二章が終わるまでは毎日更新したいと思います。
秘密の小船
ルイズは夢を見ていた。
それは昔の、自分がトリステイン魔法学院に入学するずっと前の頃の夢だった。
夢の中の幼いルイズは屋敷の中で追っ手から逃げていた。ルイズは中庭の植え込みの影に隠れ、追っ手をやり過ごす。
「ルイズ、ルイズ、何処に行ったの?ルイズ!まだお説教は終わっていませんよ!」
それは自分の母の声であった。
ルイズは、デキのいい姉たちと魔法の成績を比べられて、よく叱られていたのであった。
植え込みの中を伝って移動していると、何処からか声が聞こえて来た。良く見ると自分の家の使用人の声だった。
「ルイズお嬢様は難儀だねぇ」
「まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに……」
「この歳になっても、魔法が使えないなんてメイジじゃないんでしょうか?」
努力はしてきたつもりだった。睡眠時間を削って必死に勉強した。実際に座学なら同じ年頃の二人を超えていた。
でも魔法だけは、魔法だけは使えるようにならなかった。どんなにがんばっても全て爆発してしまう。
最初の2~3回は厳しい母親も微笑ましく見守ってくれた。でもそれが何十回も同じだと分かると、母親はルイズがふざけていると勘違いし怒り始めたのだ。
ルイズは悔しかった、自分の努力が認められない事に、どんな釈明しても信じてもらえない事に……ルイズは事実から目を背けるようにその場から逃げ出した。
そして自分が『秘密の場所』と呼んでいる、ルイズ自身が唯一安心できる場所に向かった。
ルイズが向かった先は中庭の池であった。あまり人目につかないその場所に着いたルイズは小さなボートに乗り込むと、あらかじめ用意していた毛布に潜りこんだ。
そして先ほどに言葉を思い出す「メイジじゃない」……その言葉はルイズの心をえぐった。
この国トリステインではメイジでなければ貴族になる事は出来ない。なら自分は貴族と名乗る事は出来るのだろうか……確かに親は貴族だが魔法を使えない自分は親がの存在がいなければ貴族と名の事は出来ないだろう。
貴族ではない自分は他に何があるのか考えてみる。自分の家や格式は高いし、お金もある。でもそれはヴァリエールとしての力で自分自身の力ではない。他には……
ルイズは必死に考えてみたが、まったく思い浮かぶ事はなかった。そして彼女は理解した自分には何もないという事を……
ルイズの心を暗い何かが満たしかけたとき、マントを羽織った立派な貴族が現れた。
「泣いているのかい?僕のルイズ」
聞き覚えのある声だった。
最近、近所の領地を相続した、子爵だった。
ルイズは彼の声を聞いた瞬間から心が明るいなにかで満たされて行くのを感じた。
「子爵さま、いらしていたの?」
ルイズは慌てて顔を隠した。
自分のみっともない姿を彼に晒したくなかったからだ。
「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あのお話の事でね」
「まあ!」
ルイズは頬を赤く染めて、俯いた。
「いけない人ですわ。子爵様は……」
「ルイズ。僕の小さなルイズ。君は僕ことが嫌いかい?」
おどけた口調で子爵が言うと、ルイズは首を振った。
「いえ、そんな事はありませんわ。でも……私、まだ小さいし、よく分かりませんわ」
ルイズははにかんで言うと、子爵はにっこりと笑って手を差し伸べてきた。
「子爵さま……」
「ミ、レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」
ルイズの顔がかすにくもった。
「でも……」
「また怒られてたんだね?安心しなさい。僕からお父上にとりなしてあげよう」
小船に向かって手差し伸べれた、大きな手をルイズはそっと握った。
「子爵様……」
ルイズはそんな言葉と共に目を覚ました。
「あれ……」
辺りを見渡すが子爵は何処にもいなかった。それどころかここは屋敷ですらない。
暫く状況の把握が出来なかったが、徐々に頭に血が上り始め、理解する。
「夢か……」
そうあれは夢、自分が幼かった頃の夢だ。
ルイズは思ってしまう、自分の憧れでもあり、何もなかった自分を見てくれた子爵が今はどうなっているかを。
