「サイト!!」
巨大な竜から船に降りた女性……リアは瞳に涙をにじませながら才人に駆け寄ると、そのまま抱き着いた。
才人はリアが抱き着いてきた衝撃に耐えきれずに後ろに倒れてしまう。
「夢じゃないよね!本物だよね!」
「夢じゃないって!本物だから退いてくれ!」
顔を赤くした才人がそう言うと、リアは「ご、ごめん!」と言ってすぐに才人から離れた。
ちなみに才人が顔を赤くした理由は、胸のあたりに柔らかい感触があったからだ。
才人の元から飛び退いたリアは急に巨大な竜の方に振り向くと「え、ダメだよ」や「人目につくし」などと小声で話し始める。
そしてしばらくの間、小声で話し続けた後に「もう、勝手にして……」とため息まじりに呟いた。
すると竜の周りに風が集まり、光輝いたと思うとそこには巨大な竜の姿はなく、才人と同じ黒髪を肩のあたりで切りそろえた少女がいた。
「フィア!!」
才人が黒髪の少女……フィアに声を掛けると、彼女は笑顔のまま才人の前に近づいていく、そしてリアと同じように抱き着いたのだが。
「痛った!!ちょ、絞め過ぎだ!」
ギィギィギィと何かが押しつぶされる音と共に、才人の顔が見る見るうちに青くなっていく。
それを心配そうリアが見つめる中、彼女は才人の耳元で呟く。
「何かワシにいう事があるのではないか?勝手に帰りおって、ワシがどれだけ心配したか……わかっておるのか?」
そういうフィアの瞳には少しばかりの涙が滲んできた。
その光景に才人は声を失ってしまう。フィアはどんな辛いことがあっても決して泣くことなかった。しかしその彼女が自分のせいで泣いているのだ。
「ごめん……」
才人がそう呟くと、涙を才人の胸元で拭いたあと、立ち上がる。
「ま、一番の原因はあやつじゃからの。これぐらいで許してやるか」
そういって笑顔を作ってリアを指さす。
指をさされたリアは苦笑していると、ある事に気が付いた。才人の周りにいた人達が凍り付いたかのようにポカーンと口を広げ固まっていたのだ。
まあ無理もない。船を襲ってきた相手がルイズの使い魔の知り合いかと思えば、巨大な竜が人の姿に変わったのだ。
誰よりも早く正気を取り戻したルイズは才人に詰め寄ると彼を追及する。
「な、なんなよこいつら。なんか親しいみたいだけど説明してくれるのよね」
才人は頬を掻きながらフィアの方に指をさすと彼女の紹介を始める。
「えっと、こっちの黒髪の方がフィアって言って……その……韻竜だ」
フィアと紹介された少女は得意げに胸を張っているがルイズ達はそれどころではなかった。
韻竜とは高度な知能を持つ竜のことだが、今となっては、その存在すら疑われている伝説の生き物だ。その韻竜が目の前に……初めに起こった衝撃からようやく元に戻ろうとしていた彼らのは再び凍り付いてしまう。
しかし才人はそれを知ってか知らずか再び爆弾を投下する。
「それでこっちの白髪の方がリア。昔の俺のご主人様だ」
「よろしくね」と笑顔でリアが手を振る中、彼らは時が止まったかのように微動だもしない。
そして次の瞬間……
『ご主人様!?!?』
その場にいたもの全員の絶叫がアルビオンの大空に木霊した。
「つまり、彼女が私より先にあんたを呼び出した人で、そこのフィアってのは旅の途中で合流した仲間ってわけ」
「ああ、だいたいは合ってるよ」
その後、再び正気を取り戻したルイズに追及された才人は、答えられない所をぼかしながら、彼女の質問に答えていた。
ひと通り質問が終わった後、船の端の方に待機していたリアがルイズと才人の元に近寄ってきた。
「サイト、その娘はだれなの?随分親しいみたいだけど?」
すると才人は彼女の紹介をする。
「ルイズ・フランソワーズ。新しい俺のご主人様だよ」
それを聞いたリアは笑顔のままルイズへと足を歩める。思わずルイズは身構えてしまう。
「へ~、サイトの新しいご主人様ね~。私の事はサイトから聞いたみたいだけど、まあ、ご主人様同士仲良くやろうね」
そういって手を差し出す彼女に、ルイズは「よろしく」と緊張気味に返しながら握手をする。
すると彼女はルイズの顔をルイズの耳元で呟く。
「サイトなんか変な事やってない?もしなんかあったり言ってね。私が懲らしめるから」
「おい、なんもやってねよ。失礼なこと言うなよな」
小さく呟いたつもりだったが、才人には聞こえていたようで抗議の声を上がるが。フィアからの「女子風呂覗きの実行犯がどの口をほざいてるのじゃ」との援護射撃によって口籠もってしまうが、暫くして反論を始め、彼女たちと軽い口論にまで発展する。
