風邪になった鹿目まどかが悪魔ほむらに看病されるだけ(完結)   作:曇天紫苑

6 / 24
風邪を貰った悪魔ほむらが鹿目まどかに看病されるだけ
あの優しい人がひとりぼっちで居るなんて、わたしにはどうしても我慢できなくて


 部屋の電気を全部消し、カーテンの全ては閉ざされていた。

 真っ暗だ。此処で息をしていると、身体がおかしくなりそうだ。いや、もうおかしいのだが。

 

「……今頃、まどかは学校でしょうね」

 

 とりあえず、まどかの風邪は治っている。こうしている間にも、まどかは私のやった宿題を提出しているのだろう。

 そう思うと、何だか嬉しかった。例え私の頭が痛み、咳が酷くて身体が動かず、死にそうになっていたとしても、まどかが何事も無く生きていられるのであれば、それで良いの。

 それで……良いのよ。

 

「こほっ、がふっ!!」

 

 嘔吐にも似た、酷い咳が出る。血がついていない事に安心した。万が一吐血していたらば、流石に魔法で直す必要が出てくるだろう。

 もの凄く、全身が痛くて重い。ただ呼吸をするだけで頭痛が酷くなり、気を抜けば即座に意識が飛びそうになる。

 最低最悪の体調と言っても良い。こんなに酷いのは、心臓病を悪化させた時以来だ。

 懐かしき過去、あの頃は毎日が死への恐怖に対する戦いだった。

 人では無くなった以上、今は絶対に死なないという安心が有る。だから心配はしていないが、この酷さは如何ともし難い。

 ピピ、という音がした。体温計が私の体温を計り終えたらしい。腋から取り出して表示された数字を見ると、思わず心が落ち込んだ。

 

「四十一度三分……はぁ」

 

 かなり酷い熱だ。今までで一番酷い体温と言っても良いだろう。

 普通の人間なら、病院送りだ。私は人間ではないから、大丈夫だけれど。

 

「……悪魔が風邪なんて、洒落にもならないわね」

 

 ただ独り言を口にするだけで、喉が焼け付く様に熱い。目眩が意識を朦朧とさせる上に、目の奥で何かが暴れ回っている様な激痛が走る。

 

「一人で病室に居た頃を思い出すわ。妙に独り言が増えて、心細くなる……」

 

 まどかの言う通りだ。風邪の時は心細くなり、一人で居るのが辛くなる。不安でどうしようも無くなって、ただこうやってベッドの上で寝ているだけでも、命と魂が削れている気分にさせられる。

 単なる錯覚だ。私の命はそう簡単に取れないし、魂はもう誰にも傷つけられない所に至っている。けれど、やっぱり辛い物は辛い。

 食欲は殆ど無かったけれど、何かをお腹へ入れておく必要性は感じられた。食べておかないと、気を失いそうだ。

 別に気絶しようがどうしようが構わないが、それでも少しは体力を作っておかなければ。

 

「……お粥でも作ろうかしら。いえ、まどかのお父様には及ぶべくも無いわね、ああ、面倒臭いし、食べなくても構わないわ」

 

 昨日食べたお粥は本当に美味しかった。けどそれが美味しかったのは、まどかと一緒に食べたのと、まどかのお父様の手料理だった事が理由だ。

 一人で、しかも私の手料理で食べたって、仕方が無い。そうする意味も無いし価値も無い。

 コンビニで売っているカップのお粥でも食べよう。とりあえず、栄養補給を済ませてしまえば不満は無い。

 ああ、しかし。買いに行くのも面倒だ。

 

「……まあ、良いわ。まどかの風邪を文字通り貰っただけだし。療養だと思って休みましょうか。ああ、まったく、喉が痛くてしょうがない」

 

