裏口からルイズたちが出た事を確かめると、才人はテーブルの影から出てゆっくりと立ち上がった。
「悪いがこの人数じゃ手加減できそうにないから……死んでも怨むなよ」
才人がそういった瞬間、傭兵達は嫌なものを感じ思わず後ろに一歩下がってしまった。目の前の男が出す殺気に耐える事が出来なかったからだ。
しかし相手は一人、しかも杖を持っていない事からメイジではない。自分達がこんなガキに負けるはずがないと自らに言い聞かせ、傭兵達は矢を一斉に放った。しかしその矢は平民に届くことなく剣で全て叩き落とされた。
「いくぞ」
才人は左手に剣を持って突っ込んで来た。傭兵達は剣や槍を持った者が前方で構えた。周りを囲んで倒そうとしたのだ。しかしそれはうまくいかなかった。
才人は前方の傭兵達を飛び越えると、弓を構えた傭兵達のところに行った。そしてルーンを赤く輝かせると、弓兵達は身体は一瞬で吹き飛ばされた。それを見ていた傭兵たちは一瞬何が起こったか理解する事が出来なかった。なぜならあの平民が剣を振ったところが見えなかったからだ。
傭兵達が実の知れぬ恐怖か固まっていると、その中の一人が飛び出して、才人に向かって槍で突き刺そうとする。しかし才人はそれを身体を軽く動かしてかわすと、何も持っていない右手で槍を掴み、槍を引いて傭兵を引き寄せ剣の柄で腹を殴った。殴られた傭兵は体をくの字に曲げると倒れてしまう。
「こないなら。コッチからいくぞ」
才人はそう言うと、剣を左手に構え、右手に槍を持ったまま、傭兵達に突っ込んで来た。才人は傭兵達を槍と剣を使って、次々に倒していく。しかし数は圧倒的に傭兵の方が上だ。
それを理解している傭兵達は、数をいかして才人の周りをとり囲む。そして武器を一斉に振り下ろした。これでおしまいだと確信したが、才人は槍を地面に刺して棒高跳びの要領で、上に上がる事で回避する。そして槍から手を離して下りると剣を持ってすばやく辺りの傭兵を吹き飛ばす。
「後は……十人ってところか」
才人は床に刺さった槍をすばやく引き抜いて構えるとそう言った。
才人にそういわれた傭兵達は慌てて周りを確認した。最初は六十人いた傭兵は今はたた十人にまで減っていたのだ。
こいつは化け物だ。ここに居たら殺される。そう思った傭兵達は一目散に逃げ出して行った。
「さてと、玄関で待っているお客さんの相手にでもいきますかね」
才人はそう呟いて、玄関の方に向かって行った。
巨大ゴーレムの肩の上でフーケは舌打ちをした。今しがた、突撃した傭兵達が慌てて逃げてきたのだ。
「ったく。やっぱり金で動く連中は使えないね。戦力の分散すら出来なかったじゃないか」
「しかたない。ダメだったら作戦を変えるだけさ。俺はここに残って使い魔の相手をしよう。君は……」
「あのヴァリエールの娘を捕まえればいいんだろ」
フーケは立ち上がると、ゴーレムを飛び降りて、ルイズたちの方に向かっていた。
そして、しばらくすると、宿の玄関から、剣と槍を持った才人が現れた。
「君はここで死んでもらうよ。『ガンダールヴ』」
才人が仮面の男と対峙している頃、ルイズたちは桟橋へ走っていた。
「あれが『浅橋』?」
キュルケのそう言いながら息をのんだ。
彼女の目の前には山ほどの大きさがあろうか、巨大な樹が無数のを四方八方に伸ばしていたからだ。その樹は相当の高さで、夜空に隠れててっぺんが見えなかった。
そして、目を凝らしてみると、枝には大きな何かがぶら下がっていた。よく見るとそれは船だった。
「そうよ。あれがラ・ロシェーロの浅橋よ」
ルイズが誇らしげにそういった。
キュルケたちが木で出来た階段を目指して歩いていると目の前に巨大なゴーレムが現れた。
「見つけたわよ」
その肩にはフーケが乗っていた。
「あちゃあ。あのおばさんいるの忘れてたわ」
キュルケがそう呟くとフーケがぴくっと反応した。
