遊戯王ARC-V LDS総合コースの竜姫   作:紅緋

2 / 14
最初の一文に違和感を覚えた方、正常です。
最初の一文に違和感を覚えなかった方、決闘者です。

1つの話が4万字以内に収まり切らず、分割してしまう非力な私を許してくれ…。

2014/10/14追記
一部キャラの名字が原作と異なりますが、これはそのキャラの名字が判明する前に本作を書いた故の差異であり、本作で該当キャラが原作と名字が異なることにどうかご理解をお願い致します。


2話:《ドラゴンの宝珠》(友達も家族も大事)

 デュエリストには強靭な肉体が必要だ。ただのカードゲームに筋力や体力といった要素は必要ないと感じる者は居るだろう――だが、’’デュエルモンスターズ’’に限ればそうとは限らない。

 古くは『決闘者の王国』(デュエリスト・キングダム)において大会参加者に宿泊施設・食事等の援助なし、孤島という閉ざされた空間でデュエリストの体力・精神を蝕み、『バトルシティ』では街1つが戦いの場となりいつ・どこで誰が『おい、デュエルしろよ』という言葉で戦いを挑まれる恐怖に怯える。

 また突然異世界へ飛ばされ、’’本当’’の意味でモンスターと遭遇――命を賭けた戦い(デュエル)をせざるを得ない状況に陥ることも充分に考えられるだろう。

 さらに強い体を持たなければ仮にデュエルで敗北した場合炭鉱夫として一生を働くこともできず、その環境から脱出する時に体力がなければリアルファイトでその場を乗り切ることもできない。

 果てには親友のデュエルの際に自身が捕えられ、リアルトラップで生命の危機に晒されて親友が思い通りにデュエルができない形となってしまってはデュエリストとして一生の恥である。

 以上のことを踏まえデュエリストはどんな過酷な状況にも陥ろうと、その身1つでどのような逆境にも負けずにそれを乗り越える体力・筋力・持久力を要求される――つまり、デュエリストには強靭な肉体が必要なのだ。

 

 そしてそれは当然、この舞網市においても常識となっている。ごく一部のデュエル塾を除き、プロデュエリストを目指す塾生はデュエルモンスターズとしての知識を学ぶだけではなく、己の体を鍛えることがデュエリストにとって必須だということがわかっているのだ。

 

 通常のスタンディングデュエルは勿論のこと、舞網市では’’アクションデュエル’’が流行の最先端を担っている。このアクションデュエルでは質量を持ったソリッドビジョンにより、デュエリストがモンスターと共に地を蹴り宙を舞い、フィールド内を駆け巡る――なおさら強靭な肉体が必要なことは自明の理であるだろう。

 

 アクションデュエルでは無数のアクションフィールドがあり、中には緑豊かでピクニックにでも行きたくなるようなものもあれば、荒野の西部劇(サティスファクションタウン)のように決闘の趣きを感じさせ、デュエリストの闘争本能を駆り立てるフィールドもある。アクションフィールドは観客にとってデュエルを盛り上げる要素として好評であり、デュエリストにとっても自身の腕で観客を沸かせるために大変重要な存在なのだ。

 

 また、それと同時に大変危険なものだということもデュエリストには認知されている。前述の緑豊かなフィールドや荒野の西部劇といったフィールドならそれほど危険はないだろう。しかし時にはソリッドビジョンによって出現する建造物が崩壊し易いフィールド、活火山のように本物のそれと遜色ない熱と暑さを兼ねたフィールド、極地の如くその身に寒冷を突き刺すフィールド――それは対戦相手のデュエリストと共に自分を襲う敵だ。

 

 デュエル以外の方法での敵と戦う手段はこの世界では自ずと限られる――すなわち、物理的手段(リアルファイト)である。自身の体を鍛えることはアクションデュエルで優位に立つためには必要不可欠、これまで以上にデュエリストに強い体を求めることはおかしいことではない。デュエリスト――それも舞網市で流行しているアクションデュエルをする以上、この街のデュエリストは日々自分の肉体を鍛えることに精を出す。

 

 そしてそれは当然、舞網市で最大手のデュエル塾LDSでもその光景は見られる。LDS内にあるトレーニングルーム、そこには2人の少女が並んでルームランナーを使用していた。

 片や黒髪に褐色の肌、水色のスポーツウェアに短パン姿の光津真澄。

 片や青髪に白雪の肌、黒色のスポーツウェアに短パン姿の橘田龍姫。

所属コースは違えど共にジュニアユース各コースの首席、そして同性ということで一緒に行動することは多く、この事は彼女らが所属するコースの塾生はもちろん、シンクロ、エクシーズコースの塾生らにも知られている。故に2人がこうしてトレーニングしていることには何ら不思議なことではないのだが――

 

「――ハァ…ハァ…」

「…………」

 

 ――一部の者は様子がややおかしいことに気付く。いつもの2人は談笑を交えつつ適度に走っているのだが、今の状況は真澄がルームランナーの設定を無理に上げて普段以上のハイペースで走っているように見える。さらに会話もほとんどなく終始無言、聞こえてくるのは真澄の息切れのみ。かれこれ20分近くはこの状態が続き、普段は口数が少ない龍姫が珍しく口を開く。

 

「――真澄、いつもよりペースを上げ過ぎている。無理はよくない」

「……わかって、る…! けど、鍛えなきゃ、あいつを……今度は、逃がさ、ない…!」

 

 ‘’あいつ’’というのが誰のことを指すのか龍姫は知らないが、数日前に北斗や刃らと話した時のことを思い出し、その人物のことを何となく察した。恐らく最近LDSを騒がせている襲撃犯のことであり、先日真澄だけがその襲撃犯と接触したとのこと。その襲撃犯は黒い外套と同色の黒いマスクを付けた少年らしい。また偶然にも遊勝塾の塾生である柊柚子(ひいらぎゆず)と他1名が居合わせたが、榊遊矢が現場に到着したところで黒マスクの少年は姿を消したと聞いた。