 何もする気が起きなくて、私はベッドで目を瞑った。沢山の物が自分を責めている気がする。他者が、あるいは自らの中に有る良心の呵責が、心を痛めつけていた。

 このまま何処かへ消えてしまいたい。私なんかが居なくなっても、まどかは気にしないだろう。だから、私の事なんか世界中の誰もが忘れて欲しい。その方がいっそ気が楽だ。

 そうだ、消えてしまおう。みんなの記憶から居なくなって、永遠にまどかを見守り続ける存在として、陰からあの子の生涯を見届けよう。

 きっとその方が良い。熱に脅かされた頭が、それを甘美な選択肢だと思わせてくれる。

 

 インターホンが音を立てた。誰かが来たみたいだ。宅配員か、それとも犬か猫でも迷い込んできたんだろうか。

 いや、そんな事はどうでも良い。とりあえず、行って開けて来よう。

 少し歩いてみたが、私の家の玄関口はこんなに遠かったのか。歩く毎に頭痛がして、歩くのも億劫だ。

 何はともあれ、とりあえず到着した。チェーンロックが掛かっているのを確認して、軽く扉を開けてみる。

 

「ほむらちゃん!」

 

 閉めた。

 ま、まどかが来ている。私の家の前に。どうして? 何故? どうやって家の場所を? 沢山の疑問が浮かんでは消えて、頭が暴走する。

 ともかく、屋外でまどかを放っておく訳にはいかない。直射日光を浴び続けるのは良く無い。

 チェーンロックを外す。心なしか、今までより胸の中の苦痛が弱まっている。

 ああ、そうだ。万が一にもまどかに風邪を移してしまわない様にしておかなければ。悪魔的な力を使って、まどかの安全を確保しておこう。

 何の問題も無くなった所で、扉を開ける。

 扉の向こう側から、まどかは私の胸元へ飛び込んできた。

 

「ほむらちゃーん!」

「ま、まどかっ?」

 

 抱き止めるも、勢いが酷くて倒れそうになる。が、無理矢理足下を止めて、体中を使って支えきった。

 

「あははっ、ごめんね。でも、会いたかったんだ」

「……まだ、授業時間よ」

「えへへ、学校サボって、看病しに来ちゃった」

 

 悪戯っぽく、悪びれずにまどかは言った。

 まどかに学校をサボらせるなんて。酷い事をさせてしまった。私は後悔に包まれると同時に、まどかがこの家へ来る事が出来た理由を察する。

 

「……佐倉杏子ね」

「あ、うん。杏子ちゃんに頼んで、手伝って貰ったんだ。先生を誤魔化したりね」

 

 風邪を引いていたのは間違いじゃないから、多分、医者にでも行くと言って早退したんだろう。実際には、私の元へ来てくれたんだけど。

 何と言うべきか、心が明るくなった。まどかが傍に居てくれるだけで、一気に意識が変わった気がする。

 だけど、頭痛は止まらないし、まどかには、私なんかの為に動いて欲しくなかった。

 

「こほっ……どうして来たの。理由は、んっ、無い筈よ。それに病み上がり、けふっ、なんだから、身体は労りなさい。病人の傍になんか居たら、悪化するわ」

「ううん、理由なら有るよ」

 

 まどかは、私の頬を撫でてくれた。「熱いね」と感想を口にしながらも、背中へと手を回してくれる。

 とても抱き返したくて、でも、私は躊躇った。この優しさに抱かれてしまって、本当に良いのだろうか。優しくされるだけの自分からは、脱却した筈なのだから。

 

「だって、わたしは風邪になって、頭が痛くて、心細かったから。だから、ほむらちゃんが一緒に居てくれて、凄く嬉しかったの」

 まどかは、私の顔を心配そうに見つめた。

「私でこんなに辛かったんだもん。一人暮らしのほむらちゃんなら、もっと寂しい気持ちになると思って。それなら、わたしもお返しに、ほむらちゃんを看病したくて」

 

