撃により龍姫の顔が苦痛で歪む。

 僅か1ターンで合計3600ポイントものダメージを受け、残りライフポイントは僅か400――このライフだと《ライトロード・アーク ミカエル》の効果が使えないと、龍姫は眼前に立つ攻撃力8000を超える《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を恨めしそうに見る。

 

「カードを1枚伏せ、俺はこれでターンエン――」

「――エンドフェイズに罠発動、《光の召集》。手札を全て墓地に捨て、捨てた枚数分墓地から光属性モンスターを手札に加える。私は手札の《聖刻龍-シユウドラゴン》1枚を墓地に捨て、墓地から《聖刻龍-アセトドラゴン》を手札に。そして手札・デッキから光属性モンスターが墓地に送られたターンのエンドフェイズに《竜姫神サフィラ》のモンスター効果を発動する。私は再びデッキから2枚ドローし1枚捨てる効果を選択。2枚ドロー……そして回収した《聖刻龍-アセトドラゴン》を墓地に捨てる」

「……改めてターンエンドだ。この瞬間《死角からの一撃》の効果は消え、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力は4900となる」

 

 龍姫の憎悪に満ちた(恨めしそうな)目を見てユートは少しの身震いを覚えながらターンを終えようとするが、寸前で龍姫の罠カードと《竜姫神サフィラ》で阻まれた。相手ターン中に自分モンスターの効果の発動条件を満たして手札の補充――戦闘破壊耐性と大型モンスターに目がいき、《竜姫神サフィラ》程度ならばいつでも破壊できるという余裕(油断)が自分にあったとユートは感じる。

 だがこのターンで自分ができることはもう何もない。手札を使い切り、場には《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》とカウンターが1つ乗った《強欲なカケラ》、装備魔法の《エクシーズ・ユニット》とセットカード1枚のみ。次ターンで《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》をカード効果で破壊される可能性もあるが、それでも自分の墓地にはオーバーレイ・ユニットとなって墓地に送られた2枚の《幻影騎士団シャドーベイル》が存在するため防御策もある。残りライフ800とはいえ、まだ自分に勝機はある――ユートは細心の注意を払いつつ、ターンを龍姫へと渡した。

 

「…私のターン、ドロー。手札から魔法カード《聖蛇の息吹》を発動。フィールドに融合・儀式・シンクロ・エクシーズモンスターが2種類以上存在する場合、その種類に応じて効果を得る。私は2種類以上存在する場合の効果、’’墓地または除外された自分モンスター1体を手札に加える’’効果を選択。この効果で墓地の《ラブラドライドラゴン》を手札に……さらに《ラブラドライドラゴン》を捨て、魔法カード《調和の宝札》を発動。手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーを墓地に捨てることでデッキからカードを2枚ドローする」

 

 2枚の魔法カードを使い、龍姫は手札を入れ替える。この時、墓地に光属性の《ギャラクシーサーペント》が居ればエンドフェイズに《竜姫神サフィラ》の追加効果を発動できたが、ないものは仕方ないと割り切る龍姫。

 何か状況を一変できるようなカードをと望みをかけて龍姫は手札を増やし、入れ替える。そして引いた2枚のカードを見て龍姫の目が細められた。引いたカードの内の1枚はドロー効果を持ったカードで、もう1枚は攻撃力を上昇させるカード――攻撃力で《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》と張り合うのも面白いと思いつつ、龍姫は手札の魔法カードをデュエルディスクに差し込む。

 

「…私は《星態龍》をリリースし、魔法カード《アドバンス・ドロー》を発動。このカードは私の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースすることで、デッキからカードを2枚ドローできる――手札から《ガード・オブ・フレムベル》を攻撃表示で召喚。さらに《ガード・オブ・フレムベル》を墓地に送り、魔法カード《馬の骨の対価》を発動。自分の場の効果モンスター以外のモンスター1体を墓地に送ることで、デッキからカードを2枚ドローする。《ガード・オブ・フレムベル》は通常モンスター――よってその発動条件を満たす……」