 

 LDS襲撃犯に融合召喚コースの講師であるマルコが被害に遭い、今も行方不明であると聞いている。そのためマルコから融合召喚を教わった真澄からすれば襲撃犯は憎き相手であり、暇さえあれば舞網市内を回り犯人を追っているとのこと。龍姫も最初の一報を聞いて真澄らと共に追ってはいたのだが、先日は赤馬零児に陳情したカード及び新規カードを購入して改めてデッキ構築をしていたため、彼らが気を遣って龍姫を誘わなかったのだ。龍姫が話を聞いたところによると真澄は2度も犯人を取り逃しているらしい。折角犯人を捕らえる好機を逃したことになり、そのことで真澄が躍起になっていることは誰の目から見ても明らかだ。今度は逃がすまいと、こうしてオーバートレーニングをしていることも理由としては頷ける。

が――

 

「…………」

「――っ、龍姫っ! どうして止めるの!?」

 

 ――それを良しとしない龍姫は無言で真澄のルームランナーを止めた。当然、トレーニングの妨げをした龍姫に対して真澄はキッと睨み怒りを露にする。しかし龍姫はそれに一切怯むようなことはなく、いつもの冷淡とした表情が崩れることはない。

 

「真澄、過度なトレーニングで体を壊してしまったら元も子もない」

「けど、鍛えなきゃあいつを拘束できない!」

「モノには限度がある」

「でも――」

「――真澄」

 

 鬼気迫る物言いだった真澄に対し龍姫は静かに、それでいてしっかりと彼女の名前を言う。龍姫の瞳は普段の冷たい眼差しではなく、いつになく真剣なそれ。その目に真澄は一瞬たじろぎ、龍姫は続けて言葉を紡ぐ。

 

「私は真澄を心配して言っている。確かに恩師のマルコ先生が姿を見せない真澄の気持ちもわかる…」

「…………」

「でも無理をしている真澄の姿は見たくない。真澄がマルコ先生のことを尊敬しているのと同じように私も真澄のことを尊敬している――私の、大切な友達」

「……龍姫…」

 

 友人としての忠告、友人としての気持ち、友人としての言葉。マルコの所在が掴めなくなり、LDS襲撃犯を2度も逃して自棄になって自分のことしか考えていなかった真澄にとって、龍姫のその言葉は身に染みた。普段から口数の少ない龍姫が、不器用ながらも自身のことを想っての発言。仮に龍姫が真澄と同じ立場に立たされて似た行動を取っていれば自分もそう諭すかもしれない――否、そう言うに違いないだろう。

 

 真澄は一度目を閉じて軽く息を吐くと、改めて龍姫の目に視線を合わせる。先ほどまでの憎しみに満ちた目ではなく、普段から余裕と強かさを感じるそれはいつもの真澄のものだ。

 

「…そうね、龍姫の言う通りよ。確かに無理をしていたかもしれない――でも、そのことで貴女に心配をかけていたなんて……私の目はくすんでいたようね」

「…………」

 

 頭に上っていたことが嘘のように思えるほど今の真澄の顔は清々しい。龍姫本人は知る由もないが、以前遊勝塾で真澄が柊柚子に『目がくすんでいる』と言った。あの時とは多少言葉の意味合いが異なるものの、その言葉は《鎖付きブーメラン》の如く今の真澄自身に返って来たと言っても良いだろう。それほどまでに真澄は自棄になっており、そんな自分を優しく諭してくれた龍姫に真澄は友人としての暖かさを感じる。

 

 ふと、その直後に過度なトレーニングによる疲労がドッと真澄に重くのしかかった。あれ以上続けていれば倒れていたかもしれないと思うと、真澄は重ねて龍姫に深く感謝する。そしてその友人の優しさをきちんと受け入れるべく、真澄は使用していたルームランナーから降りてトレーニングを終えたことを行動で示す。

 

「――ふぅ、今日はこれくらいにしておくわ。龍姫の言うように、過度なトレーニングで体を壊しては元も子もないし」

「……ありがとう、真澄」

「礼を言うのは私の方よ。ありがとう龍姫……お礼に私ができることであれば何でもしてあげ――」

「じゃあ今からデュエルしよう」

「えっ?」

 

 すっかりと気を緩めていた真澄のふとした発言を龍姫は聞き逃さない。さながら某マジックコンボで知られる孤高の鮫が放つ鮫の一閃の如き煌めき、骨まで喰らい尽くさんとするほどに貪欲――言葉こそは短いが、龍姫の声色からはデュエルに対するあくなき欲望が色濃く出ていることが真澄はわかった。そして一瞬で自分の発言の軽率さを真澄は後悔する。

 

(しまった……『何でもしてあげる』って言ったら、龍姫ならこう言うことは私自身よくわかっていたハズ…! くっ、今日はこの後にアイツら(北斗と刃)と街に出る予定だったのに…!)

(最近、真澄とデュエルしてなかったから久しぶりにデュエルしたいなぁ。デッキも少し変わったからお披露目したいし)

 

 お互いに思うことがあるがそこはジュニアユース各コースの首席、決して顔には出さず両者共に神妙な面持ちで互いの目を見る。傍から見れば奇妙で何とも言い難い緊張感が2人の間に渦巻いており、周囲の雑音すら聞こえずに場は沈黙と化していた。2人のすぐ近くに居た塾生は『あいつら何やってんだ?』、『ルームランナーに乗らないのかよ?』と小声で呟く。というのも龍姫と真澄の会話の内容が聞こえなかったためであり、一向にトレーニングを続けようとしない2人に怪訝な眼差しを向けるしかないのだ。

 

(どうする…私から言い出したことだから、今すぐ龍姫とデュエルを――いや、北斗達には前もって今日の夕方から街へ行く約束をしていたから順番的にはそっちを優先……でも龍姫にはさっきの件があるからここで断る訳にも――)

 

 まるで難問詰めデュエルを前にしている時のように真澄の脳内はフルスロットルで働く。

一手でも間違えれば脳内に『だからアレはミラフォだって言ってんだろ!』という言葉が囁くかもしれない。

 最初に何を言うべきか? 次の言葉は? 充分な説明ができるか? 最終的に龍姫が満足できる解答になるか?

