女を乗せたと思われる馬車の列が魔法学院の正門をくぐると、整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。
その光景はきちんと訓練された軍隊のようであり、後になってニュイに聞いたところ、こういった訓練は一年の初めの時に徹底的にされるらしい。
正門の先にある本塔の前に立つのは、当然の事ながら学院長のオスマンであった。
馬車が止まると両端の馬車から降りた召使たちが駆け寄り、本塔の間の王女様が乗っていると思われる中央の馬車を赤い絨毯でつなぎ始めた。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなーーーーりーーーーーッ!」
そして馬車の扉を開けて現れたのは、美しい女性……ではなく、頬の痩せこけた老人だった。
彼はマザリーニ枢機卿と言い、今のトリステインの内政と外交を取り仕切る、重要人物である。
しかし、綺麗な女性を見れると思っていた生徒の落胆は激しく、表情ならまだしも声を上げて非難する者までいた。
マザリーニはそれを気にせず、馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取った。
王女の顔が見えたとたん歓声が生徒達から上がった。王女はにっこりと笑みを浮かべ、手を振った。
「あれがトリステインの女王?ふん、あたしの方が美人じゃないの」
キュルケがつまらなさそうに呟く。
「ねぇ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」
ルイズの隣に立っている才人にキュルケは尋ねた。
「ど、どっちも綺麗だとおもうぜ」
才人は苦笑しながらそう答えた。その顔はわずかだが青くなっていた。
なぜそんな事になっているかと言うと、キュルケが尋ねた質問は才人に取って……詳しくは才人に好意を抱いている女性に対して地雷だったためである。
昔、同じ内容を質問された時、自分の心のままに巨乳の女性を誉めた時、才人は地獄を見た。あれは自分の人生の中でも二番目に入る、恐ろしい思い出だった。(ちなみに温泉での件は記憶に残ってないので除外されている)
気分を変えるため、隣のルイズを見ると、ルイズは真面目な顔をして女王を見つめていた。
そして王女を見つめていたルイズの顔がはっとした顔になった。そして顔を赤く染めていった。
その表情の変化に気になった才人はルイズの視線の先を見ると、見事の羽帽子を被った貴族の姿があった。その服装は周りの衛士より上等な物を着ており、上官の様な偉い立場にいることが感じ取れた。
他の人は?と思った才人はキュルケに振り返ると、キュルケはルイズと同じように顔を赤く染めて見つめていた。
才人はそれを見てキュルケの標的が自分からあの貴族に代わった事に関する、安心感と共になぜか納得できないといった心も感じた。
それにしても、姿だけで女を二人も落とすとはたいしたものである。あの男はからは女性を呼び寄せるフェロモンでも発しているのだないだろうか?才人がそんなアホな事を真剣に考えていると、何時も通りに本を読むタバサが目に入った。
「お前は相変わらずだな」
才人はタバサにそう言うと同時に安心した。
自分の知っている人が次々と変わっていただけに、何時もどうりの姿を見て安心したのだ。
一方のタバサはその声が聞こえたのかキュルケとルイズの方を見て、才人に振り返って言った。
「三日天下?」
「まぁ……そうだな」
その後、少しだけ哀れに思ったのかタバサがよしよしと頭を撫でてくれた。
その優しさが才人にはとても嬉しかった。
そしてその日の夜……
才人は藁束の上に座りこんで、不信な挙動を繰り替えるルイズを見ていた。
立ち上がったと思ったら、再びベットに腰をかけて、枕を抱いてぼんやりとしている。昼間あの貴族を見てからずっとこの調子である。
「おーい、大丈夫か?」
さっきから何度も声を掛けているがまったく反応がない。
「しっかりしろー」
目の前で手を振ってみたが反応がない。
それから才人は頭を軽く叩いてみたり、スカートを持ち上げてみたり、ブラウスのボタンを三つほど外してみたりしたがまったく反応がなかった。
「はぁ……こりゃダメだな」
これだけやっても反応がないのならば、無理だと考えた才人は剣を持って扉の前に立った。
「ちょっと、素振りしてくるからな」
才人は今のルイズに言っても意味がない事を理解しながらも、一応声がけをして後、ルイズの部屋を出た言った。
ちなみにこのあと、部屋を訪ねてきた人物がルイズのあられもない姿に驚いて、ルイズが恥ずかしい思いをしたのは完全に余談である。
才人は暗く中庭で一人、剣の素振りしていた。
際ほどまでは自作した木刀を使って素振りをしていたが、今は実戦の練習も兼ねて真剣を使っていた。
そんな中、才人は何者かの足音が聞こえた。その足音は徐々に近づいてきた。
「誰だ?」
才人が音のした方向に剣を向ける。すでに授業が終わっているのだ。こんな時間に出歩く生徒などいるはずもない。
まさか姫様を狙ってきた暗殺者か、と思い立った才人は音のする方に突っ込もうとすると、人影が見える位置にまできた。
その人影はタバサだった。
「どうしたんだ?こんな時間にここに来ても何もないぞ」
タバサはないも言わずに杖を取り出した。
すると才人にそれを向ける。
「手伝う」
才人はタバサの言葉を一瞬理解できなかったが、状況を考えると、自分の訓練相手をしてくれると言ったところであろう。
非常にありがたい話だがいいのだろうか?