 

 次から次へと魔法カードの効果で手札を入れ替える龍姫。このターン最初に発動した《調和の宝札》も含めれば、そのドロー枚数は6枚。一体どれだけ手札を入れ替えれば気が済むんだとユートが怪訝な眼差しを向けたところで龍姫の手が止まる。

 

「……私は《竜姫神サフィラ》を攻撃表示に変更。そしてリバースカードを4枚セットし、ターンエンド」

 

 ‘’目的のカードは全て引けた’’と言わんばかりに龍姫は残った手札を全てデュエルディスクに差し込んだ。これで龍姫の手札は正真正銘のハンドレス(手札満足)。攻撃力4900の《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を前に、攻撃力2500の《竜姫神サフィラ》を攻撃表示という状況は残りライフ400の状態だと愚かとしか言いようがなかっただろう。

 だがそれを4枚のセットカードがユートの思考を鈍らせた。数枚はブラフかもしれないが、龍姫の毅然とした表情を見る限り4枚のセットカード全てが本命のように感じる。何というプレッシャーを放つ女だ、とユートは龍姫のその威圧感を感じつつ、デッキトップに指をかけた。

 

「…俺のターン、ドロー……俺は永続魔法《強欲なカケラ》の効果を発動する。カウンターが2つ乗ったこのカードを墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 このターンで確実に仕留めなければいけない、とユートは瞬時に察した。相手にセットカードが4枚もある状況では次のターンで何をしでかすかわからない。これ以上ターンを重ねることは危険だと思いつつユートは《強欲なカケラ》の効果で手札を3枚まで増やした。そして引いた2枚のカードを一瞥し、ユートの目が猛禽類のそれのように鋭くなる。

 

「俺は魔法カード《オーバーレイ・リジェネレート》を発動。このカードはエクシーズモンスター1体のオーバーレイ・ユニットとなる」

「――っ、」

 

 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の周囲に1つの光球が漂う。もしこの場にエクシーズモンスターについて疎い者が居れば、たかだかオーバーレイ・ユニットを1つ増やしただけに過ぎないだろうと安易なことを口にしたかもしれない。

 だが龍姫はエクシーズモンスターにオーバーレイ・ユニットが増えることの利点、そして未だに装備されている《エクシーズ・ユニット》の効果も把握しているので、この状況がどれほど恐ろしいか瞬時に理解した。

 

「ここで装備魔法《エクシーズ・ユニット》のもう1つの効果を使う。このカードはエクシーズモンスターがオーバーレイ・ユニットを使って効果を発動する場合、このカードを取り除くオーバーレイ・ユニットの1つとして扱うこともできる――俺はオーバーレイ・ユニット1つと《エクシーズ・ユニット》を使い、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の効果を発動!貴様の《竜姫神サフィラ》の攻撃力を半分にし、その数値分《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力を上げる!トリーズン・ディスチャージ!」

 

 装備された《エクシーズ・ユニット》と《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の周囲を旋回していた紫色のオーバーレイ・ユニットが両腕の宝玉に吸い込まれ、そこから放たれる紫電が《竜姫神サフィラ》に纏わり付く。《星態龍》の時と同じように《竜姫神サフィラ》の攻撃力が半分の1250となりその数値分《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力上昇し、その攻撃力は5350になる。

 このままでは超過の戦闘ダメージだけで自分は敗北するかもしれないと、龍姫の頬に冷や汗が滴った。だが自身の伏せカードが何の問題もなく発動できればその勝敗は逆転する。まだ希望はある――これらのカードさえあれば負けることはないと、心の中で龍姫は自分に言い聞かせた。

 

「そして魔法カード《スタンピング・クラッシュ》を発動。俺の場にドラゴン族モンスターが存在する場合、魔法・罠カード1枚を破壊しそのコントローラーに500ポイントのダメージを与える」

 

