召喚
トリステイン魔法学院、現在そこでは毎年恒例の春の使い魔召喚が行なわれていた。
この使い魔召喚は二年生に上がるための昇進試験も兼ねており、学院の一年の生徒の全てが参加していた。試験と言っても簡単なもので、一、二回は失敗する者も何人かいたが、最終的には、全員が召喚に成功していた。……最後に残った一名を例外としてだが。
「……ミス・ヴァリエール」
「もう一回!もう一回でけお願いします!!」
その例外である少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、頭の上が寂しい中年の教師に必死に懇願していた。
「無理無理」
「時間の無駄だって」
「あのゼロのルイズに出来るはずがないだろう」
「何回失敗するんだよ、もう十回以上失敗してるんだぞ」
必死に懇願している少女に対する周りの生徒たちの態度は冷たかった。
罵倒している生徒達はすでの召喚を終えており、それぞれの近くには使い魔が居た。
そんな中、中年の教師は悩んでいた。これ以上ほかの生徒を待たせる事はできない。しかし目の前の彼女は努力家で毎日のように勉強に励んでいるのを知っていた。教師の個人的な心情としては昇進させてやりたかった。そして考えを纏めた教師は呟く。
「……わかりました。もう一回だけですよ」
「はい!」
ルイズは返事をした後、目を閉じて杖を握る手に力を込め構えた。
「時の彼方に在る我が使い魔よ!」
周りの生徒たちから失笑が漏れる。しかしルイズはそれに気にする事なく詠唱を続けた。
「神聖で、そして美しく強力な使い魔よ!どうか我が導きに答えよ!」
ルイズが杖を振り下ろした、次に瞬間、凄まじい爆音が周囲に響き渡った。
「やっぱりこうなったか!」
「げっほ!げっほ!」
爆音と爆風、そして煙が吹き荒れる中、煙の中心には何かの影が見えた。
「ルイズが成功させたのか?」
「いやちょと待て!」
その影を見た生徒たちはまさかあのゼロのルイズが成功させたのかと思う中、一人の生徒が徐々に晴れてきた煙の中の影を指差す。
煙が晴れそこにいたのは……
「に、人間じゃないか!?」
「ああ。それにあの格好は平民だね」
中心には、上に青と白のパーカーを着た、黒髪の青年が倒れていた。その顔は片手で隠しているためよく見えない。
それを見たルイズは目元をピクピクさせながら青年に尋ねた。
「……あんた誰?」
「あ?」
ルイズの言葉に反応した青年は顔を顔から片手を放す。そして周りをきょろきょろと見渡した後、困惑した顔をした。
「だから誰って聞いてるのよ!!」
「ひ、平賀才人だ」
自分の言葉を無視されて腹が立ったルイズが怒鳴り声をあげると、驚いた才人は咄嗟に答えた。
「変な格好してるけど、一体どこに平民なの?」
「平民ってここは日本じゃないのかよ!?」
平民と言う言葉に反応を示す才人、彼自身がその言葉の意味を知らないと言った訳ではない、ただ彼の行くはずだった場所には平民と言う言葉は現在一般的に使われてないのだ。
「ゼロのルイズ。『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうすんだよ?」
「そうだぞ、ゼロのルイズ!平民なんか何の役にも立たないだろう!」
生徒達はルイズに笑いながら言う。
「ちょ、ちょっと失敗しただけよ!」
生徒達にルイズは怒鳴っているが、才人はそれどころではなかった。
「サモン・サーヴァント」といった言葉には聞き覚えがあったが、それは地球にはない言葉だ。才人の脳裏にはある考えがよぎった。
(もしかしてまた召喚されて……)
その考えが事実だとしたら堪ったものではない。リアは自分が一番悲しいはずなのに、涙を堪え笑顔で送ってくれた。それなのに元の世界に帰れないとしたら報われない。そんな事を考えているとルイズが自分に近づいてきた事に気づく才人。
「あんた、感謝しなさよ。貴族にこんな事をされるなんて、普通は一生ないんだから」
ルイズは杖を振るって詠唱を始める。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」
このままではマズイと思った才人は……
「は?ちょっと何処に行くのよ!」
ルイズと自分の名前を言っていた少女から逃げることした。
「はぁ……どうやってここから出るかな……」
才人はルイズから逃げ出した後、学院内を逃げ回っていた。自分の事はすでに知れ渡っているらしく、衛兵と思われる人や学院の教師が自分の事を探している。見つかるのは時間の問題だろう。
「ここを出るには門を使うしかねぇんだが……」
逃げ回っている間に此処の建物の構造を才人はある程度は把握していた。本塔と思われる大きな塔を中心として周りに五つの塔が建っており、その五つの塔の間に城壁かと思えるような高い壁があった。魔法を使えない才人は門を使うしか脱出の方法はない。
そして才人が先ほど見たときは衛兵がいて、とてもではないが出ることができる雰囲気ではなかった。
「剣があればな……」
現在、才人が持っている武器といえるものは、リアからなにかあった時のために貰ったナイフが一本だけだ。元の世界にいたチンピラぐらいだったらこれで……いやこれを使わなくとも倒せる自身があったが、さすがに本格的な武装をした衛兵では心細い。
どうすっかな、と最初の考えに戻った才人に女性の甲高い声が聞こえてきた。
「はぁ……はぁ……やっと……見つけたわよ……」
声が聞こえた方向を向くと、そこにはルイズがいた。息切れを起しているところを見ると必死に探し回っていたことが感じ取れる。