 

 そう真澄が顔に出さないように長考していた時、ふと近くのサイドテーブルに置いていたデュエルディスクから呼び出し音が鳴る。北斗達からの連絡があったのかと真澄はデュエルディスクへと目を向けるが、呼び出し音が鳴ったのは真澄のではなく龍姫のデュエルディスク。少し席を外すために龍姫は『ごめん』と一言だけ告げて自身のデュエルディスクを手に取って、そのまま連絡元を確認するためにそのタッチパネルを操作する。幸いにも通話ではなくメールだったらしく、龍姫はそのままメールの差出人とその本文を軽く読み流すと軽くため息をつき、真澄の方を向く。

 

「ごめん真澄、急用ができた。今からデュエルはできない」

「そ、そう…」

 

 申し訳なさそうな顔の龍姫とは対照的に真澄は安堵した表情を浮かべる。これで今日の予定を無理に変更することはないとホッと胸を撫で下ろした。しかし――

 

「――ので、明日デュエルしよう」

 

 ――そのまま一筋縄で終わらないのがこの総合コースの首席である。今日がダメなら明日デュエルすれば良いという至極安易な発想を口に出し、それはさも当然とでも言いたげな声のトーンだ。真澄はやや呆れながらも、それだけ自分とのデュエルを楽しみにしている龍姫へやんわりと微笑む。

 

「良いわよ。それじゃあ明日の講義終わりにいつもの練習場で良いのかしら?」

「一応、センターコートでキャンセル待ちしておく」

「……そんなにデュエルしたかったの?」

「当然」

 

 いつも利用するプラクティス・デュエルフィールドではなくセンターコートのアクションデュエルフィールドでのデュエルを望んでいた辺り、龍姫がそれほどまでに自分とデュエルをしたかったのだろうと察する。だが考えてみれば龍姫自身はかなりのドラゴン族愛好者だ。通常のスタンディングデュエルでもそのドラゴンの雄姿は存分に味わえるが、アクションデュエルならば実際にその身で触れる上にモンスターによっては乗ることもできる。また龍姫は最近デッキを改造したばかりでありその新モンスターのお披露目、龍姫曰く’’触れ合い会’’なるものをしたかったのだと真澄は思った。

 

 その’’触れ合い会’’なのだが、以前龍姫が新しくデッキにモンスターを入れたと言って《ラブラドライドラゴン》なるモンスターをフィールドに出した時の話になる。あの時は確か他の『聖刻』モンスターの効果によってフィールドに特殊召喚された状態であり、そのデメリットにより攻守0で守備表示、他にレベル6のモンスターが居たのでそのまますぐにエクシーズ素材になると思っていたのだが、龍姫はすぐにエクシーズ素材にすることなく延々と《ラブラドライドラゴン》に触れていた。翼を触り、鱗の感触を確かめ、竜の背に乗っては無邪気に楽しんでいたのだ。尤もそのデュエルの相手だった刃はもちろん、観戦していた北斗と真澄は無表情の少女が淡々とモンスターの体を触り値踏みをするような光景にしか見えなかったのだが。1分間何もプレイしなければ敗北となるアクションデュエルのルールで、龍姫は制限時間を目一杯使ってそれをしていたものだから慌てて観戦者の北斗と真澄が龍姫にプレイ続行するように促すと、まるで苦労して出したモンスターを《神の宣告》で破壊されて絶望の底に落ちた顔のようになっていたことは記憶に新しい。しかも結局そのデュエルではガトムズフォルトロレイジグラの無限ループハンデスが決まって、龍姫は二重の絶望を味わう羽目になっていた。

 以上の経験から今回のデュエルで新デッキの回転率の確認、及びあわよくば’’触れ合い会’’をセンターコートのアクションデュエルフィールドでしかったのだと真澄は改めて察する。

 

 だがここでふと、真澄は疑問を感じた。無類のデュエル好きであり、ドラゴン族愛好家である龍姫が自分とのデュエルを放棄するほどの急用――とてもではないが、それほどの用事が真澄の頭では思い付かない。さらに急用と言いつつもトレーニングを終えてからの身支度は緩慢で、さほど緊急の用件のようには感じられないことも相まって益々混乱した。このままでは自身がスッキリしないと感じ、真澄は思い切って龍姫にその件のことを聞く。

 

 

 

「――ねぇ龍姫、急用って何かしら?よければ教えてくれる?」

「私とは別のデュエル塾に通っている弟の迎え。いつもはお母さんが行く――けど、今日は保護者会で行けないから私が行くことになった」

「あぁ、そういうことね」

 

 なるほど、と真澄は龍姫の答えに納得した。家族――それも歳の離れた弟の迎えを任されたとなれば、いくらデュエル好きな龍姫と言えどもデュエルよりも弟を優先するだろう。デュエリストとはいえ人間、時にはデュエルよりも大事なものがある。以前真澄が龍姫から話を聞いたところによると彼女の弟は少し前にデュエル塾に通い始め、そこでできた友達と仲良く過ごす間に帰りが遅くなるらしい。

思えば真澄自身も龍姫や北斗、刃らと一緒に過ごす時間が長くなってからは塾に居る時間が自然と長くなり、帰りが遅くなっては親に心配されたものだ。それを考えれば同じ子供とはいえ、中学生の龍姫に小学生の弟を任せることも頷けるだろう。

 

 また最近舞網市内の学校では市内に不審者が出たという情報が出回っている。詳細こそ伏せられているがおそらくはLDS襲撃犯のことを指す。被害者はLDSの者に限られているものの、子供を持つ親からしてみれば市内に不審者が居るというだけで不安はあるだろう。龍姫の親がPTAの会合で弟を迎えに行けないというのもきっと不審者の件で保護者が何らかの対策を話し合うのだと考えられる――それほどまでに事態は深刻化している。先ほどは龍姫に諭されたがそれでも一刻も早くあの襲撃犯を捕まえなければならないと、真澄は静かに思った。