 しかし、その希望を打ち砕くように無慈悲に発動された魔法・罠除去カードを視認するなり、龍姫の顔が僅かに歪む。《大嵐》等の全体除去でなかっただけマシだが、それでも自分が伏せたカードの中の1枚を破壊されることはこの状況だと非常に厳しい。

 無意識の内に龍姫がこの状況で最も破壊されたくないセットカードにほんの一瞬だけ視線を移した瞬間、ユートの目が見開く。刹那にも満たない間だったが、過酷な状況で戦ってきたユートはその些細な情報すら見逃すはずがない。

 

「俺が破壊するのは――君から見て一番右側のカードだ」

「――っ、私は墓地から罠カード《ダメージ・ダイエット》のさらなる効果を発動…!墓地のこのカードをゲームから除外することで、このターン私が受ける効果ダメージは半分になる…!」

「だがカードの破壊と半分のダメージは受けてもらう」

 

 ユートが指定した龍姫のセットカードの上にソリッドビジョンでドラゴンの足が現れ、その足が踏み砕くようにセットカードを割る。破片となって散った《反 射 光 子 流(フォトン・ライジング・ストリーム)》に龍姫が身構える中、《ダメージ・ダイエット》のエフェクトで半透明な半球体の壁が龍姫を守るようにそり立つ。だがそれでもダメージを完全に回避することはできず、《スタンピング・クラッシュ》で受けるハズだった500ポイントのダメージの半分、250ポイントが龍姫のライフポイントから引かれ龍姫の残りライフポイントは僅か150。

 しかしユートの狙いはあくまでもセットカードの破壊であり、効果ダメージはその副産物に過ぎない。破壊したカード名とその効果を破片から瞬時に読み取り、ユートは内心で勝利を確信した。

 

「バトル! 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で《竜姫神サフィラ》に攻撃!」

 

 これで最も警戒すべきカードは潰すことができた、とユートは何の憂いもなく攻撃命令を下す。《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は先の2体のドラゴンを葬った時と同じように《竜姫神サフィラ》へその反逆の牙を向ける。攻撃力3750と1250ではその差は歴然。下手な罠カードでは太刀打ちできまいと考えての攻撃だった――

 

「その攻撃宣言に罠カード《光子化(フォトナイズ)》を発動。相手モンスター1体の攻撃を無効にするのと同時(・ ・)に、私の場の光属性モンスター1体の攻撃力を次の私のターンまで攻撃モンスターの攻撃力分アップする」

 

 ――が、その攻撃は《竜姫神サフィラ》に直撃する直前で光の粒子のみを切り裂いた。光子に惑わされ《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃が無効になったと同時に《竜姫神サフィラ》の攻撃力が一気に上昇する。1250に3750の攻撃力を加算し、その攻撃力は2体のドラゴンの元々の攻撃力の合計値――5000にまで達した。これで次ターンには攻撃力5000となった《竜姫神サフィラ》で《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を攻撃し、その超過ダメージで残りライフポイント100の遊矢(ユート)を倒せる。自分の勝利は確定したと龍姫が思っていた時、ユートは鬼気迫る表情で最後の手札をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃が無効された瞬間、俺は手札から速攻魔法《ダブル・アップ・チャンス》を発動!」

「――っ!?」

 

 普段からどんなデュエルでも表情の変化が乏しい龍姫の顔が一瞬にして驚愕のそれに変わる。だがこれは速攻魔法を発動されたことだけに対しての驚きではなく、この状況での《ダブル・アップ・チャンス》についてだ。

 相手は元々の攻撃力2500のエクシーズモンスターを強化して逆転を狙うための攻撃、自分それを潰すための《光子化》で攻撃を無効。だがそこからの《ダブル・アップ・チャンス》――この展開に対して、龍姫に気持ちを抑えろという方が無理な話だ。

 

(何これすごい!まさかホープなしで《ダブル・アップ・チャンス》発動されるなんて…いいぞ!もっとやれ!)