 ……まったく、優しいんだから。

 私は、静かに感動していた。感情が歓喜で吹き飛ばない様に気をつけながらも、全くどうしようもない喜色が膨れ上がっている。

 どう対応すべきだろうか。素っ気なく断る、というのも手だ。しかし、まどかの顔を見た感じ、多分、断った所で居座られるのは目に見えている。

 昨日、私は一日中まどかの傍にいた。それを恩着せがましく言うつもりは無いが、多分、まどかはそれを恩義に感じているだろう。

 断る理由は有るけれど、きっと、それは意味がない行動だ。ならば。

 

「……好きにしなさい」

「じゃ、好きにするね!」

 

 断るよりも、素直に受けた方が良いだろう。

 万が一にも感染させない様に、全力でまどかと自分の間の空気を操作する。悪魔としての力をフル活用して、まどかが私の風邪を貰わない様な概念を作り出していった。

 最低レベルすら保てない程の体調でそんな大それた力を使ったからか、頭がガンガン痛む。

 でも、折角まどかが来てくれたんだ。嫌な思いをさせない様に、頑張って歓迎しないと。

 

「さ、上がりなさい。疲れたでしょう」

「はーい、お邪魔します」

「私以外は誰も居ないから、気遣う必要は無いわ」

「あ、そう、だったね」

 

 遠慮がちな態度を崩して、まどかは玄関口をキョロキョロと眺めた。可愛らしい置物なんか無いから、ガッカリさせただろうか。

 殺風景な場所に来てしまった、とか思われているのかもしれない。

 

「……」

「何も無いでしょう」

「あ、い、いや。そうじゃなくってね」

「別に、良いのよ。自分の部屋なんかどうだって良いんだから」

 

 そう、どうでも良いのだ。自分の部屋に飾り気を求める趣味は、まるで持ってない。昔はそういうのも有ったんだろうか。過去の事なんか、全くの遠い先へ行ってしまった気がする。

 まあ、良いだろう。まどかをリビングへ先導する。まずは、まどかが少しでも楽しめる様にしないと。

 頭は痛む。けど、それがどうした。まどかに比べれば、自分の体調不良なんかゴミ同然だ。

 

「ほ、ほむらちゃん? な、なにしてるの? コップなんか持って……?」

「ああ、まどか。待ってて、今ココアを容れるから」

「あ、うん。おねが……って、ダメだよ! わたしがやるよ!」

 

 私の手から、まどかがコップを奪っていった。

 心配をかけてしまっただろうか。私の顔色は、かなり酷い様だ。いや確かに足下のふらつきが尋常ではないので、不味い状況なのは分かっているが。

 ココアを容れようと思ったけど、流石にまどかが許してくれないか。仕方が無い。それなら別の物を出して来よう。

 

「そ、そうね。だったらお菓子を用意しないと……戸棚の何処に入れたかしら。待ってて、けふっ、っ! い、今、探すから」

「ほ、ほむらちゃん! 無理しないで!?」

「平気よ、これくらい、ちょっと喋り難いだけだわ。そう、そういえばお茶菓子の前に部屋の掃除をしないと……まどかを部屋にあげるなら、先に綺麗にしておかないと」

「ちょ、ちょっと。ほむらちゃん!?」

 

 沢山やる事が有る。まどかが来るなんて思っていなかったから、部屋の中だって散らかったままだ。いや、物が無いから散らかるも何も無いけれど、埃っぽい所だって有るだろうから、しっかり床を掃除しておかないと。

 その間、まどかを退屈させるのも嫌だ。何かしていて、時間を潰して貰わないと。

 

「っ、ああ、まだ部屋の掃除に少し時間が掛かりそうだから、その前に、こふっ! その前に、お風呂にでも入ってきて、此処まで歩いて、汗もかいたでしょうから、シャワーで流し、うあっ……」

「ほ、ほむらちゃん!?」

 

 意識が暗転しかけ、軽く足がもつれた。思い切り前のめりに倒れそうになった所で、まどかが間一髪で支えてくれる。

 

「倒れちゃうまで無理するなんて……」

「だ、大丈夫。ああ、やる事が、沢山有って、眠れないし……」

 