 

 ふと、ここで真澄に新たな疑問が浮かんだ。そういえば真澄は龍姫に弟がいることとその弟が別のデュエル塾に通っていることまでは知っているが、どこのデュエル塾に通っているのかは知らない。LDSは最高の設備と講師を揃えた最上級の環境であることは間違いなく、塾生の兄弟姉妹ならば家族割等の特典で安くなるはずだがそれを蹴ってまで別のデュエル塾に入ったというのが真澄は気になった。

 

「そういえば龍姫の弟ってどこのデュエル塾に通っているの?」

 

 何気ない一言。相手フィールドにカードが存在せず、『何もないだろう』と下級モンスターで直接攻撃をした時ぐらいの軽い一言だった。しかし――

 

「遊勝塾」

「…………えっ?」

 

 ――返ってきた答えは存外重いもの、さながら先の直接攻撃の例えから《冥府の使者ゴーズ》が現れたようなものだ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ベクター、私が真澄とデュエルできないのは貴様の仕業か? ……許さない、絶対に許さないぞベェクタァアアアアアアアァッ!! はぁ…はぁ……よし、落ち着いた。まずは状況を整理しよう、例えるなら相手のフィールドと墓地確認、これはデュエリストとして基本。

 

 えっと――私は普段通り真澄と一緒にルームランナーで走っていた。でも真澄が自分に《リミッター解除》を発動したのか、いつも以上にハリキリ☆ガールになっていてあれじゃあエンドフェイズに自壊しちゃう。私は真澄をそんなことさせないよう説得するも、真澄は聞く耳持たずにトレーニングを続けようとした。流石にイラっときた私は(無言の停止ボタン押し)で真澄のトレーニングを強制終了。この行動でイラっときた真澄は当然怒って、私はカウンセリングフェイズに移行する。遊馬先生のように熱く心に響かせることはできないけど、それでも私なりに頑張ったつもりだ。下手なりにそこそこやった結果、真澄は私の気持ちを汲んでくれてトレーニングを止めてくれた……ありがとう真澄、そしてありがとう遊馬先生。かっとビングは偉大です。

 

 無事にカウンセリングを終えたところで真澄から『何でもしてあげる』という言葉が聞こえた瞬間、私は当然のようにデュエルを提案。ごく自然な流れでのデュエル――うん、何もおかしなところはないね!というか改造したデッキをお披露目したかったのが一番の理由。ここ最近の真澄は暇さえあれば北斗達と一緒に街に行って不審者探しするし、しかも私がデッキ改造しているからって除け者にするし――改造したデッキを真澄達以外相手に使って私が満足できる訳ないだろう!それに早く新しくデッキに入れたドラゴン達に触って乗って飛びたい。鱗の感触とか体温とか飛び心地とか――確認したいことが沢山あるし。

 

 というか早くドラゴンと触れ合いたい。だから私と……私とデュエルしろぉおおおおおおぉっ!

――と、無言の眼差しで真澄に訴えていたところで私のデュエルディスクから呼び出し音が鳴る。何の連絡だろうと私はデュエルディスクを手に取って確認すると、そこにはお母さんからメールで弟の迎えを頼む内容が書かれていた。……ベェクタァアアアアアアァ!!

 舞網市に不審者が出るようになったこと、その所為で保護者会が開かれること、そして今回私が真澄とデュエルができないこと――これは全て貴様の仕業か…! 何でこんなによからぬことが起きるんだ……終わったビングだ、私。

 

 渋々私は真澄とのデュエルを延期、とりあえず明日やることに。できれば実際にモンスターに触れるアクションデュエルができるLDSのセンターコートをキャンセル待ちしておく。センターコートはLDSでも最大の広さを誇るデュエルフィールドであり、使用できるアクションフィールドも非常に多く人気が高い。そのため利用者は絶えず毎日のように使われているが、時折今回の私のように急な用事が入って使えない場合もある。そんな時はやむなくキャンセルするしかないのだが、そのキャンセルが出た場合に優先的にセンターコートを使えるように予約しておくことをキャンセル待ちと言うのだ。

……今日がこんなに運が悪かったから、明日はセンターコートのキャンセルで使えるよね?

 

 それにしても不審者かぁ…。どこの世界でも不審者って居るものなのかな? えっと時にはロボットのDホイーラー、時には颯爽と窓ガラスを突き破って口笛を吹きながら登場するナンバーズハンター、時には筋肉質で天使の羽のようなものを背に付けたバリアン世界の使者――思い起こせばどこにでも不審者は居るものだね。いつものことだったよ…。

 

 不審者による被害はLDSのトップエリート(最初の被害者の沢渡を除く)だけど、一般の人に全く被害が出ないとは言い切れない。お母さんはそのことを危惧して保護者会に参加し、弟の迎えを私に頼んだのだろうと考える。確かにお母さんからしてみれば市内に不審者が居て、子供がLDSの塾生ならば心配もするだろう。私は制服組と呼ばれるトップエリートではないから被害に合うことにそこまで不安を感じないけど、弟はまだ小学生。LDSの塾生ではないとは言え私のような身内がいるので心配する親心もわかる。

 

 それに前世では兄が1人だけの兄妹だった私にとっては可愛い弟。お母さんだけじゃなくて私も心配するのは当然と言える。下の兄弟姉妹ができると某ナンバーズハンターや某孤高の鮫さんの気持ちが何となくわかるようになった。上の子としてしっかりしなくちゃいけないと思うし、きちんと面倒を見てあげなきゃいけないという感情も芽生える。だから劇中であんなに弟や妹の名前を叫んでいたのだ――そりゃ兄弟姉妹の一大事には私だって叫ぶ。

 あと可愛いからついついデュエルのことを熱心に教えちゃうね! 最近だと黒庭ドレッド収縮ゲイルの効果を受けたヴェルズモンスターの暗算もできるように教えたし、弟の将来がとても楽しみだ。ただ私と違う塾に入っちゃったことは個人的に悲しいけど……しかも’’あの’’遊勝塾。うぅ、何度か弟の前でデュエルは見せたことがあるのに、私じゃなくて()の方に憧れたっていうのは姉としては力不足を感じる――非力な私を許してくれ…。

 

 ――っと、そんなことをLDSから出て考えながら歩いていたらいつの間にか遊勝塾が目の前に。小学生の時に1度見学に来た時以来だから随分と久しぶりな気がする。

……それに個人的にここを訪れにくいっていう理由もあって、なるべく近寄らないようにしていたんだけど……うん、今の舞網市じゃ仕方ない。り、理由を話せばきっとわかってくれると思うし、ただ弟を家に連れ帰るだけだし……えぇい、いつまでも後ろ向きじゃダメだ!