「《ダブル・アップ・チャンス》はモンスター1体の攻撃が無効にされた時、そのモンスターにこのバトルフェイズでもう1度攻撃させることができる。さらにダメージステップの間のみ、そのモンスターは攻撃力が倍となる――《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》! 再び《竜姫神サフィラ》に攻撃だ!」

 

 1度攻撃を止められた《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の全身が黄金色の光に包まれる。そして再度《竜姫神サフィラ》に向かって飛翔。《ダブル・アップ・チャンス》の効果により《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》はダメージステップの間攻撃力が5350から倍の10700まで上昇することになり、その超過ダメージで龍姫のライフポイントを0にできる――そう確信した上での攻撃だった。

 

「――その攻撃宣言時にライフを半分支払い、《竜姫神サフィラ》を選択して罠カード《魂の一撃》を発動…!このカードは自分モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に私のライフが4000以下の時にライフを半分支払い、自分モンスター1体を選択して発動でき、選択したモンスターの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで、自分のライフポイントが4000より下回っている数値分アップする…!」

 

 しかし、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》が《竜姫神サフィラ》に攻撃を与える寸前で龍姫に残された2枚のセットカードの内の1枚が表になる。その瞬間、龍姫の全身を赤いオーラが包み込み、それが《竜姫神サフィラ》へと流れていく。

 ライフポイントの半分はかなりのリスクがあるが、最早残りライフ150ポイントしか残っていなかった龍姫には些細な問題。半分の75ポイントを支払い、4000との数値差3925ポイントが《竜姫神サフィラ》へと加えられる。6600という高い攻撃力を得ていたが、まるでメーターが壊れたように攻撃力が7000、8000と上昇していく。そしてその攻撃力は最終的に1万の大台――10525にまで達した。

 

「だがその程度攻撃力を上げたところで俺の《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は《ダブル・アップ・チャンス》の効果により、攻撃力は10700まで上がる!そんなことをしても無意味だ!」

 

 ユートの言う通り攻撃力を上げても《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》に届かなければ意味がないことは龍姫も理解している。声を荒げるユートに龍姫は氷のような微笑を浮かべ、普段は絶対に言うことがないであろう言葉を口にした。

 

「――それはどうだろう?」

「何…!?」

「ダメージステップに永続罠《竜魂の城》を発動。墓地のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、私の場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップする。私は墓地の《竜魔人 クィーンドラグーン》をゲームから除外し、《竜姫神サフィラ》の攻撃力を700ポイントアップ――」

 

 刹那。龍姫の背後に山と一体化した巨城が現れる。城の周囲にはこのデュエルで龍姫の墓地に送られた多くのドラゴン達が幽体となって漂っていた。その中の《竜魔人 クィーンドラグーン》が自身を城の中へと投じると、城が紫色の妖しい光を放ち始める。そしてその紫光は《竜姫神サフィラ》の全身を覆い、1万を超えた攻撃力にさらなる力を加えた。

 

「――よってその攻撃力は11225となる…!」

 

 主人(龍姫)同胞()の力を得て、《竜姫神サフィラ》はこれまでとは比較にならないほどの輝きを放ち、その光がフィールド全体を照らす。その美しさにほんの一瞬ユートは見惚れるが、同時に龍姫の思惑を理解した。

 

(この女、最初に《光子化》を発動したのは次の自分のターンで強化した《竜姫神サフィラ》で攻撃し、確実に俺のライフを0にするため…! 《魂の一撃》と《竜魂の城》があればこのターンで《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を倒すことはできても、俺のライフを削り切ることはできない――ただそれだけの理由で《光子化》を最初に発動したんだ…!)