 まずは部屋の掃除だ。それとまどかのご飯を準備しないと。ああ、それに、何時吐血するかも分からない様な私のお世話なんて、まどかはするべきじゃない。

 しかし、帰れとも言えない。

 

「わ、私は平気だから……まどかは、帰って」

「駄目だよ! こんな状態のほむらちゃん、放っておけないよ!」

 

 そうよね。誰だって、そう思うだろう。

 空元気で平気だとか言ったって、説得力がまるで無い。当たり前だ、誰が死ぬ寸前にすら見える人間を見て、異常無しと判断するだろう。

 いっそ、魔法で直して仕舞おうか。そうすればすぐに状況は改善するし、まどかには帰って貰える。けど、目の前で魔法を使ったりしたら、うっかり記憶が戻りかねない。

 やるべきか、やらざるべきか。それを決定する前に、まどかが私の顔を覗き込み、心配そうに問いかけていた。

 

「ま、まずお医者さんへ行こう、ね? わたしも診察に行くって早退しちゃったし、行かなきゃ駄目だよ」

「……そうね」

 

 まあ、そうした方が不自然が無くて良いだろう。いい加減、この調子で居るのも限界だった所だ。ちゃんと病院で看て貰うべきなのだ。

 保険証、何処へ仕舞ったっけ。一応、心臓病を患っていた事が有るから、何時でも病院へ行ける様に準備はされている。

 

「まどか、貴女……保険証は?」

「持ってきてるよー」

「そう、なら良かった」

 

 多分、病院へ行く事は考えていたんだろう。まどかのついでに私も看て貰えば良い。

 

「なら、病院へ行きまし……っ!」

 

 歩き出そうとして、転けてしまった。

 今度はまどかが間に合わず、地面に胸が叩きつけられてしまう。痛い、が、巴マミに締めあげられた時の苦しみを思えば、この程度が何だと言うんだ。

 

「だ、大丈夫!?」

「平気よ」

 

 血でも吐きそうな気分になりつつ、平気を装って立ち上がる。

 

「さ、さあ。行きましょうか」

「だ、駄目。ほむらちゃん、まだパジャマだよ。着替えないと」

「そうだった、わね。着替えるのを忘れていたわ、ありがとう」

 

 そういえばパジャマのままだった。我ながら恥ずかしい。

 着替える為に、服を仕舞った棚へと向かう。引き出しから取り出そうとした所で、またひっくり返った。今度はとっさに身体を支えたけど、この調子じゃ外へ出るのも一苦労だ。

 どうしよう。そう思った所で、まどかが来てくれた。

 

「ほむらちゃん、服は何処?」

「……此処に有るわ」

 

 棚から服を取り出す所までは成功していた。しかし、肝心な着る場面には至れていなかった。魔力で支えれば簡単だというのは、今気づいた事だ。

 

「じゃあ、着せてあげるから。ほら、身体を楽にして」

「……ごめんなさい」

「謝らないで、昨日のお返しだもん」

 

 また、迷惑をかけてしまった。嬉しいけれど、辛い。そんな自分で居るのが嫌で、だけど、相変わらず優しいまどかの存在に、私は心を躍らせていた。

 真っ暗にしていた部屋の中で、一つの輝きが存在する。それは鹿目まどかという名前をしていて、何よりも尊い光を放っている。

 私にとって、彼女は全てだ。しかし、彼女にとって、私は全てではないし、そうである必要は無い。そうであって、欲しくも無い。

 だけど、何故だろう。

 

「ほむらちゃん。ほら、そこへ座って」

「ええ……」

 

 明かりを灯して、光の戻った部屋の中で、私を着替えさせてくれるまどか。その瞳は今、私だけを見ていてくれた。

 丸く、薄桃色の瞳。きっと誰もが、その輝きを尊ぶに違いない。

 それを、私だけの物にしたいとは思わない。でも、それが全ての人々の物になるべきだという考えは、絶対に認められなかった。

 