勇気を持って一歩踏み出せ!

どんなピンチでも決して諦めるな!

あらゆる困難にチャレンジしろ!

かっとビングだ、私!

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 丁度龍姫が遊勝塾に入った時と同時刻、遊勝塾の面々は応接室に集まっていた。先ほどまで塾生全員が講義を受け、それが終わって帰宅の途についた――ハズなのだが、4人だけ未だに自宅へ帰らずに遊勝塾に残っている。

熟れたトマトのように赤い髪で前髪が緑色の少年、榊遊矢。

牡丹色の髪をツインテールでまとめ年相応の可憐さを感じさせる少女、柊柚子。

澄んだ空色の髪を一束に縛り一見すると幼い少女と見間違えてしまう容姿の少年、紫雲院素良(しうんいん そら)

それに加え、利発そうな印象を与える青髪の少年、タツヤの4人だ。

 この4人が未だに塾に残っているのは理由がある。最近舞網市内では不審者が出没するという注意勧告がされているため、ジュニア組は安全を考慮してフトシとアユは家族が迎えに来て先に帰宅し、唯一の小学生であるタツヤを残して先に帰るのも悪いと遊矢達は思って塾に残っているのだ。無論この遊勝塾の責任者である柊修造塾長は保護者が迎えに来るまで塾に残る必要があり、その娘の柚子も一緒に居るから問題はないので遊矢達は先に帰って良いとは言ったのだが、遊矢達は2人よりも4人で待っていた方が待っている間を楽しく過ごせると言い張る。これに修造は少し難色を示したが、デュエリストである遊矢と素良ならばさほど心配はないだろうと考えて渋々了承した。それにタツヤの保護者もすぐに来るだろうと修造は思い、彼らを応接室に残して戸締りやトレーニング器具、ソリッドビジョンシステム等の点検に向かう。

 

 そして修造がこの場に居なくなり、4人はタツヤの保護者が迎えに来るまで何気ない談笑をしていた。先日のクイズは苦労した、落語や相撲、将棋にチェスといったアクションフィールドは楽しかった等、話題が尽きることはない。そんな時ふと柚子が前から思っていた疑問を口にした。

 

「そういえばタツヤ君ってデュエルの知識がすごいわね。計算も早いし――それだけの知識はどこかのデュエル塾で習ったのかと思ったけど、デュエル塾は遊勝塾(ウチ)が初めてよね?」

「あ、それはボクのお姉ちゃんが色々教えてくれたんだ」

「へぇー、タツヤにはデュエリストのお姉さんが居るのか。じゃあそのお姉さんにデュエルを教えてもらっているんだな」

「う、うん…」

 

 遊矢の問いにタツヤが肯定するも、その表情はやや曇り気味になる。本当ならば尊敬する姉の魅力を弟として存分に語りたい気持ちはあるのだが、あまり身内の戦術をベラベラとしゃべるのはこの場にいない姉に対して失礼であり、デュエリストとしては許されないことだ。幼いながらもその辺りの良識は持っており、姉からは常々『手の内を晒す行為はデュエリストとしての恥だ』と言われているのでその葛藤がある。

 

「そうなんだ――タツヤ君のお姉さんってことは私達と同じぐらいかな?」

「うん、柚子姉ちゃん達と同じだよ。クラスは違うけど同じ中学校」

「ふぅーん、遊矢達と同じ学校で君のお姉さんか――ちょっと興味が出てきたかも」

 

 渦巻き模様で紅白に彩られたペロペロキャンディを口に咥えながら、素良は何気なくそう言った。というのも素良自身タツヤのデュエルこそ見たことはないが、デュエルモンスターズの知識においてはこの塾で彼が最も高いということが短い期間を通してわかっているからだ。通常ならばデュエル塾に通う子供はそこでデュエルモンスターズのノウハウを学ぶのだが、この塾の講義に限れば彼にとって遊勝塾(ここ)は役不足。ならばその知識の源はどこから来たのかという話になり、それが彼の姉に繋がるのだと素良は察した。また、そんなタツヤの姉となればさぞ充分な実力を持っているのだろうと期待が膨らむ。素良は以前の零児と遊矢のデュエルでタツヤが特段驚かなかったことから並大抵ではないデュエルを見たことがあると考え、それがおそらく彼の姉のことに直結するのだろうと推測する。

 

「え、興味? やめておいた方が良いと思うよ」

「何でさ? デュエリストに興味を持つのはデュエリストとして当然のことだよ?」

「えっと、それは――」

 

 どう返せば良いものか、とタツヤはその幼くも年不相応な脳内知識をフル動員する。素良がいつぞやの遊矢に対してストーカー行為をしていたので姉をその二の舞にさせたくない、デュエルすれば確実にフトシから『1人でやってるよ~』と文句を言われるソリティア染みたデュエルになる。ここは素良に何と言えば諦めてくれるのかとタツヤが考えていた時――

 

「――タツヤ、迎えに来た」

 