 

 そうユートが逡巡している中、《竜姫神サフィラ》の背後に後光が現れる。光は無数の筋となって曲線を描き、それら全てが《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の方へと向かう。攻撃力11225と攻撃力10700では僅かに届かない。《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》は成す術なく光に包まれていった。

 

「……ふぅ…」

 

 その様子を見て、龍姫は安堵の息を溢す。攻撃力勝負に出たのは良いが、自身のカードの発動順に欲をかき過ぎたのではないかと心配していたからだ。定石通り《魂の一撃》と《竜魂の城》で攻撃力を上げていれば、ユートに《ダブル・アップ・チャンス》を発動されることなく《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を戦闘破壊できていただろう。だが攻撃力の勝負で光属性・ドラゴン族という恵まれたカード群で負ける訳にはいかないと意地を張った結果が攻撃力11225の《竜姫神サフィラ》。このデュエルでそれができただけでも満足、と内心ではかなり浮かれ上がっている。さぁあとは相手のターンエンド宣言とこちらのターンで《竜姫神サフィラ》による直接攻撃でデュエルは終了だと思っていた時――

 

「――まだだ…!」

 

 ――龍姫の目に信じられない光景が映った。《竜姫神サフィラ》の攻撃で光に包まれたハズの《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》が未だに顕在している。

 何故、どうしてと内心で混乱している中、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の背後に開かれている罠カードを目にし、その混乱が一時収まった。

 

「君の《竜魂の城》の効果処理に入る前に罠カードを発動させてもらった――この、《スキル・サクセサー》をな…」

「――っ!?」

 

 瞬間、龍姫は絶句した。《スキル・サクセサー》は自分モンスターの攻撃力を400ポイント上げる罠であり、墓地に送られたターン以外の自分ターンで墓地から自身を除外することで自分モンスターの攻撃力を800ポイントアップさせる罠カード。単純な算数で考えるとダメージステップに発動すれば《ダブル・アップ・チャンス》の効果で攻撃力10700となった《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》に400ポイント加算され、11100となると一般の人間は考えるだろう。

 だがデュエリストは違う。《ダブル・アップ・チャンス》の効果処理はチェーンブロックを作らない効果であり、ダメージステップ中に攻撃力が増減するカードを使用した場合、増減した後に攻撃力を倍にする効果が適用される。つまり《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》の攻撃力5350に400ポイントを加え、5750となった攻撃力を倍にするのだ。よってその攻撃力は――11500。《竜姫神サフィラ》の攻撃力11225を僅か175ポイントだけ上回る。

 

「これで真の終焉だ……行け、《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》! 反逆の――ライトニング・ディスオベイィイイイィッ!!」

 

 紫電を纏った牙が《竜姫神サフィラ》の腹部を突く。超過ダメージ175が龍姫のライフから引かれ、残りライフポイント75しかなかった龍姫のライフが0へと変わった。

 そしてその衝撃の余波がプレイヤーである龍姫にも襲いかかり、彼女の体は木の葉のように浮き上がって地面と水平に後方へ飛ばされる。幸いにも後方に何も物体がなかったため何かにぶつかることはなかったが、そのまま重力に従い地面を擦るように背中から倒れ込む。最後にデュエルディスクがブザー音を発し、デュエルの終了を告げた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

(…やってしまった……)

 

 デュエルが終わり、ユートは軽く自己嫌悪していた。いくら相手が誘って来たとはいえ、デュエルで目の前の少女を傷つけてしまったのだ。また本人は相手がLDSとは無関係(だとユートが思いこんでいる)人間。そんな少女に対して自分は何てことをしてしまったのだと、自身の軽々しさに憤りを覚える。

 せめて彼女の安否だけでも確認しなければと、ユートはデュエルディスクをしまい龍姫の方へと近付こうとした。ユートがその一歩目を踏み出したところでムクリと龍姫は上半身を起こし、続けてそのままゆっくりと立ち上がる。ごく自然に動きだした龍姫を見てユートは一瞬固まるがそんなユートのことを意識することなく、龍姫は何事もなかったかのように倒れた際に体に付着した汚れやゴミを手でパンパンと軽く払いながらユートの方へ歩を進めた。

 

「驚いた。まさか遊矢がエクシーズを習得していたなんて……選手権用に覚えたの?」

「……そんなことより大丈夫なのか? 思いっきり吹っ飛んだように見えたんだが…」

「私だってデュエリスト。体は頑丈」

「……そうか…」

 