しかし考えても分からないものは分からない。気持ちを切り替え、自分の使い魔に命令を下そうと思った時、あることに気づいた。
「あいつ、何処に行ったのよ……」
自分の使い魔が何時も寝ている麦藁の上には、使い魔の姿がなかった。扉を良く見ると鍵が外れていた。
自分はちゃんと閉めたはずた、つまりあの使い魔が勝手に鍵を開けて外に出て行ったのだろう。
「はぁ……人に迷惑をかける使い魔ね……」
ルイズはため息をついた後、使い魔を探すために外に出て行った。
一方の女子寮の外ではタバサが井戸に向かっていた。
なぜこんな朝早くに井戸に行こうとしていかと言うと、昨日、寝る前に少し読もうと思っていた本がとても面白く、最終的に読み終わるまで本を読んでいたら、朝になってしまったためだ。
時間が過ぎてしまったものはしょうがないと考え、井戸に言って顔を洗おうとしていたのだ。すると、井戸に行く途中で聞いた事のある声が聞こえてきた。
「そうなのね。この前だってお姉さまに頭をぶたれたのね」
「そうか……お前も大変なんだな……」
後に聞こえてきた声は特に問題はなかった。先日、ルイズ召喚した平民の平賀才人と名乗った青年だった。
しかし前に聞こえていた声はおかしい。彼女?には人前で話すなっと言い聞かせていたはずだ。聞き間違えかと思って、会話をしている方向に向かってみた。
「お姉さまは鬼なのね。だからシルフィの頭を平気で何発もぶてるのね」
「いや……まだシルフィードはマシなほうさ。うちのご主人様は悪魔だ。だから人の身体を何十回も鞭で叩けるだ……」
タバサは向かった先で、使い魔の青年と自分の使い魔が会話をしているのが見えた。
あんなに自分が人前で喋るなといったのにあの馬鹿はそれを破ったのだ。
タバサの頭の中で何かが破れる音が聞こえた、俗に言う堪忍袋と言うものだ。
タバサはその小柄な体格からは考えられない速さで馬鹿に近づくと、馬鹿の頭に目掛けて杖を振り下ろした。
「きゅい!痛いのね!一体誰が……お姉さま!」
「タ、タバサ!」
二人がなにやら身体を震わせているが、タバサには関係なかった。
タバサをシルフィードの頭に何度の杖を打ちつける。途中から「これには訳があるのね」とか「話を聞いてほしいのね」とか言っていたが勿論聞くつもりはない。
しかし、才人が杖を振り下ろそうと上にあげた手を掴んで止める。
「邪魔」
「落ち着けって、俺が話かけたんだよ!」
タバサがぴたりと動きが止まった。
才人はタバサの腕を放して、口を開いた。
「昔、韻竜にあったことがあってさ、シルフィードが韻竜だったなんとなく分かったんだよ」
それを聞いた後、タバサはシルフィードを見ると、首を振って肯定していた。
この青年が最初から韻竜だと分かっていたなら、喋っても問題はないだろう。
そしてタバサはシルフィードに…………杖を振り下ろした。
「い、痛いのね!どうしてなの!」
「鬼って言った」
淡々とそう呟くとタバサは杖を振り下ろし始めた。
シルフィードが才人に助けを求める視線を向けるが、才人は目をそらして、口笛を吹き始めた。
いや、だって、今度のはシルフィードが悪いし、そう才人は心の中に言い聞かせたが、実際はタバサに恐れているだけだ。その証拠に足ががくがくと震えている。
才人はそのままこの場から逃げ去ろうとしたが、運命はそれを許さなかった。才人の肩を誰かが握ったのだ。
才人がゼンマイ仕掛けの人形のようにゆっくりと後ろを振り向くとそこには悪魔がいた。
「へぇ~~~。私は悪魔なんだ」
「ルイズ!落ち着け!これには深いわけが!」
才人が足を生まれたて子鹿のように震わせながら必死に懇願するが、ルイズはまったく聞く耳を持たない。
「お仕置きよ。犬」
ルイズはまるで天使のような笑顔でそういった。どうやら才人は間違えていたらしい、ルイズは悪魔ではなく天使だったようだ。最も最初に「死の」と付くが。
才人は自分の血が失せていくのを感じた。
「ルイズ!許してくれ!ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」
「きゅぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいい!!!!」