「綺麗ね」

「?」

「こっちの話よ」

 

 私の発言内容を不思議がりながらも、まどかは私の着替えを手伝っている。

 何一つ恥ずかしく無かったし、嫌でも無かった。

 こうやって直接触れ合える位置に居て、直接優しくして貰えると、ああ、まどかが戻ってきたんだ、という歓喜と、折角連れ戻したまどかに手間をかけさせているという申し訳なさで、泣きそうになってしまう。

 泣いてはならない。涙を堪えるのは、慣れていた。

 

+----

 

 病院、というのは、今も好きにはなれなかった。

 小さな内科の病院だ。風邪ならこういう場所で十分だろう。私の隣で泣いている子供と、それをあやしている親の声が、嫌に響いてくる。

 まどかは先に診察へ行った。今行ったばかりだから、すぐには戻って来ないだろう。

 喉の痛みが酷い。手足が思うような動きを見せず、ただ全身の重さが負担をかけてくる。呼吸は苦しくなり、いっそ思考が止まってしまいそうだった。

 私の目の前を小さな女の子が通った。真っ白い髪の、見覚えがある姿だった。診察が終わったのだろう、嬉しそうに病院を飛び出していく。

 これから巴マミの家にでも走って、チーズを貰いに行くのだろうか。微笑ましい気分になりつつも、今は自分の体調不良で手一杯だ。

 壁に頭を傾けて、ソファに身体を押しつける。楽な姿勢を保っていないと、かなり辛い。

 壁越しに、沢山の人の声が響いている気がした。それらの声は私とは関係の無い所で交わされた会話であり、聞く意味は殆ど無い物だった。

 私の周りで子供が遊んでいる。使い魔ではない。普通の子供達だ。男の子から、女の子まで。

 その中の何人が、魔法少女の素質を持つのだろう。出来れば持っていない方が良いと思う。

 憂鬱さが酷くのし掛かる。院内は明るい色合いをしているのに、私の周りだけは世界で最も暗くなっている気がした。

 

「お待たせー」

 

 診察室に繋がるドアが開く。まどかが出てきてくれた。幸い、特に何も無かったのだろう。すこぶる良い顔色をして、私の元へ来てくれる。

 

「まどか、どうだった?」

「ん、大丈夫大丈夫。もう完璧に治ってるって!」

 

 良かった、風邪は完治したらしい。まどかの顔色は今までよりも良くなっていて、その顔を見ていると、どうしようもない安堵感が押し寄せてくる。

 この子の無事が、何よりの喜びだ。暗雲漂う空気が随分と和らいだ様に感じられた。

 二人とも診察が終わったから、もう後は医療費を支払い、薬を貰って帰るだけだ。幸いな事に、まどかのお陰か少しだけ身体が軽くなっているから、歩いて帰る事も出来るだろう。

 行きは、まどかの肩を借りなければ此処まで来るのも大変だったから、普通に歩けるのは素晴らしい事に思えた。

 

「先生も、昨日熱を出して今日には何事も無くなるなんて珍しいね、って言ってたよ。やっぱりほむらちゃんが看病してくれたから、かな?」

「さて……どうでしょうね」

 

 風邪を魔法で奪い取ったのは私の仕業だが、まどかが言っているのはそういう事では有るまい。こんな私で無くとも、美樹さやかやまどかのお父様がやったって、風邪はすぐに治っただろう。

 

「わたしの看病をしてたから、ほむらちゃんの方が酷い風邪になっちゃったと思うんだ」

「それは、無いわよ」

 

 勝手に奪っていったんだから。

 そう言いそうになって、口を閉ざす。そんな事を言われたって、まどかも困る筈だ。

 私の様子が何かしら不思議だったのか、まどかはよく分かって居なさそうな顔をしながら、こちらへ近づいてくる。

 反射的に退いて、背中に壁が着く。絶対的な壁が有る様に、まどかに近づく事が難しくなっていた。

 