 女子とはいえデュエリスト、体が丈夫であることには変わりないかとユートは納得する。だが目立った外傷がないとは言い切れないため、ユートは龍姫の全身をじっと見た。腕・足・太もも等、先ほど擦ったであろう箇所を一通り見て大きな怪我がないことに安堵の息を溢す。

 

「おーい、龍姫ぃー」

 

 そんな時、フェンスの向こう側に傘を持った1人の少年――刃がこちらに向かって声を張り上げる。それに気付いた龍姫は『刃』と短く言うと、手を振ってそれに応えた。そのままフェンスにかけた上着を腕にかけ、刃の方へと歩を進めようとする。

 

「遊矢、今回は楽しかった。また今度デュエルしよう」

「…あ、あぁ――だが最後に1つだけ言わせてくれ」

「…何?」

 

 一言そう言って龍姫が刃の所へ行こうとした時、ユートは龍姫の腕を取ってやや強引に引き止めた。コホンと軽く咳払いし、ユートは真剣な眼差しで龍姫の目を見る。何か大事なことだろうかと、龍姫も同じく神妙な顔つきでユートの方を見る――そして、意を決したユートが口を開く。

 

「……君にその(プチリュウがプリントされた)キャミソールは似合わな――かはぁっ!?」

 

 刹那。ユートが最後まで言葉を紡ぐ前に龍姫の右拳が彼の鳩尾に深く埋まる。ある程度のリアルファイトには自信のあるユートだが、これまで経験したことのある痛みでも五指に入るほどの激痛が彼の腹部を襲う。その衝撃でユートは背中をフェンスに叩きつけ、その痛みで表情が歪む。そしてそのまま膝が地につき、両手を地面につけて苦悶した。

 

 そんなユートの姿には目もくれず、龍姫はそのまま早足で刃の方へと向かう。意識が遠のく中、合流した2人の『お、おい龍姫……誰だかわからねぇけど何で殴ったんだよ?』、『遊矢が私のこのプチリュウプリントのキャミが似合わないと言ったから殴った。反省も後悔もしていない』、『……そりゃあ榊遊矢が悪いな』という会話がおぼろげながらユートの耳に入る。

 

 理不尽だと思いつつ、ユートの意識は闇に呑まれていった…。

 仲間である隼が無残な状態のユートを発見し『おのれLDS!』と怒りの炎を盛らせ、ユートが『彼女はLDSではない…』と語るのはこの数十分後の出来事。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 その日の夕方。龍姫・真澄・北斗・刃の4人は今日もLDS襲撃犯を見つけられなかったと、肩を落としながらLDS内のラウンジで休息を取っていた。各々飲み物を片手にハァとため息を溢す。何故これだけ捜しても見つからないのか。まるで一般カードショップのストレージで目的のカードを見つけることよりも困難なことだと辟易する。

 だがその中で龍姫だけが1人別なことをしていた。メインデッキ・エクストラデッキのカードをテーブル一杯に広げ、考え深い顔でそれらを眺める。昨夜デッキの調整をしていたが、今日の遊矢(ユート)との一戦で何がいけなかったのかと1人反省会をしているのだ。

 

 しかし龍姫の中で反省点がパッと思い浮ばない。今日のデュエルではモンスターを展開し、手札も補充し、サポートカードも手札に来ていた。あえて言うならば効果モンスター対策で《スキル・プリズナー》を引けなかった自分のドロー力が低かったことだろう。これ以外にも何かあるだろうかと思考を巡らせるも、今一ピンと来るものが来ない。どうしたものかと、龍姫はため息を溢す。

 

「珍しいな龍姫、君がため息をつくなんて。何か悩みでもあるのか?」

「……うん、負けなしだった相手に黒星を付けられた」

「黒星って――まさか今日偶然会った榊遊矢か?」

「龍姫でもあいつに負けるのね。北斗と揃って情けないわよ」

 