その日の朝、哀れな使い魔たちの悲鳴は学院中に木霊した。
ちなみ余談だが、哀れな使い魔たちはその時普段は優しいご主人様が怒るとどうなるのかといった話をしていたらしい。間が悪いとはこの事である。
「身体中が痛てぇ……」
ルイズからのお仕置きを終えた才人は、朝食を食べ終えた後、ルイズの授業に同行するため教室に訪れた。
最初の方は真面目に聞いてが、最近ではタバサに薦められた本を読む方が多くなってきた。
それを見たルイズや教師は顔をしかめたが、使い魔が本を読んでいけないといったルールは何処にもなく、注意される事なく読むことが出来た。
才人が何時もの如く本を読んでいると、教室の扉がガラッと開き、ミスタ・ギトーが現れた。
その姿を見た生徒達は一瞬で席に着き才人の読書を止めた。才人が読書を止めたのはからまれたくなかったからだ。この前、彼の授業で読書をした時に『風』の魔法の有効性を示す実験体に使われたことがあったのだ。(もちろん魔法は全てかわしたが……)
ミスター・ギトーは生徒達がいることを確認したあと、話を始めた。
「では授業を始める。今日は風の魔法の有効性について語りたいと思う」
才人はその言葉を聞いた瞬間ビクっとした。まさかこの教師前のリベンジをする気ではないだろうな、と才人が心配していたが、ギトーの視線は才人でなくキュルケに向いていた。
「ミス・ツェルプストー。話は変わるが、最強の系統は知っているかね?」
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけでなない。現実的な答えを聞いているんだ」
『虚無』始祖ブリミルが使ったとされる魔法で、今では伝説になっている魔法だ。
その『虚無』の恐ろしさを身をもって知っている才人としてはキュルケの意見に同意するが、もし『虚無』を抜きと言われたら才人は『風』を選ぶだろう。
不可視の魔法であり攻撃の速度自体も非常に早い……状況よって変わってくるが一体一では間違いなく最強といえる。
「『火』に決まってますわ。ミスタ・ギトー」
才人が考えこんでいると、キュルケの顔には不敵な笑みを浮かべてそう言いきっていた。
確かにに『火』も強いと思う、攻撃範囲や火力と言う面であれば四系統中最強と言っても過言ではないだろう。しかし同程度の実力者が『風』と『火』とでぶつかりあった場合、大抵の場合で『火』が負ける…それは……
「まさか、『風』なんていいませんよね?あのまったく当てられなかった『風』が」
才人が考え込んでいる内に話が進んでらしい。キュルケがギトーを馬鹿にしながらそういった瞬間、教室が笑いの渦に包まれた。
才人は止めてほしいと思っている。なぜなら再び授業が終わるまで魔法を避け続けなければいけなくなるからだ。
「笑うな!!」
ギトーが大声で叫ぶと、生徒達は皆、口に手を当てて必死に笑いを堪え始めた。
しばらくたって笑いが完全に収まると、才人は憎々しげに見つめた後、話を続けた。
「いいだろう。ならばこの私に君の得意な『火』の魔法をぶつけてきたまえ」
その言葉にキュルケはぎょっとした。自分の火の魔法を喰らえば火傷をするだけではすまない。しかしギトーの顔にはお前の魔法など効くかと言ったように、自信に満ち溢れていた。
「どうしたのかね?まさか、あの有名なツェルプシトー家の者が私の恐れてる訳ではなかろうね?」
ギトーが小馬鹿にした笑みを浮かべそう言うと、キュルケの顔から何時も浮かべている笑みが消えた。
「火傷じゃすみませんわよ」
才人はマズイと思った。
先ほどの考えの続きなるが、『火』が負けてしまう理由は簡単だ。『風』の魔法に簡単に吹き飛ばされてしまうからだ。一応『火』の魔法には風の影響を受けない特殊な炎を作り出す魔法もあるが、それはスクウェアの中でもほんの一握りしか使えない魔法だ。
そしてキュルケの放った魔法は才人の予想どうりギトーの魔法の前に吹き飛ばされ、その後ろのキュルケにまで届こうとした。その時、才人はすばやくナイフを掴むと『ガンダールヴ』の力を使ってキュルケを掴んでその場から飛び退いた。
風は誰もいない机を吹き飛ばす。
「大丈夫か、キュルケ」
「さすがダーリン。私は大丈夫よ」