いつもルイズなら才人が女子風呂覗きをやったことがあると聞いただけで烈火の如く怒りだすだう。しかし今の彼女にはそんなことは頭の片隅にもなかった。
口論しながらも才人が笑っていたのだ。それも今までルイズが見たことがない心の奥底から嬉しそうな笑顔で。
自分見たことない才人の顔をすぐに作れてしまう……きっと自分よりも信頼されているのだろう。そう思いいたった瞬間、ルイズの心を喪失感が襲う、ゼロと呼ばれ何もなかった自分が手に入れた使い魔……しかしそれすらも自分の元を離れて彼女の元に行くかもしれない。そうなったら自分は……
ルイズがそんな事を考えて思い詰めてると、彼女の顔を見たリアが何か思うところがあったのだろうか、ルイズのそばに行くと彼女を背中から押して才人の目の前に持っていく。
「ほら、新しいご主人様もなんかいってやりなよ。サイト、昔は結構、女性関連で事件を起こしまくってたんだよ」
「ちょ、リア!!」
ルイズは才人の顔を見ると、彼女達に向けていた顔と全く同じ顔を自分に向けていた。
ルイズはその事実にほっと一安心すると同時に胸の奥底から怒りが湧き出してきた。
「へぇ~、私と会う前にはそんなことをやってたのね。これは教育が必要かしら?」
「ル、ルイズ!?」
そういってムチを取り出し、顔を青くする才人に一歩一歩と近づいていくルイズだが、そのムチが才人に振り下ろされる前に声が投げかけられた。
「会話をさえぎるようですまないが、君達は一体なんの用でこの船に来たのかね」
四人が声のしたほうに振り向くと、そこにはようやく思考停止状態から抜け出したウェールズがいた。
「えっとね。聞きたい情報があったんだけど、街だと騒ぎになると厄介でしょ。でも船上なら人も少ないし、いざとなれば……ね」
そういってフィアのことを横目で見るリア。
さすがにこの場に配慮してかその先を明言することはなかったが、おそらく彼女の力で船を落とせばいいと言いたいのだろう。
あれだけ巨大な竜だ、ブレスを使わずとも体当たりされただけで船は木っ端みじんになるだろう。
「聞かなくてもいいのか?」
「別に大丈夫だよ。急ぎの用でもないしね。後で別の船で同じようにして聞くよ」
ウェールズは別の船を不憫に思ってか苦笑いをしている。
「それで君たちはどうするんだね。このまま船に乗っていくのか?」
「私としてはそうしたいけど、大丈夫かな?」
一度この船を脅したこともあってか、リアは少し気まずそうだのだが、ウェールズは間をおかずに「構わないさ」と答えた。
才人達の旅の同行が決まったリアは現在船の橋で空を眺めていた。
先ほどまでは、ルイズを交えながらも他愛もない話をしていたのだが、急にルイズが倒れてしまったのだ。長旅の疲れが今になって押し寄せてきたらしい。そのため才人がフィアを付き添ってルイズを寝室まで運びに行ってしまったのだ。
同乗を許可されたとはいえ、脅した相手であるリアに自ら話しかける乗員もいるはずもなく、何もすることがない彼女は空を眺めていたのだ。
すると後ろから声がかけられた。
「やあ、君がルイズの使い魔の前のご主人様なのか?」
「あなただれ?」
後ろを振り向くと髪と髭を伸ばした一人の男性がその場に立っていた。
彼女の答えを聞いた男性は「これは失礼」と一礼する。
「私はトリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルドというものだ」
「サイトから紹介があったけどリアだよ。よろしくね。えっと、それでなんのようかな?」
「いや、ルイズと同じあの『ガンダールヴ』を呼び出した思うと少し気になったんだ」
『ガンダールヴ』その言葉を聞いたリアは少し驚愕しながらも答える。
「私は親が犯罪を犯して家が断絶した、ただの野良メイジだよ。伝説の使い魔を呼び出せたのは運が良かっただけ」
「本当にそうと言い切れるのかね。例えば君が気付いていないだけで……」
「何やってるんだ?」
ワルドが後ろを振り向くとそこには才人とフィアの二人が不審にこちらを見ていた。
ワルドは一礼をするとその場から立ち去ってしまった。
「一体なんの話をしてたんだ?」
「サイトが伝説の使い魔だってこと。人前で言いふらしたの?あなたが人に自分から伝えると思えないけど」
「自分からは言ってはねぇよ。なんか調べられたみたいでさ、一応ほかの知ってる人には口止めしてるんだぞ」
「なんにせよいけ好かない奴じゃな。ああいったのは何を考えているのか、わからんから怖い」
フィアがワルドの事を酷評していると、後ろから足音が聞こえてきた。またかと思いながらリアがそちらを振り向くとそこには青髪の少女……タバサがそこに立っていた。