「ほむらちゃん?」

 

 私が急に退いた物だから、まどかに不思議がられている。

 何かしら代わりとなる説明が必要だ。頭を振って、考えてみた。勿論、頭の回転は遅いままだから、答えを出すのも一苦労だ。

 

「……いえ、まあ。病院って、良い思い出が無いのよね」

「そうなんだ。わたしも、苦手だけどね。やっぱり小さい頃の病院って、注射とかが凄く怖くて……」

「心臓の病気でね、結構長く入院していたのよ。だから、病院って今も好きじゃなくて……」

 

 まどかが息を呑んだ。

 その表情を見て、私は喋る内容を選び間違えた事を認めた。

 そういえば、この世界のまどかは私が長期入院していた事を知らないんだった。つい、いつもの様にこちらが転校して来た気分になっていたから、忘れていた。

 

「あ、ああ。ごめんなさい、重過ぎる話だったかしら」

「こ、こちらこそ、辛い話を思い出させて」

「いいえ、今となっては良い思い出だわ」

 

 少なくとも、私が心臓病で長期入院して、見滝原中学に転校する事にならなかったら、今頃まどかとも出会えず、ただの病弱な少女として生きる事になっていたのだから、今となっては病弱な自分に感謝している。

 全ては運命の巡り合わせなのかもしれない。私がまどかと出会ったのも、魔法少女になったのも、円環の理が生まれたのも、そして勿論、私が自らの愛を自覚して、悪魔となったのも。

 今日、風邪で死にそうになったのも案外悪く無い。まどかに迷惑をかけたのは許せなくても、懐かしい昔の自分を思い出せたのは、少しばかり嬉しい物だった。

 私が過去へ目を向けている事に、まどかは気づいているのだろうか。

 

「あ、あの。外へ出ていても良いよ?」

「そこは気にしなくても大丈夫、気遣わなくても、病院に居る事はそれほど辛い訳じゃないから」

 

 本当の事を言うと、少し辛い。でも、まどかが傍に居てくれる限り、私は地獄だろうが何だろうが、何処に居たって平気なのだ。病院くらい何の事も無い。

 それでも、まどかは少し気にしている様だった。優しい子だ。こんなにも親切で、私の言葉だってちゃんと聞いてくれている。

 

「そ、そうだっ、ほむらちゃんも風邪だったんだよね。お医者さんは何か言ってた?」

「今日のご飯は胃に入りやすく食べやすい物にしなさい、って。そうでないと吐いてしまうかもしれないから、だそうよ」

「じゃ、じゃあ、お風呂は?」

「軽く身体を拭くくらいにしておきなさい、って」

 

 まどかの目がキラリと輝いた気がする。

 

「そっか、そうなんだ……」

 

 何やら笑みを堪える様な表情で、えひ、とかうぇひ、とか言っている。始めてみる顔色だが、どうした事だろうか。何か面白い発見でも、有ったのだろうか。

 その場の、病院特有の空気や匂いが気にならなくなった。それより、彼女が何を考えているのか、そちらの方が遙かに気懸かりだ。

 何か、記憶に引っかかる事でも有ったのか。それならば何とか止めなければ不味いが、そういう素振りでは無さそうだ。

 一体、何がしたいんだろう。含み笑いをするまどかを見ていると、少し不安になってきた。此処が病院というシチュエーションだからか、昔の様に臆病で、恐がりな部分が出そうになってしまう。

 背を預けている壁の奥から、誰かに叩かれる様な不安感が有った。

 受付の人が私達を呼んでいる。

 

「あ、はい!」

 

 まどかが元気良く返事をして、受付へ向かっていく。いや、その前に立ち止まって振り返り、私の手を握ってくれる。

 私が歩きやすい様に、身体を支えてくれていた。その優しさに感動を覚えながら、私はそっと心を閉ざす。これ以上解け合う様にまどかと接していると、何か大切な物まで落としてしまいそうだった。

