ラ・ロシェーロで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることになった一行は、一階の酒場でくつろいでいた。そこに桟橋の交渉に出かけたワルドとルイズ、そして賊の後処理を行なっていた才人とキュルケとタバサが同時に到着した。
「ちょうどいいところに来たね。船は明後日にならないと出ないそうだ」
「急ぎの任務なのに」
ルイズは口を尖らせて言ったが、ギーシュは安堵の息をついていた。
彼はすでに半日近く馬に乗って疲れているのだ無理もないだろう。
「あたしはアルビオンに行ったことないからわなんないけど、どうして明日は船が出ないの?」
キュルケの方を向いて、ワルドが答えた。
「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌日の朝、アルビオンが最も、ラ・ロシェールに近づく」
確かにそれは無理だなと才人は思った。
「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋を取った」
ワルドはそう言って鍵束を机の上に置いた。
「キュルケとタバサは相部屋だ。そして、ギーシュとサイトが相部屋」
才人は疲れて果てているギーシュを見つめた。するとすでに机の上に伏せて寝ていた。
「僕とルイズは同室だ」
才人がぎょっとしてワルドを見つめた。まさか任務中ににゅんにゃんするわけではないだろうなと思った。
「さすがにそんな事はしないよ」
才人の心を読んだワルドが苦笑しながらそういった。
「ちょっと大事な話を二人でしたいんだ」
その後、才人は眠っていたギーシュを起さないように気をつけながら部屋に運ぶハメになった。
「ここは、どこだ?」
才人が目を開けるとそこにはどこまで続く草原が広がっていた。
才人は記憶を思い返す、確かギーシュを部屋に運んでから何もすることがなくてすぐに寝てしまったのだ。
一体自分はどこにきたのだろうと思っていると後ろから声がかけられた。
「サイト?どうしたの。気分が悪いの?」
その人物を目に入れた瞬間、才人は驚愕のあまり動きを止めてしまう。
そこには前の自分のご主人様であるリアがいたのだ。彼女をこちらを心配そうに見つめている。
「り、リア!?どうしてお前がここにいるいんだ?」
「ど、どうしてって?先からここに居たじゃない」
彼女は首を不思議そうに傾げた。
「で、でも俺は……」
「家族の夢でもみたの?やぱり……ここに残ったこと後悔してるの」
ここに残った?おかしい、才人は彼女と離れる選択をして地球に帰ろうとしたはずだ。
なら……今までのは夢だったのだろうか?夢にしては現実味がありすぎた。
才人が考え込んでいるとリアの悲しそうな顔が視界に入った。
それを見た才人は思う。今はそんなことはどうでもいいと。今は彼女を悲しませないようにするのが先決だ。
そこまで考えた才人は起き上がり、彼女を見つめる。
「なんでもないよ。ちょっとおかしな夢を見てただけさ」
「そうなの?ならいいけど」
彼女は納得していなさそうな顔だったが追求は止めてくれた。
「それじゃ、みんな待ってるし早く行こっか」
「ああ」
リアから差し出された手を才人は握り締めた。
「リア……」
うっすらと目を開けるとそこにはリアの姿はなく、木製の天井が目に入っていた。
またこの夢だ。リアと別れからしばらくてってからだろうか才人の夢は全て同じ夢……才人があの日、『ワールド・ドア』に入らなかった世界の夢しか見ていない。
才人は頭を振って、そんな世界などありえないと言い聞かせ起き上がる。
隣のベットを見ると、そこにはギーシュが寝ていた。昨日の馬車はよほど疲れたのかぐっすりしている。
才人は身だしなみを整え外に出ようとすると扉がノックされた。
その扉を開けて見ると、そこには羽帽子を被ったワルドが立っていた。