才人はタバサの姿を見た瞬間、彼女とした約束を思い出す。おそらく解毒剤の作成を依頼ににきたのだろう。
「リア、彼女……タバサって言うんだが、お前にお願いがあるみたいなんだ」
「お願い?」
リアが可愛らしく首を傾げるとタバサはコクッと頷く。
「解毒剤を作ってほしい」
「解毒剤ってサイトが持ってる水の秘薬の?」
リアの答えにタバサが再び頷いた。
「まぁ、別にいいけど」とリアが言おうとした時だった、横からそれを遮る者がいた。
「ちょっと待て、その秘薬はここらでは滅多に流通しない物のはずじゃぞ」
その人物とはフィアだった。彼女はタバサのことを睨み付けながら話を続ける。
「もし、あの薬が手に入るのは、それはかなり大きな権力を持った奴……国王のような権力者じゃ。そんな薬の解毒剤がほしいとなれば、ただ事ではなかろう」
フィアの言葉には、言外にそんな厄介ごとをに巻き込むつもりかと言う意味が込められていた。
それを理解したのかタバサは黙り込んでしまう。
「フィア、そんな事言わないで……」
「お主は黙っておれ!お主らがお人好し過ぎるせいで、どれだけ危険な目に会ってきたのか忘れたのか!」
才人もリアのフィアの言っていることが事実だけに何も反論することができない。
フィアはタバサの元へ近づいていく。
「一体なんの用があって解毒剤が必要なんじゃ。いわぬのなら…………」
フィアはタバサを胸倉を掴み問い詰めようとするが、彼女は途中で言葉を失ってしまう。
理由は簡単でタバサが泣いていたからだ。後ろでは才人とリアが非難の目を向けている。
「ちょ、なにも泣くことはないじゃろ!お、お主等もそのような目をするな!」
流石に泣くのは予想外であったのか、フィアが慌て、「ワシが悪かった」や、「説明さえすればいいのじゃ」などとあやしていると、後ろから才人がやってくる。
「言いにくいこともあるんだろ。今じゃなくてもいいからさ、渡す前に説明してくれないかな?」
才人は同意を求めてリアとフィアに視線を向けると、リアは笑顔で承諾、フィアの方はタバサが泣いたことが少し応えたのか、少し反省した様子で首を振った。
それを見たタバサはコクッと頷いて答えた。
その後、才人たちを乗せた王党派の軍艦『イーグル』号は、雲で身を隠すように海岸線を進んでいた。リア達の襲撃から四時間くらいたった頃だろうか、大陸から突き出した岬に立派な拵えの城……ニューカッスル城が見えてきた。
しかし、船はまっすぐ城へと向かわずにその下に潜り込もうとしている。
「なんで城にまっすぐむかわないのよ?」
「私に聞かれても分かる訳ないじゃない」
二時間ほどの仮眠をとって、ある程度疲れが癒えたルイズに隣に立って外を眺めていたキュルケが疑問をぶつける。
「それは、あの船のせいだよ」
後ろから聞こえてきた声に二人そろって振り向くと、そこにはある場所を指でさしたウェールズが立っていた。
彼の指の先にはこの船の二倍はあろうか、巨大な船が飛んでいた。先ほどの韻竜のせいでそれほど大きな衝撃を受けなかったが、それでも二人は船を呆然と見つめている。
「両舷合わせて百八門。おまけに竜騎士を積んでいる。我々の船じゃ相手にならないんでね、大陸の下にある秘密の港を使っているのだよ」
その後、大陸の下に潜り込んだ『イーグル』号はちょうど城の下にある穴の中に入り込んでいくと、巨大な鍾乳洞があった。そこには桟橋が備え付けられており、ウェールズのいう秘密の港はどうやら此処のようだ。
桟橋に接岸した『イーグル』号からタラップをつたって降りていくと、一人の背の高い老人が立っていた。
その老人のメイジ……パリーはウェールズと楽しげに会話を始めたのだ。しかしその内容にその場にいた王党派以外の者たちは自らの耳を一度疑うことになった。
なぜなら、戦に勝てることを喜んでいるのではなくて負けることを喜んでいたからだ。
するとパリーがウェールズの後ろに控える見知らない顔に気付いたらしく、ウェールズに質問を投げかける。
「して、その方たちは?」
「トリステインからの大使と客人だ。重要な要件で王国から参られたのだ」
パリーはほんの一瞬、怪訝そうな顔をしたが、すぐに顔を綻ばせていった。
「これはこれは大使と客人殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、パリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。たいしたもてなしは出来ませぬが、今夜はささやかな祝宴が催されます。是非とも出席くださいませ」