 そして、まどかはやはり機嫌が良さそうなのだが、一体、今の話の何処に良い要素が有ったのだろう。私が想像していたより軽い病状だったので安心してくれたのであれば、嬉しい。

 

「じゃあ、薬貰って帰ろっか!」

「ええ……」

 

 握り返した手は、まどからしい温かさを持っていた。私の熱を帯びながらも冷たく、生気が感じられない程に白い手とは違う。確かな熱を持ち、確かな生を持った、立派な指先だった。

 




 今度のまどかマギカLOVEは悪魔ほむらQBバージョンですね。もう予約しました。

 私は、鹿目まどかの事が好きです。アニメの登場人物としてじゃなく、一人の女の子に対する気持ちとして、確かな好意を抱いています。それが恋愛感情なのかもっと別の何かなのかは解りません。でも、確かに好きな事は好きです。
 でも、私のこの気持ちが暁美ほむらと精神を重ね合わせる事で発生した物だという事は疑うべくも有りません。私は、本編における暁美ほむらには幾つか言いたい事が有るにせよ、叛逆の物語以降の彼女の決意と在り方には、あらゆる方面から全面的に肯定の態度を取っております。もしも彼女が鹿目まどかを維持する為に他の誰かを騙し、魂を奪い、殺したとしても、私はまどかマギカという絶望とインキュベーターだけを敵とするテーマを破壊する事を絶対的に認めないと否定しながら(叛逆の物語で明示されなかった設定なんか作った事を批判しつつ)、そこまで出来る様になった彼女の決意を悲しみながらも尊敬するでしょう。何故なら、私は鹿目まどかが大好きなのですから。
 ともあれ、本当にやったら私は多分物凄く怒ると思います、暁美ほむらの絶対的な支持者である私には、彼女を打倒すべき悪とする姿勢など許せる物ではありません(多分、新房監督かプロデューサーが止めるでしょうし、虚淵先生も心得ているでしょう)。彼女は善悪を超えた世界の住人であり、それに対して鹿目まどかがどういう答えを出せるかが、続編の鍵となる筈だと思います。
 まあ、幾らなんでも「まどかを維持したい悪魔ほむらvsほむらが起こした世界への悪影響を止めたい女神まどか」という構造にはならないと信じています。やっぱり、まどかマギカという作品は本質的に魔法少女が敵とはならないし、なるべきではないのですよ。そういう作品に対する愛情としても、暁美ほむらは敵という立場に収まってはいけないと感じています。と、なるとまたインキュベーターに頑張って貰わなければなりませんね……一応まだまだやれそうな気配が漂っていますし、きっと頑張ってくれるでしょう。


 ……というのは、まあ関係無い続編への強烈な不安感だとして。
 ここからは「風邪を貰った悪魔ほむらが鹿目まどかに看病されるだけ」になります。その後の予定では「勘違いした二人が疑似デートをするだけ」などを予定しています。
 本作では基本的に性格面を原作に近づけているので、二人はGL要素なんか持っていないですね。ただし、原作における日常面の描写は、特に暁美ほむらと巴マミに関してはかなり貧弱なので、そこはゲーム版と想像でカバーしています。
 悪魔ほむらがあの世界に留まっているなら、普通の人間としても生活しなきゃいけない訳で。彼女があの世界でまどかを眺めながらも、洗濯したり、ご飯を食べたり、パジャマを着て歯磨きをして寝ていたり、宿題をしてみたり、知り合いとSNSで話していると思うと、何だか心が温かくなります。続編に関しては違う予測を立てていますが、仮にそういう日常を送れる状態に暁美ほむらが居るとすれば、やっと彼女にも平穏が訪れたんだと感動すら覚えますね。何せ、繰り返している時とは違って時間制限が無く、改変された世界とは違って鹿目まどかが存在しているのだから、恐らくは今までで一番楽しい、あるいは二週目に次ぐ人生最良の日常生活を送れているのではないかと。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。