それを見た後の才人の動きは早かった。左手でナイフを持つとルイズの後ろに回り込み、何も持っていない右手で口を塞ぎ、左手のナイフを首元に突きつける。
「ーーーーーっ!!」
ルイズは悲鳴をあげようとするが、口を塞がれているため、それは叶わない。
才人はルイズの耳元にで呟く。
「騒いだらどうなるか、わかるよな?」
そう言って左手に持ったナイフをちらつかせる。
ルイズはコックコックと首を頷かせる。
「取り合えず、人がいない場所まで案内してもらおうか」
「お前はルイズって言って、ここはトリステインの魔法学院でいいんだな」
「そうよ、それで合ってるわ」
才人とルイズは学園の寮のルイズの部屋にいた。そこに着いた才人はルイズの手足をナイフで切ったシーツで縛ってベットに寝せた後、状況確認をしていた。
「そんな事よりも私をこんな目に合わせて、ただで済むと思ってるんじゃないでしょうね?今すぐ縄を解きなさい」
ルイズは才人に睨み殺さんばかりの視線を当てる。
「ここから出してくれんなら、今すぐ解くんだけどな」
「はぁ?なんで私が使い魔を逃がさないといけないのよ」
「まだ『コントラクト・サーヴァント』をやってないだろ」
使い魔の召喚は『サモン・サーヴァント』と『コントラクト・サーヴァント』の二つの魔法を行なう必要がある。まず『サモン・サーヴァント』とで使い魔となる生き物を召喚した後、『コントラクト・サーヴァント』でルーンを刻み、それで初めて使い魔として認められる。
才人は『サモン・サーヴァント』で呼び出されただけで『コントラクト・サーヴァント』を行なってはいない、つまり才人は今現在はルイズの使い魔とはいえない状態にある。
ルイズもそのことは自覚しているのか、さっきまでの威勢は何処に行ったのか、黙りこんでしまう。
「それによく考えてみろ、俺が使い魔なんかで役に立つと思うのか?」
才人に問い掛けられたルイズは、使い魔の役目について思い出してみる。
一つ目は主人の耳と目になる事だが、平民を使い魔にした事例はなく、うまくいくかはわからない。
二つ目は秘薬などの原料を取ってくる事でが、この平民にそんな知識があるとは思わない。
最後にして、最も重要な事が、主人を守ると事だ。先ほどこの平民は一瞬で自分を捕まえたことから武術に心得があるのだろうが、所詮は平民、他のメイジなどから自分を守れるとはとても思えない。
そこまで考えたルイズは……
「無理ね」
そう言いきった。
「だろ。だから俺は諦めて……」
「無理よ。やろうとしたけど、『神聖な儀式に対する冒涜だ』って言われたもの。だいたいなんでここを出たいのよ」
そう言われた才人は顔を俯かせて、呟いた。
「ご主人様との約束したんだよ。元の世界に必ず帰るって」
「ご主人様って私じゃないの?」
才人の言っている意味が分からず、ルイズが首を傾げる。
「前のご主人様だよ」
「前の?詳しく話しなさい」
才人は自分の事をルイズに語り始めた。
自分はこの世界の住民ではなくて、違う世界の住民である事、自分をこの世界に呼び出したご主人様…リアと一緒に3年間旅をした事、そしてリアに別れを告げ元の世界に返ろうとした時にルイズに呼び出された事。
全てを語った才人に対してルイズは怪訝そうな目で見た。
「信じられないわね」
「信じてくれとしか言えないな」
「仮にその事が事実だとしても、あんたは元の世界に帰る方法はあるの?」
「それは……」
才人は言葉を詰まらせてしまう。
才人自身、此処から出た後の事をほとんど考えていなかったからだ。
そもそも元の世界に帰るためにはある魔法が必要不可欠で、その魔法を使える人は才人の知る限りではリアしかいない。
そのリアは何処にいるか分からず、ひょっとしたらすでに死んでいるかもしれない。
才人が黙って考え込んでいると、ルイズは答えを悟ったのか言葉をつむぐ。
「もし、あんたが使い魔になるってんなら、元の世界に帰る方法を探してあげてもいいけど。どうするの?」
「本当か!?」
思いがけない事に思わず声を上げる才人。
「本当よ。だだし使い魔として命令には従ってもらうわよ」
才人は少し考え込む、ここで彼女の使い魔になってしまえば、別れる際にリアと同じようなことになってしまうかも知れない、しかし帰るための手段にリアの魔法が使えない以上、別の手段を考えなくてはいけず、それを探してもらえるのはありがたい。
どっちがいいか才人は考え抜いたすえに……
「わかった、使い魔になるよ」
才人は使い魔になる事にした。
それを聞いたルイズはルーンを呟く。
「『コントラクト・サーヴァント』の方法は分かってるわよね?」
「ああ」
才人はベットに寝ているルイズの唇と自分の唇と重ね合わせた。
そして唇を離そうとしたその時……
扉が音を立てて勢い良く開かれた、そこには走って来たのだろうか息切れをして顔を俯かせた、メイド服を来た女性が居た。
「すいません、ミス・ヴァリエール!使い魔の事で……オール……ど……」
顔を上げて部屋の様子を見たメイドは目を点にして固まった。
才人は冷や汗を流しながら、自分自身に今の状況を問いかける事にした。
Q、女性の手足を縛ってキスをしている男がいます。あなたはどうしますか?
A、その男は犯罪者です。警察に連絡しましょう。
「あ…あのこれは……」
「きゃぁぁぁぁぁっ!!ミス・ヴァリエールが襲われています!!」
事情を説明するより早く、メイドは叫び声を上げてこの場から去ってしまった。
そしてすぐにその叫び声を聞いたのか、こちらに向かってくる人の足音が聞こえてくる。
「ご、誤解なんだぁぁぁぁっ!!」
才人は叫びながら、ナイフを握って窓から外に飛び出していった。
こうしてルイズに呼び出されてから二回目になる彼の逃走劇が始まった。