「いいのか?今すぐには借りを返せないぞ」
「かまわない。剣士相手の練習ができる」
要するに自分の訓練にもなるから問題ないと言いたいのであろう。
「それじゃ……行くぞ、タバサ」
「……ん」
「いい経験になったな……」
訓練を終えた才人は、女子寮の廊下を歩いていた。
結果としては、タバサとの訓練は互いに本気ではなかったとはいえ、相手に対して致命的な一撃を与える事が出来ず、引き分けで終わった。でも才人には言い経験になったといえるだろう。
才人は前の旅では武器の性能を存分に使った戦い方をしていた。しかし今はそんな頼れる武器は手元にない。つまり戦い方の変更が早急に必要だったのだ。
それに対してタバサはいい相手だと言えた。正直彼女の戦闘能力は学生の値を超えており、一流の戦士と比べても遜色ないほどだった。
才人はその戦闘能力に疑問を感じたが手伝ってもらっているのに、それを考えるのは野暮だろうと思い一旦は置いておく事にした。
「そろそろルイズの部屋か……」
ルイズの部屋が見える所まで来た才人は声を失ってしまった。
なぜならルイズに部屋の前に鍵穴から、中の様子を覗き見ようとしている変態がいたからだ。
才人はその変態に見覚えがあった。確か自分と決闘したギーシュとか言う奴だ。
なんでこんな事ことにと思ったが、才人はまずはこの変態をボコってからだなと思い、とりあえず左手にナイフを持って、ガンダールヴの力を乗せた拳を変態の後頭部に打ち付けた。
「おーいルイズ。それに……お姫様!?」
才人は変態を一方的に叩きのめした後、その残骸を片手に引きずってルイズの部屋に入ると、ルイズ以外の女性が立っていた。
その女性をよく見ると姫様だと気づいた才人は驚愕の声を上げる。
「ルイズ。こちらの方は?」
アンリエッタがいきなり友人の部屋に現れた人物が誰かなのか分からず、首を傾げながらそういった。
「あれは……私の使い魔です」
「使い魔?」
アンリエッタは才人を興味深そうにまじまじと見つめる。
「人を使い魔にするなんて……ルイズ・フランソワーズ、あなたって昔から変わった所があったけど、相変わらずね」
「好きでしたんじゃありません。でも……困っているときには頼りになる使い魔なんです」
ルイズはそう言うと、才人が引きずっている変態の成れの果てに目が行った。
「あんた……ゴミは外に捨ててきなさい」
「いや、ゴミを外の捨てたらだめだろ。ちゃんと処理をしなきゃ」
そ、それはゴミでなく人なのでは、と平然とゴミ扱いする二人にアンリエッタは言おうとしたが次の才人に一言にその気は失せてしまった。
「しかもこのゴミ。お前の部屋を覗いてたんだぞ。たぶんお姫様がと何をしてるか探ってたんだろうな」
「サイト、私が許可するわ。そのゴミカスを殺しなさい」
冷静でそれで怒りの困った口調で淡々と告げるルイズ。
サイトは剣を抜くとゴミに一刺にしようとするが、生ゴミはすばやく起き上がると、アンリエッタの前に駆け寄って懇願するかの様に行った。
「姫殿下!その困難な任務このギーシュ・ド・グラモンにどうかお任せできないでしょうか」
「は?」
才人はゴミを足で蹴り飛ばそうと、片足を上げた状態で固まってしまった。
(困難な任務?なに言ってんだ……)
困惑している才人を他所にアンリエッタは思い出したように言った。
「グラモン?あの、グラモン元帥の?」
「息子でございます。姫殿下」
ギーシュは礼儀正しく……ボロボロのため服装はあれだが一礼をアンリエッタにする。
「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」
「任務の一員にくわえてくださるなら、これ以上の幸せはありません。このギーシュたとえ炎の海の中でも任務を達成してみせる事をお誓いたしましょう」
