「あれ、ここは……」
才人は目覚めて、見慣れない風景にすこし戸惑ってしまう。
「そうか、俺また使い魔になったんだな」
才人は昨日の事を思い出してみる。あの後、学院の教師や衛兵、そして生徒達にまで追い回された才人は、命がけの逃走を繰り広げてる事になった。
部屋に放置されたルイズを学院のメイドが見つけ、誤解が解けた時にはすでに夜になっており、疲れた才人は床に転がり込んで眠ってしまたのだ。
「ルイズは……」
才人はルイズを探してみると、ベットですやすやと寝ており、その姿は彼女の小柄な体格と相まって非常に可愛いらしい。おそらく自分が寝た後にやってきて寝たのだろう。
才人はしばらくルイズの姿を見ていたが、起さないいけない事に気づき、彼女を起す事にした。
「ルイズ、起きろ朝だぞ」
「ん、誰よ」
まだ寝ぼけているのか、目を擦りながらルイズはそう言った。
「平賀才人、昨日説明しただろ?」
「ああ、使い魔ね。忘れてたわ」
ルイズは起き上がると、才人に命令をする。
「服を持ってきて」
「自分でやれよ」
才人は呆れながらそう言うが……
「私の命令が聞けないなら帰る方法探さないけど、いいの?」
「う……」
才人は昨日の約束を思い出す、確か自分の帰る方法を探す変わりに、使い魔として言う事を聞く、と言ったものだったはずだ。
才人は、やっぱり使い魔にならなきゃ良かったな、などと早速後悔しながらもルイズの命令どうりに、服を取りに行った。
才人は服を持っていた後、さらに下着まで持って来い言われ、最後には着替えの手伝いまでさせられた。
その際に、「また縛ってやろうか」と軽く脅してみたが、「今、大声で叫んだら、どうなると思う?」の一言で返されてしまった。もしルイズの言った事をしたら、第二回トリステイン魔法学院命がけの鬼ごっこが始まるでやめてほしい。
才人は口では一生ルイズに勝てないだろうな、と思いながら着替え終えたルイズとともに部屋を出ると、ちょうど隣の部屋の扉が開いた。
「おはよう、ルイズ」
その扉から出てきた、燃えるような赤い髪をした少女がルイズを見てにやっと笑った後にそう言った。
ルイズは不機嫌な顔をしながらもそれに返す。
「おはよう、キュルケ」
キュルケと呼ばれた少女はルイズの近づき、耳元で呟く。
「ねぇ。自分の使い魔に襲われたって聞いたけど。それって本当?」
「そんな馬鹿な事あるわけないでしょ!」
ルイズは顔を真っ赤にさせて慌てて否定するが、キュルケはその慌て具合から答えを察したようだ。
「本当のようね。私は誰かさんと違って、召喚しても逃げられる事も、襲われる事もなかったのわよ」
「それで」
ルイズは忌々しげにキュルケを睨みつける。
「どうせ使い魔にするなら、こういうのいいって事よ。ねぇ~フレイム」
キュルケが勝ち誇った声で言うと扉から真っ赤で巨大なトカゲが現れた。そのトカゲの尻尾には炎が灯っている。
「サラマンダーか」
それを見た才人が呟く。
「ええそうよ。あなたの平民と違ってサラマンダーよ。しかも火竜山脈のね」
キュルケは得意げに胸を張ってみせる。それ対してルイズは顔を俯かせ肩をぷるぷると震わせていた。まるで噴火寸前の火山のようだ。
「ルイズ、落ち着けよ」
このままでは自分へばっちりを喰らいかねないと思った才人が宥めようとするが……
「あんたのせいでしょうが!」
「げぽらぁ」
まったくの逆効果で、ルイズは才人のみずおちに拳を決めた。
才人は腹を抱えて崩れ落ち、はひゅーはひゅーと深呼吸している。
「だ……大丈夫なの……えーと……」
「ひ、平賀才人だ……」
才人は呼吸を整えると、心配そうに自分を覗き込んでいるキュルケに自分の名を告げた。
「そう、私は微熱のキュルケって言うの。これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
キュルケの差し出して来た手を握り握手をする才人。
「それじゃあ。お先に失礼」
キュルケはそう言い残すとサラマンダーを連れて去っていった。
そして彼女達が見えなくなったところでルイズは拳を握り締めた。
「なんあのよあの女!自分がサラマンダーを召喚したからって!」
「ルイズ、早く行かないと遅れるんじゃないのか」
このままではまた殴られる思ったのか、才人は話題を変更しようとする。
「わかってるわよ!」
食堂に着いたルイズは才人に椅子を引かせて座った後、食堂にいる人達と一緒に祈りを捧げ、食事を取り始めた。
「なあルイズ」
そんな中、才人にはどうしても気になる事があった。それは祈りで「ささやか」言っていたがどう考えてもささやか食事じゃないとか、自分はなぜ床で食べなくてはならないんだとか、なぜ自分の食事がスープとパン切れなんだとか、正直どうでもよくなるようなくらいの大きな疑問だった。
「なによ」
ルイズが振り返り不機嫌な表情を向ける。
「なんで……俺の周りに誰もいないんだ……」
そう、才人を中心として半径5メートル以内には人が誰一人いなかった。どう考えても意図的に自分を避けているとしか考えられない。実際に女子生徒は自分と目が合うとすぐに逸らしてしまう。
「あんた、自分が何やったか忘れた訳?」
まったく理解できていない才人に、ルイズは冷徹でそれでいて怒気の含んだ言葉を投げかける。
しかし才人は一体なんの事なんだと言った顔をしており、それがルイズの怒りの火に油を注いだ。
「昨日の事よ!まさか私をナイフで脅して部屋に連れ込んで手足を縛った事を忘れたの!」