 グサリ、と龍姫と北斗に真澄の言葉が刺さる。龍姫は単純に情けないと聞いて。北斗は以前の勝負で唯一自分が負けたことのトラウマを彷彿して。先程よりも落ち込んだ2人を見て、刃が慌てて言葉を取り繕う。

 

「ま、まぁ龍姫はこの間は榊遊矢に勝ったんだろ? たかが1敗ぐらい、気にすることねぇじゃねぇか」

「……でも、遊矢はいつの間にかエクシーズ召喚を覚えていた。うかうかしてられない」

「なん…だと…!? 遊勝塾もエクシーズを取り入れたのか…!」

「侮れないわね、遊勝塾…」

 

 以前デュエルした相手がさらなる力を得たと、LDSジュニアユースの各コースのトップ達がその警戒心を強めた。あと数週間もすればこの舞網市内で選手権が開かれる――その時の強力なライバルに遊勝塾の名が挙がるではないかと、早くも危惧する。

 そんな神妙な顔つきの4人の所に近付く少年が1人。話の渦中である遊勝塾の榊遊矢と同じ中学校の制服を身に纏い、LDS内でも名を知られている次期市長選に出る議員の息子――

 

「よぉ橘田、こんなところに居たのか――って、お前ら何してるんだ?」

「…沢渡……」

 

 ――沢渡シンゴ。珍しくいつもの取り巻き達を引き連れておらず、龍姫達とテーブルの上に広げられた龍姫のデッキに視線を移す。そこで何かを察したようにしたり顔を浮かべ、自信あり気な表情で口を開く。

 

「ははーん、なるほど。LDSジュニアユースが誇る各コースのトップ達が集まって橘田のデッキ構築相談という訳か」

「いや、違ぇけど」

「えっ」

「僕らは龍姫から榊遊矢がエクシーズ召喚を使ったと聞いて、遊勝塾もエクシーズを使い始めたんじゃないかという話をしていただけだ」

「状況だけで判断すんなよ。沢渡の癖に」

「お、俺の癖にって何だ!俺の癖にって!」

 

 見たままの状況から推測しただけで刃・北斗から次々と否定の言葉で返されやや頭に血が上る沢渡。ぎゃあぎゃあと騒ぐ男3人を横目に、女子2人は広げたデッキのカードに視線を移す。

 

「そういえば何でまたデッキ調整をしているの龍姫?わざわざここじゃなくてもLDS内のデッキ構築スペースや家でできるでしょう?」

「遊矢に負けたのが悔しくて速攻で直したかった。それに真澄達の意見も聞いておきたい。この辺りのカードを入れようと思うんだけど、どう思う?」

「ふーん……まぁ悪くないわね。でもそれを入れるんなら《おろかな埋葬》とかも入れた方が良いんじゃないの?あとは手札消費を抑えるために《闇の量産工場》を入れたり。それと《暴風竜の防人》は入れたい気持ちもわかるけど、事故要員だと思うわ」

「《闇の量産工場》は良いかもしれない。それに《おろかな埋葬》で思い出した。《竜の霊廟》をデッキに入れよう。《暴風竜の防人》は……確かに私のスタイルとは合わなかった。あとで抜いておく」

 

 デッキのカードを入れ替え、デッキ調整に励む龍姫。きっと遊矢も自分に負けたのが悔しくて、このようにデッキを調整してエクシーズ召喚や墓地から罠を発動するデュエルスタイルに変えたのだろうと考える。そんな時ふと、遊矢(ユート)が召喚したエクシーズモンスターのことを思い出す。ランク4・闇属性・ドラゴン族・攻撃力2500で魔法カード《フォース》の効果を内蔵したエクシーズモンスター――あれだけ優秀なカードを遊矢はいつの間に手に入れたのだろうかと龍姫は疑問を感じ、同時に羨ましく思った。

 

「……《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》……私も欲しい…」

「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》だとぉ!?」

 

 龍姫がカード名を呟いた途端、口論に勤しんでいた沢渡が目の色を変えて龍姫の両肩をがばっと掴む。突然の出来事に龍姫は目を点にするが、そんなことはお構いなしに沢渡は鼻先を龍姫のそれと接するまで近づけて声を荒げた。