 ――応接室の扉がノックもせずに開かれ、話の張本人が何の前触れもなく姿を現す。柚子と同じ舞網市立第二中学校の制服、海のように深い青色の髪を後ろに流すツインテールでまとめ、一見すると冷淡そうな顔の少女――その姿を見るなりタツヤはまるで初手マイクラダストのコンボを初見で食らったデュエリストのようにぽかーんと口を開け、素良は龍姫の容姿と発言から彼女がタツヤの姉であると察した。

 そして柚子は彼女を見てハッと何かを思い出し、すぐに遊矢の方へと視線を向ける。すると遊矢は龍姫の姿を目で確認した瞬間、奇術師の早業の如くいつの間にか愛用のゴーグルを付け、さながらそれは表情を隠しているように見えた。

 

「な、何でお姉ちゃんここに!?」

「今日はお母さんが保護者会で迎えに来れない。だから私が代わりに来た」

「そ、そうなんだ…」

 

 まさか話の渦中である人物がこのタイミング――さながら圧倒的ピンチの状況で《RUM-七 皇 の 剣(ランクアップマジック ザ・セブンス・ワン)》を引くほどに適した時に姉がこの場に来るとは予想だにしなかった。どうせならチェーン2以降で特殊召喚した各種ガジェットのようにタイミングを逃す状況で来て欲しかったが、こうなってしまっては仕方ない。ここは姉が素良にデュエルを申し込まれない内にさっさと帰ろうとタツヤは考えるが――

 

「ふーん、君がそうなんだ……ねぇ、名前なんていうの?ボクは紫雲院素良」

「…橘田龍姫(きった たつき)

「龍姫かぁ――ねぇ龍姫、僕とデュエルしない?」

「構わない」

 

 ――そうは問屋が卸さない。タツヤの願いとは裏腹に話はトントン拍子に進みいつの間にか龍姫がデュエルの了承までしている。龍姫がデュエル好きであることは弟であるタツヤは当然わかっていたことだが、まさか間髪入れずに返事をするとは思わなかった。悲しきことにこれはデュエリストの性、デュエリスト同士が出会えばデュエルをすることは当然にして必然、何らおかしいことではないのだ。

 

「待ってくれ素良――橘田とデュエルしちゃダメだ」

「えっ?」

 

 しかし、そこに待ったの声が入る。声の主は先ほどゴーグルをかけて自らの表情を隠そうとした人物――遊矢だ。目元こそ見えないが彼はいつになく真剣な顔、それも公式戦をする前のようにその表情は引き締まっている。まるで親の仇を前にした時のように――だが、遊矢の隣に居た柚子は彼の頬にはうっすらと冷や汗が流れており、膝が小刻みに笑っていることがわかった。そしてその原因も幼い頃から遊矢と共に過ごした仲である柚子にしかわからない。

 

「どうしてさ遊矢? あっ、もしかして遊矢が先に龍姫とデュエルしたかった?」

「違うんだ――橘田は、そいつは…!」

 

 震える体を抑えつけるように遊矢は拳を硬く握り、ゴーグルの奥から龍姫を睨む。素良の問いに答えようと懸命に声を出そうとするが、彼女を前にした瞬間思うようにその口が動かない。それは心の奥底で何かに縛られているかのように――遊矢が今から言おうとしていることは彼自身の弱さを吐露することと同義であり、その弱さを自分のことを慕ってくれているタツヤの前で吐き出したくないという思いが自らの動きを抑制する。だがこの一瞬の内に今は人知れぬ所に居る父、榊遊勝の言葉を思い出す。

 『怖がって縮こまっていたら何もできない。勇気を持って前に出ろ』

 

(そうだ、いつまでも恐れてちゃいけない、勇気を持って――前へ…!)

 

 尊敬する父の言葉で遊矢は奮い立つ。その証明と言わんばかりにかけていたゴーグルを外し、ゴーグルの束縛から解放された目で龍姫の顔を真っ直ぐに見る。そしていつの間にか緊張感に包まれて沈黙を保っていたこの状況に一石を投じる形で遊矢は力強く口を開いた。

 

「そいつは――橘田は、デュエリストじゃなくてリアリストなんだっ!」

「それはいくら何でも失礼でしょ! この馬鹿遊矢ぁっ!!」

 

 しかし悲しきかな遊矢の発言は誰にも同意を得られず、幼馴染からのハリセン攻撃(ダイレクトアタック)をその身に受ける羽目になる。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「あー……つまり、遊矢はジュニア(小学生)時代に出た大会の1回戦でいつも龍姫と当たって、結局ジュニア時代はロクに勝つことができなかったと…」

「まぁ大体そんな感じね。ジュニアユース(中学生)になって大会や公式戦で橘田と当たることがなかったから最近は気にしてなかったんだけど…」

 

 とりあえず、という(てい)で一同は龍姫を応接室のソファーへ座るように促した。龍姫と遊矢の確執の経緯が柚子の口から説明されているが、本来なら遊矢の口から言うべきことだ。しかし遊矢いつの間にかは再びゴーグルを装着し、龍姫の方をチラチラと見ては怯えていた。

 

「だってさ…おかしいだろ。初めてデュエルした時に俺が先攻でヒッポを出したら、後攻でいきなり貫通持ち・攻撃力3400のドラゴンが空から襲って来て――次にデュエルした時は対策としてミラフォを入れたのに《王宮のお触れ》と『ホルスの黒炎竜』で魔法・罠を封殺するし…知ってるか素良?《ホルスの黒炎竜 LV8》ってアクション魔法も無効にするんだぜ……」

「知ってるよそれくらい。そういう時は効果モンスターで何とかするのがエンターテイナーでしょ?」

「《マテリアルドラゴン》が場に居て《禁じられた聖杯》が伏せられた状況でどうしろって言うんだよ! あの時の俺に魔法・罠を使わず、フィールドで発動しない非破壊効果の効果モンスター以外の方法があると思っているのか!? 俺はどう対処すれば良かったんだ! 答えろ! 答えてみろ素良!」

「ごめんそれは無理」

 