自分の魔法をかわされるのを見たギトーは舌打ちをした後、何事もなかったかのように授業を再開した。
「ごほん……諸君、『風』が最強たる所以を教えよう。簡単だ。『風』は全てを薙ぎ払う。『火』も、『水』も、『土』も、『風』の前では立つことすらできない。残念ながら試した事はないか『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。それが『風』だ」
「でもルイズの使い魔は吹き飛ばせなかったですよね」
生徒の内の誰かが馬鹿にしたような口調でそういった。
ギトーは再び才人を睨みつける。
「ならばよかろう。『風』が最強たるもう一つの所以をその使い魔を使ってみせてあげよう」
ギトーは杖を構えた。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
才人はギトーが唱えてる魔法に心当たりがあった。この魔法を使われたたら自分でも唯ではすまない。そう思った才人は剣を右手に構え、ナイフを逆手にして左手で構える。その表情は真剣そのものだった。
一方のギトーはその目を見て再確認した。この使い魔は只者ではないと。生徒達はこの使い魔を呼んだ事を馬鹿にしていたが、自分は馬鹿にすることは出来ない。なぜなら、その目は数々の修羅場を潜り抜けた事を物語っていたからだ。
ギトーの顔を真剣にする。自分はこの使い魔に負けてしまうかもしれない、と言った考えがよぎったが生徒達がいる手前で引く事はできない。
ギトーの詠唱が終わり、魔法が放たれるその寸前で、教室の扉がガラッと開いた。
振り返って見ると、そこには頭にロールした金髪のカツラを乗せ、ローブにはレースの飾りや刺繍えおした人物が立っていた。
一瞬、誰だか分からなかったがよく見るとコルベールだった。しかし何の為にそんなおめかしをしているのか分からなかった。
「授業中、失礼しますが、皆様にお知らせがあります」
コルベールが重々しい口調でそういった。衣装で口調が台無しになってる気もしないが。
「今日の授業は全て中止であります!」
コルベールがそう言うと、生徒達から歓喜の声が上がった。
どうやら授業が休みになると嬉しいのは日本だけでなく、異世界でも共通らしい。
「皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、よき日であります。始祖ブリミルの降臨祭に並ぶ、めでたい日であります」
コルベールがもったいぶった口調で言ったが、生徒には意味を理解できない。
生徒はもったいぶるなっと言った視線をコルベールに向ける。
「恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」
教室がざわつき始める。
「したがって、粗相があってはいけません。急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎の式典の準備を行います。そのため本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列するようこと」
生徒達は緊張した面持ちになると同時にある疑問が頭の中に浮かんできた。
それは今のコルベールは正装といえるかといった事だ。カツラはまだいい、でもなぜ女性のカツラをしているのか、そしてそれにあわせて女装までどうしてしているのだろうか。
生徒達はお前が言えよ、いやお前だ、などといったアイアンタクトで誰が今のコルベールを突っ込むのかをもめ始めた。そんな中である生徒がギトーを見つめた。
生徒ならば失礼かも知れないが同じ立場のギトーなら言えるはずだ。ギトーは生徒からの期待の視線を一身に受けたが彼は咳き込むばかりで言おうしない。
「諸君が立派な貴族に成長した事を、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ!御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい!よろしいですな!」
結局、コルベールの女装に誰も突っ込む事が出来ず。後になってオスマンに指摘され慌てて着替えるコルベールが見られたとか……