 

「そのモンスターは俺を襲った奴が使っていたモンスターだ!まさかお前、あいつとやったのか!?」

「…あれは遊矢――」

「榊遊矢に似てるって言っただろ!」

 

 少しの間、この場が静寂に包まれる。何か要領を得ない表情だった龍姫だが、数秒思案した後、沢渡の発言と今日のデュエル及び遊矢(ユート)の様子を思い出し、そこでやっと事態を把握した。

 

「…………あれは遊矢じゃなかった…!?」

「気付くが遅ぇーよ橘田!」

 

 再度沢渡が声を荒げる中、沢渡の背後に居た真澄がゆっくりと立ち上がる。そして明らかにデュエル目的ではなく(リアルファイト用に)デュエルディスクを起動させ、そのプレート部分を剣のように構えた。

 

「龍姫――襲撃犯と榊遊矢の区別がつかないほど、貴女の目はくすんでいたようね」

「……真澄?」

「…私が貴女のそのくすんだ目に輝きが戻るように研磨してあげるわ。デュエルディスク(これ)で」

 

 刹那。これから起こることを予測した龍姫は素早くテーブルの上に散らばったカードを回収し、即座に体を180度反転し駆け始める。走り出せ、その足で。

 

「待ちなさい龍姫ぃ!」

「断る…!」

 

 ラウンジを駆け、そのまま楽しい(恐怖の)鬼ごっこを始める女子2人。海岸線でキャッキャウフフするような微笑ましいものではなく、文字通り鬼が襲って来ている。今ならD・ホイールと同じぐらいの速度で走れそうだと内心思いつつ、背後の(真澄)へと珍しく声を荒げながら言葉をかける。

 

「聞いて真澄! 私は悪くない!」

「どう考えても襲撃犯を逃した貴女が悪いわよ!」

「相手のエクシーズモンスターが《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》だと知っていたら私だって真澄やLDSに連絡するなり対応できた! つまりモンスター名を教えなかった沢渡が悪い!」

「はぁっ!? 橘田、お前何言って――」

「沢渡ぃいいいいいぃっ!!」

「うわああああぁっ! こっち来んな光津!」

 

 いつの間にか鬼ごっこに沢渡も巻き込まれ、龍姫の後ろ、真澄の前方を走る形となった。女子2人に挟まれるという、文字にすれば両手に花だろう。だが実際には前方の少女は己の保身のために自分を売り、後方の少女はデュエルディスク()を携えて襲って来る。以前倉庫で鉢合わせた柊柚子といい、女のデュエリストにはロクな奴がいないと思いながら沢渡は走った。風のように。

 

「何やってんだか…」

「全く、LDSのトップという自覚の欠片もないな」

 




(続・小ネタ)
真澄・刃「「北斗ぉおおおおおぉっ!!」」
北斗「いきなり何だ!」
刃「お前ぇ!何で龍姫にあんなこと言いやがった!」
真澄「自分はレベル4以下の召喚・特殊召喚しか使わないからって――この裏切り者…!」
北斗「待て!本当に何のことだ!?」
刃「とぼけるなぁ!お前が龍姫に《聖刻龍王-アトゥムス》の効果で《ヴェルズ・サッハーク》を攻守0にして特殊召喚し、《地獄の暴走召喚》で3体並べれば《ヴェルズ・オピオン》がエクシーズ召喚できるってアドバイスしたのはお前だと龍姫が言ってたぞ!」
真澄「貴方にレベル5以上のモンスターが特殊召喚できない絶望がわかる!?私と刃はエースどころか普段の融合・シンクロもできなかったのよ!」
北斗「そこまでアドバイスした覚えはない!濡れ衣だ!」
龍姫「北斗のお陰でオピオンを出せて満足」
北斗「ちょ――」
真澄・刃「「この裏切り者ぉおおおおぉっ!!」」

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