「おばさんですって?私はまだ二十三よッ!」
そう怒鳴ったフーケはキュルケに目掛けてゴーレムの拳を振り下ろすが、ワルドの『風』の魔法でゴーレムの片腕を切り飛ばされてしまう。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます」
タバサはその間になにかひらめいたのか、ギーシュに耳打ちをしていた。
ギーシュは杖を振るうと大量の花びらが現れ、タバサがそれを魔法で飛ばし、ゴーレムに花びらをまぶした。
「なによ。花びらで飾っても……」
「錬金」
フーケが言い終わる前にギーシュが『錬金』で花びらを油に変えた。
そこにきてフーケは顔を青くする。このままではマズイ、しかし行動を起そうとしたときにはすでに遅かった。
「キュルケ」
「わかってるわよ」
キュルケは『炎球』を唱え、油まみれのゴーレムにぶつけた。
キュルケの炎はゴーレムの油に引火、瞬く間にゴーレムは炎に包まれた。
「やったの?」
「ああ、しかしフーケには逃げられたみたいだね」
ゴーレムの焼け焦げた後にはフーケらしきものは見当たらず、あたりを見渡してもそれらしき人物は見つからなかった。
「追いかけますか?」
ギーシュがワルドに尋ねると、ワルドは首を横に振った。
「僕たちの任務はフーケを捕まえることではない。残念だが、このまま桟橋に向かおう」
そういって階段を上がっていくワルドにルイズたちは続いていった。
一方の才人は仮面の男と膠着状態にあった。
仮面の男は常に才人と距離を取って風系統の魔法で攻撃をすると、才人はそれをかわして、リーチが長い槍で攻撃しようとするが仮面の男はすぐに離れて呪文を唱える。先ほどからこれに繰り返しだった。
(このままじゃ埒があかねぇ……すこし本気を出すか……)
才人としては、出来るだけ相手に自らの底を見せたくなかったため、手を抜いて戦っているのだが、このままでは勝負が付かないと思った才人はルーンを今以上に輝かせ多少本気を出そうとした時だった。
突如、仮面の男はこちらに背を向けて細い路地に入っていてしまった。
「逃げる気か!待ちやがれ!」
才人は急いでその後を追い細い路地に入ると、そこには正面に杖を構えた仮面男が立っていた。才人は己の失態に気づいた。
このような細い路地では魔法を外す事が出来ない。仮面の男はこれを狙って細い路地に入りこんだのだろう。
「ライトニング・クラウド!」
男がそう言うと杖から稲妻が出て、才人に……正確には才人の持った剣に直撃した。そして、あたりには轟音が響き粉塵が吹き荒れた。それを見て仮面の男は自分の勝ちを確信した。あの魔法を喰らって生きている者はいないと。
しかしその予想は簡単に覆された。吹き荒れる粉塵の中から槍が仮面の男の頭目掛けて飛んできたのだ。
仮面の男は杖を使ってそれを弾き落とすが、次の瞬間、顎に強い衝撃を感じ、倒れ込んでしまう。そして仮面の男が理解する前に何者かのナイフが首に突き刺さった。首を切られた仮面の男は風のように消え去ってしまった。
「はぁ……はぁ……やっぱり……最大出力はきついな……」
仮面の男の首にナイフを突き刺した人物……才人はそう言うと地べたに寝転がった。
才人は『ライトニング・クラウド』が直撃する前にルーンを赤く輝かせ、稲妻が剣に直撃する寸前に手を離し避雷針代わりにしたのだ。その後は、仮面の男の頭目掛けて槍を投げ、視線を上に向けて、自分は低い姿勢で近づくと、仮面の男の顎を殴り飛ばし、倒れたところをナイフで刺したのだ。
しかし、咄嗟に赤く輝かせたため全力でルーンを使ってしまい。物凄い脱力感が才人を襲ってきたのだ。
才人は仰向けに倒れたまま、目を自分に剣の残骸に向けた。仮面の男の魔法に耐え切れなかった剣は粉々になっていた。
「これ……後でルイズに怒られねぇよな」