「おはよう。使い魔君」
「おはようございます。でも、出発は明日の朝でしたよね?こんな朝早くに来てどうしたんですか?」
才人がそう言うと、ワルドがにっこりと笑った。
「君は伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」
「え?」
才人はワルドを見つめた。自分がガンダールヴだって事はオスマンとコルベールしかしらなかったはずだ。
「……その、あれだ。フーケの一件で、僕は君に興味を抱いたのだ。さきほどグリフォンの上で、ルイズに聞いたが、君は異世界からやってきたそうじゃないか。おまけに伝説の使い魔『ガンダールヴ』だそうだね」
才人はワルドを睨みつける。誰が『ガンダールヴ』の事を言ったのかわからなかった。ルイズには異世界から来たことは伝えたが『ガンダールヴ』である事は伝えていなかったはずだ。
「そんなに、睨まないでくれ。フーケを尋問したとき、君に興味を抱いて、王立図書館で君の事を調べたのさ。その結果、『ガンダールヴ』にたどり着いた」
才人は釈然としなかったものの、しぶしぶ納得した。
「あの『土くれ』を捕まえた腕がどのくらいのものだが、知りたいんだ。ちょっと手合わせ願いたい」
「別にいいですけど、何処でやるんですか?」
才人はちょうどいいと思った。魔法衛士隊の隊長なら腕は立っただろうし、いい対戦相手だ。それに彼の実力を少し調べておきたかった。
「この宿は昔、アルビオンからの侵攻にそなえるための砦だったんだよ。中庭に練兵場があるんだ」
才人とワルドはかつて貴族たちが集まり、陛下の閲兵を受けたという錬兵場で、向かい合っていた。
錬兵場は今ではただの物置になっており、そこら辺に樽や空き箱が積まれていた。
「昔……といったも君にはわからんだろうが、このフィリップ三世の治下のは、ここはよく貴族が決闘したものさ」
「それで?」
「古き時代、王はまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と、誇りにかけて僕たち貴族は魔法を唱えあった、でも実際はくだらない事で杖を抜きあったものさ。そう、例えば女の取り合ったりね」
才人は半分聞き流して、剣を抜こうとしたが、ワルドに止められた。
「立会いには、介添え人がいなくてはね」
「今から呼びにいくんですか?」
「安心したまえ。もう、呼んである」
ワルドがそう言うと、物影からルイズが現れた。ルイズは二人を見るとはっとした顔になった。
「ワルドが来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」
「彼の実力を試したくなってね。介添え人を頼めるかい」
「馬鹿なこと言わないで!今は、そんな事をしている時じゃないでしょう!」
「そうだね。でも、貴族という奴はやっかいでね。強いか弱いか、それが気になるもう、どうしようもなくなるのさ」
ルイズは才人を見つめる。
「悪いが、俺も同意見だ」
それを聞いたルイズは大きなため息をついた。
「では、介添え人も来たことだし、始めるか」
「行きますよ?」
才人は剣を引き抜くと、ワルドに飛び込んで、切り掛かった。
ワルドは杖で才人の剣を受け止める。才人はさらに追撃するが全て杖で受け止めれてしまった。
ワルドは今度は自分の番だとばかりに杖を用いた突きを放つが才人は剣を切り上げてそれを払った。
「近接戦もできるんですね……」
「魔法衛士隊のメイジは、ただ魔法も唱えるわけじゃないんだ。詠唱さえ、戦いに特化されている。杖を構える仕草、突きを出す動作……、杖を剣のような扱いつつ詠唱を完成させる。軍人の基本中の基本さ」
ワルドが剣を杖でいなしながらそう言うと、才人は笑みを浮かべていった。
「そんな余裕があるといいですね?」