ルイズの怒鳴り声を聞いてやっと理解した才人。しかしその誤解は解けたはずだと思っていると……
「誤解なのはキスした事。それ以外は事実でしょ」
そうだった、良く考えてみればキスをした事以外でも立派な犯罪だ。
そして才人はある事に気づく、ルイズの怒鳴り声を聞いて噂が事実だとわかった生徒達がさらに自分から離れている事に、そして生徒から変態死すべしと言った冷たい視線を向けられている事に。
才人は両目から溢れ出そうとしている涙を堪えて、スープをスプーンで啜って飲み込んだ。
この日の才人のスープはしょっぱかったらしい。
魔法学院の教室は、大学の講義室を石で作ったようなものだったた。講義を行う先生が一番下の段におり、階段のように席が続いている。
ルイズと才人が中に入っていくと、先に教室にやってきた生徒達が一斉に振り向きくすくすと笑い始めた。
その中には先ほどのキュルケもいた。彼女の周りには男子が取り囲んでおりさながら女王のようだ。
教室をよく見ると、フクロウや蛇、鴉といった普通の生き物だけでなく、バジリスクやバグベアーなどの才人が元いた世界では架空の生き物もいた。
それを見た才人は、メイジの学校らしいな、などと考えていた。
「それで俺は何処に座ればいいんだ」
「ここはね、メイジの席。使い魔が座るところはないの」
ルイズは平然とそう言うと、才人はやっぱりかといった顔をする。食堂でも座らせてもらえなかった事を考えると当然だろう。彼女はあくまでも自分を使い魔扱いする気のようだ。
すると、教室に中年の女性が入ってきた。女性は紫色のローブに帽子を被っている。ふくよかな頬が、優しい雰囲気を漂わせている。
女性が教室を見渡すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔を見るのが楽しみなのですよ」
シュヴルーズはルイズの後ろに立つ才人を見ると大きく後ずさり、ルイズに声をかけた。
「ミス・ヴァリエール。その使い魔はもう人を襲ったりしませんよね」
良く見るとシュヴルーズの体を揺れていた、自分が襲われる事に恐怖しているようだ。
「大丈夫です。ミセス・シュヴルーズ、私がちゃんと調教しておきますので」
ルイズは満面の笑顔でそう答えた。
ちなみ才人は「あんな優しそうな人にも怖がられた、もうだめだ」などと言った事を教室の端に体育座りをしながら呟いていた。その後ろからは暗いオーラが出ている。
その後、ルイズをバカにした生徒をシュヴルーズが物理的に黙らせて、授業が始まった。
2年生初めての授業の事もあってかその授業は基礎的な事の復習だった。たとえば魔法の四大系統である『火』『水』『風』『土』聞いたり、『土』系統の重要さを説明したりだ。
その後、一通りの事を説明し終えると魔法の実習に入った。それは錬金の実習でシュヴルーズがお手本に石ころを真鍮に変えてみせた。そして誰かがやって見るといった事になり、ルイズが氏名された時、教室に不穏な空気が包みこんだ。
「先生……やめといたほうがいいと思いますけど……」
生徒の中の誰かがそう言った。ルイズを笑っていた時とは違いその顔は真面目だった。
「どうしてですか?」
「危険です」
他の生徒も同意見なのかうんうんと頷ている。
(危険?何が危険なんだ、錬金に危険な事はほとんどないはずなんだが)
才人は生徒が真面目な顔でそう言っている理由が分からず、困惑していた。
もしこれが『火』や『風』の魔法ならまだ理解できた。これらの系統なら失敗すれば火傷したり吹き飛ばされるかも知れない。
しかし今回は『土』の魔法の錬金だ。もし失敗しても何も起こらないだけで危険は何もない。
「やります!」
才人が考え込んでいる内に話が進んだようで、ルイズが先生のいる教壇の方に歩きだした。
生徒達は真っ青な顔をして慌てて机の下に潜り込んでいた。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に重い浮かべるのです」
ルイズはこくりと頷いた後、手に持った杖を振った。才人は何が危険なのか調べるため、石ころを凝視する。
ルイズはルーンを唱えた後、杖を振り下ろすと石ころは輝きだした。その綺麗な光に才人は見覚えがあった、たしかこの光はリアが魔法に失敗した時の……やばい!
生徒達が机の下に隠れた理由を理解した才人はそれに続こうとするが、時はすでに遅し、石ころは眩い光と共に爆発した。
才人は目を開けるとそこには、黒板に叩きつけられ気を失っているシュヴルーズや爆発に驚いて暴れだしている使い魔たちの姿が目に入った。一言で言い表せば地獄絵図といった状態だが、才人の心は別な所にあった。
(まさかルイズが『虚無』の担い手なんてな……)
才人は自分の左手に刻まれたルーンを眺める。
実は才人はルイズに隠している事が一つだけあった。それはルーンの事だ。
才人は逃げている途中にルーンが刻まれた痛みがあったのだが、その後、自分の体を調べてみても左手以外には何処にもルーンが刻まれてなかったのだ。ルイズには左手のルーンを見せて誤魔化しておいたが、先ほどの爆発で才人は納得した。
それは簡単な事で同じ役目の使い魔だったためリアのルーンとぴったり重なって現れたのであろう。
(なんでこんなにも伝説に縁があるんだろうなぁ)
才人はそう思いながら、生徒に責められて顔を真っ赤にしているルイズを宥める為、立ち上がった。