 遊矢が自身の心の闇(トラウマ)を告白するも、無情にも8文字で匙を投げられる。いくら素良とてそんな詰めデュエルのような状況に陥れば諦めざるを得ない、デュエリストと言えど時には素直に負け(サレンダー)を認めるのだ。

 

 その一方で当時の龍姫は大会やイベント等に積極的に参加しては優秀な成績を修め、それをLDSに認めさせることでDP(デュエルポイント)のボーナスをもらおうと必死だった。それ故に当時エンターテインメントの欠片もないデッキを使っていたので、龍姫の耳に今の言葉は痛い。内心で遊矢に相当嫌われていることにショックを受けるが、そこは得意のポーカーフェイスで悟られないようにしている。

 

「そ、それよりさっきタツヤ君から聞いたんだけど、橘田はタツヤ君にデュエルを教えているのよね? やっぱりLDSの講義のお陰なのかな?」

「…他の塾の講義がどういったものかわからないから返答に困る」

「あっ――そ、そうよね、ごめん…」

「別に謝らなくて良い」

 

 澱んだ空気を一変しようと柚子は何気なく龍姫に会話を振るが、龍姫が口下手なことも淡々とした言葉で会話は終了。一応中学1年の時に柚子は龍姫と同じクラスになり、何度か話す機会もあったので龍姫の性格はわかっていたハズだが、久しぶりということもあり龍姫が口下手なことを忘れていた。何とも言い難い状況になってしまい、この沈黙に包まれる場を誰か変えてくれないかと柚子が願った時――

 

「――よし、戸締り確認終了!ん?君は見ない顔だが――ハッ!まさか入塾希望者か!?」

「違います」

 

 ――救世主(修造)が現れる。状況を一変するという意味では最も適した人物であり、柚子はこの時に限っていつも以上に父の姿が頼もしくさえ見えた。

 

「じ、じゃあ君は一体――っ、その襟に着けているLDSのバッジは…」

「はい、私はLDSの――」

「また遊勝塾(ウチ)をLDSが乗っ取りに来たのか!? そうはさせんぞ! 遊勝塾にはペンデュラム召喚使いの榊遊矢がいる! 遊矢がいればそんなことは――」

「違うわよ!」

 

 やはり父は父だった、と柚子は本日2度目のハリセンを修造の後頭部にフルスイング。スパァンという渇いた音が響き、柚子は盛大なため息を吐いて先ほど父が頼もしいと感じた自分を殴りたくなる。

 

「もう…彼女は橘田龍姫。ほら、ジュニア時代によく遊矢と一回戦で当たってたあの子。で、橘田はタツヤ君のお姉さんで、お母さんの代わりに迎えに来たの」

「イテテ…それならそうと早く言ってくれれば」

「お父さんが話を聞かないんでしょ」

 

 ツン、と柚子は頬を少し膨らませてそっぽを向く。身内ならば修造のことは既に知られているので特に気にしないが、それを同じ学校の女子に見られるというのは思春期の中学生としては恥ずかしいと感じる。そしてそんな柚子を余所に素良がソファーから座ったまま身を乗り出して、フルスイングのハリセンを食らい床に前のめりに倒れている修造の方へ顔を出す。

 

「ねぇねぇ塾長ー、僕今から龍姫とデュエルしたいんだけど良いよね?」

「今からデュエル? だが、もうシステムの点検も終わって今日は――」

 

 ソリッドビジョンシステムの点検をたった今終えたばかり――それもあとは全員帰るものと思っていた修造にとってこれからデュエルするとは予想だにしなかった。また素良の発言から公式的なデュエルではないことを修造は察し、そのためだけにアクションフィールドを展開させることに困惑した表情を浮かべる。しかし素良はいつぞやの時のように頬をほんのりと朱に染め、両手で握るような形を作っては口元に持ってきて上目遣いで修造の元へと近付く。そして甘美な猫撫で声のトーンで修造の耳元でそっと囁いた。

 

「僕デュエルしたいなぁ――ねぇ塾長~、お・ね・が・い」

「さぁみんなデュエルフィールドに急げ! 今から素良と橘田のデュエルだ!」

 

 この(かん)わずか5秒。いつぞやの時と全く同じ方法で陥落した修造は嬉々とした表情で管制室へとスキップで向かい、素良は満足気な顔で龍姫にピースサインを送った。

 

「さ、許可は取ったから今からデュエルしようよ龍姫! 言っておくけど、僕は強――」

「待ってくれ素良――俺がデュエルする」

 

 そして素良が龍姫の手を引いていざデュエルフィールドへ向かおうとした時、龍姫の空いている方の手を遊矢が掴む。逆両手に花状態となって内心浮かれている龍姫を余所に、素良は訝しげに遊矢の方を見る。

 

「えぇ~、遊矢は龍姫とデュエルしたことがあるんでしょ? 僕はやったことないんだから、今回は譲ってくれても良いじゃん」

「いや、これは俺の問題なんだ――俺と橘田の公式戦での成績は5戦0勝5敗。あの時の俺は弱かった…けど、今の俺にはペンデュラムという力がある。もう橘田には負けたくない、橘田は俺にとっての壁なんだ」

「遊矢…」

 

 もう後ろ向きな遊矢ではない――柚子は彼の名前を呟きながら素直にそう思った。昔は相棒のヒッポを攻撃力3400の貫通持ちドラゴンに戦闘破壊されて泣き、魔法・罠・効果モンスターの効果を封殺されては泣き、一時はドラゴン族モンスターを見るだけでも泣いていたあの頃の遊矢の面影はない。ペンデュラム召喚を手に入れた自信か、はたまた先日の修造とのデュエルで考え方が変わったお陰か。どちらにせよ今の遊矢にネガティブな印象など一切感じられず、立ちはだかる強敵に挑もうとするデュエリストとしての気概が感じられる。

 

「橘田に勝てなきゃ、きっと俺は今後の公式戦でも勝てない。だから素良、今回は譲ってくれ――頼む」

「……そこまで言われちゃ仕方ないね。いいよ、僕はまた今度でも良いし。龍姫もそれで良い?」

「私はデュエルができればそれで良い」

 