次の瞬間、才人の剣を振るう速さが段違いに変わった。ワルドは最初の頃は何とか相手にしていたが、徐々に才人の剣を防ぎきる事が出来なくなって行き、ワルドの着ている服が剣で切られてボロボロになっていく。
魔法を唱えようのもそんな余裕はなく、もし唱えようものなら、目の前の使い魔に両断されるだろう。
「いいんですか?魔法を唱えなくて」
「ぐぅ!剣ではまったく敵わないが……所詮は平民!」
ワルドは後ろに大きく飛び去り、魔法を唱え始めた。
才人はそれをさせんと近づいてくるがもう遅い。呪文を完成させたワルドは魔法を放った。
才人に身体が見えない風のハンマーが吹き飛ばす事は……なかった。
才人は見えないはずの風のハンマーをしゃがんで回避したのだ。才人はそのままワルドに近づき、ワルドの首元に剣を突きつけた。
「俺の勝ちでいいですよね?」
「ああ、僕の負けだ」
戦いが終わった見計らってルイズが二人に近づいて来た。
「あんた……そんなに強かったの」
「まさか。そこの隊長さんが戦い方を間違っただけだよ」
才人はそい言うと手を振って、宿に戻っていった。
そしてその日の夜……。才人は一人でベランダから街の様子を眺めていた。
下では、ギーシュ達が盛り上がっていたが、なにが起こるかわからないため、才人はタバサと交代して二階で見張りをしていたのである。
すると後ろに人の気配を感じた、交代の時間はまだのはずだっと思った才人が後ろを振り向くとそこにはルイズが立っていた。
「サイト……ワルドの戦い方を間違ったって事について教えてくれる」
それを聞いた才人は少し考え込んんだ後、口を開いた。
「……『ガンダールヴ』について知っているか?」
才人がそう言うとルイズは頷いた後、才人に指をさした。
「あんたの事でしょう。ワルドが言っていたわ」
(あの野郎……よけいな事を教えやがって……)
ルイズを『虚無』に目覚めさせたくない才人からしてみれば、ルイズは自分が伝説の使い魔だとしるのは面白くない。しかし『虚無』に目覚めるために必要な物はあと一つ足りないから大丈夫だろうと、ルイズの質問にはまったく関係のないこの話題は一旦、心の奥にしまっておく事にした。
「それなら、言うが『ガンダールヴ』は主人を守る事に特化した使い魔だ。ルーンは使い魔にあらゆる武器を使いこなす効果を与える」
「それがどうしたのよ?」
「つまり剣を持った時は、剣を達人になっているんだ。使い魔が素人ならまだしも、ちゃんした剣士が使い魔だった際に近接戦を挑むなんて自殺行為だ」
ルイズはやっと才人の言いたい事が理解できたのか、はっとした顔になった。
「それなのに、ワルドは俺に近接戦を仕掛けてきた。その結果、ワルドは魔法をろくに唱える事が出来ずに俺に負けた」
そう、才人はワルドが近接戦を仕掛けてきたから勝ったと言ってもいい。タバサと訓練した時のように、自分から一定の距離を取りながら魔法で攻撃されたら、正直な話勝てる自信がなかった。
「だからあんたは、戦い方を間違えたって言ったのね。でも……」
しかしルイズはまだ何か言いたそうだ。
「他に質問があるのか?」
「ワルドの魔法はどうやってかわしたの?ギトーのときもそうだけど『風』の魔法は基本的にかわせないのよ」
すると才人は自らの目を指さした。
「どんな奴でもな。攻撃するときにはその場所に目を向けるものなんだ。『ガンダールヴ』の力は腕力だけじゃなく、五感も強化する……だからはっきりと目の向いている方向が分かるんだ」
つまりこの使い魔は相手の視線だけで『風』の魔法をかわしたと言いたいのだろう。
言うだけなら簡単なのかも知れない、でもそれを実践しよとしたらどれだけの鍛錬が必要になるのだろう。きっと前のご主人様の元で必死に訓練したのだろう。
前の……それが彼女の心にひっかかった。なぜ自分が最初ではなかったのだろう。もし自分の前に前のご主人様が居たら彼は自分を置いて行ってしまうのだろうか?