『も』その言葉に才人は疑問を感じた。この部屋には自分以外に三人しかいない。つまりルイズもなにかしらの依頼を受けたという事だろう。
才人がそんな事を考えてる中、アンリエッタは微笑んで言った。
「ありがとう。お父様も立派な男にようですが、あなたにもその血は受け継がれているようですね。お願いしますギーシュさん。」
「姫殿下が僕の名前を呼んでくださった!姫殿下が!トリステインの可憐な花が、この僕に微笑んでくださった!」
ギーシュは感激のあまり、後ろにのけぞって失神したが、すぐに頭の強烈な痛みと共に意識を取り戻した。
何事かと後ろを見てみると、拳を握った才人がいい笑顔で立っていた。
「なに勝手に気絶してんだ。お前の刑の執行は終わってないぞ」
「き、君は貴族の僕に手を出して、ぶ、無事ですむと思っているのかね」
ギーシュが震えた声でそういった。
才人はギーシュの考えにも一理あると思った。確かにギーシュのやった事は犯罪だが、たかが平民が刑を執行できるはずもない。しばらく悩んだ後、才人は思いついた、つまり自分が手を出さなければいいのだ。
「ギーシュ。そうだな、確かに俺がお前に手を出すのはマズイ」
「そ、そうだろう。だから……」
ギーシュが言葉を発してる途中に才人は笑顔のままギーシュの肩を叩いた。
「だから、俺は『僕は女子寮に忍び込んで部屋を覗きました』って書いた紙をぶら下げて、玄関に放置しようと思うのだが、どう思う?」
ギーシュは頭から血の気が失せいくのを感じた。
それはマズイ。やったら死んでしまう、肉体的にも社会的にも。
ただでさえ最近はメイドに八つ当たりした件で女性の目が厳しいのだ。ギーシュはルイズの必死に許しをこいた。
「はぁ……しょうがないわね。サイト、こいつを殺さなくていいわ」
涙を流しながら自分に絡み付いてくるギーシュがめんどくさかったのかルイズはそういった。
しかし許したわけではなく。
「ただし学院長には説明しましょう」
自らも覗きをやっているオスマンが公平な判決を下せるかは心配だが、それが妥当と判断した才人は剣を鞘に収めた。
「姫様?どうかなさいましたか?」
先ほどから黙っているのが気になったルイズは、アンリエッタの方を振り向くと、アンリエッタは手に持った手紙を見つめていた。
「な、なんでもありません」
アンリエッタは顔を赤くした後、ルイズに手紙を手渡した。
ルイズはそれを受け取ると懐にしまう。
「これをウェールズ皇太子へ、彼はアルビオンのニューカッスル付近に陣を取っていると聞きます。アルビオンの貴族たちがこの事を知ったらありとあらゆる手で妨害してくるでしょう」
「はい。このルイズ・フランソワーズにお任せください」
ルイズはそう言って優雅に一礼した。
それからアンリエッタは右手の薬指から、大きな青い石がはめられた指輪を外した。
才人はそれを見てぎょっとした。その指輪には見覚えがあったからだ。
(リアの奴、ちゃんと返してたんだな……)
その指輪はある事情で必要になり、リアとフィアと一緒に王家から盗みだした事のある指輪だった。
しかもその少し前にアニメで有名な怪盗三姉妹の話をしてしまったがために女装するハメになった。
盗み自体は正面から衛兵を吹き飛ばしながら侵入すると言う、それ怪盗と呼べるのか?といったものだったが。
「母君から頂いた『水のルビー』です。せめてものお守りです。金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」
アンリエッタから『水のルビー』を受け取ったルイズは頭を深々とさげた。
「この任務はトリステインの未来が掛かっています。母君の指輪が、アルビオンの吹く猛き風から、あなた方を守りますよう私は祈っています」