さすがにこれは許してほしいな、と思いながら、自分の役目を終えた才人は疲労からくる眠気に身を任せ眠りについた。
場所を戻してルイズたちはが駆け上がった階段の先は、一本の枝が伸びていた。その枝の沿って一掃の船が停泊していた。
ルイズたちが乗っている枝と船をを結ぶタラップを使って、ワルドが船に乗ると、甲板で寝込んでいた船員が起き上がった。
「なんでぇ?おめぇら」
「魔法衛士隊隊長のワルドと言う者だ船長に呼んで来てほしい」
魔法衛士隊と聞いた瞬間、男は立ち上がるとすぐさま船長室へと向かっていた。
ただの貴族でさえ逆らえないのにエリートの魔法衛士隊の隊長に逆らったとあればただ事ではすまない。
唯の船員である自分には判断できない事のため船長に聞きに言ったのだ。
すると数秒ほどで老人を連れてきた。
「一体なんの御用でしょうか?」
「今すぐアルビオンに出港してもらいた」
ワルドが用件を言うと船長は「無理だ」と叫ぶ。
この船にはアルビオンとの距離が最短の時にあわせた風石しか積んでいないそうだ。
しかしワイドはそれを自らの魔法で補い、さらに膨大な運賃を払うと言う。それで納得した船長は船員に命令を出して出港の準備を始めた。
そして準備が終わり風石の力で船が宙に浮かびだす。
「アルビオンにはいつ着く?」
「明日の昼過ぎくらいです」
ルイズは舷側から徐々に遠くなっていく街を眺めていた。きっと才人は今も自分達のために時間稼ぎをしているはずだ。
「ダーリンの事が心配なの?」
急に掛けられた声に驚いてルイズは後ろ振り向くとそこにはキュルケがいた。
「ダーリンは強いわ。あの土くれのフーケを一人で倒したじゃない」
ルイズは頷く。
確かに才人は強かった。戦い方を間違えたといえ、魔法衛士隊の隊長であるワルドを圧倒したのだ。
でも今回は大勢の敵のたった一人で挑んだのだ。やっぱり心配になってくる。
「自分の使い魔の事を信じなさい。ダーリンはあなたの使い魔なんでしょ。あなたが信じないで誰が信じるのよ」
ルイズはそれでも不安そうにゆっくりと頷いた。
ラ・ロシェーロの夜が明け、日に光が指し込み始めた時、路地の地べたで眠っていた、才人は眠りからやっと目を覚めた。
「良く寝たな……」
才人は立ち上がると、剣の代わりにと、敵から奪った槍を持とうとした時、腕に痛みが走った。
「痛ぇ!」
才人は何事かとパーカを捲って自分の腕を確認すると、腕が真っ赤に腫れていた。恐らく昨日の仮面の男の『ライトニング・クラウド』の所為だろう。あの強力な魔法は剣を避雷針がわりに使っても完全にはかわしきれなかったらしい。
才人は死ななかっただけましか、と思い。懐にしまっていた水の秘薬を患部に塗りつけると、槍を背負って街中に出て行った。
「さてと、今から船を使って追いかけて追いつくことは……無理だな」
才人はそろそろ来ないかなと思っているとちょうど良く羽を羽ばたかせる音が聞こえてきた。
才人は上を向くとシルフィードが飛んでおり、シルフィードは地面に降り立った。
タバサに別れる際に彼女にお願いしていたのだ
「わりぃな」
才人はシルフィードの背に跳びのると、シルフィードは飛び立った。そして街から離れたところで才人はシルフィードに話しかけた。
「女性を待たせるなんてサイトは失礼なのね」
「?今来たんじゃないのか?」
「昨日の夜からシルフィはずっと待ってたのね」
それは失礼な事をしたなと思った才人が頭を下げるとシルフィードは快く許してくれた。
「今からルイズたちの船を追いかけられるか?」
「まかせてなのね」
その後、才人は久しぶりに話せて嬉しかったのか、次々と言葉を放っていくシルフィードに付き合いながら、アルビオンを目指して飛んでいった。
「アルビオンが見えたぞ!」
鐘楼の上に立った船員の叫び声でルイズたちは目を覚ました。