才人は思い悩むルイズの心を知らずに街を見ると、傭兵と思われる完全武装した一団が自分達の宿に入っていくのが見えた。
「ルイズ!下に敵が来たって伝えてくれ!」
「へ?ちょっとあんたどうしたのよ!」
「いいから早く!」
ルイズがしぶしぶ従って下に降りていくのを確認した後、才人はバルコニーから飛び降りようとするが、その前に巨大なゴーレムが出来上がってしまった。
そのゴーレムを見ると、肩に誰かが乗っていた。
「フーケ!」
才人は怒鳴ると、肩に乗った人物が嬉しそうな声で言った。
「感激だわ。覚えてくれたのね」
「お前、牢屋に入ってたんじゃあ……」
才人は剣を抜きながら言った。
「親切な人がいてね。私みたいな美人はもっと世の中のために役に立たなくてはいけないと言って、出してくれたのよ」
フーケがの隣には白い仮面を被った男がいた。
才人は二人を眺めてみる。あの傭兵が言っていた事と特徴が一致している。街の前で待ち伏せさせたのは彼らで間違いないだろう。
「素敵なバカンスの、お礼をやるよ」
「そんなお礼は必要ないって」
フーケのゴーレムが拳を振り下ろそうする中、才人は『ガンダールヴ』の力を使って、すばやく一階に下りていった。
下りた一階も、修羅場とかしていた。ルイズが到着すると同時に現れた傭兵の一団がワルドたちに襲ってきたらしい。
ギーシュ、キュルケ、タバサにワルドがテーブを盾にして応戦しているが、数も多く、傭兵たちが戦いなれているのもあって苦戦しているようだった。
才人はテーブルを盾にしている、キュルケたちの下に姿勢を低く保ちながら駆け寄った。
「悪い、宿に入る前に片付けようと思ったんだが、邪魔された」
才人がタバサの耳元で小さく呟くと、タバサは「別にいい」と短く言った。
「参ったね。この前の奴等はただの物取りではなかったみたいだね」
ワルドがそう言うとキュルケが目を丸くして才人を見ると、才人はウィンクをした。
恐らく話をあわせろといった意味なのだろう。キュルケは取り合えず才人の指示に従う事にした。
「そうみたいね。それにあいつら戦なれをしてるわ」
ワルドが頷いた。
「恐らく、魔力切れの所を見計らって、一斉に突撃してくるだろう」
「ならば、僕のゴーレムで防いでやる」
ギーシュはそう言って立ち上がると、呪文を唱え始めたが、ワルドがギーシュの裾を掴んで止めた。
「いいか諸君」
ワルドが低い声で言うと、才人たちは黙ってそれを聞いた。
「このような任務は、半数が目的地にたどり着けば、成功とされる」
するとタバサが、自分とキュルケ、ギーシュを杖でさして「囮」と呟いた。
それからワルドとルイズと才人を指して「桟橋へ」と呟いた。
「時間は?」
ワルドがタバサに尋ねた。
「今すぐ」
タバサはすぐにワルドに返した。
「聞いてのとうりだ。裏口に回るぞ」
「え?え?ええ!」
ルイズはわけが分からず驚きの声を上げた。
「今からここで……」
「ちょっと待ってくれ!」
ワルドの言葉を遮って才人が声を上げた。
その場にいる全員が才人に顔を見た。
「囮は俺一人で十分だ。皆は桟橋に行ってくれ」
「ちょっとあんた!何言ってるのよ!」
才人の提案を聞いたルイズが怒鳴り声を上げた。他のメンバーも信じられないといった顔をしている。
「あいつらは傭兵だ。だったら俺の方がいい。それに桟橋に向かう人は多いに越した事はないだろう」
「大丈夫なのかね?」
ワルドは才人の顔をまっすぐ見つめて言った。
「大丈夫ですよ」
ワルドはそれを聞くと頷いてくれたが、ルイズやギーシュは心配そうな顔をしている。
「そんな縁起の悪い顔すんなって、別に死ぬわけじゃないんだぞ」
ルイズたちは頷いて、宿の裏口に向かおうとした時、才人はタバサの耳元で他の誰にも聞こえないように小さく呟いた。それを聞いたタバサは目を見開いた。
「頼めるか?」
タバサはコクっと首を縦に振った。
その後、ルイズ達に続いて、姿勢を低くしてし裏口に向かっていった。
「さてと、俺も自分の仕事をやりますかね」