 龍姫がそう言うや否や、素良と遊矢に掴まれていた手を強引に離して足を動かす。‘’早くデュエルがしたい’’、ただそれだけの感情で彼女は今この時を動いている。その毅然とした声色と立ち振る舞いには強者としての風格が感じられ、遊矢は自分の体が僅かに震えていることに気付いた。龍姫に勝てなければジュニアユース選手権はおろか、今後の公式戦でも勝ち進めることはできない――もう今までの自分ではない、今日ここで彼女に勝って過去の自分と決別し、未来へと進む。ゴーグルを外してぎゅっと拳を握りしめて震える体に闘志を燃やし、その想いを秘めた瞳で龍姫の方へと視線を移して彼女の後ろ姿をしっかりと見る。‘’今日こそは負けない’’――口にせずとも、遊矢の顔にはそう書かれていた。

 そしてそんな2人を見て、沈黙を守っていたタツヤが声をあげる――

 

「お姉ちゃん、そっちデュエルフィールドじゃなくてトイレだよ」

「間違えた」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 よかれと思ってノックしないで入ってみました! ――嘘です。心臓バクバクの緊張しまくりでノックを忘れていました、ごめんなさい。あまりにテンパり過ぎて挨拶も抜きにただ’’迎えに来た’’としか言わず、すいません。そして榊、私が入った途端にゴーグル装着って――わ、私とは目も合わせたくないと!?まるで遊星とブルーノの会話に混ざろうとして『口を挟まないでくれジャック!今は真面目な話をしているんだ!』と言われた気分だよ…。うぅ、そりゃ《バイス・ドラゴン》と《ストロング・ウィンド・ドラゴン》の鉄板アドバンス召喚による貫通+攻撃力3400であのカバちゃんを殴ったり、お触れホルス+マテドラ&聖杯の布陣はトラウマになるかもしれないけど、あの時の私はシンクロとエクシーズを手に入れるためにDP稼ぎに必死だっただけなの!だから許して下さい!何でもしますから!

 

 そんなくだらないことを考えていた時に水色の髪の女の子――あ、いや男の子(?)それとも男の娘(?)の紫雲院素良君が私に『おい、デュエルしろよ』とデュエルのお誘い。え、私部外者だけどデュエルして良いの!?イヤッッホォォオオオォゥ!今日はデュエルできないものと絶望していたけど、絶望の中に希望はあった!断わる理由のない私は早速デュエルを――って、ところで榊からストップが。え、何?やっぱり部外者はデュエルできないの?じゃあ外に出てスタンディングデュエルで満足するしか――って、誰がリアリストだ榊!私は先攻1killもしないし、坑道で自分を巻き込みながらダイナマイトを爆発させないし、町の中に爆弾を仕掛けないから断じてリアリストじゃない!そう反論しようと思ったところで柊のハリセンによる正真正銘のダイレクトアタックが榊に。

 出た!柊のハリセンツッコミだ!(学校でたまに見かける)

 

 そしてそのまま流れで応接室のソファーに座らされて事の経緯を説明。ジュニア時代に榊が私と1回戦で当たってはトラウマを植えつけられ、それが原因で私のことが苦手とのこと――ぜ、全盛期の甲虫装機に比べればマシだから…。そんなイジケる榊を余所に柊が場を和ませようと私に話題を振るけど、私はそれを淡々と返してしまう。ごめん、LDS以外の講義を受けたことないから講義に差があるかどうかは本当にわからないの。

 非力な私を許してくれ…。

 

 場の空気が(主に私の所為で)悪くなり、早くデュエルをしようと思っていたところで塾長さんが登場。最初は私が入塾希望者やLDSの刺客だとか塾長さんは色んな勘違いをしていたけど、柊のハリセンツッコミの第2打ァ!が炸裂して塾長さんは床に倒れる。大丈夫かなとちょっと心配したけど、特に何事もない辺りやっぱりデュエリストは体が資本だと実感した。そんな倒れ込んだ塾長さんの元に素良君が近付いてアクションデュエルの許可を取りにお願いする。うん、カワイイ。アレだね、初めて《デブリ・ドラゴン》を見た時と同じくらいの可愛さだったよ!

 

 無事に許可を取った素良君は私の手を取って一緒にデュエルフィールドへ。あらやだ可愛い。そう思っていた時、私の空いている方の手を榊が掴んで引き止める――え、何この逆両手に花状態。デュエルの世界でこんなことが起こるハズない……まさかドン・サウザンドの仕業!?

 ――なんてことはなく、ただ単に榊が私とデュエルをしたいから素良君と代わって欲しいとのこと。何でも今までの後ろ向きな自分と決別し、これからジュニアユース選手権のために立ちはだかる壁の私をデュエルで倒したいらしい――なるほど、榊もかっとビングに目覚めたんだね!かっとビングなら仕方ない、よし真のドラゴン使い(になる予定)の私が相手になろう。内心で意気揚々と私が歩を進めると、タツヤから『そっちトイレ』と言われて場所を間違える。ごめん、ここでデュエルしたことないから構造わからなかったんだ。

 まぁそんなことよりデュエルだよデュエル!しかも久々のアクションデュエル!ふふ、やっと私のドラゴンと触れ合える――どれ程この時を待ち望んでいたことか……昂ぶる、昂ぶるぞ…!全身中の血液が沸騰し、体内のアドレナリンがうんたらかんたら。

 さぁ勝負だ榊!良いデュエルにしよう!

 




デュエルは次話。
まさか4万字超えるとは思わなかったんです、許して下さい!
今週末には投稿しますから!――って、ベクターが言ってました。

P.S.
DDデッキ超楽しいです。
テムジン2体でトレミスを作ってバウンスするファンサービス
アレクサンダーとレオニダスでビッグ・アイ作ってNTRするファンサービス
CEO2体でジャイアント・キラー作って破壊とバーンを与えるファンサービス
……あれ、もしかして使い方間違ってる…?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。