キュルケが寝ぼけた目をこすりながら、船室から外に出ると、目の前に現れた光景の言葉を失ってしまった。
そのには雲の切れ間から黒々とした大陸が覗いていた。大陸はるか視界の先にまで続いていた。大地には川が流れ、そこからあふれた水か空に降り注ぎ、大陸の地面を白い霧となって覆っていた。
「……これが白の国」
「驚いた?」
声がした方向を向くとルイズがいた。
「ええ、驚いたわ。本では何回も見た事あるけど、やっぱり実物は違うわね」
そう言ってキュルケが感動していると、タバサがキュルケの裾を掴んだ。
キュルケが振り向くと、タバサは指をさいて言った。
「船」
その方向には船が浮いていた。それはルイズたちが乗っていた船よりも一回り大きかった。そして船の
舷側には多くの大砲が突き出していた。
「ねぇ、ルイズ。あれはどう見ても商船じゃないわよね」
キュルケがルイズに確認を取る意味で問い掛けるとルイズは頷いた。
すると、鐘楼に立った船員が大声を上げた。
「右舷上方の雲中より、船が接近しています」
「……貴族派の船じゃなければいいのだけど」
ルイズはそう呟いた。
一方で、後甲板で、ワルドと並んで指揮を取っていた船長は青ざめていた。
内乱に乗じて空賊の活動が活発になったというのは聞いてはいたがまさか自分達が襲われるとは思ってもいなかった。
すぐに船から離れようと船員に命令を下すが、相手の船はすでに併走しており、船の針路に目掛けて砲弾を放ってきた。
するとすぐに空賊は旗流信号を上げる。
「停船命令です、船長」
船長は悩んでしまう。この船に武装はないわけではないがたった三門だ。あの船を相手どれば瞬く間に沈められるだろう。
船長はワルドに助けを求めようとするが
「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」
ワルドは落ち着いた声でそう言った。船長は落胆すると共に命令をする。
「裏帆を打て。停船だ」
「空賊だ!抵抗するな!」
黒船から、メガホンを持った男が大声で怒鳴った。
「空賊ですって?」
「最悪ね」
ルイズとキュルケがそう言っていると、黒船から、弓やフリント・ロック銃をもった男達が並んで、こちらに構えていた。
鉤のついたロープが放たれ、ルイズたちの乗った船の船縁に引っかかる。そして手に斧や曲刀を持った屈強な男達がそのロープを伝ってやってきた。
キュルケは杖を構えようとしたが、タバサにとめられたしまう。
「やめたほうがいい」
「まぁ、そうなるわよね」
前甲板に繋ぎ止められたワルドにグリフォンが、空賊たちに驚いてギャンギャン騒ぎたした。するとグリフォンの頭が青白い雲で覆われると、グリフォンは甲板に倒れ、寝息を立て始めた。
「な、なんの騒ぎだい!?」
すると、先ほどまで寝ていたギーシュが船の上に現れた。
「空賊」
タバサがギーシュに短く説明していると、甲板に一人の空賊が現れた。
その賊は真っ黒になったシャツの胸をはだけ、そこから赤銅色に日焼けした肌を覗かせている。ぼさぼさの真っ黒な髪を赤い布で纏め、無精ひげが顔面に生えていた。
「船長はどこでぇ」
あらっぱい仕草と言葉ずかいで、辺りを見渡すと、奥の方から船長とワルドがやって来た。
「わたしだが」
船長は精一杯に威厳を保とうとしたが、その声は震えていた。
頭は船長に近づくと頭を抜いた曲刀でぴたぴたと叩いた。
「船の名前と、積荷は?」
「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」
空賊たちからため息が漏れた。頭の男はにやっと笑いと、船長の帽子を取り上げていった。
「船ごと全部買った。料金はてめぇらの命だ」
船長が屈辱で震えていると、頭は甲板に佇むルイズたちに近寄ってきた。
「おや、貴族の客まで乗せているのか?てめぇら。こいつらも運びな。身代金がたんまりもらえるだろうぜ」